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(5)「ダメの烙印」

◎補足デス◎

わたしは
・他者評価を気にしつつ
「自分に没頭する」度合いの強い人間で
・思い込みが激しく、好き嫌いのジャッジ病を患い
・人生の殆どを保守的な人々との付き合いで過ごし
かつては「多様な価値感のヒト」と出会うこともあったと
記憶するが、長く付き合いは続かず

→ 結局、自己否定のラベル
(自分が直接自分を否定しているというよりは
「他者からダメの烙印を押された自分」という認知)
を剥がせないまま、今に至る。

この数年、客観的になろうというか
「世間の少なくない人々が手にしているらしい
既存の人生観を脱した、人生をラクにとらえる考えかた」
を自分にも与えようとしてきたフシもあるが

芯の部分では、「ダメの烙印」を
きれいに剥がすことができないでいる。

そして一生、(少しずつ薄めながらも)烙印とは
付き合っていかなければならんのだろう、との
力んではいない諦めが。



わたしの弱点は

だからといって、未婚仲間でつるみ
互いの人生を慰めあうのも苦手なこと。

(女は共通点によって結束しがちよね。
そういう状況って、キモチ悪いとも思ってしまう)

自分を否定してくる相手とも付き合えず

(面と向かって否定はしてこなくても、過去の
その人の言動から、心のうちが推測されて)

(また大好きな相手であっても、相手が我のことを
心配してあれこれ言ってくれたことを知っていても
傷は傷であり・・・、より傷は大きいのかも)

そして、「ご同類」ともつるめない。

なんとも、なんとも。



(人生ではじめてカミングアウトするけど)

甥っ子たちがチビのとき
「ともちゃん、結婚して(ママの実家の)家の名を継いで!」
(つまりは婿をとれ、の意味ですね。
このままではママの実家が絶えると憂いたのだろう)
無邪気に言われたことにも、傷ついたほど

わたしは器が小っちゃいのです。

・・・老人から、だいぶ下の世代に至るまで
ほとんど保守的人生観で固められた、我が一族よ!

年代を経れば「変わり者も出てくるだろう」と期待していた
のだが、イトコの子どもたちも、続々と “まっとうな” 社会人に
なっており、今後も我の「異端」席は安泰じゃの・・・

・・・そして、みんな、わたしに優しいのよね。

「気にかけてくれることが、苦しい」という現実。 ← 誰にも言えない

「最近どう?」的な、相手を思いやる
親戚たちからのキャッチボールの投げかけは
わたしにとって(=自己否定の記憶に直結して)
地獄なのです。

なので
「みなさん、わたしのことは忘れて下さい」と
いつも思っている・・・

(4)他者の人生を祝福すること

適齢期というものを随分過ぎ、これからは
誰もわたしに「結婚」や「子ども」の期待をしなくなり

周囲の同世代たちの子育ても
「仕上げの時期」に入り

わたしが勝手に抱いていた「のけ者」感も
今後薄らいでいくだろう

・・・「のけ者」感の正体は、ムリしたつながりともいえる。
周囲が子や孫の話に盛り上がれば、即座に席を立つのも
はばかられ、興味のない話に参加したり、ということ。

 ↑ さりげなく、えげつない「本音」を漏らしておるな・・・

と思っていたが

佐々木さんの文章を読んで、気がついた。

「大人になってからずっと、祝福するばかりで
祝福されることのない人生であったわたしは

この先も、周囲の人々の息子や娘の結婚とか
孫ができた、孫の入学、孫の結婚、ひ孫の誕生・・・

と、エンドレスで祝い続けるのか、と。

当たり前の事実に、が、がくぜん。

(他人の幸せを妬みたいわけではない。
それに、小さい頃から知っている子の成長を見るのは
たのしみだ、という、わたしにも人間らしいところが
少しはあるのだ)

(また、わたしは「結婚自体=ハッピー」という
思考回路は乏しいが、「結婚したがっている
当人たちが結婚する」のは、めでたいことであろうし
「結婚してもらいたい、と思っている親御さんの
気持ちが叶う」ときはこれまた喜ばしいことであろう
程度の考えかたはできるので、そういうときは
ちゃんと祝福したいのだ)



