ともみ@ピクニック

時季はずれの

午後はずっと草むしり、と、ひとつ上に書いたけど
ちょっとウソつきだったな。

畠には、13時半から19時までいたのだが
途中で一回トイレをもよおして家に戻り、ついでに
水分補給した(塩胡瓜が超旨に感じられた)のと
母の頼みで長ネギ植えにお付き合いしたのだった。

       *       *       *

時季はずれの苗植え。

植える植えるといって、母は何ケ月
長ネギの苗を放っておいたのやら。

過年植えた長ネギは、ほとんど収穫せずに放置してあり

たまーに、人様から大きな束でいただく長ネギも
その大半は食べきれずに干からびさせてしまうのに。

おそらく、今植える長ネギも、結局食べずじまいなのだろう
と思うけれど、母が植えたいというのだから、仕方ない。

あー、愚痴ぐち。

       *       *       *

こんな愚痴を募らせている人生は、もったいない。

もっと自分の心を、平穏な方向にもっていこう。

脳内で、愚痴を封じようなんてせず
(↑ たぶん、そんなことすると歪みが生じる)

愚痴の種が増殖しない方法を
・・・次なる愚痴が生まれないよう・・・
探るのがよろしいのかな。

老母は、「やれる気持ち」「やりたい気持ち」と
実際に年々衰えてくる「体力と作業力」の隔たりが
大きくなってきているのだろう。

今までのわたしのフォローは十分とはいえないし
ましてや、後追い型手伝いでは愚痴の種もできやすい。

北陸にUターンして、今年は一区切りの年。

そろそろ、わたし自身が変わり、フォローの方法を
グレードアップ(?)するときが来ているようだ。

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パンク道場

最近読んだ本

●●●

『人生パンク道場』(町田康・著)

読者からの相談に、愉快でまじめで
パンクに回答なさる町田先生。

あるときは

愛されている安心感あるゆえツマラナイと
恋人と別れてしまったことを、猛烈後悔している
(この先、彼以上の人と出会えないだろう・・・
彼は妻子をもったらしい・・・くよくよくよ)って感じの
二十代女性のお悩みに

「恋愛は不在の不安に妙味があり、
結婚は常在の安心に意義がある」(59頁)と説いて
回答を進める。

あるときは

自分には欲しいものやりたいことがなにもない。
童貞で引きこもりで、友たちも一人もいない。
そして、本当に幸せなんです。
これで幸せを感じられるなら、人生ってなに?
幸せって、なんなのですか? ・・・と尋ねる中年男性に

「お釈迦様は、欲望をなくすのは無理なのでコントロールしなさいよ、
と仰いました。そして、あなたは、欲望はない、なので幸せ、と仰いました。
しかし、です。本当にあなたは完全に欲望を失してしまったのでしょうか」
(68~69頁)と疑問を投げかけ

「不幸でない人が必ずしも幸福ではない」
(70頁)と挟み

「あなたの場合、人を好きになる、という損を避けるあまり、
人に好かれる、という儲けも端から放棄している状態に
あるのではないでしょうか」(71頁)と問うたあと

これからの人生で、自分の欲望に向き合うことも可能だし
あるいは、今の境地を極めて、悟りに近づく手もあるよ、というふうに
選択肢を相談者に見せるのであった。

町田先生の回答は、予想を大幅に超えて真摯だったな。

(わたし、あまり、町田康さんのことを知らないの。
ぶっとんだ印象が一人歩きして、正直、もっとオチャラケ回答が
並ぶのかと思っていた)


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ソロー本(1)

●●●

『歩く』(ヘンリー・ソロー/著、山口晃/編と訳)

晩年の講演をもとにしたエッセイ「歩く」の日本語版と
山口氏の解説「歩く人ソローの覚書」よりなる本。

ソローは1800年代のアメリカに生きたお人。

私が森で暮らすことにしたのは、慎重に生きたいと願ったからである。人生の根本的なことだけに向きあうことを望んだからである。そこから私が何か学ぶことができないだろうか、いよいよ死ぬときに自分は生きなかったということを発見することがないように、と欲したからである。私は人生と呼べないようなものを生きたいとは思わなかった。(孫引きとなる『森の生活』より)

