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春中盤

4月21日(木)

雨ですなぁ。

予報どおりの雨。

家のこと、ちょこちょこする。

夕方、久しぶりに母の背中も流して
ああ、少しはマシな日常が戻ってきた
という感覚。

夜は筍ご飯(母の作)、うど(今年初である)
スペアリブなど。

ハムハムよもぎ

4月20日(水)

むうっ、と、波動の低い日。

「あさっての昼は歯医者。あすは雨。
図書館の予約本の取り置きが今日まで」
つまりは本日金沢に戻るべし!なのに

むうっ、むうっ、むうぅぅっと、カラダ動かず。

夕方、やっとこさ、台所に立つものの

マカロニサラダに入れるハムを切った、その流れで
なぜか手が勝手に動いて、ハムを、味噌汁の残り鍋に投入
(その直前に、はんぺんを切って鍋に入れる動作をしてたから?)
してしまう。

アクシデントのついでに、よもぎの葉をざくざく
刻んで、味噌汁に投入。

豆腐ともずくの味噌汁に、ハム(救出したが一部、鍋に居残った)と
よもぎが加わって、それなりにおいしく頂けたのは意外であった。

神様、今日も生かしてくれてありがとう。

内臓あってこそ(特に酒呑みには)!

4月19日(火)

夜は、お刺身祭り。

まあ、買い物に出かけた時間が遅かったので
ちょうど半額シールを貼る場面に出くわした
結果なのだけど。

・ブリ・・・「石川産」「氷見漁港」という
ややこしいパッケージの天然ブリ
・地元の魚の刺身セット
・ホタルイカ  の3パック、チョイス。

今年はあまりホタルイカを食べていない。
(今日で3回目か)
欲するモードが低いのだ。

しかし、旬のものだし、おまけに半額だし、と
買ってみたのだが、感想は「やっぱ、ホタルイカは
釜揚げが一番おいしい」であった。

お刺身だと、内臓が食べられず、楽しみ激減。
(ホタルイカの魅力の99%は内臓だと思う)。

今日は、母に大根おろしを大量に作ってもらう横で
味噌汁(豆腐・洗いもずく・卵)と
きゅうりと玉ねぎの和え物(納豆たれ&甘味噌)を
ちょちょいとこしらえた、お刺身メインの晩餐だった。

癒されるポジティブ、心躍らぬポジティティブ

4月19日(火)その2

昨夜中、録画してあった『重版出来!』一話目を観た。

黒木華ちゃん、どーも、わたしのなかには
「昭和以前の女性」を演じる人、というイメージが
ぴしゃりと固まっていて
「華ちゃん、平成の女の子、できるの?」と
勝手に心配していたのだけれど
いやー、良かった。なーんも違和感ない。

たしかこれ、漫画を原作としたドラマなのだけど
観ているうちに物語のなかに入りこんで楽しめる。

で、その物語はなんなのか?といえば、主人公(華ちゃん)の
明るく、元気で、前向きな、気持ちのいい姿なのである。

ストーリー的にはぜんぜんちがうけど、韓国ドラマを観ている
ときのような「徹底的な安心感」があるんだよな。
(たぶん、この感想には、共感されることがあまりないと思うけど)

実生活で、こんな主人公が身近にいたら、わたしは戸惑うだろうし
小説やドラマなどの“物語”の世界でも、普段はこういう眩しいばかりの
人間には惹かれないのだけど

これは華ちゃんのキュートさと相まって、主人公の前向きさが
わたしにもほどよい魅力になって伝わる。

(今、この日記を書くために、ドラマの曜日を確認しようと
ドラマタイトルをネット検索したら、某ニュースサイトの見出しに
「ヒロインのポジティブっぷりに癒される人続出」とあった。
そうそう、ポジティブっぷりに癒される! うまいこというな)

ふふふ、今期のドラマも楽しみだ。

しかししかし、本日、同ドラマの二話目を観たら
キレイにまとまりすぎているというか、うーん
想定内にちまっと収まる話の展開で、主人公の魅力が
いまひとつ輝き足りなかった……ような気がする。

