ともみ@ピクニック

今年もあと三日

12月29日(木)

早起きして、午前のうちに
今年最後の買い物を済ます。

(買い物カゴ3個分満タンに。
よく持ち帰れたと自分で感心する)

午後は、白菜を縛りに行き
(白菜の葉が広がらないように、紐で
くるりんと巻き縛る)

ひととおり作業が終ったところで
雨が降ってきたので、おうちへ。

うー。

エネルギーが尽きました。

今日はこれで労働おしまいにしましょ。
そうしましょ。そうしましょ。

(週間予報で、晴れ間は今日の午前しかない
と言っていたので)、朝からマット類を洗濯したしね。

夜は、サラダと味噌汁だけ作り
できあいの一口カツなどで済ます。

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人参ハート

12月28日(水)

ううっ、ぴかぴか日差しに
積雪ゼロの窓の外。

(雪は溶けたのかいな?
それとも降ってないのか?
昨夜はかなり寒かったのだけど)

今日はいよいよ「かぶら寿司」の本漬け。

こうじの発酵が遅れているため
ゆっくり下準備。

人参をハート型にしてみた。

(型抜きを使ったのでなく、一本のまま
細工包丁を入れ、あとは金太郎飴のように
切っていく)

ゆがんでいても、人参だと、かわいいハートだ。

あとは柚子の細切りと、母がコタツにあたりながら
昆布切り。

例年とは少し違うレシピなのだ。

あと、肝心なことを忘れておった、と

ハムのようになった魚を
さしみ包丁で切っていたら
左手の親指を負傷。

母にバトンタッチ。

バンドエイドを貼ったときは
たいしたことないと思ったのだけど

その後気づくと、台所のあちこちに
血ぽたぽたの痕跡が。

痛みはほとんどないのに、けっこう流血。

本漬けは、右手だけでお手伝い。

ふ~うっ。これで年を越せますの。

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ガムテープを巻いた指

12月28日(水) その二

大事をとって、夕飯の支度もおまかせに。

年末の豆腐などの予約に行った魚屋で
(魚屋だけど豆腐類も扱っている)
「フグとカワハギ一尾ずつ買って来た」そうで
お味噌汁にしてもらったのだけど

お椀に入っていたのはフグの身、二切れ。

大根など他の具に隠れ、気づいたときは
すでにとき遅し。

おそらく母のお椀にはカワハギが二切れ
入っていたのでしょう。

(どちらも小サイズなので、一尾を二分。
淡白な魚の味比べ出来ず残念であった)

ところで

「かぶら漬け」用のフクラギが珍しく残ったので
(かぶらが少なかったからだね)それをツマミに
飲みすぎたのかしら。

コタツ寝から覚めたら、うっすら二日酔い。

(缶チューハイ2本弱しか飲んでいないのに。
最近はワインのお湯割ばかり飲んでいたから?)

           *

そういえば、大晦日が迫っているのぉ。

今年は(今年も)大掃除はあきらめて
いつもよりちょっとだけランクアップの
さっと掃除といたしましょうか。

そうしましょ。そうしましょ。

バンドエイドの上からティシュで包み
ガムテープを巻いた指、今夜はこのまま寝よう。

おやすみなさい。


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降りたり掘ったり

生きるとは、自分の個性という井戸を降りていくこと、自分のユニークさという鉱脈を深く掘っていくことなのである
という茂木健一郎さんの言葉を読み
https://twitter.com/kenichiromogi/status/813508632243339264
「もっともだ」と思うと同時に

自分というものを手放していくのも
大切なんだろうねーと囁く内なる声が。

しかし、まあ、井戸を降りた先に、鉱脈を掘った先に
(その井戸が鉱脈がホントの道に合致しているならば)
いずれ「自分がない」という世界に行き着くのかもしれない
とも思う。

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トントントン・・・

12月27日(火)

昼風呂に入り、さっぱりしてから
朝ごはん。

(昼なのか、朝なのかー。うぉ~ん)

ギフトカタログでいただいた、オムロンの
電気治療器を母に施してみる。

「トントントン・・・」と、母が電気の振動感想を
述べるものだから、リリーさんのCMを思い出して
しまうではないか!

