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web日記さん

10月25日(火)

やっと、自分のなかの空気が変わりはじめた。

簡単な掃除をして、たまった日記もちょっとずつ書き出して。


なにかハレの出来事があったときに、とか
その逆の、現実世界が上手くいかないときに、とか
自分の調子によって日記を書いたり書かなかったり
というのとは違って

わたしは、ココロのなかが晴れてても雨降りでも
忙しくても暇ーーーーであっても、なるべく

書くというペースにかけては淡々とありたい、と
思っているので

メンタル崩したからといって、キーボードを触れなくなるのは
不本意であるのだけれど・・・・・・、まあ、こんなふうに
お休みしてしまうときがあるのも仕方ないでしょう。

ひとつのコトで、書きたい量がいっぱいあって
すんごく長くなるときだってあるし。

(ちなみに、このブログに関しては、書く日とアップする日が
一致しない日も多いので、あしからず)

ところで

わたしがweb日記を書く直接のきっかけになった
H田さんの日記は、2003年の1月からはじまって
ほとんどお休みすることなく、今も続いている。

今日はだるいとか、PC立ち上げる気にならんとか
風邪ひいたとか、帰宅が遅くなったとか、人間だもの
諸々事情で書きたくない日もあるだろうに

そんな気分はおくびにも出さず
その日の行動、食べたもの、出会ったものの感想などを
毎日淡々と綴られている。

どうして休みなくそんなことができるのだろう? と
不思議なのだが、基本、精神的な構えがどっしりしている
気持ちの安定しているお人なのだろう。
(書いていることはしばしば過激だけれども!
まっ、その過激さも、計算のうちだと思うし)


もちろん、インターネットの上にのせている段階で
他者を意識した日記ではあるけれど、基本はわたしが
わたしのメンタルと会話するための場所という要素が
このブログにはあり、ある意味のカウンセリングだし
ある意味の精神安定剤だし・・・・・・、え~っと
何を言いたいのかな?自分さん! ・・・・・・はいはい
「web日記さん、いつもありがとう」なのでありますよ。

ネット上の表現は、あくまでも生活のサブ、という
立ち位置を、これからも守って生きたい。
(SNSやブログにのせるために何かをする、というような
web表現を目的に、web表現を主とした、そういった感じの
付き合い方でないところで、やっていきたい)

わたしの中心は、目の前の暮らしであり
それをweb表現がサポートするという関係だ。

主食が「眠り」

10月24日(月)

寝床で、貸し出し期限の過ぎている
図書館本を読んでいたら、朝を過ぎ
え~っと、何時に寝たのだろうか
正午前には入眠したと思うのだけど

本日起きたら18時を回っていた。

鈍感力が鍛えられた結果なのかしら
「あーぁ、もうこんな時間」と落ち込むことなく
たんたんとした気分。

元気とはいえないけれど、過度に自分を責めたり
することのない、なかなかの冷静さ。

ま、いいんじゃないの。(特別に良くもないけど)。

あとはねぇー、体が動いてくれると、そして
気力が出てくるといいのだけど・・・。

TVで、俳句の夏井先生の私生活を見て
(シングルマザーのち、熟年再婚されていたのか。
それにしても素敵な旦那さまだわ~)

だらだらしてたら、眠くなってきて
24時台に寝室に行き、すぐに眠って
(ラジオを半分聴きながらだけど)
27時過ぎに再起床。

なんのその!

10月23日(日)

えっと、たしか17時頃の起床。

メンタル凹んで一週間、そろそろ
浮上があってもよさそうなのだけど

(あ、一度、ちょこっとは浮上したのだ。
だから一人宅までたどり着けたのだし)

まだ上りの気流には乗れないようだ。

買い物にも行けなかったが、しかし幸いにして
冷蔵庫と冷凍庫に(あまり栄養バランスの
面では期待できないけれど)食糧がぎっしり
あるので、それでしのぎましょっ。

今は、デビルに引っ張られないだけでも
感謝感謝なのである。

(軽いウツくらい、なんのその!)

(途中休憩)

自分の弱さを正当化するために、モノゴトを都合よく論理立てるのは
いかがなものか・・・・・・なのではあるが
(弱さを開き直りの武器にするな! 誰かにわかってもらおうなんてのはナンセンス!)

