ともみ@ピクニック

モラル・テロ

夜のラジオで、モラル・テロの話をしていた。

たとえば芸能人の道徳的とはいえない行動を
いつの間にか一般人が断罪する時代になってしまった、と。

そうだなぁ、ネット上でも、「自分の正義」を疑わず
他人の土俵にずかずかと上がりこみ、モラルテロをしている
人があとをたたないもんなぁ。

(こういう人の絶対数は少ないのかもしれないが
あまりにも暴力的に大声を出すので、目立つのだ)


番組中の街頭インタビューでは

「昔、芸能人があんなことをやっても、こんなことをやっても
驚きはしても、それをわたしたちが怒ることはなかった。
むしろ自分たちの出来ないはちゃめちゃをやってくれることで
芸能人のなかに自由を見ることができた」

「かつての芸能人は遠い存在だったけど、今はけっこう
身近な存在に感じられるので、芸能人を特別な存在じゃなく
自分たちと同じワクのなかでとらえるようになってしまった。
だから、ちょっとでも道徳からはずれたことを見つけると
芸能人でも許せないんじゃないかな」

という趣旨のものがあった。


社会学者のパオロ・マッツァリーノ氏は

「自分が感動・共感することには
異常なくらい持ち上げるけど

自分の基準から外れることはすべて“悪”であり
いくら叩いてもいいし、仲間はずれにしてもいい」

という今の風潮をとらえ、「共感モンスター」と呼んでいた。

そして、共感モンスターの特徴を

「身体の免疫がありあまって、本来、異物でないものまでを
異物ととらえてしまう花粉症のようなものである。

日本人の道徳心が異常なくらい強くなってしまった結果
自分が共感・感動できない異物に対して、過剰に反応してしまう」

と説明していた。

なるへそな。


ところで、番組のなかで、小田嶋隆さんは
「今の日本人は自分の言いたいことを我慢してしまった結果
昔の隣組のようになっている」とコメントしていた。

ついでに小田嶋さんは、「ベッキーちゃんのことも
我々は石を投げる権利なんてないのに
『奥さんのことを考えろ』と道徳の石を投げる」
とも言っていたな。


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連鎖の歯車

ひとつ上の続きです・・・


話は変わって、わたしの感想なのだけど
共感モンスターが生まれたり、モラル・テロが起こるのは
「認められたい。自分を認めて欲しい」という
承認欲求のゆがみなのかもなぁ。

日常の生活で、おのれの存在の希薄さを
(もしかしたら意識にものぼらない深さの所で)
痛みとしてもっており

それが、ゆるりゆるりと発酵して、自覚なきモンスターと化す。

つまりは、正義感や道徳観は手段に過ぎず
手段を身に着けることで、自分を武装するのだな。

(前に聞いたことがあるのだけれど、ネット右翼の人が
「うん、うん、そうだよね」と熱心に非右翼に話を聞いてもらったら
それだけで、ころっと、右翼の衣を脱いでしまったのだと。
その人は自分を承認してもらいたくて、誰かとつながりたくて
右翼という武装をしていたのだろう。
そして武装の渦中は、それが自分の思想であると信じこみ
手段としていることに気づいていない仕組みがあるように
わたしには想像される)

しっかりと自分の人生を歩いている人は
基本的に他者のことをあれこれ批判しないのだろうと思う。
(余談。注:わたしはまだ批判しまくりですが)

但し、社会的な不正とか、政治家の行いなどには目をつぶらず
全体のための意見を、利己を捨て、節度をもって語るのは
市民としての仕事なのであろうなぁ。

(これは超絶ムズカシイことだけどね。
「全体のために利己を捨てる」なんて、めったなことじゃ出来ないぞ。
なので、「利己を捨て」の前に、「できるかぎり」をくわえよう)

成熟した市民となるのは容易でないが、ひとまず
「おれが苦しいのだから、お前も苦しみを味わえ」
「あたしが我慢しているのだから、あんたも我慢せよ」的な
発想にならないことが、大切だね。
(つまり隣組のような思考回路をもたないこと)

