FC2ブログ

夢と現実

楽しい夢というのを、めったに見ることがない。

まあ、つらつら毎晩、様々な夢を見ていても
ほとんど忘れているのかもしれないけれど・・・・・・

わたしは、プレッシャーが夢に現れることが多いと自覚している。

普段そーっと、そーっと、あまり気にしないよう
胸の底においている人間関係のあれこれが
日をおいて夢になってすーっとあらわれるようなのだ。
(特に、昔から親戚にかかわる夢が異常に多い。
日をおいてといっても、数日単位の話ではなく
何ケ月とか何年とかの単位である)。

現実における性格のように、夢にも人による特徴があるのかな?
(あるのだろうな)。

夢のなかで、ああ、このプレッシャー、つら~いと感じると
起きてからもその余韻が残っていて
なんとなくその日一日の気分をどんよりさせる。

ん、もうちょっと詳しく書けば
「試験前なのに勉強していない」的な夢は
いったん起床して「あれは夢」と自覚すれば、ほっとして
夢で味わったプレッシャーは消えてしまうのだけど

人にかかわる夢を見たときは
「夢だった」とわかったあとも、感覚だけがリアルに残ってしまう。

起床をしてからも、その余韻は大きく
夢で味わった、苦しさや重~い感覚が残ってしまう。

過去から引きずっている宿題的な感覚と
現在進行形の心的負担が一体となる相乗効果のせいなのか?

人間は「意識」の生き物なのだから
「夢のなかのわたしが意識した」ことは、「現実のわたし」にも
たしかに影響を与えるのだろう。

(一般的には、真実のありかは
「現実に100%存在し、夢には1%も存在しない」となっているけど
ホントは、夢と現実に、現実側の我々が思っているような差はないのかも
・・・・・・と書き始めるとキリがなくなるので、やめておく)

はふうっ。

夢に責任は及ばないわけだけど、深層心理が夢を作っている
としたら・・・・・・、楽しい夢も見る人間になりたいぞ。


にほんブログ村 ライフスタイルブログ 40代の生き方へ
にほんブログ村
にほんブログ村 ライフスタイルブログ おひとりさまへ
にほんブログ村
にほんブログ村 ライフスタイルブログ セミリタイア生活へ
にほんブログ村 

すき焼きに丸揚げ

今月に入って、晴れた日はいったい何回あったろう。
(片手で数えられそう)
これが日本海の冬のはじまりだ。

17日の夜、実家に戻り
18日(水)と19日(木)は、おこもり。

水曜にカレーをお鍋いっぱい作ったのに
ますます盛んな真夜中の食欲のせいで
すぐに食べ終えてしまった。

まあ、365日、食いしん坊なのだけど
冬眠という野生動物のパターンが
わたしの中にもあるのかも。

木曜は、すき焼き。
「お牛さまが足りないかな?」と思い
五目丸揚げを一口サイズにして入れたら
これが大変よかった。

じゅわーと、肉と野菜のうまみが出た
すき焼き汁を吸った丸揚げさん・・・。

(これまでも、油揚げをすき焼きに入れることは
あったけど、丸揚げとなると、まったく食感も
腹応えも違うのであるよー)

体にいいし、経済的だし、なにより美味しいから
「すき焼きに、丸揚げ」は今後も活用しようっと。


にほんブログ村 ライフスタイルブログ 40代の生き方へ
にほんブログ村
にほんブログ村 ライフスタイルブログ おひとりさまへ
にほんブログ村
にほんブログ村 ライフスタイルブログ セミリタイア生活へ
にほんブログ村 

自意識

わたしは、自分のことを
「自意識が歩いているんじゃないか」
と思うことがある。

もともとの性質に加え
こもっているから、自意識が肥大する。

人や自然などと関われば
自意識を紛わす(うまくいけば、忘れさえする)
時間ももてるのだろう・・・。

日本海の冬は、鬱になりやすい土壌があるので
注意せねばなー。


にほんブログ村 ライフスタイルブログ 40代の生き方へ
にほんブログ村
にほんブログ村 ライフスタイルブログ おひとりさまへ
にほんブログ村
にほんブログ村 ライフスタイルブログ セミリタイア生活へ
にほんブログ村 


活字のおせっかい

11月16日(月)

本日も、サンルームの窓掃除。

しかし、すぐにやる気が下がってしまい
本日はたったの30分の作業。

(一昨日は2時間、昨日は1時間だっけ)

理由は

昨日もやった「外窓の雑巾かけ」をまたやったら
まだまだワク部分の汚れがあって

(一昨日も、昨日も、「それなりに、きれいになった」と思えるまで
何度も拭いてはいるのだけれど・・・・)