あまりに苦しいとき、ご同類の言葉に慰められたりすることがないわけではない。

                     *


うんうん、社交の義務にしばられて、昔は
わたしもずい分と苦しかったですのぉ。

今はほとんど義務を放棄しているので
(義務から遠ざかるようそれなりに策を練ることも)
相当ラクになりました。


一般的に、人は人と出会うことで元気をもらう
ちゅう説がまかり通っていて、それは間違っていないと
思うのだけど、「いつも、必ずか?」といえば
個体差が非常に大きいように思われる。

わたしは飲んで騒ぐなんてのはもちろんのこと
人と短い時間会う、もしくは会わなくても人の気配を味わうだけで
何日も寝込んでしまうことが、めずらしくない。

どんだけ弱いのだ!とは思うけれど
そう心が反応してしまうのだから、仕方ない。

(この感覚が理解できない人からすると、立派な病となるのでしょう)


わはは~。

わたしは同類相憐れむ、なんてしたくないし
「お互いの傷を舐めあうようにして、自分の弱さをごまかす」
なんて大嫌いだけど

自分と共通する性質の人間がこの世にいると知ることは
不快ではない。

(ときに尊敬するお方におのれと共通する痛みを見たときは
一筋の光のように思えることも。まこと自分勝手なり)

甘える型リハビリ

10月22日(土)

なんとか、一人宅というシェルターまで
たどり着けたので、あとは徐々に活力を
溜めるよう、自分を見守るしかない。

(わたしは対外的に見れば「=自分」なんだけど
その「自分」は思いどおりにならない、どこか
独立した存在でもある)

まあ、いろいろなものに感謝だな。

シェルターがあること、シェルターにしばらく
滞在できる時間(自由)があること
ほんとうにほんとうにありがとうございます。

            *

好きなだけ、自分を甘やかそう、と
本日の起床は15時半ころ。

心のなかのデビルはだいぶ減ったけど
まだまだ元気になるには距離があるようで

無気力ながらでも、少しできること
(=PC開く、テレビを観る、という一般的には
ただ遊んでいるだけやん!という類の)
リハビリをして、時間を過ごす。

やっぱり悩む

過日「睡眠の薬がないのはきつい」という趣旨の話を
書いたけれど、その後、あるルートから、数粒の睡眠
の薬を手に入れて、何回か使ったのだけど
ここしばらくは使っていない。(あと三粒残っている?)

昔よくあった・・・ほとんど日常的になっていた・・・
「意識があることがつらい。だから睡眠界に逃げる」を
久しぶりに体験。そういうときは薬なんて飲まなくても
入眠できるし、ときどきトイレとか小腹満たしの覚醒はしても
何日間もほぼ一日中寝ている、現実逃避力が発揮される
のである。

考えてみれば、ここ二年余りだったかの
「お薬を使って、生活ペースを作る」に至る前は

「なぜ薬まで使って、日常生活をコントロールせにゃならんのだ。
そこまでして社会的ペースを大事にする必要があるの?
睡眠リズムを薬で調整しながら暮らすなんて、人間の生に対して
本末転倒じゃないか?」なんてのが、わたしのなかの優位思考だった。

それが、実際に、お薬を使って入眠を助ける暮らしになると
「お蒲団のなかで何時間も、ときに半日も、眠れん眠れん」と
苦しみことは激減したし、だいたい朝方までには入眠し
お昼には起床するという、わたしにとってのすばらしいリズムを手に入れて
実はとても助かっていたのだった。

今日は、寝坊したこともあり、内科(睡眠の薬をもらっている)に
行き損ねた。

このまま、薬に頼らない生活を続けるか
薬の力を借りて、安定したリズムの生活に戻るか
どっちがいいのだろう?

6日ぶり

10月21日(金)

午後、実家を発って
日のあるうちに金沢到着。

ふおお~。

なんもやる気がしないので
数日ぶりにインターネットに接続し
日課にしているwebサイトの閲覧。

そういえば、道中、秋が深まっていたな。

わたくしが、デビルモードになっているうちに
またまた季節が進んだのね。

6日ぶりに外の空気を吸った本日である。

外に出られない

10月20日(木)

週の前半は沢山眠ったし
昨夜は8時台には入眠したので
早く起きれるだろうと思っていたのに

ふんがぁ、ふんがぁ、起きたら
(たしか)15時過ぎだったかな?