山口氏は、< 「歩く」は人間の尊厳をめぐる戦いの中で
「絶対的な自由」のために書かれたのである> と評する。

ソローのエッセイ「歩く」は、一読だけでは
十分に吸収し得たとはわたしには言いがたく
また年月をおいて読んでみたい。

代表作『森の生活』を未読であるが
わたしはソローについて、以前より
「資本主義的な渦にのまれず自分というものを
大切にするため、より自然に寄り添い生きることを
選んだ人」というイメージを、漠然ともっており

本書を読んでそのイメージに間違いはなかったと
感じたものの、ソローにはもっともっと違う面も
あるのだとを知った。

南部の逃亡奴隷を北部で見つけた場合、南部に強制送還する
法律が可決された時代、ヘンリー・ソローは、逃亡奴隷をかくまい
熱心に世話をし、さらにはカナダへ逃げる助けをしていたのだ。

また、ソローは、意図して人頭税の支払いを拒み
留置場に入れられるのであるが、これは「奴隷制度」に
町の人々の注意を劇的にひきつけておくための策であった。

彼は体を張った思想家であったのだ。

彼の有名なエッセイ「市民政府への抵抗」は
ガンディーやキング牧師に深い影響を与えたという。

ソローは近代化する社会生活に疑問を感じ
そこから距離をとる人生を選択したわけだけど
人間嫌いとか、人を寄せ付けないのではなく、むしろ
友情やまわりの人々を大切にした生涯であった。

これらのソロー像は、山口晃さんの解説
「歩く人ソローの覚書」より知ったことだ。

山口さんの文章は、ソローの人生を
細かく丁寧に紡いでおられる。

(ソロー最期の日々も味わい深かったなぁ)

わたしはその一人であるけれど、山口さんの解説により
ヘンリー・ソローへの興味をますますもった人は
多いのではないかしら。

(続く)

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ソロー本(2)

本書、ソローのプロフィールには、次のようにある。
< ハーバード大学卒業後、家業の鉛筆製造業のほか、
教師、測量、大工などの仕事をしながら、自然観察と
思索の記録を膨大な日記にのこした >

生涯にわたって、仕事と職業をめぐりソローのたどった道には、陰がある。生計を立てるために選んだ測量の仕事は、よい仕事をするので顧客に恵まれた。しかし著述と講演で生計を立てられないものか、とずっとソローは望んでいたのである。測量よりも講演にはるかに真剣に身を捧げているのに、郡内に自分と同じ程度の者は他に百人はいると思える測量の仕事のほうに依頼が来る。
(山口晃「歩く人ソローの覚書」より)

生計にまつわるソローの思考は、神話とともに
落胆や不安を織り交ぜながら展開してゆくことが
彼の日記により確認できる。

1851年のある日の日記には
「町のいろいろな境界を測量してきて、
この一週間は自殺を図っていたかのように感じる」
と書き、続いて神話とそれを交差させるのであるが

数ケ月後には、彼のなかに変化があらわれ始め
数年後には、幾分もの折り合いを見つけたらしいと
(のちの読者が)窺えることも、彼は日記に書き残している。

(具体的な日記の抜粋が、山口氏の解説にはあるのだが
ここでは省略します)

知識も教養もあり、多種仕事の才能にも恵まれ
(彼が家業に関わった間、家業は盛り上がったそうである)
人望もあった、ソロー。

それでも、彼には生きにくい「世の中」だったのだな。

二百年近くも前の時代に生きた人であるけれど
ソローの悩みは、現代人の抱える問題そのものじゃ。

(続く)

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ソロー本(3)

さてさて

本書の中心的なテーマからズレるし
多勢の興味のないことであろうが、我が
ほおっ、と、気になった話をメモ。

             *

翌年の夏は、農業はもう十分したと判断し、三分の一しか植えなかった。つまり自分の植える分だけである。もし、人間が簡素な生活を送り、自分で育てた作物だけを食べ、食べる以上のものは育てず、育てたものを高価で贅沢な品物と交換しなければ、わずか二、三ロッドの土地を耕すだけで足りる、とソローはいう。
(『歩く』 ヘンリー・ソロー/著、山口晃/編と訳 200頁)

