ともみ@ピクニック

今年もニラの花

8月15日(火) その三

その後、H家に行って
お喋りしながら、ヒマラヤ塩で
夏の果物をいただいて

夕方、帰宅して、すぐに
着替えて出かけようとしたところに
近所のヒトがアスターの花をお裾分け
してくれたので、一人でそれだけもって
お墓へ。なむなむ。

その足で、畠へ行き、草むしり。

(しばらくサボっていたので
ほど良く「やりがいある」伸び具合)

黙々と、二時間。

ニラの花が可愛く咲いておる。

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老婆まっしぐら

8月15日(火) その二

加齢って、ヒトそれぞれだよなー

と、母の姉妹を見てつくづく思う。

今日来てくれた叔母も、一昨日寄ってくれた叔母も
ともに大学を出て、資格の必要な仕事をして
お舅お姑さんのお世話をして、看取って
いまでもとても若々しい。

そして、我が母は、女学校までしか出ておらず
ほとんどずっと専業主婦で、長男と結婚したものの
家督をついでいないこともあり、お姑さんの世話はせず
かつ一番近くに暮らす子でありながら、自分の実父母に
ついても、離れたところで暮らす妹弟や、父(母の夫)のほうが
よほど世話をしたのではないか? (わたしがお祖母ちゃんを
見舞っても、やきもち焼くような感じだったし)
で、身体は健康であるけれど、能力も外見も、老婆まっしぐら。

視野が狭く、考え方もマイウエィな母に比べ
叔母たちは社会を知っているというか、もっと広い
アタマのなかのネットワークをもつ。

そんな大きく歳は違わないのに
(Sちゃんは生協で買い物できるし、メールも使えるし
テレビの録画再生もできるという。もうすぐ80歳?)
自立力には差があるものですなー。

で、今日、Sちゃんに聞いたところによると

昔、姉の結納のとき、Sちゃんともう一人の母の妹が
うちに来て、家の片付けをしてくれたそうな。

(父が亡くなったときも、家の鍵を開けて
だーーーーっと掃除をしてくれたのよね。この二人)

母が昔から「片付けられない女」だったことは
知っているが、結納のような、随分と前から予定の決まっている
ことにも、対応できないほどだったのか!

しかも、姉の結納といえば、四半世紀も前のこと
母だって、まだ60歳前だったのでは!?

(つまり、歳をとったから掃除できない、というのでは
ないのですな。「昔から」ということがより証明された)

なにより、わたしがフンギャアと思っているのは
母自身は、自分は「できる」と思っていること。

(わたしが家の片付けをしようよすると
「今度(自分が)するから」「今度するから」と
どれだけ母に引き伸ばされてきたことだろう。

で、結局は、やらずじまい。ごく稀に手をつけたとしても
わたしからみたら「ちょっとなぞった」程度で、片付けの
「片の片の片隅にも置けない」ほどなのだが、本人は
それで満足している様子)

ううううむ。


この晩、Sちゃんから聞いたのであろう
もう一人の叔母(こちらもSちゃん)から
「ともちゃん、大変だったんだって?」と
電話がかかってきた。


すっかり「親の悪口」日記になってしまった。
こういうこと書くと、ブーメランとなり
いつか自分に返ってくるのかな・・・。

狭い世界で生きてきた~
新しいことにチャレンジしようとしない~
自分ペースが強すぎる(正反対のベクトルだが)~
など、考えてみれば、母と我の共通点はあるわけで

わたしも、老婆まっしぐら、な人生かも。


(親が健康でいるってだけで
恵まれているともいえましょう。

わたしが、母と叔母たちを比較して溜息をついている
その向こうでは、「親生きているだけでいいじゃん」
「元気な親に、そんな文句を言うなんて、バチが当たるぞ」と
まっとうな指摘があるかもしれませんの)

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コウちゃんドライブ

8月15日(火) その一

午前中買い物から帰ったら
コウちゃん&姉が来ていた。

「ドライブの練習をしたい」のだって。
(二年ほど前に免許をとったコウちゃん。
その後ほとんど運転していない)

