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Ⅲ シビアに三様

違った方向から書きます。

  ↓

「違う要素を複合的に生きている」とはいえ
シビアに、課題を分けている自分もいる。

◎「舞台」については、できるだけ早い時期に
できるだけ手入れをできることが最良だけど
もしもムリならば、母の意志の届かなくなった
時点で、あるいは、わたしが完全おひとりさまと
なった時点で、思うように手入れをすればいい
という道はある。もしくは、いつの日か、ここから
逃げ出すという選択肢。・・・但しこれは
わたしが母よりも長生きするという条件下。

◎「うつ的なもの」は、なんとかしたい! じゃなく
よりよく付き合う! というレベルの話。

もはや「相棒」といえる存在なので、いい面も
悪い面も、愛していくのだ。

「うつな自分」を否定したって、自分が苦しくなるだけ
というのは、うんざりするほど学習済みなので、わたしは
「うつな自分」を受け入れる道を選択しました。

◎「老いた親」は、今後が完全未知。
どういう展開が待っていようと、すべては
わたし自身の学び。そしていつか絶対
物理的なおわりがくる。

つまり、「うつ的なものを抱えている自分」は
生涯の付き合いだけど、ほかの二点については
重大事項であるものの、人生の途中で
手放すことのできる課題という位置づけなのだ。


Ⅱ 課題を複合で生きる

3つの課題は、ぜんぜん違う要素。
(舞台・うつ・老いた親)

だけど、違う要素を複合的に生きているのが
ニンゲンってもんだ。(おいらもニンゲン!)

例) 舞台である家が悲惨であると
うつの閾値が低くなるし、深まりやすい。

→ うつだと介護の負担感が大きくなる。

→ 昭和な家屋で生活する老母を見ながら
この家の手入れができればどんなに
暮らしやすくなるかーと、いつも夢見る。

ぐるぐるぐる。


ポジティブの相乗効果があるように
ネガティブのそれも、たぶん、ある。
(今のわたしは、後者に嵌っている?)

ポジの波々、ネガの波々、どちらか
一方の波だけに乗り続ける人生はありえず

「波を乗り渡る」加減、次の波に乗れない
時期の持ち堪え方が、ミソなんだろうな。

そして、なぎもある。

なぎの過ごし方も大事。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

3つのうち、ひとつが好転すれば
他の2つも連鎖して動く可能性!

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

今すぐ目に見える大きな改善をできなくとも
ひとまず、ここで「今の自分」をメモしたのは
未来のなにか明るいものの一助になる

な~んてね 

Ⅰ 今のわたしの課題

どの要素も、他者からすれば
「たかがそれくらいで?」の話だとは思う。

(自分が、ネガティブ感を深く感受して
しまう性質なのだということも、それなりに自覚)

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・   

今のわたし課題は、大きく分けて3つ。

☆ 舞台が、築半世紀以上の
(建て直しはされているが、その後)
手入れも掃除もほぼされてこなかった家。
近年、片付け等にひとり奮闘をしてきたが
限界にぶち当たっている。

(ここにいるだけで、虐待を受けている心境。
「いい歳して、甘えたことを云っているなー。
自分で対処すればいいのに」はもっともだが
有形無形の壁(親の意向など)を突破できない自分)

☆ 昔と比べたら、相当、健やかに
なっている、おいらのメンタルだが、やはり
「うつ的な」は生涯抱えなくてはいけないようだ。

(人さまと対面するときは元気仮面をかぶっており
それが続くと、自分でも気づかないくらい疲労している
自分があらわれる)

☆ 気持ちを上げたり下げたりしつつ
(これくらいたいしたことではない。認知症や
寝たきりの介護に比べたら、なんでもないこと。
もしかして過保護すぎる? えとせとらえとせとら)
やってきたけれど、(自分自身が「うつ的」なものを
抱えている身であるのに)、これ以上ひとりで
母に寄り添うのはもう限界なのかもしれない。

前は「逃げ出したいなー」と夢想することも
しばしばあったけれど、ここまで親が老いると
そんな夢想もなかなか働かない。

(親を介護施設に入れるなら、話は別だ。
しかし、わたしにそんな勇気はあるのか?
→ 瞬時に「ない」の答えがでる)

つまり、親が死ぬまでは、この地で
面倒を看る腹づもりはとうにできている。

あとは、どう向き合うか? 

逃避寝の

今週は、ちょっと復活できそうかなぁと
思ったら、またドーンと落ちて。。。を
繰り返し、週末になってしまった。

クスリなしに入眠できて
ぐふふのふー、多い日で20時間近く
まあ毎日十数時間は眠ったなー。

二十~三十代の睡眠力はなくとも
ここまでの逃避寝の日々はたいそう
久々である。

(言い換えれば、ここまで
「気持ちの誤魔化しようのない」
情況だったのだなぁ。

週のはじめのうちは、こういうときにいつも陥る
「もっと一人時間をもたなくちゃ」「遊ばなくちゃ」
という展望を抱いたりして、自分を励ましていたけれど

週のおわりには、そういうレベルではない
危ないところに自分が立っているのを
見かけてしまったというか・・・・)

