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10)おまけタイム

あー、「マイペース」を何より欲する性分が
書いていると、より明確化する。

(他者に倣っているほうが、トータル労力は少ない
だろうに、つい自分のペースに固執して、その分
グダグダと悩んだりすること多く・・・。

だからこんなブログを書いているともいえる)

あーんど、他人の目、他人からこう見られている
のではないかと囚われるおのれの性分も
そこかしこに顔を出してるな。

現実生活では賛同者が見当たらんので
「自分の正当性(間違っているわけではない)」を
ちょっと意固地に?なって、日記の世界に
語りかけ、自分を慰める姿も。

9)過渡期だから、たぶん

あえて雑草のなかで(多生態を保持しながら)
野菜を育てるの、興味あるわー。

(前に、それっぽいことをしている者がいたが
周りからは悪口言われまくっていたな)

耕さない農法というのも、勉強したい。

(当地は砂地なので、肥料をやっても
すぐに下層部に浸透してしまい、おまけに
そこを結構な頻度で耕すのだがら、栄養が
蓄積せず、なお肥料が必要という循環が
起こっているのではないかしら? と想像)



まあ、今は、ぜんぜん精を出しているわけじゃないし
いつまで「なんちゃってひとり農業」を続けられるか
まったくの未知で、口だけ大将(裸の王様)的な
独り言であります。

まじめに畠へ通っていない自分への
言い訳も多分にあるな。

・・・呪いと感謝の気持ちを交互させながらの農作業。
少しずつ前者が消えゆき、後者のシェアが増えると
いいのだけれど。

何年かあとに振り返えれば、一連の話が
過渡期ならではのだらだら話となっているよう・・・



以上、「畠に除草剤を撒くの、ほんとーにイヤ」
って話を書いてたつもりが、いつしか、超個人的な
グチ等に落着しましたとさ。

8)相違の向こう

(「7」の追記)

そういえば、昨夏はおいらが長芋用に
長い竹を何本も畠に差して、それが強風で
何度か某氏の畠に倒れこんだ気配があった・・・。

→ 迷惑なことよね。「コラっ」と怒られても
仕方ないのに、某氏は特に叱りもせず・・・。

(気づかぬところで、自分は色々と人様に
迷惑をかけているのだろう。なのにそれには目を向けず
「被った」点ばかりに注視してしまう)

嗚呼、そういえば、今年、黙ってイチゴに藁を
敷いてくれたのも、某氏であったなぁ。



価値観の相違、云々こぼしてしまったが
顔をあげれば、また別の物語はあるものだ。

7)価値観相違

(ついでに、もういっこグチるぞ~)

昔は依頼して畠に耕運機をかけてもらっていた
近年は依頼していないのに耕してくれたりする某氏。

(なんもかんもノロいおいらは、急かされるのが
苦手で、次第に依頼しなくなったのだ)

なかなかおいらが畠の空き場所(耕すスペース)を
作らないので、「いつ耕せばいいんだ!」と周囲に
グチっていたと聞いても、それを無視していたら

過日、一部が耕されていた。

(耕してもらって、助かる面もあるけれど
「実はそこに種が植えてあった」とか「こぼれ種を活用したい」とか
の事情があって、あちゃーっ、と、うなだれた過去、幾多。

その他「良かれ」とやって下さったことが、こちらとしては
「そのままにして欲しかった」こともあり・・・
お付き合いも難しいですの)



今回、耕してあった一部は、某氏の畠との境界から
続いたところで、おそらく自分の所を耕すついでに
やってくれたのだとは思うが、よくよく見たら

境のぎりぎり、もしかしたら越境している?レベルで
某氏のネギが植えてあり、「ん? 勘違いしたのかな。
(勢い余って、やってしまった?) それなら仕方ない)」
と思っていたのだが

後日、会ったときに、某氏からは

「あんたのところも、ネギ、植えてあげようかと
思ったんだけど、時間がなくて・・・」だとさ。

ま、それは「どうも、どうも」なのだけど
(おいらとしてはどちらでもいいのだ)