ガックリ感があったのと

おまけに、このまま知らんぷりしてしまおうか
と思わぬでもなかった、天井に続く高窓を

ちょっと背伸びして拭いてみたら、顔面に汚れの粉が
噴射するほどの汚れっぷりで

「ああ、やっぱり、ここも掃除せねば」と腹をくくったものの

なにせ、雨漏りの水がまだ乾燥しきっておらず
(水溜り状態なのだ!)
ここに脚立をもってくる気にならず

いずれにしても「本日中にサンルームの掃除を終了」には
至らないな、と判断したら、やる気がどどーっと落ちたのだ。

まだまだ続くよ、ここの掃除。



夜、茂木健一郎さんの
『頭は「本の読み方」で磨かれる』を読了。

まるで中学生に向けたような文章だ、と思いつつ
(幅広い年代に向けた本なのだろう)、一方で
その話の内容についていけるか?といえば
「実践はむずかしい」という意味で、わたしには
ハードルの高い本なのだった。

この本のなかで、茂木さんはツイッターなどで
わざと意味の分かりにくい文章を書くことがあると
明かされていた。

ネット文化が流行って以来
「ぱっと見て、すぐに理解できる文章」がイイとされる
向きがあり、しかしそれになじんでしまうことにより
色々弊害はあるのだよな。

茂木さんは、それを知っているから
あえて「何いっているんだ?」文章を投げかけるわけである。

(余談だが、この本にはところどころ、あらかじめ印刷の段階で
マーカーを引いた文章があり、わたしはこういう趣向が好みじゃない。
おそらく・・・茂木さんの意向とは思えない・・・、編集者が
“ここ大事だよ”と、読書にあまり馴染みのない人に向けた
おせっかいサービスなんだろう。
はたして、マーカーや太字というサービスは読書を
助けるのであろうか?)

ところで、これまで古典をほとんど読んだ経験のないわたしだが
茂木さんのオススメ古典には興味をもった。


にほんブログ村 ライフスタイルブログ 40代の生き方へ
にほんブログ村
にほんブログ村 ライフスタイルブログ おひとりさまへ
にほんブログ村
にほんブログ村 ライフスタイルブログ セミリタイア生活へ
にほんブログ村 

やっても、やっても

11月15日(日)

本日も、サンルームの掃除。

外窓の続きで、洗濯機置き場のガラス壁を
ささっと新聞紙で拭き、(ここは以前
台所のペンキが余り、洗濯機置き場の床を
塗った際、ついでに少し拭き掃除したのだっけ?
他の外窓ほどは汚れていなかった)

(但し、排水溝の所には、1センチほどの
砂などが堆積。またもや、うきゃぁぁ~)

お次は、内窓(台所の2枚と、居間のを2枚)を
今度は新聞紙ではなく雑巾で拭いていく。

ここのガラス窓は、前に室内側の窓の掃除の際に
さっと拭いていたはずで、その汚れはあまりたいしたこと
なかったが、外窓と同様に、枠の部分(アルミとかゴムとか)の
汚れが途方もなくすごかった。

そのあとは、昨日新聞紙拭きした外窓を
雑巾で拭いていたのだが、日も暮れて
集中力も途切れたので、本日の作業は終了。

やっても、やっても、いくらでも汚れがあるのだよぉ。

「君たちは、何年、いや、何十年掃除をされてこなかったの?」
と、つい、窓たちに聞いてしまうよ。


三日ぶりに外に出る。

名越康文さんの言葉
「寂しさとともにある幸せの中で、人は成長する」

夜道をとぼとぼ歩きながら思い出す。


にほんブログ村 ライフスタイルブログ 40代の生き方へ
にほんブログ村
にほんブログ村 ライフスタイルブログ おひとりさまへ
にほんブログ村
にほんブログ村 ライフスタイルブログ セミリタイア生活へ
にほんブログ村 

新たに掃除着手

11月14日(土)

小雨の降り続く本日は
サンルームという名の実質ベランダ
(低層マンションの最上階。雨漏りがする)
の掃除に着手。

奥まったところの物置的な小スペースの掃き掃除をし
・・・入り口にカーテンがあったが、それはすでに捨てた・・・
コンクリートむき出し状態だったので、ダンボールを敷いて

それから、外窓にとりかかる。

サンルームの天井におよぶ高窓はパスして
手の届く範囲の、普通のアルミサッシの内側を
(外側は物理的にほとんど不可能なので、やらない)
新聞紙で拭き拭き。

この日のために、食器類の梱包に使った新聞紙をとっておいたのだ。

窓ガラスの汚れはたいしたことないのだけれど
サッシ枠部分、ゴムパッキンみたいな部分、サッシの土台部分は

積年の汚れ、場所によってはホコリの体積がミリ単位にあり
・・・雨漏りのために、どろどろ状態のホコリ・・・、さらには
小さなゴミや前住人の髪の毛などがあり、うきゃ~~~!!!
なのだけど