よく、女流作家の書き物にあるではないか

「かつては横並びで仲良くしていた女友達が
片や、キャリアを極め、片や、家庭での幸せを築き
30代~40代のころは、見ているものがちぐはぐで
表面上は仲良くしていても、心のなかで相当の
フラストレーションを抱える。あるいは
自分の人生はこれででよかったのかと、隣の芝生が
青く見えて、落ち込む。

けれど、色々な出来事があって、他人の人生は
他人のもので、うらやむ必要などなく
自分の人生はこれでいいと、腹の底から思える
ときがやってくる、とか

お互い、別々の道を歩いてきたけど
時間が経てば、また親しい心境に立つ
・・・相手の苦労を垣間見て、たいへんなのは
自分だけじゃないと知ったり・・・老いとか、介護とか
共通の話題ができるのも大きい・・・」

ちゅう、ストーリーね。

なので、わたしも油断していたというか

プレッシャーは過去の遺物となり

若き日々ほどには、周囲との差異を
感じなくて済むようになるのかなーと
早ガッテンしていたわ。

そして

自分は他人から祝福されることがなくとも
(細々とでも人間社会にしがみつくのなら)
だれかの人生を今後も祝福し続ける宿命に
あることを、忘れていたの~っ。



100%いじけたことを書いているようであるが
「他者をお祝いできる、自分よ、おめでとう」の
気持ちだってあるのよ。

他者の人生を祝福できる=自分の幸せ
これは間違いないとも知っている。

ということを、自他共に向かい
しかと書き留めておこう。

(ただ、人生の表部分では常に
「他者よおめでとう」ばかりだから
たまにはイジけたいのよ!)



佐々木さんの文章にめぐりあって
本当によかった。

わたしにとって、孤独はパートナーだけど
そのことを、これまでの人生で面と向かって
受け止めてもらったことはなく

ずっとずっと、否定されている感じが強かったから

彼女の文章に救われたのよ。



そして、

「究極、幸せにすらなる必要だってないと思っている。
不幸である自由だって認められるはずだ。」
(by 佐々木ののか)にも

わたしの胸はズキュンとやられた。

(3)佐々木さんの文章

佐々木ののかサンの、note記事
<幸せだって言ってんだから、みんな私を祝えバカ>
https://note.mu/sasakinonoka/n/n671ee73f0284

全文を、直接( ↑ リンク)
読んでもらいたいわけだか

ちょっとだけ
抜粋させていただきます。

・・・改行は、当方が加えた。
●印は、便宜上、付け加えた・・・


●各々が引き受けるべきものを引き受けることを選びとって、1番大事なものを守っている。
その選択には、幸せには、誰も口を差しはさむ余地などない。

●「早く幸せになれるといいね」
聞き飽きてヘドが出そうだ。表面を舐める距離感で話す相手はだいたい、
結婚することや、恋人がいることを幸せだと思っている。
あるいは私の生活には賞味期限があって、いつか“卒業”していくものだと思っている。
(略)おまけにみんな、心から私の幸せを願ってくれているようだから面倒だ。
幸せなんだけどな、と、心の中でヘラヘラ笑う。

●考えてみれば、成人を迎えてからの祝い事など、昇進か結婚か出産くらいだ。
フリーランスでずっと独身を貫き、子どもを産むこともなければ、
私は一生祝われることがない。

●祝われることがないうえに、やれ「結婚しろ」だの、
「結婚しないのは未熟だからだ」だの、心ないヤジを飛ばされながら歩いて、
疲れたときにちょっと弱音を零せば「ほら言わんこっちゃない」と言われるのだ。

●家に帰って包みを開けると、10貫の寿司が入っていた。
私は小さく拍手をして「独身おめでとう」と呟いて、泣きながら食べた。



続く

(2)最強の恋人

佐々木ののかサンの「note」記事
<幸せだって言ってんだから、みんな私を祝えバカ>
https://note.mu/sasakinonoka/n/n671ee73f0284

