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呪縛・人付き合い・韓ドラマ

2月20日(金)

前日の日記に
「他者のことを大切にするゆえ
自己犠牲を自分に強いる」というフレーズを書いた。

わたしの場合、これは
親よりは、家族以外の人に向けて
のことが多かったかなー。

いわゆる、「ええかっこしい」なのだ。

その中味といえば
他者を大切にしているつもりでも
実は、「他者にどう見られるか」を意識しての
ふるまいなんだよね。

わはは、他者呪縛と、名付けよう。

他者呪縛も、怖いし
自己呪縛も、怖い。

(他者呪縛だって、つまりは、他者視線の呪縛を自分のなかに
もっているという、自己呪縛なのだが)

どうしたら、呪縛を離れ生きていけるのだろ。


3~4日前に、高校時代の友人から「お茶をしない?」とメールがきた。
うー。Uータンして数年のうちは、「人付き合いしなきゃ」と思い、ごくたまに
高校時代の友人と外で会ったり、アパートに招いたりもしていたが
ある頃から、「人との付き合いは大事」という世間のお約束だけを理由に
むりして人付き合いを保持するのがイヤになり、以降ずーっと
お誘いを何度も何度も断り続けてきたのだ。
(しまいに、断り続けた結果、お誘いもこなくなっていた)。
ときどきは「どうしているかな」と思い出すことはあっても
こちらから連絡すれば、また「会おうよ」ということになり面倒なので
わたしからはあえて連絡もとらず、今日までやってきた。
うー。うー。
「別に会いたいと思わないから、お茶もしたくない」が
わたしの本音なのだが、そんなことをメールの返事とするほど
まだわたしは奔放にはなりえていない。
だからといって、これまでのように、失礼なきよう言葉を探して
やんわり断るのも、なんだかなーと思う。
このまま返事をしない・・・のが、いいのだろうか?



◎今日の晩ご飯◎

煮物(厚揚げ、結び糸こん、長葱)
酢の物(キャベツ、しめ鯖)
なんちゃって茶碗蒸し(絹豆腐、ゆりね、舞茸)
ポタージュ(じゃが芋と玉葱。豆乳と牛乳のハーフ&ハーフ)

先日の鯖の味噌煮を毎昼夜に出しているが、いまだ残っている。
なので、今夜はあえてメインのおかずを作らず、鯖の味噌煮を
メインのつもりで出したが、それでもまた残ってしまった。
(身だけじゃなく、5尾分のアラも入れたので、量があるのだ)

◎今日の行動◎

夜更かしが続いている。
おととい晩は、29時半まで
きのうの晩は、30時まで
韓国宮廷ドラマを観てしまった。

おかげで、今日は
昼食後の皿洗いもせず
17時まで午睡をとった。

目覚め後は、ハーシーズのプリンを
食べながら、母がまだ観ていない回の
韓国宮廷ドラマを一緒に観てから
夕飯の支度。

夕飯が済んだら、また母が観ていない続きの回の
お付き合い。
(母の理解が追いつかなので、しばしば
再生を止め、人物や展開の説明をしながら
観るので、通常の1・5倍ほどの時間がかかる)

最初の頃は「むずかしい、むずかしい」と言っていた
母もようやく、このドラマのエンジンがかかってきたらしく
なんと今夜は、23時半まで観ていた。
(もっと観たかったようだが、明日に備えて、終了。
彼女にとっては、かなりの夜更かしである)。

生活リズムが乱れて、よろしくない! かもしれないが
たまには、こんなお楽しみがあるのもいいよな。

寝るのも惜しいほど
「はまる」楽しみがあるというのは
ラッキーなことだもん。


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親呪縛のつづき

親呪縛って、善し悪しのレベルを超える
話なのだと思う。

人間は、その人その人
背負うサガがあるけれど
そういう分野のことなのだ。

親呪縛を背負うことには意味があり
それを手放すことにはさらに意味がある。

わたしが、ひとつ下で書きたかったのは・・・・・
(ちょっとあからさまかなと思い書くのを止めていた)

住みたい土地があるのに、親が悲しむから遠くへ行けない
とか
やりたい仕事があるのに、親が反対するから今の職を捨てられない
とか

これは「親」とは違うけど、「他者」のせいにしてという意味では
同じだと思うので書くが(反感を買いかねない例です。
しかも、究極の例といえよう)

