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あなどるな。ざんげ。

(ネットではなく)現実的な付き合いのある人が
過日の話(ムリムリ社交など)を読んだら、傷ついたり
嫌な気分になるかもしれない。

「ネット上の人格は、現実世界と、イコールでありたい」
と願う自分には、違反的な行為なのか、このブログ。

(人格はほぼ一致しているのだ。
ここに書いているようなことを、勇気を出して
現実で噛み砕いていくのが下手なだけ。
→ だからここに書いている)


ネットという海をあなどるな。

どこにたどり着くのか、あるいは漂着し続けるのか
不明のブログ話であっても、書いたことは
たぶん、エネルギーを生じる。

人を遠ざけるような話、コミュニケーションを呪うような話を
発すれば、目に見えないかもしれないけれど

反射して、ますますわたしから人を遠ざけ
コミュニケーションの神様から見放される
力になるだろう。

ざんげ。

しかも、本性を現実的な行為で噛み砕くのが下手だから
書くこと(パソコンのキーボード打々)で代償しようって
言い訳だし、逃げだね。

(書いているうちは、逃げの世界にもぐりこんでいる)

ベストワン最終回

9月18日(火)その三

しっかり系の午睡をとっただけで
心身ともに元気になった。

平生、なぜ、あんなにしんどいの?
・・・アタマはぼーっとし、カラダは
へろへろ感をもちつづけている・・・

慢性睡眠不足なのかなぁ。

(トータル時間は十分だろう。
眠りが浅いのと、ちょこちょこと起きている
のが難点なのだ、たぶん)

***

今夜はドラマの最終回が二つ。

◎『健康で文化的な最低限度の生活』

養育放棄され施設に入った子供が
笑っている姿を見て「安心した」という
主人公に対し、施設の職員が言う。

「笑顔はね、子供たちが頑張っている証拠なんですよ。
ほんとうに心から笑える子はそう多くはいません。
子供は子供なりにその場に対応しようとしているだけなんです」

人間は、難儀な業を負ってますの。

大人であっても、子供であっても。

(子供が天真爛漫なんてのは一面にすぎず
生まれてものごころついた瞬間から、だれもが
他人には理解しえないものを背負っている)

◎『義母と娘のブルース』

これは今季ドラマの、わたくしベストワン。

ダントツ、ワンワン。

綾瀬はるかちゃんの魅力がおもいっきり発揮されていて
竹野内豊さんは胸キュンレベルだし、佐藤健くんは
朝ドラの律とのギャップで二倍おいしい。

ラスト前週だっけ、「店長と宮本家」に奇跡の
連鎖があったことが判明する場面なんて
ヒューンヒューンと打ち上げ花火が上がる気分で
観ていたぜ。

ありがとう、ドラマ。



ムリムリ実感、薄らいでいる?

アップし忘れていた、「ムリムリ社交の裏側」
http://picnik.blog91.fc2.com/blog-entry-7118.html
追の記を。


ムリムリしなきゃいい、ってのは
まっとうな考え方だと思う。

しかし、ムリムリしなくちゃ
この世界との関係が成り立たないとしたら?

ムリムリを封印して
「本調子」モードでやろうとしたら
人間界から追放されかねない。

(今でも十分はみ出している。
これ以上はみ出したら・・・)

こんな人間、どうすりゃいいの?

「閉じる」が安心モード。

でも完全安心モードでは人間界の居場所が
なくなるから、ムリムリ・・・

そんな堂々めぐり。


近年はこれ以上傾かないよう
かといってムリムリは最低限につとめ
狭い世界をより狭くした場所をキープして
開き直りも昔よりはうんと上手くなって
ムリムリ負担の実感は薄らいでいる
ような(現在の心境)。

テキトウローテーションのち午睡

9月18日(火)その二

今日は暑くも寒くもない
ほどよいお天気で、庭しごとでも
するか・・・と思いつつ、だらだら。

(ラジコ聞きながらブログ書いたり
家事したり、縁側で横になったり、の
テキトウローテーション)

で、気づいたら、お布団で寝ておった。

(「だらだらしてても、しんどいだけだから
ちょっくら、お布団の上で横になろう」と
思った記憶はあるが)