母とわたしは、嬉々として「行こう! 行こう!」
姉は「よく恐くないわねー」と、反応差大。

近くの海岸道路を走って、観光スポットまで
行ったところで(満車で駐車もできず)Uターン。

(コウちゃんが運転したのは、ほぼ広い直線道路のみ。
家の近所は姉の言いつけにより、姉が運転・・・)

はい、数十分のドライブでした。




家の近くで、Mさんらしき車と出会い
その車がうちの前で駐車。

M親子であった。

(なんでも、うちのお墓の花が貧相だったので
だいじょうぶか?と心配で様子を見に
来てくれたらしい)

わたしは、先日からの「家のコトゴト」を誰かに
聴いてもらいたく、なかば強引に家に誘い

ちょうど、皆、昼食がまだだったので

ありあわせのもので、昼ごはん。

(スーパーで買って来た海苔巻きとか稲荷とか
ちょっとした惣菜があったので、あとは乾き物を並べ
お酒を開けて、解凍肉で豚のしょうが焼きをつくり
お蕎麦をゆでる)

むー。

あとで考えると、わたしが一番飲んで
熱烈に喋ってしまったなー。

(よほどグチが溜まっていたのだと思う。
しかし、ああいうときって、興奮して、斜め方向の
表面的なことばかり話してしまい、あとで
アレも聴いて欲しかった、コレも聴いて欲しかった
と、余計に話したい衝動が募る)

そして、運転手のTちゃん(従兄)には
大量にノンアルコールビールを勧めてしまい
ごめんなさい。

(本物のビールなら平気で喉を通っても
ノンアルを何本もって、拷問かもしれない)

ポルトガル土産もありがとうございました。

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老母との距離(2017夏)メモ後半

多少のことは、娘である我が黙って
そっとフォローすればいいのだろう
とは思う。

でもね、来る日も来る日も黙って
誰かをフォローするなんて、わたしには
今のところ、ハードルが高い。

(なので、つい、母に文句を言ってしまう)

(言い方は、基本、相手を追い込まないよう
に、やんわり冗談風にしてはいるつもりだが
・・・だからといって文句は文句だよな・・・
ときどき、こちらの心身調子が悪い時は
心を明け透けにした言葉を発してしまう)



神さまがいるのかどうかは分からないけれど
神さまのような超越的な存在は「ある」と思っている
つもりのわたしだが、もしかしたらほんとうの
ほんとうには、その存在を心の底からは
信じていないのかもしれないな。

ほんとうに信じていたら、日常の些細なことにも
(こんなグチ日記は書かず)だまって向き合い
たんたんと対処していくだろう。



仮に

不潔や不衛生やトンチンカンなコトゴトに
彼女自身が困っている自覚がないなら

放っておけば、いいじゃん、という

考え方があるとして

それは、ネグレクトとは違うのか?

(たぶん、バランスのもんだい、となるのだろう。
でも、わたしには・・・親の老いは人生初めての体験。
ついでをいえば育児だってしたことないし・・・・
どうやってバランスをとればいいのか、分からないのよ。
苛立ちと、たまに落ち込みのなかで
バランスを手探る日々だ)



(書いていて、気づいたのだが、わたし
親の老化現象に対して「悲しい」感情ではなく
「苛立つ」感情が先に来るのだよな。

老いは当然のこと、という見方は
しぜんと自分のなかにあるのだろう
・・・祖母を見ていたことのおかげでもある・・・

が、「老親の世話をすることで、自分の役割を
見つける」という、もしかのもしかして、これを
こじらせた先には

「代理ミュンヒハウゼン症候群」なるものに
陥らないとも限らないところが、おそろしい!

という自覚は前々からあるのです。)



どこからどこまでが本人を尊重する
ということになり

どこからどこまでが、子の押し付け・
過干渉・世間に対する見栄、になるのか

わからんまま

親の老いと格闘する日々である。


ほど良い干渉って、どこにあるの?

