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人感ライトの設置

6月18日(火)その一

ひさしぶりの青空。

先週プランターから掘り起こした球根を
出しっぱなしにしていたら・・・・
雨ですっかりきれいになっていた。
moblog_d8bd262b.jpg


昼食の用意にはまだ早い、梅雨の合間の空き時間
太陽光充電の自動点灯電球を納屋にとりつける。

(取り付け作業はあっという間だが、場所を
決めるのにずいぶん、迷い悩んでしまった)

もともとは、夜中の3時頃の新聞配達用に
(写真の)ソーラーライトを玄関前に置いていて
moblog_367dc18c.jpg
気に入っていたのだ。

そして

しばらく前に、トイレ起床をしたとき
暗い階段から落っこちそうになり・・・
足をひねる程度に危ない目に遭って・・・

(階段に照明はあるのだけれど、いつしか、我
電気をつけずに階段を歩く習慣が身についており)

「そうだ、階段の高小窓にも、人感センサー付きの
太陽光充電の照明を置いたらいいかも!」
と、あたらしいのを買ってあったのだ。

前からあるのはライトが丸型でかわいいので
こちらを階段の高小窓に置くことにして、あらたなの
(ライトが四角。いかつい形)を納屋に取り付けたわけ。

これで、夜間、玄関に人が近づいたとき
あーんど、おいらが階段の上り下りするとき
ピカ~っと白色照明が辺りを照らしてくれよう。

来世の前借?

気になる本のメモ。



色々と恵まれている老母を見て
「前世でよほどすばらしい行いをしてきたのか」
とからかっていたこともあるのだけれど

最近は、来世の「ありがたい」貯金を
前借りしているとしたら大変だ!!! ちゃんと
今のうち、周りに感謝して少しでも恩返ししながら
生きないと~~と、まじこ思ってる、わたし。


パジャマ姿でよそ様の仏壇に

6月17日(月)その二

風呂に入ったあと、ズッキーニが食べきれないので
母にKさんのところに御裾分けに行ってもらい。。。

その間、シャケと野菜のフライパン酒蒸しをつくり
「すぐに食べられるよ!」、夜ご飯の支度が整っても
母、帰って来ず。

「“ちょっとお喋り”にしては遅いなー」と
「途中で会うかなー」と、パジャマに上着をはおり
迎えに行ったら(わたしの足で二、三分ほど先の)
Kさん宅についてしまった。

で、玄関をあけると、なぜか、母
Kさんの奥さんに手をひかれ、今まさに
家の奥に行こうとしているところであった。

「トイレを借りる?」のかと思ったら
「あたらしく買った仏壇を見せてもらう」のだと。

(なぜー、なぜー、こんな時間に。
もう19時になるぞっ)

んで、わたくしも一緒に上がらせてもらい
仏壇に南無南無してきたのだった。

そして帰りはKさんのご好意により
シルバーカーごと、母とわたし、車で
送ってもらったのでした。

月曜です

6月17日(月)その一

午前、リハビリの方とケアマネさん来訪。
(自宅の各所チェック、母の状態確認
サービスの説明、契約など)

ある方向の質問をされると(出来なくなっていること
自信を持って答えられないこと。特に衛生系)、母は
呼吸が浅くなるクセがあるのよね。

・・・介護の認定はもちろん、何かサービスを利用しようと
するたび、色々質問攻めになり、仕組み上仕方ないとは
思うのだけど、母にはまあ面白いことではないだろう・・・

どういうタイミングで母に気持の負荷がかかるのか
気づくのはもちろん、そばにいると、わたし自身も
しっかり「共鳴」してしまい・・・。

ふうっ。



午後は早めに畠。

もくもく作業をしていたが
(先日の強風や自身の重さにトマトの木が
耐え切れなかったらしい。枝がいくつも折れて・・・
支え棒を追加する)(一週間で草がすごい育ちよう)
(イチゴの苗にする分を残し、あとは処分し
藁はスイカやウリのところに移し等)

水分不足もあったのか、頭が痛く、カラダは
あいからずしんどくて

それでも三時間ほどは作業する。

ぐずぐず

へいっ!




