ともみ@ピクニック

運気の谷底?

3月27日(金)

まずは身体を動かさないことには
はじまらないので
コタツムリになるのを止めにして
午後の活動を開始。

昼ごはんの皿洗い
 ↓
冷蔵庫の掃除
 ↓
シャワー
(先週の金曜に入浴した以来の
まるまる一週間ぶりの洗髪と体洗い)
 ↓
ネットで少し遊ぶ
 ↓
用事があって外出。ついでに
スーパーで夕飯の買い物。
 ↓
少々、屋外の仕事

はぁ。

予定ではそろそろ元気になるはずなのに
ぐわぐわぐわ、その真逆の事態となってしまった。

その理由は今書きたくないのだけど
ここ数ヶ月気にしないようにしていたことが
あることがきっかけで、一気に爆発したのだ。

そして先週から抱えていたダークな感情が
この爆発を機に、さらなる方向に膨れあがり
「ここまできたら、ちょっと手がつけられない」
と、自分で自分を放棄したくなるほどに。

だるいとか、落ち込むとか、どちらかというと
昨日まではナイーブな方向だったのに
むはーっ、怒り系のほうに膨れ上がったな。

心のなかは、このブログにも書けないような
デビルな思いで満ちみちている。


しかし、こんな日でも、ごはんを食べるのだから
人間って、つくづく、おかしな物体だ。

今晩は、七つの魚介の海鮮丼。
(スーパーのなかの魚屋さんの品)。
サヨリなど、半分は地元産と思われる
海鮮がどっさり盛られた、お得品であった。

あと、なぜこの組み合わせ?な相棒メニューだが
早く食べなきゃいけない食材があったため
肉豆腐(玉葱、豚こま、茶えのき、豆腐)も。


そういえば、昨日は
湿ったお茶っ葉を、急須ごと、コタツ布団やホットカーペットに
無意識にぶちまけてしまい
今日は今日で、自転車のブレーキのワイヤーがぷちっと切れてしまい
なんだかなー、運気の谷底? と言いたくなるような
日々なのだった。


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飛行機事故と心の闇

ドイツの飛行機事故が報じられたとき
「機体の故障か? それともテロ?」と思ったが
まさか、副操縦士の自殺だったとは。
(これも一種のテロといえそう)

んー。

先のニュースでは、(機長がトイレに行く前は)
機長と福操縦士が和やかに会話をしていた
音声の記録があると報じられていたよなぁ。

精神の病を抱える人というのは
「あきらかに、それ」と分かる場合もあるけど

一見、普通の人となんら変わらずに振る舞って
この社会に溶け込んでいる人もいるのだよなぁ

むしろ、そういう人のほうが多いのだろうなぁ

ということを、あらためて思った。

(わたし自身も、それの実践者だった)

「人は、闇を抱え、隠しながら生きているのだなー」
今更ながらの再確認。

今回の事故は、多数の乗客・乗務員を道連れにした点や
“心のなか”を実行に移したという点で
一般論にすりかえるのはムズカシイかもしれないが

社会のなかで、ふつーに仕事をし、ふつーに生活しているように見える
人々にだって、人には見せられない“心のなか”の闇はあり
(闇は決して特別な環境の人間にだけ備わっているのではない)
みんな、それを表に出さないようにして生きているんだ。

「うつ病」と診断されていた、という指摘があるけれど
現代社会に生きるなか、うつ的なものを抱えていない
ほうが特殊であると、わたしは思っている。
大多数の人がうつ的なものを抱えており、それの強弱があるだけ
(慢性に極めて「強」の状態にある人を、うつ病患者といっている)
のだろう。

これは、想像に過ぎないが
もしも、あの日、あのタイミングがなければ
(操縦室で一人きりになることがなければ)
彼には生涯に渡って「闇を隠し」通せたかもしれない
可能性だってある。

正常と異常、健康と病、ちょっとしたタイミングで
どちらにも引っくり返るものを、わたしたちはもっているのでは?

