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ごほうびのような月

5月20日(金)

ずーっと気になっていた
サンルームの高い部分を拭き掃除。

汚れ? あります、あります。
想定内です。

たぶん徹底的にやったら、ゲホっと
途中で倒れちゃうだろうから、水拭き二通りと
ガラス用洗剤を使っての拭き掃除で、手を打つ。

あとはついでに、背の届くところの窓を拭き拭き。

床は、サンルーム用にとっておいた古い掃除機で
がーがーがーと吸い掃除。

ほおっ、すっきり。



途中、米粒よりチビの、赤い虫を一匹発見。

実は数日前に、自宅のトイレと、某お店で
まったく同じ虫を見ており

その容姿(めちゃ鮮やかな赤。かたちはクモ)が衝撃で
ネットで検索し、「季節的に発生するダニ。特に悪さをする
わけではない」と知っていたので、あわてはしなかったけど
まあ、あの色にはドキっとするよなー。



穢れはフタをしているよりも

光をあてて、手を入れてあげることが大切なのだなぁと

あらためて思った。



夜、買い物に出たら、ごほうびのような
お月さんが浮かんでいた。

もうすぐ満月のよう。

チョキチョキ雑巾

5月19日(木)

暑すぎず、寒すぎず、気持ちいい。

でも「毎日がこんなだったら」とは思わない。

あの、じとっと汗のふき出る夏も
日暮れがどんどん早くなる秋も
真っ白でどこにでも出かけられない冬も
どれが失せても、物足りないんだろうな。

今の時季は気持ちいい。そして
どの時季もそれぞれわたしには愛おしい。

             *

今日はぼやぼやとした気分で、からだを動かすことが
あまり出来ず、せめてもの作業と思い
古いバスタオルをチョキチョキ切って、使い捨て雑巾にした。
(大サイズ2枚、中サイズ4枚、小サイズ16枚なり)

夜は、レトルトカレーなど。

旅行小切手

5月18日(水)

今日も気持ちのいいお天気です。

大昔のトラベラーズチェックがあったので
それを東京三菱UFJさんにもって行きました。

「取り扱いしてくれるだろうか?」、最近の旅行事情を
全く知らないので、今の世の中ではもうそんなものは
扱っていないかも…という心配もあったけれど
だいじょーぶでした。

「今日は円が安いのか高いのか」って考えると
脳内に欲が満ちるので、そーゆーことは考えないように
じっと座って待ちました。

US旅行小切手さようなら、日本円よこんにちは。

銀行のあとは、久しぶりにドーナツビルへ。

おやつを食べて、手紙を書いて

その後は最近リニューアルしたビルへ。

トイレの内装が、ビル全体の雰囲気と違い
とっても可愛くなっておりました。

街は生きている。わたしも生きている。

1.ドーパミン

最近読んだ本

●●●

『梅ケ谷ゴミ屋敷の憂鬱』牧村泉・著

あまり小説を読まぬ我であるが、タイトルに
興味をもって手にしてみた。

まあ、ゴミ屋敷というのは舞台装置で
ここに越して来た嫁の立場で、家族らのあれこれを
知っていくという、ちょっとサンペンスっぽさもある
日常物語。

次々と新しいコトがやってきて、飽きるどころか
「それで、それで、どーなんの!」と、なかなか
ページをめくる手を止められないのであった。


●●●

『「ほら、あれだよ、あれ」がなくなる本』

(茂木健一郎・羽生善治著。
両者の講演&対談をもとにした本)

子供が元気なのは、ドーパミンが出まくっているからなのね。
(年月の流れが速いと感じる人は、あまりドーパミンが出てないらしい)

たくさんドーパミンを出すには、ちょっと不安になるくらいの
「初めてのこと」をするのがいいのだと。

ドーパミンは脳を若々しくするそうですよっ。

ふーうっ。

実は、読み始めてすぐ、「お腹いっぱいだ、この手の本は」と思った。

「茂木さんが幾冊もの本で繰り返し説いているのは
そしてTwetterを拝見するに彼自身が日々実践されているのは
要するに、脳に負荷をかけよ」という話なのだな、と再確認。