どうやら、話の流れで分かったのは、某氏は
長年、うちがその境界エリアに食べもしない
ラッキョウなどを植えっぱなしにしてあるのが
面白くなかったらしい。

おいらとしては、一応、境目ということは意識して
草はできるだけ生やさないように、そこにある
ラッキョウやニンニクの周りの草は、それなりに
取り除いていたつもりなのだけどね・・・

氏からしたら、こういうムダは、不快だったのかぁ。

「さっぱりしたでしょ?」と、誇らしく言われてしまい

おいらは顔が固まったまま、笑うしかなかった。



正統派の某氏からすれば、おいらのやっていることは
いちいち「なんじゃこれ」なのかもしれないねー。

おいらの「なんちゃって農」は、彼にとって
「アウト オブ 価値観」であって、ムダ~、とか
だらしない~、とか、いい加減~、などなど。

そしてそれはおいらの想像のレベルを超えて
彼の心の安寧を奪っているのかも・・・仮説。



これまで「面」と向かって自分の意見(文句)を言おうと
思ったこともあったけれど、結局、言わなくてよかったと
思っている。

父母の代からお世話になっている方でもあるし、なにより
こんなことで「持論」を通そうとすると、この田舎では
居場所がなくなってしまう。

今は、ゆるやかな態度で、年月かけて
あきらめてもらうというか、認めてもらうというか
(もしかしたらこれを嫌うヒトもいるだろうし、わたし自身が
かつては嫌悪していたような気もするが)

なあなあ、で、やっていくしかない。

「お互い様」って、実用言葉だ。

6)ムダ愛

しばらく前に「冬野菜の花をいっぱい咲かせている」
方面の話を書いたけれど、それはおいらなりの
ムダへの賞賛なのだ。

(単純に、まだ生き生きとしているものを
処分することへの抵抗感。ほんとうは「賞賛」という
思想すらない、原始的な感情だ)

趣味の畠であれ「収穫のため or 雑草一本もなく」
が、スタンダードになっている当地の農地で
おいらのような、だらしない、ゆるっと系の農作が
あったっていいじゃないか! という
密かな反抗心もあり・・・。

(ルーズな農をしている自分への言い訳でもあるよ)



そういえば、ピンクのカスミソウが花盛りとも
書いたと思うが、その花の咲くちょっと前、知人が
育っているその群を見て「こんな雑草」と言いよった。

しくしく。

(雑草じゃないのにねー。いや、雑草かどうかなんて
個々のニンゲンの認識次第か・・・)

もちろん、畠の脇に、菊とか、球根系の花とかを
多年活用的に植えているヒトはときどきいるが
(特に、菊は、墓参りに要る実用品)

基本は「ムダなく」「常に活用 or 何も植えていないときは
草一本生やさず」の意識が高いのよねー。



ムダの入り込む余地は、地域の「正当」にはないようだ。

(歳を取り、一人でやっていて、ずるずるとムダスペースが
できてしまっている畠…爺はなかなかこうならない。
こうなるのはたいがい婆…は、まま、あるけれど)


5)なにがいけない?

かなりズレた話になってしまった。

もう一本横道・・・。



草むしりは、瞑想的効果がある。

とは、何年も前から気づいており

実践者にはけっこう浸透していることであろう。

(だから本当は「草むしりをさせて下さり、ありがとう」なのだけど
やってもやっても草は生えてくるし、それに人間の気持ちが
追いつかず、つい、草に対するグチになる)



まあ、草ボーボーで、なにがいけない?