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老母との距離(2017夏)メモ前半

高齢の親との暮らしにおいて

わたしには、どこからどこまでが
過干渉(=相手の意思を尊重しようとせず
こちらの価値観にあわせようとする)で

どこからどこまで、ネグレクトになるのか
わからない。

(ひとつ下の話のつづき)
まあ、服装のことなんて、どうでもいい
といえばいいのかもしれないが

「穴があいた」「シミのついた」服を着る
老親に、さりげない注意をするのは

家族自身の見栄なのか?

それとも、必要行為なのか、考えると
答えがでないのだ。



(下着なども、しょっちゅう、裏返しに着て
いるし、食事はぽろぽろこぼすし・・・
排泄に難はあるし・・・、エトセトラ
母の様子を見ていると
朝から晩までツッコミどころがあるのだが
あまり注意されるのも、老親にとって
ストレスになるだろう)

(彼女自身が自分の老いを認識できて
いない部分があるようで、わたしはその
認識のズレを、一人で見ているのが
なにより辛いのかもしれない)



(グチをひとつ書くと、冬場は放っておくと
何週間も風呂に入らなくなった彼女であるが
・・・なので「運動になるよ」などと、あれこれ
入浴したくなる状況をつくり、入ってもらう
ようにしている・・・、去年までは夏場は
自主的にシャワーをしていたのよね。
なのに、なのに、今年から、それも滅多に
期待できなくなった。気づくと「臭い」ことが
たびたびある、この夏だ)



彼女自身が、不潔や不衛生やトンチンカンな
行為で困ることがあるのか? といえば、その
不潔や不衛生やトンチンカンぶりに本人が
具体的なトラブルを被った自覚をしない限り

彼女にとって、そういうコトゴトは
なんら困った要因にはならないのだ

とすると、あれこれ、母の世話を焼くわたしは
余計なお世話をしているだけなのか?

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ピンクの上衣と迷彩ズボン

8月14日(月)

母が、帰省中のMちゃん一家に会いに
行くというが、わたしは休養のため、パス。

(従弟のMちゃん、えらいなー。
いまだ、少なくとも年3回以上、遠方より
家族全員で、自分の生まれ育った土地でもない
Mちゃんの亡父の故郷であるこの田舎に
帰省するのだものー)

で、そのときの母ったら

ピンクの柄もの(手作り)ブラウスに
迷彩の六分寸パンツをはいていた。

どうでしょう、80代で、このコーディネート。

(いや、年代は関係なく、このセンス・・・。
最近の、彼女のお気に入りらしいのだが)

先日の来客のときも、その格好をしようとして
いたのを、「頼むから・・・」と着替えてもらった
のだけど

今日は、もう、エエわ、と

(Mちゃん一家、母との付き合いも長くなり
母の、かなり素っ頓狂なセンスは、とっくに
知っているだろうし)

(いつも、穴が開いたり、目立つシミがあったり
する服を、「わざわざ、そういうのを選んでいる?」
の頻度で着ている母なので、それよりは
はるかにマシだし)

だまって見送った。

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5.親の老いと、自分

高齢一人暮らしの親に、「ご飯食べてる?」と質問して
「ちゃんと食べてるわよ」と返事が返ってきても
それを信じるな。

「なにか困ったことはない?」と尋ねて
「大丈夫。うまくやっている」と答えがあっても
それは相手を心配させないための弁でしょう。

と、子は、ある日、愕然と気づいたり
気づかなかったり・・・。

(後期高齢者が自力だけで、一人暮らしを
成り立たせているのを、わたしは知らない。
たいていは近くにいる家族がフォローしたり
なんらかの繋がりで、お世話をしているヒトが
いるわけだ)

でも、これ、(こういう親の老いって)
見ようとしなければ、一生見ないでも
済む話でもあるのだろう。

わたしは、どこまで向き合えばいいのだろう。



家族だから、子が親の面倒をみなければ
いけない、というのは、すりこみ。

親には親の人生、子には子の人生がある
わけで・・・。

わたしようのように、外の世界で
自分の生き場所を見つけられず
気がついたら、親の世話をすることで
自分の存在意義を満たそうとする人間に
なっていて

片や、そんな親との関係にも
(一人で親の老いを抱え込む)
ストレスをつのらせる、って

ぜんぜん、オススメの人生じゃない。

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4.向いてない

わが家の日常・・・

よく、母は「こんなの初めて食べる」
「初めて見た」というのだが
(本人は本当にそう信じている様子)