眠り続けた

10月20日(土)

ゆうべは、どうにもならん心境で
久しぶりに、睡眠のクスリを規定の倍
飲んでしまった。

(今週は脳みそが腐るくらい寝ており
~横になりすぎて、カラダが痛いし~
ムリに寝る必要はないのだが、意識の
あること(=正気でいること)が辛すぎて・・・。

(わたしに今要るのはカウンセリングか)

まあ、クスリの耐性がすこぶる
高い体質なので、睡眠薬のせいでは
ないと、ほぼ断言できるのだけど

・・・精神的につらいと、睡眠世界に
逃げるというワザをもっているのだ・・・

本日は夜の10時半頃の起床。

(ぼちぼちの用は完全放棄し
ほとんどトイレにも行かず
眠り続けた)

転ぶひと・続きのつづき

10月19日(金)その3

肝心の母はといえば、落ち込んだり
反省したりしている様子はみじんもない。

(ともちゃんに心配かけないようにじゃない?
と云うヒトもいるが、まずそれはないだろう)

根っからの、お嬢さん気質なのだ。

・・・自分が周囲に尽くすことはないけれど
周囲から尽くしてもらうのは当たり前の・・・

わたしなら、(転んだこともそうだが)
ヒトに迷惑をかけたことを・・・待ち合わせに遅れ
かつ連絡もとれず、かつご足労かけて迎えに来て
もらい、移動その他色々心配かけて
モウレツにメゲるところだが

メゲるのメの字も見当たらない。



いまに始まったことではないが

どーでもいい用事では、起こされるのに

こちらが重要と思うことには、声をかけてもらえない。

(祖母の危篤のときも、黙って出かけ
息をひきとってから知らせに来た)

今回も、出かけるときは(わたしを寝かせておこうとの
心遣いだと受け止める)(朝起きられないわたしの責任もある)
いいとして、トラブルのあったあと

どうして知らせないのかと、こちらの気持ちが沈む。

・・・転んで待ち合わせの時間に遅れた時点で
わたしに教えてくれれば、ほうぼうに心配迷惑を
かけなくて済んだのに。そういう発想がゼロらしい・・・

ほんの些細なこと、たいしたことない用事は
なんでもすぐ頼ってくるのに、肝心な場面で
こういう傾向があるのだ。

(見方をかえれば、母のせいではなく
わたしのなかに問題があるのかも・・・)



今月、地域の人たちとの親睦日帰り旅行があって
心配だなー、ちょっと考えたほうがいいんじゃない?
と、母になんども提案したのだけれど

母の行く気は断固としてあって、もちろん
家に閉じこもっているよりも外に出ていったほうが
メンタルや脳にもいいよなぁ、の考えはわたしにもあり

先日、「参加」の返事をするのを
黙って見ていたんだよねー。

しかし、こうなると、心配は増す。

(さすがの母も、今日の一件で
慰安旅行への参加が不安になったのでは?と
話を向けるも、いやぁ、彼女は相変わらず
彼女であった。行く気満々、全然衰えず。

母の慰安旅行参加の、さりげない根回しは
少ししていたのだけど、やはりもっとはっきりとした
フォローの依頼をせねば! の気持ちが固まり)

幹事さんのお宅に行くも
二回訪問しても留守であった。

あぁ、雨の夕。


転ぶひと・続き

10月19日(金)その2

この母の老っぷりに、叔母たちも
驚いたようであった。

しばしば会っているものの、わが家に来てもらうか
もしくはドアツードアの送迎(叔母の伴侶の運転で)
遊びに行くので

待ち合わせをする、なんてこと
久しくなかったものね。

(「アユ、おいしかったねー」と、たびたび
数年前の話を母がするもので、気を利かせて
誘ってくれたのだ。

すでに母がひとりで乗り物に乗るのが
むずかしくなっていることには気づかず。

まあ、今年になってガクンときた体だが
最近いっそう足腰の衰えが加速しているよう
にも見受けられる)



この日、初めて、わたしと母が「閉じた介護」生活に
突入していることを知った叔母からは心配の電話が
二度ほど入り

介護の認定を受けたほうがいい、と、強く勧められる。

転ぶひと

10月19日(金)その一

8時頃、トイレに起きた折、母ちゃんが
朝ごはんプレートを食べてくれているのを
確認してから、また二階で休んでいたのだが・・・

次、昼に起きると、家のなかがしーん。

こたつの上には(発見するのもむずかしいレベル)
ちらしの隅っこに、もじゃもじゃ文字で
「△△さんたちと、アユ、食べてきます」の書置き。

ほぉー、お迎えに来てもらったの
ぜんぜん気づかなかったな、と思いつつ

ゆっくりおひとりさまタイム。



15時頃、車が止まったと思ったら、叔母が
母のカバンをもって、登場。

説明によると

→ 第一の待ち合わせの場所へ行くまで
(家から、若者の足で3分ほどの距離)
母ひとりで移動して、二回転んで(←自己申告)
両頬っぺに傷。

→ 第一の待ち合わせに遅れ、予定の公共交通に乗れず
(他の方々はみんなケイタイをもっているが、母はそこに
電話しようという発想もなかったのはいつものことだ。
そして母はケイタイをもたないので相手からは連絡とれず)

