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「余命を知って」(3)

「明日も生きられる」という発想は
傲慢で、不自由な生き方を生むのですね。

(見よ、ワシの毎日がそれを証明している!)

08年の洋子さん

前にも書いたけれど、NHKでやっている
『ヨーコさんの“言葉”』という番組が好き。

本日は、「二〇〇八年冬」という題の
佐野洋子さんのエッセイであった。

ガンが再発し、余命2年と云われた洋子さん。

二年と云われたら
十数年私を苦しめたウツ病が
ほとんど消えた。人間は神秘だ。

人生が急に充実して来た。
毎日がとても楽しくて仕方ない。

死ぬとわかるのは、
自由の獲得と同じだと思う。

(中略)

命は地球より重いと信じない。
私も命を惜しみたくない。

でも思う。
私は死ぬのは平気だけど、
親しい好きな友達には
絶対死んで欲しくない。

死の意味は
自分の死ではなく
他人の死なのだ。

人はいい気なものだ。

思い出すと恥ずかしくて
生きていられない
失敗の固まりの様な私でも

「私の一生はいい一生だった」
と思える。


(佐野洋子著『役にたたない日々』より)


平和な日曜日

6月19日(日)

と、いうわけで、愚痴子から半日が過ぎ
(朝になってから就寝、いつも通り昼の起床)

先週のダルさはほぼ抜け去って
さてさて畠へ。

14時から17時は草むしり。

サツマ芋の辺りはすっかりきれいになって
別のエリアにも手を伸ばす。

ムシムシ暑いけれど、明日もがんばろう。

花すだれが4色咲きそろい、ユリや小菊や
ハマヒルガオや、バラやカーネーション
四つ葉のクローバー、ブラックベリーなど
それぞれがそれぞれのポジションで
ひっそりと花をつける、梅雨の庭。

夜は鉄板焼でありました。

人生の寝ぼけごと

真夜中、なにかにトリツカレタかのように
ぐちぐちぐち・・・っと、不満の事々を文字にする。

(あのブログはおそろしくて、自分で読み返せないなー)

そして、それを見ている、もうひとりの自分。

人格乖離とかじゃなくて
「これだけの不満を一気書きする熱があるのかぁ」と
冷めた場所で思う自分もいるということ。

また、格の低い愚痴だなぁとも同時に感じているので
(しかしはたして格の高い愚痴なんてあるのだろうか?)
これをアップするのは、恥ずかしいことだとも思っている。

住まう家屋があり・・・
大量廃棄する無農薬野菜・・・・
昭和ヒト桁生まれの母は元気で・・・
わたしの愚痴なんぞ、贅沢な人生の寝ぼけごと、と
「常識」からすれば、なるのであろう。

でもなぁ、わたしは、自分を贔屓した感覚を
たっぷんたっぷんもっているので

「これくらい大目に見ろよー」とか
「恵まれた話じゃないかー」とか
常識的な総合判断をして、自分の器の小ささを
反省するなんて出来ない。

「常識ではおさまらない」感覚とは、すなわち自我?

たぶん、これが生きているということ。
(生きているわたしの醜い物語)

どんな世界に生きていても、おもしろくない事
不満・不快に感じることはあるだろうけれど
わたしの場合は、社会的に閉じた暮らしをしているので
愚痴めいた目がよけい身内に向かうのだろう。

呪いは、自分が自分にかけているのであり、つい
愚痴の矛先を環境や周囲のヒトにもっていきたくなる
けれど、ほんとーは、それを解く鍵はわたし自身が
握っているんだよね。

未明から書き始めた愚痴、書き終わったら
空がすっかり明るくなっていた。

(これは都合のいい解釈なのだけど、日頃の不満を
吐き出して、次のステップに行きたい自分がいるのかも)

メンチカツ

6月18日(土)

じわじわとダルさが抜けてきた
(ダルさの峠は超えた)実感あり。

ちょっと早めに昨夜は入眠し
(普段7~8時間は寝ていても、それでも
いつもいつも寝不足感があり、疲労感が
募っていたのだけど、それが減った)

