ともみ@ピクニック

たとえば人の評価。それから孫格差。

今週の、テレビ、ラジオ、ネットで、心に留まったこと。
(途中道草を食ってしまったので、話が、長ーいです)

◆ラジオ、津田大介さんの番組◆

いつからこんな失言に寛容になったのでしょう
と、津田さん
(ちゃんと聴いていなかったから定かではないが
「日教組」ヤジの話を指しているのかな)。

安倍政権は、根本的な何かをハズしてしまっているのは確か
と返す、あずまん(東浩紀さん)。

「根本的な何かをハズし」とは、ストンと胸に落ちる表現だなー
と思った。


◆テレビ、林修さんの番組◆

スティーブジョブズは「褒められたい」と思わない人だったそうだ。

人に褒めてもらうことよりも、自分で自分にOKを出せる
(自分に納得できる)ことに価値をおくタイプだったらしい。

おそれ多いが
わたしもそうだ。

「他人からの評価」よりも「自分の評価」がはるかに大事。

(しだいに本題とは外れた話に突入するので、あしからず)

わたしの場合、褒められることをキライとまでは断言しないけど
褒められることが必ずしもウレシイわけではない。

他人の評価なんて当てにならないことが多々あるし
他人の都合次第でいくらでも評価の天地はひっくり変える。
(こんなことを書くと、とても猜疑心の強い人間のようだが
え~っと、そんなことはないと、自分では思っています)

常に、人は、その人の都合で心のジャッジをしているんだもん。

たとえば、ありがちな、ソーシャルネットやブログでの
やりとりというものをみてみると

(読み手の)勘違いの解釈というのは、とても多いと思うし
・・・わたしも、人さまのブログに感想を書き込んだあと
「書き手の意図と違う方向を見ていた」のだと、薄っすら、気づき
恥ずかしくなったことも、もちろんある・・・

(読み手の)そのときの凸心が、ネットの向こうの凹文章に
響いたからと(読み手が)感じ、過剰に評価してしまうこともある。
・・・癒された、孤独感が薄れた、勇気が出たなどの体験を通し
誰だって実に自分に都合よく相手を過剰に評価してしまう・・・

しかし、実際は、凸と凹じゃなくて
凸と◇で、ぜんぜん、かみ合っていない、なんてこともあるのだろう。

(ま、凸と◇の、それぞれが気持ちよければ、それでいいのだが。
必ずしも凸と凹がかみ合う必要はない、というわけですな)

わたしの場合、うれしいのは、互いの意見や気持ちが
深いところで共振していると感じられるときかな。

そのためには、褒められる必要など全然ないのだな。
ときに、意見の食い違う所があってもいいのだ。
(その人とつながれたことがうれしいのだから)。

この共振はわたし自身が感じるものだけど、そういうときは
相手も感じてくれているのではないかと、勝手に思っている。
(あっ、台東区のあなたへのラブレターのようになってしまった)


◆ネット、ちきりんさんのツイッター◆

“11歳くらいから 1万円くらいを好きに使ってみると、お金の使い方を早くから学べてすごくいいと思う”  “とか書いてるとまた「お年玉がそんなにもらえない子供のコトも考えろ!」とか言う うへぇな人が集まってくるので、この辺で終わりにします”。
ちきりんさんの2月26日のツイッターより引用
https://twitter.com/InsideCHIKIRIN

この話はだいぶ前にも読んだ記憶があるので
この考え方が特別に心に留まったのではなく

このつぶやきを読んだ翌日、わたしの頭には「孫格差」という言葉が
ぼやや~んと浮かんでいて・・・。「いやいや、テレビの番組表をチェックしていて
この新単語に触れたのだっけ?」との思いもあり はたして
テレビの番組表で知ったのか、それとも、ちきりん影響で
わたしのなかに生まれた言葉なのか? 

それが判らず、なんか、もやもや。

余談ながら、孫格差について思うこと。

(「孫をもつ人間と、孫をもたない人間」の格差を指す言葉なの?
まあ、「孫としての立場」からみた格差だろう、ととらえておこう・・・)

格差、あるよね。あり、あり。

祖父母から海外旅行を気軽にプレゼントしてもらう孫もいれば
お小遣いをはじめとした金銭援助をまったくしてもらえない孫も
いる、孫としての経済格差もあろう。

愛情の格差もあろう、祖父母からの学びの格差もあろう。

そもそも、祖父母が4人いる子もいれば
祖父母が一人もいない子もいるだろう。
(いても、会ったこと、連絡をとりあったことがない、という子もいるかも)

格差は、あるのだよ。誰にだって。生まれたときから。

そして、どんな格差であっても、意味がある。

冷たいようだが、ただ、そう思う。


◆テレビ、東京では放映しない、関西発の全国番組◆

核のゴミを、日本の科学者は
いつか安全な処理方が発見されたときに
掘り起こせるよう、暫定的な埋め方をしよう
と考え

スウェーデンでは
将来の人類がどんなことをするか未知であり
兵器として再利用しないとも限らないから
絶対に掘り出せないように
核のゴミを埋める場所をつくった。

どちらも正しい選択なのだろう。
白とも黒とも言えない究極の選択を
迫られることの多い現代のような気がする。


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最後の首相/烏賊のふわふわ焼きと牡蠣のとろとろ煮

2月27日(金)