墜落の原因が副操縦士の心の病だったことがほぼ決定的になってから
どんどんとその側面ばかりがクローズアップされてるような印象だが
わたしには「あれは病気が原因の、特殊なケース」というふうには割り切れず
どちらかというと、社会に蔓延している闇の大きさを見せ付けられた
ような気がしている。


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それでも元気といおう

3月26日(木) その二

今日は、青い空に、脈々とつながる3000メートル級の雪山が
どかーんとそびえ立っていて、すばらしいサイクリングだったけど

あー、わたしの具合は、昨日より良くなっているとは思えず。

冬のあいだは、椿や山茶花の、赤い花しかなかった庭も
春の花がいくつか咲き、スイセンももうじきに咲きそうで
それらに慰められながら庭仕事をするつもりだったのに・・・。

なんだろうなぁ、この調子の悪さ。

ま、そんなことはいっても、終日お布団で寝込むほどでは
まったくないので、昔と比べれば、「今日も元気!」な自分だ。

うぐーっ。

おやつに大きなプリンを食べたら
夕飯を食べたくなくなってしまった。

かろうじて

あさりの味噌汁を作りながら
春野菜とキムチを一緒に炒め
買ってきたアジフライを温めて
冷奴を薬味なしで皿に盛り

夕飯の支度を終了。

(野菜炒め・・・キャベツと白菜の蕾を、白菜キムチと一緒に炒める。
このキムチは富山湾の「白エビ」や能登の「いかいしる」を使った
北陸版のキムチである。今日はあえて、なーんの調味もせずに
すり胡麻を仕上げにかけただけにした)

最近、お酒が弱くなったみたい。

「お酒に逃げる」なんてことを随分と長いことしていなかったのだが
今夜は晩酌をいつもよりほーんのちょっと多くしたら、体のだるさが
増してしまった。
(アルコールを入れると身も心も元気になる体質のはずなのだが)

Mちゃんが、今日のK大の卒業式を伝える全国ニュースに映ったというので
21時からのテレビを観ていたが、速報ニュースが飛び込んだからなのか
まったく報じられず、残念。

ほほっ、こんなことを日記に書いていられるほどの余裕が
わたしはあるのだなー。


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うつ的な自己洗脳はほどほどに

3月26日(木) その一

うつ的な精神状態とは長~い年月のお付き合いなので

「うつがうつを呼ぶ」
うつの自覚をどんどん深め、うつに栄養を与え続けると
雪だるま式にうつ感情が膨れ上がる

「動くことが元気をつくる」
重い気持ちには目を向けず、体をえいやっと動かしてしまえば
案外と身も心もラクになる

ことがあるのを知っているので

(ただし、「そういうことがある」というだけで、上のことを教訓にするのが
常にベストとは限らない。ときには「うつ感情を認め、自己を甘やかす」のも
必要だし、「えいやっと体を動かす」ことができないときだってある。
タイミングが大切なのだよな。下手に無理すると、症状悪化しかねないし)

そろそろ、少しは「頑張るモード」になってみるかな。
(そもそも重症ではぜんぜんないのだし!)

明日から天気がよくなるらしいし、よし、ちょっとは
自分にハッパをかけて動いてみよう。

と思っていた昨日の夜。

あのね、「うつがうつを呼ぶ」や「動くことが元気をつくる」
ことと同様に

「元気な自分を演出すると、その何倍にもなった(元気な)
自分が返ってくる」ことも、わたしは知っているんだ。

だから

うつ的な自己洗脳はほどほどに
(あー、調子が悪い、だるい、いじけたい…etcの欲望に飲み込まれるのは
どこかでSTOP)しましょうね、自分さん。



本日の目標は
田んぼの向こうのスーパーへの買出しと
庭仕事(できることだけでいい。手をつけるだけでいい)
であったが、前者をしただけで、力尽きてしまった。

わたしは、ここ数ケ月、(精神的)強者になったつもりでいたのだな~。
(強者の思考で、強者の発言をし続けた)。

コワくなるくらい調子のよい自分が続いていたもん。

それでも、ま、底力がアップしているのは、ご覧の通りで
(ご覧といっても、見ているのは「自分」なのだが)

また近いうちに
ほどほどの元気を取り戻すだろう。

大丈夫、だいじょーぶ。


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べりぃぐっどなパートナー

3月25日(水)