母が食事会に出かけていたので
のんびり一人お昼をとってから
縁側で庭を眺めたり(トンボが遊びに来ていた)
していたら、徐々にエネルギーが戻ってきた
そんな感じ。

ホウホウ先生おっしゃるところの
太陽風が弱まったのかしら。

母の帰宅後、(日はもう東にいないけど)
彼女の寝具を干したり、洗濯したりして
それからいつものスーパーまで自転車
がしがし走らせて、ひと休憩のち
18時から、畠。

サツマイモの苗の所の草むしり。

畝の高い部分は先日母がやっており
見落とされた細かな草をせっせと抜いて
畝と畝のあいだの部分は鎌で大胆に。

一時間半かけて、半分くらい出来た。

真っ赤な太陽沈んで、西の空にピンクの余韻残り
お月さんがずいぶん高い位置までのぼったので
家へ。

母が大通りまで心配で迎えに(?)来ていた。
( ↑ よくあること。)

晩ご飯は

夏野菜とキノコのピリ辛炒め
サラダ(大根・胡瓜・ブロッコリスウラウト)
鯵フライとメンチカツ(どちらもスーパーの)。

テレビ『トットてれび』が最終回だった。

トットちゃんは、死ぬのはこわくないと思いました。
だって、あんなすごい人たち(向田さんとか
渥美さんとか、森繁さんたちのことだよね)が
体験したことなんだもの・・・というようなナレーションに
じゅわっと来た。

長く生きるって、そういうことなんだろうなぁと
わたしがおそれながらもこれまで学び感じてきた
ことと同じだったから。

レトルト餃子

6月17日(金)

日に日に、だるさが増す。

むー。

やる気がないとか、そういうのを超えた
もう自分ではどうしようもないようなだるさ。

日中は、縁側に避難して、アイスを食べ食べ
(ちびアイスを一日で20本くらい食べたかも)
PCで遊んだり、ちょっと昼寝をしたり
夕に少しだけ庭にでて軽い作業。

数年ぶりに訪問したホウホウ先生のHPに
「(今週の水曜日から)眠気やダルさをもよおすような
エネルギー(=太陽風)が地球に届いている」という
記事があり、へぇぇ~っと思った。

まあ、わたしの今の不調は

単なる肉体疲労の蓄積、や
毎度の個人的なバイオリズム、や
気温と湿度の高い日が続いているので
じわじわと体力を奪われていることなど

いくつかの条件が重なった、しかるべき時
(=避けることのできない凹み時期)なのだろう
と思っていたのだけれど

加えて、宇宙的なエネルギーも関係あるの!?

(みなさま、だるくありませんか?)

夜は、母に頼んで、レトルト餃子を焼いてもらい
あとはなにか野菜のおかずが欲しいな~と
言っておいたら、野菜炒めが出てきた。

はふっ。ごちそうさまでした。

愚痴子(1)

これまで何度かこのブログに書いたけれど
わが実家は
ネットスラングでいうところの「◎屋敷」。

これを解決できないでいることに
ときどき、わたしの心は悪魔化する。

ちょっとや、そっと、モノを捨てるくらいでは
解決の道が見えないくらいのレベル。

田舎の家なので、それなりの広さはあるのだが
これが仮に都会の平均的面積の家だったら
足の踏み場がないどころか、かさもあって
モノにおぼれて窒息してしまうだろう。

この「実家の◎屋敷もんだい」は、もはや
わたしの人生にかけられた呪いなのでは!?
と思っている。

(呪いをかけたのは、生まれる前のわたし自身?)

何年も、何十年も手に触れていない、目にもしない
モノだらけ・・・・・・・。

いっそ、母が寝たきりになってくれたら、が~っと
モノを捨てて、すっきり出来るのに!!!
(2トン車、何台分になるでしょう) と、いくたび
悪魔に向かって独り言を述べたことでしょう。

さて、本日深夜、来る
月一回の缶を捨てられる日に向けて
古い缶詰を開け、中身をが===っと捨てる
作業をしたのだが

(古い缶詰。どれくらいの古さかというと
わたしがUターンする前、両親が上京した際に
買ったものもあったから、少なくとも十年以上歴)

メンタルが、ぐさぐさやられた。

ああ、しんどい作業であったなー。

缶詰は台所の食器棚で眠っていたのだが
それにしても、実家には、昔からある食器棚
父が単身赴任時代に使っていた食器棚
姉が学生時代に使っていた食器棚
台所の壁一面に作りつけた広~い食器棚
いったいどれだけ枯死した皿やモノが入っているのだろう。

この家の食器棚の稼働率は
たぶん3%もいかないのでは?

