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賢い消費者(あこがれ)

(下記の流れで書いちゃう)

わたしは、野菜に関してもそうなんだけど
消費者が自分の財布だけを見て
やたらと「高い」というのは好きじゃないんだ。

(天候不順で野菜が高くなると、すぐに
メディアがあおり、消費者も高い高いと連呼する。
・・・そりゃ、収穫の数が減れば、高くなるさ。
当たり前だろ。あまりに消費者ご都合主義だよな。
・・・一方、普段は生産者泣かせの叩き売り価格の
恩恵を嬉々として受け入れて。

と、キビシイことを書いたけれど、ま、わたしだって
消費者ご都合主義にどっぷりハマっているし
スーパーに行けば「高い」「安い」とやっているのだが)

         *

今の日本で、消費者が第一次産業にもっと
リスペクトをもてというのは(仕組みとして)なかなか
むずかしいというのは分かるのだけど

モノの対価がおかしくなっている。のは気になるコトだ。

汗水たらしたものが叩き売りされる市場に
(=業者による一次産業者への無理強いが
容易に行われ)、あまりに慣れすぎて。

企業努力という名で喧伝されてはいるが
安さの裏には、不当な搾取がないのか
原材料等ごまかしがないのか、あまりに
無頓着。

         *

淡い夢のような付加ある流行りモノには
盲目的というか従順に高いお金を払うのに

自分の血肉をつくる農産物とか
水産物の価値には想像力が低く
ドケチ化する消費者は
かっこ悪いよなー とは思う。

(頭でっかち!なんだよ)

         *

(以上、普段の自分の態度を
ほぼ忘れて書いております。わたし自身が
「賢い消費者」では全くないという自戒を
さいごにちょっと滲ませておく)

「賢い消費者」=モノを安く買う
わけじゃないよね。

「賢い消費者」=自分だけじゃなく
生産者、流通のヒトのことなども忘れずに
それなりの対価を払うことを惜しまず

健全な市場を育てる
循環のなかにいるヒトのことよね。

魚の並ぶ食卓

5月12日(土)その三

夜は、ブリカマを焼いて
お野菜色々、あとはできあいの
海苔巻きや箸休めの品を並べる。

ブリは日本海を泳いでいる中
隣県で水揚げされたもの。

ほんとは刺身か握りを買う予定だった
のだけど、おいしそうな鮮魚がぜんぜん
なかったのだよなー。(よってカマ塩焼き)

         *

中卸のモンダイもあるだろうが
ここ数年、地魚の販売がぐんと減った。

遠地の養殖とか、輸入とか、そういうのが目立つ。

今日なんて、めっちゃ小さいスルメイカが
「地浜、朝どれ」シール貼ってあったけど
あんなの獲っちゃいかんだろう・・・と
素人のわたしでも思うほど。

数年前に「魚が食べられなくなる日」的な
内容の本を読んで、まだまだ先のことのように
感じていたけれど、生活のなかで、その到来を
じわじわ実感するわー。

魚の種類が少ない、天然の割合が減少
冷凍輸入の品がぐんと増えている
養殖が我が物顔で…養殖は、エサの量が半端ない。
例えばマグロを育てるのにマグロ本体の重量を
はるかにこえる量のアジとかサバとかが要るのでは
なかったっけ??? だから養殖が海を救うなんて
わたしはみじんも思えんのだ…

地魚が減り、天然の国産魚はことごとく小さく
…成魚になる前に乱獲しているからね。
国産のサバがおいしくないのは、脂ののる前に
漁獲しているからだ…

そして、なんといっても、魚類全体
お値段が高くなっている。

         *

遠くない将来、天然鮮魚の並ぶ食卓が
たいそう贅沢なものになるのかもね。

しかし、まあ、これは日本人自身の
せいでもあるのだけどね。

(北欧では、水産の管理が徹底し
海の幸が復活していると聞く)

「高い」「高い」と連呼するのは
好ましいことではないし・・・。

(つづく)

アジアの若者、日本の田舎

5月12日(土)その二

帰宅後、シャワーを浴びて
食品まとめ買いのためスーパーへ。

東南アジアの若者の増加が
めざましい。(最近ますます)