子どもがいるから離婚できない

なんてのは

他者(親や子)の存在を、自分が行動しない理由にしているんだな。

「遠くへ行けない」「職を捨てられない」「離婚できない」
その段階にとどまっているうちは
問題はそう大きくないのだと思う。

ただし、その先
「だからワタシは好きなように生きられない」と

新しい人生を踏み出せないでいる言い訳を、他者のせいに
したときは、大問題となる。

犠牲者みたいな顔をして、自分の不幸
(やりたいことをやれない、生きたいように生きれない)
を語るのは、最悪だ。

( ↑ わたし自身への戒めでもあります)。


ふーっ。

もともと、わたしがこういう考え方に触れたのは
ウイリアムレーネンさんのブログなんだ。

痛いところを衝かれまくり!!で
最初のうちは、こういう考え方を向けられるのも
ツラかったけど
いくらかの年数をかけて
わたしのなかに受け入れてきた。

(考え方を受け入れたからといって
それを実生活で活かせるとは限らないのだが
まずは、受け入れることから始まるのさ。
・・・・都合のよい方便かな。
ま、小さな一歩を大切に!)


親呪縛、それがあるからこそ
生きるのがラクな面もある。

( ↑ ある意味、今のわたしがまさにそう)。

だけど、呪縛ゆえ
生きるのが辛かったり

呪縛を言い訳に
やりたいことをやらないでいるのなら

その呪縛は解いたほうがいい
と、わたしは思うのだ。


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親呪縛

2月19日(木)

「出身地である地方にたずさわる仕事を
東京にいながらしている」先輩に
質問する女子大生の言葉に
ぎょっとした。

「地元にUターンするって
親孝行になるじゃないですか」

ぎゃ~~~~あああ、親呪縛。

いまどきの学生にも健在なのね。

自分のことを棚において書くが
日本人は「親のこと」を意識しすぎ。

皆がみなではないけれど
大人といわれる年齢になっても親呪縛に
縛られている人は多い。

これをしたら親が喜び
これをしたら親が悲しむ
親がどう思うだろう
親がどう言うだろう
親に恥をかかせられない
はたまた
親のために結婚しなきゃ
親に孫の顔を見せられなくて申し訳ない

実際にわたしは
親のいいなりで縁故就職した人や
恋人がいながらも親の同意を得られず
結局は親のいう相手と結婚した人たちを知っている。

封建時代はいまや昔ばなしとなり
「個」の時代といわれて何十年と経っていても
いまだ、親の視線を意識して生きる人は多い。

ずいぶん昔、年長の男性に
「こんな中年になっても、親の呪縛から離れられないんだ」と
告白されたことがあるけれど、うーむ
離れられない人は、自分が孫をもつほどの歳になっても
離れられないのだろうなぁ。

(余談だが、親呪縛って、東アジアに見られる
特徴なのかなー、という印象がある)。

子ども時代のみならず、大人になってからも
親呪縛にぐるぐる身を縛っているヒトを、いい子だと見る
風潮があるんだよねー、世間さまでは。

でも、親呪縛って、自分が精神的に自立できない
言い訳でもあるんだよな。

親に植え付けられた価値観(ただしく言い直すと
親はこう考えるだろうと、子が親の頭のなかを想像する、価値観)
であろうと
ある程度の年齢になっても、それに縛られつづけ
ているのは、おのれの責任。

好きな価値観でないと思うなら
いつまでも親のせいにせず、その価値観を踏み潰せばいい。

親とは限らないが、他者のことを大切にするゆえ
自己犠牲を自分に強いるのは、ナンセンス。

それは、相手(親)を大切にしていると
自分で自分に酔っているのだ。

あるいは、相手(親)を大切にしているポーズの
自己弁護だろう。

進みたい道があるのに、相手(親)のせいで進めないというのは
相手(親)に責任転換をしているんだ。

うーむ。

わたしも、親呪縛が完全には解けていない身ではあるが
今は足踏み状態というか、小休憩の地点を見つけたという
感じかな。

(たぶん、親が亡くなるまで、完全には親呪縛から
解き放たれないであろう)