ふだんの彼女を知っている我からしたら
「前にも食べてるでしょ。見てるでしょ」
ってことなんだよな、たいていは。

こういうのも、いちいちツッコんだら
彼女のストレスになるのだろうなーと
思いつつ

けっこう
ツッコんでしまう、わたし。
(修行が足りません)

・・・・・他人の介護だったら、うんうんっと
受け流せるのだろうか? 身内だから
厳しく見てしまうの? どっちにしろ
わたしには育児とか介護とか見守りとか
向いていないな~と、強く思う。

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3.矛盾を見守る力

相手に間違った情報を伝えたらいけないと
その場で、間違えを訂正することもあるけれど

(過日も、母が近所のヒトに、庭のローズマリーを
寝床に置くとよい、なんて話していたので
・・・これ、何回目や! その前にも同じヒトに
同じ話(間違い情報)を伝えているので・・・

わたしは、彼女らの会話に割り込んで
「このハーブ、頭をしゃっきりさせるから、昼向き。
寝床では匂いをかがないほうがいいよ」と
途中ツッコミしてしまった)

でも

途中で会話をストップさせたら

当人のプライドが傷つくだろうし
話の腰を折ることにもなる

(いちいち間違いを指摘したら、終始
ツッコミっぱなしになりかねない!)

基本は、黙って(複雑な思いかかえ)
見守っているしかないのだろうなー。

。  。  。  。  。  。  。  。  。  。

バランスとり、むずかしい。
こういうのって、訓練というよりも
生まれもっての性質に左右されるのかも。

黙って見守るのを、あまり苦にしないヒト。
ぜんぜん苦にしないヒト。
( ↑ 我からみたら天使のようだ)

わたしって、特定の誰かの「矛盾」を
ひとりで抱えるのが、大の苦手なのだった。
(と過去の恋愛にもさかのぼって思う)

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2.無意識の矛盾

これは高齢女性にありがちなこと
だと、わたしは思っているのだが

(亡くなったお祖母ちゃんもそうだった)

たまに会う相手と、スムーズに会話をするので
相手には「おかしい」ことが悟られないのよね。

先週の来客でも、老母ったら
上手いこと(適当なこと。実は真実でないことも)
受け答えしているなー、と、思ったわたし。

流れにのって、相手を心配させない
(=自分をよく見せる)話術に、長けているのよね。



誰だって、(高齢者に限らず)、家族と
外に見せる顔に違う面はあるだろうし

無意識の矛盾を、露出してしまうもの。

だから、取り立てて、母の言動に
わたしが気持ちを立ち止まらせる必要は
ないのかもしれない。

でも、こういうの(老母の矛盾)を、いつも側で見ていると
むうううう~っと、こちらのストレスになってしまう。


*** 距離が近すぎるのかな。
(一定の距離があれば、彼女の矛盾に
気づくことなく、いられるもん)

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1.今日も迷走

今日は夕方、Kさん夫妻が墓参りの帰りに
寄ってくれて

帰り際のK夫人に、母が
「また、鮎食べに行こう」と
声をかけていた。

「よく行ったじゃな~い」とも、母。

そこで、K夫人が、「そーお? 一回しか
行ったことないと思うけど・・・」と返すと

母、「ううん、毎年行っている」って
きっぱり言い返しておった。

なんだか、なんだかな。


わたしの見る限り、母より2つ年下のK夫人のほうが
アタマはるかにはっきりしているし(いまも
現役で責任ある仕事しているし)

母には、(ヒトのことは言えず、わたしにも
同様の習性があるのだが)、ヒトと会ったとき
嬉しい気持ちになると、つい、思いつきの
発言をしてしまうことがあるのだよな~