の問いはあるよな。

(小動物の集う場になるのを、イヤがるヒトもいるのだろう。

見通しが悪くて、治安の心配をするヒトもいるのだろう)

雑草の種が飛んで、周囲に影響を及ぼす、これは
あるかも。

(ああ、だとしたら、おいらの収穫時期逃がして
花を咲かせてしまった野菜も、周囲の迷惑になる
ってことかしら・・・)

4)休憩話

ちょっと休憩話。



あるヒトが、「雪の処理の仕方で
その家の様子が分かる」と云っておったが
あながちデタラメではないと、今になり、思う。

除雪の範囲、頻度、除雪した雪の始末・・・。
場当たり的か、周囲のことを配慮しているか・・・。

イヤらしいことをいうが、外から見て
(障子は、網戸は、カーテンはきれい?
粗大ゴミが敷地内に出しっぱなしでない? えとせとら)
なんとなーく、その家の雑然度は想像できますの・・・。

そして、草の手入れからも、以下同・・・。



「余裕」なのだろうな、と思う。

時間の余裕と、心の余裕。

それがダブルでなければ、なかなか
家の外も中もきれいにはできないものだ。



おいらはどうだ? と云えば

必要最低限のスペースしか除雪しないし
(こんな省エネな除雪をしている家を他には知らん)

屋外には「始末しなきゃ」と思っているモノが
何年も置きっぱだし

障子がボロボロになり、(日ががんがん当り、すぐに
張りなおしがいるので)、外してカーテンにしようと
思ったものの、未だにカーテンレールつけていない

・・・って按配だ。

草は、ちょこちょこ取っているが、ちょこちょこでは
とても追いつかず、常に(真冬以外はいつも)
「草むしりせねばー」の強迫観念に駆られているのさ。

ああ、一度、すっきり
リセットしたいぜ!

(整然としていない状況にいるというストレス &
これを何とかせねばというプレッシャー → 日常生活を
まわすのに明け暮れて、すっかりなじみのものとして
ストレスとプレッシャーが鎮座。→ 慣れればいいという
ものではない。心身の澱となっている実感よ・・・)

3)この田舎における草の立場

当地の人々の
「草ぼーぼーは、ダメ!」 意識が強いゆえ

病的にまで、除草に熱を帯びてしまうのは
仕方ないこと・・・とも思うのだ。



「草を生やしたまま」は、周囲のヒトから非難される。
気のせいではない。数々のそういう言葉を耳にしてきた。

「まわりの目」 → いつしか「内在化の価値観」となる
の法則で、この土地の人々には、草は忌々しいものと
条件反射的な判断が下されるのである。

わたし自身もその刷り込みがまずまずある。
(最近は少し寛容になっているつもりだが)。

ぐふー、地域の人とは、挨拶代わりに
「草」の話題が出るくらいである。



同じ市内の別の地域の話だが、ある営農では
ヒエだったかな? の生えている田には農機具を
貸さないそうである。

その話をしてくれたヒトは
「手入れをサボっていると見なされるんだって。
で、そういう奴には貸さんというわけ。
ヒエの種がついたら困るって話だけど、そんなの
風でも飛ぶんだからさー。へへっ、村八分だよね~」
と云っておったな。

想像するに、田におけるヒエは、畠における雑草
といっていいのかしら? 

「雑草の処理してないから、あんたの所には
共同の農具を貸さんー」という訳だ。

何時代だよ!



話は戻ります。

地域の刷り込みに侵されていないヒトが
常識的に判断すれば、「わざわざ畠に除草剤を撒く
必要ないだろう」という解に至る可能性は高いと思う。

でも、実際、地域の内ではその解に至らぬ場面が
散見され、今後もますます増えるだろう。

2)除草剤とニンゲンの都合

そういえば、前に、お寺さんの会計報告を
見ていたら、出費の項目に「除草剤」があったけ。

境内のごく一部に使用しているのだと思うけれど
(寺のヒトだけでは草も手に負えんのだろう)
なにかが、なにかが、なにかが違う・・・。

と言いたくなったが、シャバ中、そういう時代なのだろうなぁ。

(ニンゲンの都合で、環境をいっそう破壊的にしている。
「草ぼーぼーでええやん」とは誰も言わないのね)