◎本日の晩ご飯◎

鯖のちらし風
(酢飯の上に、しめ鯖、錦糸卵、焼き海苔を)
厚揚げのきのこあんかけ
(しいたけ、まいたけ、えりんぎ)
かす汁
(大根、人参、里芋、きゃべつ)

まだ昨シーズンの板かすがあるのだけど
酒蔵さんの新酒のかすを、おすそわけで
頂いたので、本日はこちらを使用してみた。
新しい酒かすは、ふわっと香りも高かった。


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「断りやすいように」

2月18日(水)

小雨しとしと、韓国宮廷ドラマを観たり
(世子が王となり、彼の兄が高橋光臣似から
長谷川博己似になっていた!)
ちょこまか家のことをしたり、お風呂に入ったり
しているうちに、夜ご飯の支度の時間になった。

本日は

つくね汁の残りに白菜を足したもの
豚ロースとエリンギの生姜焼き
ゆりねとチーズの重ね蒸し
温野菜(かぶ、キャベツ、人参、玉ねぎ)
など

ゆりね、生まれて初めて自分で調理した。
ホクホクで、おいしかった。




これまでに、何度か、糸井重里さんが
他人になにかを頼むときの姿勢を
のべられているのをお見かけしたが

本日も「今日のダーリン」に

なにか頼みごとがあるときには、
とにかく断りやすいようにというのは、ぼくのやり方だ。


とあった。


糸井さんのこの姿勢に触れるたび、わたしは
「雨の日に営業に行くといいんですよ」と
ある営業マンが自慢げに話していたのを思い出す。

ううっ。

雨の日の営業は、相手の断る隙を狭くする。
こんな日によく来たと高い評価を得たり
相手が申し訳なさを感じて断りにくいのだな。
(人によっては、これを賢いテクニックと見るのだね)

わたしは、雨の日に張り切る営業マンが苦手だ。
(賢いでなく、小賢しいと感じてしまうので)

発揮するなら、わたしとは関係のない場所で
そういう張り切りをやってほしいと思う。


糸井さんの姿勢の元には、(相手に)
「やってみたい」と思われることを、やってもらいたい。
の思いがあるそうな。

うむうむ、まわりの人の居心地のよさを
力まず、自然に願える糸井さん像が、この言葉と重なる。
(相手のたのしさは、自分のたのしさでもあるんだよね)

わたしも
「断られると自分が傷つくから」なんて、みみっちい理由じゃなく
ただ、相手と一緒にたのしく面白い時間をつくりたいから
相手が断りやすい空気をもって、人と接する
そんな姿勢を身につけたい。


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「送るときは慎重に、受け取るときは寛容に」

ラジオを聴いていたら
ブログやツイッターへの「悪意の書き込み」を
4人に1人がしたことがあると報じられており
その経験率の高さに驚いた。

なんでも
13歳以上の、パソコン・スマートフォン利用者のうち
8500人を対象として、「情報処理推進機構」という所が
調査したのだと。

悪意の書き込みの経験者は
20代が一番多く、次に10代が多いというのは
ネット環境に触れる頻度だけでなく
自制心、心の処理能力の差が、関わっているのだろうか?

さらにわたしが驚いたのは、書き込み後
30%以上の人がすっきりしたなどの、(一時的であれ)
“効果”があったということ。

ふーん。

世の中って、色々だなぁ。

他者に向けた悪意は、結局は自分を蝕むのだけど

そういう超大変なリスクを背負っても
かりそめ得られるかもしれない
“効果”を求める人が多いのか。

ラジオのパーソナリティの荻上チキさんは
「送るときは慎重に、受け取るときは寛容に」と
ネット上の交流における、おまもり言葉を
ご披露されていた。


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わたしと、悪意

(上の続きの話です)

「悪意を、自己抑制するのは、大事だ」と
わたしも思う。

けれど、「どうしようもなく、悪意を放ってしまう」時期が
誰にだってあるのかもしれない。

わたし自身、これまで、いったいどれだけ
悪意を放ち、身近な人、身近ではない人を
言葉の上で、態度をもって、傷つけてきたことか・・・!

(言い訳になってしまうが、「苛めてやろう」と積極的に
悪意の言動をとったのではなく、そういうときは
自分自身が処理できないイライラや不調にさいなまれ
気づいたら、そういうことを招いてしまっていたのだな。
みんな、そうなのかな?)

