ともみ@ピクニック

ココナッツオイルとカレーの相性

5月27日(水) その二

12時すぎの起床。

昼食をとってもエンジンかからず

だるいし、気温も高く
ラジコを聴いたり
夕飯づくりなどをして過ごす。

16時半、やっと外へ。

主な仕事は、メインの盆栽置き場周辺の
草むしり。

特筆すべき仕事は、水場のそばにある
下水のコンクリの蓋を持ち上げて
なかに溜まった砂をかき集める作業。
(これまで、なかなか手をつけられなかった。
やってみれば、蓋はさほど重くなく、すぐに終る作業であった)

今日に限ったことではないけれど
なかなか思ったように仕事が進まないなー。

「疲れが溜まっているのだ」と思っていたが
もしかしたら連日の気温が30度近くもあり
暑さにカラダが追いついていないのもあるのかなー。

本日の仕事は19時過ぎまで。


夕飯は

・竹の子カレー
(お肉を少なめにして、厚揚げをたっぷり入れた)
・スナップエンドウとアスパラをゆでたの
・カブラと胡瓜の薄塩もみ
(カブラは果物のように柔らかくて甘い)
・あさりの味噌汁

エクストラバージンのココナッツオイルを食べる直前の
カレーにかけてみたが、うーん
当然ながらココナッカレーみたいな味になるわけでなく
ビミョーなあと味をもたらした。


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かいほうろうじん

5月27日(水) その一

ラジオに、野村進さんが出演されており
「なつかしい、お名前だなー」と思い聞いていたら

なになに、野村さん
『解放老人 認知症の豊かな体験世界』なんて
ご本を出されたのね。
http://bookclub.kodansha.co.jp/product?isbn=9784062164252

それまで押さえ込んでいた怒り悲しみ憎しみ
などが、たががとれたように吹き出る
これは一種の解放ではないか?

と、認知症の症状をとらえる野村さん。

彼らしく、たんねんに取材を重ねたノンィクション
なのだろうということが、ラジオの話からも分かる。

わたしたち(認知症になっていない者)は
認知症の当事者の世界をまったく理解しようと
していないのだよなー、ということを
教えてくれそうな本の予感。

(たとえば、お風呂はきもちいいもの、と介助者などは
思いこみがちだが、当人にとっては、お風呂は
「他人が強引に自分に介入してくる」という記憶から
お風呂=恐怖体験となっているケースがあるそうな)

アジアに詳しい野村さんは

「フィリピンでは年寄りは大事にされ、幸せそう。
だから彼の国で人は歳をとることをおそれない。

しかし、日本では
老いはおそれの対象となっている」

と語る。

ちょっと興味そそられる新刊だなー。


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笹と格闘

5月26日(火)

むむー、お昼に起きたとほぼ同時に
母と(母の運転手の)姉が帰ってきたので
あわててお昼ごはんの支度。

午後は、3人で買い物に行き、帰宅後は
姉のリクエストに応えて、彼女の買った
ふくらぎ、一尾と、あじ、2尾を三枚におろす。
(そして我は彼女の家では捨てるだけの
アラをもらって毎度の醤油煮にしたのだった)。

コーヒーを飲んで、ほっと一息したら
もう16時だ。

いざ外へ。

「やらなければいけないことがあると
別の作業をしたくなる」と先日の日記に書いたが

今日も緊急をまったく要しない作業を
ウォーミングアップとしてやっていたら
またまたハマってしまった。

小灯篭の下の笹を、じゃらじゃらとした
敷き砂利にカマを入れて、退治。

その周りの、大きな庭石は動かせないけれど
漬物石くらいの重さのはドテっと動かして
その下を張りめぐる強靭な笹の根っこを
がしがしとカマで切っていく。

ふぅ。

あっという間に3時間。

今日もクタクタだ。
(そして、やらねばと思っている作業は
またまた明日以降の宿題になるのだった)