エラソーに書いているけれど、わたしは隣組的な回路が
ゼロなわけではありませんので、あしからず。

ふうっ。

芸能人の色恋沙汰に、第三者が道徳のジャッジを下したり
(・・・・モラル・テロですな)

お仲間には超甘でエゴ愛を注ぎまくるけど
お仲間でないと判定したとたんに毒を吐くとか
(・・・共感モンスターね)

生活保護者を叩いたり、ヘイトスピーチに酔いしれたり
えとせとらえとせとら

こういうのは、ふだんの生活に満たされず
おのれにYESといえる場面に飢えている人が陥りやすい
現象のような気がするぞ、と、もう一度、書いておく。

「暴力は連鎖する」というけれど、「不幸」な一部の人は
自分で処理できない不幸感を、どこか(だれか)にぶつけたくなり
無意識で、不幸の連鎖の歯車に志願しているのかも。

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こけし風

美容院ではいつも軽く段を入れてもらうのだけど
それを言いそびれてしまう&美容師さんからも問わなくて
ただ「すそ」と「前髪」のカットだけになってしまった。

カット中、雑誌のクロワッサンを読みふけっており
はさみの入れ具合に全然気がつかず、カットが終わり
「これでいかがでしょう?」と鏡をもたされたとき
「なんか早いな」と思ったのだけど、そのままOKして
ドライヤーをぶぉぉぉ~と当てられ、初めて
段を入れてもらっていないことに気づき・・・

しかも、わたしが雑誌から目を外したことで
ドライヤーを手にした美容師さんのおしゃべりが
始まって(これは接客のひとつですね)
わたしは「あゝゝ、この髪型・・・(どうしよ)!」と思いつつも
雑誌の続きを読みたいなぁとの気持ちを抱きつつも
それなりに失礼のないように
美容師さんとの会話に興じるふりをしてしまった。

「自己責任」って、色んな場面で使われるけど
これも自己責任だよなぁ。

最初に、希望を細かに伝えなかったこと。
(わたしが伝わっていると思い込んでしまった)

そして、伝えそびれたことに気がついたあとも
それを言い出せなかったこと。

おのれの責任じゃ。

気づいた段階で、「今さらで申し訳ないけれど・・・
これこれ、しかじか・・・」と、カットの続きをお願いすれば
よかったのに、それが出来なかった。

わたしって、昔から、この癖がある。

これまでの傾向として、相手に責任があったり
あるいは自分に権利があるのだけれど、それが
相手の負担になることだと、黙って、自分の損を採っちゃう。

根底には「嫌な人と思われたくない」という、みみっちい欲。

「今さら信じてもらえないだろうから、不信がられるくらいなら
自分が口をつぐんで損をしよう」と事なかれ主義に走ったり。

まあ、「相手に負担感をもたせることで自分がプレッシャーを負うよりは
飲み込んだほうがラク」という、卑怯な発想なのだろう。

・・・・・・そんなわけで、自己責任という名のもとに
わたしは今、「?」な髪型(こけし風)になってしまったが
これはこれでイメージチェンジということにしておこう。

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50歳までに50回

1月28日(木)

むお~、夕べはよく寝た。

0時頃にお蒲団に入って、1時頃には入睡。
(こんな早く寝たのはいつぶりか記憶がない)

トイレ起床のほか、ときどき目を覚ましたけれど
それでもお昼まで、ほぼ眠っていた。

こういう眠りが欲しかったんだよ、に
極めて近い満たされ感。

眠りの深さが一番大切なのではあろうが
わたしにとっては時間も満足感に大きく寄与するので
ああ、これだけ眠れて、嬉しい。

(前日、モウレツ眠い一日を、頑張って起きていた甲斐があった)


街に出て、美容院と、献血と、市場でみかんの買い物をし
ちょっとした社会リハビリを行う。

はふ~っ。

ところで、今日の献血は40回目であった。
(ずっと昔の献血はカウントされていないかも。今のカード上の数字)

これまで「目指せ、献血100回」と、漠然と思っていたけれど
(年齢制限までに健康を保ち、100回献血できるかな?)