先に「徹底的な安心感」と書いたので、矛盾するような
言い分になるかもしれないが、徹底的な安心感のうちにも
ワクワクする感覚が欲しいのだよ。

ワクワクしないポジティブには、たぶん癒されない。

ポテトサラダの宴

4月18日(月)

今夜のメインは、ポテトサラダ。

去年のじゃがいもは芽がでて
ふにゃふにゃになり始めているので
せっせと食べていかなければ。

あとは、母がニラを畠からとってきたので

じゃがいもと人参のゆで汁を温め
小三角に切った冷凍はんぺんと
刻んだニラを加え、煮立ったところに
新しく手をつけたお味噌を投入して

(ここに溶き卵を加えたいところだけれど
ポテサラに卵が入っているから、それは止め)

根菜のうまみのほんわかシミたお汁。

そして、イカ焼き、いつもの春野菜をゆでたの
などなど。

おうちのポテサラは久しぶり。

美味美味、満足でした。

サバカレー

4月17日(日)

風の強い日。

みっしみっしと家が揺れているんじゃないか? と
思われるほど、木造の二階建てが仰天するほどの暴風で
とても寝てはおられず、いつもより早めの起床。

外に出ると、砂埃が舞い上がっており
目が痛々で、すぐに家のなかに戻る。

鉢ものが倒れたり転がったりは、風の強い日に
まあ、ときどきあるのだけど、普段はうんとも
すんとも言わない大きさの盆栽まで
ドミノ倒しのようになっていて、ちょっとこりゃ
春の嵐にしても、すごいレベルじゃ。

今日は神様の下さった休養日ということで
(ただの怠け日とは微妙に心もちが違うのじゃ)
いつもに増してのーんびり。

風が少し弱まったかなと、夕方、少し外に出てみたが
それでもまだけっこうな風で、外仕事はすぐに退散。

夜は、サバカレー。

きのう買ってきたサバ、数日前に食べた
「甘酢漬けのサバ&もずく&めかぶ」が美味で
また作ろうと思っていたのだけれど
ゆうべは面倒になって、捌かずに冷蔵庫で一晩
経ってしまった。

さすがに生で食べるのは危険かな
と思い、いざ、カレーに。

2尾をおろし、適当に身を切って、フライパンで
両面こんがり。

あとは、市販のルーを使った、肉なしカレー
(生姜たっぷり。赤味噌も隠し味に)の鍋の上に
のせて、しばし、ぐつぐつ。

おいしかったけど、カレー粉があれば
(サバにまぶして焼いて)もっと個性のある
味になったかな、と、ちょっとだけ残念賞。

ナイスなおじさん

ひとつ下にもらったコメントを読んで
思ったことを少し書きます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

先妻の亡くなったあと、早々に
「寂しいから夜一緒に寝てくれる人が欲しい」
と、新しいお嫁さん探しをした蛭子さんエピソードに
最初はびっくりしたけれど

そこまで自分の気持ちにまっすぐに行動できるのは
すごいなーと、今は思います。

ましてや、新しい奥さんを大切にし
奥さんの子供を養育して、今では
血のつながらない孫までを可愛いと思っている
(しかも、血のつながっている孫よりも
可愛いと思われているふしがあり、さすが蛭子さん!)
蛭子さんはすばらしい人生を作ってこられたのだなぁ。

ずいぶん前になりますが、田辺聖子さんの半生を描いた
『芋たこなんきん』というドラマがあり、そこで
田辺さんの結婚のお相手は、亡くなった文学仲間の夫で
あることを知り、田辺さんにも、そしてそのお相手にも
心が広いなぁ、と、ただただ、わたしにはむずかしいだろう
心の柔軟さをもつお二人を仰ぎ見る気持ちになりました。

