ともみ@ピクニック

脅迫文で思うこと

SEALDsの奥田さんとご家族が殺害予告されたことをきっかけに、映画作家の想田和弘さんが「奥田さんへの中傷ツイートを可視化する」プロジェクトをなさっていたようであるが、想田さんはこんな感想を抱いたそうな。

特徴的なのは、どのツイートも似通っていて独創性がないこと。誰かのパクリをしているのか、それとも同じ人間が別のアカウントで嫌がらせをしているのか。いずれにせよ気持ち悪い。

そして、内田樹先生はご自身のツイッターでこう仰っていた。

奥田君への脅迫について、匿名による「呪い」の言葉がどれほど定型的であるか想田さんが指摘しています。僕も繰り返し言いますけれど、匿名で、個体識別できないようなことを言うのは、発信者の「自分自身に対する呪い」として機能します。

そうなんだよなぁ。わたしもネット上で「中傷」を見かけたりすることがあるけれど、中傷する人の文章って、ちっとも独創性がなく、単細胞的思考の上に成り立っている。 (たとえば「社会が許さない」とかって、なんだよ! 太宰治も言っていたらしいが、「社会=おまえ、だろ。おまえが許したくないだけ」なんだろ! と、わたし思いますの)。そして、否定の言葉の裏には、実は「羨望」や「嫉妬」が見えることもある。(たとえば「△△が気持ち悪い」と赤の他人に文句を言ってくる人は、その人自身が深い意識のところで△△を望んでいる可能性が大)。

今回の奥田親子を脅迫した者は、単純に奥田さんに嫉妬しただけかもしれないし(自分も目立ちたい!奥田羨ましい!と)、あるいは思想として対立するのかもしれないが、これこそ、奥田さんの憂える「暴走の世界」の一端であり、自らがいかに危険な存在であるかを明かしているとも言える。(犯人には奥田さんが危険な人物に見えたのかもしれないが、この脅しによって、犯人こそが危険人物であると自ら証明しているのだ)。

先ごろ、安倍首相のポスターに落書きをした男性が大々的に(見せしめ的に?)報じられていたけれど、それとせめて同程度の熱心さでもって・・・本当は「落書き」と「生命を脅かす予告」なのだから、後者のほうに圧倒的に力を入れなければいけないわけだけど、はたして、今の国家権力にそこまでの一般常識があるかどうか疑わしいので、「せめて同程度の」と・・・、この件が公的に対処されることを願う。


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