人間は感情の奴隷ではない。
(感情の奴隷ということにしておけば
いろいろ便利だし、ラクだから、そういうことにしておきたくなるけど)
これから老人に向かう道のりで
わたしも少しずつでも「感情の芽」を上手に生やすようになりたい。



ここから先は、スピな話です。
苦手な方は読まないことをおすすめします。


人間は転生を繰り返すなかで、どうしようもない<悪人>経験も
するのだと思う。

どんな人間も、「経験」するために、この世に生まれてきており
数限りなくある人生(転生)のなかで、色んな人格、色んな環境を
知り、味わい、そのなかには、どうしようもない<悪人>の生もあるだろうし
おどろくほど<色んなことが上手くいく>生もあるのだろう。

わたしは今生では、人殺しをしないと思うけど
前世ではもしかしたら戦争に参加して人を殺めたことがあるかもしれない。

優れてる劣っている、早い遅い、ということじゃなく
最後には、みんな、たどりつくべきところにたどりつくのだから
たまたまの今のありよう(今生の姿)をとらえ
どーのこーのと判断するのは、本来、早計なのだ。

(とすると、このブログは、早計の巣窟?
まあ、いいのだ。これも、経験のひとつさ)


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誰かの価値観で心が折れる必要はない

2月18日(火)

姉が母の用事で来たついでに、一緒に買い物に行こうと
車に乗ったはいいが、「火の始末が心配になった」というので
母を用事のところに送り届けたあと、姉の家まで行くことに。

片道40分の道中、我の日頃たまっている母への愚痴を聞いてもらったり
姉の「最近、専業主婦の片身が狭い」という話を聞いたり、などなど。

なんでも、このごろ、「結婚している女性でも働いているのが当たり前
(働いていない人間がいるなんて考えてみたこともない)」という人と
知り合うことが多いらしく、姉なりになにか感じるものがあるらしい。

ふうふう。

そういう片身の狭さって、わたしもさんざん経験したなー。

Uターンをして以来、パートや期間限定の仕事に行くと
かならずといっていいくらい
「日頃は主婦をやっているんでしょ」という前提で話を進められ
どーも、居心地悪かった。
「子どもは何年生?」なんて、ふつーに、そういう人は聞いてくるし。

(田舎の価値観の狭さもあるのだろうな。
都会ではそういう経験がほとんどなかったもん)

はい、わたしも、目の前の人間の「思考外の生き方」をしていることに
ずいぶん心が折れたものでした。(もう過去の話だ)。

まだまだ途上であるけれど、これからは
目の前の人間の「思考外の生き方」でも、堂々と生きたい。



今日は、久しぶりに、地元の浜で朝とれた
お安い魚にめぐり合えたので、ラッキー。

真いわし・・・(3尾で150円。100グラム48円)
さば・・・・・・・(5尾で180円。目分量だが1尾200グラムほどか)

真いわしは、手開きにして
トントン包丁で叩き、つみれに。

さばは
1尾を、しめさば
2尾を、開きにして、塩焼き
2尾を、味噌煮

(ほーんと、魚をおろすのは、楽しい。
今日は三枚おろしのほか、初めて開きにしてみた)


◎本日の夕飯◎

つみれ汁
(大根、人参、白菜、長葱、いわしのつみれ)
さばの塩焼き
さばの味噌煮

野菜不足は、漬物で補いました。


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世間というテストで高得点をとること

2月17日(月)

雲ひとつない、晴れ。
(こんな空はいつぶりだ)

日向ぼっこを兼ねて
庭の仕事をする。

金のなる木のお世話のあとは
(事情があり、こんな時期だけど
新しい鉢に植え替えをした)

こごみの(去年の)葉を切って
「春になったら、おいしく出てきてね~」と
山菜の神さまに頼んだり

かたい蕾を付けた、ボケやウメの盆栽を
目につきやすい場所に移動させたり

すっかり忘れていた
(何年前に買ったのかすら思い出せない)
放置の鉢から、ヒヤシンスらしき芽がでている
のを見つけ喜んだり

などなどなど。



夜ご飯は

白子のお吸い物
(助宗タラの白子、きぬ豆腐、長葱)
ほうれん草の胡麻和え
鶏つくねバーグ
(付け合せに、さつまいもと、舞茸)
蒸しきゃべつ

普段は魚卵をはじめとした内臓ものは「カロリーが高い」と控えている母だが
外で食べてきた白子がおいしかったらしく、このごろ、ときどき白子の話をする
ので、珍しく買ってみたのだ。