「大正と昭和のあいだに、今上天皇って人がいたねぇ」
とは、今日の母のコトバ。

彼女、たまに「えっ?」という発言をするが
今日のは久々の大ヒットであった。

なんでこんなことを母が思い出した(?)かというと
一緒に、録画してあった『歴史秘話ヒストリア』
「天皇のそばにいた男 鈴木貫太郎 太平洋戦争最後の首相」
を見ていたからだ。

ふ~む、まったく知らなかったが、この方はもともと侍従長で
奥方は昭和天皇の幼い頃の養育係だったのね。

戦争末期、首相に押された彼は、様々な理由と
「軍人は政治に関与せざるべし」との信念から、断固断り続けていたが
結局は、天皇の「頼むから、どうか、まげて承知してもらいたい」との
お頼みに、「最後の御奉公」として、承諾したそうだ。

そして、ポツダム宣言の受託に、舵をとった。
(ここにも、天皇と鈴木首相の厚い信頼関係があったからこその流れが)

ところで
この番組のなかで、わたしが一番心衝かれたのは
終戦の前、外国と戦争しながら、内戦状態(軍部によるクーデター)にも
なりかねない、とても危険なバランスのなかの
阿南陸軍大臣のお立場だ。
(十分に無条件降伏の必要を理解しつつ
血気盛んな若者たちの反乱を抑えなければならない)

戦争をはじめるのは簡単でも
おしまいにするのは難儀なのだなぁ、と
改めて思ったのだった。



◎母ちゃんの晩ご飯◎

寒天
(お昼のデザート「林檎・人参・大根ジュース」を煮詰め、寒天で固めた)
なめろう&もずく酢
(なめろうは、先週末作ったしめ鯖で。これは便利だ!)
烏賊のふわふわ焼き
(母が転倒する前に買ってあったイカ、すっかり冷蔵庫のなかで忘れていた。
正確にいうと、足と耳の、ゲソセットなのだけど。内臓のない分、熟れが遅くて、よかった。
烏賊と玉葱を炒め、ちくわ、卵、豆乳、片栗粉と一緒にミキサーへ。
それをフライパンで薄く焼いただけ。思いつきが予想以上の出来に)
牡蠣のとろとろ煮
(大蒜、玉葱、じゃが芋、白菜、牡蠣を炒め、牛乳と一緒にミキサーへ。
それを温める。ポタージュとしては水分の少ない、不思議な一品だが
牡蠣の香りがふわっと残り、けっこう美味であったなぁ)
生トマトを細かくしたもの
なんちゃって重湯
(きのうのおかゆをアレンジ)

あとで気づいたのだが、今日の晩ご飯には、塩分を含めた調味を一切していない。
寒天だって、塩も砂糖も入れてないし、なめろうは、しめ鯖の段階の調味だけ
烏賊焼きだって、ちくわの塩分だけだし、牡蠣だって、下洗いの際に使った塩だけだ。
普段から、わが家は、薄味で、化学調味料をほとんど使わないので
よその人が食べたら「おいしくない」と思われそうだけど、わたしたちは
これで十分、おいしいのである。

ちなみに、わたしも母とだいたい同じようなものを食べている。
(とくに、晩ご飯は)
今日の場合、しめ鯖はなめろうにせず、そのまま
トマトは細かくせず、8等分にし、水菜を足したりなどの
違いがあるくらいだ。


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カツ代と、わたし

2月26日(木)

思うところあり、早起きを。
(朝の7時半頃の起床)

お昼から雨との予報なので
早々に買い物に行くつもりでいたが
久々の早起きと、朝食で満腹のため
朝からうたた寝(こたつむり)。

11時をまわり、ぱきっと
頑張って体を起こし、買い物へ。

(あー、黄砂がひどい。
マスクしたほうがいいのか?)

歯のない母ちゃんでも食べられる
おやつをたんまり買い込んで、満足じゃ。



夕方、おかゆを炊きながら、録画してあった
小林カツ代さんの若きころの番組を観る。

で、思ったのだけど、わたしと似ているぞ
カツ代。(親愛の情をこめ、あえて敬称略)。

おっちょこちょいっぽいし、それに、がさつ。
あまり下準備というものに時間をかけず
ぶわぁぁ~っと、ぶっつけ本番で、多少のことは
気にせずに、ちゃっちゃと調理を進めるあたり・・・。

フライパンに指をつっこんで、おからの味見をしたり
そのおからを皿に盛ったあと、ごま油のまぶし忘れに
気がついて、上からダァ~っとかけちゃうなど
カツ代、やるなぁーと
(料理の大先生に数々失礼な発言をしてしまい
天国のカツ代よ、お許しくだされ)

思ったりしているうちに、わたしは
おかゆを2度も吹きこぼしてしまった。



◎母ちゃんの夕飯◎

白いおかゆ
(ことこと炊いたつもりでも、母にはちょっと固かったらしい。
浸水時間が短かったのかな)
蓮根のお汁
(蓮根、人参、長葱を煮込んで、ミキサー。
温めて、調味して、絹豆腐をたす)
海老カツ
(どうかな?と思って買ってみた)
鯖なめろう
(先日のシメ鯖を、包丁でトントン叩いた)
生トマト
(細かくカットして)
大根おろし&林檎すりおろし
(気に入ってくれたようだ)

