ともみ@ピクニック

「渋谷のジャンヌダルク」と自己犠牲あるある

自己犠牲などせず、今、この空間を楽しんでおくれ!
と神は云っているのに、ワシらは同調圧力の奴隷だよなぁ
という観察的体験談の例を出してくる、坂爪さん。
http://ibaya.hatenablog.com/entries/2015/06/27

お久しぶりに、「いばや通信」をのぞいたら
http://ibaya.hatenablog.com/

ニートはすでにゴールしているがクリアしているわけでない
という、納得話のあと
「その先にあるのは」という極めて現代的なテーマに触れて
「地球そのものが、既に宇宙を飛び交う宇宙船だから、私たちひとりひとりも
本当は宇宙飛行士なんですよ」という、バックミンスター・フラーという
お人の言葉を紹介し、わたしの忘れがちになっている世界を
文章にしてくれる、坂爪さんなのだった。
http://ibaya.hatenablog.com/entries/2015/06/29

ぐわっ。

こんな説明では、なんのこっちゃ!極まりない!! ですな。

しかし、「いばや通信」を、微々たる力であろうとも応援したいわたくしなので

未熟なのを承知しながらも、ここにリンクを貼るのであります。


さて、「いばや通信」の続きを(たまっているのだ)読もう。


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ありがとうの食卓

6月25日(木)

きのうはグリーンカーテンの環境を整えたので
(琉球アサガオと、西洋アサガオの苗を植えた。
例年どおり屋根の下から大きな網も吊って)、ほっ。

あすからまた金沢なので、留守中用の
食料品の買出しに行き、休憩のち、夕飯の準備。

新玉葱たっぷりのアジの南蛮漬けと
二種のナムルを作り
あとは麹漬けになっている三元豚を焼けばいいか
という段階で台所仕事は終了。

それから庭へ。

先日、庭師さんから教えてもらったことを参考に
盆栽をいじっていたら面白くて・・・・・
(盆栽というよりも、わたしは剪定が好きなのだろう)
もっとやっていたかったが、母から頼まれていた用があり
久しぶりに畠へ出向く。

玉葱やじゃがいも運びの手伝い。

その後、やっとT子さんに連絡がつき
山形のさくらんぼをお裾分けにもって行ったら
夕張メロンをいただいた。

わ~い。

さくらんぼを送ってくれたBちゃんによると
「今年は天候の都合であまり出来がよくない」と言っていたが
そんなことはなく、しっかり甘いし、例年よりも
大粒のような気がする。

そして、夕張メロンは、舌までとろけそうなほどの
魅惑の甘さがあった。

みなみなさま、いつもありがとうございます。


夕飯のあとは、サバの味噌煮
(100グラム38円のサバを3尾も買っていたので)と
五郎島サツマイモとリンゴのコンポート
(季節はずれだけど、どちらも早く食べねばの食材)
をこしらえる。

えっと、夕飯に食べたアジ南蛮には「奄美のきび酢」を
コンポートには「ブルーアガベ(テキーラの原料)のシロップ」を
贅沢にも使ったのであった。

これはどちらも、自然食材に造詣の深いY子さん
(母やわたしでは手も出ないような高級なオーガニック品を
惜しげもなく詰めた宅急便をたまに届けてくれる)からの
贈り物なのである。

やはり、みなみなさまのおかげで、豊かな食生活を
享受できております。感謝。


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自転車、退院

6月24日(水)

さて、おととい入院した自転車をとりに
代車に乗って自転車屋さんへ。

前輪と後輪、左右のブレーキの調子の悪さを
挙げていたが、そういえば

「ライトがつかない」「鍵がかからない」
「ベルがとれている」状態でもあったのだった。
(なじみ過ぎて、忘れていた)。

店主のおじさん曰く
「後輪は新しく変えて、前輪はムシを直して
ブレーキもちゃんと良くして、あとライトは
いまどきのをつけといたよ」とのこと。

(ふーむ。おじさん、よく気がつきました。
しかし、鍵とベルまでは目が届かなかったのね)

かかった費用は、一万五百円なり。

近年は一万円もしない自転車が売っているわけであるが
この自転車は20年ほど前に祖父の弟が買ったものを
(定年退職し、バスで祖父宅まで来て、この自転車で畑に通っていた)
うちが譲り受けたという思い出があるので
新しい自転車を買おうという気がしないのだ。