そのメッセージに過去何度も触れながら
なかなか実践できないでいる自分がもどかしいせいなのだろう
「お腹いっぱい」なんて、まるで八つ当たりの感想だ。

2.安全基地

茂木本メモの続き

ちょっと気になったことを引用しておく。

大人になると、安全基地がある人とない人の違いが出ます。安全基地がない人に、いくら「挑戦しましょう」と言っても、気持ちの問題として無理なのです。扁桃体では、どうやら自分の安全基地と挑戦のレベルを考えているらしいのです。自分の安全基地に見合う挑戦だったらやってみようとか、安全基地が足りないから、ちょっとやめておこうか、と思ってしまうようなのです。
(『「ほら、あれだよ、あれ」がなくなる本』51~52頁)

こういうのを読むと、怠惰なわたしは
「怠けココロ」への言い訳をもらったように
受け取りそうになるけれど、そうはしないでおこう。

安全基地、もってます、もってます、もってます。
・・・・・・と、自己暗示。

なお、この安全基地は、人との絆が深い人ほど
しっかり作られるらしい。

そして

タイミングよく褒められるという体験が、安全基地を作るのだとも。

「褒められる→ドーパングがでる→安全基地になる→脳が成長」なのね。

人間はたった1回タイミングよく褒められただけで、頑張ろうという、安全地帯ができるものなのです。(中略)タイミングよく褒められるという体験は、1回でもするとその後もずっと効果があります。(同94~95頁)

ところで

「友達の数というのは、脳の大きさで決まります」(同52頁)
(脳の大きさからいうと、人間は150人の友達をもてる)
という話はショックだったな~。

文字どおり受け取れば、「あんたの脳は小さいよ」
と言われているようなもの。

そうなんですかっ、そうなんですかっ。

家族や友達との繋がりで、βエンドルフィンという物質が出て
それが幸福感を高めたり、免疫力を高めたりするという話も

(つい最近も、Eテレの『スーパープレゼンテーション』で
ロバート・ウォールディンガーという先生が75年間の研究から
「いい人間関係が幸せと健康の秘けつ」と仰っていたし)

わたしの耳には痛い。

3.脳と成長

・・・続きの続き・・・

しかし、この本の最後には救いがあった。

「脳を若く保つ上でいちばん大切なことの一つは、
自分の個性と向き合い、それを知ることだと思う」

「脳の資源は有限である」
「人間の脳の成長は、オープンエンドであり、終わりがない」

などなど。

よーするに、わたしにはいっぱいの欠点があるけれど
その欠点を生かす・・・欠点に沈没するのではなく、生かす・・・
ことにより、わたしなりの生きる道はある! のね。

50歳前の今も、70になっても80になっても
100になっても、脳とともに成長できるのだ。

(我の「欠点を生かす」って? 具体的にはなんだろう)

4.どんな人と入れ替わっても

・・・しつこいが、続きの続きの続き・・・

羽生善治さんが「おわりに」の章で書かれていた。

「(茂木さんの)以前に書かれていたもので今でも記憶に残っているのが、仮に自分がどんな人と入れ替わったとしてもその環境、人生を楽しむことができるだろうという表現でした」と。

なんてことでしょう。

条件で生きるのではなく、それを掃って残るもので、自分を生かす
その技術が徹底的に茂木さんには備わっているらしいのだ。

茂木さんの頭の良さ、ジャンルを選ばぬパワフルな行動力に
嫉妬する人もいるだろうけれど、(わたしもその一人。いや、違うか。
あまりにも雲の上過ぎて、同じ人間とは思えないので嫉妬もできない)