愚痴子(2)

呪い。

呪いなんだね、これは。

若い頃から「片付けられない」「捨てられない」
「貰ったものは食べず使わず溜めこむ」性分の母。

それだけではない。

お風呂も、トイレも、彼女の利用したあとは
「どうしたらこんなに汚れるのだ?」という按配になる
ことが多々あるけれど、これは年寄りなのだから
仕方のないこと、と、自分に言い聞かせている。

洗濯ものも出来れば一緒には洗いたくないし
ちょっとした調理を頼んだら、どーしたらそんなに
食材を散らかせるのだ?というくらいにゴミが
あちこち飛んでいるし、調味料も食材も片付けていない
ことが多いし、皿洗いなんて「なぞったふりしてるだけ?」と
思えたりして、出来るだけ母の手に皿洗いをゆだねないように
している。

おまけに、家中、ホコリだらけ。

ホコリって、ホコリがあるところにますます湧いてくる
(キレイな場所に生まれるホコリとは比べようがないくらい
もともとホコリのある場所に生まれてくるホコリの量は多い)
そんな説をもわたしはもっているのだが
それは実家での実体験から来ている。

掃除機に吸い込んでも吸い込んでも、湧いてくるホコリ。

どうしてこんな短期間にこんな大量のホコリが?
と不思議になるホコリの館。

(いや、不思議ではなく、上記の仮説によると
「隠れホコリ」や「近隣のホコリ」を取りきれていないから
次々と新ホコリが増殖するのだな)

はっきりいって、完全にきれいな部屋なんて
ひとつもない。

かろうじて、客人の通るスペースだけは
「ごまかし、ごまかし」でしのいでいる。

毎日使う台所には、手を触れたくもない
デッドスペースがいくつもあって・・・。

(むしろ、わたしにとって実家の台所は
触れる場所のほうが少ないといえよう。
今では「やっとここまで」増やしたという
最低限の調理空間プラスαである)

そうだった。台所に限らず、この家には
目をそむくたくなるほどの淀んだスペースが多々あるのだった・・・。

おまけに
年がら年中、家や納屋やガレージで
野菜を大量に腐らせて・・・。

(母にはモノを定位置に置くという習慣がない。
よって、あちこちに野菜などが放置されている)

自家栽培や頂きものの野菜が多くて
食べるよりも捨てるほうが多いのでは?
なんてことが頻繁なのだ。

はっきりいって、わたしの把握できない
量の食べ物に囲まれているのである。

(しかも、腐らせたモノたちは、母にとっての
イチ光景に過ぎず、自らは捨てようという発想にならない)

おまけに、リキュールや乾燥野菜や保存食
そういった類のものを作るのが好きな母。

うん年もの、うん十年ものが、得体も知れず
台所のあちらこちらでホコリをかぶって
放置されている。

冷凍にしても、同様で、なんでもかんでも冷凍してしまい
・・・冷蔵庫二台のほかに、専用の冷凍庫もあるが・・・
母にとっては冷凍したら、それで満足するようで
それが利用されることはほとんどない。

(そして、たまーに、わたしがこっそりと
そういったものを処分。しかし、瓶詰品などを
わざわざ開けて捨てるまではハードル高く
総じて減らないのであった)

母は花を飾るのは嫌いではないようだが
玄関、廊下のみならず、仏間の花すら
枯らして、水が腐敗していても、そのまんま。

ゴミの分別の出来ない母であるが
最近は気が向いたとき、プラスチック品などを
「リサイクルゴミ」指定袋に入れることもあり
それがね、中身を洗っていないまま、油や汚れなどが
ベトベト付いたままの状態で捨てるものだから
あとで気づいた我が、ゴミ袋から取り出して
洗ったり、もうイヤ気が差して、そのまま(ごめんちゃいと)
「燃やす」用のゴミ袋に移したり。