朝と昼も、色々食べているので
この分では栄養不足の心配はしなくていいかな。
(おっ!これはいいと、昼に思った食材は、焼き海苔と、煮魚のにこごり。
どちらも栄養があるし、舌の上で溶けるから、これはいい)

気になるのは、消化の問題だ。
とろとろ系のものを中心に食卓には乗せているつもりだが
母はバナナやトマトなども食べている。
(歯がないのだから、完全な咀嚼はできないはず)。
これ、消化にとって、どうなんだろ?
(こんなことを言い出せば、今夜の蓮根のお汁だって
つぶつぶ感が若干は残っているのだ・・・・・)

でも、消化の機能を劣らせないように
完全とろとろではないものも、摂っていたほうが
いいのかしら?

うーん。

一番は、食事の時間がたのしいと
母が感じることなのだよなぁ。
(ならば、この調子でいいのかな)

手探りの、高齢親子の平和な一日。


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ありのままで?

ありのままは
すばらしい
ともいう。

はたして
ありのままのわたしは
すばらしいのか?

(潜在意識の奥の奥の奥あたりにいる
自分はすばらしいのかもしれないが
顕在意識をもった自分は「このままでいい」
と、お世辞でもいえない)

(自我の芽生える前の自分はすばらしかった
のだろうけれど、一度世間というリトマス紙に
染まることを知った自分は・・・・・)

ありのままで、世間を捨てて生きるには
まだまだわたしは未熟すぎる。

「ありの~ままで~♪」は、あと50年後くらいでいいかな。


ふたつ下の話を書いたあと、そんなことも思った。


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世間は鏡

**おまけ**

世間によって、心は傷つく。
ときに(世間と距離をとり)
自分自身を生きようとして
ますます傷つくことも
あると思う。

世間は、「自分の鏡」なのかも。

自分がほんとの自分を見つければ
世間はあかるい光に満ちているのでは。


(よく、昔のお坊さんの話でもあるよね。
人里を離れて一人修行をしても、あるとき気づくのだと。
「民衆たちとの暮らしのなかにこそ真理がある」と。

世間体を気にしないのと、世間から逃げて暮らすのは
まったく違うことであるのだと、忘れるなよ、自分)。


本当は世間なんてコワくないのだ。
自分が「コワイ世間」を作っているのだ。
と、ひとつ下の話を書いたあとに思った。



余談だが
ひとつ下の話にいただいたコメントに
「頭で分かった気になるのと
心身で理解し行動に移すのは違うよね」という
返信をしたが

これまた
「分かっていない自分を、分かっている」ふり
のようで、恥ずかしい~、と思ってしまった。

まったくもう、人間って、ややこしや~。


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「世間を気にせずに生きていきたい」について

このごろ、「世間を気にせずに生きていきたい」と
思っている人は、想像以上に多いのかも・・・
と感じることが続いたので、それに関連した話を
ちょっとだけ書いておこう。


まず、「世間」に苦しんでいない人は、ほぼ皆無だろう。
(悟りをひらいたり、宗教に帰依したり、「世間」すら認識できない
ほどの精神病の人などをのぞいては)
生まれたばかりの赤ちゃんは「世間」など知らないが
自我を育てるにつけ、誰だって、「世間」という魔物と対面する。

世間は、誰にとっても心地いいものではない。
世間の価値観が息苦しくてたまらない人はもちろん
案外、「世間の価値観のまんま」を体現しているように見える人も
苦しんでいるのだろう。
(世間の王道を生きるのは大変だし、そこからズレないよう常に脅えているかも)

つまり、社会のなかには
「世間を気にせずにやっていきたい」と、はっきり自覚するに至った人と
そこまでには至っていないながらも世間に苦しんでいる人がいるわけだ。

では
「世間を気にせずに」派は、「ただ苦しんでいる」派より
一歩リードしているのか?といえば、必ずしも、そうではないと思う。

自覚すること、意識することは大切だが
それだけでは、世間から解放されはしない。

(わたしも、ときどき、「解放されるのだー!」的な文章を書いているが
だからといって、実際に完全に解放されているわけではない)

大事なのは、自覚し続けること、意識し続けること
なのだと思う。

(「自由な心で生きたい」と夢想しているだけの人と、そのための一歩を
踏み出すのでは、大きく違う。その一歩は本人にしか分からないけど)

(たとえば、世間のものさしが飛び出しそうになったら
あわてて、自分のものさしに差し替えるなどの
訓練を繰り返しやっていくのだ)

(自分のものさしがすぐに出せなかったら
自分の好きな人、尊敬する人のものさしなら、どうかな?
と考えてみるのもいいかもしれない)

世間はでっかいので、そうたやすくは消えないが
いつか「あれっ?」というほど、小さくなってくれるかも。
(わたしの願望でもある)

