ともみ@ピクニック

晴のち曇いちじ雨

3月28日(火) その一

朝6時頃、トイレに起きたら
東の空が一面、あわーいピンクで
それはそれはきれいであった。

(で、午前、テカテカの晴れ。
午後、ドヨーンと曇、一時雨)

        *

きのうは、政府が沖縄の知事につき
「損害賠償請求も辞さない」と表明したとか。
(どっちが権力の乱用なんだよ!)

きょうは、国連の「核兵器平和条約」の会議に
日本が不参加というニュース。
(しかし、共産党の志位さんが演説したそうで…)

ラジオを聞いていたら、この件につき、ある方が
「米国の保護下にいる日本は参加する資格なんてない」
と、もっともらしいニュアンスで言っていたけれど

えええ、日米安保条約がある限り、半永久的に
そういうマインドでいようよってこと・・・?

あれも、これも、昔の政治家は
草葉の陰で泣いていると思うよ。

        *

解散選挙の噂がささやかれているけれど
もういいかげん「経済うまくやってくれるってよ」な
幻の人参とは違う見方が広がるかいのぉぉ。

(トリクルダウンは起きなかった、と、検証・反省した
メディアはいかほどあろう。後押しだけしておいて)

        *

今日の日記、ちょっと怒りっぽいモードだけど
特別に怒っているわけではありましぇん。

「一度、書き出す」と、次々、書きたくなるだけ。

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うぉ~!!!

3月28日(火) その二

街へ行き、いくつか用事をすます。

合計、14時半前~18時半すぎ
歩いたので(座ったのは30分弱)
疲れたな。

(右足小指から血が出た!)

        *

とてもとても落ち込むことがあり
今日の後半は正気を失っていた。

ワインをがぶがぶ飲んで

サラダ、ボイルほたるいか
お弁当(鮭や唐揚などオーソドックスなの)を
ぱくぱくとヤケ食い。

図書館で借りてきたばかりのphaさんの本をもって
24時頃お布団へ。

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座布団三枚!

(ひとつ下の続きです)

(ひとつ下を書いたら、むくむくと
続きを書きたくなった)


やっと大手メディアで火のついた
「権力者による『お国』の私物化」だ
おおいに報道して欲しいとは思うけれど

あきらかに偏り過ぎだったり
(「ひとまず森友関連やっとけばいいか」みたいな)
視聴率稼ぎの目先の報道に走らずに
「問題の核心」解明に迫るような
手を見せてほしい。

先々土曜日のラジオで伊東四郎さんが
「どこの局をつけても、森友問題やっていて
なんか、その影に隠されている大事なこと
あるんじゃないかね?」と仰っていたが

その指摘はあながち間違っていないだろう。

これから「通称・共謀罪」の成立がクライマックスを
迎えようというのに・・・、また、ラジオでは
時々、取り上げているけれど、水面下で進んでいる
らしい「水道民営化」のこと・・・などなど。

森友学園ならび、安倍夫妻のかかわっている
一連の「お国の私物化」疑惑はもちろん
しっかり報じてほしいが

あまりにアホらしい、本質とずれた
ワイドショーばかりやっとるようなら
「森友(扱うの)、しばらく休め」と言いたくなる。

(ワイドショーを、わしが見なければいいのか?)

ん、ちょっと、待て。

「休む」ことで、日本全体の
野次馬的関心が薄れてしまうぞ。

それはいかがなもんか。

ん、でも、本質とズレたことばっかり扱って
国民が満腹感にひたってしまうくらいなら
やはり休んだほうがいいのか。

(他に大事な問題はいくらでもあるのだから
森友ばかりやるのはいかがなものか? という
冷めた意見も散見されるけど、たしかに
「本質とずれた」森友話ばかりをやるのは、わたしも
いかがなものか、と思うのだけど、やはりこれ
ちゃんとメディアは言い続ける責任があるのでは。
そのうち、うやむやになる可能性だってあるのだから)


話変わるけれど、ここ最近
座布団三枚あげたくなったのは

枝元なほみさんのツイッターでの発言である。
https://twitter.com/eda_neko?lang=ja
 
パン屋がダメとか言うくせに、日本の食の根幹にかかわる「種」も「水」もグローバル企業に任せようとするのか。


―― 以上、3月27日の記

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ワイドショーを見て

3月27日(月)