彼女にも、ルールを守ろうという気持ちはあるのである。
やる気はあるから、ちゃんとリサイクルに出そうと
「洗わぬ状態の牛乳パック」などを溜めてしまうのである。

(ちなみに、ボケているのではない。
昔から、そーゆー人なのだ)

ああ、ぐちぐち。

母が元気でいればいるだけ、家屋が汚れるという
仕組み。

もはや、ここまで歳をとれば、母のふるまいを
「元気でいてくれる」料として、わたしも割り切るしかない。

365日24時間、あとを追い、彼女の後始末をしているわけには
いかないし、今レベルの生活能力を母が維持しているうちは
お互い助け合いながらも、自活できる部分は自活するのが望ましい
と思うし、(それは行動面だけでなく、精神的な自立になるだろう。互いの)
ときどき一人宅に戻って、わたしもほっと息をつきたいし。

(そして、わたしが実家を数日不在にしたり、あるいは
滞在しながらも、気を抜いたり、家事をさぼったりしたら
たちまち、がちょ~んなことになる。この繰り返し)

最近は買い物をわたしがするようになったので
消耗品の在庫はかなり減ったと思うけど
それでも、まだまだ把握できないレベル。

母は室内に砂をもちこむことに、まったく
無頓着だし、キレイじゃない手で戸や襖を
触ることをなんとも思っていないようだし・・・。

また彼女は畠へ行くと、知り合いと道に座りこんで
お喋りしているのはいいが、そのときのズボンのまま
家に戻り、イスに座ったり、寝転んだりするし・・・。
(これはわたしにも全く身に覚えのない行動ではないが)

歳をとり、これは従来の性分に加算され
仕方ないことなのだろうけれど
ゴミもホコリも一緒になって寝起きしても
へっちゃら、へ~ちゃん、な母。

しかも、寝室の片付けとか、衣替えとか
手伝おうか?と たずねても
「自分で出来る」の一点ばり。

(それでもときどき母の寝室の掃除機をかけると
びっくりするくらいのホコリ&飴ちゃんの袋などのゴミ
&匂いを愉しんだあとの枯れ枯れになったハーブ
などなどと対面することに)

居間の母の定位置の背後は、小さな和棚を中心に
紙ゴミ(←でも彼女はゴミと思わない)、うん十年ものの文具
古いの新しいの混じった薬などなど、常に立体的に
畳一枚分くらいのスペースで、モノが広がっている。

寝具は何十人で寝るのじゃ!くらいあるし
(手付かずの新品もあれば、わたしの子供時代のものも)
母の衣服は365日、お着替えできるだろうくらいあるし
(でも袖を通すのは、ほんの数枚の決まりのものばかり)

何十年も日の目を浴びていない、靴やカバン
電化製品、雑貨、手芸用品、ダンボール山積みの写真
本を含めた印刷物、もらいものの食糧品、小物類
代替わりしたのに今だとってある生活用品
えとせとら、えとせとら、えとせとら・・・。

仕舞いっぱなしの、花瓶とか香炉とか茶器とか
そういうのは、まあ、季節の折々、工夫して使えば
いいとは思うのだけど、掛け軸でさえ面倒で(←我の役)
近年は年末と正月明けくらいしか交換せずにおり・・・。

(話が飛びすぎたか。わたしのなかでは地続きの思考)

呪い。

呪いなんだ。

これまで(Uターン以降)意を決して
片付けをしたこともあるけれど
焼け石に水、というか。

やってもやっても、まだまだ不用品だらけ。

そして、いつも、いつも、いつも
実家にいるときも、一人宅にいるときも
寝ているときも起きているときも
いつも、いつも、いつも、捨てたい捨てたい
捨ててさっぱりした!!! と、思ってる我。

そして、それが叶わぬ現状に、ときどき
深く深く傷つき、うつ的な沼に深~く落ちてしまう。

母の性分はもうどうしようもなく
しかも彼女には汚れを汚れと認知しない
おおらかさ(!)が長年育まれており

◎屋敷という自覚は彼女にはない。

呪い。

呪いなのだ。

実家の◎屋敷もんだいは、わたしの
人生のもんだいであり、呪いである。

愚痴子(3)