白子といえば、わたしがこれまで一番「美味」と思った食べ方は
天麩羅であるが、ま、許せ、今日は、お吸いものじゃ。



で、お吸いものといえば・・・・・・

学生時代、お寿司屋さんでアルバイトをしたことがあったっけ。
まかないで「白子のお吸い物」をたびたびご馳走になったなぁ。

そのお寿司屋さんはご夫婦でやられている店だったのだが
「4年間、うちでアルバイトを続けた教育学部の女子学生は
めでたく学校の先生になり、卒業の折には、ご両親も挨拶にきた」
と、女将さんが嬉しそうに話すのを何度も聞かされ

わたしは直感的に
「あっ、自分の居場所じゃないかも」と思ったのだろう
半年も待たずに、わたしは、このお店を去ったのだった。

(今、このことを書きながら、「今に至る萌芽」が当時のわたしに
すでにあったのか!!と、驚きながら感激している)

わたし自身が、まじめで、融通が利かず
“正しい”ことから、なかなかハズれられないくせに
なぜだか
「正しいこと大好き」「正しいことしか見えない」人間の
近くにいることがイヤでたまらないのだなー。

世間というテストで高得点をとる人間が、ではなくて
世間というテストで高得点をとることに無条件の評価をする人間が
わたしは苦手なのだな。

余談だが、ちきりんさんが

学校生活の中で、「みんなと同じでないと、なんとなく怖い」っていう感覚を身につけてしまうと、一生苦労するよね。生きていくのに必要なのは、「人と違っても恐くはない」って気持ちのほうなのに。

と、2月15日のツイッターに書かれており
https://twitter.com/InsideCHIKIRIN

ほほーっ、と思った。


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バイオリズム

2月16日(日)

思いがけず、いい天気。
雪もけっこう溶けたので、ホームセンターへ。

母に頼まれた「腕時計の電池交換」を申し込んだら
カウンターの若造に
「この時計は扱えません。ほら、記念品だから」と
いわれてしまった。うん? 若造に
見せられた時計の裏面には、たしかに
母の日のメッセージなどが入っていた。

ええっ?

この時計は、20年ほど前、わたしがプレゼントしたものだけど
そんな刻印をした記憶がないぞ~。
(これで記念品になってしまうのか~)
というのはいいとして

このホームセンターで、これまで何度もこの時計の
電池交換をしてもらったはずなんだけどなぁぁぁぁ。

お店の若造は、マニュアルに沿った応対で
「記念品は、万一のとき、責任を負いかねる」の
枠から外れそうになかったので

はい、あきらめました、電池交換。

まあ、それは仕方ないとして

どうしたんだろう、わたし。

この一件で、なんか、ちょっとイラっとしたぞ。

おかげで、買う予定の全くなかった
高級っぽい入浴剤を、衝動買いしてしまった。
(「高級な」ではなく、こんなときも財布の紐をしめ
「高級っぽい」のにとどめておくのが、わたしらしい)

家にはまだ入浴剤の在庫があるのになぁ。

普段なら、この程度のことでイラっとしないのに
どうしたんだろう?と考えると

ホームセンターに来る前に、母と精米に行ったのだけど
準備の際、母が玄関に玄米をこぼしてしまったり
精米所では小銭が足りず、持って行った玄米の半分しか精米できなかったり
(わたしが玄米の準備をすれば良かったし、お金も母任せにしなければ
良かったのだから、わたし自身の責任でもあるのだけど)
そのときからイライラの種があったのかな?

いや、もっといえば、午前中、目が覚める前にみていた夢が
なんだか心の安定を損ねそうな内容だったのも、影響あるのかも?