そういえば、里山をはじめ
「ヒトが一度手を入れた自然は、永久に手入れが必要」
と聞く。

「手付かずの自然」なんて日本にはほとんど
残ってないよねー。

庭も公園も、外路の緑地も、なんもかんも
ヒトの手を入れ続けなければ、待っているのは「荒廃」だ。

それが負担になれば、「伐採」して、コンクリで埋め立てるとか
徹底的に除草剤を撒くとか・・・の方向に進むのだろう。

(その前段階のグッズ…防草シートは我も使っている…も
色々売っているが、最終手段は上記だよな)

除草剤は、草の耐性ができるので、次々と丈夫な草が
生えてくる~、だから除草剤も次々と撒かねばならん~と
聞いたことがあるけれど

この前、観ていたテレビでは、あまりに強い除草剤を
撒いたので、以降、まったく草が生えなくなってしまい
「緑」を復活させたくなった家主が、土を掘り起こし
あたらしい土を入れる作業を園芸屋に依頼する
場面があった。

(最近は植物由来の除草剤というものもあるようだが
ほんとうに安全なのだろうか・・・)



と、今のところ、いのちあるものの敵のように
おいらは除草剤を見ているけれど、自然の手入れの
たいへんさも少しは知っているので

「便利」なものに走りたくなる、走らざるをえない人々の
ことを責めることはできないし

なにより、いつ、自分も方向転換するか、分からない。

(まあ、方向転換するときは、「手入れを出来ない」自分を
カバーするために「見栄を張る(体裁を整える)」ための
使用であるだろうな。そうはなりたくないが、一生絶対
そうならんと言い切る自信はない)



周囲で、気づけば、除草剤を使っているヒトは
あちこちにいて、(テレビCMなどの影響か、カミングアウト
するのに抵抗がないヒトもいるようだ)、なかでも
「キレイにお庭の手入れされてるなー」と思ったお宅でも
「実は除草剤を使っている」と知ったときはショックだったし

お寺さんのような場所でも除草剤を使わねばならん
時代なのだなー、というのは、なんか

心くじけそうではあるけれど

おいら一人では、どうしようもないし

(繰り替えしになるけれど)おいらもいつ方向転換するか
分からんのだよなー。



それでもそれでも、(グダグダ同じことを繰り返して
日記の神さま、すみません)

食べるものを育てるための畠が、ニンゲンの都合で
(草ぼーぼーにしているのはみっともないという理由で)
除草剤を撒くのって、神さまにツバ吐く行為のように
思えてならんのだ。

1)休耕地とか

当地でも、少子高齢化は進んでいるが
テレビなどで見かけるような、放置しっぱなしの
空き家とか、空き地というのは、とても少ない。
(ほとんどないレベル)

所有者や子孫が住んでおらずとも
田舎発信のネットワークが強靭なゆえ
「知らんぷり」は許されない空気が
累々伝わっているのだろう。



この数年、およよ!と言いたくなるレベルで
畠の耕作放置がすすんでいるが

(実家の周りも、畠の周りも、休耕地が増えた)

完全に草ぼーぼーにしている所はなく

定期的に、耕運機で耕したり、草刈機をかけたりして
お手入れしたり、なかにはプラス除草剤を撒いたり
しているようである。

ふんがぁ。

野菜を作るために農地にした土地が
「草ぼーぼーにしてはダメ」マインドのため
除草剤に頼るとは・・・。

狂っておる、としか、思えん。

あ、農地に限らず、一般の庭でも
(ヒトが住んでいたり、空き家だったりの)
「除草剤を撒いている」という話は、けっこう
ちょくちょく耳にするので

案外、除草剤に関する抵抗感を
もたぬヒトが多いのかもなーと思う。

みんな、恐くないのかしら?