それと並行して、もうちょっと身近な目標ができたぞ。

「50歳までに、献血50回」である。




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意思のお宿(2)

ところで

先日の、テレビ『サワコの朝』、脳科学者・中野信子さんの話
http://www.mbs.jp/sawako/backno.shtml
おもしろかったな~。

男性が複数の女性を追いかけるのは「子孫を残すため」の
本能であるというのは、よく知られている話だけど

あっちこっちの女性に手を出すような、いわゆる女たらしの
男性に女性が惚れてしまうのも、「このヒトの子供を産んで
それが男児だったら、その子もまた女たらしになって・・・
ゆくゆくはワタシの子孫を広めてくれる」という
遺伝子レベルの刷り込みがあるからだという話には、ほほーっ。

きっと、自分では意識しない、遺伝子レベルの刷り込みって
他にも沢山あるのだろうな~。

(自分をすべてコントロールするなんて、人間にできるのかな?
人間の意思は遺伝子レベルの刷り込みにどれくらい抗えるのだろう)



遺伝子の話から飛ぶけれど、中野さんの話を聞きながら

他人に対しても自分に対しても
「言葉や行動としてあらわれる」表面だけを見るのじゃなくて

それをさせているのは、ドーパミンだったり
ノルアドレナリンだったり、セロトニンだったりの
ホルモンの仕業(加減)なのだな~ととらえると

ずいぶん、印象が変わってくるのじゃないかな~

と、ぼんや~り、思った。


脳、遺伝子、意思(心のなかに宿るもの)
・・・これらを造ったのは、だれ(なに)なのか?と考えると
意思の母体のようなものに、わたしはいくつのだけれど
その話をしたら、さらに長くなるので、ここではやめておく。

ひとついえるのは、宇宙の研究も、脳をはじめ、人体の研究も
すべてすべて、だれか(なにか)の手のひらの上なのだろうということ。


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意思のお宿(1)

例えば、ウツは脳の誤作動だ、というような
言い方を近年は聞かれるようになった。

心には正体なんてものはなく
すべては脳が司令塔となり感情を作っている、と。

ふむふむ、その説に異論はないけど

では、脳の司令を起こしているのは何なのか?と
考えてみると、わたしには「神経」という答えが浮かぶ。

ではでは、その神経の作動を司るものは?と考えていくと
「物質の伝達」という方向に話がいくような気がするのだけれど

そして、それは、腸の環境にも大きく左右されるらしいという情報を
最近はお茶の間にも伝えられているけれど

わたしは、この話をつきつめていくと、結局のところ、また
「心」にたどりつくのではないかと、思えてならないのだ。

Aという物質が、Bという物質の作用によって反応・・・
Bという物質は、Cという物質の作用によって反応・・・
Cという物質は、Dという物質の作用によって反応・・・
あくまでも物質が主体なのだ、の説で解き進めているうちは
いつまで経っても最初のところにはたどりつけなくて

やっぱり「心に戻ってくる」のじゃないのかなぁ・・・。

意思の発する、目には見えないエネルギーが
(作用の連鎖を起こさせて、その結果として)
感情などを作るのではないか?と。

心には正体がないけど、その存在はあるといえば、ある。
確固たるスガタを心はもっておらず、変幻自在の存在。
意思のお宿が「心」となるのかな? 

これが今のところの持論である。

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この行(くだり)

あれこれ言わず、と言った舌の根も乾かぬうちから
余談を言っちゃう・・・

調子の悪い時期に、ひどくふさぎこんでどうしようもないのかというと、40歳を過ぎてからは特にそういうこともない。寝たり起きたりでダラダラ過ごせるのであれば、調子の低い時の感じは、そんなに悪くない。
(小田嶋隆さんの本年1月25日のツイッター https://twitter.com/tako_ashi より)
 