それでも頑張って
「今日こそは一人宅に戻るぞ」と
シャワー浴びて、洗濯して、出かける
準備をしていたのに

またもや、もう一晩延期。

(どうも、明るい時間帯は人目につきたくない病で
・・・ひきこもりには「あるある現象」だよな・・・
夜になったらなったで、夜道を帰るのか、どよ~ん
気分になってしまうのだ。

そこそこレベルの
「外に出る=ハードル高い」心身モードになって
いるのが一番大きな原因だろう)

少し生き返る

10月19日(水)

シャワーを浴びる。

えっと、これは大きな声ではいえないけど
先週の火曜日以来の入浴ですな。

ハムエッグを作って食べる。

先の日曜の昼に、一人で具なし
ラーメンを食べて以来の食事ですな。

洗濯さんも、する。

これだけ体が動くので、勢いでえいっと
金沢に戻ろうと準備をしていたのだけれど・・・

午後、母が帰宅し、(親戚が亡くなり、昨夜はお通夜
今日はお葬式に行っていたらしい。父(故人)の姉(故人)の
旦那さんだった人(わたしの記憶にはない。大昔に亡くなっている)の
連れ子さん、つまり、わたしの従兄にあたる方なのだが
ごめんなさい、全く知らずに、わたしは自分のいじけ世界に
こもっておりました)

三日ぶりに顔を合わせて、一緒におやつを食べたりしていたら

一人宅にも戻りたいけれど、実家でまともなご飯も食べたいわ!

という気分になったので、実家を発つのを一晩延期。

そして、夕飯後、『ためしてガッテン』を見るなどの団欒をして
(夕べの9時からずっと起きているので)早目の就寝。

ひとり宇宙

10月18日(火)

今日も、夜9時半頃起床。

ううっ。こんなおおごとになるとは
日曜の時点では予想しておらんだ。

「だいじょうぶ?」と聞かれたら
答える気力もなくて、蒲団をかぶって
ひとり宇宙に閉じこもってしまうだろう。

(だろう、じゃなくって、実際そうなっているんだが)。

心のなかを、ネガティブがぴゅうぴゅう吹き荒れている。


こういうときは、逃げたい。

逃げたいけれど、逃げたいときは
からだが動かない、という、毎度の難題。

今春二ヶ月弱ほど、ダウンしていたけれど
それ以来の大きめのダウンのようだ。

ギブ&ギブ

10月17日(月)

きのうは、ほぼ一日死んだような人となり

今日も夜の9時半に起床し、ちょっとだけ
PCを開き、その後は録画してあるテレビを
ぼーっと観賞。

             *

「承認欲求が強い人は
子育ても介護も、非常につらい」

とは、アドラーの研究者・岸見一郎さんの言葉。

「ギブ&テイクという発想から抜ければいい。
人生は、ギブ&ギブなんです」

「生きること全般がギブ&ギブだと割り切ることができれば
たとえ承認されなくても、自分の行為の価値を自分が分かるので
ことさらに人から承認されることを求めないように、きっとなる」
とも彼は言っていた。

ズッこける

10月16日(日)

ほんの些細なことで
(我ながら、「こんなことで?」と恥ずかしくなる
くらいの、とってもとっても小さなことで)
気持ち、転落。

普段がぎりぎりのところにいるというか
不満のようなものを解決せずに持ちこたえているから
ちょっとしたことで、ネガテイブ魂が噴火してしまうのだろう。

(先週のつまずきを、自分なりに頑張ってクイッとあげて
やっていたのに・・・・・・、こんな些細なことでズッこけるとは!)

