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今夜はジン

6月13日(土)

今日はスーパーに行ったので
夕飯は手を抜くよ。

助六セット(鱒ずし入り)、生野菜色々
(初収穫のミニ胡瓜も)、出来合いの揚げ春巻き
カツオのたたきね。

このところ、鏡月・ジャスミンと、新商品の
サントリーブルー(箱買い)を飲んでいたが

今日は久々にジンを買ったので
夜の一人タイムにはジンをロックで。

ああ、これよ、これ。

舌と五臓六腑が喜んでおる。







あいかわらずのイライラ感。

夕飯の助六弁当のラップ包装を、(単純に
状態を知っておくためと、幾分かいじわるで)
「自分で開けられる?」と母に尋ねたら
「うん」というので様子を見ていたら……
ぜんぜん開けられないず、「はーぁ。どこが一人で
大丈夫なんだよ」と、心のなかで悪態をつく。

(「デイサービスに行って」と母に懇願しても
「私はリハビリ行っているからそれで十分」と毎回
答えるので、…リハビリといっても週に80分だけ…
最近は「わたしだって息抜きしたいんだよ。
あなたが家に一人でいたら、ゆっくり外出できない」と
ストレートに伝えても、「私なら一人で大丈夫」の
一点ばりの母。・・・そういう会話を思い出し~)



日中だけでなく、夜も、わりと母を一人にしておいた本日

不安が生じるのだろう、夜中に何回か
寝室から出てくる母よ。

ふうっ。

彼女のさみしさを紛らわすための
懐メロのTV録画を流す、深夜なり。


贅沢な戯言

6月12日(金)

イライラが大きく募る日。

完全一人時間のほとんどない生活も
一年以上となり、このごろは、ほんとーに
自分あぶないのではないか? と思う。

軽い抑うつ感がフツーで、(ごくたまに
気分が軽くなることはあるが、それは非日常)
ときどきドヨーンと重くなる。 そこに
イライラが重なるのだから、もうお手上げ!

おいらのイライラは、暴飲暴食、精神的自傷に
向かうので、こんなことにエネルギーを発散する前に
今在る狭い世界から抜け出して、たまには
気晴らししなくてはと思うのであるが

外に遊びに行くにも、気力と体力がいるのよね。

(うつの最中に気晴らしする余裕はなく
うつが軽いときは労働に勤しんでしまう)

今日は病院に行こうと思っていたのだけど
公共交通に乗る元気がなく・・・取りやめ

一日家でだらっとしていては
あとから自分で自分を責めることになりかねず
夕方ちょっこと庭しごとをしたあと
ちょこっと畠へ。

(結局デイリーな時間を過ごしたわけね。

よく「何もないことがいかに幸せか」と
日常の大切さが謳われるし、同意する。

けれどそれは、“日常を切り裂くほどの
好まざる出来事の到来”に比較して言えることであり
“日常の沼”にはまり続ける苦しさってあると思う。

ま、贅沢な戯言だわね)


雨にも負けず

6月11日(木) 梅雨入り

午前中、畝を三列作る。

(いつも計算せずにテキトウに作り
長さ足りなくなるんだよな、と思いながら
やってたら、結局、長すぎる畝に)

雨が降り出し、途中からスコール級だったのだけど
「カラダが動く」「外に出られる」のは、おいらにとり
何よりもありがたいことなので、雨にも全然負けず
畝を仕上げたよ。

しかし帰宅してシャワーを浴びると
その後は小雨になったではありませんか。

(天気予報の「一日雨マーク」だけ見て
降水量を確認してなかった。
午前が一番雨激しいこと知っていれば
なぁ、というのは、ま、いいかっ)

moblog_d0cd5874s_2020062516071541a.jpg
雨の中、外のたらいで、オーバーオールと
デニムエプロンをじゃぶじゃぶ水洗い。


昼食後、少し昼寝して、夕方
紅はるかを31本、植えました。

そうそう、今日は、ミニ襖が入り
二階の網戸の戸車を直してもらった。

アンバランスな日

6月10日(水)