むー、今日も静養日。

外は晴れたり小雨が降ったりしているようであったが
夕方、「きれいだなぁー」と、近隣の建物に西日が反射するのを
家のなかから見ていると、なんと、突如のあられが。
まったく、春先の天気はあなどれない。

録画してあったテレビ番組を見たり、昼寝をしたり
おやつを食べたり・・・・と、終日コタツ生活。

そうそう、日曜と月曜は顔さえ洗えなかったのに
火曜と水曜(今日)は顔を洗えたので、えらいぞ!わたし。
あしたはお風呂に入ろうぞ。

あの西日の反射の美しさからして、あすは
ぴかぴか晴れた日になるだろう。

夕飯は

鶏もも&エリンギの塩麹炒め
白菜の蕾のおひたし
ホタルイカの佃煮と大根おろし
粕汁(じゃがいも、玉ねぎ、かぶら、油揚げ、椎茸)

先日からスーパーには新物のホタルイカが並んでいるのだけど
「そういえば、去年母が土産に買ってきたホタルイカの佃煮が
まだ一瓶のこっているなー」と思い出し、今夜はそれを開瓶。

塩麹は、おひな様の前夜に甘酒をこしらえたとき
ついでに、空き瓶を使って作ったもの。
(おかゆに麹と塩を加え、コタツで・・短い時間×何回か・・温めた。
数日は瓶を振って、なかみを混ぜまぜし、あとは冷蔵庫でずっと放置)

市販のものより、塩分が低く
(目分量で作ったのだが、いい塩梅になった)
やさしい甘味もある、ほっとする調味料になった。

これは発酵がすすんだゆえの甘さなのだろう。
ますます万能調味料の力量を発揮してくれて
肉にも魚にもキノコにも野菜にも
べりぃぐっどなパートナーなのである。

と書いて、今日もおいしいご飯を準備できたことを
ここで自画自賛しておこう!


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「正義」という仮面の捨て所が分からない

ときどき思うのだけど

なんだかなぁ
(おかしいぞ、間違っているだろ、ダメでしょ)
と、感じるニュースに触れたとき

どこに自分をもっていけばいいのだろう。

「悪しきことを見逃すのは、社会人としの自覚が足りん」
とまで言い切る気はないが、それ方面につながりそうな感情が
まったくのゼロというわけではない。
(これが高じると、プロ市民とか運動家になるのだろう)

でも、そういう正義感を推し進める自分というのも
こわいし、いやらしい、という目をもつ自分もいる。

それから
「いやいや、外のことは外のこと。自分と関係ないことを
あれこれと感情移入するのはよろしくない」という悟ったぽい考えも
わたしのなかにはある。

ホントウは、なんの感情移入もなく、純粋100%に
客観視していられればいいのだろうが、それは
凡人には至難の業だ。

そんなこんなで、最近も

翁長沖縄知事の海底ボーリング調査の中止指示に
対する政府サイドの人々の言い分や
(そもそも知事が上京しても、総理をはじめ要人たちが
無視し続けたことからして、大問題だと思っていた。
いい子には擦り寄っていくが、言うことを聞かない子は無視するという!)

安倍さんが、国会のなかで
自衛隊のことを「わが軍」と呼んだこととか

氷見冤罪事件の地裁の判決に控訴しないことが決定したのは
ま、しょうがないとしても、結局、でっち上げの証拠を作り上げたり
真犯人がいるのを知っていながら闇に葬っていた警察には
なんのお咎めもないことなど

(氷見冤罪事件について書いた、過去のブログ
http://picnik.blog91.fc2.com/blog-entry-3012.html

ぐぉぉぉぉぉぉぉぉぉ~ という気分になる

ニュースがあふれており、仕方ないので、こんなふうに書くことで
小さな息抜きをしているのであった。

「正義」という仮面の捨て所が分からないのだ、わたしは。
仮面を捨てて、ただモノゴトを見つめる目を養うには・・・・・。


★おまけ★

わたしは、懲罰感情というのが大嫌いなのだけど
・・・凶悪事件が起きたとき、「正義」の仮面をかぶって
懲罰感情を振りかざすヒトを見かけると、身の毛がよだつ・・・
わたしのなかにも、たしかに懲罰感情はあるのだよなぁ。

わたしの場合は、個人への懲罰感情があまり高くなく
(むしろ平均よりは低いといえるかも)