それに国産自転車は頑丈だ。

これと同じときに買ったらしい別の自転車も
数年前にあちこち修理してもらい(そのときは七千円かかったそう)
現在は母が毎日愛乗している。

古い、どこにでもありそうなママチャリに
ここまでお金をかけて乗っている人って、あまりいないのかもしれないが
自分たちが納得しているのだから、これでいいのである。

それにしても、自転車屋さんも減っているみたい。
修理をしてくれたおじさんには「長く商売して下さい」と
お願いしておいた。


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からだメンテナンス

6月23日(火)

お久しぶりの接骨院へ。

前に買った某駅への回数券があまっており
どこか遊びに行くところないかなぁと考えた末
体のメンテナンスのためにGo接骨院としたのである。

今、これを書くにあたり、この接骨院に行った過去の日記を
探ってみたら、2012年の冬にこんな記事があった。

オステオパシーも使った手技(頭蓋骨や骨盤を調整し、硬膜のねじれを改善。脳と身体全体のバランスを整える)、レメシーを使った神経伝達調整治療。薬石ベッドに寝て自律神経を活性化。など。そうそう、首がもう十日も痛いのですと訴えて、なんか、その治療もしてもらった。わたしは、前々から「心を整えるには、からだを整えることが大切(逆も然り)」をポリシーにしていて、一度からだの状態を(ゆがみとかね)どこかで診てもらいたいな~と思っていたの。おお、それが、期待以上の体験。心身健康哲学の同志(先輩)となる先生のような予感も。嬉しいな。

ふふ、このごろ、すっかり忘れていたけれど
「心を整えるには、からだを整えることが大切(逆も然り)」
なのだよね~。

当時はオステオパシーというものに興味をもっており
(今もすばらしいと思っているが、日々の生活に流され忘れがち)
たまたま家族がお世話になっている(*)この接骨院で
そういった体のメンテナンスをしていることが分かり
何度か通っていたのだった。

えっと、骨盤のゆがみを整えてもらったきりだっけ。

             *

今日はそもそも母が予約していた日であり
(彼女は定期的に通って先生の手技を受けている。
ここに通ってから風邪を引かなくなったそうな)
母は大御所先生に

わたしは若先生に診ていただく。

もともと、自覚的な身体の不調はなかったのだけど
若先生曰く、右手に疲労と
胸の下にストレスと緊張が少し現れているそうだ。

ふむふむ、まあ、納得。

右手は庭仕事の影響だろうし
体にストレスや緊張があるのは生きている証だもんね。

緩めていただく。

あと、歩くときのクセと関係しているようなのだけど
(脳から出る歩く指令に対して正しく対応していないらしい?)
足の指のほうにもちょっと違和があるようで
自分でマッサージしたらいいよ、と言われる。

ま、比較的、短時間で終了。

そのあとは微弱な電気の流れる機器を
手のひらとお腹にあててリラックス。

(あったかい薬石のベットに寝るサービスは
なくなっており、残念である・・・)


(*)ここに通うようになる前の母は
父が生きている頃は月曜~土曜、ほぼ毎日
自転車で行ける距離の接骨院に通い、その後
自分で遠出をしなくなってからは、整体
マッサージ、針など、あちこちの治療院を
人の車に乗って渡り歩いていた。
「どこそこが痛い」など、歳をとると
体の不調が出てくるらしいからね。
しかし、ここの先生に出会ってからは
まったくヨソには行かなくなって、思えば
母が不調を訴えることも大変減ったのだった。

あと、姉の家族もお世話になっている。
柔道整復の資格をもっている先生で
スポーツ故障などにも非常に評判が高く
甥っ子や姉も体の不調があるとここに駆けつけ
ミラクルな回復をしてきたようである。

(正直、具体的な不調をもっているわけでなく
ただメンテナンスのためにしか通ったことのないわたしは
もっと実感をともなったミラクルを体験してみたい!と思う)

             *

アルファスティムというものを、新しく導入したそうで
すごーーーくやってみたい。

(戦争帰りの軍人の精神治療のためにアメリカで開発された機器。
自律神経や脳波のバランスを整え、うつや不眠などなどに
効くらしい)。



帰りは、姉に送ってもらい、一緒にお昼。
(「やまや」にも寄ってもらい、ボックス型の
赤ワイン2リットルを2箱、白ワイン3リットルを1箱
購入。うひうひ、在庫を気兼ねなくワインを楽しめる)