イラ虫イラ蔵イラの助、イラ村イラ中イラの丸。
(なんじゃ、こりゃ)

まあ、調子のいい日ばかりじゃないわい。
(こういうバイオリズムの日もある)

夜は、キムチ鍋で晩酌し、自分をなぐさめました。

(そうそう、今日は、お雛様に「ひなあられ」を供えて、happyだった。
すでにほかのお菓子は供えてあったのだけど、母に「お雛様用のが欲しい」と
リクエストされ、「ひなあられ」を買ってきたのだ。
小さなことだけど、これを今日のわたしのhappyのひとつとしよう)。


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慣れ親しんだものと離れる日

たとえば

「おもしろくない人生」だと思い込んでいる人は
自分が「おもしろくない人生」に齧りついていることを
忘れているのです。

手を伸ばせば、「おもしろい人生」があるのに
ただただ、これまでの人生を手放すのがコワイのですね。

誰だって、慣れ親しんだもの(それがネガティブなものであろうと)
と離れるのには勇気がいりますから。

というような文章を読んでも、かつて、わたしは理解しきれなかった。

(「おもしろくない人生」と、上には書いたけれど
「辛い生活」「苦しい日々」「不幸な人生」などなどに
書き換えても、同様の話である)

「不幸ですら、慣れ親しんだものであれば、手放すのがコワイ」とは
分かるような気もしたが(←もしかしたら、そうかもなー、程度の)
まるで自らが好き好んで辛い人生を選んでいるという話には
頷きかねる、と思っていたのだ。

今から思うと、事実を認めたくなかったんだね。

みんな楽しそうに暮らしているのに、自分だけ
「あー、しんど。うつうつだ」と嘆き節をじくじくと胸の内に宿している毎日が
自分の責任だと?

そんなこと、あるはずな~い。

わたしだって、ラクになりたいのだぞ。
辛いことから逃れたいのだぞ。
「楽しい」なんて贅沢は言わないから、せめて「この苦しさ」を減らしてくれ、と。

あんな理由がある。こんな理由がある。
ほらほら、好きでこんな人生をやっているんじゃないんだぞ。
離れられるものなら、離れたいんだよ、と。

ふーっ。

そう、わたしは、おのれの「生きづらさ」を隠れ蓑にして
ネガティブなものを手放す努力をしなかったんだ。

だって、ネガティブな感情、言い訳は、わたしにとって
とても身近で、長いお付き合いで、親しかったから。


ちょっと話は飛ぶけれど

何事も、潜在意識の奥の奥の奥の奥の奥・・・にある
意識が招いているというのは、ほんとうなのだろう。

「自分ではどうしようもないこと」と、思っていることすら
実は、自分のなかにある自分が招いていることなのだ。

(顕在意識の上では「Aという方向」を望み、努力もしているのに
現実は「どんどんAから離れていく」場合、実は
潜在意識の奥の奥の奥の奥の奥・・・にある意識が
「Aとは違う方向の経験が当人にとって必要」と判断している)

だからといって、舵取りをあきらめてしまうのは
せっかく生まれてきたのだから、もったいないよなー。

顕在意識をもったわたしが、いかに「奥に眠っている(いや、ほんとは眠っていない。
なかなかアクセスできないから眠っていると勘違いしがち)わたし」と
仲良くできるか、が、コツかな。
(これからの人生の課題である)


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脳内マスターベーション

日曜朝のTV番組のチェックをしていたら
NHKの『ナビゲーション』のテーマが
「専業主婦が生きづらい」とあった。

「今、生きづらさを感じる専業主婦が増えている・・・。
12%が貧困状態にあり・・・。家事や育児で
頑張っても家族や周囲から評価して貰えず・・・」
とは番組詳細内容。

ふうっ。

若者の貧困。貧困女子。老後破産。
ひきこもり。ニート。ブラック企業。
うつ。発達障害。過労死。
高齢者の孤立。子育て放棄。
えっと、たしか去年は
「男はつらいよ」
(イクメンを求められ、男らしさを強いられ~)
と銘打った番組(『クローズアップ現代』)も
あったっけ。

まるで、国民のほとんどが
「生きづらい」国なんじゃないか!と
思えてもくるが
(上に挙げたのは、社会現象の代表例であり
細かく書き出せば、キリがない)

もう、わたしには
この方向の話は食傷気味だ。

誰だって、なんらかの生きづらさは抱えている。

この世に、生きづらさを抱えていない人なんて
いるのだろうか?