「一人を愛する人間ではない」というコメントを見て
生涯を通して一人の人を愛することを尊び、それ以外の
生き方に違和感を抱く人もいるのだろうなぁ、と、推測。

もちろん、人の価値観はそれぞれですが

わたしは、先妻を愛し、ましてや、二度目の結婚も
大切にしている蛭子さんはナイスなおじさんだと思います。



正直な、常識人

しばらく前に読み終えた本

●●●

蛭子能収さんの『ひとりぼっちを笑うな』

「前にも読んだことあったっけ?」と
全般的にデジャブ感のある内容であった。

以前、蛭子さんの別本を読んだ時、「蛭子さんの魅力は
テレビ画面に映る、あのおとぼけた感じとか笑い顔など
蛭子オーラ全体を味わってこそ、倍増するようだ」という
意味の感想を書いた記憶があるけれど

どーも、活字になった蛭子さんが(わたしにとって)
おもしろくなくなってしまうのは、すごくまとまっているからなのだと
今回の本で気づいた。

おそらく、蛭子さんのお喋りをもとに、ゴーストライターさんが
書いているのだと思うけれど、話の展開にすごく「補い」があって
分かりやすく、文章としてきれいにまとまっている分
生きた蛭子エキスが感じられないのであった。
(保険をかけた文章が、蛭子リズムを消しているというか・・・)

ところで、ひとりぼっちを愛する蛭子さんでも、こう仰る。
「自分の世界に閉じこもってしまって、それはもう一種の病気のようになっている
とか・・・・・・それはちょっと社会に生きる大人としてまずいじゃないですか」(56頁)

うーん。うーん。うーん。

蛭子さんって、正直な、常識人なのだよね。

「ダークを隠して常識人としてふるまっている」大人ではなく
「内と外のギャップ少なく、最低限の常識を生きる」大人。

あと、わたしの見るところ、蛭子さんは決して
ひとりぼっちなのではなく、単に「群れる」のが嫌いなだけ
なのだろう。

「気分が良くて何が悪い?」

●●●

村上春樹さんの『職業としての小説家』

この本にめぐり合えたわたしは幸せだ、と思った。

文章というものはいくらでも装飾が可能だし
引き算しまくって意図たるものを覆い隠すことも
できるけれど、いかなる人の文章にも
その人の魂のようなものは滲み出てしまうものだと
わたしは考える。

小説家人生の秘法本という類になるのかな。
(と、さらっと書いたが、そんな類あるんか?)

去年読んだ、横尾忠則さんの芸術家半生を
つづった『言葉を離れる』に並ぶ、この本が
世に出てくれたことに感謝したくなる本だ。

こういうお人がいらっしゃると知ることで
自身がこの世に居ることが救われるという感覚。

しかし、なにを隠そう、わたしは
彼の小説をほとんど読んだことがないのだ。

(近年はノンフィクションを読んでみて面白かった記憶があるけれど)

これを機に、村上小説を読んでみようかなぁ。

ところで、わたしも

「気分が良くて何が悪い?」と、にかっと笑って言えるような
人生をつくりたい。

(「気分が良くて何が悪い?」は、『風の歌を聴け』に登場する
架空の作家の小説のタイトルだそうだけど、わたし、これが
妙に気に入ってしまった)

フィジカルな力とスピリチュアル

おまけ引用

そしてその強固な意志を長期間にわたって持続させていこうとすれば、どうしても生き方そものののクォリティーが問題になってきます。まず十全に生きること。そして「十全に生きる」というのは、すなわち魂を収める「枠組み」である肉体をある程度確立させ、それを一歩ずつ着実に前に進めていくことだ、というのが僕の基本的な考え方です。生きるというのは(多くの場合)うんざりしてしまうような、だらだらとした長期戦です。肉体をたゆまず前に進める努力をすることなく、意志だけを、あるいは魂だけを前向きに強固に保つことは、僕に言わせれば、現実的にほとんど不可能です。人生というのはそんなに甘くはありません。傾向がどちらかひとつに偏れば、人は遅かれ早かれいつか必ず、逆の側からの報復(あるいは揺れ戻し)を受けることになります。一方に傾いた秤は、必然的にもとに戻ろうとします。フィジカルな力とスピリチュアルな力は、いわば二つの車の両輪なのです。それらが互いにバランスを取って機能しているとき、最も正しい方向性と、最も有効な力がそこに生じることになります。