チーターも歌っていたではないか
3歩進んで、2歩下がる~♪ と。

その際、重々注意しなければならないのは
「世間の価値観に負けない。自分を大切にする」という思いに
酔ってしまわないこと。

自分の価値観は大切だが、その価値観が正しいとは限らないしね。

極端な例になってしまうが
「自分が気に食わないこと」「自分の価値感に合わないこと」を
相手が悪い、世間が悪い、というふうに、まわりのせいにする
若者が増えている・・・というようなことを聞いたことがあるが
こんなのは「自分を大切に」を言い訳にしているだけだと思う。

こじつけの正当性を持つな!なんだよね。
(不安なときは、良心に判断を仰ぐのがいいのだろう。
「世間の価値観にNOと云う」とき、そこに逃げがないかどうかを。
まあ、逃げても、べつにいいのだが。
できればそこに良心という、応援団があれば心強いのかなー)

最低限、他者の迷惑にならないものならいいのかな、とも思う。

それに、「世間を気にせずに」派が
「ただ苦しんでいる」派をバカにするのは、問題外。

人にはそれぞれ事情があるのだから、自分がその境地を得たからといって
境地をまだ得ない者を「後進者」ととらえるのは、ちょっと違うよな。

他者のことをあーだこーだと見る暇があれば、自分の心を磨けなのだ。

(ここら辺は、特に自分自身に云いたいぞ!)

うーん。

うーん。

まだ書きたいことがあったような気もするのだが
今日はここまでにしておこう。


・・・・・・今日に限ったことではないが、もろもろ日々の綴りゴトは
まず第一にわたし自身への手紙のようなものなのだ。
「えらそーに、何を云っちょる~」と思われた方がいたら
おほほ~、ごめんあそばせ、なのである・・・・・


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あんぱんは食べられる!

2月25日(水)

きのう同様
今日も外の空気に色がついた感じなのは
大陸からの黄砂のせいなのか。


◎母ちゃんの昼ごはん◎

ゆうべの、とろとろミルク粥に
絹豆腐を入れて温めたもの。

ゴマ豆腐。

味の変化が欲しいかなと思い
カブラ寿司からあがってきた汁と
梅干の汁を、ごく少量。

以上のものを用意したのだが
母ちゃん、(わたしの食べていた)
ねじれ小豆スティックパンを
「ワタシも食べたい」といい
お粥にひたしながら、パンを食べていた。
(中国人の朝食のような光景だった)

昼食後はいつも果物を食べるので
「みかんは大丈夫かも」と思い
出してみたら、普通に食べられたので
よかった、よかった。

(驚くことに、母は、わたしの寝ていた今朝
バナナとか、あんぱんを食べたそうだ。
歯のない口で!)

おやつに、カステラなども食べていたので
思ったよりも、人って、丈夫なんだな!
ということを知ったわたしである。

(ただし、メンタルは、まだ、くよくよしている。

その程度のことでよかったじゃない。
これで、足や手を骨折していたら、大変だよ。
(足は擦り傷が少しあるくらいですんだ)

と、慰めてはいるのだが・・・。

顔は、出血のあった辺りが腫れてきたので
「病院に行く?」と一応聞いてみたが
「あれこれ、いじくられるの、イヤ」と、案の定、拒否された。
まあ、様子をみてみよう。

思えば、母が外でコケるのは、珍しいことではない。
ただ今回は、入れ歯の一件があるから、いつもの
何倍も悔しくて、ショックで、くよくよしてしまうのだろう)

◎母ちゃんの夜ご飯◎

玉葱、人参、じゃが芋、豚ひき肉、お餅、昆布、トマトジュースを
煮込んだものを、ミキサーにかけてから、グラタン皿に移し
スライスチーズをのせて、トースターで焼いたもの。
(名づけて、とろとろグラタン)

あとは、具が豆腐のみの茶碗蒸し。

(わたしは、母ちゃんのグラタンの元を利用した
イカ入りスパゲティ。ソースが米粉っぽくて
・・・お餅入りだから・・・微妙な感じだった。
ほか、生野菜とクリームチーズのサラダ、など)


父ちゃんにはしてあげられなかったことを
こうして母ちゃんにしてあげられる幸せよ。

高齢親子の、これまた平和な日であった。


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歯なしのおばばさま

2月24日(火)

午後、家のまわりを散歩してくると出かけた母ちゃんが
すぐに帰ってきて、洗面所にどどどど~と走っていった。

で、何事だ? と思い、廊下にでてみると

割れた入れ歯を手にした母ちゃんが戻ってきた。

顔には、すり傷が。

どうやら、家のすぐ近くで、転び、その際に
上の入れ歯が割れてハズれてしまったらしい。

(歯のない母ちゃんは、おばば顔が進んでいる!)