彼らの自転車で、駐輪所はぎっしり。

(日曜だけがお休みなのかな。
土曜夕のスーパーが彼ら彼女らの
たのしみのような雰囲気も。

小さなイートインのコーナーは
外国語の飛び交ういくつかのグループで
占領されていた)

そういえば、GW中、ローカル列車も
彼ら彼女らの率が高かった。

どこに住んでいるのだろう?
と不思議なのだけど。

(先日は、インドネシア系と思われる
若い女の子たちが隣村の畠仕事をしていた)

彼らがいないと成り立たないように
この田舎でもなっているのだろう。

たぶん「技能実習」という名のもとで。

もうさ、こんなインチキ制度やめて
正式に外国人労働力をお願いします
って、国の態度を示せばいいのに。

       *

(↑日本人として、うしろめたい気分が
つきまとってしまう・・・)

田舎のジジやババは、いまだ数十年前の頭で
「他のアジアは貧しくて、出稼ぎに来るのは
日本が富める国だから」考えで止まっていそう。

他のアジア諸国が、ぐいぐい日本より豊かになり
今はまだかろうじて「出稼ぎ」に来てくれるヒトが
いるとしても、今後ますます、日本は魅力のない
市場になっていくのだよ。

技能実習なんて詭弁で、いつまでごまかす
つもりだよ。

(雇う側も、雇われる側も「技能」習得なんて
さらさら思ってないわけでしょ。
単なる「国の面子」があるだけで・・・)

もっと、外国人労働者を大事にしないと
いけないよ。

「安い労働力」なんて構えでは
そのうち誰も日本に来てくれなくなるよ。

       *

スーパー等で見かける若い彼らはいつも
国別・性別の数人ごとの行動をしているが

今日は一人で来ている女性がいて
(珍しいこと。初めてそういう人と会った)

わたしはたまたま、そのヒトと
駐輪場のちょっとしたハプニングで
アイコンタクトを交わしたのだった。

細かな言葉を交わさなかった分
ふわっと彼女が微笑んだところに
アジアの風が吹いたようで、わたしは
とろん(喜)となった。

(書いて、分かった! わたしは彼ら彼女らに
興味があって、お近づきになりたいというか
会話をしてみたいのだな)

もくもく、黙々ー

5月12日(土)その一

いつもの昼起床。

ブランチ後、小休憩をして
畠へごお。

(ずいぶん遅れてしまったが
夏野菜のつづきを植える)

マクワウリ、おくら、ピーマン、ししとう
トマト、ナス、えだまめ、西瓜・・・だったかな。

(ゴーヤと南瓜は、去年のこぼれ種が
出てきたら、それを育てることに)

        *

母も久しぶりに畠にやってきたが
「来る」だけで、一仕事のよう。

道路のわきに腰掛けて
知り合いの90代の爺さんと
おしゃべりを楽しんで
帰って行った。

        *

あいかわらず、畠にいると

「今日は仕事休みなのか?」と聞かれたり

(同じ人にいつも同じことを聞かれるので
先月辺り「無職です」と答えたのだけどなぁ)

また別の人から「どこに住んでいるの?
子供がもう大きいから、こんな手伝いを
できるのでしょう?」と一方的に話かけられる
というか質問攻めにされる本日。

(わたしは人の顔を覚えるのが苦手なのだけど
これまた同じ人から何ケ月か前にも
まったく同様の質問をされたような気がする)

もくもくと、静かに作業したいよ。

2018年初イチゴ

5月11日(金)

へとへとだし、あすは早起きしようと
1時半に布団に入りクスリを飲んだものの
4時半になっても、全然眠くならず
うー、うー、うー、と思っているうち
5時台には入眠できたよう。

少しは眠れたものの
朝のうちから「もう眠らなくていいような」
気分の覚醒がつづき、でも
「もうちょっと眠っておかなければ」と
入眠を繰り返しているうちに

昼になり、いつもの
「あー。まだ寝ていたい」なか、起床。



先週、禁酒を解いてから
一日のおわりに泡の出るモノを
飲む習慣がついてしまい

家にはワインなど
アルコールがあるのだけれど

「泡、在庫、ゼロだわ」と気づき

予定外のスーパー買出し。



それから

ホームセンターへ (どうするかなぁ。
植えたら、あとの世話は自分がやることに
なるのだぞ。いいのか? いいのか?
でも、あと、ナスくらいは植えたいよなぁ、と)