(村上春樹 『職業としての小説家』184~185頁)

正統派

●●●

『自分を見つめるもうひとりの自分』 柳田邦男・著

かつて、柳田さんのお名前を知るようになったころ
「えっ、民俗学者の柳田國男って、まだ生きていたの!」と
驚いたわたくしです。

ずりっ。

本題をはじめます。

これは
図書館の新着リストから選んだ本なのだけど
いざ、借りて、ちゃぶ台の上に置いておいても
なーんかピンとこなくて
「このまま返却しちゃおうかな」とも思ったが
百ページにも満たないサイズだったので
えいえいと読んでみた。

(たぶん、好ましくない読者の態度である。
この本は、えいえいじゃなく、じんわり読むのが宜しい)

内容は、愛する人との死別など、つらい気持ちを抱え
人生につまずきそうになっている人たちへの
処方箋のようなものであった。

しかし、ひとつひとつが真っ当過ぎて
わたしの好みではなかったな。

あまりにも正統派というか、教科書っぽいというか。

まあ、そんな感想をもつのは、わたしが
他者の「心の傷」に共感する力の弱いタチだからかも。

書かれていることは、たぶん、意味深い。

(以下、つづく)

愛って

(つづき)

この本を読みながらあらためて思ったのは
わたしは人を愛するということをほとんど(もしかしたら
まったく)知らないのだなぁということ。
異性をちゃんと愛したこともないし(惚れた程度はある)
家族という巣をこしらえて愛情を育んだこともなければ
ともすれば親に対する愛情すらもあやしい。

愛することを知らないということは
それに付随する諸々も未経験だということ。

わたしは、多くの人が人生で学ぶことの十分の一も
学ばないまま人生を終わるのかもしれない。

(悲観しているのではない、念のため)

人から見れば薄っぺらいと映るかもしれない人生も
わたしにとってはかけがえのない人生なのだから。


☆☆ 補足 ☆☆

わたしには、顔の見える、個々への愛よりも
地球全体への愛のほうが感覚として親しみやすそうだし
・・・イメージとして、心のなかに「平和をもつ」、これが
わたしにとっての地球全体への愛なのだ・・・
もっといえば、空とか風とか木々とか草のほうが愛を
発露しやすい(かも)。これはエゴと関係あるのかなー。
人間相手だと、エゴのやりとりから逃げることができず
でも地球や自然が相手ではエゴの下地をもつことなしに
愛に専念できるというか・・・。
(どんだけ人間苦手やねん、わたし!)
もちろん地球や自然は、ときに、人の想像もつかないことをする。
だけど、例えば人間相手だとムッとすることでも、地球や自然が相手なら
ムッとは違う心の働きが出てきそうというか・・・。

人さまの語る愛について、わたしは何も知らないのかも。
ただ、今のところ、わたしにとっての愛の実践は、おのれのなかに
どれだけ「澄んだもの」を宿せるかどうかなのだと思う。


九州さま

さすがの鈍なわたしでも、今回の地震で
気持ちが平坦モードにいるわけではない。

木曜の地震で、Kさん大丈夫かな?
と、まっさきに思ったし

続く金曜夜の地震で、南阿蘇が大変なことに
なっていると知り、心配が膨らんだ。

最初の地震のときは、(今、安否も尋ねても
迷惑だろうから)、少し落ち着いた頃に
ハガキでも出してみよう・・・、きっと大丈夫なはず
と、のんきに考えていたのだけれど