ただ、権力をもった個人になると、懲罰感情がぐぐっと高まるのかな。
(だから、冤罪をつくりだした警察の当事者がなんの責任もとらない
ばかりか、被害者に謝罪もせず、のうのうと生きていることに
わたしは納得がいかないのだ)


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キムスナック

3月24日(火)

寒いなぁ。

もしかしたら雪が積もっているかも、と思い
ゆうべは就寝したが、そこまでには至らず。

だけど、冬に戻ったような寒さだ。

睡眠リズムは徐々によろしきほうに
向かっている、向かうと信じている。

事実、今日は12時頃に起きれたし。

(元通りじゃ。いやいや、やや早めの起床だよな。
目標は、お昼の『マッサン』が始まる前までの起床なので)

相変わらず、だらだらの午後であったが
しばらくは自分を甘やかせてあげようと考えている
甘々のわたしなので、これで、よし、なのだ。

ところで、先日、ネットで
神戸のおまめさん みの屋
というお店から

生クルミ、1キロ
素焼きカシューナッツ、1キロ
キムスナック(あたり前田のクラッカー)

を買ったのだが、今日のおやつは、コーヒーを淹れて
この3点をつまんでいたら、「やめられない♪とまらない♪」
状態になってしまった。

1キロを食べきるのにどれだけかかるだろうと思っていたが
この分では、あっという間に食べきってしまいそう。

おかげで、夕飯どきになってもお腹いっぱいで
(特に、キムスナックが後をひくのだ! 
それと、おやつタイムが午睡あとの17時台だったので)

とても、ふつうの食事は入らない。

きのうの、しゃぶしゃぶの残りに豆腐とカブラの葉っぱを足して
スープにして

あとは、生ワカメと貝割れと〆サバで酢の物をつくり

主食はなしの、夕飯にした。


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低空飛行の、しゃぶしゃぶ

3月23日(月)

去年からの数ケ月、奇跡といいたくなるような
睡眠リズム(明るくなる前に入眠して、昼に起きる)と
精神の状態を保っていたなー

と、やや夢から覚めた心地も。

すっかり眠りのリズムが崩れ
(今日は午前の入睡、15時の起床)

落ち込むというのは大げさだが
心の調子も、「ギリギリ元気」ラインより下にいる感じ。

終日、こたつで横になって過ごす。

とはいっても、夕飯の支度
(と、朝飯の支度)だけはなんとかする。

最近、お魚が続いたから、今日はお肉で。

しゃぶしゃぶである。

材料を用意するだけでいいから、簡単だ。

牛と豚、それぞれ、しゃぶ用の肉を解凍。
白菜、春白菜、長葱が一本しかなかったので、それと玉葱も。
大根は先に昆布で下茹して、あとは、えのき、しいたけ
糸こんにゃく。

タレは、ごまベースと、酢ベースを即席で作る。

あっ、豆腐を忘れた、と気づいたのは
しゃぶしゃぶを始めてからで、めんどうになり、パス。

海津屋のうどんも、途中参加して。

ふー、ごちそうさま。

今日は寒い日で、まるで冬に戻ったよう。
なんと、夜遅くには雪になったのだった。


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お祖母ちゃんのピノ

3月22日(日)

春うららかな一日だったようで・・・。
わたくしはそんなこと露知らず
なごやかなメロディー
毎日18時にかかる屋外放送で
お目めを覚ましましたぞ。

久しぶりに15時間以上の睡眠であった。

うげえっ。

だるい。

身も心も、だるい。

ひとりなら、こんな日は、冷蔵のレトルト
ピザを焼いて、あたたかいコーヒーと一緒に
お目ざ兼ブランチ兼夕飯としたいところだが

老婆に付き合わせるのがしのびなく

30分ほど、だるだる光線を発し
コタツで横になったのち、えいやっと
体を起こし、台所へ。

酢の物
(蒸しキャベツ、生わかめ、しめサバ)
ふきのとう天麩羅
(母が本日大量にとってきた。蕾の開いたものばかりだったが)
塩麹をぬっておいたサバを焼いたの
(三日も前のサバだけど、大丈夫だった)
味噌汁
(カブラ、玉ねぎ、白菜、油揚げ、しいたけ)