☆今夜のご飯☆

・ぶり照り焼き
(石川産の天然ものが安かった。
今のシーズンのは脂が少なく
照り焼きより塩焼きのほうが良かったかも)
・具沢山の粕汁
(色々野菜、キノコ、そして油揚げ)

今日は、夕飯を作る体力がなく、具沢山の粕汁で
ごまかし、あとは、大根おろしはじめ、残り物が
ちょこちょこあったので、それを並べて晩酌。


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雀よ、合掌

5月25日(月) その二

結局、朝の7時半をまわって
二度寝をし、昼の2時ころに起きる。

うーん。

ここ数日、がんばり過ぎたようで
今日は休養日にしよう。

母に「あれは注文したの?」と催促されたので
あれ、えっと、ナッツ類ですな、をネットで注文。

春に、「神戸のおまめさん みの屋」さんで買った商品が
良かったので、同じお店で

クルミ(生)1キロ を2袋 
カシューナッツ(素焼き)1キロ を2袋
バナナチップス5百グラム を1袋
その他、大袋の菓子を2袋

今回は運賃が無料になるようにチョイス。

(加熱のクルミも買おうと思ったが、売り切れであった)

前回は「クルミ1キロ、カシューナッツ1キロ、大袋菓子」を
2週間ほどで食べつくしてしまったので、これだけ買っても
あっという間におわりそうだ。

この支払いのためのコンビニと、晩酌の必需品の
補充のために酒屋さんへ出かけ

帰宅後、夕飯の支度をしようと思ったが
いまいち献立を決めかねたので、先に庭の水やりをすることに・・・。

まずは軒下の盆栽に水をやっていると、目を疑う光景が!

雀が死んでいたのである。

動揺しつつも、新聞紙で包んで、ひとまず別の場所に。

(どうしたんだろ。病気だったのか、ケガをしたのか。
うじはわいていなかったようだが、目玉のあたりだけが
腐食というか、虫たちに食べられていた)

なむあみだぶつ。

これで、今夜のご飯、チキンカレーの案は消えた。

その後、水やりを終えても、まだまだ日はあり
「今日は休養日」としたけれど、家にこもっているのが
もったいなく、花がら摘みの続きをしたり、それに飽きたら
きのうのノムラモミジの隣にある、青葉のモミジの剪定を
ぜんぜん本格的にじゃなく、気の向くままにしていたら
たくさんの芍薬をもらってきた母が帰宅。

ときは夕の6時半。
まだまだ外は明るかったのだけど
芍薬を生けるため、これにて家のなかへ。


☆今夜のご飯☆

ざる蕎麦(いただきものの、十日町の蕎麦)

いつも、冷たい和麺を食べるときはワサビを添えるのだけど
今日はたっぷりの大根おろしを用意して、あとは
胡麻、納豆、海苔、ネギ、塩辛を薬味にした。

あと、ささっと、山ウドのきんぴらと
カブラのサラダをこしらえ

冷蔵庫の残り物、母作の煮魚や、昆布かまぼこを食卓に。

(ちなみに、山ウド以外の野菜はすべて
収穫してから一時間も経っていないものである)。

久しぶりに早い時間の晩ご飯で
これまた久しぶりの休肝日であった。

今日はカラダを休めたので、明日からまたがんばろー。


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さみしさ、バンザイ!

5月25日(月) その一

ゆうべは泥のように疲れていて
早く床に就き、すぐに眠ってしまったのだが
案の定、ものの一時間ほどでスコンと目が覚めてしまった。

(昼はいくらでも眠れるのに、夜は短時間の睡眠で目が覚める
カラダの癖がついているのだ)

で、枕元においてあった、読みかけの
『寂しさの力』(中森明夫著)を手にとる。

前半は、家出、窃盗団入団!をはじめとした著者の
若き頃のエピソードがおもしろく、するする頁が進み

中盤は、ウォルト・ディズニーや坂本竜馬そして
アイドルなど、著名人の寂しさを考察する話に流れ

後半は、16世紀の人、モンテーニュの話で盛り上がる。

――孤独の目的はただ一つ、すなわち、もっと悠々と安楽に生きることであると思う。
――孤独の中で、おまえ自身がおまえのために世間になれ。
――われわれの心は自己を友とすることができる。

