ともみ@ピクニック

探し物

言葉の遊びのようなものでなく
ふわふわ謎の神秘性をあがめるのでなく
しっかりと
「現実は自分が作っている」のだと
知識以上体感未満のところで
わたしがわたしに語りかける。

□□なことばかりに遭遇し、頻繁にそれに怒りを向けている人がいる・・・
□□な人たちにちょくちょく出会い、羨ましい人間関係を築いている人がいる・・・
□□な不平をもち、そこから抜け出せず、毎日□□ななかにいる人がいる・・・
□□な環境にいて、□□や□□など、いつも楽しい出来事がやってくる人がいる・・・

人生は不公平なのだろうか?
(まあ、不公平ではあろうな。でも、ほんとうの意味では不公平ではない)

わたしも、これまで□□を△△なほうにもっていきたいと思っても
いつも▽▽な方向にばかり進んでしまい、諦めバッチをつけたくなった。

これは、「不公平な人生」の結果なのではなく
自分がそういうふうに仕向けているだけなのだよね。
(自分というか、まだ自分でコントロールしきれていない自分がそうしている)

△△ではなく▽▽になる仕組みを作っているのは自分。
(よくチャレンジが大事というけれど、自分のなかの自分が変わらなくては
何度チャレンジしても、望むような結果は得られないと思う)

なにが原因で▽▽になるのか? どこを直せばその原因が消えるのか?
いくら考えたって、自分のなかの自分が答えてくれない限り
同方向のパターンは延々に続くのだろう。

どうしたら自分のなかの自分が答えてくれるのか
これが今一番のわたしの探し物。

「現実は自分が作っている」というのは、わたしにとって
今までは知識の上での“了解”だったのだけど、なぜかこのごろ
知識をちょっと超えた、でもまだ体感と呼ぶには至らないゾーンで
わたしに語りかけているような気がするのだ。

なんだろうな。

これって、体感せよ~!の合図なのかも。

合言葉は「とらわれの公式を書き換えよ!」なのは知っている。

そしてこれを身体レベルで了解すれば
人生はちっとも不公平じゃない!と、はっきり解る予感もある。


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