FC2ブログ

戸惑って当然

それからね、これも見えてきたよ。日記の神様!



身近な者の老いの伴走は、そうそう人生であることでなく
たいてい、はじめて、とか、二回目とか、そういう程度が
一般的だろうから、戸惑って当然だよね。

( ↑ たぶん育児と似ている)

「家族内でモンダイを抱え続ける」なんて当たり前。

介護に限らず、どんなに一見、なにもトラブルのない
希望だけを見ているように見える家庭だって

なにかしら家族内で抱えるモンダイはあるでしょう?

(逆にいえば、それゆえ、家族なのだ)



昔は、大家族で、ひとりひとりの負担が少なかったのだろうなぁ
老人は大切にされていたのだろうなぁと考えることがあるけれど

(一対一だと、やっぱ、しんどいよ。育児同様
介護もオンオペはさ・・・とグチりつつ思う ↑)

しかししかし、昔の老人がそんなに手厚く扱われていたのかしら?
と具体的に想像してみると

「がやがやとした家族の膜」に囲まれてはいても

膜の内側では、手取り足取りの手厚い世話を
そうそう受けていたわけではないのかもしれない・・・ 

最低限の世話は受けても、現代ほどの細かい点まで
(衛生、栄養、リハビリ、病気治療、情緒サポート etc)
ケアされるなんて、庶民はほとんどなかったのでは?

本人の活動域が少なくなれば、動ける範囲でしか動かず
あれこれ不自由が出れば、その不自由とともに過ごし
しずかに老いていく・・・ 感じだったのでは?

(vs 現代は、幾つになっても、身体機能を現状維持orUP
しようという流れ。不自由が雪だるま式に膨れ上がっていくのを
指を抱えて見ているのはアウト。

足腰弱くなれば歩行器や手すりを使い、各種便利な介護用品もあり
高齢者福祉の概念がゼロだった時代にはなかった、介護保険
ヘルパーさんや各種施設など社会制度も幾分か整い
老人の生活水準は格段に上がっているはず)

だから自分が生まれる前の昔を想像し
家族単位の小さくなった(それが老人一人宅であろうと)
現代の老人を悲観的にとらえることはなかろう。



おいらが一番注意しなければならないのは
親のことに精神過敏になっている、おいら自身だ。

(親とは関係ない、自分自身の喜びをもて)

恐れ(わたしのなかにある)

そろそろ、何か見えてきましたよ、日記の神様!



「ケア(身体&メンタル面の)をさぼると、その分
親の健康度が下がり、寿命にも影響するかも」という
恐れが慢性的にわたしにはあり

(たまに体調などが凹凹で親のケアを無視すると
無視しながら無意識レべルの罪悪感が生じる)

「恐れはほどほどに・・」と、自分に語り掛けても
完全には抜けられないのだろう。

まあ、ぼちぼち、恐れと付き合ってゆくしかないなぁ。

(もともと完璧なケアとは程遠い。足りないことだらけ)

恐れは、たぶん

将来、介護がおわり、ひとりぼっちになったときの
自分を想像する気持ちと繋がっている。

当たり前の話

しつこい! 日記の神様ごめんなさい。

補足です。



孝行は尊いという話じゃなくて

(むしろ孝行という呪縛から離れたほうがよい
場合もあろう)

ひとは自分のためだけに生きるより、自分以外の誰かのために
生きる時間もあったほうが、はるかに楽だ、という当たり前の
話に帰結するんだよね。

ひきこもりが24時間自分に意識を向け続けるのは
辛すぎるぜよ。



ひきこもりの皆様、ごめんなさい。

一連、傲慢なことを書いていると思う。

「自分がやっているのだから(そして少しは
ポジティブな結果もあるから)」

他の人にもおすすめしますめいた匂いが
でておる文章、傲慢だね。



この世のひきこもりの皆様

傲慢なことを書いて、ごめんなさい。

(すべてすべて、わたしがわたしを肯定するために
書いている文章なのです)