など、モンテーニュさんはご著書『エセー』のなかで
おっしゃっているそうであるが、なんだか、わたしの人生
モンテーニュさんの言葉の実践のようだと思った。

(ちなみに、『エセー』とはエッセイの語源となった本ですな)

ところで、中森明夫さんは
『エセー』のなかには「むなしさ」の章はあるけれど
「さみしさ」の章はなく、「孤独について」の章にも「さみしい」
という言葉がまったく出てこないことにつき

「彼にとってはさみしさの力は前提で、もはや言葉にする必要さえなかった」
のだと考える。

うーむ。

孤独とさみしいはイコールではないと言われるよね。

わたしは、「さみしい」を感受することの少ない人生を歩んでいると
思ってきたけれど、もしかして、「さみしい」が当たり前になりすぎて
いるだけなのかなー。
(生きることはさみしいこと、という前提が自分のなかにあり
いちいち「さみしい」という感情をとりあってこなかったというか・・・)

そうそう、扉の言葉にもなった、中森さんの
「さみしくても大丈夫、ではない。さみしいから、大丈夫!なのだ」
という考え方は好きだなぁ。


読み終えて、まだ夜中だったが、再度の入眠は難しそうだったので
居間に行き、録画してあったテレビを観て、朝を待ったのだった。


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イチゴ摘みとおイモ植え

5月24日(日)

むきむきむき~、今日もがんばった。

12時半ころ起床。
昼食後すぐに庭仕事。

「テスト前になると、引き出しの掃除をしたくなる」
子どもというのがいるが、(わたしはこのタイプ。
大人になっても変わらないのね)
早くしなくてはならない庭仕事があるというのに
ぜんぜん急を要していない
ノムラモミジの剪定に手を出してしまった。

気温は30度近くあったようだが
たのしくて、はしごを上ったり下りたりの
炎天下の作業も苦にならず
二時間半かけて仕上げる。

ウォーミングアップのつもりが
本日メインの庭仕事になってしまった。

その後、家のなかに入り
おやつを食べたり、夕飯の準備をしたりと
一時間過ごす。

夕方になり、庭の水やりののち
母に頼まれ、サイツマイモの苗を植える
手伝いのために畠へ。

とはいっても、結局やったのは
イチゴ摘みと
(食べながらなので、手も口も忙しい)
母の植えた苗のあとにそっと水をかけただけ。

サツマイモの苗は200株あるそうだが
今日は時間もないし、畝も足りなかったので
半分の100株だけ植えて終了。

(うちは農家ではないので、一切売り物にはしないけど
おイモに限らず、食べる何倍もの量の作物を作るのだ。
これは親の趣味というか生きがいなので
時間とお金をかけて、食べきれず、人にあげても
それでも残ってしまい、結局は腐らせてしまう野菜を
せっせと育てているのである。あーめん)

およそ一時間半の畠仕事を終えて帰宅しても
まだ日があったので(今は19時過ぎても明るい)
家のなかに入るのがもったいなく
なんとなーく、花がら摘みを30分ほど。

夕ご飯は、鉄板焼き。

お肉セット(牛と豚の色々部位)
ピーマン、ネギ、人参、ジャガイモ
キャベツ、エリンギ、シイタケ

むーちょ、疲れた。


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スピとわたし

催眠療法にふれたブログを書いた数日後
「自称催眠療法家のインチキ商法」がニュースに
とりあげられていて、ふーむ、だから大勢の人が
スピに対してインチキ臭さを感じてしまうのだよなぁ
と思った。

「スピリチュアル風な単語をちりばめた
えせスピはいっぱいあるし、そもそも
スピ家と名乗る奴の99%があやしいと
わたしはにらんでいる。だから、スピが
盲目的に毛嫌いされるのは仕方ないのだよねぇ」
という結論になってしまうのは、とても残念なのだけど
現状としてはそういわざるを得ない。