「どんな人と入れ替わったとしてもその環境、人生を楽しむ」
こんな構えをもっている人と、構えどころか想像すらしない人との間には
見える景色が違うのは、当然だ。

「足りないという経験」

長年連れ添った伴侶を失った悲しみを
ひとが語るとき、わたしはきまって
その心内を想像するより前に、自分の
欠損を意識してしまう。

ワタシは一生、そういう感情をもつことが、ない。

(そして、そういう感情をもつことがないということは
そこに至るまでのしかるべき経験も積んでいないのだ)と。

悲しみに類することだけじゃなく、たとえば
孫をもつ喜びにあふれる人の話にふれると
また同様の欠損を意識してしまう。

おそらく、こういうことは、まだまだずっと続くのだろう。
(長生きするならば、人生の大半をこういう状態で過ごすことになるのかも)

・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・

と、いう話をすると

あたかも、「もっていないものを欲しがっている
(伴侶が欲しいのです、とか、子孫が欲しいのです、など)」
ように感じ取ってくれるひとびとがいるのだけれど

少なくとも、わたし自身にそういう自覚は、ない。

あるのは、足りない、という、認識。

そして、それに伴う、痛みのようなもの。

強がっているのではない。

痛みは痛みでとどまって、不足分を補いたいという
欲望には発展しないのだ。

(世の中には、配偶者と子孫をもってやっと一人前と考える人はおり
とくに田舎にはそういうことをあからさまに発する人もおり
自意識過剰なわたしは、ずいぶん痛みをこじらせました)

これは何度かこのブログにも書いてきたことだけれど

わたしは、なにももっていないのではなく
「足りないという経験」をもっているという、わたし自身の物語を
見つけられたことは、本当に恵まれていると思っている。

過去懺悔

まるで自分がOK-っぽい人生をおくっている
ような語りをしてしまって、とっても恥ずかしい。

おまけに「過去に努力して、その成果をしっかり判断し
受け入れ・・・」の過程があったように捉えられかねず
それは誤解ですよー、と叫びたい。

わたしは、盲目だったのだ。

ものごころついたころから
「そこ」以外の道がみじんも視界になかったから
「そこ」で生きるしかないのだと信じ込み
学生生活も社会人生活も、「そこ」から落っこちないように
しがみついていただけだ。

それは努力なんていうものではない。

「なじんでいるふりをする」「存在感のあるふりをする」
そういう意地汚い行為に(なーんも考えず)心血注いでいただけ。

そして、今の自分にたどりついたのは
「そこ」は自分にとってまったく心地いいものではない
と、いやというほど思い知らされた結果にすぎない。


(S子さんへのミニ手紙を書いて、のち、心もぞもぞしたので
まあ、自分のなかで整理しておきたかったのですな。懺悔)

ピンク色の雲の日

5月17日(火)

きのうは、一人になったとたん
久しく忘れていたタイプの疲労感が
どどーんっと、やってくる。

半日近くも自宅に他人がいるというのは
ずいぶんとごぶさたしていたからね。

でもそれは嫌悪ともなう疲労ではなく
単純な性質の疲れ。

(こういうのは、多少、人生に必要なのだろう。
「会話を継ごう」とか、「他者のいる空間を気にかける」とか
そういう緊張感が我の日常生活にはかなり欠損している)

            ▲

今年初の真夏日になったきのうであるが
本日は「爽やかな五月」そのもの。

夕方になり、外出。

きのう急きょキャンセルした歯医者へ
次回の予約をとりに行ったり

ホームセンターをうろうろしたり
(枕を買いました。丸洗いできる、綿の枕)

「お好み焼き&やきそばセット」を買ったりし

帰宅の路には、ピンク色の雲が浮かんでいて
「あしたもいい天気になるなー」と、ひとりごと。

プチリフォーム

5月16日(月)

わたしにとっては早起きをして金沢へ。

いよいよ、台所のプチリフォームでごじゃる。

水栓の取替え&水栓まわりのキッチンパネル貼り
なので、すぐに終わるかと思いきや・・・

Wさんほか、職人さんまでお見えになって
(13時過ぎの約束が、ずいぶんずいぶんずいぶん
遅れて開始したのもあるけれど、終わったのが18時半前)

その場で採寸、延長コードを部屋から垂らして
外でパネル切りをするなど、かなり大掛かりな作業であった。

いくつかの諸条件が重なって、水栓まわりだけでなく
調理台含めたシンクまわり全体の腰壁一面にパネルを貼ってもらうこと
になり、しかも破格のお値段(あまりにびっくりでここには書けません)。