「反面教師」という役割が、あるじょ。
ぐずぐず生きづらい系コンテンツには。
と、思いたい。

(しかし反面教師など、誰がなりたいであろう。
わたくしはなりたくありましぇん。なので
読んでくれるなー、このぐずぐずを)



3.「繋がれない」可視化が怖い

「分人化」せずに生きられる人間は
そうそういないと思う。

誰もが、ポジションポジションの
自分を生きている。



ちょろっとこのブログを覗いた方が
「現実生活で出せないほどの個性強い人格は
この日記に出ていないよ~」と仰るかもしれない。

へへ~っ、そうかもね。

全然恐れるレベルじゃな~い♪かもね。

しかし
ブラックすぎる感情や思考は、日記上の
直接表現でブレーキ掛けているつもりでも
どこか一端が染み出ているのでは?とは思う。



交友が狭いのだ、わたしは。

この日記に書いている程度のことも
日々、気楽に語りかけられる相手がいない。

前に、ある人からフェイスブックを
勧められた際の、わたしの答えは

「人と繋がれない自分が可視化されるのが
怖いのです」であった。

ブログなら、ただ書いていることで満たされる。

でも、SNSって、そういうわけには
なかなかいかないのでは? と想像。

コミュニケーション手段は日々変化しているのに
わたしの「殻に閉じこもる」体質はガンコに定着。


*なんか、いつも同じことを、書いている気がする。
「閉じこもる人間なんです」と、この世界にアピールし
自分を慰めているのだろう*

2.「自分」仮面

ブログの存在を人に知らせることはない。
守りたいのだな、「世界」を。

と、ひとつ下に書いたが

それとは真反対の気持ちもある。

「web日記と、ナマの対人界を平坦にして…
対人界で一方的に過剰に抱えがちな感覚負担を降ろしたら
色々ラクになるかもしれない…、ナマの対人界にも
ここに書いていることを知られたほうがいい」欲求も!



どちらも自分の大事な世界であり、両者
ホントウの自分が生息しているわけだが
「書く」舞台は、内面の自分を濃く反映している
とは思う。

だから、「書く」のはたのしい。

「書く」のは、デトックス。



(はたから見たら、両者、隔たりがあるだろうが
~考えていることのごく端っこをヒトに話すと、いつも
びっくりされる。「そんな発想が存在すること自体
想定外だ」という感じで。また、見かけと内面の差に
驚かれる。「そんなふうにぜんぜん見えない」と)

周囲の人間を戸惑わせたくないし
・・・戸惑わせると、こちらも疲れる・・・
戸惑わせたあと、どんな事態になるか不安。

だから、「自分」仮面
(ポジションになじんだ仮面)を被るのだな。

自身は、どちらの世界に行くのもなじみ過ぎて
その行き来について「壁はあってないようなもの」の
(これまた矛盾なんだが)、一面もある。



1.「孤独だ」と自由に書ける空間は孤独じゃない

「孤独」なんて、ナマの対人界係では恥ずかしく
口にできない言葉を、ごくふつうのこととして表現できるのは
文章の懐だろう。

(あと、ネットの力も、わずかにプラス?)



このブログの前進である『もぐら日記』を書いてた頃は
数人の知り合いに、こういう場で日記を書いている
と話したことあるけれど

今はわざわざ、ブログの存在を人に知らせることはない。

守りたいのだな、「世界」を。



この「世界」というのは、孤独を忘れられる世界。

「孤独だ」と自由に書ける空間は孤独じゃないのよね。

(=「孤独」かん口令の対人界こそが、孤独?)



このブログに書いている数々につき
実際の人間世界で「理解されない」のは
まあいいとして、周囲の「不都合な感情」を
新たに生むのは、おそろしい。

(事実、日記のせいかどうかわらかんが
日記の存在を知らせた人とは、超高確率で
音信不通となった。前は、今に増して
ネガティブさんだったし・・・)

さらに、「こんなことを考えている人間と知られると
今のような付き合いはできないだろう」想像が
99%あるので

黙っているのだね。



web上の日記であれば、だれに理解されなくとも
傷つかない。

書くことで満足するから。

しかし、現実生活で、目の前の人間に
これこれしかじか……と話し、顔を背けられ
以降口を聞いてもらえなくなったら

悲しいもん。

下)どこから見ても、人生は孤独

「自分は、自分以外の感覚感情を知りようがない」
裏返せば、「自分の感覚感情を、自分以外の者に
完全理解してもらえることはありえない」の法則。

裏返しても、人生は孤独。



ナマの人間関係、学問・芸術やバーチャルな場を通して

「理解できた」「理解してもらえた」と感じられる瞬間は
(それが錯覚であろうと)、ミラクルで、貴重なんだ。

その瞬間こそが、エゴの暴走も一休み(?)。



揺るがない場所はない、ってことは
なんとなく知っていながら、(祇園精舎の鐘の音・・・
って、中学の国語でも習うしね)