まあ、スピリチュアルといっても
思い浮かべるものは人それぞれだと思う。

風水ぽいもの、占いぽいもの、ヒプノセラピー
気功、臨死体験、透視、予言、ホオポノポノ
バシャール(須藤元気さんとも対談した宇宙人)
ヘミシングの体験、えとせとらえとせとら。

西洋人にとっては、禅だって
十分にスピリチュアルみたいだし。

(そう、仏教も、さかのぼってみればスピリチュアルなのである。
余談ながら、わたしは昔、とある座禅道場の話をして
曹洞宗の高僧には「そのまま話を聞いて」もらい
別の宗派の若い僧には「だまされているのではないか」と心配された。
今や坊さん自身が、座禅道場をインチキ商法として疑わねばならない
時代なのである)


なぜ、こんな話を書いているのかというと
今日、田んぼ道を自転車で走っていて
「わたしはスピと出会えてよかったなぁ」との思いが
ふうっとやってきたから。

人生のなかで見つけた光だし
これは哲学となって、わたしを支えてくれている。

出会った最初のころは、むさぼるように
スピの本を読むことで、とても癒されたし

結果、

世の中における自分を見捨てない
(どんなことがあっても、この世を、自分を肯定的に
とらえられる)という自信がついた。


せっかくの機会なので書いておくが
あらゆるスピ風の世界において「依存」を強要するものは
インチキさんだと断言してよかろう。

それに
教えであっても、人であっても、そこに
当人の依存が寄せられてしまったら
どんなにすばらしいスピリチュアルであっても
毒饅頭となってしまいかねない。

「外にある」のではない。「自分のなかにある」のだと
気づくのが、スピの本質だと、わたしは思う。


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時間を手習い

半日で、買い物と食事つくりと庭仕事をするのは
冬の時期ならいいけれど(←庭仕事が少ないので)
たいていは時間が足りなさすぎるよなぁ。

ずっと繰り返してきた課題点

◎起きる時間が遅かったり、日中の休憩時間が多いと
おのずと外仕事をする時間が短くなってしまう。

◎午後の外仕事はつい日が暮れるまでやってしまうので
夕飯の時間が遅くなってしまう。

→まあ、早めに起きよ!はもちろん
スイッチを入れやすい体の習慣!も身につけたいし
日中のうちに夕飯の下準備をできるだけしておけ!
そうすればバタバタせずに(心をこめて)ご飯を作れる。
だよなぁ。

うーむ。

それにしても、時間を上手に使おうとしたら
睡眠の問題につながるのだよなぁ。

(活動時間を増やすために睡眠を削るという
発想はゼロなのだ、わたしは)

びっくり仰天するような過剰睡眠の日が減って
(最近ではほとんどない ↑)
眠れない派(入眠がむずかしい。すぐ目が覚める)に
いつのまにか移行してしまったわたし
(老化のお約束か)。

お布団に就く時間を早くするのはもちろん
入眠にかかる時間、翌日に疲れを残さない眠り
というのが一番の課題だなぁ。

時間を手習いする日々である。


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手巻きナイト

5月23日(土)

むーちょ、がんばる。は
ぼちぼち行こう。

(無理すると反動こわい
でも甘やかし過ぎても現状足踏みになってしまうから
バランスとりが大切ね)

きのうは、体がいい疲れをしていたようで
大変すんなり睡眠に入っていけた。

で、今日は(予定をオーバーし)
13時まわっての起床。

すぐに簡単お昼をとって
(チーズトースト、コーヒー、包丁まったく使わない
野菜炒め…キャベツ・ピーマン・エリンギ・ベーコン)
夏みかんデザートのあとは
ホームセンターとスーパーへ。