             *

フランンス人ニエプスは科学的な効果を生じる太陽光線の力を発見しました。花崗岩、石の建造物、金属の彫像、「これらすべてが太陽光を浴びる中で等しく破壊的な作用を受ける。もし自然の恵みがなかったなら、それらは宇宙の作用の最も微妙で繊細なこの接触によって、じきに消えてしまうであろう」。その一方で彼は、次のことを認めます。「昼の光の中でこの変化を経験したそれらのものは、この刺激がもはや影響を及ぼさない夜の間に、もとの状態へと復元する力を手に入れていた」。それゆえ、「暗闇の時間は、夜と眠りが生き物の世界にとって必要なのと同様に、無生物のためにも必要である」と推論しました。月でさえも毎晩輝くわけではなく、暗闇に席を譲るのです。
(同書 104~105頁)

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精神科医の独白本(1)

●●●

『精神科医、占いにすがる』(春日武彦著)

タイトルから想像される方向の面白みはなかった。

ただ、わたし自身が著者と同類の心的傾向を
生来もっているからだろう、著者の考え方や
内面の動きの様が、「すごく、分かる」気がして
興味深い本ではあった。

ぼつぼつと、思い出されることをメモ。

誰しも、過去の記憶に心のクセが働いて
しばしば繰り返される心象があるのだろうが
そういった類のことを綴った折、著者は
「脳内 You Tube 」という表現を使っており
おおー、なるほどの表現だなぁぁと思った。

いくら年齢を重ねても、社会的地位を得ても
人間というのは幼い頃の心の傷を抱えて生きる
(おそらく心の傷なく成長した人なんていない)のだなー
ということも、読めば読むほど感じられた。

著者は「精神科医」という立場で、この本を書かれているが
おそらく、精神科医ではなく、別の職業を選んでいたとしても
こういう事々に悩み苦しみ、学びを得ているのだろうなと想像。

(下に続く)

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精神科医の独白本(2)

春日武彦著 『精神科医、占いにすがる』 のなかで
強く共感したことの一部を抜粋。


「人の心模様は、(信じたくないけれども)驚くほど図式的である」という法則は精神科医として仕事をしているとつくづく実感する。話の筋道をうんと簡単に要約してしまうと図式的になるというよりも、人は自分のことに関しては図式的であるという事実が分からないようにできているとしか思えないところが肝要である。そのように心は形作られているのであって、だから自分は特別だと思えたり現実離れした希望を持てたり愚かな振る舞いを繰り返したりするのであろう。(94頁)

そうなんだろうね。

俯瞰で見れば、自分で想像するよりも
はるかにはるかに図式的なのだろう。


精神科医やカウンセラーが患者と行うのは一種の「プレー」なんだな
と思いながら読んでいたら、次のような文章が。

結局、聞き手は相手に心ゆくまで「独り相撲」を取らせるのである。本来、孤独な状態で独り相撲を取っても悩みは煮詰まるばかりだ。見当外れな思考に陥りがちだ。にもかかわらず、行司がいると独り相撲に効果が生ずるところに傾聴の本質がある(そう、カウンセラーや精神科医はむしろ行司に近い立場なのだろう)。そして独り相撲の勝敗は、あるいは独り相撲そのものの滑稽さに気づくことは、それを行う本人自身に委ねられる。(109頁)

わたしはカウンセリングを受けたことはないけれど
「行司」の上手い下手は、たしかにあるのだと思う。
(お亡くなりになられた河合隼雄先生は、類稀な
優れた行司であられたのだろうと想像される)


絶望的なミッションに苦しむのは、もはやわたしの趣味と化している――それだけの話なのである。ちっとも楽しくないが、まぎれもなく趣味に他ならない。わたしの苦しみだか固執だかは、あえて申せば神経症に近いものである。(中略)往々にして神経症を「こじらせて」いるケースでは、症状に苦しみつつもその症状を抱え込んでいること自体に「慣れ親しんだ日常」を感じている。症状とはさっさと別れを告げたいにもかかわらず、もはやその症状抜きの日常が異質なものに思えてしまい、症状に苦しんでこそある種の自然体であると知覚するようになってしまう。症状が腐れ縁になってしまっているとも言えるだろうし、症状あってこその人生が強固に組み立てられてしまっているとも言えよう。(127頁)