アジサイ。満開ではなく
ぽつぽつ開花し始めた今頃が
わたしは一番好き。



お芋の畝を先日作ったものの
ちょっと場所を変えたほうがいいな
と思い直し(せっかく施肥もしたけど)

「新たな畝を作る」つもりであるが
ああー、鍬を握る力、今日もなし。

日曜にもらったお芋の苗の
バケツの水だけを変えている。



今日は半日洗濯機を回しつづけ

母の留守中、部屋の模様替えしようと
あれやこれ迷ったあげく、たいした変化には
至らず、しかし、うろうろだけは大いにした。

行動 < 気持ち   非常にアンバランスな日。

韓国ドラマ(2020初夏)

6月9日(火)その二

ドラマ『左利きの妻』、どうしてこのタイトルなの?
と不思議だったが、あ~、「左利き」の妻、が
重要ポイントだったのね! と、分かる展開を
今宵観るなり。

このドラマ、ちょっと時代遅れな感じもするし
(記憶喪失、溺愛、生き別れ、復讐・・・
典型的であるものの、それ以上の要素は?)

「ああん、もう。スホが記憶を戻せば
すべて解決する話ではないか~(*)」と
イライラするのだけれど

今はまだ三十数話目、ラストの百三話まで
きっと予想外の展開もあるのだろう。

(*後日の追記 スホの記憶は戻ったのに
ぜんぜん解決する見通しないよ~。
しかもまだ五十話以上あるぞ!
ここまできたら、どうやって話を引っ張るのか
見届けるのである)



『黄金の私の人生』が、もうすぐ最終回なので
https://ougonnowatashi.ponycanyon.co.jp/

わたしは、今から『黄金』ロスを案じているよ。

(恋愛ドラマのなかに、現代的家族問題や
学歴や仕事などの新しい価値観の模索が
盛り込まれており、おもしろい。

俗にいうシンデレラストーリーではなく
その逆、財閥の跡継ぎ息子が家を出て
庶民の暮らしを知る、その展開もいいし

主人公の周りに過剰な嫉妬をする人物がいたり
策略が頻繁に張り巡らされるという「典型」とは違い

単純カタルシスとは違う物語があるのが
なによりいい。



日本でも評判になっている
『不時着』や『梨泰院』も観てみたいが
まだその環境にあらず・・・

いずれの日かの楽しみに。

おかわり胡瓜とブロッコリー

6月9日(火)その一

気付いたら、野菜用のマルチ肥料がない。

自転車でホームセンターに行き
割高だけど、10キロ(1780円)をチョイス。
(一年前ならもっと容量大きいのを選んだろう)

その10キロさえ重く、よたよただよ。



胡瓜の苗を過日三本植えたけど
そのうちの二本を枯らしてしまい

最初は「おかわりなしよ」(枯れたからといって
追加の苗は買わないわ)と思っていたのだが

さみしいので、追加の二本を購入するなり。



なんと、肥料を積んだ自転車の荷台に
一緒に入れて持ち帰ろうとしたら

途中の横断歩道で荷台から荷物一式が
落っこちて、苗を負傷させ

そのあと、なんとか家に戻り
その負傷した苗を植えに行こうとしたら

また荷物一式落っことし、負傷をさらに
負傷させ、もはや「生きる力が残っているのか
どうか」という感じなのだけど、それでも一応
胡瓜二本植えました。

(先に植えたのにはもう実が成っているよー)



あと(苗ポットのままひと月以上放置していた)
ズッキーニ、庭のプランターから畠に移動させたものの
その後も、ほとんど大きくならないし
3本中の2本はもう先が長くない様態なので
あきらめて、そこに新たにブロッコリーを植えた
本日であるよ。

セルフパートナー その1



おいらがこれまでの自分を振り返って
シングルで幸せ、シングルが幸せと、断言するのは
どこか背伸び感が残るけれど

(その原因は・・・、おのれの中にある
「周囲の人々の価値観を気にする自分」なんだよな。特に
20代後半から40代前半頃までのトラウマ級のあれこれ。
・・・心無い周囲の言動の数々を忘れきれなくて、それが
いまだ自分自身を傷つけている)

自分だけを見てみたら、いつだって、わたしは
わたしといることが幸せなんだ。

わたしのパートナーはわたしです!
それしか、しっくりこない。

(消去法でなく、素直な選択として)


*「おいら」とか「おのれ」とか「わたし」とか
短い文章のなかで、なんなんだ・・・。
こういうテーマの話を書こうとすると
人格が複数でてくるのかしら?