夢を見て、17時のチャイムまで
わりとしっかり睡眠。

「こんなふうに不規則時間に寝ちゃうと
夜なおさら眠れなくなりそう」とは思うが

別の見方をすれば、「こんなふうに
睡眠を補わなければやっていけない」のね。

(普段の起床時に「すっきり」感はまずなく
しんどいまま起きているが、今日の午睡では
久々、心身ともに「眠った!」感を味わえた)



そんなわけで、夕刻

むくっと、起きて

(そのまますぐに)
掛け軸を秋のものにして
ボーンボーン時計のネジをまきまきして

畠へ行こうと屋外で準備をしていたら
ご近所の方が「久しぶりにネックレスをしたら
はずれなくなった・・・。はずして」と
やってきたので、はずしてさしあげて

おっちらおっちら畠へ行って
ぼちぼち芽の出てきた冬野菜などに
水をあげ

真っ暗ななか帰宅して

牛小間と野菜とキノコのお汁をこしらえ
カマスを焼き、漬物を切り、雑穀米をチンし
常備のカズノコ和えや納豆を出し
リンゴと梨の皮をむいて

本日も無事に終りました。

朝からちゅーちゅー

9月18日(火)その一

朝6時半頃、トイレに起きたついでに
(最近起きるのがみょうに早い)母の様子を
見に行ったら、椅子に座って、ちゅーちゅーと
トウモロコシ豆乳スープ(テトラパックの)を吸っており
びっくり。

このごろ、食事のとき以外、特に朝は
ほぼカラダを横にしている母が!

早朝、自発ちゅーちゅー!

なにが起きたのだろう? と思いつつ
(トイレに行くのがメンドウで水分控えているような
言動がしばらく前にあり、それもあって昨夜、我が
ガミガミと云ったからか?)

朝ごはんを並べ、わたくしは再就寝。

昼に起きたら、テーブルには
コーヒー、栄養ドリンク、乳酸菌飲料も
飲んだ形跡があり

それはそれでいいことなのだろうけど
「水分不足になってたの?」との疑念も。

(以上、ちょっと驚きもあったので、メモ)


数ケ月前から、母がお湯を自発的に沸かすことが
なくなり、(今もお願いすれば、たぶんやってくれる)

一日の始まりにお茶を淹れることもなく

茶タイムは、昼からになってしまった。

最近は新聞も読んでいない様子。

(テレビ欄とお悔やみ欄だけはチェックしているのかな)

「こうやって人は老いを深めてゆくのだなぁ」
標本を見ているような日々。


反省会のつづき

☆最近の反省その二☆

カラダがつらい

→本当に休息が必要な場合もあろうが

もしかしたら
エネルギーが上手く循環してなくて
そういうときこそ、動いて、不穏なガスを
追い出すのがよい場合もあろう

(見極め、大事。その能力もっと磨くべし)



☆最近の反省その三☆

睡眠の悩み

(→ 一瞬「自分だけが悩んでいるのじゃないのだから」と
書きそうになり、あわてて脳内削除。

「みんなもツライのだから、おまえも耐えよ」とか
「みんなもツライのだから、おのれの心にもフタをしよう」
というのは、非進歩的な考え方である。

いかん、いかん、油断すると、すぐそういう
昭和ロジックにはまっちゃいそうになる。

おのれの思考の習慣には注意を払わなくちゃね。

「みんなが如何」とはまったく別の窓で
「自分の様子」を観察いたしましょう。

はふっ。

ここから本題。

睡眠の悩み、に関する最近の反省(?)ね。

→「眠る時間があるのに、眠る能力の衰えている」
わたしのようなケースもあれば

眠る(体力含めた)能力は豊満にありながら
「仕事・家事・育児・介護などを(ときに複数並行して)為し
十分に眠る時間を確保できない人」も、今の時代多かろう。

「眠る能力」と「眠る時間」の両方を
兼ね備えているのは、それだけでとてもとても
恵まれていることなのだなぁ。

眠れた日は、自分を褒めるくらいの気持ちでいよう。

(そして、この人生で、またよく眠れる日々が
やってきたら、そのことを感謝しよう)


☆おまけ話☆

川で溺れている生き物を見かけたとき
飛び込んで、その命を救うのは尊いことだ。

だが、泳げない人間が、飛び込む必要はない。

川の話に限らぬ一般論であるが
「自分をないがしろにして、人を救おう」なんてのも
ぜんぜん進歩的とはいえないと思う。

(自分の命と交換しても、成し遂げたいと、本能レベルで
願い&叶えるのは、また違うのかもしれないが)