帰宅後、ちょっと休憩し、夕飯の下準備を。

そのあと
庭の春仕様の続きを日が暮れるまでやる。
(今日は2時間ほどの庭仕事)。


今夜の夕飯は、手巻き寿司。

お刺身盛り合わせ
イワシのなめろう風
(イワシをミンチにし、酢・甘味噌・醤油で味付け
刻みラッキョウとあわせた)
卵焼き、アボカド、野沢菜漬け

イワシ(市販のお刺身盛り合わせだけでも良かったのだが
グラム48円のイワシがぴかぴか光っておいしそうだったので
つい3尾1パックのを買ってしまった)のアラのお味噌汁も一緒に。


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愚痴を生む前に対処する

老親の好感をもてない行動に
(あちこち汚すとか、モノをためるとか)
目くじらを立ててもなにも始まらない。

感情で反応しても、こちらが疲弊してしまうだけ。

だからこういう場面では、できるだけ
感情のエネルギーを少なくすることが大切なのだと
わたしは気づいてきた。

先日の、アリの集(たか)ったイカの扱いは
(=母が、干しイカにアリを集らせ、そのまま保存していた。
それをわたしは怒ることなく、黙って処置した)
良かったぞ、と自分を褒めてあげたい。

感じるな、行動せよ!なのだ。

感じると(わー、いやだ。汚い。こんなことして、ぷんぷん)
自分が辛くなってしまうから

イラっと来る前に、行動してしまうのである。
(今回の場合は、水でアリを洗い流す)

つまり

愚痴を生む前に対処するのがイイのだな。

(家を汚されたくなかったら、母にじっとしていてもらうか
母の尻を拭いてまわるようにわたしが監視していなくては
ならない。が、それでは彼女の尊厳がなくなってしまうし
わたしの立場からしても不可能な話)

トイレの便座などにうんこちゃんの拭き残しがあっても
あちこちに食材を置きそのまま忘れてしまっていても
(納屋や台所のあちこちから、どろどろになった野菜が
出てくるのは日常茶飯事なのである)
皿や調理器具が汚れのついたまま食器カゴに入っていても
流し台がイノシシに荒されたようになっていても

感じる前に、その対処をすればいいのである。

まっ、「感じる前」というのは、瞬時の技で
「負の感情を追いかける」エネルギーを瞬間失速させる
(完全に消すことはむずかしくても、訓練で失速はできる)
ことが必要で、日頃からその癖をつけておくのも大切だ。

要は、自分の中の切り替え次第ということか。

わたしは、できるだけ実行したいと思っているが
余裕のないときは、「見なかった」ことにして、なにも
対処せず、ネガティブな感情だけを残すこともあるし
(無視して対処をしないと感情の残像ができてしまう)
たまには負の感情を追いかけてしまい
(つまり積極的に感じてしまい)
母に面と向かって文句を言ってしまうこともある。

まだまだ修行の途中なのである。


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片付けられない老親をもつ

ごみ屋敷の住人や、モノを極端に捨てられない人は
こころの問題を抱えているのだと思う。

(モノを大切にする、と、モノを捨てられないのは
まったく違う話だけど、上記の人にはその違いが理解できない)

年寄りには、トイレットペーパーを一生分ほど買い込んでいたり
ありとあらゆるものを捨てられずとっておく人が
珍しくないと思うのだけど

それって、孤独と不安のあらわれなんだろうなー。

「モノ不足の時代を知っているから、モノが捨てられないのだ」
とはよく聞く弁であるが、それ以上にこころの問題が絡んでいる
のだと、わたしは睨んでいる。

いくら「快適とは遠い現状」を訴えても
「すっきりした生活のすばらしさ」を教えようとしても
孤独や不安のあらわれとして身の回りを片付けられないでいる人は
まったくの別基準で生きており、その言葉が耳に入らないのだよなぁ。



近年、雑誌などでは「老親のゴミ屋敷問題」とか
「実家の片付け親子バトル」のようなタイトルをつけた特集が
ときどき目につくので、うちのような課題を抱えている人は
まあ相当数いらっしゃるのだろう。