セルフパートナー その2




こ、こ、これ、切実・・・。

これまで随分と「男性並み」腕力を、周囲にも
自分自身にもムリして披露してきたけれど
このごろは30キロや40キロ袋は重くて
手が出ない・・・。

しかし、小袋は、超割高なのよねー。

むむんっ。



「クソジジイの再生産」って、表現おもしろい!

日本全国で、クソジジイの再生産が行われているわよねぇ。

クソジジイ予備軍がベルトコンベアーに乗って
クソジジイに成りゆくには、周囲の環境が栄養になるのさ。

年齢問わず女性自身がそれに加担しているケースは満載。



5.人生はギャグ

結局、今までの畠をゆる~く手入れしながら
(耕作はごく少々。あとは花を勝手に咲かせ~)

まる一年以上ヒトの手の入らなかった
(これまでその近くを通ったことはあるが
足を踏み入れたことのなかった)正真正銘
草ぼうぼうの畠を、完全セルフ労力で
(鍬とハンドサイズのシャベルで)耕し
夏野菜を育てることに。



「農業好き」と見られているふしもあるが
本音を言えば、愛憎半々なのだよ。

最初は、余命いくばくもないと言われた
父の手伝いで(父は趣味ながら趣味とはいえない
規模の畠をやっていた)、そののち

母の要請があり、その手伝いを・・・

その流れできたのさ。

「ひとり農業」は二年ほど前から始めたのだったか
しかし、そのときは、わたしが畠をやることで
少しでも母の励みになればいいという思いが
強かった。

(わたしが畠をしていれば、母もなかば自分も
「土いじり」に携わっている気分になるのでは・・・
ときどき様子を見にくるだけでも楽しかろう・・・と)



それが、去年の夏は辛かったなー。

(体調しんどく、外に出られない日が多く。
しかし水やりや収穫は待ってくれない・・・)

(そっか。わたしの「憎」の部分は
カラダやココロの具合がわるく外に出たくない
ときも、畠は待ってくれない、ことに尽きるのかも)

ただ、先祖の残した畠を(終戦後の農地解放で
だいぶ手放したようだが、祖父が一時休職して
農作業をやり、没収されるのを免れたと聞いている)
守りたいという、自己満足もあり、続けていたんだ。



庭や畠のことで手一杯で
・・・良くて「半日」しか活動できないカラダ・・・
毎日へろへろ。

一番やりたい「家の片づけ」が
(さんざんブログに書いているが実家の片づけ
まだ終わっていない)進まないのじゃ。

母のことに費やす時間も増えているわけだし。

どう考えても「容量オーバー」であると
去年の段階で自覚しており

なんでもかんでも手をつけるのでなく
優先順位をつけろよ~

やること(外の力しごと)を減らさなきゃ~
と考えていたはずなのに・・・

結局、なんも減らしてないよ。

むしろ、面倒見る土地を増やす、顛末よ。

(ギャグでしかないのだが、真剣に悩んだ末
選んだことなのだ。・・・ああ、人生はギャグ)



ひとまず、野菜づくりを止められなかったのは

自然の力に「参った」からでもあるのだよ。

素人の遊びなのに、去年も高齢親子の食卓に
十分足りる収穫があったよなぁ。

(トマトなど夏野菜は食べ放題が当たり前になっている。
これを買うとしたら、食べ控えしそう。

ハイシーズンは食べきれず腐らせることに
イライラもしたけれど、過ぎ去れば
「食べ放題」の良さが記憶に蘇る・・・)

経済的に助かるし、「食べ放題じゃない」状態に
気持ちが打撃を受けそうだ。

ただただ、野菜の育つ姿を見たい
という思いもあるのかな? どうかな?