台所、はいつくばって水拭き。

(料理しない台所でも、ちょっとは汚れる。
クイックルワイパーより、人力勝る)

今年初、水シャワー。

(銭湯お休みだったし・・・。
心臓止まらんでよかった)

   *      *     *

ゆうべ、苦手なテレビ番組なのだけど
(司会者が苦手・・・。「ミスターなんとか」という)

視聴をそそるような見出しがあったので
つい見てしまったら・・・

2011年の大阪W選挙前
「選挙運動中の松井氏と橋下氏の周りを
うろちょろする籠池夫妻」の映像を、長々流して

コメンテーターたちが
「維新も官邸も被害者なんです」的な
発言をばんばんしていて

絶句。

(やはり見るんじゃなかった)

(あの司会者の番組も、いささか流れが変わってきた
との風評があったけれど、いや、ぜんぜん、だった)


そして今日の午後は、ラジオをつけながら
我の苦手な司会者の裏番組、(こちらも好きではないが)
まあ、「なにやってるかな」と、つけてみたら

例の「100万円の振込用紙」に記入した
文字を鑑定する、っちゅうのをやっていて

んん?

がっちり見ていたわけではないのだけれど
「記入文字は、籠池氏の妻の筆跡」というのを
ありがたい事実のように報じていた。

ちなみに、すでに先週、森友側の新しい弁護士
山口貴士さんが、自身のツイッターで
<払込取扱票の「ご依頼人」欄の筆跡は籠池理事長の妻>
と明かしておられるのよね。

(そもそも、この振込み用紙の筆跡が
学園の事務員であろうと、理事長妻であろうと
たいして意味の違いはないと思うのだけど。

「振込みに行ったのは職員」というのは勘違いで
ほんとうは「妻であった」ということまで
偽証罪の材料になるの?)


たまたま我の目にしたテレビが「こうだった」
だけなのかもしれないけれど

官邸からまた内密にネジが巻かれたのではないかと
疑ってしまうよ。

こういうアホみたいな報道するから
「マスコミは印象操作の道具」って
国民から思われちゃうんだよ。

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きょうの夕景

3月26日(日)

誰も、「吊るし上げ」なくてイイんだ。

ただ事実を淡々と解明して欲しいんだよ。


20170329 079

(写真と文は、何の関係もありません。
写真=きのうの日記とは別の窓からの夕景)

20170329 075


☆ 本日の「ニー仏」せんせいの呟き ☆
https://twitter.com/neetbuddhist?lang=ja
いつも言いますけど、「俺ってすごい」ではなくて、「あいつなんて大したことない」が、日本人の「自己主張」の仕方ですから。


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一.カフカは免罪符

じーん。感動。
カフカのその弱さがいとおしい。
と思った。

頭木弘樹さんの
『カフカはなぜ自殺しなかったのか?』
という本の感想である。



ひきこもり体質で、ニート気質たんまり。
逡巡の人。(そしておそらく面倒な人)

しばしば
わたしはカフカ、カフカはわたしか!
といいたくなった。

迷ったとき人は、迷う苦しさから逃れたいということもあって、最後はえいやっと、どちらかに決めてしまうものです。向こう側に飛び越えるのです。そして、後悔したり、後悔しなかったり、後悔してもこれでよかったのだと自分に言い聞かせたりします。しかし、カフカは決して飛び越えません。永遠に迷い続けます。それは優柔不断とも言えます。しかし、妥協しない徹底さとも言えます。決断できない弱さであり、決断しない強さです。永遠に迷い続けるとどうなるのか? その答えがカフカです。
(243~244頁。改行は引用者により省く、以下同)

わたしはカフカの小説を(手をつけたことは有)
ちゃんと読んだことが一度もないのだけど

この評伝を読みはじめたある晩
散歩しながら、「カフカは免罪符」
という言葉が降ってきた。

カフカは、わたしにとっての免罪符?