(ただし、うちは、ほんと、レベルが高いよ。
・・・「レベル」って、ヒドさの話ね。

あと、たまーに訪れる実家ではなく、今では
半同棲的に滞在している実家なので、わたしのストレスが
慢性化しているという大問題も)

そういう雑誌の体験記事などを読むと
「無理は禁物」というのが分かる。

一方的な、親の気持ちを無視した片付けは
親を傷つけることがあるみたい。

まっ、わたしが実家を整理整頓できずにいるのは
「母を傷つけないように」なんて配慮では全くなく

片付けようとする=母に阻害される
(捨てるな、と言われたり、捨てたものを拾われたり)
構図を逃れ、むしろ自分が傷つかないようにと
現状を維持しているのである。

てへっ、わたしが怠け者というのが一番なのだけどね。
(この家を片付けるには、かなりのエネルギーがいる)

よく、「壁の落書きを消した街では、ゴミのポイ捨てが減った」とか
「街をきれいにしたら、治安がよくなった」などの話があるが
まあ、そういうものだろうなぁ、と想像がつく。

(きれいなトイレは、みな、きれいに使おうとする
というのもありますな)

うちの場合は、汚いから、ますます汚くなる、の線上なのだ。

(わたしは実家を見て、ホコリがホコリを生むのだと知った)。

「汚いから、掃除をしよう」ではなく、「ここまで汚いと
掃除をする気がなくなる」のである。

それに、色んなことが「まっ、いいか」となり
新しい汚れは古い汚れと同化してゆく。



本当は、親のこころに寄り添って、話し合いながら
親自身が片付けたいという気持ちになることがベストなのだろう。

(片付け云々の前に、親のメンタル・・・孤独や不安など・・・を
わずかでも手当てしてあげるのが、理想であろうなぁ。
が、言うは易し、行うは難しだよねー)

ふうぅ。

わたしはある程度の妥協点を持とうと思っている。

昔の楽しい思い出につながるようなものの処分は
過去そのものがなくなるようで不安なんだろうなぁ
と母の胸のうちを推測できるから
そういうモノは一生見向きをしないとしても
残しておかなければいけないだろう。

ただ、そういう楽しい思い出とは関係がなく
単に「壊れていないから捨てられない」とか
「いつかなにかに使えそうだからとっておく」というモノたちは
極力処分していきたいなぁ。

わたしの目標は、ひとまず
「不潔感の少ない家内環境にする」という
実に低い設定なのだ。

(ただし、これすらが叶わず、早何年になろう・・・)

さきほど(ひとつ下に)も書いたけれど

相手を変えようなんて、考えない。

相手は変わらないという前提のなかで
いかに身の回りの環境を変えていくか・・・・
なのだよなぁ。


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不潔な母を殺す

ひとつ下の続きです。

わたし自身の精神状態がよろしくないときはこんなこと
心がメゲすぎるので書けないが、最近は心健やかなので
たまには書いておこう。

母はもともと片付けられない人、捨てられない人
(それは並みの「片付けられない」レベルを越えて)なのだが
歳をとり、その性分に拍車がかかっているようで、ますます
色々な「汚い」ことがまったく目に入らないようになっている。

トレイにはうんちちゃんをつけ(本人は粗相を拭いたつもりでも
便座やその他色々な部分にうんちちゃんが残っていることがある)
居間の彼女の座る部分は砂やゴミがあり、廊下なども
不思議なほどのゴミやホコリのたまりの早さ
彼女が台所を使うと、いのししが荒らしたのか!という具合になって
(もちろん、生ゴミがあちこちに飛んでいても彼女は気づかない)
皿洗いをしてくれるときがあるが、ちゃんと洗えていない
えとせとらえとせとら・・・