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自転車の入院

6月22日(月) 

おとといね、スーパーから帰ろうとしたら
ガタンガタンと後輪の振動が直にお尻に伝わり
自転車の乗り心地がヘンだったの。

止まって確認したら、ありゃりゃ、見事
後輪がぺっしゃんこ。

出かける前に空気を入れたのになー。

実はこの自転車、以前から
「前輪は空気を入れても数日で減ってしまう」し
しばらく前には走行中に
「右ブレーキがプツっと切れ」ており
ちょうどその頃から
「左ブレーキの調子もよくない」
状態だったのだ。

本日、母に道案内してもらい
自転車屋さんに修理にもっていく。

「一万円ほどかかるね」と言われたので
その覚悟をし、お願いすることに。

その場で直してくれるのかと思いきや
時間がかかるようで、本日は代車(!)を貸りて
後日またとりに行くことになったのだった。

その足で、普段は行かないスーパーに寄り
買い物のあと、イートインのコーナーで
カップのカキ氷を食べましたとさ。


話は変わるが、わたしが実家を離れているあいだ
庭師さんがやってきて、剪定の続きをしていってくれ
とーーーーっても、すっきりしたのであった。

ああ、惚れ惚れ。

あとは自分で椿の木などを剪定するつもりなのだけど
(害虫の発生する時季でもあり、早くやらねば)
それはちょっと置いておいて
夕方は、小さな庭仕事を。

緑のカーテン用に使う土の準備をしており
これがなかなか手間がかかる。

前から使いまわしているプランターと鉢の土壌を
網を使いながら

過年の根っこやゴミをとり除き
大きめの土&小石、細かい砂に分ける作業。

はふーっ。

もうね、作業用のジーンズをはいているので
ぺたっと正座したり、片膝立てた座りスタイルだったり
・・・・し、先週末からやっているのだが
まだ終わらん。

本日は夏至で、それを祝って日暮れまで作業したいところだが
(このごろは夜の7時半ころまで外仕事をするのが定番)
あすに備えて、早めに作業を切り上げ、お風呂に入ったのだった。


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END ALS

6月21日(日)

ゆうべ、そろそろ寝よっと、と思い
テレビの録画を止めたら、地上派のEテレでは
ALSのヒロさんのドキュメンタリーをやっており
寝るのを忘れて観てしまった。

6月21日は「世界ALSデー」なのだそう。
それもあり、この放送をしていたのかな。
(ALSは昨年、アイスバケツチャレンジでも認知が広がりましたね)

わたしは前々より、この世の中で一番こわい病気は
ALSではないだろうか?と思っている。

詳しい知識はないし、漠然とした思いなのだけど

「意識も身体の感覚もちゃんとあるのに、徐々に筋力が低下し
やがては一切の身体の動作ができなくなる(瞼さえ自力で開けなくなる)」
このALSという病よりほかにおそれるものはないのではないか。

生きている限り、閉じ込められるのだ、自分という意識のなかに.。
他者とのコミュニケーションは一切とれず、息さえ自分で出来ずに。

想像するだけで、この世に対する価値観が変わってくる。

わたしに、なにができるだろう。
このALSについて、今すぐ思いつくことはないけれど
(Tシャツ買おうかな、寄付のつもりで)

せめて、ヒロさんの上司の語る
この病気の基礎知識や、ヒロさんのプライベートな話の
ネットのページをここに貼っておこう。

http://logmi.jp/17723


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平和な土曜

6月20日(土)

きのう、北陸も入梅したらしい。

ゆうべ実家に戻ったわたし。昼に起き
録画の『YOUは何しに日本へ』を観ながら
ラーメン食べて、洗濯しながら日記を書いて
ラジコを聴いてぼけっとしていたら、母帰宅。

田んぼ道を自転車走らせ、スーパーへ。
ペダル重く、あ゛あ゛あ゛息苦しい、と思ったら・・・
強風向かい風なのだった。

帰宅後、あたたかい緑茶をぐびぐび飲む。
「あー、暑い。熱中症ではあるまいか?」と思うほど
カラダのだるだる感があったのだけど

台所に立ち、買ってきた魚介の整理を・・・

真イカは胴を塩辛にして
(墨も入れたので、黒作りか)

頭と脚と耳は薄塩して干して

トビウオは「揚げ焼きにしよう」と思っていたけど
(母が昼に「トビウオの甘酢あんかけ」を食したらしいので)
油を使うのは止め、おろした身を酢でしめておく。
(あとは胡瓜や玉葱と一緒に酢の物にしよう)