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二.なぜ自殺しなかったのか

しかし、途中で印象一変。

恋愛に関するカフカの「神経質の雨」は
勘弁である。

求愛相手の立場になれば、カフカ
いろんな意味でコワすぎで・・・

と、思い読んでいたのだが
お相手のフェリーツェもそんなカフカをたしかに
愛していたようだから、それはそれで
いいのか。

(事実は小説より奇なり、といいますな。
小説では成り立ちがたいカフカの求愛も
現実では成り立っていたという。
いやぁ、恋愛って、当事者にしかわからんね。
と、しみじみ)

(おまけに、彼はいつわり繕うことが
微塵もできん人なんだなー、と考えると
それはそれで魅力なのかもね)

それに、なんといっても
あそこまでの個性だからこそ
名作を残せたわけで。

いやはや。



「まっとう」だけが人生の正解じゃない。

と、教えられたような気がする。

(今は、なんにつけ、効率のよい生き方を
求められがちだけど、ある人にとっては
「非効率を生きることこそが、己の人生」なのだな)



悩むために生まれてきたようなヒト
苦しむために生きているようなヒト

それが、この本を読んで
わたしがカフカに抱いた印象だ。

本書のタイトル「なぜ自殺しなかったのか」だが
そっか、悩んだり苦しんだりするためには
「自殺」なんてできないのである、と、読中気づいた。

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三.「仕事をすると、死にたくなる」

わたしが好きなエピソードのひとつは
「労働者災害保険局」に勤めていたカフカが
法律の不備のせいで労災年金をもらえそうに
なかった初老の労働者のために、こっそり
弁護士に相談し費用も黙って負担して
年金をもらえるようにしてあげた・・・という話。

しかし、カフカ、自身の人生がラクだったわけではない。

普通の人にとってはとるにたらない雑事でも、カフカにとっては大きな障害となります。人間が簡単にまたいでいく水たまりでも、もぐらが溺れるには充分な場合があります。日常はさまざまな困難に満ちていて、日常を生きることはじつは大冒険なのです。
(42頁)

彼は何ヵ月もの間一種の眠り病に陥ってすっかり絶望していることがよくあった。
(65頁。「彼」とは、友人ブロートから見たカフカのこと)

就職して自殺を考え、工場ができてまた自殺を考え、生きるための仕事をさせられるたびに、かえって絶望して、命のロウソクが消えそうになるカフカでした。
(81頁)

三度も婚約して、三度とも破棄に至った生涯からも
彼が一般的な「幸福の果実」をやすやすと齧れる
タイプではなかったことがよくわかる。

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四.手紙と日記と言語隠蔽

わたしが「カフカ、すごいな~」と思うひとつは
人との結びつきを維持していることである。

推察されるカフカの性格からすると
「おいらのことは放っておいてくれ」と
どんどんどんどん閉じてしまい・・・
しまいには誰もいなくなる・・・
展開もありそうなのに、彼は家族とも
友人とも恋人とも、波はあるものの
ちゃんとつながっているのだから。

なかでも、友人マックス・ブロートは
彼がいたから「文学者カフカ」が誕生した
ともいえそうな人物なのだけど

カフカは26歳のとき、ブロートの誕生日に
こんな手紙を送っている。

マックス、君への愛情は、ぼくよりも大きくなって、
愛情がぼくのなかにあるというよりも、
ぼくのほうがそのなかに住んでいるよ。

この愛情は、すでにずっと以前から、
君が知っている以上に何度も、ぼくを救ってくれた。

(60頁)

すごーい。文学的才能があるだけでは
こんな手紙書けんだろう。

西洋の昔の男の人は、(ちなみにカフカは
1883年、ボヘミア王国…現在のチェコ…生まれ)
こんな熱い手紙を、友人に書けるのか!?