一.普通を擬態する

すっかり忘れそうになっていたが、以前ラジオで
聞いた、『コンビニ人間』の著者・村田沙耶香さんと
荻上チキさんのお喋りがおもしろかった。

ポットキャストがあるので、そのうち
文字起こししようと思っていたのに・・・
http://www.tbsradio.jp/57834
時間が経ちすぎて聞けなくなってしまい
あぁ、残念であり、反省。


一部録ってあったデーターを抜粋。

●子供の頃から「普通」は、憧れの反面、苦しめられる言葉であった。(村田)
●みんなが思っている「普通」は実際の平均よりは、理想化されたもの。(荻上)
●瞬間だけ切り取ったものだから、「ああみんな幸せそうだな」と思ってしまう。(荻上)
●わたし自身にも普通サイドの残酷さってあるような気がして。(村田)
●まわりが勝手にストーリー作って納得するのは、よくあるように思う。(村田)
●よかれと思っていることが、鎧のように人を縛っている。(荻上)
●「普通を擬態する」感覚って、色んな人がささやかなことで持っている。(村田)

二.相対化のオバケ

わたしのなかでは言語化できておらず(小説の土台となる部分なのに!)
荻上チキさんの指摘を聞きなおして気づいたのだけど

この小説の主人公には
「空気を読まないでもいい」という自己肯定が出発点にある
のだな。

なるなるなるほど~。

ただ、やはり、自分が「普通」じゃないと、まわりがザワザワして
怒られちゃうから、主人公はまわりの納得する「普通」を演じて
生きようとするのだ。

この、「普通じゃないこと自体には苦しんでいない」主人公の姿には
作者さんの村田さんも、変わっているとおっしゃっていた。

        *            *            *

「普通」って、相対化のオバケなんだろうな。

ほんとうは「普通」なんて図るモノサシは存在しないのに
おのおのが、自主規制的に普通のモノサシを抱えている。

荻上チキさんの言葉をお借りするなら
「平均値よりも上の、理想化したものを、普通として
しかもある特定の瞬間だけを切り取って」世界を見ているから
まわりの人と自分のギャップを感じてしまうのかもね。

        *            *            *

わかりやすい記号的な例でいうと

大多数が高校より先の進学をしなかった時代には
「中卒」や「高卒」のコンプレックスなんて今ほどにはなかったろう。

正規・非正規という労働者の区分の薄い世界では
世帯主の職業的身分がアルバイトであることに
もっと誇りをもって働けるであろう。

結婚が、人類の10パーセントくらいしか体験しない時代になったら
未婚という世間的な圧力も存在しなくなるだろう。

「普通」なんてものに、正体はない。

それは、結局、相対化のオバケなんだ。

        *            *            *

被害者妄想といってしまえばそれに尽きる
シャバの膿のような言葉を

小説『コンビニ人間』のなかで吐く男がいる。

男の言葉は、「相対化のオバケ」に苦しんでいる読者にとって
おのれの心の代弁をしてくれているようで
苦しいながらも、ひとときの解放感を与えてくれる
のではないだろうか。

よほど熟した精神をもっていないと、凡人には
相対的な尺度からはじき出される人生はつらいのだ。

三.偽の近道

なぜ、わたしを含め、人は「普通」へのこだわりを捨てきれないのだろう。

「普通なんてケッ!」と公言して生きている人の大半は
実はなによりも「普通」圧力に苦しめられているのだと思う。

(でなければ、わざわざ「普通なんてケッ!」と表明しなくていいわけで)

おそらくねぇ、「普通」って、自己承認のための偽の近道なんだと思う。

「普通」であれば、他者承認を介しての、自己承認を得られやすいもんね。

でも、それがほんとうの自己肯定感となり、満足を得られるか?
と自問すれば、100%のYESとは答えにくく

だからこそ、人は
普通像とおのれの実体の距離感に
多かれ少なかれ悩むのであろう。
背伸びせず、ゆるゆると日常生活などをつづります

はえともみ

Author:はえともみ
 
万の風になって、生きる。

ちちんぷいぷい~。
(HSPの自覚あり)
「うつと仲良く! ひきこもりだっていいじゃない」と
開き直って生きてたら
元気になってきました。

→ 近年は、老母の観察メモの
(&それに伴う自身の変化など)
色合いが濃くなっております。
・・・ま、長い人生の一コマですな。

徒然な日々も、留まることはない。
すべてがいとおしい。だから書く?

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