このことを、別の場面では
<歪んだ「趣味」>とか<自己憐憫に生きてきた気配もある>
などと言い換えられていらっしゃる著者。

うー。

この数年で、わたしは同傾向をずい分減らしてきたと
自負しており、だからこそ、ここまで元気になったと
言えるのであるが、その渦中にいるときの
「どうしようもない感」というのは、まだ生々しく
思い出されそうである。

だからねー、著者のこんな言い分も
すんごく頷いちゃうのだ。

そう、神経症という病気の特徴のひとつは、癖になりやすいということである。苦しみつつもその病気に「はまって」しまう。ゆえに長引きやすい。そもそも神経症はどんな症状もあり得るという奇怪な疾患であり、どのような症状を示すのかは当人の「こだわり」や心の偏り、想像力、さもなければウィークポイントといったものによって決まってくる。すなわち、その人が内心気に掛けている部分が症状として立ち上がってくる傾向がある。もともと気になっている要素が神経症という装置によってはっきりと形象化するに至るわけだ。となれば、当人は症状を過剰に意識せざるを得まい。病気に取り憑かれたという不条理感にげんなりすると同時に、症状の中に自分らしさとか自分の体臭に似たものを感じ取り、整合性を覚えもする。(130~131頁)

神経症とか病気という表現を使うと
「一部の人のもの」と捉えられがちかもしれないが
誰だって、大なり小なり、その成分はもっているのだと思う。

(わたしだって、精神的な部分をこじらせることが減った
とはいえ、それが完全に消えたわけではない)

でもねぇ、わたしはわたしの経験上、精神的なクセとの
腐れ縁を減らすことの可能性はあるのだと知っている。

余計なお世話だが、春日さん(著者である、占いにすがった
精神科医さん)は、ヒプノセラピーを受けたり、ヘミシングによる
異次元体験をなさってみてはいかがだろうか?

何の変化もない、かもしれないが、もしかのもしかして
決定的な変化が彼のなかに起きるかもしれない。
(そしてその体験本を、わたしは読んでみたい)

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フライパン豚すき

6月24日(金)

だるん、だるん、だるだる。

雨の降る前に庭仕事をしようと思っていたのに
早くから雨が降り出し、仕方なく、お篭もり。

意識の表にはちょびちょびしか出てないが
深いところでは、それなりに凹んでいるような。

疲れているのかなー。
(三日連続買い物に行ったし。チャリ族、それなりに体力を使う)

きのう、お参りに行けて、ほっとしているのもあるのかも。

蒸し暑い日々に身体が慣れてきたのに、今日は急に
冷え込んで、(厚手の長袖を着るほど寒い)、おまけに
この低気圧だ。肉体が、びびっている?

まあ、不定期にやってくる、バイオリズムの波もあるのだろうね。

そうだ、きのう、納屋の片付けを少しして、(納屋のなかには
有機物&無機物からなる小山がいくつもあって、その山の
ひとつを、少し崩してゴミ袋に詰めた)、色々気持ちのメゲた
後遺症がないとはいえない。

アレもやらねばコレもやらねば・・・・・・の思いだけが募り
慢性プレッシャーのようになっていて、反面、実際の進捗は
すこぶるマイペースなため、落ち込んでいるのかなー。

(今日は雨だけど、室内でやるべきこともたんとある。
なのに、なーんも、やりたくないのだよー)

ふふっ、自分が「やらない」「できない」理由って
いくつでも思いつくのよねー。

(実は、昼にポテトサラダを食べ過ぎて、そのせいもあり
身体がだるいのだとも思っている。言い訳あり過ぎ~)

あまりのだるん、だるんのため、縁側のカーペットの上で
午睡をとる。

ふぁぁぁぁ。

夕に目覚めてから、雨のなか(まるで気の狂った人のように)
地植えの松の葉を、わしゃわしゃ手入れしてみたり。

(しかし、ま、こんなの手入れの入り口の入り口にすぎん。
量としても、庭全体の松の葉の百分の一にも満たないし)

そして、夜。

前々から、じんわりした和食を食べたいなぁと、欲しており
こういう雨の日こそ、ゆっくりと和食惣菜をこしらえるチャンスなのに
(切干大根とかヒジキとかオカラとか、そういう食材をじっくりコトコト)