書けるのかもしれんが、単なる文才だけでなく
ホンモノの深い愛情を感じているからこそ
生まれた手紙だ。

(カフカの手紙や日記って、そのままで一級の文学作品)



このところ、ぼくは自分についてあまり書きとめていない。
多くのことを書かずにきた。
それは怠惰のせいでもある。

しかしまた、心配のためでもある。
自己認識を損ないはしないかという心配だ。
この心配は当然のことだ。
というのも、書きとめることで、自己認識は固まってしまう。
それが最終的なかたちとなる。
そうなってもいいのは、書くことが、
すべての細部に至るまで最高の完全さで、
また完全な真実性をもって行われる場合に限られる。

それができなければ
――いずれにしてもぼくにはその能力はない――
書かれたものは、その自律性によって、
また、かたちとなったものの圧倒的な力によって、
ただのありふれた感情に取って代わってしまう。
そのさい、本当の感情は消え失せ、
書かれたものが無価値だとわかっても、すでに手遅れなのだ。


(73~74頁。カフカ、27歳のときの日記 )

この後、著者は「言語隠蔽」について書かれているのだが
(平たくいうと、「言葉で説明してしまうと真実が消えてしまう」という話)

あまりにも的を得ていて、沈黙。

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五.カフカと頭木さん

この評伝には、(言語隠蔽の論からすると
これまた限界があることだけど)

カフカのむき出しの感情が惜しみなくあらわれており
わたしは、しばしば息を漏らして笑ってしまった。

(本を読んで笑うなんて、我には稀少な体験)

人間の矛盾があふれていて
(かなしみ、こっけい、ごうまん、小心 etc )
ほんと、いとおしい。

(もちろん、そんな矛盾だけ見せられても
なんの魅力もないわけで、それとつながる
でも反対のベクトルにあるような人間性が
あってこその、いとおしさ)



ここまで味わい深い読み物になっているのは
素材の力はもちろん、著者の頭木さんの
筆力も大きいはずだ。

この方、描写が旨いんだよね。

例えば

「たきびに水がかけられました」(140頁)
(↑処女本を出したのに恋人から感想をもらえないカフカ。
これまで恋愛を燃料に執筆に励んでいた彼は、これを機に
また書けなくなるというときの表現)

カフカを、「手紙の吸血鬼」(174頁)とたとえ
「吸血鬼が急に血を吸わなくなるくらい、ありえない」(172頁)
「悩みが、もはや怪物化」(172頁)と、さらっと描写したり。

(現場中継のレポーターのよう!)

突き放しているようでいて
的を得ているんだよな~。

また著者は「カフカのプロフィール」の項で
「カフカは現代に通じるところがとてもあります。
現代人としか思えないほどです」と述べているのだが

随所、カフカのいた世界と、われわれ現代人の世界の
橋渡しをするような文章をいれており
(学者的な文章じゃなくて、生身の言葉というのかな
著者自身の心をフィルターにして書いているのだろうなぁ
と思わされる)、それもいいんだよな。

カフカを通して、この本の作者にも興味がわいた。

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日記は「葬る」行為

3月25日(土)

ひと月ほど前に読んでいた
『カフカはなぜ自殺しなかったのか』
の感想メモを書いていたら

なぜだか

魂は(肉体という)ぬいぐるみの中に
入っているんだよなぁ・・・

という気持ちが強く押し寄せてきた。

あと

わたしにとって、日記を書くことは
言葉を借りて「葬る」行為なのだと思った。


**今日の窓**

20170329 057
(写真には映っていないが、ちらりとピンクの部分も。梅の木か)

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(ベランダからは雪山も見えます)

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「~のために」という自分詐欺

人が、自分の行動を説明するとき
「~のためにやっている」という
物言いをしがち。

国会議員は(ときに首相夫人までも)、「国のために」
そして教育者は、「子どもたちのために」、と言う。

本心から「~のために」の思いがあるとしても
言い方を変えれば
「~のために」尽くし頑張る自分が気持ちいいから
なんだよね。

(わたし自身がそうだから。他の人も同じでは?と類推)

例えば、老親の介護をするのは
「親のために」であるけれど、同時に

親に恩返ししたいとか、身内として放っておけないとか
放棄したらネグレクトになるからとか、介護することで
自分自身が救われるからとか、愛憎一体となっても
愛の発露と受容になるからとか・・・、たいていは
「やらないより、やったほうが自分がラクだから
(大変なこともあるけど、トータルやったほうがラク)
というのがあるのではないだろうか。

「仕方ない」と思いつつやっている介護でも
「やる」ことで、「やらない罪悪感」が消える
という、介護者の利益もあるのだ。

「わが子のため」「親のため」「国のため」「社会のため」
「友人のため」「会社のため」、「みんなのため」、エトセトラ
そこにあるのは、隠された自分の欲であったりする。

(「~のために」っていうのは、自分詐欺?)