ええ~っと、こういう愚痴は一晩中しても足りないくらい
山盛りあるのだが、きりがないのでここらでやめておく。

わたしはこれを自分の人生の修行の一部だととらえるように
近年している。

(なのだけど、こちらの心が弱っているときは
「あー、母がこの世からいなくなったら、どんなに
気持ちいい環境で暮らせるだろう」と、うっとり夢想することも。

また、「母が寝たきりになったら、汚れるのはせいぜい寝床まわり
であって、あちこち汚されることがなくなり、実家はお片づけした
環境を保てるのになぁ」、なんてバチがあたりそうなことも
ちょくちょく胸に浮かぶ。

そういうことで、今ある現状をなぐさめているのだ)。

(まあ、「母が元気でいる」=「不潔な環境」という公式から
逃れる方法をまだわたしは見出せないのである。

母には元気でいて欲しい。だけどそれは不潔な環境を我慢しなければ
いけないことに等しいわけで・・・・。そこそこの実家の環境が欲しければ
それは母が今の健康を損なっているわけで・・・・。

うーむ、このジレンマなんとかならんのか? というのを、何年も
わたしはやってきたのである。心のなかで母を何万回も殺したり
今に至る前はこの環境のかなしさのあまりウツを深めたりしながら)

(このゴミだらけの家の9割以上のモノを捨てたい!!!
いったいん何トン、何十トンの廃棄物がでるのだろう???

台所なんて、ゴミと食品があちこち、母の思いつきのまま広がっているし
・・・ある人は、母のことをアメーバーのようだと言った。空いている場所が
あればあるだけモノを侵食していくと。納得である)

(じゃあ、おまえがモノを捨て片付ければいいだろ、と思う人もいるだろうが
母はわたしが捨てたものも、ゴミ袋から拾ってくるのだ。
・・・これをされると、本当に心が折れる。

もう一生触らないモノだろうと、賞味期限が何年も過ぎたものであろうと
他のゴミと一緒になったそれを母は平気で拾って、しらっとした顔して
また台所やらその他の場所に戻すのだ。もちろん、それらは
「発見。救出」の間しか母によって「それがある」と意識されることはなく
救出のあとはまた永遠に忘れられるのに・・・。

で、わたしが捨てて、また救出の繰り返し。

わたしはモノを捨てるとき
母に気づかれないように腐心せねばならない)

ふー。

もちろん母の性分が一番の問題なのであるが
まあ誰だって歳をとると、認知能力は衰え、当然「汚い」という
ことに対しても「認知できない」ようになってくるのだろう
と、あきらめてもいる。

母に治せといってもムリなのである。
(何年もこのバトルをやって、結局、傷つくのはわたし自身)

それに、治せといって治るものなら
とっくの昔に治っているだろう。
(はっきり言って、これを理由に離婚されてもおかしくないレベル。
父はほんとーに耐えたと思う。よく愚痴は言っていたけど)

とにかく、こういう年寄りの近くにいることを黙々と
耐えるのではなく、どう良い方向にもっていくか、が(先にも書いたように)
わたしの修行課題なのだ。

(落ち込む一方の年月を経て、現在は、見逃す手法をだいぶ身につけた。
だってそうしないと、イライラが募り、心のなかで母を殺してばかりなんだもん。
ただ、見逃す手法は自分の心の平和のために大事だが
この手法に頼るだけでは、修行とならないのだよなぁ。
・・・単に「耐える」のは修行ではない)。

ここ数ヶ月では、こっそりこっそり整理して
冷凍庫と、冷蔵庫の半分くらいは、すっきりキレイにしたし
まあわたし自身が上手く行動すれば、ある程度は前進していくのである。

相手を責めず、(もちろん心のなかで殺さず)、いかに快適な
空間をつくっていくか、わたしの課題である。


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蟻ん子も、いっそ食べればカルシウム

夕飯の炒め物は、鶏モモの量が少なかったので
冷蔵庫で眠っていた半干しイカも追加したのだが・・・

輪切りしたイカの内側に、く、くろいものが・・・

こ、これは蟻ん子の死骸ではあるまいか?