一日中、雨降りで、カレーなどを作って
しずかに過ごす午後。

夜中は雪に変わるとの予報だ。

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彼女の姿(わたしの課題)

話は変わるが、母は、わたしにはない
根っからの、大らかさのようなものがあり

あまりに人の目を気にしなさすぎというか
ときに人の影響を受けやすい面もあるのだが
基本的には、超マイペースなのである。

「世間を気にしい」のわたしからすると
母の姿は、よその人々という光線にあたり
「恥ずかしい」「みっともない」「好意に甘えすぎ」
・・・などなどと映って仕方ないのだ。

わたしは幼少の頃から
(母のその性格が反作用の種となったのだろう)
彼女の在り方に(なんでそんななんだよ、と)
否定的な感情を自分に還元していた。

はっきりいって、今現在もそうだ。
(長くなるから、詳しく書かないけれど)

         *

しかし、まあ、ねえ、もう彼女も歳だし
(そして、わたしが落ち込んだり、劣等感を抱いた
母の姿も、見方を変えれば、いい面はあるのだろう。
んー、たとえば、人の言動を深読みしないところとか)

もうちょっと、彼女のありのままを認めよう
・・・というのが、来年以降の目標のひとつか。

         *

母が自転車に乗りながら鼻歌を歌ったり
家のなかで突然昭和歌謡を歌いだしたり
なんてのは日常茶飯事なのだけど

「ああ、(彼女の)魂がたのしんでる」
と、最近は思うようにしている。

今日も夜の戸締りを確認するときに
(かぎが掛かっているのを確かめて)
「かけた~かけたぁの~ぉ、よいよい♪」と
東京音頭の替え歌を歌いつつ、もう一度
かぎを開けて庭に挨拶をして、寝室に向かった
彼女であったなぁ。

(ちなみに声を出して歌うことは、わたしの
「恥ずかしい範疇」には全く入りません。
上記は余談であります)

         *

(彼女を通して)はらはらしたり、恥ずかしい
感情を抱くだけじゃなく、世間と切り離した所で
(彼女の行動そのものに)腹が立つことも
山のようにあるけれど

それって、彼女のせいではなく
わたし自身の問題なんだ。

「彼女が彼女である」ことを、つまり
「彼女が彼女にとって必要な経験をする」ことを

わたしは邪魔しないよう、しずかに
見守るようにするのが、これからの課題。

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日常の依存(食べすぎ)

「一日三十品目食べましょう」のお題目ができてから
日本人は「食べすぎ」になったのです。

とは、だいぶ前に聞いた話。

(1985年に厚生労働省のつくった栄養目標だね)

この三十品目というのは、おやつなどの嗜好品も
カウントされるわけで、場合によっては一日を待たず
半日で摂取できてしまいそうである。

んで、上記の「食べすぎ」説を唱えていた人は
一日じゃなく、一週間で三十品目くらいのつもりで
いいのですよ、と言っていたっけ。

          *

しばらく前にphaさんの書かれた
カフェイン抜き生活の体験記を読んで
http://www.gentosha.jp/articles/-/6873

ほーっ、ちょっと興味あるな~
わたしもカフェイン抜きのカラダを知りたいな
と思って、若々々々々々干だけ意識して
みたのだけれど、三日と続かなかった。

          *

ムラキテルミさんの「世にも美しいガンの治し方」
というサイトを読んで、深く感銘。
http://murakiterumi.com/cancer

同じ病を得たすべての人が彼女と同じ軌跡
(奇跡でもある)をたどるわけではないかも
しれないけれど、これは自然の摂理なのだろう。

今のところ、ガンには至っていない
健康な人にも、ぜひ読んでもらいたい。

         *

わたしの日頃の生活は
食べすぎ(食事・おやつを食べすぎ)だし
飲みすぎ(カフェイン・アルコールに依存)
であることは間違いないし
身体も冷えているのだと思う。

世の中には色々な依存症があるけど
「カラダに摂りいれる(飲み食い)」が
わたしの日常における
最たる依存なのだろうなー。

飲食しているあいだは、軽~く
脳に麻薬が入っているような感じ?

( ↑ 言葉にすると、すごくコワイが
ほんとうにそうなのだと思う)

          *

年の終わりに、日頃思っている
(そしてなかなか治せない)ことを
懺悔してみました。

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年の暮れ

12月26日(月)

早起きしたら、ぶるりっ、寒い。

氷が張って、霜が降りていて
歩くと、さくっ、さくっ、の足裏感覚。

        *

かぶら寿司の準備、第二段。

いただきものの聖護院かぶ、6つ
(皮むいて7キロ)を塩漬けに。

毎年量が減っているといえ
ここまで少量は初めてじゃないかな。

(母も自分で「かぶら寿司」用のかぶを作っていたが
思うように大きくならない・・・というのが、今年そもそも
彼女のテンションが高くならなかった理由だろう。

そして、そのうち、超立派な聖護院かぶをもらったもの
だから、「これだけ漬ければいい」と思うようになったらしい)

ついでに、大根も一本、一緒の桶に。

ふー。お疲れ様。

桶の準備から後始末まで
一時間弱でおわる。

(ラクすぎて、ちょっと拍子抜けするくらい)。

いつも玄関でストーブを焚きながら、皮むき
するのだけれど、今年は暖房を必要とするほど
寒くなく、そもそもまだストーブを出してないのだ。

(かぶら寿司用の皮むきと雪はセットで
わたしの記憶庫にあるのだが、今年は
ぜんぜん違う風景として記憶に残りそう)