揺るがない居場所はない、ってのは
頭から抜けている節がある。

単なる「場所」と違って、「居場所」ってのは
特別なんだ~と。(誤解)。



人間界に近づくと、些細なことでショックを受けたり
落ち込んだりするけれど、そういう現象は特別なことじゃない
「人と関わるというのは、前提、そういうことだ」と、どこかで
知っていればいい。

理解できないし、してもらえない、感情は揺れる
それこそが「人間修行」の一環なのだし。

そういう「生」のなかで、どうやって遊んでいくか、だな。



上)揺るがない居場所はない

自分が自分以外の感覚感情を知りようがないのは
「現世」で生きる大変さであり、面白さなのだろう。

(例えばさ、我の「赤」がほかの人にはどう見えているか
ほんとうのほんとうのところはわからん。痛みや悲しさも
とりあえずの名前を共有はしているけれど、実体はナゾ)

「自分という感覚感情に四六時中、取り囲まれている」から
こそ、の、(エゴが暴走し?)、苦しさって、たぶん
あると思うのよね。



以上のような話を、漏らしてみる気になったのは
こちらのツイートのおかげです。
(彼女の感覚に惹かれ、ほぼ毎日チェックしている)



孤独感が薄れました、少なくとも、わたしは。
(第一に、彼女のような考え方をする人間がいることに)

「居場所があると実感し続けてられるとこなんて無い」
これが基本と考えると、なにかとラクになりそう。

(パーティとかに限らず、なにげない人間関係においても。
家族親類、友人関係、社会生活、すべての生きる過程において)

揺るがない居場所はないんだね。揺らぐのは道理。

ハイレベルでしんどい

6月16日(日)

昨夜はすごい風。

縁側の上の窓が開いていたかも・・・
外の鉢が倒れてる可能性大・・・
と思いつつ

一度入った寝床から出る元気がなかった。



日中も20度くらいしかなく、ぶるぶる寒い。

先週はいったんしまった冬物を出してきたが
それだけでは追いつかず、わたくしは
電器毛布を出してきて、居間で包まる。

(ちなみに就寝用の電器毛布はまだ継続使用中。
しかも冬布団という・・・)。

梅雨本番という雨の降りっぷりで、自律神経が
いっそう悲鳴上げてる感じ。

カラダがハイレベルでしんどくて、上半身を起こしているのも
難儀な状態、・・・精神的には小康なのにカラダがここまで
ダウンするのはめったにない・・・、かろうじて三食の
食事の支度はし(夕餉は豆ご飯や豚汁を)、夜は
地域の小用があり傘を差して外出し、一日をおえる。



そういえば、っと思い至る。

自分が動かねば、家庭活動が停滞する、ということで
だるいとか、あたまがいたいとか、少々気持落ち込む
くらいでは、「気づかぬふり」をしているように
いつしかなっていたのよね。

時季的なもの、更年期、に加え
疲れが溜まっているのかもしれない。

なんだかんだクスリ。

6月15日(土)その三

きのう、切開してもらったので
「当分痛みは大丈夫」と言われたのに
なんでしょう、じんじん痛い・・・。
また痛み止めのクスリのむ。

栄養ドリンク、ハイチオールC
(以上は藁をもつかむ的に・・・。
プラシーボさんも、助けてちょうだい!)
抗生物質、鎮痛剤、睡眠のクスリ、と

本日摂取のものを書いてみたら、なんか
「あぶない人」っぽい・・・。



そういえば、きのうの歯医者で
“患部では「食べ物をかまないよう」”
お達しがあり、それ以前から痛くて
かなり避けてはいたのだけど

そういうお達しがあると、ますます
食事を噛み砕くのがむずかしくなり

かといって、お腹は空くし、自分用に
流動食を用意するのはめんどうなので
ふつうの食事を食べているのだけど

知らず知らず
雑な咀嚼で食べ物を飲み込んでしまう
ようで、ノドが違和感。

総入れ歯で、なんでも食べられる母が
うらやましい。(亡き祖母も、母も
我の身近な総入れ歯者は、煎餅でも
なんでもOKなんだよなー)。

ブランコのった

6月15日(土)その二

午後、公園へ、車椅子散歩。

数年前の冬、母がブランコ乗りたいと
言ったのに、そのとき台が濡れていて
「今度来たときね」と話したきりになっていたのが
(もう一生、縁がないのかなー、と)
気がかりではあったのだ。