もちろん内臓をはじめとしたアラは醤油煮で。
(鍋で煮ると、調味料を大量に使ってしまうので
初めて「調味料控えめ、レンジでチン」をしてみた)
うほっ、酒の肴が増えた。

そのあとは、日が暮れるまで、庭仕事。


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中川さんの『縁の切り方』

6月19日(金)

おっとっと、一日期限を過ぎてしまったけれど
図書館に中川淳一郎著『縁の切り方』を返却。

中川淳一郎さんは、週刊誌の連載コラムが
「ふむふむ」とおもしろく、新刊が出たというので
はじめてご著書を読んでみた。

とても正直な方だなー、というのが感想。

ぱつんぱつんにエネルギーがある
(つまりまだ枯れていない)
のが伝わって、それはもしかしたら
現代的な強者ゆえの驕りとなって現れている
面もあるのかもしれないなぁとの印象はあり
本書の内容をまるごと賛同はしないけれど
興味深い話もいっぱいあった。

もう、手元にない本なので
(しかも返却してから、これを書いている今は半月経った)
おぼろな記憶ではあるけれど・・・・少しメモ。

「人は思いつきでモノを言う」という話には
わたしももっと気を留めていようと思った。

わたし自身もそうだけど、まわりの人だって
みんな「思いつき」でモノを言っているのだ。

だから、人の言葉に、ナーブになり過ぎる必要はないのだな。
(自分が気にしているだけで、発した相手は忘れていること
なんて多々あるのだろう。逆=自分が発言した場合も同じ)

ふわふわと、もっと柔軟に、言葉を聞こう。

それから、「学生時代の友人は聖域」という通説はウソだと
著者ははっきり断言していたっけ。

よく、学生時代の友人とは何十年会っていなくても
会えば一瞬にして「あのときに戻れる」なんていうけれど
そんなことはないよねー。

(仮に「あのときに戻っている」としたら、それは
今ではなく過去を見ているだけ、過去の相手や自分を
なつかしんでいるだけなのだろう)

お互い、歳月の分だけ経験を重ね、知識も考え方も
当時とはまるきり違うのだから、まるで別人同士に
なっているんだよねー。

わたしは前々から推測しているのだが
「学生時代の友人との再会」で嬉しいのは、なによりも
過去の自分の時間を再び大切に手元に取り戻せた
感覚によるものではないのだろうか?

もちろん、時間が経って、ますます好きな人間に相手が
なっていた場合の再会は、とてもとても至福なひと時だろうが。

なつかしさや、記憶という魔法の力を借りているのを忘れて
「学生時代の友人はすばらしい」という、すりこみの聖域に
喝を入れた著者に拍手を送りたい。

(もちろん、人間だもの、なつかしんでもいいし
情と記憶を好きなように絡ませて味わうのもいい。
わたしにも今も大切にしたい学生時代の友人はいる)

しかし、すごいタイトルをつけたものだな。
『縁の切り方』だって。
(ちなみに副タイトルは「絆と孤独を考える」)

タイトルだけ見れば「人とのつながり乏しく
孤立した生活を送る」人の書いた本と誤解されるかもしれないが
そーんなことはまーったくなく、著者はとても人とのつながりを
大切にしておられる。

だからこそ、闇雲にまわりの人を大切にし過ぎて
自分がパンクしてしまうする前に、人間関係を整理しよう
という話なのだと思う。

そこに至るには、彼の、アメリカでの孤独な子供時代や
婚約者の自死という体験があったことも明かされており
著者の前半生の物語としても読める本なのであった。

◎おまけ◎ これを読むのに、はじめて中川さんのツイッターを
覗いてみたら、(挑発的な単語はおいといて、っていうか
字面だけを見たら、すごいオヨヨな人にとられるかもしれないが
本書を読んだあとなので、わたしはやや面食らいはしたが
これも彼の自分を守る要素であり、職業上の顔なのかなぁと
勝手に推測)、彼の食生活に興味がわいた。パクチー好きなのね。


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コントのような国会中継

ラジオを聴いていたら
「(自民党の若手勉強会で、沖縄の新聞社に対する暴言や
マスコミを意のままにする術を語り合っていた)・・・ことに対する
処分が下された」と報じられていたけれど