むー。

こういうのを慣れというのだろう。
特に悩むこともなく(早くサバを食べねばとは思っていた)
台所に立ったとほぼ同時にメニューが決まり
あとは勝手に手と足が動いてくれて
30分でお夕飯ができましたとさ。

炊事の神様、ありがとう。


夜が更け

車庫の冷蔵庫に大切にとっておいた
「レアチーズ味&木苺チョコ」のピノを
こっそり食べて、慰めタイムを。

このピノは去年の5月に買ったもの。

連休の終わりごろだっけ
普通味のピノをお祖母ちゃんと半分こして食べ
「あれれ、お祖母ちゃん、おいしそうにしていたな」
というのが嬉しくて、今度またピノをもっていこうと
思い、これを買っておいたんだよな。

けれど、次にお祖母ちゃんと会ったときは
とても二人で食べられるような状況ではなく
ずっと冷凍庫で眠っていたのだ。

老衰して死が近くに迫っている人を見るのが初めてで
わたしは、あのときのお祖母ちゃんの状況を
まったくわかっていなかったんだよー。

今でも、あのときを思い出すと
ほんわか温かい時間を思い出に残してくれた
お祖母ちゃんに感謝したくなるし
後悔のようなその他色々な思いもやってきて
涙が出てきそうになる。



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彼岸中日のお祝いday

3月21日(土) その二

食糧在庫は豊富にあるものの
「卵1パック一円」につられ
(卵農家さん、ごめんなさい)
買い物に行く。

帰り道、あるお宅のわきで
沈丁花を発見し、嬉しくなる。

気候との相性なのか、北陸に戻ってから
特に実家のまわりでは春の気分を盛り上げる
この花を見かけることが少なくて、寂しかったのだ。

(昔、住んでいた土地では
春になると、あちこちの庭先などで
沈丁花が咲いており、散歩の途中に
香りを楽しませてもらったもんだ!)。

夕方、姉一家がやってきて
一緒にお墓参りに行き
(彼岸の中日なので母と二人で行く予定だったが
姉たちもやってくるということで、お参りを夕方にした。
ちょっとした高台になっている、その場所は
あいかわらず夕陽…今日は夕陽ちょっと手前だったが
を眺めるのに素晴らしい場所だ!)

それから、お鮨屋さんへ。

甥っ子が、中学と高校を卒業し
それぞれ進学するお祝いだ。

たいへん美味しゅうございました。
ごちそうさまでした。

(父がいた頃、たまに出前を頼んでいたお店で
ふいにお店の方が、父のフルネームを出して
母のことを思い出してくれたのにはビックリした)


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睡眠を愛する者の主張

3月21日(土) その一 

むにゅ、むにゅ、いつもは昼まで寝ているこのカラダだが
今日は用事があって朝のうちから母に起こされ
あまりにだるいので再眠しようと寝付いたところに
また母に途中で目を覚まさせられ、がるるるる~。

自分の意思で、計画し、早起きするのと違い
こういう不慮の覚醒というのは、ほんと、つらい。

水木しげる先生も仰っていたが
「寝ている人を起こすというのは、まこと、いけない」
ことなんだよ!

おっと、こんなことを書くと、また、おかしな人から
「早起きしている勤め人のことを考えろ」
「夜の明けぬうちから弁当を作っている親は大変なんだぞ」
「昼も夜もなく、介護のために起こされる人の苦労はどうなる」
と、トンチンカンな叱りを寄せられそうなので
あまり書きたくないが

夜更かし大好きで、いつもゆっくり起床をしている
毎日24時間、自分のために時間を使っている
わたしにだって、人としての権利を主張していいはずだ。

寝ている人間をふいに起こすという行為は
寿命を縮めるに近いものなのではないか!? と。

汝、眠りを愛せ。

汝、隣人の眠りをも愛せ。

いかに睡眠が大切で、尊重すべきものなのか
みなさん、もっと知ったほうがいいと思う。

な~んてね

ことさら睡眠を愛する我は思うのであった。


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ラーメン・ナイト

3月20日(金)

連日、新築祝いのお礼やら、入学祝いのお礼やら
お祝い金をあげた親戚(母にとって、きょうだいの子や孫。
わたしにとって、いとこや、いとこの子)から
手紙がとどく春。