被害を受けた土地や家屋のテレビニュースを見ていると
とても郵便物なんて届く状況ではないかもしれない
・・・どうしたら、いいんだろ、と途方に暮れてしまった。

そんなことを考えていると、ずっと連絡をとっていない
古い友人も(引っ越していないのなら)熊本にいるのだろうし
博多のTちゃんのご実家は大分だし、そういえば
あの人、そうだ、あの人も・・・、と、九州に住む、あるいは
九州にご実家をもつ、かつての知り合いたちが浮かぶのだった。

「阿蘇に知り合いがいるんだけどなぁ」と呟いたら
母に即効「電話してみたら」と言われたけれど・・・。

たしかに、電話をする、連絡をする、という行為は
「あなたのことを心配してますよ」という素直なアピールであり
互いにとって好ましい行為なのかもしれないけれど

わたしが自意識過剰なのだろう、日頃頻繁に連絡を
とりあっている相手でもないのに、こういう大災害があったときに
てきぱきと連絡をするというのは、自分の感情を解消する行為
つまりは「良心の押し付け」、つまりは自己満足のような気がして
気軽に連絡がとれないのである。

ましてや、相手の今おかれている状況が分からないのだから
・・・手一杯にやることがあり、負担になるかもしれないし・・・。

(でもなあ、わたし自身、かつてこういうときに
安否を気遣うメールをもらい、嬉しかった経験はあるからなぁ)

ともあれ、地震の一報のときに想像した状況よりも
さらに大変な事態になっていることはたしかで

今日は草むしりをしながら、「もしなにかをするにしても
顔の見えない誰かのためよりは、まずはKさんの状況を確認して」
などなどと考えごとを。

現実的に、今すぐにわたしができることはないのだから
もう少し時間をおいて、Kさんに連絡をしてみよう。

・・・・以上、土曜日の話。

その後も、震度5レベルの地震が続いており
かの地はますます大変になっているようである。

小さな声(義憤)

こんなことをいうのは不謹慎かもしれないが
地震は地のエネルギーとして仕方のない現象なのだろうと
素人のわたしには思える。

一方で、人的な問題が今回の震災で
すでにいくつも登っているのに、そういうのは
たいがいインターネットのなかに収まり
新聞やテレビでたいした扱いにならないのが
まことA政権のなせる業としかいえず

…例えば、川内原発を止めないとか
(この分では「異常がない限り、安全だ」という
ロジックが通用してしまうのだろう)
オスプレイの政治利用など、ほーんま
どうかしているぜ! と目に余ること多…

…すでに多くの人がネット上で指摘していることの
代表例のような話だけど、わたしも不思議でならんのだ。
だから、小さな声を、ここで挙げておく…

「自分の身に火の粉が掛からなければ
あまり心を痛めない、鈍なタイプ」の我ですら
義憤を感じる。

窓辺さん

4月16日(土)

13時まわっての起床。

早めに買い物に出かけようと思っていたのに
録画してあった「窓辺太郎」さんの登場するドラマを
母につられて見ていたら、出かけるのが遅くなってしまった。
(こういう2時間ドラマを観たのって何年ぶりだろ?)

帰宅後、アイス休憩のち、一時間ほど草むしり。

(他の庭仕事をしなくちゃいけないのに
とりかかるのが億劫で、草むしりに逃げている!)

夜は、カニコロッケ、いただいたお赤飯
あとは一昨日のトンすきに手を加えたお汁や
毎晩登場する、菜っぱや胡麻豆腐やキムチなど。
背伸びせず、ゆるゆると日常生活などをつづります

はえともみ

Author:はえともみ
 
万の風になって、生きる。

ちちんぷいぷい~。
(HSPの自覚あり)
「うつと仲良く! ひきこもりだっていいじゃない」と
開き直って生きてたら
元気になってきました。

→ 近年は、老母の観察メモの
(&それに伴う自身の変化など)
色合いが濃くなっております。
・・・ま、長い人生の一コマですな。

徒然な日々も、留まることはない。
すべてがいとおしい。だから書く?

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