今年にはいってほとんど畠に行っていなかったのだけど
それでも十分な量の苺を食べれたし、ほとんど雨水だけで
お豆が育ったり・・・という畠の様子や

家のプランターで昨秋からたのしんでいるパンジー
いつしか種が飛んだのだろう、気が付くと
離れた鉢にも、パンジーが咲いていた! 出来事や

Yさんから頂いた四つ葉のクローバー
(十年ほど植えっぱなしだったので)
去年植え替えたらその鉢からは芽がまだ
出ないのだけれど

これまた離れた別の鉢から一本
四つ葉のクローバーが芽を出した!
嬉しい驚きが

5月にあって、なんちゅうか

人間の都合と関係なしに、植物は
すごい力を秘めているのじゃ

というのをひしひし感じて

それも畠しごとを継続する動機と
なったのかしら。

4.世代交代

十数年、地域の畠を見てきたが
諸行無常を感じるよ。



毎日畠に来てたのにもうこの世にはいないヒト…
老いて畠仕事できなくなったヒト(うちの母含む)…
の多さよ。

そして、あらたに畠をやるようになったヒトも
(だいたい60代くらい)ぽつぽつおるようだ。

高齢化社会だから、一層目立つにせよ
わたし自身が「世代の交代」に目の行きやすい
年齢になったのだなあ。

(もっと若ければ、周囲の変化に無頓着)



ひと昔前と比べたら、プライベートな干渉が
ずいぶんと減り、その点は気楽だな。

(前は、「子供は?」「どこに嫁に行っている?」
「仕事は?」、畠にいるだけでプライベートなことを
ガヤガヤ聞かれる機会が多かった)

わたしの特殊性(社会的身分)が周囲に知れ渡った
こともあるのだろうし、なんでも率直に質問してくる
年寄りが減ったのだろう。

けっこうなスピードで
世代交代が進んでいるのだと
思う。



「今の当たり前」が永遠に続くわけじゃない
という体験は、わたしをラクにする。

3.草があってもいいじゃない

今回のことで学びもあった。

ヒトは「変わる」という

自らを土台にした実感。



かつてはおいらも刷り込みの価値観に
(父も草一本生やさないタイプだった)
しばられていたけれど・・・

今は、ほったらかし農業に憧れるし
過年のこぼれ種も生かしたいと思うように
なったし(トマトなどもこぼれ種から生長)
畝なんてガタガタ曲がっているが
モーマンターイだぜ。

つまり、十年前の自分なら
ダメでしょ、ととらえていたことが
現在はソレでイイのダヨと
積極的に思えるのだ。



周囲には、耕作を止めた畠も増えているが
頻繁に耕運機を入れたり、除草剤を撒いて
草を生えないようにしているところが
めずらしくない。

(草を生やしておくと、親戚に注意されたり
隣の畠の人に文句を言われたりすると聞く)

もともと働き者の多い地であり
「人に笑われないよう」生きることを
幼き頃から内面に刻み込まれる風土
なので

草を生やしていることを恥ずかしい
と思う人が多いようだ。(特に年配者)。

空き家もけっこうあるが、完全放置されている
ところはほとんどなく、「まるで住人がいる」ごとく
庭などの手入れもされている。

(子孫が全員県外に出るというケースは稀だから
できることなのだろう。親戚ネットワークの強さもある)



だけどねぇ、今、畠をやっている
大半は70代、80代なので
(まあ老後のヒマつぶしだ)

「みなさ~ん、将来を見据えて
思考のシフトチェンジしましょ!」

(「きっちり農」じゃなくてもイイじゃない。
もっと、ゆるゆる、テキトウにやろうよ。

少なくとも、草をぼうぼうにしている土地に
陰口をたたくのは止めようよ。

除草剤を撒きまくるより、はるかにいいと思うよ。
色んな草を生やして植物多様性に貢献だぜ!)