今年があと一週間なんて、信じられないなー。

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おだやかクリスマス

12月25日(日)

畑にて、作業から顔を上げると
太い虹。

誰かと共有したいほどの美しさ
なのだけど、目に見える範囲
人っこ一人いない。

虹はけっこう長い時間あり
汽車が二両で走っていった。

      *

今日は、イチゴ苗の畝の草むしり。
(季節はずれの花が咲いている)。

しばらく畑の草むしりを休んでいたので
(夏ほどの勢いは全然ないけれど)
畑一面に細かい草がびっしり。

やりがいありますの。

(天気のいい日は草むしりしよ。
ま、冬じゅうかかってやればいいか)

      *

今日はクリスマス。

もとのクリスマスはキリスト教とは関係なく
季節のめぐりをお祝いする行事だったそう。

おめでとうクリスマス、ありがとうクリスマス。

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今年も「天涯へ」

12月24日(土)

ちょっと早いのだけど、姉と母と三人で
お正月の食糧品の買い出しへ。

帰り、足をのばしてもらって
ケーキも購入。

あったかい日だなぁ。

アラレの混じった雨が、突然
晴天の空から降ってくる・・・
不思議な模様も。

夜は、恒例の「天涯へ」を聴きながら寝る。

おもしろいとかおもしろくないとかを超えて
これはもうクリスマスイブの儀式なのだ。

もう十年以上、わたくしのイブの寝床で
ささやく男性は沢木さんという・・・。
(浅い付き合いながら、年に一度の逢瀬)

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昼の夢

12月23日(金)

夢のなかで、また夢を見る・・
その夢のなかでもまた夢を見ていて・・・・

つまり、夢のなかで目が覚めても
それはまた夢であり、そこから覚めても
また夢で・・・・という

何重にも夢を見ていた。

(はたして何重だったのか数えていられないくらい
マトリョーシカ・タイプの夢なのだった)

はやく本当に目を覚ましたいと、夢のなかで
延々と思っているという・・・

死んだ人も出てくるし・・・

「ひさしぶりにおとっちゃんの夢を見た」と
昼寝から覚めた母が言っている夢とか

(おとっちゃん=母の父。わたしの祖父)

(そしてわたし自身も夢のなかの夢で祖父を見かけた)

また、父があまりに普通に存在している世界があって

「なーんだ。ココに来れば、いつでも会えるんじゃないか」と
夢のなかで悟っていたり。

リアルな夢が複合的で、覚めても覚めても
それが夢というのは、けっこう疲れました。

なかには
「目が覚めたら、庭に一メートルくらいの積雪」
という夢もあったのだけど

実際はいつのまにか雨が止み、日が射していた。


 以上、コタツ昼寝のメモでした。



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天皇誕生日に我思う

今年の天皇誕生日のお言葉に

8月には、天皇としてのみずからの歩みを振り返り、この先の在り方、務めについて、ここ数年考えてきたことを内閣とも相談しながら表明しました。多くの人々が耳を傾け、おのおのの立場で親身に考えてくれていることに、深く感謝しています。
(天皇陛下 83歳の誕生日 記者会見全文より 一部引用)
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20161223/k10010817441000.html

少し胸がツンと痛くなった。

         *

この会見は、内閣経由の圧力で
言葉をだいぶ噤(つぐ)まざるを得なくなった
という声もある。

参考 http://lite-ra.com/2016/12/post-2792.html

今年亡くなられた三笠宮崇仁さまの
戦後間もないころ、生前退位を認められない天皇は
「内閣の奴隷」だと強い表現で批判した意見書が残されている

そうだけど http://www.nikkei.com/article/DGXLASDG02HBA_T01C16A1CR8000/

政府は、国民をメディアコントロール下に
おくだけでなく、わたしたちの象徴の天皇まで
コントロールするフシを隠そうともせず・・・。

         *

ただ、内田樹氏のような見方もあるのだな。

この「共苦(compassion)」という営みが現代の天皇の引き受けるべき霊的な責務、「象徴的行為」の実体であるということを一歩踏み込んで明らかにしたという点に今回の「おことば」に歴史的意義はあるのだろうと思います。
(ブログ「内田樹の研究室」より引用)
http://blog.tatsuru.com/2016/12/23_1029.php

陛下は、これまでのご活動はもちろん
老齢となられた今の姿(思慮・行動)自体が
国民に多くのものを与えて下さっている。

(天皇家にとっても困難な時代に、冷静に
事態を見極め、考え、出来うる範囲で言葉を発し)