ムリムリ社交の裏側

☆最近の反省その一☆

web日記を書くようになって
はっきり意識するようになった
グチが、十年以上経っても
いまだ消化できないでいる。

「社交における、自分のムリ度」に(書くという)
輪郭を与えてしまうことにより、それは
気のせいなんてレベルではなくて、はっきりと
重大な負担なんだ、の思いを強化させてきた。

しかし、そこに進展が。

・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・

ムリムリ社交をしてきたんだ

つまり、相手の立場からすると
「その場しのぎの対応」をされて
失礼きわまりない、わけですな。

「あんなムリした、こんな頑張りした」
視点からの記憶ばかりを拾いがちだが

はたして、そのときどき
誠実に人と向き合ってきたのか?
と自問すれば、胸を張ってYESと
答える自信はなし。

相手に失礼のないよう空気を乱さないよう
等々していたのは、相手のためというよりも

「自分がヘンな人」の烙印を押されないために

本音(本音というと、誤解があるかな。
別に積極的なウソをついているわけではないのだから。
「本当の調子」を話す、とするほうが妥当かな)

を出すのを、ほぼ最初から諦め
その場しのぎの会話に努めていたのは
(なんとかその時間が無事終ってくれればいい、と)

内向きな理由が第一にあって

相手のことなんて(表面的には考えている
ふうに自分で自分をだましていたけれど)
実際のところ、ぜんぜん考えていなかった
といえまいか?

(表面的な空気感は気にしても
真に相手のことを思ってはいなかった)

おそらく、おそらく、おそらく
そういう自分でないことが想像できなかった
(物心ついた頃から、それが自分のスタンダードだった)

誰に求められているわけでもないのに
「フツー」であることを、自分に要求した結果なんだな。

・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・

社交という人間界の負担ゾーンにおける
(HSPではありがちでしょうか???)
犠牲者のような意識ばかりあったけど

そんな自分は、目の前の相手のことたちを
(おもての意識ではそんなつもり、さらさらなくても。
結果として)軽んじてきたのではないか?

という、反省というか
あたらしい視点がやってきました。



朝釣りのお裾分け

9月17日(月)その二

今年から耕作放棄になってしまった
近所の畠に、爺さん(百歳近いのでは?)が
一人で草の処理に来ており、緑茶を淹れて
母にもっていってもらう。

(今年は放置される畠が増えたなー。
これからますます増えるのだろう。

この地域の方々は超まじめなので
耕作はできなくなっても、本人やご家族が
定期的に草の処理をしに来られるのだ)



近所のN家から、朝釣りのお裾分け
(フクラギ1尾とカマス5尾)をいただく。

(ありがたし。しかし、土曜に買ったカマス
5尾も塩をしたまま、食べ損ねていたので
今日こそ焼いて食べよう・・・と思っていた
ところなのっ。こういう偶然はありがち)

フクラギはおろして、頭と内臓と一緒に
濃い目に煮て(砂糖・古泡盛・醤油・味噌・唐辛子)
カマスは開いて塩して干してみた。



夕、畠へごお。

キャベツ、ロメインレタス、ブロッコリー
苗植える。

(「すずなりブロッコリー」という名の。
ひと株から40ものブロッコリーが取れる
との謳いであったが、上手くいくかしら?)

(後日の記: ロメインレタスは、都度
食べる枚数だけ収穫する目論見で
家のプランターに移したら、ひと株ほぼまるごと
なにものかにむしゃむしゃ食べられてしまった。

ひぇ、そうだった。いまだ、グリーンカーテンにも
青虫がつくのだから、レタスなんて庭にあったら
むしゃむしゃの餌食になるな。
残された分を守るためネットを張るか)



昼夜逆転の小躍り

いつもの内科医に正直に話すと
一方的に叱られるばかりだし

(前提として、こんな人間のいることが
信じられないようなのだ。睡眠障害といえば
ちょっと寝つきが悪いとか中途覚醒するとか
そういう症状くらいで、クスリで解決できる
ものと想定されているフシ)

おいらの場合、メンタル系の医師のほうが
いいのかもと思いつつ、しかし、メンタル系の先生は
傾聴力が高くても、実情を話すと、あれこれ
処方薬が増えるだけ、ということにもなりそうだし

きっと世の中には、睡眠障害の専門医も
いるのだろけれど、どこに行ったら会えるの?