(そのため、わたしは今日までここに着手できなかった)

やるしかない! のだ。

今日は「第一弾」の予定なので、水を含ませた新聞紙で
とりあえずの汚れを落としていくのみ。

(ところで、網戸を外して洗ったらすっきりするだろうけど
これも物理的に不可能なので、 ひとまず枠のところだけ)

ここまで至ったら(・・・そのために今日まで放置していた)
嫌だなとか、泣きそうとか、そういうマイナス心は湧いてこないのだな。

だって、やるしかないんだもん。

ひとまず、今日は、外窓を5枚拭いたじょ。

まだ序盤。

明日もがんばろー。


にほんブログ村 ライフスタイルブログ 40代の生き方へ
にほんブログ村
にほんブログ村 ライフスタイルブログ おひとりさまへ
にほんブログ村
にほんブログ村 ライフスタイルブログ セミリタイア生活へ
にほんブログ村 

側溝男のカミングアウト

過日、側溝に寝転んで女性のスカートの中を見るのが
たまらなく興奮するという男性の存在が明らかになり
おまけに「生まれ変わったら道になりたい」なんて
発言も加わって、そこそこ世の中に衝撃を与えたようだが・・・。

今日のラジオで、某氏(男性)が
「僕はスカートめくりには何の興味もなかったし
この男性の気持ちはちっとも分からないけれど
“生まれ変わったらパンティーになりたい”なら
ちょっと理解できるな」と、さらっと仰っていた。

女性のなかには「気持ち悪い」「恐怖」を感じる人もいるようだけど
ひとまず第三者である我は、なんか、この側溝男を憎めないんだよね。

むしろ、「痛々しさ+笑い」を割ったような、謎の感覚。

ラジオでは、この側溝男性が
「自分の長所は、どこでも眠れることで
短所は、側溝に入りたくなることです」と、(取調べでかな?)
語ったとも伝えており、ますます、わたしは憎めなくなった。

誰しも、他者には不可解な「性(サガ)」を抱えており
この男性の場合は「女性のスカートの中を見ることに
はてしないエクスタシーを感じてしまう」質があったのだなぁ。
しかも「生まれ変わったら道になりたい」と思うほどの・・・。

人生って、せつない。

彼のこの病というか特徴は、彼の責任であり
ある意味で彼の責任ではないのだよなぁ。

だから、わたしは
「スカートの中に興味あるの? 馬鹿っじゃない!」とは
思えないんだ。

誰にもいえない独特の感性に苦しめるられることなく
世間の枠に上手くおさまって生きている人よりも

常識を超えずにはいられない
「道になりたい」ほどの切実な個性をもった男のほうが
わたしには身近に感じられるんだ。


***おまけ***

別のラジオ番組では
「口の臭い人が道に生まれ変わったら
それは絶対、こうしゅう街道(甲州街道・口臭街道)!」と
ギャグを言っていた。

人々の関心を集めずにはいられないようだな
側溝男のカミングアウトは。


にほんブログ村 ライフスタイルブログ 40代の生き方へ
にほんブログ村
にほんブログ村 ライフスタイルブログ おひとりさまへ
にほんブログ村
にほんブログ村 ライフスタイルブログ セミリタイア生活へ
にほんブログ村 

本『生きるとは、自分の物語をつくること』(1)

しばらく前に読んだ本
『生きるとは、自分の物語をつくること』
(河合隼雄、小川洋子)の感想を。

臨床心理学の第一人者であられた河合先生と
『博士の愛した数式』などの小説で知られる小川さんが
あ・うんの呼吸のように、人生の秘法を話されており
感激だ。

(河合先生が亡くなられて以降、なんどか図書館で
この本を手にすることはあったが、不思議なことに
これまで読んでいなかった。「読み時」があるのかな?)

スポーツ選手にしろ、科学者にしろ、農夫にしろ、職業問わず
「極めた仕事をしている人」に見える世界というのが
たぶんあって、それは神秘的といってもいい方面のことで
まあ、お二人はそういう世界の体験談を披露されていた。

たとえば

臨床心理士が患者に直接してあげられることはなく
患者が次のステージに移行するのをただ待つしかない。けれど
患者にとっては河合先生のような存在の媒介があってこそ
次のステージに導かれる機会を得るらしいのだ。
(心理士は、道を見せるでもなく、在り処を教えるでもない)。
また、心理士が表向きのポーズを変えずとも、心を患者から離すと
それは如実に患者に伝わる・・・・話など、興味深い。