水栓も、新品のピカピカで、ついでに浄水器の取り付けまで
Wさんに甘えてしまい、もう、感謝感謝の日なのである。

おまけに、待ち時間、建もの修繕や設備に関する相談をWさんに
(リフォームの営業になる前は、一通りの経験を積まれているそうだ)
して、いくつかの知識を授けてもらい、ありがたや。

長らく、家人以外に煎れたことのない珈琲を
おいしいと褒めてくれ、お替りしてくれたことも嬉しかった。

さてさて、ところで、浄水器のついたマンションの水道、最初に使ったのは
日清のカップ麺「とんがらし麺」に注ぐお湯を沸かすためでありました。

人といられない弱さ

さみしい、ということを、ともかく
さみしさを忘れさせる方向のもの
(手っ取り早くは人との交わり)で
紛らわせようとか

いい暮らし、ということを、とりあえず
お金を稼ぐことで叶えてみようとか

将来の不安、ということを、約束手形のように
家族をもつことで拭いさろうとか

試みるのは、決しておろかなことではないだろう。

(むしろ、重要なことなのだろう)。

多くの先人たちがそうやって生きてきたのだし
今もなお、その生き方は受け継がれている。

ただ、わたしは、そういう道を邁進できるヒトと
友だち(心の友)になりたいとは思えない。

そんなことを、「いばや通信」を読み、思う夜。

今日の坂爪さんは  http://ibaya.hatenablog.com/
ひとりで生きる強さの裏側には、誰かといられない弱さがある。
(中略)そうでもしなければ生きていけない自分の弱さだ。

という話などをされていた。

人といられない弱さ。

それはわたしにも存分にある。

わたしにとって、その弱さは突き放したり
ごまかしたりする質のものではなく
ときに厄介でも、生涯大切にすべきものなのだろう。

言葉という救い

インターネットの世界に触れられる現代は
なんて幸せなのだろうと、これまで
いくど思ったことだろう。

たとえば「いばや通信」を知ったのは
インターネットのおかげだし
そこで語られる言葉に、わたしは
どれだけ勇気をもらってきたことだろう。

言い換えるならば、私を支えてくれたものは「自分のこころ」になる。自分のこころを言葉にする。自分の言葉に自分のこころは励まされて、自分のこころは、再び「自分の言葉」を生み出していく。この、繰り返しの営みが自分の内側に無限の熱量を生み、自分自身を回転させるほど、空間に『不思議な磁場』が発生する。この磁場が何なのか、私はまだ何も知らない。私はまだ何も知らないけれど、ただ、この『不思議な磁場』の力によって自分は生かされているように感じている。(2016年5月13日付「いばや通信」 http://ibaya.hatenablog.com/

わたしの近年を支えてくれているのは
(順不同)先祖、親、毎日のごはん、おやつ、お酒
庭(ごくごくたまに畠)仕事、季節の移り変わり
行き着くところは同じことが語られているように思う精神哲学
そして坂爪さんのようなネットの向こうにいるけれど
そっと勇気を与えてくれる人の存在。


もちろん、言葉は危ない武器でもある。

  *       *       *
その反面、人間だけが「言葉」を「言刃(ことば)」にして、
ノイローゼになったり、自殺までします。
それは「言葉」であれこれ考え過ぎることが原因です。

それでは「文明社会」に楽しんで生きる秘訣は
どこにあるのでしょうか。

それは、言葉でいろいろ考えることを少なくし、
「からだ」がわかっている生き方を知ることにあります。
それには、毎日の生活や仕事に黙々と眞心を注いでいることです。
(『御誕生寺』第63号、板橋興宗老師)
  *       *       *

わたしに必要なのは、「からだがわかっている生き方」に
もっと近づくことなのだろう。

同時に、危なくはあるけれど、まだまだ「言葉」というものを
わたしは求めているのだ。

16春ひと段落

5月15日(日)