うぐっと、心突かれる箇所がいくつもあった。

ひとり身の抱えている理不尽さが
素直に表されていて、ひとり身ゆえの
生きづらさを感じている人には

佐々木さんの文章を
ぜひ、読んでもらいたい。



「孤独こそ何があっても私に連れ添って離れない、理解ある最強の恋人だ」
(by 佐々木ののか)

まるで、わたし自身のことを言い当ててもらったような言葉だ。

「だれしもに孤独な面はある」というけれど
孤独を感じにくい時間をメインに生きている人間と
ほとんど孤独とマンツーマンで生きている人間に
とって、その受け止め方は違う。

わたしにとって、孤独は、いいも悪いもなく
常に寄り添ってくれるパートナー。


続く

(1)わたしの歪み

わたしは、生涯未婚の道を歩んでいることを
「ほかの人生なんて考えられない」レベルで受けとめているが

未婚という状態を、20代半ばころから
40代前半辺りまで、(二十年近くも!)
周囲につつかれ

・・・結婚は人として当然のこと。今は相手がいなくても
いつかはきっと。しかるべき男性を紹介してあげようか。
若いときはいいけど、歳とったら寂しいよ。などなど・・・

そのことを自分のなかで上手く処理できず
負傷した傷を、じくじくためて、こじらせて

底の深ーい自己否定感に変換し続け
己の性格をずいぶん蝕ませてきたし

いまだ、ときどき状況によっては、傷が痛む。

(理解され難いと思うが、結婚しなかった・できなかった
ことが痛いのではなく、身近な周囲から「ダメのレッテル」を
貼られ続けたという、いじけた自己認識を、いまだ
克服しきれないのがツライのである。
傷は、古傷だけど、現役?)



たぶん、これって、環境によるものも
大きいのだろうな。

世の中、生涯未婚者が増え続けるなか
「ワタシのまわりは独身だらけよ」と
言ってのける人もいれば

いやいや、独身なんて、ほとんど周囲におらず
おまけに親類縁者と、離婚する人も、ほんとうに
少なくて、自分の異端ばかりが際立つまま
(友人知人との集まり、親戚との集まり・・・
いつも針のむしろにいるような時間を過ごし)
中年になってしまった人間は

「世間メガネ」の色に対して異なる印象をもち
いじける度が違う、というか。



しばらく前に、佐々木ののかサンの
<幸せだって言ってんだから、みんな私を祝えバカ>
https://note.mu/sasakinonoka/n/n671ee73f0284

を読みました。

続く。

レンジ調理

11月24日(金)

寝坊したかと思ったら
そうでもなかった、12時半過ぎ
の起床。ほっ。

本日もお寒うございまして
ほうじ茶ミルク(ホットミルク+インスタント
コーヒー+ほうじ茶)で、ほっこり。

中途半端だった、冬支度など
あれこれする午後。

手を止めた折、近所の屋根に白いものを発見。

(けっこう頻繁に外を見ているのに降雪は
気づかなかったな・・・。昨夜降った残り?)

           *

得た情報を「なるほど」と思いつつ
すぐに忘れてしまう傾向があるので
たまにはメモしておこう。

サバの味噌煮、レンジで作る
(短時間の加熱なので臭みが出ない)
とか

玄米ご飯、炊くときにオリーブオイルを
(「ひじき」や「あみえび」加えるのも良)
とか。

ふーむ、ふむふむ。

余談だが、きのう
目のふちの青いアオリイカを買い
「足つけたまま、内臓も墨もそのままで
(胴にちょっとだけ切れ目を入れて)
ラップに包んで、深いタッパに入れ」て
レンジでチンしたら

簡単調理をあなどるなかれ!であった。

一人宅には、経費削減のためガスを引いて
いないので、もっとレンジ調理を活用しようと
思うなり。

アナログと、風の子

11月23日(木) 祝日

きのうは、「うっかり仮眠」しないよう
ソファーに寝転がるの禁止令を
自分に出して、守ったのだけど

だからといって、布団で眠ることに
直ちに貢献したわけではなかった。

本日は13時頃の起床。



「抽選の結果はいつ出るのだろう?」
と、気がかりなことを、電話で
問い合わせたら

「メールでお返事してますよ」と
言われた昨日。

そういえば、迷惑メールに困り
セキュリティーの強化をして以来

図書館からのメールも届かなくなって
いたのだった。

今回、待っていた連絡も
かなたに消えてしまったのか。



そんなわけで、本日、ケイタイショップへ。

二十代くらいの可愛い女性店員が
さくさくさくっと、設定変更してくれた。

(が、すでに送られているメールを
探し出すことはできないのね・・・涙)