結局はフライパン豚すき(キムチ風味)で済ましてしまった。

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追いカレースープ

6月23日(木)

おばあちゃんの祥月命日。

H家の仏壇に手を合わして
T子さんとティータイム。

すてきな庭を眺めながら
(里子に出した盆栽は、植え替えしてもらい
あたらしく生まれ変わっていた。よかったね)
あれこれおしゃべり。

全くの余談であるが、このH家は
わたしがオギャーと産声をあげた家であり
(病院で生まれたのではないのですな)
特別な場所である。

お夕飯は
とび魚の塩焼き(百グラム58円の)
和え物(赤玉葱・きゅうり・中華クラゲ)
夏野菜とキノコの味噌炒め
カレースープ

スープはきのうのカレーの残りに
赤イカを煮たあとの(イカ墨染みた)黒い汁を足し
ざっくり刻んだ新生姜や赤玉葱を加えて
さっと温めたもの。

熱を入れすぎないから、新生姜や赤玉葱は
そのものの食感や味をたのしめて、Good。
(追いカツオならぬ、追い生姜&追い玉葱だな)。

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夕顔初咲き

6月22日(水)

夏の夜、目が痛くなることが
たまにあるのだけれど
(太陽光で目玉焼き!になる)

今日はサングラス防御をして外出したのに
夜、ちょっと目に違和感が。

加齢のせいもあるのかな。気をつけよう。

         *

「あと数日で咲きそう」と昼に思った夕顔を
夕に見たら、もう咲いていた(初開花)。

それにしても小ぶりだな。

ミニ夕顔って、あるんだー。

         *

晩ご飯は、雑穀ご飯と
鶏ひき肉カレー(胡瓜とか蕪とかいっぱい入れて、水は控えめに)
赤イカの煮付け、酢の物(おかひじき・胡瓜・もずく)

今年も、山形から、ぴかぴか光る
さくらんぼが届く。

Bちゃんからの風物詩だな。

気温が高いため、特においしいよ、と手紙にはあったけど
ほんとーに、例年に増して、味が濃い(甘~い)。

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負の清涼

これはシリーズ化しているようで
過去わたしも面白がって観たことがあるので
「自分のことを棚にあげ」云うのだけれど

“日本の寿司職人が、海外の寿司屋に行って
なーんも知らんふりをして働き、海外ならではの
日本人からしたらデタラメ尽くしの調理法を黙って学び
(=カメラは視聴者がのけぞるのを期待するかのように
日本の常識からはずれた寿司作りの様子を映し続ける)

最後に、「実はこれがホンモノの寿司である」と
職人が身分を明かして、現地のヒトを驚かす”

というテレビ番組、あれ、キモチワルイな。

(わたしが夕飯の支度をしているとき、母が笑いながら観ていて
げげげ~と思った)

自分のできることを、できない人がいる。なぜ笑う?
自分の知っていることを、知らない人がいる。なぜ笑う?
自分の常識からすると「とんでもない」と思うことをしている人に
なぜ優越感をもつ?

「?」マークをつけたけど、ホントはわたしにも
その種があるから、まったくの不思議ではないのだけどね。

人間には知らず知らず「自他比較して快感を得る」という
醜い面があるのは仕方ないことなのだろうと思うけど
やりすぎると、キモチワルくて、下品極まりない。

自尊心は、他を貶めて味わうものではなく
各自が粛々と醸成していくものではないのかな。

            *

過去そして現在も、料理その他風習を
日本は海外からさまざま取り入れ
オリジナルに身につけてきた。

海外の現地の人から見たら、とんちんかんに
進化していることって、いっぱいあると思う。

超妄想だけど、もしも南蛮貿易の時代
ポルトガルから学んだ菓子や料理を
日本人がオリジナルに工夫して食べている姿を
ポルトガル人が神妙な顔して映像に撮り
あとになって、それを
「うひゃひゃひゃ~、日本人って、マヌケだな~」なんて
ポルトガル庶民が笑って見ていたかと想像すると
まったく気持ちのいいものではない。

それにさ、(話は例のテレビ番組に戻る)
頼まれてもいないのに
(ま、お金を払って協力してもらっているのだろうが)