そこで、わたしが驚いたのは、顔をケガして血も少し
でているのに、彼女は「入れ歯のショック」のほうが大きくて
顔の痛さをさほど感じていないらしいこと。

「どうしよう。どうしよう」と云うので
近年リタイアしたとは聞いているが、母の友人であり
この入れ歯をつくってもらった歯科技工士さんに電話するよう
話したら、母はケガの手当てより優先して、電話していた。

(結局、もう作り直してあげられない、と
技工士さんの家族の方に云われたそうだけど)

まあ、ずいぶん長く使った入れ歯なので
(しかも、とても母の口腔に合っていたようで、固い煎餅でも
なんでもボリボリ、ガリガリと、食べていた。
カラダの一部のような、相性のいい入れ歯だったのだ)
母のショックははかりしれない。

そして、母は一日中、散歩にでかけた自分を後悔し
くよくよくよくよ、くよくよくよくよ、くよくよくよくよ
していたのだった。


◎母のお夕飯◎

一昨日のしゃぶしゃぶ用に下茹でした根菜の残りと
しゃぶしゃぶで残った具(豆腐や野菜やキノコ
あと、昆布や煮干も。スープつき)と
昨日のお味噌汁(なめこと豆腐)と
冷めたご飯を煮込み、ミキサーにかけ
また温めて調味したもの。(ミルク味)

それと、ゴマ豆腐(←冷蔵庫の常備品。これがあって助かった)

わたしは、この他、カブラ寿司や、鯖のアラ煮など
昼のおかずと同じものを並べて、夕食とした。

(実は、いつも早い夕方におやつを食べるのだが
母の手前、おやつを食べるのがかわいそうで我慢して
いたら、モウレツにお腹が空いてしまい、夕飯の支度の前に
菓子パンを食べてしまったのだ。で、夕飯は、小食に。
その流れで、夜の10時頃にラーメンを食べてしまった)

夕飯のあとは、果物とヨーグルトを食べる習慣があるものの
母ちゃんの具合を考えて、今日はバナナ牛乳ジュースにした。
アガベシロップを甘味料にして。


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節約と、リタハイボール

2月23日(月)

今日は家人の誕生日。

「いつもの手抜きじゃなく
ちょっとは手のこんだ和食をつくろうか」とも
思っていたが、なんだか面倒になってしまい
昼食後、スーパーに出向く。

ときどきテレビのなかのステーキを見て
「おいしそうだねぇ」と、母が云っているので
思い切ってステーキにしようか! とも
思ったが、いざとなると
一枚何千円ものステーキ肉には
手を出せず

日頃、ケチ道を邁進している己を
省みるのだった。

イザというときにポンと気持ちよく使うための
節約ならいいが、ケチのためのケチというか
ケチ神様にタマシイをつかまれるような暮らしを
していると、人は卑しくなってしまう。

あー。

母に「何が食べたい?」と聞いても
「なーんでも、いい。ワタシ、好き嫌いないから」
と答えていたから
(確かに彼女は、年齢のわりに、味覚は保守じゃなく
なんでも食べてみたい派の、食べ物チャレンジャー)
普段は作らない系の料理でもいいなぁ
と思ったりもするものの

結局は、お寿司で手を打ったのであった。

そんなわけで今夜は

・魚屋さんの握り寿司
・サラダ(水菜、大根、白菜。最近温野菜ばかり
食べていたので、シャキシャキ食感が新鮮で
とても美味しく感じた)
・味噌汁(なめこ、豆腐)

ぷうっ。

今日は家人の誕生日にかこつけて
ケーキを食べたり、夕飯は手抜きだし、おまけに
リタハイボールは林檎の味がしておいしかったし
http://www.nikka.com/products/canned/taketsuru_rita/
幸せじゃ。


◎さかなメモ◎

お寿司を買うのに、生魚はいらんだろ
と思いつつ、鯖を6尾も買ってしまった。

中サイズの鯖が「6尾180円」だったので。

2尾→しめ鯖
4尾→干物 にした。

干物にする際、初めて「背開き」をやってみた。
あとで思ったが、「頭付きの、背開き」にしてみれば
良かったかな。今度、チャレンジしてみよう。

毎度のことながら、アラはもったいないので
(だって美味なんだもの)煮付けにした。

そういえば、数日前にやっと、鯖の味噌煮を食べ終えた
ばかりなのに、また鯖だ・・・。

まあ、さばきたかったのだから、仕方ない。


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ありがとう、自分。

ひとつ下の続きです・・・


☆もしかしたらやってくるかもしれない自分へ☆

また外に出ることがコワくなるかもしれない
(今だって、田舎の平日はけっこうコワイ)
そういうときは、縁側に座り
流れる雲を眺められる自分を褒めてあげよう。

臥せて、一日中寝巻きを着て、顔も洗えない
そんな日は、「生きている」ことを
自分に褒めてあげよう。

そう、「普通の」まぼろしも、いつかの自分も
今の自分と比較する必要はない。

いつだって「今の自分」を大切に。

“冗談じゃないレベルで危ない”精神を患ったことが
短い期間だが、ある。
(それとは別にウツウツな日々とうん十年付き合った)。
そんな過去のような状態にまた戻ることが
いつかあるかもしれないと
ごくごくたまーに、薄っすらと、こわくなることがあるけれど
案外、経験って「重宝」するのかもしれない。

免疫があるのだから、初めてのときよりは
腹が据わっているだろうし
「乗り越えられる」ことを知っているのだから
より自分を信じ、そのときを過ごせるだろう。

ありがとう、自分。
(いつの自分もありがとう)


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「普通」のまぼろしは、もういらない

2月22日(日)のつづき

夕飯の下準備をすませ、湯船で温まっていると
「あー、今日も頑張れてよかった」の気持ちが
わいてくる。

以下、わたしの頭のなかの会話・・・

普通の人の活動量と比べたら、笑っちゃうくらい少ないけどね。

ん? 普通って、なに?