すばらしい心理士というのは
「あれこれ分析をしてアドバイス」するのではなく
静かに患者に寄り添ううちに、患者の内なる能力を
大いなるものとつなげる力があるようだ。


にほんブログ村 ライフスタイルブログ 40代の生き方へ
にほんブログ村
にほんブログ村 ライフスタイルブログ おひとりさまへ
にほんブログ村
にほんブログ村 ライフスタイルブログ セミリタイア生活へ
にほんブログ村 

本『生きるとは、自分の物語をつくること』(2)

気になったところを一部抜粋しておこう。

小川:あまりにも「個」にばっかり執着していると、何か行き詰ってしまうんですね。
河合:そう。「個」というものは、実は無限な広がりをもってるのに、
    人間は自分の知っている範囲内で個に執着するからね。
    私はこういう人間やからこうだとか、あれが欲しいとか。
    「個」というのは、本当はそんな単純なものじゃないのに、
    そんなところを基にして、限定された中で合理的に考えるからろくなことがないです。
    前提が間違っているんですから(笑)。
小川:何か大きな流れの中の一部として、自分を捉える見方が足りないんですね。
河合:「個」を大きな流れの中で考える、そういうふうに「個」を見るいうことは
    ものすごく大事なんじゃないですかね。
(『生きるとは、自分の物語をつくること』86頁)

河合:人間は矛盾しているから生きている。全く矛盾性のない、整合性のあるものは、
    生き物ではなくて機械です。命というのはそもそも矛盾を孕んでいるものであって、
    その矛盾を生きている存在として、自分はこういうふうに矛盾してるんだとか、
    なぜ矛盾してるんだということを、意識して生きていくよりしかたないんじゃないかと、
    この頃思っています。そして、それをごまかさない。
(『生きるとは、自分の物語をつくること』104頁)

(西洋的近代的な考え方と古来の東洋の考え方を一つにできないか?という話で)
小川:三次元の世界に行かないと。
河合:三次元の世界、いや異次元に行かないと、両方は出て来ないです。
小川:あるいは一緒にはなれないけど、橋を架けるとか、虹を架けるとか。
河合:僕の言い方では、それが「個性」です。「その矛盾を私はこう生きました」
    というところに、個性が光るんじゃないかと思っているんです。
小川:矛盾との折り合いのつけ方にこそ、その人の個性が発揮される。
(『生きるとは、自分の物語をつくること』105頁)

ほ~、矛盾をどう生きるか、それが個性なんだね。


余談ながら、河合先生が「面白いね」と連発されていた
金光教(小川さんのご先祖の宗教)に興味をもった。

あれはだめ、これはだめ、そうしなきゃ・・・なんてのが一切なく
ただただ「悲しみ」をベースにした宗教らしい。
(一番救われていないのが神様なんだとか!)

たしかに、金光教、興味深い。

にほんブログ村 ライフスタイルブログ 40代の生き方へ
にほんブログ村
にほんブログ村 ライフスタイルブログ おひとりさまへ
にほんブログ村
にほんブログ村 ライフスタイルブログ セミリタイア生活へ
にほんブログ村 

捨てる欲と買いたい欲

11月13日(金)

今日は安静にしたい気分だったので
家にこもって簡単な作業をする。

一番の効果があったのは
家具調コタツ(30年ほどの愛用)の天板を
あれこれ工夫して磨いたこと。

白が基調のそれは、長い生活のなかで
「拭いても拭いても、とれない」シミがあり
これまであきらめていたのだけれど、今日は
ダメで元々と思いつつ、色んな手を試してみたら
・・・特殊な洗剤と特殊なスポンジを組み合わせたり・・・
まあ、なんということでしょう、新品のような美しさを
取り戻したのであった。

「きれいになるなんてあり得ない」と思い込んでいたのに
やってみれば可能になることがあるんだな。

(但し、昔、ローソクで遊んでいて、この天板の上に
タバコの跡のようにつけてしまったコゲは、そのまま。
「削る」のが良かろうが、削ったあと「どう埋める?」だ)


きのうめくっていた雑誌のなかで
センスのあるものを大量にもちながら
整然と美しく部屋を維持している男性
(どこかのメーカーに一年密着されたほどの生活センスの高い人)
のおっしゃっていた言葉に、が~ん。

「そもそも断捨離するようなものは買わない」。

モノを捨てるって、罪悪感を通りこすとスッキリ感を生むこともある。
(わたしも引越しを機に、いっぱいモノを捨てた)

けれど、そもそも、安いからと衝動買いした服とか
あると便利かもとつい増やしてしまう生活用品とか
そういうものが少なければ少ないほど、断捨離する必要はないわけで。

わたしは、新居にて、大型のものはわりと慎重に購入しているのだけど
消耗品だとか安いものだとか小さいものは、「あると便利」を言い訳に
けっこう、ちょこちょこちょこちょこ買い物している。