今はまだ、完全アナログな年配者も多く
社会もアナログ者にやさしいが

わたしがおばあさんになる頃には
どんな世の中になっているだろう。

家電は基本、スマホ操作とか
支払いは全部、電子マネーとか
そこらへんは想像の範疇だけど

それ以上になった世の中で
わたしは適応していけるのだろうか・・・

まあ、それなりにやっていくしか
ないものなぁー、なるようになる!

そんなことを考える帰り道。



出かけるときは、強い風に小雨が降って
きびしい道中であったが

途中で少し日も射して、ラッキー。

スーパーに寄った帰り、ほとんど
日が暮れてしまい、とても寒かったが

公園では、ちびっこたちが
寝そべったりなどの、思い思いの格好で
小型ゲームをしていて、現代っ子といえど
子どもは風の子なのだなー、と思うなり。

(あんな寒いところでも、ゲームをしたいのか?
それとも、ゲームしてたら、寒さは感じないのか?
みなさん、部屋着のような格好で外套も着ず)

今年は冬が早いですの。

仙骨温め

11月22日(水)

12時半をまわっての起床。

(何度も目が覚めても、なかなか
カラダを起こせない最近。

もうちょい早起きするのが当面の目標)

           *

去年までは、へその下にカイロを貼って
いたけれど、最近は仙骨を温めるのがイイ
(自律神経が整う、らしい)情報を信じて
そちらに力を入れている。

腰の下、お尻の上あたりに
熱いシャワーを当てたり、カイロを貼ったり。

で、先日より

嵐の桜井くんがTVコマーシャルしている
「蒸気で温める」商品も試してみようかなー

と、思っていたのだが

本日、ドラッグストアでは

<医療機器>とか<血流改善>という
箱の文字におどらされ

約48度の温熱で「つらい腰痛」をやわらげる
が謳い文句の、「腰ホットン」なる商品を購入。

(わたしは、「つらい腰痛」に苦しんでいないけど
「つらい腰痛」に効くのなら、その威力たるや
・・・と思ったのよね)

そして帰宅後、早速使ってみたのだが

(ほぼほぼ、予想していたことなのだけど)
ふつうのカイロを横に二つ三つ貼ったのと
大きな差異がわからんな! なのだった。

(形状とか、温度設定とか、ふつうのカイロより
よろしいのだろうけど・・・)

まあ

「腰ホットン」さまには頑張ってもらって

自律神経の整いの一助となり
冷えが少しでも改善しますように。

黒柳朝さん

11月21日(火)

なかなか起きられず
やっと13時に起床。

久しぶりのお天気だが
家から一歩もでず。

遠くの山は雪をかぶり
近くの山は紅葉終盤。

ブログを書いたり、ドラマ『トットちゃん』を
まとめ観たり・・・、のんびり過ごす。

          *

(今日は、青森に疎開する週~音楽学校に
通いはじめる辺りまで。

トットちゃんのお母様、朝さんのファンになって
しまった。

青森で、壊れそうな小屋に暮らすようになり
「リンゴの絵を描いた」タペストリーを掛ける
シーンが大好きです)

          *

夕食後、「仮眠をとらないほうがイイ」
と思いつつも、モウレツな睡魔におかされ

「(布団では眠れないのに、なぜ寛ぎ中は
いつも眠くなるのだよー)。 この時間が
一日のなかで一番幸せなのだよな~。
幸せ味わいた~い」と、うたた寝。

ハードはハードだった。

11月20日(月)