みなさん、着実に、人生の歩をすすめており
まことにおめでとうございます。

わたしは粛々と、これからも
(結婚祝いやら出産祝いやら、渡す側に徹する人生)
マイペースでやっていくのみ。

なんとなーく、だるだるモードで
やや気持ちも低空気味な日。

そして、晩ご飯は
ラーメン食べたい気分がつのった
(ホントは昼に食べる予定だったのだが、外出する母のため
早めのお昼にしたので・・・ラーメンではなく、別のメニューに)
のと
台所に立ってあれこれとおかずを作るのが面倒で
えいやっと、具沢山のラーメンにいたしました。
(ラーメンどんぶりに盛りきれない量の野菜も別添えで)。


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宗教で人を救えない。けれど、宗教で人は助けられることもある。と、かつて書いていたのか!

そういえば、このブログでも、なんどか
オウムに関する話を書いたような気がするな。

と思い調べたら

たとえば、3年前には、以下のような一連の話を書いていた。

(ひとつひとつは独立した話です。お暇でご興味あれば
お好きなところから読んでみて下さい。
超長いものも、超短いものもあります。

オウムに関して、とても興味深い視線でつづられている
森達也さんのご著書の感想メモもあります)


オウムに関する「思考停止の正義感」の話
http://picnik.blog91.fc2.com/blog-entry-1892.html

元社会的エリートの信者にはわたしも興味があるという話
http://picnik.blog91.fc2.com/blog-entry-1893.html

オウムと社会は相似形という話
http://picnik.blog91.fc2.com/blog-entry-1899.html

我々の社会だって洗脳に満ちているという話
http://picnik.blog91.fc2.com/blog-entry-1894.html

のほほ~んとして無防備なオウム信者たちの話
http://picnik.blog91.fc2.com/blog-entry-1895.html

洗脳に関する、2行の話
http://picnik.blog91.fc2.com/blog-entry-1900.html

洗脳というトリックのこわさの話
http://picnik.blog91.fc2.com/blog-entry-1897.html

「麻原はツールにすぎない」という話
http://picnik.blog91.fc2.com/blog-entry-1891.html

宗教に対する社会の視線の話
http://picnik.blog91.fc2.com/blog-entry-1901.html

社会に同調する伝統仏教界の話
http://picnik.blog91.fc2.com/blog-entry-1906.html

この一連話に関する注意事項
http://picnik.blog91.fc2.com/blog-entry-1909.html

解脱者という立場の自己呪縛の話
http://picnik.blog91.fc2.com/blog-entry-1898.html

オウム信者のマインドコントロールの話
http://picnik.blog91.fc2.com/blog-entry-1907.html


ははっ、どうやら
あのとき書いていたことは
今のわたしの考えと変わらないらしい。


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オウムと宗教

オウムの事件が大々的に報じられ、20年が経ったのかー。

特集を組むテレビ番組もあったようだが、特に見ることもなくいたのだが

たまたま、23時半からのニュース番組をつけた際
それっぽい話をしており、およっと思って、少しだけ見た。

その番組は、逐一、視聴者からのツイッターが流れており

「宗教では、簡単に家族が手に入る」

というツイッターが印象的だったなぁ。

あれは「オウムの後継的な宗教団体にいまだ信者が増えている」ことを挙げて
なぜ若者は新興宗教に惹きつけられるのか? の話だったのかしら。
(ちょっとしか番組をつけていないので正確なところはわからない)。

ところで

わたしは当時も今も、あの事件の全体像をよく知らないのだけど

オウムという超危険モンスターの露呈をきっかけに

「宗教」=「危ない」ものと、とらえる風潮が育ったように感じている。

宗教に神秘はある。神秘に罪はない。

だけど、オウムの件があるから
伝統的な宗教に帰依している宗教関係者たちが
その方面のことを語れなくなったばかりか
宗教の真髄を伝える姿勢に陰りがさしたのではあるまいか。

また、それまで宗教について論じてきた
思想家や、学者たちのなかには
なんら間違ったことを発言していたわけではないのに
「オウム擁護者か」とバッシングを受けた人たちがいる。