これらはいずれ、「要らない」「多すぎ」と断捨離の候補になる可能性も。

モノを捨てるのは、あるラインに行くと、快感だ。
(だから、雑誌でもネットでも、「こんなに捨てた」自慢が起こる。
お片づけがブームになり、「捨てる」ことが賞賛の対象になることも)

そして「今後は安易な買い物はせず、お気に入りのものだけを揃えよう」
と誓ったって、はたしてその通りになる人はどれくらいいるのだろう。

「△△がほしい。一生使えるような△△を買いたいけれど
けっこうお高いから、ひとまず妥協の△△で我慢しよう」
なんてのは、ありがちだと思う。
(これまでの人生、わたしはこれでやってきた)

エキスパートさんのおっしゃる
「そもそも断捨離するようなものは買わない」は
高いハードルなのだった。


にほんブログ村 ライフスタイルブログ 40代の生き方へ
にほんブログ村
にほんブログ村 ライフスタイルブログ おひとりさまへ
にほんブログ村
にほんブログ村 ライフスタイルブログ セミリタイア生活へ
にほんブログ村 

白髪の覚悟(一)

白髪の葛藤は、まだまだ続くよ
・・・・・・と思った本日。

わたしは若いときから白髪のあるタチで
四十代後半の現在は相当目立つ量の白髪もち。

こめかみから生えるタイプではなく
(わたしの数少ない人間観察によると
美人さんには「こめかみから白髪」タイプが多い)

頭頂部から、ぼーぼーと生えてくるタイプなのである。

すでに四十くらいから染めずにはおられないほどの
白髪ぼーぼー目立ち状態で
(白髪自体はもっと若いころからあった)

ここ数年は、安い美容院のなかの
一番高い髪染め、香草のカラーをしてもらっているのだ。

(天然染料「ヘナ」のトリートメントを自宅で使っていた頃もあり
あるとき、美容院でヘナをやってもらえないかと尋ねたら
「ヘナではない、香草のカラーなら」と勧められたのだ。
これはヘナ同様に、脱色して新たな色を入れるわけではないので
髪は痛まないらしい)

だけどね~

いつまで「白髪隠し」をして生きるんだ!?

という問いはもっている。


***余談***

基本的に、堂々と白髪で生きている人に、わたしは惚れる。

おっさんや爺さんが、いかにも「真っ黒に染めた」頭をしていると
なんだか、物悲しい気持ちになる。

片や、まだ、そこそこ若いのに、白髪の混じった髪の
堂々としている男性を見ると、カッコいいよと思っちゃう。

女性で、だらしない風情でぼーぼー白髪というのは
(ほとんど見かけないけれど)、ちょっとためらっちゃうけど

だからといって、顔がシワシワの老婆になってまで、髪を染めているというのも
「そんなにも外見が大事なのか?」とあきれた気持ちになってしまう。

むずかしいのぉ、白髪は。

でも、ここまで白髪を隠すことがマナーのようになったのって
何十年も昔のことじゃないよな。

去年だったか、松本人志さんが茶髪になって
お茶の間に登場したときは驚いたけれど、それ以上に

「(人前に出る職業の人として)白髪を隠さなければ」との思いから
髪を染めたのだ、と、心中を話す松ちゃんに、わたしはショックだった。

(松ちゃんのような人こそ、白髪でドヤ!って生きて欲しい)

わたしの髪におけるアイドル(髪型&髪色)は
現在、茂木健一郎さんがナンバーワンであります。

こちらの記事を http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=123726
以前読み、茂木ヘアのファンになったのだ。


にほんブログ村 ライフスタイルブログ 40代の生き方へ
にほんブログ村
にほんブログ村 ライフスタイルブログ おひとりさまへ
にほんブログ村
にほんブログ村 ライフスタイルブログ セミリタイア生活へ
にほんブログ村 


白髪の覚悟(二)

いつまで「白髪隠し」をして生きるんだ!? の自問は
まあ、前々からら抱えており、とりあえずの答えとして
「五十代になったら。そのうち、おいおい・・・ね」と
あと延ばしにしてきたのだよなぁ。

しかし、待てよ。

何も五十代まで(あとちょっと)保留しておく必要はない。

いつかは踏み切らないと、「白髪な日々」を謳歌できないんだよな。

いつかって、いつよ?

今でもいいのでは?