と、いうわけで、しばしば母に腹を立てながらも

その頻度は(ここ数年の訓練により)少しは
減っているのではないかと思っている。

(気の向くままに書いていたら、もともとの
「捨てられない」もんだいと、日々生産される
「暮らしているゆえの汚れ」もんだいを
境目なく、混ぜ混ぜに書いてしまった。

実際、両者の問題は、わたしのなかで
ごちゃごちゃと入り混じった心的課題になっている)

               *

この現状に傷ついているのはわたしであるが
この現状を変えられないでいるのも、他ならぬ
わたし自身の責任なのだ。

(母には、これまでの人生で身についた性分と
加齢による当然の認知能力の低下があって、母に
「この現状をなんとかしてくれ」というのは無理な話)

(母に「行動や癖を変えて欲しい」と
切に願っていた頃は、自分が傷つく一方だった)

(性分や習慣だけじゃなく、高度成長時代の
“家族が旺盛”だった時代のモノモノに囲まれることが
老人となった母の安心感でもあるのだろう。

幸せの記憶=モノの保存では、ない。はずなのに
母にとっては、モノと記憶が一体化して
より一段とモノが捨てられないというのもあろう。

見向きもしないどころか、あることすら忘れているモノを
処分することは、本来、所有者の人格を否定することでも
自尊心を奪う行為でもないはずだとは思うけれど

過去に己がかかわったモノを処分すること、イコール
「己の人生が否定された」ように感じる場合がある
というようなことは、その手の本などに書いてあるよな。

そして、少しはその気持ちがわたしにも解る。

キツイ言い方をすれば、将来を見積もれないほど
ある種の孤独があるほど、人はモノを捨てられないのかも)

               *

願わくば、腹立つ事々も、無心で後片付けする
習慣をつけたいところだが、今のところ
途上であるな。

日常の後片付け(後始末)だけじゃなく
こっそりと、いや堂々と、眠れるモノたちの処分も
ますます進めたいのではあるが
あせらずに、かつ、落ち込まずにね。

実家の◎屋敷もんだいには、ほんと
言葉では言い表せぬほど落ち込み傷ついてきた
(先にダァァッと書いた愚痴は、氷山の一角のようなもの)。

これが解決すれば、どれだけわたしのメンタルにも
健康をもたらすか、と思うばかりだ。

これまでのところ

(どういう仕組みがあるのか、もう謎々だらけで
わたしはこれを自身への呪いとしか表現しようがないのだが)

この◎屋敷問題に立ち向かおうとすると
実際に存在するのよりもはるかにはるかに巨大な
課題があるような精神状態になり

自分のなかをとても疲弊させるし
落ち込ませるし、イライラさせるし

ぐるぐると出口のない迷路にいるような気分。

だけど

母とわたし、お互いが元気なうちに
それぞれの気持ちを尊重しつつ
家の心地よさを僅かでもアップしていきたいのである。

マヨちゃん

6月16日(木)

途方に暮れるくらい、だるだる~。

妖艶な顔をして浮かぶ月が
うらめしくなるほど、心身の調子が
低いところでもがいてる。

それでも、ご飯だけは、なんとか。

夕飯は
・新生姜のご飯
・3色の和え物
・トビウオの塩焼き(きのう開きにして軽く干しておいた)
・味噌汁(玉葱・しめじ・絹豆腐・洗いもずく・卵)
・お豆さんのチーズ焼

和え物は、珍しくマヨネーズを使った。

薄く塩をしておいた胡瓜とズッキーニ
そこにカニカマを足して
数年前収穫の黒ゴマをすったのと
奄美のきび酢と、マヨネーズで、さっと和え。

たまにはマヨ味もいいですな。(近年は、基本
「ポテトサラダ」「お好み焼き」のときしか使わないので
稀にそれ以外にマヨちゃんを使うと軽く感激してしまう)