ひきこもりと親の介護③

元々のひきこもり者が、介護という役割を担うのと
非ひきこもり者が、介護によって「ひきこもりになってしまう」のは
まったく違う話であり

区別して考えねばならん。

(ここで書いているのは前者の話だ)



ひきこもり者にとっては、介護という「役割」をもつことが
おのれを救うことにもなりうる。

(無力感の救済。居場所の確保。役に立つという喜び)

あっ、しかし

自己満足が昂じて、代理ミュンヒハウゼン症候群の方向に
すすまぬよう、くれぐれも肝にめいじて。



見逃されがちだが

親の介護の過程では、どうしてもひきこもり者(子)が
外部とつながらなければいけない場面が生じて

ある意味、それはひきこもり者にとっての社会リハビリになる。

(しかし、公的なところにSOSを求めても冷たく扱われたり
ひきこもりの程度によっては乗り越えがたきストレスになることも
あろうから、一概に推奨はできんな。

ある程度の「底力」の溜まった者にとってのリハビリであり
ムリしてこじらせないように…だな)。



わたしはまだ出来ていないのだけど、早々に
「自分自身も色々と難を抱えている。
(ほんとうは親の介護どころではないのです)」という
カミングアウトを

外部のしかるべきところに一言伝えておくと
のちのちラクかも。

(わたしはカミングアウトしていないので、一般人(!)を装うのが大変。
しんどいことも多い。でも、ま、一般人のフリして外部の用事を終えると
自信にもなる。ささやかな自信の積み重ねだ)


ひきこもりと親の介護②

ひきこもりには、居場所のない辛さが伴う。

社会性とか家庭内の関係とか、色々ごちゃごちゃしたものを
加えてフクザツに考えちゃうため、ますます「今居る場所」の
心地をわるくしたり。。。

(わたしも、ひきこもりをずいぶんこじらせた。
今でも時々こじらせそうになるが、なんとか大波に潰されないでいる)

正直言うと、親の介護、という役割ができたことで

わたしは「ひきこもり」の自分を、幾分も正当化する
手段をもった。

(言い換えれば、居場所の確保だ。
「居場所は家庭内介護です」という感じ?)

自分自身に対しても、周囲に対しても、なんとなく
「社会的な労働をしない言い訳」を獲得したような
ずるい(?)面もある。



「親の介護を理由に、社会の第一線から退くなかれ」

が謳われる時代であり、まったくもってその通りなのであろう。

そういう点からすれば、ひきこもり者が家庭内介護をするのは
これまた肩をすぼめなければいけない時代になるのかもしれないが

いやいやいや

仕事が忙しい、とか、自分の配偶者や子の世話があって、など
それぞれの理由で親の面倒を看たくても看られない

あるいは過去の家族間のトラウマから、とても親の面倒を
看る気になれない、という人々も、当然いるだろうから

ひきこもり者が、それなりのわだかまりをもちつつも
親の介護ができるのは

恵まれた状況と言ってよいのかも?

ひきこもりと親の介護①

久しぶりに(1月14日の日記)ご飯の話に触れたら
数珠繋ぎ話が止まらなくなり…、長々と書いてしまった。

おいらは日々の圧迫感をグチというかたちで
和らげたいのだなぁぁぁぁぁ。

(日記を書くのは、おいらにとって、内面のタイピングであり
キーボードに向かうことにより気持ちが落ち着くことも)



高齢親子の二人暮らし。

親も子もひきこもりがち。
(=狭い世界でぐるぐるしている)

ああ、この国で、よくあるケースなのだろう。

なかなか「家族の壁」を破れない。

少しは公的サービスに頼っても、根本は
家族内でモンダイを抱え続ける。

究極の解決は、家族の解散しかないわけだが

はて、「そこまでして得たいものは何じゃ?」と問われれば
わたしは答えをもたないのである。

(よって現状維持が続く。あとはじわじわと
なるようになっていき、それに対処してゆくのみ)