という行(くだり)は、ホントに涙。

わたしの場合は、この境地を手に入れて
まだそれほどの年数がたっていないけれど
ここがどんなに貴重な地点かを知っているからね。

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しずかにね

ひとつ下の続き・・・

ここで一番大切なのは

「同じような辛さを抱えている人がいる」という
仲間意識の安心感を育むことではなくて

「低いゾーンの自分」でいることも否定せず
そういう人生を引き受ける、しずかな覚悟を
自分のなかにも確認することなのだろう。

あれこれ言わず、しずかに、しずかに。

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小田嶋さん

小田嶋隆さんのツイッター(‏1月25日)が
https://twitter.com/tako_ashi
あまりにわたしにとって沁みる文章でありました。

こちら ↓

周期的に活力が低下する時期が来ることは、自分自身としては、ある程度経験的にわかっている。が、他人にはなかなかわかってもらえない。で、活力の低さは、他人の目には誠意の欠如として受け止められる。なんとか説明したいのだが、面倒なので断念している。誠意が足りないのかもしれない。

ご招待やお誘いを断るのは、正直に言えば面倒くさいからで、もちろんはっきりとそうは言わないのだが、相手にはなんとなく伝わってしまう。わかってほしいのは、面倒くさいのはこっちの活力の問題で、あなたが嫌いだからではないということだ。面倒な時は女優さんの誘いでも断る。たぶん。

仕事であれプライベートであれ、いつも忙しそうにしている人は、忙しくしていることが好きだからそうしているのだと思う。オレみたいなタイプの人間は、仕事が忙しくなるとプライベートが重荷になるし、プライベートが忙しいと仕事が重荷になる。っていうか、調子の悪い時はなにもかもが重荷です。

まあ、忙しい人たちの中には、ある程度以上の速度で突っ走ってないと倒れる自転車設定の人間も含まれているのであろう。

調子の悪い時期に、ひどくふさぎこんでどうしようもないのかというと、40歳を過ぎてからは特にそういうこともない。寝たり起きたりでダラダラ過ごせるのであれば、調子の低い時の感じは、そんなに悪くない。諸悪の根源は、調子の低い時期の人間に活性を求める社会の側の強欲にあると思う。



小田嶋さんのような著名なコラムニストとわたくしを並べて考えるのは
たいへん不躾なのだけど

(しかし、読者というのは、何でもかんでも自分に都合よく文意をとって
しまうことを、小田嶋さんは百もご承知だろうから…と、開き直る)

わたくしのなかの分身が、この文章を書いたのでは!? と
思うほどのシンパシーを覚えた。(心のなかで涙)。

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有機カレー

1月27日(水)

きのうの真夜中に作ったカレー
お昼にスープとして食べたら
まじこの美味さ。

どどーん。

ずうっと前に(去年か一昨年か)いただいた
有機の食材だけで作られた、動物性ゼロのカレー粉で
辛さはほどほどなのに、香辛料のブレンドのなせる技なのか
とても豊かな味がする。

かつて幾度か、精進カレーを試みて
ことごとく上手くいかなかったのだけど、この魔法のような
カレー粉を使えば、美味しい精進カレーができそうだ。

(当初、ふだん使いのカレールーを使う予定で
お肉を入れてしまい、今回は精進カレーではない)


ゆうべは、お弁当&母の常備菜として
アジ南蛮も仕込んでおいたのだ。

今日は玉ねぎ・人参・アジを、汁を入れないようにして
・・・アジ南蛮って、付け合せの野菜がなんとも美味なんだよね・・・
半分ほど持ち帰り用のタッパに移し、上からカイワレをちらし

それから、長葱&しらす入りの厚焼き玉子(卵6個分)をこしらえ
半分強をお弁当にして

あと焼きそばを作るつもりでいたが、時間的に厳しいと判断し
蒸しキャベツに変更し

母においなりさんを作ってもらい、あと漬物も用意してもらい

これでお弁当の準備は完了。


夕方には金沢に到着し、夜はマンションの会合に出席。

いつもより長い一日よ、おつかれさまでした。


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買出しのヒト

1月26日(火)の二

歩いての買出しはほぼムリ
(除雪してない道は、雪を泳ぐように歩かねばならんかもしれんし
除雪車の通った道も、歩道の確保はされていないだろうし
融雪装置のある道は、行き交う車の飛ばす雪水を
びしゃびしゃと浴びながら歩くハメになるだろう)

と、判断し、今日は公共の交通機関を利用して
買い物に行くつもりだったのに
(本数少ないが、バスに乗って、いつものスーパへ。あるいは
列車に乗って最寄の小都市に行き、何度か利用したことのある
スーパーへ。の二択)

起きたら、17時とは!