新生姜のご飯は、もっと大胆に生姜を入れても
よかったな。

(炊き上がりにも、追加生姜をしたら、香りアップしただろうな。
次回は忘れずに・・・)

最近、母ちゃんがまた卵を食べたくない症を
発揮していて、お昼の卵をイヤイヤするので
今日は夜の味噌汁に卵を入れてみた。

(こういうのは、相手の尊厳を無視した行為だろうか?
卵、認知症の予防にいいらしいし、食べて欲しいのだけど。
せめて二日に一個くらいは・・・)


内田先生による、ルモンド紙の翻訳をさっと読んだ。
http://blog.tatsuru.com/2016/06/16_1450.php
自国の現状を、外国の報道によって解説してもらうのが
もはや常態化しておるなー。(特に、後半あたりの話)

豆ポタージュ

6月15日(水)

午前の早いうちに
井戸のポンプの交換を
してもらったらしい。
(我は寝ており対応せず)

うぃ~、うぃ~と、水を使ってないときも
四六時中ポンプが稼動することも
なぜか温い水が一瞬出たり、そして
最近のようにうんともすんともいわず
水が止まってしまうなんてことは
これで無くなるだろう。

前回はいつ交換したのか母の記憶には
ないそうだけど、次はまあ、わたしが
婆さんになった頃かしら・・・。

ひとまず、安心。

午後は買い物に行って、あとは
庭のパトロールをほんのちょっとしただけ。

だるい波が押し寄せている。

晩ご飯は

豆のポタージュ
焼ビーフン(鶏むねと野菜ときのこ)
サラダ(セロリ、きゅうり、りんご)
など

ポタージュを作るときはいつも
「玉葱&根菜」を混ぜ、仕上げに
牛乳で伸ばすのだけど

今日は「お豆&水」オンリー。

いただきものの豆が5種たまり
なんとなく放置してあったのだけど

今日はその豆の一部を、じっくり
低温で煮て、それをミキサーにかけただけ。

塩分もなにも足さず、じんわり
お豆のうまみを堪能できた。

ドラマ最終回

6月14日(火)

山茶花の剪定。

しまいのほう
脚立からずりっと
ずり落ちそうになった
と、いうか、実際にずりっと
ずり落ちた。

怪我なく着地できたのが幸い。

散漫というほどではないけれど
ちょっと「うわの空」になりかけている
作業に対して「自分」が傲慢になっている
証拠かもしれない。

ふぅー。

ところで、作業自体はいつもの
半分以下の時間でできた。

毎年、「もっと早くやればいいのに・・・
今からじゃ花芽がつかない・・・
今年は剪定やめるか~、でもこんなに
もこもこ枝葉が繁ってしまっては・・・」の
葛藤のあと、時期遅れの剪定をするので
樹形は涼しげに夏を越えられるのだが
その分、花が少なく、特に昨シーズンなんて
ぜんぜん花をもたなかった。

なので、今年は「鋏を入れたい」気持ちを
ぐぐっと押さえ、軽めの剪定にしておいたのだ。

さてさて、この木が軽やかになったことで
居間の東の窓(公道に面している)の
簾を、今年も今日から下げ、ちょっとした
おうちの衣替え気分である。

夕飯は、冷蔵庫のカレーを温めて
野菜を荒くおろして(長芋、赤玉葱、胡瓜)
もず酢くと、塩〆うるめイワシを、トッピング。
あとは冷奴など。

今夜は楽しみにしていたドラマが2つ最終回。

『重版出来』、元気がもらえたな。
黒木華ちゃんは可愛いし、好きなドラマだった。

わたしは毎回
荒川良々さんの着る T シャツ を楽しみにしており
あれが見られなくなるのもさみしい。

『僕のヤバイ妻』、思いがけず、引き込まれたなぁ。
(正直、こんなサスペンス感ありありとは当初
想像しなかったぞ。オリジナルじゃないものを
オリジナルと言い切っちゃうのはもんだいだけど
作品自体は、最後の最後まで
えっ!えっ! の展開があって面白かった)