近年は8050、9060とも言われ、子が
ひきこもりであるゆえの諸々課題も表面化しておるね。

わたしは極々軽度のひきこもりだが…必要に迫られ
近年ますます軽度に。社交不安もかなり改善。
ラッキーなケースといえる…

重度のひきこもりの方々には、わたしが
想像もしない悩みがあるだろう。

ⅴ 老親と。

飲み物ひとつとっても、昨今はお湯も沸かさなくなり
自分でレンジでチンすることもない様子の母。
・・・できないわけではなく億劫なよう。

わたしが臥せると、この寒い時期に
冷たい飲み物ばかり飲んでいる母が憐れでもあり
ああ、がんばらなくては。



すぐ手に届くところに置いてあるもの以外は
ほとんど飲み食いすることのなくなった母
(牛乳と飲むヨーグルトくらいは、よほど
所望すれば自力で台所に取りに行くが)

なので、食べ物、飲み物、母の栄養が
自分の裁量にかかっているのか、という緊張感は
薄くなったり、忘れそうになったりしつつも、だいたいある。

それなのに

せめて緑茶は毎日ね。と思いつつ
サボったりする・・・おいら。

んー。

一人暮らしが長く、「自分本位」にしか生きてこなかったので
いまだ同居生活や、些細な基本家事に慣れない点が多々ある。



衣食住の心配のほか
(おいらがサボると、ネグレクト状態になる)

自分で外出しないようになり
人との会話の機会もぐっと減った母に
「頭の刺激を与える」(会話が一番だね)のも

おいら次第なのかー
(おいらがサボったら、老化がすすむ)

という恐怖もある。

・・・・・・と、だんだん、話がズレそうなので

ここらで止めておこう。







今年は、実家や母のことを忘れた
自分の時間を確保しましょう。

(機嫌よく暮らすためにね!)

親のことを心配し過ぎるのは
精神的(我から親への)依存である。

(すべての時間を親にささげるのは
「自分の人生をサボっている」ことに等しい)


ⅳ 母の朝食

「朝食は、固定メニューにしたら、いいかなぁ」
と最近思いついたものの、実行するのか?自分。

(日々の残り物の都合でメニューが決まる、現状。
・・・考えてみれば、申し訳ないメニューかも)

固定メニューにしたら「考える」手間がなくなる!

でも栄養的にベストならいいけれど、多少の不安はある。

(コレでいいのだろうか、とか、飽きないかな、とか。
用意するわたし自身も飽きないか?)

本当は、わたしがちゃんと起き、その日その日
出来立てのものを一緒に食べられたらいいの
だけれどね。



話はぐるっと戻るようだが

(母の)朝ごはんを、朝、用意しているわけではない。

前夜、寝る前にテーブルに並べておくのが主で
たまに朝寝ぼけながら「献立の妙」で用意したり
ごくごくたまに、一から調理したり、そして
ごくごくごくたまに、不貞腐れて、朝ごはんを用意しなかったり。。。

(母ちゃんも災難じゃ。こんな娘をもって。まあ仕方ないね。
そんな縁なのだとあきらめて下さい)

ここ最近は、「朝、少し早めに起きて暖房つけて
起きてきた母に飲み物だして、ご飯食べてね、と言う」
それが朝の目標である。

(そしておいらは二度寝の道へ)

ⅲ 365日のご飯

ひとつ下の続き・・・



幸い、母は、好き嫌いなく
歳の割には、味覚が保守ではないので
(伝統食が一番好きなようだが、珍しい味や食材にも
おそれずに好奇心をもちチャレンジする)
助かっている。

「何食べたい?」と尋ねると、九割九分
「何でもいい。ワタシ好き嫌いないから!」
の答えが返ってくるし。
(「好き嫌いない」はやや自慢げに)



外食できる環境になく
出前も老舗の寿司屋くらいしかなく
「中食」のようなものに頼りつつ、365日
ご飯を作っていくのだ。

昔の人はすごかったなー。

今のようなお手軽食品のない時代
毎日ご飯を作っていたなんて。

と、よく思う。

嗚呼、現代人の
「毎日毎食違ったものを食べる」舌に慣れてしまった
不便さよ。



ま、本音を言えば、時代に逆行するようだけど

手抜きをしつつ、(自分を苦しめるよりは手抜きを重視するぞ!)