美容院に行く前、自宅で、白髪ぼーぼーになった髪を
高い位置でひとつに束ねるポーズをとってみたら

そう悪くなかった。

「この姿で暮らすのは、老化を一歩進めた印象」ではあるけれど
まあ、「わたしらしさ」が、いい具合に出ているとも思えたのだ。

初老に向かう覚悟が増すというか、常々胸にある
「世間に同化しないで生きる」道における
ひとつの覚悟(表現)というか・・・。

美容院には7月以来行っておらず、髪も切りたいので
(行かなきゃ~行かなきゃ~と思いつつ今日に至る)
なんとか今日は美容院に行こうと思うのだけど

はてはて、白髪をケアしてもらうのか、このままか?
悩み悩み悩み・・・、美容院に向かうのであった。


白髪の覚悟(三)

「いつもの香草カラーで、白髪をケアしてもらおう」
「いやいや、この際、白髪デビューもいいかも」
・・・とっくの昔に白さ目立つ頭であるが、「隠さなきゃ」と思いつつ
白髪を生やしているのと、「わたしはこれでイイのさ」と自信をもって
白髪を生やしているのでは、まったく違う。
実態ではなく、精神的な意味での白髪デビューなのだ。

の葛藤の末、美容院の受付では「カットのみ」とお願いしたのだけれど

なんという優柔不断さでしょう、短い待ち時間に
興味ある特集の雑誌が3冊も目に入ってしまい
これを読む時間を確保したいがために

いざ、カット席に座ってから、美容師さんに
「香草カラーもやって欲しい」と申し出る。

しかーし、お店に入ったのが遅く
「この時間ではカラーはできない」と言われてしまった。

とほっ。

さんざんの葛藤は泡となり、単なる時間切れで
「ぼーぼー白髪の維持」という顛末を迎えたのだった。


「白髪で、美しく髪を保っている女性が理想なんです」

カットがあらかた済んだころ、ふと、鏡に映る美容師さんにもらしてしまった。

すると、美容師さんは、(オール白髪の女性をイメージされたようで)

「たくさんの方を見てきましたけど、あなたは真っ白の白髪になることは
むずかしいでしょうね。ご自分では“こんなにあるのに”と思うかもしれませんが
色んな方の白髪の生え方を知っているので、あなたの場合は、“白髪が多い”
とはいえないのですよ」と仰る。

ふーん。

そうかぁ。でもわたしはオール白髪を必ずしも前提としていないのだけどなぁ。

「白髪はあるけど、美しい髪」の話なのだけどなぁ。

そんなわたしの心内を斬るように、美容師さんは続ける。

「あなたの場合は、なんというか・・・、ゴマ塩タイプの白髪ですね。
ゴマ塩タイプの白髪って、そのままだと、どうしても、だらしないというか
お手入れしていない印象になっちゃうんですよ」

とほほ~。


実際、いつもの香草カラーをせず、カットだけした
白髪ぼーぼーの、鏡に映ったわたしは、とても
「白髪な日々」を謳歌する自信がないのであった。

(しかしなあ、美容師さんの仰ることは
圧倒的に賛同者の多い意見だろうが、そういう多勢に流される自分こそ
手放したいのだよな~。

「白髪な自分」に自信を持てれば、精神の自由が増しそうな気もする)

ああ、悩ましい。

わたしは理想と現実がまだ一致してないんだな。

「人の目」のために髪を染める、という生き方に納得がいかず
(主体性のないのはNO)
自分の美的感覚に沿うよう髪を好きな色にするのはいいんじゃないと思う
(主体性があるのはOK)

しかし現実は・・・
まだ人目を気にして、自分の美的位置が見つかっていない
中途半端な自分。

「白髪な日々」を謳歌する理想を掲げつつも
それを実現する覚悟ができていないのであった。

(加齢は、両者のミゾを埋めてくれるのだろうか?)


それにしても

歳をとれば、誰しも髪に白いものを生やすのが普通なのだけど
現代って、その「普通」スタイルで生きている人って、少数派。

白髪と共生することが、「だらしない」とか「みっともない」と見られがち。

これを「アンチ」とするならば、まずは、わたし自身が
白髪に自信をもたなきゃ! なのだよなー。


にほんブログ村 ライフスタイルブログ 40代の生き方へ
にほんブログ村
にほんブログ村 ライフスタイルブログ おひとりさまへ
にほんブログ村
にほんブログ村 ライフスタイルブログ セミリタイア生活へ
にほんブログ村 

時代はちまちま

11月12日(木)

街へ出て、用事を済ませたあと
久しぶりの美容院へ。
(→ 詳細は別途)

「クセっ毛の具合がいい」とか
数年ぶり「on the まゆげ」になった前髪を
「とてもかわいくなりましたね」と褒めてもらい
素直に喜ぶ。

なんかね、たまたま担当してくれた美容師さんの
波長がここちよくて、ラッキーな美容院タイムだった。

髪型の相談もすいすいでき、よかったよぉ。
(たまに「雑誌から見本を見つけてください」と言われることがあり
それって、あまりいい気がしないんだよな~)

そのあと、返却日の迫る本があったので、玉川図書館へ。

最近は、男性をターゲットにしていると思われる雑誌で
「かつて女性誌で火がついたテーマ」を扱うことが増えたのかな。

『日経おとなのOFF』では、「収納&片付けの作法」の特集が

『週刊朝日』では、「おひとりさま男性、幸せの処方箋」の特集が組まれていた。

その他の特集を見ても、時代は拡大でなく
縮小に縮小に向かっているな~と感じされられるものばかり。

ま、悪いことではないもかもしれんが。

時代はちまちまに向かっている!