次の日曜の『ゆとり』ドラマが終ったら
しばし、テレビおたのしみ閑散期だなぁぁぁ。

連続ドラマって、外で嫌なことがあっても
内面の調子が悪くても、ちゃんと週一回
「その物語を展開して」くれて、観客がそこに入っていける
すばらしいエンターテイメントだ。

(放送時間の枠によっては、まとめ撮りして
一気に観るのも好きだけど)

人と人は分かり合えない。でも、だから…

坂爪さんの『いばや通信』
http://ibaya.hatenablog.com/
6月13日付にあった
「ひととひととはわかりあえない。そのことだけは、わかりあえる。 」
の中の一部をメモメモ。




誠実さのど真ん中か~。

ちょくちょくハズれるけれど
できるだけ、わたしも真ん中を歩きたいし
ハズれても、また戻ってくる力を備えよう。


次の言葉も、すとーんと胸に入った。

私は、あなたの代わりに生きていて、あなたは、私の代わりに生きている。あなたは、もうひとりの私で、多分、私は、もうひとりのあなただと思う。 (坂爪圭吾)

そう、そうなのよっ。

理論立てて説明しろと言われても
出来ないけど、これは本当に
そうなのよっ、と叫ぶしかない。

わたしはここに流れる意味を、大切な人と分かち合いたいし
ときに「むむむ???」(苦手じゃ)と思える相手に対しても
なかなか実感はしにくくても
「あなたもわたしも所詮このことの上に生きているんだ」
という気持ちを可能な限りもっていたい。

鯛のハーブ焼

6月13日(月)

北陸も梅雨入りしたじょ。

今日のメイン労働は、玉葱ならべ。
(ガレージで乾燥させながら保存する)

今年の玉葱は、でかい!
(しかし、一部、トウがあがって
芯のかたくなっているものも。これは
春があまりに暖かかった為、と云う人も)

小玉葱の好きなわたしとしては
・・・おでんやシチュウなど、まるごと使える
小玉葱はなかなか重宝な食材なのだ・・・
今年は小玉葱の数が極端に少ないは
残念であるけれど

不作の去年と比べたら、ありがたい限りですな。

大地さん、太陽さん、雨さん、そして
母ちゃん、ありがとうございます。

夜ご飯は

小鯛(真鯛)のハーブ焼き
(おととい、内臓とったところに
ローズマリーとニンニク入れて
塩保存しておいたもの。
クッキングシートに移して
オリーブオイルをたら~と垂らして
トースターで焼いた)

根菜汁(大根、人参、玉葱、じゃがいも
油揚げ、しめじ、しいたけ)

あとは菜っ葉のごまあえとか
去年のえだまめ(解凍)とか
薄塩きゅりとか。

え~、おととい、鯛に詰め物しているときから
予感はあったのだけど、鯛は、オーソドックスに
塩して焼いたものがいいですな。
(淡白な味をあじわうのが、焼き鯛の魅力)

鯛のハーブ焼は、もう当分、やりません。

夏色の鉄板焼

6月12日(日)

今日は予定通りの玉葱運び。
(きのうの一回と、午前の母の一回を
合わせて、合計七回、農作カゴに入れ
自転車で運搬。あー。おつかれさま)

いちご畠がほぼそのままに残っていたので
(来年の苗の元になる分だけはすでに別植え)
ひっこぬいて後始末をしたり、あちこち
草むしりをしたり。

ぐぉぉぉ~、梅雨前の仕事がそれなりに
できたのでよかったぞ。
(草はまだまだ果てしなく繁っているけれど)

夜は鉄板焼。

先月と比べると、自家の
茄子やズッキーニが加わって
夏色アップ。

肉体労働に励んだ日は、泡々の
冷たいものが一段とうま~い。
背伸びせず、ゆるゆると日常生活などをつづります

はえともみ

Author:はえともみ
 
万の風になって、生きる。

ちちんぷいぷい~。
(HSPの自覚あり)
「うつと仲良く! ひきこもりだっていいじゃない」と
開き直って生きてたら
元気になってきました。

→ 近年は、老母の観察メモの
(&それに伴う自身の変化など)
色合いが濃くなっております。
・・・ま、長い人生の一コマですな。

徒然な日々も、留まることはない。
すべてがいとおしい。だから書く?

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