ともみ@ピクニック

人間関係の網目のなかに正しく参加しない

(前略)たとえば、なんらかの理由で深く傷つき、独りになって心を落ち着けようとひきこもっている人に「絆づくり」を強要するのは、善意の暴力だ。絆の大切さを声高に説く人は、人間関係の網目のなかに正しく参加するのが「まっとうな社会人」だと考えるから、参加しない人をわがままだと非難する。なぜならこうした人は、強固な絆に参加していても、実は心から満足しているわけではなく、義務感からそうしていることが多いため、同じ義務を果たさない者を憎むのである。(中略)結びの部分では、絆から真に自由になるためには逃走するだけではだめだと、積極的戦略も示される。住みやすい世の中は、自分で作ろう。

これは、詩人の渡邊十絲子さんによる、『反<絆>論』(中島義道・著)の
書評からの抜粋である。(週刊新潮2015年2月26日号より引用)

この数ケ月、やたらとわたしの目や耳に「孤独」とか「絆」とか
そういった方面の言葉が入ってくるので、気の向くまま、このブログでも
触れてきた。(そしてまた引っかかっちゃたよ、図書館で手にした
バックナンバーの週刊誌で)。

この渡邊さんの書評だけでも、なんだかわたしは満足してしまった。

「絆から真に自由になるためには逃走するだけではだめ」とは
わたしも気づき始めているので、では、中島先生は
どのような「積極的戦略」を示されているのか、気にはなるけれど

今はこの方面のテーマに、やや腹八分目気味だから
興味がないわけではないけれど、当分は読まないかなぁ。


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