と思うのだけど、今のところ

わたしの言い分は周囲に理解されないようだ。

孤独に実践していくしかない。





2.愚痴など(明日のために)

「感情の反応」がちょっと異常レベルだ
と自分でも思っている。

(悩み方がノイローゼっぽい。怒りのレベルも
高くって、拒否反応度が高すぎる)

その証拠に、去年までは
なんとか笑って済ませてきたことが
許せなくなっていて・・・。



この辺りのことを、一度ゆっくり日記に書いてみよう
と思いつつ、はや二ヶ月以上経ってしまった。

(今年4月から「畠をどうする?」と悩み過ぎ
未体験方向のノイローゼ感を味わった)







そもそも、これまでシンドイさを抱えつつ
頑張ってやってきたことを「踏みにじられた」
ように感じたんだ。

いくらでも感情の妥協の道はあったのだろうが
畠以外のストレスも加わって、妥協の道には行けず

どんどんどんどん否定の沼にハマっていって。







「こうあるべき」の押し付けがイヤ。
(ほったらかし農業なんて、もってのほか。
の周囲の価値観が苦しい)

「勝手に畠をいじられること」の不快感。

父が亡くなって以来、頼んでもいないのに
勝手に耕運機をかけられるようになった。
(相手はよかれと思っているのだろう)

それだけならまだしも、(うちののんびり農業が)
地元の常識の歩調に合わせないことを
ほかの人に文句言っているらしい。

去年体調不良やメンタル的に外に出るのが
つらいときも、なんとか守ってきた畠なのに・・・
マイペースであることにNOを突き付けられた思い。

もう水に流したつもりでいたことが蘇る。
→今年だけじゃなく、今までも、大事なものを
壊されてきたんだ。(特に、父が最後の夏に残した
竹で作ったジャングルジムのようなもの
…そこにゴーヤをはわせていた…を壊されたときの
ショックたるや。地域の常識では「その年組み立てた
ものはその年でおしまいにする」わけだけど、わたしは
父の手の残ったそれを朽ちるまで使いたかったんだよ!)
→恨みつらみの感情。

放っておいてくれ。

好きにさせてくれ。

なんでいいちいち干渉するんだ。

あんたらの常識になぜわたしが合わせなきゃいけないのだ。







こちらが迷惑をかけたこともあったと思う。

こぼれ種が飛んで、おもしろくないのだろう。

(向こうが里芋の生育のため出しっぱなしにしている
農業用水がずんずんずんと流れ込み、こちらも過剰に草が生え
毎年、困っているんだよ。お互い様だ)

長芋をやってみようと思った年があり
長い竹の棒を建て、それが強風で迷惑かけた
ことあったかも。



わたしの言い分は、(不満方面の話にしても
ゴメンネ方面の話にしても、いずれも)
重箱の隅を突くような話であるよ。

些細もささい、些細過ぎる!

村社会のちまちました落とし穴に
自ら、積極的に落っこちている!

どーんと懐広く生きれば、イライラは
ずいぶんと減るだろうに!!

(怒りのスパイラルを自分で招いている・・・
ぽやや~んとした自覚はあるのだ)








1.怒りのち、泣きたくなる日

6月8日(月)

調子はいいと言えぬが、特別凹でも
なかったのに、午後、笑っちゃうくらい
些細なことを機に、心身どよ~ん下降。

(家にばかりいるわたしを、親しくしている近所のヒトが
先日心配する言葉をかけてくれたのだけど…、今日は
新品の使い道のない夏帽子をもってきてくれて
ありがとうとお礼は言えたものの、いつものように
お喋りをできなかった= 些細なこと)



それでも畠へは行き(デイリーワーク)
あっちの畑の水やりのあと、こっちの畑で
サツマイモを植える準備など。

(いつもは帰宅後に母と夕食とるのだが
今日は出かける前に「おひとりさま」分の食事を並べ
先に食べるよう告げてきたので、夕飯心配せずに畠をできるぞ~)