・・・と、今は医療機関をさまよう余裕もないので

まあまあまあまあ、と自分をなだめながら
ときどき「体を酷使」したり、ときどき「体のわがまま」
を聞いて、やっている、現状。


(おいらの睡眠障害は、相当根深い・・・。
五年十年なんて単位の話ではなく、思い返せば
幼少期から「一般リズム」に合わなかったのでは?
三十代までは超過眠の体質で~一日二十時間くらい
平気で眠れた。それも連日で~、それが四十辺りから
大反転。いまもウツ的状況が深まり過眠に走ることも
ごくたまにあるが、昔の睡眠欲にはまったく適わない。
近年は睡眠のクスリを常用することで、半分ほど
人間界に近づいた~朝になる前に眠り、昼に起きる
のが基本、というか目標でやっている~ことには
大いに感謝しているが、クスリも、万能ではないわけで。
今処方してもらっているのは、依存性のないクスリと
いわれているけれど、「なかなか効かんなー」
「どうして効かんのじゃ」「効きが弱ーい」などなど
意識してしまうことはある)


そうなのだ。

ときどき変調を起こすけれど、今の
基本的なリズムがあるのはとてもありがたい。

(好きな時間に寝て好きな時間に起きる生活は
天国と思われる方も多かろう。しかし、その実情は
決して天国ではありましぇん。そういう生活は
常にへとへとと隣り合わせ)

(最近のおいらのカラダによれば、朝まで起きていて
15時頃に起きるほうが、満たされ感はあるのかな?
の思いはある。 昼にムリに起きても、午後ぼーっと
しちゃうこと多いし、ちょっとでも遅い入眠のほうが
深く眠れそう。 →→ しかし、そうすると
人間界の用事がますます難しくなる)

先日、Eテレの番組で、基本的な
自律神経のリズムのグラフを見たが

おいらのそれは真逆なのだなー。

交感神経が優位なはずの時間に、副交感神経が
優位になって、交感神経がダウンしているはずの時間に
副交感神経がダウンしていて・・・、つまり昼夜逆転。

まあ、「逆転」であっても(昔のことを思うと)
リズムがあるだけ、マシ、いや、すばらしーと
本気で小躍りしたくなるぞ。


カラダの声を聞くのはもちろん大事だが
「眠れなかった。→よってツライ」の方式を
慢性的に埋め込んでいるのは
よろしくないかもな。

「→よってツライ」となっても
「→だけど大丈夫。今度たっぷり寝よう」
というふうに、自動シフトしたいものだ。


眠って、パキン

9月17日(月)その一

ゆうべはカラダしんどく、夕飯後すぐに就寝したかったが
そうすると日付の変わる前にパキンと目が覚めてしまう
だろうからと、11時半くらいまでがんばって起きていて
(そして、その時間帯でも「眠れそうだから」とタカをくくって
クスリを飲まなければやはり夜中パキンと目覚める可能性大なので)
しっかりクスリを飲んで寝たのだけれど

うぐぐぐぐ・・・(こんな時間に寝たときのお約束か、やはり)
それでも結局、一時間半ほどで、パキンと目覚め
しばらくお布団のなかでうだうだしていたが
どうにも再入眠できそうになく、居間に移動。

録画のテレビを見て朝になり
ゴミを出して、母ちゃんの朝ごはんを並べ
再就寝。

ここでまたクスリをのむと、わずか7時間余で
処方の倍の量を服用することになるので
(↑ ときどきやってしまうのだが。今日は)
それはせず、うつらうつら系の眠りを
昼までかじりつく。

あー。

ちゃんと眠れないと、(超ロングスリーパー体質)
気持ちもからだも下降してしまう。

ただでさえ「重だる」の体が、ますます「重々だるだる」に
傾いて、「最低限の生活をする」難儀度がうんと増すのだよ。





すすみたい。すすもう。すすむとき。

先日のブログ「最近の調子メモ(18年初秋)」で
「畠よりも、実家の片付けや、庭しごとのほうが
大事なのに」という意のことを書いたけど

もっと、さらに、優先すべきことが
あるではないか!