しかし、あすは金沢に戻らねばならんし
半月以上も食料買出しに行っていないので、そろそろ
ほんとーに買いものに行きたいのだ。

そんなわけで、結局、列車に乗って買出しに。

「こんな時間に行って、品薄だったらショックだな」の心配が
杞憂だったのはよかったが、うーむ、果物が高い。

バナナも、リンゴも、ミカンも、高いというか
「キズあり」品として、安く売られてもよさそうな品々が
それなりのいいお値段で売られている・・・。

まあ、あれだけの記録的寒気の直後なのだから
流通だって滞るだろうし、これが自然の成り行きというものだろう。

わたしには「少しでも安いものが欲しい」気持ちもあるけれど
不当に安くなっている品より、適正価格の品を買うほうが嬉しい。

ふだんより財布の紐をやや緩めつつ
あれこれ買い物していたら、帰りの列車の時間が迫る。
(これに乗り遅れたら、次の列車は何時やら!)

ザックを背負って、エコバック2つ持って、雪道ダッシュ。

ぜいぜいぜい、間に合った。

20時過ぎには帰宅して
(ちなみに家を出たのが18時前。半分以上は移動時間)
晩ご飯は、海苔巻きアラカルト。

・・・生協とかネットショッピングとかの手法もあろう。
今回のことで、雪国暮らしの買い物の痛さを痛感し
ちょっと、そちらの手法も浮かんだけれど、積雪のすごい日は
車で配達してくれるヒトも大変なんだよなぁと思うと
そちらの手法には気持ちが引っ張られないのであった。
・・・今日の「買出し」で、自分への自信にもなったので
足腰の元気なうちは、自分で買い物に行くぞ!

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やってもうた

1月26日(火)の一

きのうは、あまりにも気持ちよく夜の仮眠をしてしまい
お蒲団での睡眠がとれず、このまま粘っていても
眠れないだろうと判断し、早朝、お蒲団を抜け出す。

そしてコタツでだらだら過ごしたあと、朝食。
さらにだらだらタイムのち、9時頃、再度の就寝。

これはときどきやるパターンで、短時間で睡眠に入れる。

昔は(異常な過剰睡眠をとっていた頃は)、そうやって
“遅く寝る自分”を許していると、眠る時間がどんどん後ろ倒しになり
「朝になっても眠れないどころか、入眠が午前中になり、昼になり
しまいには午後になって、やっと入眠できる」という
睡眠のズレ込みが激しかったのだが

この頃は、ときどき繰り出す秘法的に利用しているので
その後の睡眠が「どんどん後ろ倒し」になるということはない。

しかも、この入眠法(わざと寝床から出て、朝食を食べ、リラックス時間を
とったのちに再度の就寝)は、深い睡眠感を与えてくれるので
ふだんの睡眠時間より短くて済み、わりとすっきり起きられる。

(だったら、この入眠法を常用すればいいではないか、という論もあるのだが
おそらくこれを常用してしまったら、睡眠のズレ込みが始まると思うので
それをする気はない)


ところで

今日は「午後の1時半」にアラームをかけたのに・・・
目覚めたら、けっこう薄暗くて、「あれっ?」と思いつつ
まどろんでいたら、外からチャイムが流れてきた。

これ、夕の5時のチャイムやん!

「アラームどうしたん?」と思い、確認すると
「午前の1時半」に設定していたのであった。

あ・・・、やってもうた。


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睡眠もんだい(補足)

まず前提として
「みんな、朝つらいのを起きて
学校や会社に行ったり家事労働などしているのに
好きな時間に寝起きして、なにが、睡眠ツライだ!」
というのが、一般的な見方だろう。