雨で、足元はぐしょぐしょ
雷がとどろき、一時、アラレも。

すっかり冬になった娑婆を
秋の服を重ね着して歩く
ひきこもり脱出の午後。

暗くなってから、歯医者。

       *

ソフトタイプのマウスピースは
じきに穴が空いてしまうので

はじめてハードタイプを作って
もらい、本日はそれの受け取り。

調整に30分もかかったのち

初めて使用してみたそれは
ものすごーい違和感で
ものすごーく出っ歯になった
感覚。

率直な感想を申し上げると
先生は、ハードタイプとは・・・の
写真資料を見せてくださった。

(ソフトとは全くの別ものなのね。
素材はもちろん、形状も。

「マウスピース、楽勝」と思っていたけど
・・・最近では日中もハメているほうが落ち着く・・・
それは、ソフトタイプだからだったのね。

使用歴10年になる主治医は
「未だ慣れない」とおっしゃっていた)

まあ、今夜から、ハードに行くぜ。

       *

就寝後、「寒くて寝付けなさそう」と心配になり
布団を抜け出して、電気毛布をセッティング。

(実家ではすでに電気毛布で寝る毎日だった。
どうも、発熱・保温の弱いカラダなのだなぁ)

これで、春まで、電気毛布から離れられないな。



ゴースト・ビレッジの中味

ここは、「都市ー地方」でいうと「地方」で
「県庁所在地ー非所在地」でいうと後者で
市町村のなかでも街機能の乏しい市で
さらに中心エリアからは離れている
のだけれど

世帯数が減っているようには
ぜんぜん見えず

むしろ増えているのでは。

           *

現在、この辺りで知る限り
四軒の民家が新築中。

(地域一帯、民家と田畑で構成されており
田畑がつぶされ、居住地となる)

かつては、商店も少しはあり
(今は、餅屋とか魚屋くらいが残る。
いずれも畳2、3枚ほどの商いだ)
そこそこ生活の息遣いもあったと聞くが

現在は、超じじ・ばばと子ども以外は
みなさん車で移動されるので
ほとんどゴース・ビレッジ。

空気としては、過疎化なのだけど
見るところ、民家は増えているという
フシギな現象。

(土地代が安いから、こういうことが起こるのだろう)

           *

当地では、20代で家を建てるのは
かなり一般的で、Uターン者でもない限り
40代で初めての家を建てるのは遅い部類だろう。

アパートやマンションがないので
次男などは、若くして家を建てる宿命にある。

           *

都会の人には信じられないかもしれんが
いまだ、3~4世代の同居は当たり前で
辺りに住む者、みんな、素性が知れている。

ふーっ。

世帯は増えても、それは縁者の再生ともいえ
新陳代謝は起こりにくい。

「みんな、よく、こんな所に暮らせるな~」
と思いつつ、我自身がこの地で老いてゆく
皮肉な現象。(現在&未来進行形だ)

           *

以上、まわりに民家は建てど、ゴースト・ビレッジの
雰囲気はいっこうに変わらない、一地域の話でした。

まもなく冬

いつの間にか、シクラメン、キリタンサス・・・
冬の花が少しずつ咲き始めている。

気になっているのは中木の山茶花で
一箇所に5~6個まとまって蕾をつける
枝がけっこうあって、(なぜ今年に限り
こんなことになったのか分からない)

花芽を間引いたほうがいいのだろうなぁと
思いつつ、はや数週間・・・。

本日、ちょびちょび間引いてみた。
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(16時半過ぎ、ぼんやり暗い写真になってしまった)

こちらも、緑の実が日に日に赤くなっておるな。
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(今はたわわだが、小鳥に見つかると、あれよあれよと・・・)

冬が、目の前まで来ている。

コタツ・珈琲・アイス=幸せ

11月19日(日)

12時半まわって起床。

冬の空気に、家中包まれている。

昼食後、えいっと食料買出しに。

スーパーをちょこっとのぞいて
のち、ドラッグストアでじっくり買い物。

(ここのドラッグストア、生鮮品が色々あるの)

帰宅後は、コタツにあたり
濃いコーヒー飲みながら、ラムレーズン
アイスをいただき、幸せー。

(グリコの「牧場しぼり」は脳みそとろけそう
なほどおいしかった)