(オウムのやってきたことはあきらかにヘンだが
オウムの教義すべてが間違いというわけではないのかも。
わたしはオウムの教義をまったく知らないが、もしかしたら
初期のオウムには極めて伝統的な仏教の教えも含まれていた
のかもしれないな~と想像する。ま、それをも
あのオウム事件のせいで、否定の一途をたどった印象だ)

オウムの起こした一連の事件のせいで
宗教というものに、社会にも、宗教関係者にも
いびつで過剰な免疫が生まれたような気がしてならない。

それが20年経ち、その免疫をもたない若者たちが増えたのだろう。
オウムの後継的な宗教団体に再び若者が引き寄せられていることを
あの事件を時代の空気として体験した者は警戒しているのである。

ふーうっ。

基本的に、宗教に人を救う力はあった
(現代は分からないが、少なくとも宗教が人を救う時代はあった)
と、わたしは考える。

ただ、宗教にはリスクも大きい。

特に新興宗教には、救い以上のリスクがあるのかなぁ?

ある意味
「宗教では、簡単に家族が手に入る」というのは
ホントなのだろうと思うぞ。

ただし、その家族は都合によっていつ牙をむくかもしれないし
自分が生き延びるために家族を食い物にするかもしれない。

宗教だって、それが組織である限り
人間社会の一環なのだ。

※追記※
簡単に家族が手に入るのは、いかにも新興宗教なのかな。
わたしのイメージする伝統宗教では、そもそも
<自分と神>や<自分と仏>の関係が大切で
家族がどうのなんてことは言わないと思うのだよなー。
(むしろ出家のためには家族と離れる覚悟が必要!と)

人のさみしさにつけこむのは、インチキ臭いと
わたしには思えてしまう。


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少数派にすら居場所がなくても

テレビのトーク番組を見たのがきっかけだったのか
最近、ちょくちょくと胸のなかにあがってくるのは

もっと違いを尊び大切にできる関係を、I want だべ。

同類に安心を求め、傷を舐めあうような群れは、Fuck you じゃ。

これ、理想ではあるが、現実に100%落とし込めるかといえば
わたしの場合、まだまだムズカシイ。

自分がもっていないものをもっている人には、どこか劣等感というか
そういう方向の感情をいだくことはあるし

同じ痛みをもっている人には、なんとなくの安心感をもちやすい。

だけど、わたしは「同質」に安住するというか、逃げ込むような生き方は
好きじゃないんだな。

たとえば、わたしは非正規労働者ですらない、無業者であるが
仮に非正規労働者であったとしても、同類と一緒になって
正社員に対するバッシングなどしたくはない。
(仮にほえるとするなら、一人でほえろ!だ)

貧乏人が、貧乏人同士でかたまって、金持ちをののしるようなのは
大嫌いだし(その逆も、もちろん、だ)
独身者が、独身者同士でかたまって、嫉妬と表裏一体の言葉で
既婚者のうわさをするようなのも、ケッ!である。

たしかにね、同類の境遇に共感することで
おのれが癒されるような感覚になることは、ある。

だけどその先にはなにもないんだよな。
(あるとしたら、自己嫌悪?)

おっと、今、わたしは、ネガティブ系のことに限定した
話をしていたな。

幸せをシェアーすることはなにかを生むかもしれない。
それに
苦労を分かち合うとか、励まし合うとか、そこまでのことは
考えていなかった。

うーん、わたしが言いたかったのは
「人は一人で生きられないという。それは確かなのかもしれないが
他者の存在で自分の人生をごまかそうとすることはしたくない」という
単なる、わたしの生き方における好みなんだ。

そして
できるなら境遇ではなく、価値観を尊敬し合えるような
「自分だけでは得られない」刺激を互いに与え合えるような
そんな関係を築ける人と一人でも多く出会いたい。

(ひきこもっていてはムリですな!)。

多数派の人生を生きられないとの自覚はあったが
これでは少数派の仲間を見つけるのも困難よのぉ
と、今更ながら、自覚。

でもでもでも、もしかしたら、これからもまだ
境遇ではなく、価値観を尊敬し合えるような
老若男女と出会えるかもしれないのだと
宇宙ポストに投函しておこう。
(なんじゃ、それ、宇宙ポストって)。



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