しかし、わたしの現実はわたしが作っているのであり
「みんな」とか「一般的」などは、わたしにとっては
実に関係のないことなのである。

わたしは、わたしという括りを見る必要がある。

そのなかでツライものはツライのだ。


ところで、睡眠が上手くいかないのには

ムチ打ってでも仮眠をゼロにすれば、夜、眠れるだろう・・・
という上級案もあるけれど

中級の、寝るための努力を怠っているというのもあるよな。

身体の緊張をほぐすためのストレッチとか
したことな~い!し

就寝中よりリラックスするための寝巻きを選ぶとか
したことな~い!し。


それから、わたしは「眠れない自分」というものに
自己暗示をかけられている面もあるのかもしれない。


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睡眠もんだい(相変わらずの)

がんばって昼に起きても
昼ご飯のあとコタツで午睡
加えて晩ご飯のあと、またコタツで夜寝。

ここ数日の生活パターンである。

コタツの仮眠が蒲団での入眠を妨げる一因となるのだろうが
そうでもしないと体力を保てないほど、日中の眠気があるのだ。

そもそも、起床した時点で、就寝前の何倍もどっと疲労感があり
その状態で起き出してしまうから、日中の体力が続かないのだろう。

夜の仮眠のあとが「一日のうちで一番すっきりしている」なんて日も。

そして、仮眠をとった日もとらない日も
夜の・・・といっても、わたしの場合、朝方に入眠して
昼に起きるのだから、「夜」というのは正しくないかも
しれないが、まあ便宜上、夜としておく・・・
眠りに就くのが一番の関門なのだなぁ。

仮眠はなんの計らいもなく、すうっと入っていけるのに
お蒲団で寝ようとすると、しばしば大変困難になる。

(「眠れん、眠れん」と、何時間も格闘の末、結局、入眠できんとか)

日中の活動量をアップして、夜の入眠をすこやかにして
ぐうっと深く眠る・・・・、理想を書くのは簡単なんだけどね。

睡眠って、がんばろうとすればするほど
悪循環になってしまう側面もあるんだよなぁ。

(わたしの場合、「明日早起きせねば」などのプレッシャーがあると
なおさら眠れなくなってしまう)

手持ちの薬を全部飲んでしまったのを機に
しばらく前から睡眠の薬を断っているのだけど
生活を少しでも整えるためには薬に助けてもらったほうが
いいのかしら?

「薬に頼る生活」と、「薬に頼らない、自分のリズム」の
どちらの道をとるべきなのか、はや数年来の問い。

世間的には前者が正解となるのだろう。後者はホント苦しい。

「ある時期は薬に頼って乱れたリズムを払拭し、そのうち
睡眠上手になったら断薬をする」のが、お手本的な薬の使い方。

そんな上手くいくかしら?

それとも、椎名誠さんのように腹をくくり
「お薬に睡眠をサポートしてもらう」人生を選択する?

・・・と、ぐるぐる、睡眠と薬にまつわる悩みの渦のなか。

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『月に祈るピエロ』

1月25日(月)

全国的に、いや海外でも
この度の寒気団は手ごわかったよう。

当地では、列車が止まり、休校になった、など
夕方のニュースで伝えておりました。

わたくしは家の敷地から一歩もでず
ぬくぬくした部屋から、外を眺め
「雪に埋もれる」気分を味わっておりました。

明日からは、ひとまず寒気も落ち着くらしい。

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

ドラマ『月に祈るピエロ』を観た。
http://hicbc.com/tv/tsuki-pierrot/intro/

常盤貴子さん、せつなかった。

そして、登場人物のみんなも
リアリティありまくりで、痛かった。

日常というベールで隠されて、ふだんは
「有っても、ない」ことにされるような
人生の細部が丁寧に描かれていた。

言葉を盗まれたピエロには、もう気持ちを飾る言葉はなく
ただただ毎晩彼女の幸せを月に祈るしかなかったのです

――ドラマで使われる、絵本『月に祈るピエロ』の一節。

ちなみに、わたしはラスト、
「逢わない」選択でもいいんじゃないかな~
(発展させない恋というのも、物語であろう)と思った。

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

夜は、市販の餃子を焼こうとしたら
カビが生えているような生えていないような
あやしい感じだったので、干物に変更。

白菜古漬けとキノコの油炒め
キャベツとワカメの和えもの
アジの干物
あさりの豆乳スープ(きのうの鍋の残りをアレンジ)

そろそろ本格的に冷蔵庫がさみしい。

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