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うっす。朝はもう4時台から明るくなっている。

4月もあと一日ですなー。

この頃「日々の日記」を書かなくなっているが、「思うところあって」なんてのでは全然なく、ただ「なんとなく」そうなっている。(特に実家にいるとパソコンを開くことすら面倒になって)。ひと頃は「日記(日々のメモ)→現実というホログラフィーに益々栄養を与える」的な発想もあったけれど、(たしかにその通りなのかもしれないし)、今は「やりたいことをやればいいや」(だから書きたくないときは書かない)という柔軟なあたまにシフトしている。アジアのある坊さんの本のなかにあった「花を見て、美しいと思うのも、これまた執着なのです」という話をときどき思いだすのだけど、まずは、この話はまったくもってその通りなのだろうという前提に立ったうえで、「せっかく生まれてきたのだもの。この世で遊ぼうよ(美しいと思うのも心の遊び)」の姿勢を今はもっていようと思う。執着を手放そうと努力することも、ひとつの執着なのだろうし。

               

さてさて、最近のまとめ日記を書こうと思ったが、はて、何をしていたのだっけ。数日ごとの「実家とアパートを行ったり来たり」、やっぱり、これが一番の大きな仕事かな。

母はあいかわらず元気でいてくれるので(「さみしい」と、時々「頭がもやっとする」のが困る、という悩みはあるらしいが)、実家では母の作った料理を食べ、ときどき庭をうろうろし、あとはテレビを見放題、お風呂入り放題、眠り放題、の生活をしている。「傍にいてくれるだけでいい」と本気で思っているらしい母の弱さ(さみしい病)と、わたしの怠惰な暮らしが、ほとんど波風も立たず絡み合った、のんびりとした静かな日々。

(真夜中起きているわたしの出す音でさえ「うるさ」くはなく、嬉しいのだと。「あれ食べたい」「これ作って」というエンドレスの我儘や、わたしの時々発するイヤミな発言さえも、嬉しいのだと。それほどまでに一人のときはさみしいのだと。ちなみに、姉は毎日電話をしてくるし、週一くらいは実家にくるし、近所の人ともおしゃべりしているし、ときどき女学校時代の友達や名古屋時代の友達と連絡取り合っているし、畑友達がいるし、いつも(母の)妹たちと会っているし、えとせとら……それでも、さみしいのだと)。

               

今月一番の発見を書いておこう。もしかしたら毎年発見しているのかもしれないが、今年は揺らぎない感覚として体からあふれるほど、はっきりと、しっかりと実感したので、ここに書いておくのだ。

植物の生命力に癒される(実家の庭の)。

これほどこの恩恵を味わった春は初めてかもしれない。なんでだろ、毎年この芽吹きの季節には「とても気持ちいいなあ」と魂が喜んでいたと思うのだけど、今年はそれがグレードアップして、庭の植物を眺めるわたしの細胞ひとつひとつが、瞬間、瞬間、「ああ、幸せ」「気持ちいいねー」と、わたしに語りかけてくるようなのだ。

そうして、気がついた。これは、なかなか滅多に訪れない、「癒されている」というやつではないか。わたしは感受性が強くない。たいがいのことに感動しない。いつもぼけ~っとしてる。人々が「感動した」「癒された」と熱く語るような体験を横にしても、ふ~ん、としか思わない。「すごい!」「いいね!」「幸せ!」と言葉にすることもあるけれど、それはたいてい、その場の勢い(興奮)だ。いやいや、そういう肯定的な気持ちはたしかにあるのだろうけれど、それ以上のものではない、ということ。これはあらゆる方面においていえること。きっと、インドの沐浴を見たり、オーロラを見たり、もっと言っちゃうと、宇宙から地球を見ても、わたしにはこれほどの(実家の庭の植物の生命力に癒されるほどの)癒しは起こらないのでは?と思ったほどだ。

この体験の、そもそもは、「どうしようなく気持ちが固まっていた」ところから始まるのかもしれない。わたしの場合、気持ちが固まるは、疲れている、やる気がない、などとも言い換えられるのだけど、そういうときは(実家に滞在しているときの)わたしにとっての唯一の外界である「庭」にすら出られないのだよ。「そろそろ庭仕事の時期だなぁー」と頭では自分に語りかけても、とてもとても、身体を起して外(庭)に出てみようという気持ちが起きない――そんな時期がしばらくあった。

今となってはなにの拍子だったのか思い出せないのだけど、あるとき、外(庭)に出ることができた。「外(庭)に出る」ことは、想像するだけで、息苦しいことだったはずなのに、案外、息をするのもラク。いや、家に篭っているよりも、ずっとラクに息ができる。今春初めて庭に出た日、わたしは久しぶりに自然の光を浴びて、気持ちも穏やかになっていたのだろう。それをきっかけに、実家滞在時、晴れていて体調のまあまあのときは、外(庭)に出られるようになったのだ。そして、ちょっとずつ日をかけて、今年も庭の春支度を始めた。

先日の帰省で、ほぼ春支度は終了。あとは、草むしり、剪定、植え替えなど、ルーティンワークだ。広い庭でもないのですぐに庭のパトロールは終わってしまうのだけど、一度庭に出ると、日ごと変化する植物を眺めたり、苔をなでたり、お日様をまじまじ感じたり、あっという間に時間が過ぎていく。そう、きっと、「いる」だけで癒されているのだな。

そして、ときどき、「自分が庭(植物)のお世話をしているのではない、庭(植物)がわたしを助けてくれているんだなー」と、はっきりした言葉になって胸におちてくる。(と、書くと、まるでわたしが全面的な世話しているようだが、普段は母がせっせと水遣りなどの世話をしているのだ)。

ここに書いたことは、毎年、味わっている幸せ。落葉樹の新芽がぐんぐん伸びて、アスパラが顔を出し、コゴミは葉っぱに変身し、などなども毎年この時期のお約束。こうやって毎年、庭の植物の生命力を(ときどきは「虫がついた」とか「~しなきゃ」とイヤイヤモードになることはあっても)肌で知っているはずなんだけど、今年は、さらに深いところで心が呼応しているといおうか。

居間のコタツに当たりながら、春の体内時計のスイッチ入った植物を眺めていた先日も、「ああー、幸せー。見ているだけで癒される」と、無言のつぶやきをする自分がいた。


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背伸びせず、ゆるゆると日常生活などをつづります

はえともみ

Author:はえともみ
 
万の風になって、生きる。

ちちんぷいぷい~。
(HSPの自覚あり)
「うつと仲良く! ひきこもりだっていいじゃない」と
開き直って生きてたら
元気になってきました。

→ 近年は、老母の観察メモの
(&それに伴う自身の変化など)
色合いが濃くなっております。
・・・ま、長い人生の一コマですな。

徒然な日々も、留まることはない。
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