にほんブログ村 ライフスタイルブログ 40代の生き方へ
にほんブログ村
にほんブログ村 ライフスタイルブログ おひとりさまへ
にほんブログ村
にほんブログ村 ライフスタイルブログ セミリタイア生活へ
にほんブログ村 

緊急事態条項ってなに?

安倍晋三首相は11日の参院予算委員会で、
憲法改正による緊急事態条項の新設に関し
「国民の安全を守るため、国家や国民がどのような役割を果たすべきかを
憲法に位置付けることは極めて大切な課題だ」と述べたそうな。

緊急事態条項って、なんのこっちゃ!?と思ったが

自民改憲案第99条(緊急事態の宣言の効果)
1 緊急事態の宣言が発せられたときは、法律の定めるところにより、
内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定することができるほか、
内閣総理大臣は財政上必要な支出その他の処分を行い、
地方自治体の長に対して必要な指示をすることができる。


想田和弘さんのツイッターで知ったこれが一例なのかな。
https://twitter.com/KazuhiroSoda/status/664479084131545088

つまり、「緊急事態の宣言」さえなされれば、すべては
内閣総理大臣の思うがままなのである。

あんな法律、こんな法律で、平時に国と国民が約束していても
一度宣言が発せられると、すべてチャラ、というわけか。

「まさに独裁」と、 平川克美さんなども仰っているが
おそろしや、おそろしや・・・・。

山崎 雅弘さんは、草案第98につき、次のように書かれている。
https://twitter.com/mas__yamazaki

自民党憲法草案にある「非常事態」条項の危険性については『戦前回帰』の中でも触れている。ポイントは第98条の「内乱等による社会秩序の混乱」という発動条件で、例えば安倍政権打倒を叫ぶ市民デモが全国規模に拡大すれば、同項を発動して潰せる。

「現政権や政策を批判する市民デモ」を「内乱等による社会秩序の混乱」に拡大解釈するなんて、いくら安倍政権でもしないだろう、と思う人は、安保法制採択を巡る憲法の恣意的解釈と公的記録の空白化や捏造、そして沖縄の新基地問題で今行っている行政法の二枚舌的な恣意的運用などを冷静に見るといい。

安倍政権と憲法や各種法令の関係については、戦後日本の常識など全く通用しない。「まさかそこまではしないだろう」というレベルの事象が、第二次安倍政権発足以来いくつも現実に行われ、既成事実化している。戦後日本の常識はもう無いという現実を受け入れられない大手メディアは、対処できていない。


わたしは、かねがね不思議なのだ。

安倍さんは「この国をよくしたい」という、彼なりの純粋な理念で
政治活動をしているのだろうと思うのけど

あれやこれやのご自身の手がける政策が、将来的に
日本の地に根付いても耐えるものとお考えなのだろうか?

百歩引いて、安倍さんがリーダーである限り
緊急事態宣言は独裁者的な利用がされないと仮定する。
でも、永遠に安倍さんがリーダーであり続けることは不可能で
「ならば、次世代のリーダーが、これを悪用する」なんて
想像はしないのだろうか?

憲法って、どんなリーダーがやってきても
リーダーの暴走を止め、いかなるときも
国民を守るためにあると思うのだけど。

「緊急事態だから」という抜け道を作ってしまっては
法は、ただの飾り物になってしまう。


にほんブログ村 ライフスタイルブログ 40代の生き方へ
にほんブログ村
にほんブログ村 ライフスタイルブログ おひとりさまへ
にほんブログ村
にほんブログ村 ライフスタイルブログ セミリタイア生活へ
にほんブログ村 
背伸びせず、ゆるゆると日常生活などをつづります

はえともみ

Author:はえともみ
 
万の風になって、生きる。

ちちんぷいぷい~。
(HSPの自覚あり)
「うつと仲良く! ひきこもりだっていいじゃない」と
開き直って生きてたら
元気になってきました。

→ 近年は、老母の観察メモの
(&それに伴う自身の変化など)
色合いが濃くなっております。
・・・ま、長い人生の一コマですな。

徒然な日々も、留まることはない。
すべてがいとおしい。だから書く?