春の初め、他のエリアを(勝手に)耕してあったあと
「ココの部分は触らないでね。こぼれ種を育てるんだから」と
念を押しておいたのに、いつしか「草ぼうぼうだったから」と
勝手な言い分でまた勝手に耕し、(草が一本も生えていない
とは言いませんが、どうみても、ぼうぼうじゃない。
やっと出た球根の芽とか、こぼれ種とか、ハーブとかを
彼は「草」とみているのである!!!)
・・・仕方なく、その代金は払った・・・、そのあとも

自分の畑を耕したあとの耕運機の通り道として
勝手に「なんとか一部再生したこぼれ種エリア」を
また耕してあり(←先月下旬のこと)ぎゃあああー(怒々)
と思っていたら、また数日前にも勝手に
うちの菊を切って、勝手に挿し木しておった。

(あとで他の人から聞くと、間違って折ってしまったから
挿し木したんだってさ。しかし後日検証してみると
間違って折ってしまった、とは、どうみても言えない
切り取り方である。・・・切り取ってる茎の位置がばらばら)

ちなみに、挿し木の場所は、うちとそのヒトとの
境界線からわずかにうちよりに入ったところで
・・・境界線にはその人のネギが植えられている・・・

今日はうちのホースを使ってその挿し木に水をやってあったり
(↑親切のつもり?)、その他、ぎゃああああ~ なことがあり

はあ。



今日は、先に書いたとおり、調子凹みのなか
畠へやってきたのに、こうゆう状態に対面すると

なんともいえん怒りが湧いてくる。

そして夜、怒りのベースが残るなか
ボロボロ泣きたい衝動がずっと続く。

やはり更年期か。

* * * * * *

追記 6月21日現在

記憶があいまいになりがちな日々なのだが
どうみても自分で抜いたとは思えない・・・植物の
抜いたあとが、どんどん増えていく。

わたしが「手入れできない」から、親切で
やっているつもりなんだろう。

幅一メートル以上浸食しているぞ。

(それ以外も畠全般を勝手に耕して!)

ラッキョウ、ジャガイモ、カモミール、四つ葉
マリーゴールドなど、境界近くだけでも
それだけの植物が勝手に処理されてしまった。

四月から先月末くらいまでは、こっちの畠に
足を向けるのも怖かったが、このごろは少しずつ
通えるようになっているので(それでも日が落ちたあとの
極力ヒトと会わなくていい時間帯に)

シートを張って、境界を際立たせねば。

(「勝手に入らないで」サインでもあり
うちの畠が隣に迷惑をかけないように)

(今までも「耕運機かけないで」と頼んでいるのに
そういう言い方では伝わらないのだ。しかし
あまりきつく言うのも難しい・・・)

過年からの植物を放置したり、こぼれ種を育てているのを
おもしろくないのだろう(地元民からしたら非常識な行為)。

わたしは彼が怖くて畠へ行けないのに
彼はわたしが畠を放ったらかしにしているのを
がまんできないようである・・・。

人間関係はむずかしい。

(都会ならバサっと切り捨てる手段に出たいところだが
ここではありとあらゆることがつながっているので
自分の首を絞めることにもなりかねず・・・
言動には要注意なのである)

ゆりちゃん発言(コピペ)



ああー、ゆりさま。あなたは
自分を切り取るテクニックが優れておるのです
と、思ったり。

(ヒガミじゃない。敬愛から)


そして、これが面白い。



わ~い、おいらもひとまず、発泡酒飲もう!
と思う日曜の夜。






背伸びせず、ゆるゆると日常生活などをつづります

はえともみ

Author:はえともみ
 
万の風になって、生きる。

ちちんぷいぷい~。
(HSPの自覚あり)
「うつと仲良く! ひきこもりだっていいじゃない」と
開き直って生きてたら
元気になってきました。

→ 近年は、老母の観察メモの
(&それに伴う自身の変化など)
色合いが濃くなっております。
・・・ま、長い人生の一コマですな。

徒然な日々も、留まることはない。
すべてがいとおしい。だから書く?

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