ともみ@ピクニック

乞食井月

「いのうえせいげつ、・・・・・・漂白の俳人。
妻も子ももたず、30年以上も
・・・家をももたず漂白し、俳句を作り
食や酒を恵んでもらい暮らした」

ラジオから流れてきたナレーションに
心がピタッと吸着し
ウィキペディアで「いのうえせいげつ」を見たら
冒頭にこんなことが書かれていた。

井上 井月
日本の19世紀中期から末期の俳人。信州伊那谷を中心に活動し、
放浪と漂泊を主題とした俳句を詠み続けた。その作品は、後世の
芥川龍之介や種田山頭火をはじめ、つげ義春などに影響を与えた。
(ウィキペディア情報を縮めました)

そして、続けてウィキペディアを読み進めると
現代にいたならば、天然記念物級の人物だなと、興味そそられた。

井月は「典型的な酒仙の面影が髣髴とする」ほどの酒好きであり、「人の顔さえ見れば酒を勧める」悠長な土地柄であった伊那谷は、ほとんど金銭を持たず蓄えも無かった井月にとっていつでも酒の相伴にあずかることの出来る魅力的な土地であったようである。体中虱だらけで、直ぐに泥酔しては寝小便をたれたという井月を土地の女性や子供たちは「乞食井月」と呼んで忌避したが、俳句を趣味とする富裕層の男性たちが井月を優遇し、中には弟子として師事するものもいた。

井月は接待の酒肴や趣を逐一記録しており、現存する日記などを合わせると、明治16年12月から明治18年4月までの約1年半の、伊那谷における井月の寄食寄宿生活の動向がうかがえる。その中で、おのおのの家造りの濁り酒を「手製」と呼んで鍾愛している。一方で、家の主人がいなかったため家人に粗末に扱われたり、厄介払いをされた場合は、日記に「風情なし」「粗末」、さらには「酒なし」「風呂なし」といちいち書き留める性格であった。

わはは~っ。

井月さんがどうこう、というよりも
(そっくりそのままな人間はなかなかいないだろうけれど
同じ匂いのする人間というのは現代でも結構いると思う。
わたしだって、大別するならば、こういうタイプだろう)

井月さんを受け容れる「大らかさ」というものに
昔の人たちの懐の深さを感じるなあ。

言うならば、彼は乞食ともいえる。

疎ましい視線を投げかける者のいる一方で
同時に、ちゃんと才能を評価する紳士たちがおり
彼の創作活動および暮らしを支える風土があった。

それが、まわりまわって、芥川龍之介などに評価され
現代にまで彼の表現&評伝が受け継がれているわけだけど

今、わたしたちに「井月のような人物を支える」力があるか
といえば、とても心もとなく思う。

昔も今も、女は彼のような存在を忌み嫌いやすい傾向にはある。
そしてそういう価値観は子供にも伝染はしやすい。
だが、なかには伝染されずに、大人になっていく男たちもいるんだね。
そういう男たちが、井月のような人間を救ってきた。
けれど、なんというか、男性も女性化する時代が進み
今では「こいつは乞食だ」ととらた瞬間に相手を見くびってしまい
「こんな汚い格好しているけれど、面白い。才能がある。
一杯どうだい?」と
その人のもつ可能性を評価する旦那衆が減ったのだろう。
(甲斐性のある男が減ったのだろう)

うーん、わたしは守りという女の性に逃げて
男たちに責任を投げつけているようにもとれるけれど
まあ、ここまで中性化の進んだ現代では
性別を言い訳にできないのも知っている・・・。

わたしは俳句に興味があるわけじゃないし、すぐに井上井月なんて
人物のことも忘れちゃうだろう。だからこそわたしの好奇心の記録と
そして、「井上井月のような人を応援したい」気持ちから
彼のことをこのブログに記しておこうと思った。


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