最新記事
過去ログ

2020年 05月 【59件】
2020年 04月 【66件】
2020年 03月 【56件】
2020年 02月 【28件】
2020年 01月 【90件】
2019年 12月 【66件】
2019年 11月 【68件】
2019年 10月 【74件】
2019年 09月 【50件】
2019年 08月 【95件】
2019年 07月 【59件】
2019年 06月 【100件】
2019年 05月 【76件】
2019年 04月 【67件】
2019年 03月 【74件】
2019年 02月 【55件】
2019年 01月 【70件】
2018年 12月 【57件】
2018年 11月 【73件】
2018年 10月 【63件】
2018年 09月 【76件】
2018年 08月 【54件】
2018年 07月 【65件】
2018年 06月 【72件】
2018年 05月 【86件】
2018年 04月 【104件】
2018年 03月 【112件】
2018年 02月 【88件】
2018年 01月 【89件】
2017年 12月 【91件】
2017年 11月 【89件】
2017年 10月 【94件】
2017年 09月 【88件】
2017年 08月 【80件】
2017年 07月 【77件】
2017年 06月 【97件】
2017年 05月 【120件】
2017年 04月 【83件】
2017年 03月 【102件】
2017年 02月 【87件】
2017年 01月 【77件】
2016年 12月 【100件】
2016年 11月 【91件】
2016年 10月 【70件】
2016年 09月 【73件】
2016年 08月 【86件】
2016年 07月 【70件】
2016年 06月 【63件】
2016年 05月 【70件】
2016年 04月 【74件】
2016年 03月 【64件】
2016年 02月 【44件】
2016年 01月 【57件】
2015年 12月 【64件】
2015年 11月 【68件】
2015年 10月 【74件】
2015年 09月 【71件】
2015年 08月 【66件】
2015年 07月 【71件】
2015年 06月 【65件】
2015年 05月 【74件】
2015年 04月 【68件】
2015年 03月 【56件】
2015年 02月 【63件】
2015年 01月 【56件】
2014年 12月 【52件】
2014年 11月 【50件】
2014年 10月 【41件】
2014年 09月 【40件】
2014年 08月 【38件】
2014年 07月 【36件】
2014年 06月 【32件】
2014年 05月 【32件】
2014年 04月 【31件】
2014年 03月 【40件】
2014年 02月 【35件】
2014年 01月 【27件】
2013年 12月 【48件】
2013年 11月 【79件】
2013年 10月 【57件】
2013年 09月 【28件】
2013年 08月 【28件】
2013年 07月 【33件】
2013年 06月 【46件】
2013年 05月 【25件】
2013年 04月 【26件】
2013年 03月 【59件】
2013年 02月 【85件】
2013年 01月 【73件】
2012年 12月 【34件】
2012年 11月 【59件】
2012年 10月 【50件】
2012年 09月 【43件】
2012年 08月 【22件】
2012年 07月 【23件】
2012年 06月 【21件】
2012年 05月 【17件】
2012年 04月 【27件】
2012年 03月 【4件】
2012年 02月 【10件】
2012年 01月 【11件】
2011年 12月 【14件】
2011年 11月 【10件】
2011年 10月 【34件】
2011年 09月 【2件】
2011年 08月 【4件】
2011年 07月 【2件】
2011年 02月 【2件】
2011年 01月 【1件】
2010年 11月 【50件】
2010年 10月 【16件】
2010年 09月 【38件】
2010年 08月 【40件】
2010年 07月 【30件】
2010年 05月 【22件】
2010年 04月 【20件】
2010年 03月 【12件】
2010年 02月 【45件】
2010年 01月 【16件】
2009年 12月 【31件】
2009年 11月 【15件】
2009年 10月 【14件】
2009年 09月 【45件】
2009年 08月 【28件】
2009年 07月 【37件】
2009年 06月 【27件】
2009年 05月 【29件】
2009年 04月 【38件】
2009年 03月 【33件】
2009年 02月 【42件】
2009年 01月 【39件】
2008年 12月 【37件】
2008年 11月 【35件】
2008年 10月 【41件】
2008年 09月 【35件】
2008年 08月 【32件】
2008年 07月 【33件】
2008年 06月 【29件】
2008年 05月 【25件】
2008年 04月 【30件】
2008年 03月 【31件】
2008年 02月 【28件】
2008年 01月 【32件】
2007年 12月 【33件】
2007年 11月 【38件】
2007年 10月 【33件】
2007年 09月 【46件】
2007年 08月 【36件】
2007年 07月 【47件】
2007年 06月 【33件】
2007年 05月 【57件】
2007年 04月 【52件】
2007年 03月 【49件】
2007年 02月 【69件】
2007年 01月 【8件】

リンク