ともみ@ピクニック

わたしの偏見と、彼の才能・・・『跳びはねる理由』その4

わたしは、障がい者にまったくの偏見がない人間ではない。

たとえば
電車のなかで、なんらかの目立つ行動をとっている
(奇声を発していたり、ぶつぶつ一人喋りをしていたり
車掌さんごっこを人目はばからずしている大人など)
おそらく障がい者を見かけると

ちょっと複雑な感情になるというか、まあ心のもぞもぞは
生まれる。

「関わるのが怖い」感情も、ある。

目に見える行動だけを材料に、人を判断しようと
しているのである。

これは障がい者への偏見なのだろう。

「どんな人だって、なんらかの障がいをもっている。
その内容や数の論理によって、この社会では
“障がい者か否か”の決が暗黙にされているだけ」
と頭で分かっていても

やはり偏見はあるのだ。

本書には、そんなわたしを突き刺す文章もあった。

「どうしてパニックになるのですか?」の項で
東田さんはこんなことをおっしゃっている。

「みんなが僕たちを誤解していることのひとつに、
僕たちはみんなのような複雑な感情は無いと思われていることです。
目に見える行動が幼いので、心の中も同じだろうと思われるのです。」


       *       *       *


本書には、短い寓話もいくつか紹介されていて
それがめっぽう面白い。

ものの本質を優しい言葉で説いているというか
生きることの陰影がさりげなく織り込まれている
というか・・・。

巻末には「側にいるから」という小説も載っているのだが
これは「気持ちを伝えられない」苦しさがこんな形で昇華されたのか
という逸品だ。

スピリチュアルな要素も全体に流れており
彼に秘められた才能の大きさに驚かされた。

1992年生まれの東田さん
これからの活躍が楽しみな人だ。


       *       *       *


さいごに、印象に強く残った文章を引用しておこう。
(繰り返すが、これは中学生のときの文章)


「僕たちの面倒をみるのは「とても大変なのよ」と、
周りにいる人は言うかも知れません。

けれど、僕たちのようにいつもいつも人に迷惑をかけてばかりで
誰の役にも立てない人間が、どんなに辛くて悲しいのか、
みんなは想像もできないと思います。

何かしでかすたびに謝ることもできず、怒られたり
笑われたりして、自分がいやになって絶望することも
何度もあります。(中略)

側にいてくれる人は、どうか僕たちのことで悩まないで下さい。
自分の存在そのものを否定されているようで、生きる気力が
無くなってしまうからです。

僕たちが一番辛いのは、自分のせいで悲しんでいる人がいることです。

自分が辛いのは我慢できます。しかし、自分がいることで周りを
不幸にしていることには、僕たちは耐えられないのです。」

(以上、『自閉症の僕が跳びはねる理由』より)


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