(日本の除草剤は、外国では認可されない
レベルのものが普及していると聞く・・・)

ちなみに、おいらは、除草剤はもちろん
畠も一切、農薬を使っておらん。

きゅうりネット

5月18日(土)その三

ヒトビトからの助言もあって
「早くせねば」と思っていたしごと
きゅうりの棒を、やっと立てたり

(ついでにネット張りも。きゅうり専用ネットを
使おうとしたら、難しくて、途中で断念。結局は
去年も使った「百円ショップ」のネットを張る。
・・・ワタクシはネットの扱いが不得手なの)

夏野菜の苗を植えたときの、防風用の囲いを
外したりして

常にたまっている畠部門の宿題が
少し減って、ほっ。



それにしても、すぐ近くの畠で
除草剤の散布に精を出しているヒトがいて
つらかった。

(イチゴ摘みをしていて、そっちに近づいたら
ゴホっと咳が出そうになって、でもなぜかここで
咳をしては失礼だ、と反射的に思い、抑えた。

ふだんは嗅がないタイプの臭いもするのよねー。

イチゴ摘みは途中で止めました)


真紅の花束

5月18日(土)その二

ピンポーンの音が聞えたので
(最近は玄関のカギを閉めていること多)
バタバタバタっと階段を降り、戸を開けたら

大輪の真紅のバラの束を抱えた
近所のお兄さんが。

いい香りっ。

(店で売っているバラでは、こんな香りが出ない
のだそう。なんでかな?)

毎年ありがとうございます。

玄関と、仏さんの横と、小さなカップに浮かべ
テーブルの上…と、つかの間のいのちを堪能。

(廊下に出ると、玄関のバラの香りがふわ~っ)

寝てる間に

5月18日(土)その一

起きたら、マウスピースが、ない。

あれれ? 「昨夜付け忘れた?」と思ったが
洗面所の定位置にもない。

そして、布団の横から発見された。



無意識に外してしまったのだろうなー。

こんなの初めてだ。

寝ている間の喰いしばり予防のために
マウスピースを使用するようになり、何年になるだろう。

「違和感があって、続かない人が多い」
「ボクもすごく疲れているときは知らないうちに
外してしまったこと何回もある」と、あらかじめ
担当の歯医者からは言われていたのだけれど

わたくしには意外にも「合う」ようで
(装着中は口腔内がラクという感覚もある)
ごくごくごくごくごく稀に忘れて寝てしまった日が
数回あったものの

ほぼ毎晩、装着して眠っているのだ。



寝ている最中に外すなんて

昨夜のわたしよ、なにがあったの~!?

(朝のゴミ出しから、夜ご飯の片付けまで
ほぼフルタイムで活動していたので
疲れてはいたのだろう・・・)

思いつき掃除

5月17日(金)

玄関の戸を拭いたり(格子状になっているので
なかなか進まない。全体の数分の一をしただけ)
箒では取り切れない箇所の砂を掃除機で吸ったり

夏のような日差しに気持ちがふわふわした
せいもあってか、普段手を出さないところも
掃除してみたり。

(但し、わたくしの掃除は思いついた部分の
「手をつけてみる」感じなので、体系的にきれいに
なっているわけではない。「そういえば部分的に
ちょっときれいになったわね」のレベル。

それでも、何もしないよりは、気持ちいい)

午後は姉がイチゴをとりに来て、「畠→家で団欒」のち
日が暮れてから再び畠へ行って水遣り。

はふっ。

モヤモヤ 2

たかが日記にモヤモヤするなんて!
(たいしたことじゃありませんぜっ)
という常識が存するのは想像するが

一種の自己メンテの意味もあるのが
このブログなので、(書くことにも意味はあるし
あえて書かないとしたことにも意味はあるのだ。
文章における意味ではなくて、主体である
おいらの内面にとって)

(=書く内容ではなく、書くという行為にこそ
意味があるのだね)

モヤモヤは、それなりに、辛い!



ま、今は、そのモヤモヤを乗り越えるのも
生活人としての修行だな、と思うことにしよう。




背伸びせず、ゆるゆると日常生活などをつづります

はえともみ

Author:はえともみ
 
万の風になって、生きる。

ちちんぷいぷい~。
(HSPの自覚あり)
「うつと仲良く! ひきこもりだっていいじゃない」と
開き直って生きてたら
元気になってきました。

→ 近年は、老母の観察メモの
(&それに伴う自身の変化など)
色合いが濃くなっております。
・・・ま、長い人生の一コマですな。

徒然な日々も、留まることはない。
すべてがいとおしい。だから書く?

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