→ 次、何十分後か何時間後か、知らんが
次の公共交通に乗ろうと、ひとり停車場にいたところを
第二の待ち合わせ場所にもあらわれなかった母を心配
したみなさんが、わざわざ遠回りで迎えに来てくれた。

→ いったん合流すれば、あとはちゃんと
お喋りしていたし、アユも上手に食べていた。

とな。

帰り、母の実家に寄って、もう使わない
杖をもらってきたようだ。



話を叔母から聞いているあいだ、肝心の母は
芽の出たジャガイモと腐りかけている玉葱を
お礼に渡そうとガレージで物色していた様子。

(そんなもの貰っても迷惑だよ!と云っても
毎度のごとく、いっこうに耳を貸さない)

それを見守ってくれていた、叔母の伴侶によると
ジャガイモと玉葱を見繕うあいだにも、一回
転んだ、と。

はぁ。

廊下のゴミを掻き出しながら

10月18日(木)

夜明け前、こっそり入浴して
元気チャージ。

そして(朝少々活動のち)昼間は寝て
日の暮れる前に起きて

庭のパトロールなど。

(少しづつ、元気にはなっている)

朝、夜と、廊下の板の隙間を掃除しながら
(太いところは3ミリくらい、細いところは0、5ミリもない。
そして深い。すぐホコリやゴミがたまるのだ。掃除機では
上手に吸えないので、ときどき、綿棒やつまようじで
掻き出している、その姿は狂気チックだろう)

義理の親も、実の親も世話しなかった母の
面倒を、わたくしは看て、でもそのわたくしは
子孫の世話を受けることは絶対になく
(運がよければ、公的なものの世話になるかもしれんが
それも当てにはならん)という、ごく当たり前の
不条理をぐるぐる回し、かみしめながら。

傷ツカナイ落チコマナイ疲レナイ(本当か?)


わたしが「自分」に逃げ込んでしまうのは

(まず第一に他者のエネルギーに触れるのが
もうれつな苦痛という時期を別としても)

他者ト関ワラナケレバ傷ツカナイ落チコマナイ疲レナイ
そういう道を無意識に探っているからなのだろう。

連鎖あるいは鏡


ある場面ではマイノリテーィであるはずの我が
ときに自分とも重なる部分をもつ存在に対し
「なんで~なの」「ふつう~でしょ」などなど
集団意識の重しに加担した発想をしてしまうことがある。

(自分が傷ついてきたモノサシをわざわざ拾って
他者を傷つけてしまう。・・・たいがい心の中でだけど。
口に出す出さないは、本人にとって大差ない。
・・・だって、偏見とか理解力の欠如など、今まで自分が
周囲から受け取ってイヤだなぁと感じてきたことを
自分も現実世界に向けて心の中で発現しているのだもの。

愚か者は、犠牲と加害、二重の毒をみずから呷る?)

また下り坂

10月17日(水)

ゆうべは「ちょっと復活」が見えたような
気もしたのだけれど、今日はまた
ちょっとしたことで、下り坂をころころ。

深夜になって、やっと
少し活動できるように。

(といっても、ぼちぼちした用で
日中もときどき起きてはいたのだ)

停滞系の静養

10月16日(火)

ほぼ一日中お布団のなかで
過ごしつつ

かろうじて、夕食はちゃんとしたものを
用意して、ほぼ無言ながら親と食べる
ことができたのはこの日だっけ。

ちょっと復活の兆し。

「どうして、これで」

10月15日(月)

一日のスタートを、わたくしなりに
がんばって進めていたのだけれど

「どうして、これで」というコトに
(心的に)つまずいてしまい

午後半ばより、下り坂のヒトに。

夕飯の支度もできず
生協のお弁当をあたためて
老母に出す。

「主題は『自分のつらさ』」の発想


上記から始まる、一連のツイート読みました。







特に、うぐっ!ときたのは
主題は「自分のつらさ」です。という視点。

わたしも生身の人間、アレやコレ、しんどいことや
つらいことがあるわけだけど、たいがいは
「こんなことくらいで痛みを感じてしまうのは」と
自分の弱さのようなものを後ろめたく抱えている。

ひとと比べたらこれくらい、とか
もっとタイヘンなひとはいる、とか
自分は恵まれているじゃないか、とか
そういう多重意識的なものの大きさよ。

しかーし、「自分のつらさ」を
純粋に主題にしていいときも
あるのかもね。

背伸びせず、ゆるゆると日常生活などをつづります

はえともみ

Author:はえともみ
 
万の風になって、生きる。

ちちんぷいぷい~。
(HSPの自覚あり)
「うつと仲良く! ひきこもりだっていいじゃない」と
開き直って生きてたら
元気になってきました。

→ 近年は、老母の観察メモの
(&それに伴う自身の変化など)
色合いが濃くなっております。
・・・ま、長い人生の一コマですな。

徒然な日々も、留まることはない。
すべてがいとおしい。だから書く?

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