(美輪さんは、ひとつ下に書いたテレビ番組で
「現代とりあげられている生きづらさなんて、昔からあったもの。
今は「平和ボケ」しているから、それが目立っているように思うだけ」
というようなことを仰っていた)

わたしはそれ(生きづらさ)を
じーいっと見つめる癖があったけど
見つめた末に、分かったのだ。

いくら見つめたって、なんの解決にもならない。

(生きづらさを見つめ、考え、語ることで
なにかしら心のどこかが楽になるような錯覚がある
・・・だから、こういう番組に視聴者が集まる・・・
だけなのだ)

「こうこうこんなふうに、おいらの人生は大変で
生きづらい」と、心のなかでお喋りしたり
誰かに聞いてもらったりするのは
いわば、脳内マスターベーションなのだな。

脳のマスターベーションは、真の快楽をもたらさない。

ときに、どうしようもなくなったときは
マスターベーションするのもよかろう。

(わたしはこれまでもいっぱいしてきたし
これからもすることはあるだろう)

けれど

本当にそこから逃れたいと思うならば
「生きづらさ」とは反対のものを見つめるのが
よろしいのだな。


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ケ・セラ・セラ

『ケ・セラ・セラ』(1956年
作詞作曲 : ジェイ・リビングストン、レイ・エバンス)

まだ小さな女の子だった頃
ママに聞いたの
「私、どんなふうになるのかな?
きれいになれる? お金持ちになれる?」
ママはこう答えたわ
ケ・セラ・セラ
なるようになるわ、なるように
先のことは私たちには分からないの
ケ・セラ・セラ
ケ・セラ・セラ


阿川佐和子さんのテレビ番組で
ゲストの美輪明宏さんが「今、心に響く曲」
として紹介していた歌の歌詞だ。
(歌は外国語です)

「メロディーも美しいし、詩も美しい」と
美輪さんも仰っていたが、ほーんと
この曲を聴いていると
上質なキャンディーを舐めているような
心地になるなー。


「幸せとは、満足感(充足感)だけど
これは長続きしにくい、慣れちゃうから」

「いつでもどこでも幸せになるためには
感謝することを何でもいいから探せばいい」

「まずは人と比べないこと」

そんなことも、美輪さんは仰っていた。


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ウツウツ自分への伝言

2月14日(土)

バレンタイン、とくにあげる人もおらず
ラムレーズンのチョコを、老母といただく。

今日もしんしんと雪の降る日であった。

冬季ウツとの言葉があるように
これまでの毎年は
ウツウツ感を平生から抱えがちな我も
冬はより一層のウツウツに襲われることが
多かったなぁ。

なので、「用心、用心」と、今冬前半を過ごしてきた
けれど、なんとか無事、ここまでやってきた。

思えば、アジアに目覚めて
「夏大好き」人間になっていた我が
30代の終わりに北陸に引っ越して
はじめの数年は、どんより空の続く雪国の冬が
とても恨めしかった。

それが今では、この墨絵のような世界になる
閉ざされた冬の日々も、またよし、と感じられる
のだから、生きてみるものだな、人間は。

今が、真冬のふんばりどころ!

(もしも、ウツウツになった自分への伝言。

外を見るのじゃないよ、内を見なはれ。
自分のなかにいる自分を大切にしてあげる)


☆本日の晩ご飯☆

和風スパゲッティ
(エリンギ、マイタケ、サンマ蒲焼、長ネギ)

野菜のトマトジュース煮込み
(ジャガ芋、玉ネギ、人参、大根、キャベツ、ハム
生姜もたっぷり入れて)

など


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風邪の効用(どこかで聞いたタイトルだ)

2月13日(金)

先日、久しぶりに旧友とメールをしていて
「風邪の効用」を初耳だ!と言われたので
ここにも書いておこう。

風邪をひくのは、身体の自己メンテなの。
(だから、できれば、解熱剤などは飲まず
なるがまま風邪症状を発揮させてあげるのがいい)

風邪をひき終わると、内なる歪みが正される
というか、身体がリセットされる。

つまり、風邪は身体にとって、大事な儀式なのだ。

ちょこちょこ風邪をひいている人は
大病から遠いかも。

以上、野口晴哉先生の教えを
わたしなりの理解で書いてみました。


ところで、わたしは、もう20年近く
本格的な風邪をひいていない。

(数年前、父の入院中と、叔父の倒れたときに
突然の異常な高熱が出たことがあったのだけど
あれは看病というか付き添い疲れで肉体がぼろぼろ
になっていたゆえのもの、風邪ではないと思われる)