お夕飯は、定番のご飯(雑穀米・昆布・お芋)に
今シーズン初のタラ汁(豆腐・平茸・大根)
あとは、出来合いのアジフライなど。



明日こそは、実家を出発する予定・・・

あまりの安さ(100グラム38円)に惹かれた
サバをさばき、甘酢漬けにして、アラを煮たら
それで力尽きてしまい

留守中の惣菜を作れず・・・

洗面所とかトイレの掃除をして
お風呂に入ったら、夜中になってしまった。

「軽いが治りにくい」精神病(二)

「症状がある」=病気、とはならない
という話を、どこかで読んだことが
あるような・・・。



「すっごく明るい性格で、うつになるなんて
夢にも思わなかった」ヒトが、うつを発症して
短期に深い闇に落ちるケースがある。

片や、幼少期から、じわーっとメンタル疲労の
強い傾向があり、外では明るくしていても
内心はいつもどんよりしていた、なんて
読み解きようによっては
人生の大半≒軽症の抑うつ状態である人が
大人になって、(より重い症状を自覚したり
ほとほと自分に疲れ果て)、クリニックの門をくぐり
精神疾患の診断を受けるケースもある。

どららも、客観的には「うつ」の病名がついたとしても
その苦しみ方はまったく違うものといえるだろう。
(どっちが大変という話ではなく。土台の違う話なのだ)



わたしのイメージでは
前者は病気であって、しかるべき治療をすれば
寛解の可能性は高い

が、後者は、病気であるか否かの線引きが難しく
「症状の対処」に相当するクスリを飲んでも
改善が見られにくい。



後者のような人間は、この日本に一定数
存在することを、わたしはインターネットの
世界で知った。

(現実世界では、なかなかそういう
カミングアウト、むずかしいものね)

わたし自身も、その一員だろうと思う。



後者のことを、多くの人々は

「気のせい」とか「誰だって凹むときはある」とか
「うつというのは前者の人のようなことをいうのであって
アンタの場合はただの甘え」と、見做しがち。

ほぼ慢性的に落ち込んでいて、しんどくて
・・・・それでも人の前ではそれなりに元気にしている
人間がいるということを、想像できないのであろう。

(そうだよね。体験者でなければ想像むずかしいよね。
世間で広く周知されているのは前者のタイプだし)



うーーーむ。後者のうつは
「症状がある」だけで、病でないのかもしれない。

あるいはそれは、斎藤先生のおっしゃる
「軽いが治りにくい」精神病と括られるのか。

「軽いが治りにくい」精神病(一)

先日、こちらのツイートが気になった。



ふーむ、ふーむ、ふーむ。

・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・

「治りにくい」ものを抱えている場合

「治すのが正解」という答えしかもっていないと
人生がシンドクなる一方だと思う。

(ただでさえ生きるのが困難なのに
それを治せないでいる自分、という方向で
二重に苦しむ)

だから、わたしは
これは自分の個性という方向で
しのいでいくことに決めたんだ。

治せるのなら、治せばいいけれど
治りにくいものに一生苦しめられるくらいなら
「これは人生の相棒」くらいの気持ちでいよう。

そもそも、病なんて、外付けの価値なんだから。

「軽いが治りにくい」精神病って、その人の
人となりを形成する一部じゃないかな。とも思うし。

(どんな人にも多少の精神の病はあるよね。
要は、それが社会生活を営む上の障害になるか
ならないかの違いであろう)

背伸びせず、ゆるゆると日常生活などをつづります

はえともみ

Author:はえともみ
 
万の風になって、生きる。

ちちんぷいぷい~。
(HSPの自覚あり)
「うつと仲良く! ひきこもりだっていいじゃない」と
開き直って生きてたら
元気になってきました。

→ 近年は、老母の観察メモの
(&それに伴う自身の変化など)
色合いが濃くなっております。
・・・ま、長い人生の一コマですな。

徒然な日々も、留まることはない。
すべてがいとおしい。だから書く?

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2013年 12月 【48件】
2013年 11月 【79件】
2013年 10月 【57件】
2013年 09月 【28件】
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2013年 03月 【59件】
2013年 02月 【85件】
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2011年 01月 【1件】
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