だらだらとやっていた作業、きのうの夕ほどから
ぐぐっと本気度をアップして、今日は早めに開始
休憩なしに黙々と働いて、まあ、細かい所は除き
庭の春仕立て完成。

三年前からお世話になっている防草シート
・・・ときに草むしりは楽しい時間でもあるのだが
盆栽台の下の土はガチガチ固く、本来は草が生えにくいだろうに
毎日の水遣りのために、このガチガチからも草が生え
その処理がけっこうしんどい・・・・、去年、今年と
面積を増やし、これじゃあ「シートを継いで使う」よりも
でっかい一面シートを使ったほうが色々勝手がよい
と気づいたものの、ま、今年はこの継ぎ接ぎ状でいきましょ。

盆栽台は、結局、今年もありあわせの木材でしのぐことに。
moblog_3f8de177.jpg
(こういう台を十列、&台のないところはコンクリなどに鉢をじか置き)

父ちゃんの手作り盆栽台は、もはや残り一台となってしまった。

しかも、その残り一台ですら、腐敗がすすみ、がたがたなので
その上にさらに板を載せたり、板切れをはめて「かま」したり。

(あまりにボロボロ度の進んだ盆栽台は、しかる場所に放置して
そのまま自然に還ってもらうことにした)。

ふーーー。

そして、五葉松の盆栽をふたつ、里子に出した。

(T子さんなら、大切にして下さるだろう)


夜は、フライパンで作って、そのまま食卓に出す
豚キムチ鍋という、忙しいときのお助け鍋で乾杯。

ぴかぴかいわし

5月14日(土)

今日のスーパーは混んでおり
おまけに大きなダンボールがなく
「中ダンボールの二段重ね」をして
自転車で帰ってきました。
ひい、ひいっ。

カステラと冷めた珈琲で元気チャージして
すぐに外仕事に。

手もとの見えなくなる7時半頃まで
春支度、まいしん、まいしん。


☆今夜のご飯☆

■ かたくちいわしの刺身
(今日もぴかぴかいわし。「かたくちいわし」と「まいわし」迷ったけど
カラダの大きいかたくちを選んだ。百グラム58円。二尾で200円弱。
そういえば、いわしの刺身を作るのは初めてかも。皮は簡単に剥げたけど
小骨の処理がめんどくさーい。ので、横着した切り方で小骨を除ける。
おかけで「刺身」にしては、いかが?なサイズになったので
酢味噌をかけて混ぜ混ぜ。美味な一品となる)

■ 五色和え
(もやし・人参・舞茸・きゅうり・トマトを、市販の胡麻ドレッシングと
黒すり胡麻と米酢で和える)

■ ポタージュ
(じゃがいも・長葱・キャベツ。わたしが外仕事しているあいだに
下煮を母に頼んでおいたのだけど・・・、ごく少量の水と一緒に
超低温で、じっくり煮込んだからなのか、牛乳でのばして
ミキサーにかけても、いつも以上に、ねっとり、とろ~り。
でんぷんの化学変化のなせる技なのかしらね。
まるでおかゆのような濃厚さ。翌日、冷蔵庫で寝かしたそれを
冷たいまま食べたら「マッシュポテトではあるまいか」に変身してた)

■ 市販のメンチカツ
(2つ買ったけど、1つを半分こした)

■ いわしの卵の醤油煮
(さすがの我も「いわしの内臓までは・・・。捨てよ」と思っていたのだが
お腹を開くと、たいそうご立派な卵が詰まっており、もったいなくなって
アラごと煮た。ちなみに煮たあとの骨は、毎度の骨せんべいに)

背伸びせず、ゆるゆると日常生活などをつづります

はえともみ

Author:はえともみ
 
万の風になって、生きる。

ちちんぷいぷい~。
(HSPの自覚あり)
「うつと仲良く! ひきこもりだっていいじゃない」と
開き直って生きてたら
元気になってきました。

→ 近年は、老母の観察メモの
(&それに伴う自身の変化など)
色合いが濃くなっております。
・・・ま、長い人生の一コマですな。

徒然な日々も、留まることはない。
すべてがいとおしい。だから書く?

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