心身うつうつし、寝込みがちな人だって
エネルギー活発で一日20時間近く仕事をする人だっている。
じゃあ、家事労働やお勤めを一日8時間ほどすれば、普通なの?
いや、それは違う。

「平均的な」と括れたとしても
それを普通とするのはおかしい。

普通の人なんて、この世にいない。

(いるとすれば、各人が思い込んだ、各人の「普通」像に適っている人のことだ)

わたしは、わたしが頑張れた、頑張っている
と思えたら、それでいいのだ。

ときに、かつての自分と比べて
(一日中寝込んでいる日なんて、しょっちゅうあった)
今の自分を「すごーい」なんて評価しそうになるけれど
そんな「過去の自分」との比べっこも
ホントは、不要なんだ。

今、自分が、頑張っていると思えればいいし
心が穏やかであればいい。


「普通」「普通の人」なんて、まぼろしは
もう、いらない。

あらためて、そんなことを思った
お風呂タイムであった。


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本日の葛藤&反省(老母と暮らす)

2月22日(日)

春になったの?というくらいの暖かさ。

午後から雨との予報なので
昼食後の休憩を早々に切り上げ外仕事を。

大量の大根などを水洗いし
糠漬け用にカットしたり
(通りに面した屋外で包丁を使っていても
田舎ではもちろん通報なんてされません)

まるでコケと間違う人もいるし
(でも根っこがあるので、コケではないだろう)
これはイワヒバという人もいる
(本物のイワヒバが庭にいっぱいあるので、これがイワヒバで
ないことを、わたしは知っている)
時期によってはウットリするほどの美しい緑の絨毯になる
名を知らぬ植物が、数年前から実家の一角に自然と生えているのだが
寒い季節にはその一部が茶色くなってしまうので、それのお手入れをしたり

通りがかりの、村のおばばとお喋りしたり

しているうちに、小雨が降ってきたので、本日の外仕事は
これにて終了。(約一時間半の仕事であった)


◎本日のお夕飯◎

豚のしゃぶしゃぶ
(大根、人参、玉葱、里芋、白菜、水菜
豆腐、椎茸、えのき、豚)

タレは、ごまベースと、酢ベースのもの2種。
即席であつらえたのに、驚くほど美味しくできた。

 ・   ・   ・   ・   ・   ・   ・   ・

しゃぶしゃぶの終わりかけに
葛藤&反省したこと。

「もう野菜がくたくたに煮えてるし
卓上コンロの火はただ無駄に燃えている。
母ちゃんが、母ちゃんの皿に載っている
さいごの1~2枚の肉を
早くしゃぶしゃぶしてくれたら、あとは
すぐに火を消せるのになー」

こういうことを、いつも、わたしは
ためらいなく口にする。

だけど、今日はそれをがまんした。

たかが数枚の肉をしゃぶしゃぶする
時間にすぎない。

それを待つのにかかる費用なんて
ガスボンベ代にしたら
ほんの数円か数十円程度のこと。

なんで、わたしは自分の節約モードに駆られ
「母ちゃんがゆっくり食べる」のを
(というか、母はもう十分に肉を食べ
もう肉には関心がないというか、半分忘れているようだが)
急かそうとするのだ!

あー、わたしは、すぐに母を自分のペースに巻き込もうとして
(この場合は、節約魂を発揮したくて、うずうず~)
母が母のペースですることを、黙って見守れないことが
とても多い。

そんなわけで、今夜は、母ちゃんが肉を
さいごまで自分のペースでしゃぶしゃぶできるよう
わたしは自分と戦った(!)のであった。

こういう自分と対面するたびに
わたしは子どもをもたなくて良かったなーと
心底思う。

もし、子どもがいたら
「早く・・・して」「先に・・・を済ませて」
「・・・は今はダメ」「・・・より・・・がいい」
などなどと
子どものしたいこと・したいペースではなく
なにかにつけて
自分の都合にあわせた行動を求めたであろう。

ふ~う。

母ちゃんは、これからますます歳をとっていき
わたしがイライラすることも増えるだろう。

母ちゃんに求めるなかれ。
わたし自身が、そんな母ちゃんに(イライラせずに)
対応できるようになることが肝心。

人生、修行なのである。


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ひきこもり平和主義の小さな主張

きのう、ひとつ下の話を書いたあと、床のなかで思ったこと。

・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・
結局、どちらの正義がただしいのか分からないのだから
(そして今のところ、正義の両立もできそうにないのだから)

~感情で決めるの?と思う人もいるだろうが
司法だって政治だって、それは感情に基づいている~

「どちらの正義が好きか」の多数決に頼るしかないのかしら。

だって、絶対の正義なんてないんだもん。
あるのはただの「好み」なんだもん。
(一人ひとりの正義はあっても、それは絶対の正義ではない。
歴史を検証し、哲学を持ち出し、国際情勢を見極め、いっぱい
小難しい話を重ねたって、導きだされるのは
つまりのところ、「好み」の答えにすぎない)。
・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・