夏野菜の苗を買いに行く。

(母が頻繁に畠に出向くのがむずかしいならば
近所の土地を借りるか・・・タダでいいから
使ってくれ!という耕作放置地あり・・・、あるいは
狭いけど裏庭を畠にするか、それとも、プランターで
野菜栽培するか、ぼんやーーーり、数日考えて

結局、わたしが選択したのは、すでに
夏野菜をいくらか植えてあるし

今、急に畠をやめるわけにもいかないし・・・

(祖父が、農地改革の折も、休職して守った
土地という先祖話を、ここまで気にとめている
子孫も、わたしくらいだろう。←半分自虐)

と、細々、自力覚悟で、夏の畠を
やってみることにしたのです)

最低限の・・・、と思いつつ、苗
それなりに買ってしまった。



帰宅後は、ちょろちょろと庭仕事。

日が落ちてから畠へ。

(人と会う余力がないので、この時間に。

18時半~19時半前、収穫&水遣り)



しばらく雨の日続きだったので
久々の畠。

イチゴが収穫できるほど
赤くなっていた。

(帰宅したら、ちょうど、知り合いから
「あんたのところのイチゴが赤くなっているよ」
と電話でお知らせしてもらったと母)



すみません。

今夜も夕飯が遅くなりました。

一口カツやすり身揚げ
(いずれもスーパーのお惣菜)に
助けてもらって・・・)

デザートは初イチゴ。

他力日記

日記を続けるモチベーションを、自分以外の者に求めるのは
基本好まないのだけれど、わたしもヒトの子じゃ
誰かに読んでもらっていると知るのは嬉しいし、ましてや
十数年前このブログの前身のweb日記で知り合った方から
連絡をもらえるのは、カラダの細胞が活性化するほど
喜びにあふれる。

こんな性格で(web上で知り合ったヒトに
必要以上の悪態をはいてしまう・・・。
言い訳するならば、色々な偶然が重なって
そうとられても仕方ない言動をナナメの角度で
あえてしてしまう)

ネット世界とつながって二十年弱というのに
いまだ閉じた人格をweb上で保っているなか

わたしのことを忘れないでいてくれる方が
いると知るだけで

「あー。生きていてよかったな」と
ポジティブな刺激に満たされる。

(Oたん、ありがとう)

日記なるもの



わたしの日記は、質のたかくない卵焼きを
せっせと毎日つくっているようなもの?

新鮮なうちにすくい取ろうとしたら
感情が安易な表現にとって代わり

かといって
熟成を期待できるほど自分で
自分を信頼しきれていない…。

よって、どーんと構えておれず
ちまちま日記を書くことになる。



三歩下がった監督としては
日々の日記、恥ずかしきこと、この上ない!
いくらセルフカウンセリングの用途があるにせよ
恥を知れ~~~~、と言いたいが

グチをこぼせる友もおらず
人生を破綻させるほどの悪事を働く勇気もない
わたくしには、数パーセントの自制心をもち
そこそこそのグチを日記にはいてしまう行為は
一種の修行かつ必要快楽の場であり

三歩監督(?)の上空にいる総監督さんが
「ま、ええじゃないか」と、言ってくれることを
期待しているの。

(総監督といっても、その本性は自分なのだけどね)



たまに、(上記の、たらればさんのような)先輩の
言葉に触れると、ちょと、反省ポーズをかましたく
なっちゃうのだ。



日記なんて、ちまちま書くしかないわけだし
わたしはわたしのペースでやっていくしか
ないのだけどね。

感情はナマモノ→保存がきかず、伝達が困難
●言葉は記録と送付が可能 (但し
言葉はほんとうのことの極一部しか表現できない)


この矛盾を知りながら、日記を続けるよ。



あるいは壮大な趣味?

傍から見れば、同じところを
ぐるぐるぐるぐるしているだけ
なのだと思う。

「苦しい」とか「しんどい」とか
そんなキーワードで自分を縛りつけて
それ、「サド&マゾのセルフ芝居じゃろ」って。

(もし、わたしがわたし以外の人間になって
わたしを見たら、辟易するだろうなー)

喜劇ですよ、喜劇。

あんたの日々は、ザ喜劇。

とは、おいらの目にも明らかなんだけどさ~。


なにもヒト様を辟易させようと
こんなweb日記を書いているのではなく

これは、自分の気が狂わないようにする
自分なりの処方なのです。

(あるいは、自覚のない、壮大な趣味?)