(例えば、何かのお誘いしちゃうとか)

で、今日の場合は、嬉しい波の流れで
つい「また鮎を・・・」と言っちゃったあと

彼女の頭の中で、なんらかの物語が繋がって
「毎年行っているじゃな~い」となったのだろう。


しかし、最近の母の迷走・妄言ぶりを
見ていると、医者に連れて行きたくもなる。


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力はいらず

8月13日(日)

午前中は姉と甥が来るということで
あったが、昼は外で食べるというので
われは二階でじっと臥せている。

お盆であるが、なんもする気がなく
でも、しかし、家のなかで休んでいるのも
もったいなく感じ、・・・・先日来、じっと
しているのがもったいないという貧乏性が
身についた?・・・

午後、庭木の剪定をすることに。

だーが、手に力はいらず
鋏を落とすこと数回、脚立から落ちそう
にもなって、こりゃ、あかん! と

早々に切り上げる。

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ほうける

8月12日(土)

ほうけて一日が終る。

この一週間、睡眠3時間の日もあり
朝から晩まで基本動き回っており

さいごのほうは「この状態が続くと
過労死というものになるのかも・・・」と
カラダが感じたほど。

うーん、お疲れさん。

(どうやって、カラダを緩めるのだっけ。
忘れてしまったので、ひたすらほうける)


ぼんやりと、ほうけつつ

楽しかったなぁ、(我は、ヒトさまを家に招いて
宴会するの好きだったのだ! と思い出す)

また来て欲しいなぁ

など、きのうの余韻にひたる。


ふだん会っている親戚なら
こんなに緊張しないのだけど

・・・食事の用意だって、二人分増えたくらいでは
基本動じないつもりだが、ちょっと余所行きの顔を
したかったし、食器のことなど、あれこれ
あせったのである・・・

・・・十年前に会ったときは、某見晴らしのいい所に
会席料理を食べに行ったのだったな。あのときは
父が掃除をがんばって、食事の心配はなく
ラクチンさんだった・・・

めったに会わない、大切なお客様だから

見栄を張りたかったというのも、あるな。


考えてみれば、わたしの記憶にある限り
このメンバーで、こんな時間をもったのは
初めてだ。

みな、年々老いていくのだし
あと何回こういう機会をもてるか分からない。

これまでの時間を埋める意味でも
ほんとうに「また来てね」と思うのだ。

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また来てね

8月11日(金) その五

ふだんない会話の雰囲気で
たのしかったなー。

喋りまくり、笑いまくり、であった。

うちで食事をしてもらうのは
初めての方たちもいたけれど

(自分でいうのもなんだが)
なごんだ宴会になったのでは?

また来てね。


夕方、駅まで見送りに行くと
(北陸新幹線ができて、日帰りが可能に)

ローカル列車がいつになく
混んでいた。

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8月11日(金) その四

その後、近所の親戚もやってきて
宴会! の予定だったのだけど

一同、なかなか帰って来ない。

(あとで聞くと、本家のあと、あっちこっち
寄り道をしてきたらしい)

んで、結局、なんだかんだといって
お寿司が届いてから二時間以上も
経ってからの宴となった。

(ふんぱつして、特上を頼んだのに!)


結局さ、楽しい宴となったから良かったのだけど

(一番喜んでもらったのは、バイ貝の煮付け。
しつこいが、「特上寿司」は、特上の力を発揮して
いなかった・・・・。無念)

(デザートで評判よかったのは、冷凍イチゴと
ブルーベリーの、フローズンミルクであった)

姉は遅れて来て、途中で帰ったので
結局ホスト役はわたし一人で
(ヒトに入ってもらえるような台所ではないし)
色々とたいへんだったわよ。

なによりあとで後悔したのは、あれこれ
わたしの気が散って、十分なお酌ができず
お酒がたくさん余ってしまったこと。

(飲むの大好きな方々であったようなのに・・・
「飲み足りなかったのでは?」という気がかりは
酒飲みのわたしにとって、大いに残念なこと!)

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