伝統食を機嫌よく作れる自分になりたい。

母ちゃんが元気で何でも食べられる今こその仕事だ。

漬物は必須だよな。

(漬物は別腹のようで、「ごちそうさま」したあとも
いつも箸を伸ばしている母)

ⅱ ご飯作り×テキトー

「昼は△△だったから、夜は□□を」
「昨日は◇◇だったから、今日は〇〇を」
と考えたり

母が口にする分は、なるべく添加物をとらないよう
心がけるようにしたり、程度の工夫はあって

まあ、この辺が、現状の折り合い点かなぁぁぁ

とは思っている。



手作りの伝統的なおかず(乾物を使ったり、発酵食だったり
二日以上の時間をかけたり etc)を知らんぷりしているのは

(母、喜ぶだろうなー。食べさせてあげたいなーと思いつつ
そのうちそのうちと年月が流れている)

こっそりと胸が痛んでいるのだよ。



最近は「コレを食べたら、コレに効く」
「コレを食べたら、コレの予防になる」
「コレとコレの食べ合わせはよろしい」
「コレは朝に食べろ。アレは夜に食べろ」
等々の情報が過多で

(かつてはフムフムと聞いていたが、覚えきれないし
今は情報を取り入れることにもやや嫌気がさしている)

なんか、疲れる。

(あの栄養をとらなくちゃ。この栄養が足りんのではないかと
ストレスになりかねん)



昨年、コウケンテツさんの記事を読んで
「日本の家庭料理はハイスペックすぎる。世界の食卓は意外と質素 」
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/67071
少しほっとした。(以下、一部引用)

基本的に、「家族が、人が、社会が幸せになるには、まず自分自身が幸せにならないと」という考えがみなさんの根底にあり、だからこそ日々のごはん作りに対して決して無理しない。

毎日きっちり作るにはちょっとハードルが高すぎやしないか。もっとハードルを下げても良いのでは? むしろそんなに毎日毎日一生懸命ごはんを作らなくてもいいのでは? なんて最近思ってきたのですよね……。


ⅰ ご飯作り歴

18歳から一人暮らしを始め、最初の頃は
料理本などを読み、新しいメニューにチャレンジした
記憶がないでもないが・・・

やがて、外食や総菜を買うということも覚え
(会社員時代に覚え、その後フリーターの節約生活に
なってからは「値引きシール」の総菜にも芽生え)

食事は、自分の食べたいものを食べる
・・・栄養バランスは上位にこない・・・

夜はだいたいつまみになるものが中心で
いわゆる家庭料理っぽいものを作ることは
ほとんどなかったと思う。



ときは流れ、実家での食事の準備が当たり前に
なってしまった。

朝(一人分)と、昼(二人分)と、夕(二人分)
それから夜食(一人分)、これが基本系。

まあ、朝食は作るというより、最近はますます
献立の妙に頼る感じだし・・・品数多く。できるだけ
色んな栄養とれるよう、常備菜や残りものなどを
ちょっとずつ盛り付ける・・・、自分用の夜食に至っては
カップ麺なんてこと頻繁だ。

なので、まあまあ作っているといえるのは
昼と夜の日に二回であり、それも

スーパーに行った日は、すぐに食べられるもの
(寿司、刺身、揚げ物・・・)を買うのが
ほぼ習慣になっているし

先に書いたように冷凍食品もわりと頻繁に使うほか

かつて母がごく当たり前に作っていた煮豆や漬物など
手間がかかるものも、どこかで作られたものを買い

数年前まで家で作るのが当たり前だった
餃子やハンバーグなどの定番おかずも、今では
「焼くだけ」の既製品に頼っている

手抜きの上で成り立っている日々なのだけど。

イワシ生姜煮(冷凍総菜)