(その他、風邪気味というのも、ほとんどないな。
いっとき短期の雇われ仕事をしていたときに
「ちょっと風邪っぽいかも」程度はあったかもしれないが
それはまあ、あくまで「っぽい」レベルの話)

大昔、OLをしていたころは、頻繁に高熱を出していたのになぁ。
(四十度まである体温計の目盛りを越えそう!という高熱を
2、3ケ月に一度は出していたような)

だけど、プー太郎暮らしになってから
不思議なくらい風邪をひかなくなった。

思うに、OL時代は、慢性の疲労があったのだろう。
(仕事だけじゃなく、夜遊びも忙しかったので)

今は、無理をしない生活、なりよりも
たっぷりの睡眠が、風邪を遠ざけているのだと思う。


☆本日の晩ご飯☆

鶏手羽とエリンギの蒸し焼き
豆乳グラタン(里イモ、長ネギ、チーズ)
ほうれん草のおひたし
かす汁(豆腐、カブラの葉、ふきのとう)

今夜は、あたらしい漬物も登場。
サラダ感覚で食べられる、大根の酢漬け。
(母ちゃんが漬物担当なので、いつも「もっと塩を入れる?」と
塩加減をたずねられるのだが、毎回、「これでいい」と
答える、わたし)。


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ブラックコメントの話の最後に

わたし自身の反省もある。

どんな相手であっても
広い心をもって接する

・・・という地点から、まだまだ遠い場所にいるなぁと。

もし、わたしがお釈迦さまであったら

わがまま放題、失礼放題、お釈迦さまの顔に泥を塗るような
相手に対しても、慈悲の心をもって、接するのだろう。

(ひとつ下に、「本音で語り合いたいとはお釈迦さまでも
知らなかったろう」と書いたけれど、お釈迦さまなら
見抜いていたかもな。
あの一連のコメントは、ご本人にとってのSOSなのだと)

(わたしも、ほんとのほんとは知っていたんだ。
あんなコメントを送ってくる人は、誰かに助けてもらいたいのだと。
でも、わたしは、そんな相手を思いやるよりも
自分の心をなぐさめることを優先したのだった)



これから書く言葉は、超高慢だ。

「ぎょえっ!」と、我ながら思う。

「お前、自分を何様だと思っているんや」と
自分につっこみを入れたくらいだ。

・・・・・・ふーうっ (深呼吸)

書いちゃうぞ。

「人格の低い」人の相手をするのは
頭の悪い人の相手をするよりも、むずかしい。

ごめんなさい、ごめんなさい。
ほんとうに「自分を何様と思っているんや」なのだけど
そんなふうに、わたしは、この一件に対して
感じてしまったのだった。

(わたしが成熟した・・・人格のすぐれた・・・人間であったなら
ブラックコメントをもらったこと自体、おのれの胸に秘めたかもな。
そうなのだ、コメントを送ってきた人だけじゃなく
わたしだって、どっこいどっこい、未熟なんである。
「自分のことだけで、せいいっぱい」という)。



これから書くことは、スピな話です。

「この世は、360度の、映画のようなもの。
脚本も、登場人物も、それを<現実>というフィルターで切り取っている
わたしも、すべて、わたしのなかで生まれたもの(ほんとうには存在しない)。

つまり、ブラックコメントの書き手も、ブラックコメントを受け取るという事態も
それに関してのあれこれをブログに書き綴っているこのわたしも
すべてすべて、意識の上の産物なのである」

「では、なんのためにこんな一件が起こったのか?

わたしはまだ答えを知らないが
なにか意味があるから、こんなことが起こった
(起こったように、意識がつくりだした)のだ。

わたし自身が、ここからなにかを学ぶのだろう」

そんなことも、ずっと思っている。



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背伸びせず、ゆるゆると日常生活などをつづります

はえともみ

Author:はえともみ
 
万の風になって、生きる。

ちちんぷいぷい~。
(HSPの自覚あり)
「うつと仲良く! ひきこもりだっていいじゃない」と
開き直って生きてたら
元気になってきました。

→ 近年は、老母の観察メモの
(&それに伴う自身の変化など)
色合いが濃くなっております。
・・・ま、長い人生の一コマですな。

徒然な日々も、留まることはない。
すべてがいとおしい。だから書く?

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