以上、今更なのだけど
最近の政治家まわりの発言を聞いて
あらためて感じたので書いておく。


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ほどほど、緩めて

なんか、思うんだが

「才能を開花させよ」的なものと、「人格者」的なものを
ひとりの人間に同時に求めていくのは

ほどほど、緩めたほうがいいのではないか?

もちろん、一人一人の人間の「両者、花咲く」展開は
のぞましいことだけれども

(両方、花開かないこともある)

スティーブ・ジョブズだって、かなり
すっとんきょんな個性の持ち主だったようだし

もっとさあ、「ダメダメ、あんた、そこダメだね~」って
笑いあいながら、相手のいいところを見つける
努力を怠らない世の中にはならんのかのー。


っていうのは、「ものすごーく人の好き嫌いがはっきりしていて
両者を、つい、求めがちで
一度付けた他者へのラベルをなかなかはずせない」自分への
お言葉でもありました。


(具体的に、なにかを指して書いたのではなく
ふと、思っただけ  )


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コントの最高峰(国会)

3月24日(金)

昼、起床。

半月ぶりの居間から見る山に
生命力を見せつけられる。

くっきりではないけれど
色合いが豊かになっている。

じきにピンクが目につき
緑が濃くなるのだろうなー。

終日、ひきこもりでありました。

       *

テレビの国会中継と、ラジオを
交互でつけていたのだが

わたしが今日一番のハイライトだと思ったのは

(総理夫人付の政府職員・谷さんが、籠池さんに送ったファックス内容につき)
共産党の小池さんの質問
「“引き続き、当方としても見守ってまいりたい”
とあるが、誰が見守っていくんですか?」に

官房長官が「谷さんっ」って言い切った場面。

お茶を噴出すどころか、目玉まで飛び出しそうになったぞ。

コントの最高峰は、今や国会らしい。

       *

過中のファックス、政権側は、しきりに「ゼロ回答」
を強調しているし、テレビでもほとんど一枚目しか
扱わないのだが、(二枚目は画も映さず、詳細にも触れず)

こちら、リテラの記事
【昭恵夫人口利きの証拠「2枚目のFAX」をマスコミはなぜ追及しない?】
http://lite-ra.com/2017/03/post-3018.html
にもあるように

「平成27年度の予算での措置ができなかったが、
平成28年度での予算措置を行う方向で調整中」と
ファックスに記されているのだから

どこをどうして「ゼロ回答」となるのか不思議。

(二枚目のファックスは財務省の担当者が書いたものと
想像できそう・・・)

首相夫人、および、ファックスの送り主の職員
(谷さんね。前は官邸内に部屋までもっていたが
今はお役を外れたらしい)に、公の場で
話してもらうのはもちろん、職員の上司だった
今井尚哉首相秘書官に説明してもらわねば
いつまでたっても「疑惑」の対象となるだろう。

わたしは聞き逃したのだけど、このファックスに関し
民進党の福山さんへの返しのなかで、首相は
「谷さんが勝手にやったとは言いませんが」と発言したそうな。
・・・・・・ボロ、出まくり。出まくりなんだけど
なぜかスルーされがちな不思議。



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今日の籠池さん

3月23日(木) おまけその二

ところで、ところで、今日の籠池さん
「つきもの」が落ちたようだったな。

むろん、心の底には、いまだ根強い思想を
お持ちのようだけど・・・。

(「誰とつるむ」かで、ここまで人相が変わってしまうとは!)

今の彼には、山口貴士さんという弁護士さんが
ついておられるようで

(山口さん https://twitter.com/otakulawyer )

(菅野さんの紹介なのだろうか?) ともあれ
財務省からの「十日間隠れていろ」話が表面化したあと
辞任した弁護士がいたけれど、かえって
山口さんのような方がサポートするようになって
よかったよなー、と思う)

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