「・・・ことに対する」ではなく、「・・・ことが公になったことに対する」
としたほうが現実を汲み取ることに近いのでは!
と、わたしは思ったぞ。

普段から、内々では「当たり前」とされている価値観なのだろうし
ここまで大々的に報じられなかったら、処分の「しょ」の字も
党内から出なかっただろう。

実はわたし、このことが国会で取り上げられていたとき
そのやりとりをテレビを通して生で観ていたのだ。

(たまたまテレビをつけたら、この問題の
トンデモ質疑応答が繰り広げられていて
あまりのトンデモなさに目が離せなくなっていた)

民主党の寺田さんのもたらす話に
お得意の噛み合わない話で答える首相。

辻元さんの質問に移っても、やはり話をそらして
相手のココロを折るような言葉で返す首相。

まるで、悪魔のコントのようであった。

今回のことはたまたまここまで大きく取り上げられたけれど
「こーんなの(天下は自分たちのものと勘違いしている人々の会話)は
日常茶飯事なのだろうなぁ」と、わたしは思う。

ただ、よかったこともある。

報道規制をされまくりの新聞やテレビでしかニュースを知らない人は
(ネットを使っていると忘れがちだが、こういう人はまだまだ沢山いる)
そこで報じられる枠内の価値観を信奉せざるをえないかもしれず
どこまでトンデモないことに今の政権がなっているか
分かっていないようにも想像される。

(国会中継だって、都合の悪い議題だとあらかじめ分かっているときは
中継を中止して別番組を流しているようだしね。今回はたまたま
ここまで問題視される話になったけれど、これが事前に分かっていれば
別の番組が放送されたかもしれぬ・・・・、というのは言いすぎか?)

だから、そういう意味で、国民に広く政権の素顔を知らせるには
よかったのではないのかなー。

(どの政権だって、公になっていないだけで、報道規制はしてきたのだろう。
ただ、それは「いけないことだ」という政治家としての恥を、胸のなかにはもって
いたのではないかしら? しかし、今や、そういう恥をもっている政治家が
減っているようにも、わたしには見える)

それに、ここまでの悪態をさらせば
マスコミだって「政権に大寄りした」内容ばかりを報じてはいられないはず。


*  *  *
普段は、日記の時間軸にあわせて、時事話などをアップしているが
このごろ日記がたまっているので、(えーっと、現時点で一週間分か)
日記の時間軸にあわせたら、この話はいつアップできるんだ?な為
今回は時間軸を飛び越えてアップしました。


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50代初婚

Nちゃんは、50代半ばの男性。
初婚である。
「Nちゃんが結婚する」って聞いたときは
びーーーっくりしたなぁ。
(生きていると、どんなことが起こるか分からない!
と、あらためて思ったほどの驚きであった)。

先月のブログで、母方の親戚はみんな
絵に描いたような王道人生で・・・と愚痴りつつ
「父方の親戚はもう少しバリエーションがある」と書いたのを
誰も覚えていないと思うが、そうなのだ、父方の親戚は
音楽の仕事をしたり、自営をしたりと、お堅い職業以外の
ヒトもいたり、なんたって、イトコのうち、唯一
Nちゃんが独身であったのだ。

そして、このたびの、Nちゃんの結婚。

Nちゃんのお父さんは、わたしが物心ついたときには
すでに他界しており、Nちゃんのお母さん(我の父の姉)も
数年前に亡くなって、いわゆるNちゃんは
ホンモノのおひとりさまだったのだけど

まさか結婚とは!

彼は、永遠の独身をまっとうすると思っていたのに・・・。

ほとんど色事には興味のなくなったわたしでも
少し考えてしまった。

(元々結婚願望があるようには見えなかった)彼が結婚するのは
天涯孤独になったことと関係があるのだろうか?

親を亡くし、ひとりぼっちになった中年のNちゃんは
なにか人生に対する思いの変化があったのだろうか?

それとも、たまたーまの流れで、彼の適齢期が
50代半ばであっただけのことだろうか?

(それとも、もしや、子宝を授かって身を固める気になったのか?)