1月14日(火)その二

夕飯は、へんな時間にラーメン食べたので
食欲なかったが、家人用にささっと準備を。

雑穀米をチンして、イワシ生姜煮(冷凍)・もやし・小松菜を
一緒にフライパンで温めて、納豆・味付けモズク・とろろを合わせ
茄子味噌汁のフリーズドライに絹豆腐と長ネギ入りの湯を注ぎ
あとは冷蔵庫の常備菜を。

去年から加工食品をちょくちょく使うようになり
(主に生協の冷凍総菜。焼くだけの調味肉とか
温めるだけの魚料理とか)、食事の支度がとても楽になった。

わが人生、ここまで冷凍食品等に頼るようになるとは
想定外だったが、なかなか便利で美味しいのだよねー。

(味が濃いので、アレンジして他の食材と合わせて使うこと多し。
今日のイワシ生姜煮も生協の冷凍品だ)

一から作ったら、一時間はかかりそうなメニューが
今夜は十分ほどで出来上がった。

距離をとれただけでも十分

1月14日(火)その一

きのうの起床が遅かったので、ムリして就寝するのは
止め、朝の用事済ませてから、(目覚めのココアをごくごく
おいしいと飲んでくれたので、きのう淹れた残りのコーヒー
とトマトジュースも朝食用に温める。よほど喉が渇いていた
様子の母よ)、安心して就寝。

クスリを抜いて、うつらうつら、14時頃まで。



ひきこもり3日目、家のなかのことも
ほとんどしてましぇん。

まったくもってなにやってんだ・・・無為の日々・・・
うっかり自分を責めそうになるけれど、いやいや

「荒れた心と距離をとれただけでも十分
よく生きている!」と、自分を褒めましょう。

そろそろ巣の外

1月13日(月)

17時過ぎの起床。ここまで寝坊すれば
ずいぶん心も体もラクだー。

(この時間、外がうっすら明るい。
日が伸びてきましたなー)

(ちなみに、朝ご飯、昼ご飯を出すため
ちょろっと起きてはいるので、17時まで
ずっと寝続けているわけではない)

久しぶりにカラダがラクなので

母ちゃんのドリルの伴走もできた。

(幼児用なのだけど、脳トレにいいかなと
思って。一人だと触りもしないので伴走を)

レーズンサンドも分け合って。

お夕飯も一緒にとれました。

(ここ数日、一人もしくは二人の夕飯後、すぐに
夜の仮眠で二階に逃避していたが、今日は
仮眠に走らず、お風呂に入りました)

「ひきこもり」「誰とも連絡とらず」「好きなだけ寝ている」
は、わたくしにとり、蜜の生活である。

しかし、そろそろ、巣の外にも出ねば。

背伸びせず、ゆるゆると日常生活などをつづります

はえともみ

Author:はえともみ
 
万の風になって、生きる。

ちちんぷいぷい~。
(HSPの自覚あり)
「うつと仲良く! ひきこもりだっていいじゃない」と
開き直って生きてたら
元気になってきました。

→ 近年は、老母の観察メモの
(&それに伴う自身の変化など)
色合いが濃くなっております。
・・・ま、長い人生の一コマですな。

徒然な日々も、留まることはない。
すべてがいとおしい。だから書く?