わたしにとっては、すりこみ的なものを超えて
成熟した一人の人間として尊敬し愛したくなる
お人だ。

         *

先に「少し胸がツンと痛くなった」と書いた。

これは、主権者=国民として、陛下に
こんなことを言わせてしまった・・・という
「恐れ多い」気持ちが作用しているのだろう。

もちろん、慈愛に触れた感激もある。

また、「ともすれば人権のない生き方を
強いてしまっている」ことへの申し訳なさが
常にベースにあるのだろうな。

(ある種の悲しみを天皇に押し付け
わたしたちは存在しているのだ)

「陛下は、天皇というものが分かっていない」
と述べた識者が先ごろいたが
あんなおそろしい言葉はなかなかないよな。

今、生きている人間で、今上天皇ほど
天皇というものを知っている人はいないだろうに。

         *

         *

         *

つらつらと思うことを書いてしまった。

         *

         *

陛下、83歳も、お健やかに。
お誕生日おめでとうございます。

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暖かすぎ

12月22日(木)

風、強し。雨、時々止む。

今日は20度を超えるくらいの気温だった。
(あしたは半分、あさっては3分の1ほどの
最高気温って予報だぞ。寒暖差あり過ぎ!)

           *

最近、このブログでも
(でも、っていうのは、頭の中にそういうのが
渦巻いているから)

社会に対して、批判的なことを書いちゃう
ことが多いような。

(そういうおのれの状態は)
決定的にダメなわけじゃないけれど
積極的にイイとも、いい難いわね。と思う。

           *

「現実が~~だから、心の状態が△△になる」
のじゃなくて
「心の状態が△△だから、現実が~~に見える」
のだろうなー。

そして、困ったちゃんな心の状態に
ラッキーな現実が舞い込んでくるのは

天の助けだったり、「お気づきなさい」の
シグナルだったりするのかも。

(ま、「現実が淡々と次の現実を創る」説」ならば
過去の種まきが実を結んだという、しごく当たり前な
話になるのでしょう。 ← 現実世界の定説ね)


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冬至の一日

12月21(水)

かぶら寿司の準備が
今年は遅れているなーと
気がかりではあったのだ。

よし、始動!

フクラギを2尾買ってきて
(一キロ弱ありそう、598円/1尾)
三枚におろして塩漬け。

そのあとは、庭掃除をしたり
ひっそり咲いていた菊の花を摘み
仏壇にお供えしたり。

あったかい。

当地では冬至にこんなに天気がいいのは
二十数年ぶりだと、ニュースで言っていた。

            *

かぼちゃ、包丁が入らずに
(魚は捌くのに、野菜に刃が立たないなんて!)
なんとかヘタのところだけ切り落とし、あとは
まるごとのかぼちゃ(直系20センチほど?)を
レンジに入れ長時間加熱。

大根は生で、あえて調味なし(あまい)。

アラ煮は内臓やら頭やら骨の髄液やらを
美味い美味いといただいて

野生の食卓なのであった。

            *

夜は柚子湯であたたまる。

冬至さん、今年も暦を届けてくれて
ありがとう。

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ダウントン・アビー5

『ダウントン・アビー』の直近二回分をまとめ観る。

(副タイトルは「華麗なる英国貴族の館」。
20世紀前半が舞台のドラマ。
参考 http://www9.nhk.or.jp/kaigai/downton5/ )

前に、伯爵家の長女メアリーの夫・マシューが亡くなって
(あまりに唐突な死だったものの)、これで話は終わりかぁ
英国ドラマって、こんな終わり方するのね・・・と早とちりして
たしかブログにも「ダウントンこれで終わりだ。名残惜しい」
という感想を書いた記憶があるけれど

いやいや、全然、違いました。その後もシーズンは続き
メアリーの前には新たな男性たちが現れるのである。

と、恋模様の軸は置いといて

このドラマが面白いのは、なんといっても
人々のもつ価値観が大きく変化してゆく
時代背景なのであろう。

第一次世界大戦が終わり、特にその変化は加速してゆく。
(貴族の地位、女性の社会的活躍、近代的なモノの導入など)

封建的なものが崩れつつあることを目の当たりにしながらも
なじみある旧来の価値をなかなか手放せない者たち・・・

近代的なものの台頭に柔軟に適応してゆこうとする者たち・・・

どの人も愛おしいのよね。

男も女も身分の高い人もそうじゃない人も
年寄りも若いのも、色々難点はあるのだけれど
チャーミングなところが必ずあって。
(じっくりと、そういう人間の魅力を見せてくれるドラマ)

今回のシーズン5では、おばあさま(先代伯爵の夫人)の
あらたな顔も覗けそうで、たのしみである。

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