最近は
「人命が第一に大切」と考える人々のことを
「ひきこもり平和主義」と揶揄し

「自分たちだけが良ければいいのか、卑怯者。
世界全体のためを考えれば、犠牲も仕方ない。
世界平和のためには悪をこらしめる武力も正義になる」と
主張する、「積極的平和主義」の方々がいる。

(犠牲とは、今回の件でいえば、人質になった者
有志連合の兵隊さん、テロリストへの空爆に巻き込まれる
市井の人々などが、すぐに思い浮かぶが、実際には
もっともっと広い犠牲がある)。


今、好みの多数決をとったら

「ひきこもり平和主義」は、「積極的平和主義」に負けるのかな。

でもね、ひきこもりのなにが悪い?と、わたしは思う。

自分の身の回りを大切にできない人が、大きな世界をほんとうの意味で
大切にできるのだろうか。

ひきこもりであれ、なんであれ、自分を大切にし
自分の回りを大切にできたなら、そこから派生するもの(影響力)は
大きいとわたしは思うのだけど。

(「積極的平和主義」の人々は、理念に自己陶酔し
足元が見えなくなっているのではないだろうか)。

国際協調も必要なのだろうが、わたしたちの国には
わたしたちの国だからできる、<積極的>に頼らない
独自の平和があるような気がしてならない。

(ひきこもりの力は馬鹿にできないのだよ、日本よ。
ひきこもりを貫けば、世界の緩衝材という、貴重な存在になれるのでは?)


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「正義を優先」→すっきりしたろう

愛読歴十数年になるHさんの日記(毎日更新)に
「安倍さんを批判している人たちは、何をしたいのだろう」
と書かれており

「そーなの。わたしもそれが分からなくて途方に暮れているの」
と、パソコンに向けて返事をしてしまったのは
(もちろん、そんな一読者の独り言など、Hさんには届かない)
半月ほど前のこと。

もともと安倍政権が気に入らなかった人とか、個人的な不満を
誰かを攻撃することではらそうとしている人のことなどを
Hさんが指しているのではもちろんない。

Hさんは、テロ集団により日本人の人質が殺された件につき
安倍さんの対応に疑問を向ける人々(わたしもその一人)のことが
理解できない、・・・・批判することをいけないといっているのではなく
では、安倍にどうしてもらいたいのか? どんな世の中を作りたいのか?
見えてこないので、不思議でならない・・・・、と疑問を投げかけていたのだ。

Hさんの考察は
ものごとは「地球規模」で考える派と、「町内会規模」で考える派が
あるが、町内会派は「命は大事」の一枚看板しかないのではないか?
理屈もなく、強引に「命は大事」だけで押しきっているのではないか?
などと、数日にわたって続いた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そのとき、わたしが考えたこと

わたしが安倍さんの人質事件における態度にあれこれ言いたくなるのは
安倍さんが「わたしの価値観のなかでは、極悪非道な人間」に見えたから。
それは、幼児がヒーローものの特撮を見て、「悪人」に感じる感情と
大差ないような気もする。
「人の命を最優先する」といいながら、それとは正反対の態度をとり続けた
安倍さんに、わたしは、幼児並みの「悪人は許せん」感があったのだ。
(今もある)。

むしろ、「人命最優先」などと言わず
国民数人の命よりも、世界正義(大義)を、自分は大事にする
と、はっきり宣言してくれたら、ある意味すっきりしただろう。

本音を隠す、二枚舌というか、欧米の顔色が第一なのはみえみえ
なのに、「ボクは国民の命を一番大事に思っていますよ」的な顔を
捨てきらないのが、わたしにはカチンときたのだな。

(本来は、テロには屈しないポーズの裏で、人質第一の働きをするのが
よろしいのに、安倍さんの場合は、ポーズ一貫で、裏の顔がなかった
のではないか?と、わたしには思えてならない。
交渉の余地、パイプがあったのに、それを自ら切ってしまい
仕舞いには外国にお任せするしかなくなったのは、その証拠である)

つまり、Hさんの疑問を、わたし個人から答えると
とても簡単な話なのだ。

<命は大事>の看板を胸に抱いていたのではなく
単に「わたし個人の価値観」と、首相の態度が真反対だった
から、あれこれいいたくなるのですよ、と。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

Hさんの日記を読んだのを機に
わたしはわたしに問うてみた。

なぜ戦争はダメなのか。

「戦争はダメ」は少なくとも、わたしの体験から
出た価値観ではない。

常識? 「戦争はダメ」が常識としても
常識は生まれたときに備わっていたものではない。

しいていえば、先人の知恵のようなものか。

暑いのはイヤ。寒いのはイヤ。そういう
自然な感情と同じように「誰かが殺されるのはイヤ」が
先天的に人間には備わっているの?
(では首狩り族はなぜいたの?)