おまけにねー、結婚式はしないけど
親族の顔合わせの会はするらしいので
これは、どーゆーことなのだろう?
Nちゃんがそんなこと希望するかなぁ?
これはお相手の親御さんの意向なのかなぁ?
と、想像は膨らむのであった。

父方の親戚とは、父が亡くなってから顔を合わせる機会が減っていたので
(たしか一同に会したのは、数年前の法事以来だ)
こういう集まりがあるのもイイのかもな~。


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洋服さーん

6月18日(木)

来月のNちゃんの結婚の祝い会に来ていく
洋服、どうしよう・・・

数年前に断捨離した際、服も思い切って
捨てたからなぁ。。。
でもでも、すこーしは残してあるのだよな。。。

まあ、「サイズが入らない」という結末が
待っているだろうけれど。。。

クローゼットを開け、ダメ元で、一人ファッションショーを。

そしたら、なんと、なんと
二着目で、「これ、いい!」というものに遭遇。

胸がぐわっと開いているけど、見せるキャミソールを着ればいい。
しかも、夏にOKなワンピース。

地味でなく、かわいい感じなのだけど
今のわたしにも似合っている(ように思った)。

(この服は、今はあとかたもない新宿のキャバレーでの
菊池成孔さんのコンサートに着ていく用に買ったのだ。
あのとき一回しか着ていない・・・はず。 ↑ ブログを探ったら8年前のことと判明

おまけに、パールのアクセサリーとも合いそう。

おお、やった!


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ブログ村から学んだこと

ひとつ下の冒頭話に戻るが・・・

わたし自身が「うつ」のカテゴリに参加するのを
あえて止め、また徐々にそういったカテゴリを
覗いて読む機会を減らしていった結果

心が健康ベクトルに向かう速度が加速した。

これにはほかの要因も関係すると思うので

単に「うつ」の集合エネルギーから遠ざかったために
自分自身の「うつ」が失せたとは言い切れないが

多少なりの因果関係はあると、自分では判断している。



以前、ある方から、「自分と同じような状況の人の
ブログなどをつい読んでしまう。そして将来をますます
悲観してしまう渦に嵌っています」というような
告白をされてしまったが

んー。

第三者のわたしからすると、その仕組みが、はっきり見える。

読みたいんだよね。読みたいの。

自分と同じような立場にいる人の、嘆きや苦しみを。
それを知ったからといって、実際に自分のしんどさが軽減される
わけではないのだけれど、それを読んでいるあいだは
なぜか、「自分だけじゃない」とか「ほかの人も大変なんだ」など
自分が慰められた気になってしまうのだよね。

それに、「ほかの人も頑張っている」という垣間見も
自分を励ます脳内体験のような気がして
読む動機になるのだろうな。

だけどね、たいがいは
自分のミラーのような人の生き方を覗いても
そこに傷を舐めあう的な安心感が育ち、ますます
自分がその状況にとらわれてしまうだけなのだと思う。

その状況が好きじゃないのに
その状況に飲み込まれているゆえ
本人の意識しないうちに、よりいっそう
その状況に近づいてしまう行為をし
( ↑ 同類の人のブログを読むなど)
無意識のループのなかで
その状況を強固にしているのだよなぁ。

たとえば、Xという生きる状況があり
そのXがイヤなのならば、できるだけXにエネルギーを注ぐような
ことをしないほうがいいのだけれど、「イヤだイヤだ」と言いながら
そのXに自覚なくエネルギーを注いでいる人は多い。



これも、わたしがブログ村から学んだことだ。



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ポジの道

そもそも、わたしが「ブログ村」という所を知ったのは
「うつ」の人の日記を検索して読んでいたことが
きっかけだった。

しかし、わたし自身がブログ村に参加するにあたって
「うつ」のカテゴリに入るのは、あえて、避けた。

なぜなら、そんなのに入っちゃったら
どんどん輪をかけて、自分がそっちに引っぱられていく
と思ったから。


      *        *        *


たぶんこれを知らない人は多いと思うが、人間は
自分につけたラベルに無意識にエネルギーを
注いでしまう動物なのだ。

ネガティブな感情の吐露は、その瞬間は自分をラクにして
くれるかもしれないが、それは自分の知らないうちに
自分を縛る道のりになる。

なにげに下した自分自身への評価は
思いもしない力をもつ。


      *        *        *


世の中には、ポジティブさんがいて
世間の人々から冷たく見られることもあると思うが

(わたし自身もポジティブさんが得意ではなかった。
しんどいときに持ち前のポジティブを振りかざされると
精神的な暴力というか、不快を感じるというか・・・)