笑いのネタにする → これが正当だ!とタネを明かし
大きな顔をする → 尊敬のまなざしを向けられる 

こんな演出をする日本のテレビジョンって
途方もなく愚か存在であるし、現地の人にとっては
大きなお世話だよな。

繰り返し云うけれど、人間は誰しも多少
こういうのに同調してしまうサガを背負っているのだと
思う。

だから、お茶の間でこういう番組を見て
けらけら笑っちゃうのは、品がないけれど
仕方ないことでもあると理解する。

理解するけど、やっぱり、後味悪い・・・。

(ぐるぐる、思考巡回)

あと、この手の番組の特徴として

「身分を隠して、(実はその道のプロであるとか
チェーン店であるその会社の社長であるとかを告げず
まったくの素人・新入りであると名乗り振舞って)
その店の先輩たちにめちゃこ叱られながら働く。
・・・・・・でも最後には、自分の身分を明かす」という
仕組みがあるが、そこには

「下に見ていた者が、実はとてもエライ人だった」の驚きを
相手に与えるという、疑似体験をさせ

視聴者の溜飲を下げさせよう(=負の清涼感を味わせる)の
狙いがあるように、わたしには感じられる。

あー、気持ち悪いね~。

(でもその仕組みが見えるということは、わたしにも
それに同調する素質があるって証拠よね~)

ぐおぉぉ。

他を貶めて味わう自尊心なんて、偽物だ。
ときに傷付きながらも、だれにも邪魔されない場所で
一人静かに育てていくのが、自尊心なのだと思うじょ。

(偽物の自尊心にまみれるほど、おバカになりそう)

            *

まったくの余談だが、枡添さんをさんざん叩いていた
テレビキャスターが、「(次の知事に)潔白な小モノが来ても
困るわね~」と云っているのを、たまたま耳にして
あー、びっくりした。

けっこう前の話を勢いついでに書くけれど
ある人(大昔NHKのアナウンサー)が
「日本はタックスヘブン、関係ありませんでしたねー」と
日曜夜の番組で堂々と発言しており
聞き間違えか?と思ったほどびっくりしたっけ。

わたし、パラレルワールドにいるのかな?
(これを書いているわたしは、混乱した世を生きている)
そう思えるほど、不思議ちゃんな現実だ。

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ミント風呂

6月21日(火)

夏至ですな。

わたしにとって一年のうちでも
夏至と冬至はとりわけ大きな
心的リズムになっていて

特別なことをするわけじゃないけども
ほのかな緊張感伴う、大切な節目の日。

午後は、買い物→帰宅→畠。

ミックスフラワーの発芽したものを
広めの間隔に植え替えするのに
けっこうな時間がかかってしまった。

お風呂はペパーミントのやわらかそうなところ
を集めて湯にひたし、ミント入浴なり。

お夕飯
・甘エビのから揚げ
・夏野菜の揚げ焼き
・フクラギお刺身(お店の)
・冷たい氷見饂飩 など

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まるで「サウナで運動」

6月20日(月)

いつもより、はるか念入りな
お風呂掃除。

なんたって、このお風呂ができてから
一度も掃除をしたことのないという
・・・つまり四半世紀も手付かずの・・・
天井の換気扇のフタをはずして
中のフィルターまで綺麗にしたからね。

(フィルター&モーターも外したかったけど
これはわたしの手に負えないレベルなので無理。
浴槽のふちに乗り、つま先立ちながら、綿棒や
歯ブラシを使い、天井部のフィルターに溜まった
真っ黒々の超濃密なホコリを掻き出す。ぐぉぉ)

(換気扇のフタは、細かい格子になっていて
スポンジやブラシでは「目」の内部の黒ずみが
さほど取れず、綿棒はそれなりに良いのだが
徹底的にやるには気の遠くなる作業だったので
「洗剤&高温の湯」で漬け置きにしてみる。
→ たいした効果はなかった)