↑ 2018年5月10日深夜のメモ

低活動days

5月10日(木)

朝、掃除などのため(坊さんデー)
一時間余り家事をしたのち、再就寝。

目覚ましをかけなかったら
17時まで眠ってしまった。

今週は雨が多く、低活動days。

あすは最低気温と最高気温
20度弱の差があるとの予報!

老親の経験する自由と、過保護

相手の「経験する自由」を奪うなかれ
という教えがある。

寂しさも、みじめさも、不自由さも
「その人が経験するべき」時間なのかも。

その点、わたしは老母の経験を
幾多も奪っているわけだ。

過保護の線引きは、どこに?

         *

この頃、自分の心労が危険ゾーン
(赤信号点滅)になっている自覚があって

実際は大したことしていないのに
このままでは、早々に限界がきそう。

         *

現状の親に手を貸さないのは、ネグレクト。

まあ、そんな法や社会規範とは関係なく
わたしは「過剰に相手に移入してしまう」クセのような
ものをもっているのじゃないかしら?

(もしも子供がいたら、過保護な親になっている
可能性が大ですな)

         *

ゴミに埋もれ、不衛生極まりない
ご飯の代わりに菓子を食べるような
栄養偏った、そんな親の生活が
目に見えると

(目に見えるというか、数日留守にすると
そんな状況がまざまざ残像としてあるのだ)

少しでも荒んだ環境をなくしたいとか

「カラダが、アタタタ・・・(痛い)」と云っている
親の日常に触れると

あれも、これも、(親に代わって)
わたしがしなくては、という心もちになるし

かつてほどの外出の機会なく、毎日
横になって、「なにかつけてー
(録画してあるテレビをなにか見せて)」と
リクエストしてくる、親の能力を知っていると

独居の暮らしでは「ボケてしまう」という
恐怖があって

気の休まるときがない。

         *

社会福祉の基準でいうと、とうに
要支援1か2のレベルになっているのだね。

ただ、そこに頼る心の準備が(親だけじゃなく
わたしも)出来ていないだけ。

最近の自分

まずは「自分に余裕」がなくては
イライラと家事をし、ヘトヘトと介護をし
ぐるじいぐるじいと寝床につく日々に
なってしまう。

今、もっとも手に入れなくては
いけないのは、時間と心の余裕。


客観的に自分を見ようとすると
「質より量」に躍起になっている
姿が見えてきそうだ。

あれも、これも・・・、と
手をつけてはいるものの

いずれも、不安や不満や焦りが
はびこって、ぜんぜん丁寧に出来てないし
進みは遅いし

それにより、ますますプレッシャーが募り
負の循環が起こっている。


以上、最近のメモ

正午のチャイム

5月9日(水)

きのうも、きょうも、居間の温度
19度台あるのに、ゾクゾクさむい。

        *

地域のチャイムが寝床に届いて
「うわっ、夕方まで寝てしまった」と思ったら
正午のチャイムだった。

(日に二回、時報が大音量で鳴るの。
これまで正午はサイレンだったけど
いつからチャイムになったのだろう)

        *

昼食後、久しぶりにコタツで午睡
…けっこう深い眠りだった…をとり

そのあと

あまりにもプッツンきたので
残り物の惣菜が色々あるし~と
炊事をストライキして、夕方からお布団へ。

すぐに眠ってしまう。熟睡。

(メモには「プッツンきて、寝る」としか
書いておらず、何にプッツンきたのか
まったく思い出せない。もしかしたら
単に疲労がたまっていただけなのかも)

夜中、少し起きだす。

        *

北海道で初のジンが造られるように
なったそうな(in札幌)。

香り付けに昆布や椎茸が使われる
という話で、最初は「うげっ!」と思ったが

中年になったおいらには、案外いける
友になるのでは、と思わないでもない。

(最近、じくじくした不満っぽいことばかり
日記に書いている。 が

こーゆー、どうでもいい話も日記に書きたい。

この世の全てが本当はどうでもいいのだろう。
勝手に“優先順位”っぽい価値観を、自分のなかに
つくっているだけの話)