そもそも戦争はいけないことなのか。
平和ボケした日本には、戦争の混乱に巻き込まれ
悲惨な日々を送っている人々とは全く別の次元での
「悲惨な」人々がいる。
(地獄のような苦悩をもてあましている人間がいる)

平和な日本には、戦場とは違う人殺しがある。
戦死者よりも数は少ないって?
数の問題じゃないだろ。

平和はいい。と、間違いなくわたしは言える。
でもまた、平和であることが、ときに平和の域を超えてしまう
(平和は平和とは別のものを生み出す)
世の中も知っている。
(それは、そもそもホンモノの平和でなかったということか)

痛い。ひもじい。安心できない。こわい。
愛する人がいなくなるかもしれない。言動が制限される。
信じていないことに「はい」と言わなくてはならなくなるかもしれない。
・・・・・・・だから、わたしは戦争がイヤなのだ。


ここら辺りで、思考停止。
(半月ほど前)

今、この先のことを考えてみようという気はまだ起きない。

だから、現状、わたしは、なぜ戦争がいけないのか
まだ十分にはわかっていない。

Hさんの言葉を借りるなら
「町内会派」の人は、人質を第一に考えたいとし
「世界規模派」の人は、世界規模の正義のためには
いわゆる犠牲者は仕方ない、と考えるのだろう。

どちらが正しいのか、わたしには分からない。
(後者は決してわたしの好みではないけれど)

Hさんは日頃から「町内会派」の多さに理解しかねているようだが
わたしは「世界規模派」の日本人が多いことに
ほんとうに、先の一件(日本人人質事件)で驚いた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

これまでずっと、「戦争反対!」的な表現を避けてきた。
思考自体を避けてきたのかもしれない。

安保の時代を、わたしは知らないけれど
なんとなく「そういう話をするのは、よくない」
と、肌で感じていたのだろう。
(トラウマの連鎖といえようか)

日本の平和、世界の平和、そんなものを語る奴には
胡散臭さがつきまとう!と。

けれど、先の一件で、わたしは少し変化したかも。

これまで「特定秘密保護法」や、憲法改正の話などで
「かつての戦時前と同じ気配がする」と識者が述べていても
どこか、いまいち、そういうことを考えるのには距離を置いていた。

ゆるーくではあるが、先の一件と、その後の「うさんくささ」を通し
今のわたしは、キナ臭いものを感じている。

かつての戦争のようなカタチで日本が参戦するとは思わないけれど
これまで70年ほど続いた「平和」のカタチとは違う、この先の日本には
「臭い、平和」が居座るのだろうな、と、思っている。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

上に綴った一連の話は、ブログに書くことはないかもなとも
思っていたのだが、2月21日の『報道特集』にて
日本人人質事件が明るみに出るまでの水面下の動きを知って
なんとなく、また、この手の話を書く気になった。

とても幼稚な言い方になってしまうけど
後藤さんの妻の依頼した「人質交渉の専門家」のジャマを
政府はしたのだな。ジャマした挙句、ほったらかしで。
たぶん後藤さんの妻はとても賢い人で
政府を恨むような言葉を公言することはないだろうけれど
わたしなら「政府がジャマをしなければ、夫は今も生きているかもしれない」
という無念が残っただろう。

今回、番組で証言をしていた
紛争地や危険地帯を専門とするセキィリティ情報会社の
経営者の方は、このまま「きちんとした検証」をなされないまま
コトがうやむやになってしまうという懸念もあって
取材に応じてくれたらしい。

わたしは、知れば知るほど
「事件が明るみに出る前に、人質解放の機会はあったのに」
と思えてならない。

今回の内容は、氷山の一角なのだろうが
この特集を組んだ番組は、勇気があるなー。


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かながしら

2月21日(土)

今年は冬のはじまりが早かったけど
冬全体としては過ごしやすい日が多い
ように感じる。

今日は、晴れ。
(この頃、週一ペースで、青空を見られるような。
やっぱ、今年の冬は過ごしやすいのだ)。

午後から、田んぼの向こうへ買い物。

かつては毎日、元気に買い物やらマッサージやらに
自転車で遠出をしていた母も、近年はとんと
愛車での遠出をしなくなった。

しかし、自分の目で食材を見たり、値段を見たりするのは
ボケ防止によいと思うので、ごくたまーに
母を誘って、自転車での買出しに行く。

(このことを、前に母は
「牛にひかれて善光寺参り」を喩えてもじっていた)

帰宅後は、せっかくの青空がもったいなく
家のまわりの掃除をすることに。

いつもサボりまくっているので
ちょっとやっただけでも気持ちがいいなー。

(わたしの理想は、家や庭の掃除だけじゃなく
毎日しずかに、家の敷地外のお掃除もするような
お婆さんになることです。
・・・・今からやれ! って話か)

今日は、(母は乳酸菌がおいしく働いている証拠だ
なんて、テキトーなことを言っているが)
もくもくとカビの生えはじめていた漬物樽や
漬物石などの、水洗いもできて
よかった、よかった。


◎夜ご飯◎

かながしらのムニエル
鯛のおつゆ(黒鯛のあら、豆腐、長葱)
大根ステーキ(照り焼き味)
キャベツと水菜の胡麻ドレッシング和え
人参とエリンギのきんぴら

◎買い物メモ◎

かながしら 3尾 150円
黒鯛のあら 1パック 150円

かながしらは、おつゆなどが良いそうだが
「おろしたい」欲求が募り、小さな魚なのに
3枚にしてしまった。楽し~い。


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