切っても切っても、それは出てくるし
脚のあいだや、口の部分からも
くろいものが・・・。

あー。

すぐに自体を飲み込んだ。

母が干し冷蔵していたイカなので
彼女の処理のどこかの過程でついた蟻であろう。

(あとで聞くと、「庭木に道具を吊るしてイカを干していたら
蟻がいっぱい集まっていたので、洗っておいたんだけど」
とのこと)

ふーむ。

(彼女は胴体の表面についた蟻を洗い流したつもりで
オッケーオッケーこれで全てOKと思ったのだろうな)

わたしは干しイカに蟻が集(たか)るくらいなんとも思わないし
・・・・実際に、わたしは蟻を認知してからも、たじろぐことなく
よーく洗って、数十匹分の蟻を水で流して、調理した・・・

母の、この注意力の実に乏しいふるまいにも
相当慣れているので、まあ、言ってみれば
いつものことレベルなのだ。


つづく


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はははは違い

5月22日(金)

朝の9時前に、姉から電話。

「おかあさんが風邪で寝込んでいる」と。

んん?

ゆうべはとっても元気だったし
今朝もトイレに起きた際、顔は合わせなかったが
いつもと変わりないようだったのに・・・。

すぐにお布団を出て階下に行くと、ちょうど
母は玄関を出てどこかに出かけようとしているところ
であった。

んん?

結論をいうと、姉が間違った電話番号で
母にモーニングコールをかけ
たまたま電話に出た婦人が「風邪をひいて寝込んでいる」
と言ったのを、姉は母と話したつもりになっていたらしい。

おいおい。

母と二人で大爆笑。

ほぼ毎日、姉は母にモーニングコール
をかけているし、もちろん朝以外にもちょくちょく
母と姉は電話をし合っているのに
いくら「風邪ひいた」と相手が言ったからといって
赤の他人と母を間違えるとは・・・。

おれおれ詐欺ではなく、はははは違いに
自ら飛び込んだようなものである。

それにしても、間違い電話を受けたご婦人は
「あとで様子を見に行くから」と娘と思われる人物に
言われたのを信じ、風邪の寝床で待たれておられるの
だろうか・・・? お気の毒である。


まあ、おかげで、わたしは早起きができたぞ。

今日は、昼食前に3時間
(がんばり過ぎて、疲れた。ので、また
午後の開始時間が遅くなってしまったが)
夕食前に2時間の庭仕事ができた。

台所の前の、ギンモクセイの剪定を完了。
(けっこう、イイ感じに仕上がった)
それと春仕様の移行作業を再開した。

日が沈んで、お仕事終了。

お風呂にさっと入り、母の入浴中にぱぱっと
夕食の支度をする。

・鶏モモ、イカ、竹の子、人参、ピーマン、しいたけを
炒めて、酢豚風の味つけに
・冷奴
・あさり味噌汁 など

今、イチゴの盛りなので、毎日がイチゴの食べ放題。
久しぶりに「イチゴをさじでつぶし、オーガニック甘味料と
牛乳をかける」方法で食べた夜であった。


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むーちょ、がんばる。

5月21日(木)

今回の実家滞在では、庭仕事を
むーちょ、がんばる!つもりである。

本日の結果は

12時20分起床。
お昼を食べて、だらだらしてしまい
行動開始できたのは16時半ころ。
庭仕事のあと食糧品の買出しに。

うーん。

今日は(実家滞在の)カラダ慣らしの
要素もあるのでいいけれど、やはり
もっと早い時間に行動開始しないと
(いくら日が長くなったとはいえ)
外で仕事をする時間が少なくなってしまう。

ちなみに今日は庭のパトロール
(一週間も留守すると色々変化あるし)
のあと、剪定の手慣らしを。

明日からむーちょ
むーちょ、がんばるじょ。
(もっとさらにがんばります)


今夜は
お鮨(魚屋さんの)
味噌汁(豆腐、三つ葉)
蒸し野菜(キャベツ、スナップえんどう)
ラッキョウの赤ちゃん(生のまま)

三つ葉は、母がきのう山に遊びに行って採ってきたもの。
ちょっと固かったけど、香りよかった。


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