それにしても、汗、だくだく。

過日のTV『ためしてガッテン』で、風呂カビは
50度以上の高温で息絶える、と云うのを
とりあげており

それを参考にして、給湯の最高温度60度の
お湯を使いながら作業していたら
まるで「サウナで運動」しているような状態に。

どどどど・・、疲れました。

おかげで畠へ行くのは中止して
庭の笹ハンターなどで夕を過ごす。

晩ご飯は
かます塩焼(先週末に買って干物にしておいた)
あっさりサラダ(大根、きゅうり、ズッキーニ、新生姜)
アサリともずくの味噌汁
冷奴

網戸の外にヤモリの遊びに来る
ぼんやり満月の夜であった。

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「余命を知って」(1)

ときどき、人間が生まれてくる確率を
天文学的数字にあらわして、いかに
それが奇跡的なことかという方向で
「いのち」の大切さが説かれるよな。

ごもっとも、ごもっとも。

そんなことをいわれたら
「おっしゃるとおりでございます」と
厳粛な顔で受け止めるしかない。

けど、なんか、わたしは、「いのち」を
すべての至上にある!的に説教されるのって
好きじゃない。

なので

佐野洋子さんの
「命は地球より重いと信じない。
私も命を惜しみたくない」という言葉には

すっきり、するものを感じた。

(なんでも洋子さんのお父上が
「金と命は惜しむな」とよく子供たちにも
おっしゃていたそうな)

ものものしく「いのち」の大切さを語るより
すっきり、さっぱり。

ただ、ここには、隠れ装置のようなものがあり

自分以外の人間の生命を軽んじてよいという
意味はまったく含まれておらず

まちがっても、他者の命をナニカの犠牲にする
なんて発想をしてはならず

もちろん、おのれの命を軽んじるのではなく

たぶんね

無駄に「いのち」を惜しむあまり
「自分が自分を生きること」をおそれるなよ! の

メッセージを受け取ってこそ、成立するのだろうな。

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「余命を知って」(2)

コツコツと老後資金を貯めてきた洋子さんは
余命を知って、ぱーんと高級車を買ったそうだ。

愉快だろうな。

(ここで、死への恐怖が勝って、あるいは悟りが降りてきて
物欲のゼロになる人もいるだろうが、洋子さんの場合は
「残された期間を積極的に生きる」肯定スイッチが押されたのだろう)

「余命を知って、自由を獲得する」というのは
たぶん、あるのだろうと、わたしは想像する。

わたしは、数年前から、ときどき
自分が病気になって余命を知ったらどうするか?
という発想をするのだが、答えはいつも同じだな。

外国にゆっくり滞在して…余命の長さによって期間も変わる…
そして、身辺整理である。おそらく前者が「したい」ことで
後者が「しなければいけないと感じる」ことなんだろう。

思い出の場所に行きたいとか、誰かに逢いたいとか
そういう発想にはならない。

(悔いがある人生の穴埋めをするというよりも
未知の世界に触れてみたい気持ちが大きいのだろう)

余命に余裕があるのなら(←へんな表現だけど)
今までに暮らしたことのない土地で
気ままに暮らしてみたい。

(そんなこと考えてるなら、今すぐ行動せよ! なのだよね。
色々と言い訳をして、現実、それに踏み出していないのは
自分が自分の人生を100%生きていないからなのだ。

社会的にも、おのれの内面に対しても
都合のいい理由があるとしても、ほんとうのところは
一歩を踏み出す勇気がないだけなのである。

だってさあ、責任とか立場とかを隠れミノにして
「やりたいことをやらないでいる」のは楽だからね)

まあ、案外

老後の心配もせず、様々な縛りから解放されて

( ↑ 先の心配をせず、「今」を100%愉しむ。
こんなことは物心ついて以来ほぼ経験ないなあ)

心身ともに贅沢で気ままな生活をしたら
「あ~、夢想していた暮らしって、大したことないのね」
と学ぶのかもね。

それはそれで、その学びが冥土の土産になるな…。

もしも今、残り少ない余命を知ったら

「身辺整理して、帰国後のホスピスを探して
それからぶらっと外国に行ってしまいたい」と
頭では考えるけれど

案外、身辺整理をしつつも、今の暮らしを淡々と続け
「今ある日常を大切にする」方向に行くかもしれないなぁ
という思いもゼロではない。

こればかりは、そのときにならないと
自分の心が見えない話だな。

(死への恐怖もあるだろうけれど、それに乗っ取られず
残された期間を可能な限り肯定的に生きるのが理想だな)


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