車椅子さまさま。車椅子のおかげで
母とわたしの世界が広がった。

「乗ってみる?」「うん」ということで
大きくこぐことはないけれど、ぶらぶら
ブランコタイムを楽しんだのでした。

(わたしも数年ぶりにのった。
アタマがすーっとして気持ちいい)

「小さい頃、ブランコにのっていて、大きく
上手にこいでいると、知らん人から褒められた」
毎度の母の話も聞いて。

足をのばし、畠も見に行って
けっこうな距離の散歩となりました。

帰り、ゴロゴロ、雷が鳴り
あわてたけれど、セーフで家に。



今日は高齢者の集いのある日で、予報では
かなりの雨降りとあったので、母に断るよう
急かしてしまったのだ、きのう。先方の食事の
用意もあるし。だが、しかし、この天気なら
朝、車椅子で送って行けたし、帰りも早めに
迎えに行けばOKだったのだ・・・。と悔いる。

でも、それを口にすると、母も残念がりそうで
だまって胸にしまっておこう。(この数年
皆勤賞だったのだよね。ごめん。わたしの
おせっかいで、皆勤賞が途切れたな)

まあ、どこかで、「段階をふむ=いつかは
出席できない日がくる」のだから、これはこれで
しかたないよ、と、自分に言い聞かせもして。



この散歩は、わたしにとって
(公園に行けた。ブランコにのれた。もし今日
高齢者の集いに参加していたら、こんな経験
なかっただろう、と)、罪の意識が
いくぶんか和らぐ意味ももたらせてくれた。

また被害

6月15日(土)その一

今週は雨続きで、一週間近くも
ごぶさたしていた畠。

昼前、様子を見に行ったら

キュウリ(先週に続く被害。涙)
ナス(初ものだったのに。涙)
スイカ(結実していること、知らなかった。
まだ手のひらサイズ。もちろん涙)

moblog_4828121e.jpg moblog_202d4039.jpg

ナニモノカにより
食べちらかされておりました。

はぁ。

たとえばキュウリ、先週の反省から
「早めの収穫」を心掛けようと思っていたし
ちゃんと結実しているの知っていたのに

水遣りを休めるのをいいことに
パトロール・収穫をさぼったせいである。

ズッキーははや、食べきれないほどの
収穫量。(キュウリをやられるのなら
こちらのほうがずっと目立つと思うのだけど
なぜか無事なのである)

あとは、ツルムラサキ、玉葱を
きょう食べる分だけとる。

タイムマシーンにのって、薬。

6月14日(金)その三

予定では19時半頃、家に帰れるはずだったのに
ううむ、乗り換えの待ちもあり、結局22時頃の帰宅。

(母の夕餉は「冷凍の生協弁当」を用意してあったが
夜間の留守番・夜更かしさせてしまい、申し訳ない)。

疲れ、まっくす。

鎮痛剤飲んだら、すぐに歯の痛みは消え
そしたら急にお腹が空いて、お土産に買ってきた
大名巻きをぱくぱく一パック食べてしまう。

あと、普通の海苔巻きと鱒寿司あるから
母ちゃんの朝ごはんにしましょ。



昨晩から不思議なのだけど

わたくしは「できるだけ薬には頼りたくない」派で
前もって置き薬を用意するような性格ではない。

なので、鎮痛剤は非常時に仕方なく買う
はずなのだけど、どうして未開封のイブA錠が
あったのかしら?

(必要にせまられ買ったら、すぐ服用するはず。
未開封の箱がなぜあるのだ?)

期限は2020年2月であった。

未来のわたしが、(歯痛になるわたしのために)
タイムマシーンにのって買っておいてくれた、としか
思えん。

背伸びせず、ゆるゆると日常生活などをつづります

はえともみ

Author:はえともみ
 
万の風になって、生きる。

ちちんぷいぷい~。
(HSPの自覚あり)
「うつと仲良く! ひきこもりだっていいじゃない」と
開き直って生きてたら
元気になってきました。

→ 近年は、老母の観察メモの
(&それに伴う自身の変化など)
色合いが濃くなっております。
・・・ま、長い人生の一コマですな。

徒然な日々も、留まることはない。
すべてがいとおしい。だから書く?

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