(最優先その1)
家で横になってばかりの母の暮らしの
快適度をあげる&たのしみをつくること。

(最優先その2)
実家のなかの、物理的な
われの居場所をつくること。



畠は、「時季をのがせない」からと
先のブログに書いたが、その元には
「一度休むと(物理的にも心的にも)
再開するのがむずかしいのでは?」
不安があるのよね。

なのだけど、今一番大事なのは
(その1)や(その2)なんだよなー。

現実は、(その1)は頭のなかで
あれこれ考えてはいるのだが、ちっとも
進んでいない。

暮らしに追われ(たとえば
母を風呂に入れるのも一苦労)
あいまにちょこっと畠などをして
肝心なことがあとまわし。



舵を切れない、自分を押さえつけているものは
なんなのだろう? 

(それは一見、外部にあるように見えても
ほんとのほんとは自分のなかにある。とは
ぼんやり想像しているのだけれど
その辺の核心に近づけないまま
時間だけが過ぎる)

今は、高齢親子の暮らしをよりよくする
ことに注力すべきなのに

なんで、ほかのことに引っかちゃうのだろう。

プランター秋きゅうり

9月16日(日)

夢の中、ケアマネさんらしきヒトに
母の状況を一生懸命訴えている。

(「日に23時間、横になっているくらいなら
介護認定してもらい、週一でもどこぞへ
リハビリにでも行ったほうがいいのでは?」
なんてことを最近考えているから?)



午後はホームセンター。
介護系のグッズなど、ちまちま見ていたら
あっという間に一時間ほど経ってしまい
外の苗売り場に(←今日の本命)行ったら
ざーざー雨。

いったん帰宅し、雨の止み間に
お米を精米(5キロ。まだ一昨年の)。



プランターの秋きゅうりを初収穫し
ポテちゃんサラダの晩餐。

(残念ながら、遅めにプランターに挿し芽した
プチトマトは少し花が咲いたものの、実がつかず
収穫ゼロでさよならしました)



ドラマ『この世界の片隅に』最終回の
宮本信子さん(主人公の祖母役)のセリフがしみた。

「・・・悔しい。悔しゅうてたまらん。
でも、生きることは、生きること、だけじゃ。

じゃけんね、いっしょうけんめい、海苔、作る。

んふふんふ(笑)、エエ海苔作る。

んふっ。そう決めたっ」


神社の階段

9月15日(土)

畠のプレッシャーも軽減したので
ここ数日で一番、心身軽やか。



秋祭りの参拝、母の代理で。

わたしがちょうど到着したとき
お参りを終えたものの、階段を下りられなくなった
高齢ご婦人に遭遇し、手をお貸しする。

「春に転んで、ギブスをはめてたの」と
いうご婦人の手。

これまでわたしは意識したことがなかったけれど
神社の階段って、ものすごく高低差がある。

我が母は、雨上がりの道を用心したのと
たまたま外を歩く元気がなかったので
わたしにこのおつかいを言い渡したのだろうけど

(祭りの際、家庭ごとにお供えのものを
持って行かねばならんの。今春までは
母が近所の友達と行っていた)

こんな段差のある所に(母が)介助なく来ないで
よかったわー。と心から思う。



そのまま足をのばし、お買いもの。

「できれば秋刀魚を」と思っていたのだが
あまりに身がやせていて食指動かず
フクラギのお刺身にする。

おはぎ、「餡子」も「ゴマ」も「きなこ」も食べたい
と思ったら、8つ入りのを買ってしまった!

5)逃げ場のない世界で

メンタルの落ちているとき、どうしても人と会わねばならぬ
状況に陥ったら、わたしは自分のうつうつ感を隠すため
とりつくろう策として、明るい系の人格を引っぱってきて
ムリムリしゃべる、というパターンがある。

ありがちでしょ?



逃げ場のないせつなさを
ある女優さんもツイートしており
https://twitter.com/nae_auth/status/1020268573472763905
印象にのこった。

逃げ場のない、演劇的な世界で
わたしたちは生きているのですね。



そういうのは誰もにあることで
要は、それをスルーしてやっていけるか
過剰に意識してしまうかの差なのだろう。

ただし、強者の意見としては、これは危険。
「そういうのは誰もにある(=みんな我慢してるんだ。
おまえもスルーしろ)」と、他人に放言するのは
言葉の暴力。

過剰意識の地獄に陥れば、
(女優さんのツイートしたそれは)ときに
人生をひきずりおろされるほどの足かせになり
スルーの余裕なんてなくなるもんね。

「そういうのは誰もにある」と言うのは
自身に向けた叱咤激励の一コマとして
使うのが無難だろう。







ここ一連のブログ、わたしのなかでは
ざっくりいえばコミュニケーションという
つながりがあったのだけど

途中でいくつか人様のツイートを
都合よく解釈させていただきました。


つまり、人様のツイートを
「妄想のたたき台」にして
一人会話していたの。

(しかし、名越先生の考え方に戻ると
誤解を出発点にしない発展はない・・・)