一見見えるようなものの後ろに

ゆうべ(7日)の『100de名著』は
『生きがいについて』(神谷美恵子・精神科医)
の第一回目だった。

指南役の若松英輔さんの言葉が
気になったのでメモ。

「待つ」というのは、すなわち
思い通りに生きることができないということ。

思い通りに生きることができないことと
あなたの人生の創造性はあまり関係ない。

「待つ」という道の奥に「生きがい」が潜んでいる。


         *

神谷さんは、生きがいということばを
生存理由ということばに近しいものと
見ていたようであるが

みょうに納得させられる。

わたしにとって、便宜上の生きがい
(ex 現在なら、実家の世話とか)
とは別に

おのれが生まれてきたこと、そして
だからこそ、今、生きていること

その内容(過程)こそが、生きがい
つまりは生老病死の過程こそに
生きがいが潜んでいるというか・・・

文章にすると、意味不明になりそうで
ここで止めておくけれど

まあ、単純に家族とか仕事とか趣味とか
そういうものに限定できないレベルに
生きがいがあるというか

人生のすべて(苦しいことなど、何もかも)が
遊びであって、その遊びのなかに生きがいがある
というか…、そういう感覚がわたしにはあるのだ。

         *

(ん? 書いてみたら、神谷さんの考えとは
違うかな? と不安になったが、「生きがい
≒生存理由」の解釈を知ったとき、たしかに
腑に落ちるものを感じたのだ・・・)

(生きがいは、本当に人それぞれで
わたしの場合「生きがい=自分観察」の要素が
強いから、先のような感覚があるのかな。

生きがい≒生きる意味≒自分観察)

ちなみに、神谷さんは

◎生きがい=生きがいの源泉、対象をさすとき
(この子は私の生きがいです、など)

◎生きがい感=精神状態を意味するとき
(生きがいを感じている)

と区別なさっていたそうな。

(んー、わたしは、生きがいよりも
「生きがい感」を大きく意識しているのかな?)

         *

「生きがい」は一見見えるようなものの
後ろに隠れていることがある。


(by 神谷美恵子さん)



筑前煮とブリ焼

5月8日(火)

今日もちょっと寝坊。
(13時頃の起床)

用事があって、朝、すこし
起きたのもあるのだけれど
それはたいしたことでなく

きのう、雨のなか、黙々作業したのが
こたえたらしい。

ブロックと木材を運んで盆栽台をこしらえ
重い盆栽を運ぶなど…(カラダ、つらい。)

本日はゆっくり目で過ごす。

夕飯に、胸肉をたっぷり入れた
筑前煮を作ろうとしたのだけれど、気が変わって
胸肉は少しの(ほか、筍、人参、大根、高野豆腐
羅臼昆布、エリンギ、蒟蒻)筑前煮にして

メインはブリを塩コショウして焼いたもの。

(胸肉は削ぎ切りにして、テキトウに調味し
漬け込んだ。あした食べよう)

夜は、久しぶりの甘酒つくり。

寝坊マンデー

5月7日(月)

色々と悔しいやら、疲れ過ぎているやらで
このごろ寝床で涙流すこと珍しくないのだが
夕べは長い時間涙が止まらなくなる。

泣きすぎて、しまいに頭がしびれたカンジになって
クスリはなかなか効かず、ダメだとわかっていても
一錠追加。

そして、(就寝は3時頃)
朝6時頃には入眠できた。

       *

家人には、朝食プレートを多目に
用意しておいたから、ま、いいかっ

と、寝坊。

13時台の起床。

雨なので、前半はゆっくり。

後半、雨のなか、庭しごと。

背伸びせず、ゆるゆると日常生活などをつづります

はえともみ

Author:はえともみ
 
万の風になって、生きる。

ちちんぷいぷい~。
(HSPの自覚あり)
「うつと仲良く! ひきこもりだっていいじゃない」と
開き直って生きてたら
元気になってきました。

→ 近年は、老母の観察メモの
(&それに伴う自身の変化など)
色合いが濃くなっております。
・・・ま、長い人生の一コマですな。

徒然な日々も、留まることはない。
すべてがいとおしい。だから書く?

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