今のわたしなら、分かるのだ。

常にポジティブでいることは、とてつもなく大変。

鼻で笑われるような存在であってはならず
もっと世間から評価されていいのになーと。

ただし、表向きだけポジティブで
笑顔の下では「ど黒い」ものを抱えているような状態が
慢性化しているのは、一種の人格的な病なのであろうし
なにより不自然なので、こんなのはちっとも
いいとは思わないけれど。

ムリをして、自分にウソをつきまくって
ポジティブである必要は全然ないのだが

わたしは
ネガティブなものを発して生きるより
ポジティブをちょちょいと取り出して
自分で自分に見せられるような
(ここ肝心。他者に見せるのではない、自分自身に見せるのだ)
人間になりましょう。


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ブログ村さん

自己矛盾という言葉を、ひとつ下に書いたけれど

そもそも、ブログ村というコミュニケーションの場
自体がわたしに合わない・・・・・・とは
早々の段階で気付いていたのではあるが
それでも参加が一年以上続いてしまった。

「お試し」のつもりが、ついつい日が伸びて
離れ時を失ったともいえるし
(一年というのはいい区切りであったのに
ぼけっとしていたら一年が過ぎていた)

ほんとーのことをいえば、自分の心の整理のために
書いているブログ(日記)とはいえ
自分以外の人間にも読んでもらいたいという
じゅくじゅくとした欲がわたしにあるのだな。

「誰でもいいから一人でも多くの人に」なんてふうには
思わず、なんちゅうか、宇宙に向けて綴った手紙を
この地球上の会ったこともない誰かが拾って下さり
互いに生きることへのエールを送りあえるような
(ここが、ヘンなところなのだけど、無言であっても
エールを送りあえるような)
そんな存在が、わたしは欲しいのだろう。

分子を「0」から「1」にするには、分母が要るの。

宇宙に向けて綴った手紙を誰かに拾ってもらうためには
分子を「0」から「1」に、「1」から「2」に、「2」から「3」に・・・
それは分母を増やすことで可能性がでてくる。

あえて、ブログ村という所に留まっている理由を
挙げるとしたらこうなるのかな。

いやいや、待てよ、自分。

(なんか、なんか・・・、それだけでは違和感が。。。)

んーーー。

あのね、一度でも、こういう場を体験したら、以前のように
まったくヒッソリ自分一人でブログをやっていくというのが
さみしい! こういう本音もあるのかも。。。

(ブログ村といっても、なんのこっちゃの方のために書くと
ここに参加をすると、自分がアップした記事のタイトルを
公式サイトに数時間表示してもらえる仕組みなどがあるのだよ。

まあ、自動プログラムに見守られている、というわけですな)。

ありがとう、ブログ村さん。


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セミリタイアの概念

いつのまにかネットの世界をのぞくと
労働収入で暮らしていない日々を
「セミリタイア生活」と表現する場が
できていたけれど・・・

労働をしない己への「世間の目」の心配や
非労働ゆえのあれこれを案じて暮らすのは
自由を手に入れたのではなく
「新しい心配事」を増やしただけであり
わたしのイメージするセミリタイアとは離れているが
それも大別でリタイアの括りに入るらしい。

まあ、ごくごく一握りのネットユーザーの
共通認識に過ぎない話ではあるのだけれど
ともかく、経営者でもなく、労働者でもない
老年前の者たちの生き方を
セミリタイアと称する世界があるのだった。

わたしにとっては、もうあらかたのやるべきこと
(人生の仕事)を終え、悠々自適に暮らすのが
セミリタイアなのだけどなぁ・・・。

(考え方が、古いのかしら?)



一年ほど前、わたしは日本ブログ村に初めて入村し
その際、「無職」のカテゴリーに参加してみたのだが
「どうも、ここは、就職する目的がある人たちが集っている
らしい・・・」と気づき、そのカテゴリーから出て
たまたま知った「セミリタイア」というカテゴリーに
「おお、こんな居場所があるのか」と参加してみたのだが
違和感がないかといえば、あるのである。

わたしとしてはセミリタイアではなく
新しい生き方に移行しただけなんだ・・・という。
(あらかたの人生の仕事を終えたわけではなく
まだまだやることはいっぱいあって・・・)

それでも居場所的な意味がなんとなくは
ありそうな気がして、いまだ
このカテゴリに継続参加しているのだった。

ぼんやりとした自己矛盾。



先月、ブログ村に初入村して一年がたったので
色々とブログ村の感想を書きたいと思いつつ
日が流れてしまった。

気が向いたら、ブログ村の感想のようなものを
また書きたい。



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