お詫びとお礼を申し上げます。





逃げ場のない、演劇的な世界で

さてさて、あすも生きていこう。

4)憤ったり、逆怨んだり、愛されたかったり

ひとつ下の続きです

ところで、この意見、分からなくはない。

時と状況により、わたしは懸命に「話しかける」ほうと
「話しかけられる」ほう、どちらかにも傾く。

ムリして話題を探し、相手の低い反応にメゲず
気持ちを削りながら話しかける立場になったときは
のちのち、なんで自分があんなにも頑張らねば
ならなかったのかー(こっちだって好きで話かけて
いるわけじゃない!)と、憤り系の気持ちになるし

また、話しかけてもらったものの、最低限の返事も
できるかできないかレベルの反応になってしまう
ときは、相手への感謝なんてほとんどなくて
「おいおいおい、わたしはココにいるだけで
苦しいのだよ。頼むからわたしにプライベートな
質問しないでくれーーー」と、これはこれで
逆恨み系の気持ちになる。

the 身勝手なのだ。

(自分のかけたエネルギーに見合うような
反応がなかったとき、怒っちゃうのかな。
そして、使いたくもないエネルギーを使う
ハメになったとき、恨んじゃうのかな)



まあ、わいわいと話がはずむ
(どちらかが特にムリしている様子もなく
会話のキャッチボールがすすむ)のは
たのしいけれど

そこに実があるか?といえば
かならずしもそうとは言い切れないわけで・・・。

しかし

明るいエネルギーの交換が
交わされるのは(実なんてなくても)
それだけでいいよね。

(*タテマエ上「明るそう」なのではなく
純粋に明るいエネルギーね)



話は戻って

植木先生の「ホンマでっか」情報であるが

“言葉で空間を埋め尽くすことなく
自分からは話さず、受け答えのみのタイプ”の人が
時差少なく、その場で感情の処理をできるなら

それに越したことはないよねーーと

わたしは思うのだけど

いやいや待てよ、「言葉で空間を埋めることにより
感情の時差が出てくる」のは、大変身に覚えあるものの
わたしの場合、その場ではあまり喋らず静かにしていても
じめーじめーっと、のちまで感情を引きずることも多々あるからなぁ。

(でも、まあ、凹みのギャップは、たしかに
静かにしていたときのうほうが小さいかな?)



明るく振舞って、明るく話しかけるのは
それなりのマナーだと思うのだが

これが度を越えて、身体にしみついてしまうと

自分を殺して、振る舞いに終始してしまう
(=自分の気持ちよりも、表面的な自分に
固執してしまう)ことにもなりかねない。

で、それは

のちに逆恨み系の感情にもなる危険が。

「そういうふるまいが普通」だと思いこむと
「それをできない、しない」人に対して否定的な
感情をもってしまいがちだし

現実は自分で自分を疲れさせている
だけなのに、周囲を怨みたくなることも。

(ま、オラの場合の話だけど)



「空間を言葉で埋め尽くす」タイプは
サービス精神が旺盛ともいえるし

相手との関係が良好であることを
常に望む、八方美人タイプの

もしかしたら
無意識の愛されたい欲の露出なのかも?
なーんてふうに思ってしまう。



自然体が一番いいよね。
とは思っても、「何が自然体?」という
問いが同時に落ちてくる。

背伸びせず、ゆるゆると日常生活などをつづります

はえともみ

Author:はえともみ
 
万の風になって、生きる。

ちちんぷいぷい~。
(HSPの自覚あり)
「うつと仲良く! ひきこもりだっていいじゃない」と
開き直って生きてたら
元気になってきました。

→ 近年は、老母の観察メモの
(&それに伴う自身の変化など)
色合いが濃くなっております。
・・・ま、長い人生の一コマですな。

徒然な日々も、留まることはない。
すべてがいとおしい。だから書く?

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