最新記事
過去ログ

2020年 05月 【54件】
2020年 04月 【66件】
2020年 03月 【56件】
2020年 02月 【28件】
2020年 01月 【90件】
2019年 12月 【66件】
2019年 11月 【68件】
2019年 10月 【74件】
2019年 09月 【50件】
2019年 08月 【95件】
2019年 07月 【59件】
2019年 06月 【100件】
2019年 05月 【76件】
2019年 04月 【67件】
2019年 03月 【74件】
2019年 02月 【55件】
2019年 01月 【70件】
2018年 12月 【57件】
2018年 11月 【73件】
2018年 10月 【63件】
2018年 09月 【76件】
2018年 08月 【54件】
2018年 07月 【65件】
2018年 06月 【72件】
2018年 05月 【86件】
2018年 04月 【104件】
2018年 03月 【112件】
2018年 02月 【88件】
2018年 01月 【89件】
2017年 12月 【91件】
2017年 11月 【89件】
2017年 10月 【94件】
2017年 09月 【88件】
2017年 08月 【80件】
2017年 07月 【77件】
2017年 06月 【97件】
2017年 05月 【120件】
2017年 04月 【83件】
2017年 03月 【102件】
2017年 02月 【87件】
2017年 01月 【77件】
2016年 12月 【100件】
2016年 11月 【91件】
2016年 10月 【70件】
2016年 09月 【73件】
2016年 08月 【86件】
2016年 07月 【70件】
2016年 06月 【63件】
2016年 05月 【70件】
2016年 04月 【74件】
2016年 03月 【64件】
2016年 02月 【44件】
2016年 01月 【57件】
2015年 12月 【64件】
2015年 11月 【68件】
2015年 10月 【74件】
2015年 09月 【71件】
2015年 08月 【66件】
2015年 07月 【71件】
2015年 06月 【65件】
2015年 05月 【74件】
2015年 04月 【68件】
2015年 03月 【56件】
2015年 02月 【63件】
2015年 01月 【56件】
2014年 12月 【52件】
2014年 11月 【50件】
2014年 10月 【41件】
2014年 09月 【40件】
2014年 08月 【38件】
2014年 07月 【36件】
2014年 06月 【32件】
2014年 05月 【32件】
2014年 04月 【31件】
2014年 03月 【40件】
2014年 02月 【35件】
2014年 01月 【27件】
2013年 12月 【48件】
2013年 11月 【79件】
2013年 10月 【57件】
2013年 09月 【28件】
2013年 08月 【28件】
2013年 07月 【33件】
2013年 06月 【46件】
2013年 05月 【25件】
2013年 04月 【26件】
2013年 03月 【59件】
2013年 02月 【85件】
2013年 01月 【73件】
2012年 12月 【34件】
2012年 11月 【59件】
2012年 10月 【50件】
2012年 09月 【43件】
2012年 08月 【22件】
2012年 07月 【23件】
2012年 06月 【21件】
2012年 05月 【17件】
2012年 04月 【27件】
2012年 03月 【4件】
2012年 02月 【10件】
2012年 01月 【11件】
2011年 12月 【14件】
2011年 11月 【10件】
2011年 10月 【34件】
2011年 09月 【2件】
2011年 08月 【4件】
2011年 07月 【2件】
2011年 02月 【2件】
2011年 01月 【1件】
2010年 11月 【50件】
2010年 10月 【16件】
2010年 09月 【38件】
2010年 08月 【40件】
2010年 07月 【30件】
2010年 05月 【22件】
2010年 04月 【20件】
2010年 03月 【12件】
2010年 02月 【45件】
2010年 01月 【16件】
2009年 12月 【31件】
2009年 11月 【15件】
2009年 10月 【14件】
2009年 09月 【45件】
2009年 08月 【28件】
2009年 07月 【37件】
2009年 06月 【27件】
2009年 05月 【29件】
2009年 04月 【38件】
2009年 03月 【33件】
2009年 02月 【42件】
2009年 01月 【39件】
2008年 12月 【37件】
2008年 11月 【35件】
2008年 10月 【41件】
2008年 09月 【35件】
2008年 08月 【32件】
2008年 07月 【33件】
2008年 06月 【29件】
2008年 05月 【25件】
2008年 04月 【30件】
2008年 03月 【31件】
2008年 02月 【28件】
2008年 01月 【32件】
2007年 12月 【33件】
2007年 11月 【38件】
2007年 10月 【33件】
2007年 09月 【46件】
2007年 08月 【36件】
2007年 07月 【47件】
2007年 06月 【33件】
2007年 05月 【57件】
2007年 04月 【52件】
2007年 03月 【49件】
2007年 02月 【69件】
2007年 01月 【8件】

リンク