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人の命は平等なのか

人というのは、その思想や行動により
命の尊重され方が変わってくる
ものなのだろうか・・・・

ぽわんっ、と、頭のなかにそんな考えが浮かんだ
深夜0時頃、たまたまNHKのニュースをつけたら
<同胞が殺害された写真をもっているとも見られる
イスラム国で人質になっている後藤さん>
のニュースが始まった。

えっ。

正直、わたしは
なんらかの水面下の動きがあり時間をかけて
お二人が解放されるか、あるいは、万一の
結果となったとしても、それはまだ先のこと
と思っていたのだ。

今の時点で
同胞の死亡が確認されたわけではないけれど
「えっ」の動揺は、止らない。

少し、書きながら考えてみたい。

人というのは、その思想や行動により
命の尊重され方が変わってくる
ものなのだろうか・・・・。

「命は平等」というけれど、今の日本では
それが通用される社会ではなくなっている。

自ら選択してかの地に行ったのだから
自己責任でしょ

嵐のように吹き荒れる
(だって、個人がネットなどで発言するのみならず
マスコミだってこの論を使うし、たしか外務省の人も
ジャーナリストの常岡さんにこの言葉を向けていた。
口にはしないが腹のなかで思っている公人も多いと思う)
論調からも

「命は平等」という倫理観が相当危うくなっているのが分かる。

「国民に迷惑をかける奴は例外だ」とか
「自らが巻いた種だろ」というように
守るべき人命から弾き出してしまうのは
(つまり守るべき人命を選択しているのは)
平等の理論にそむく。

条件付きで、命は保障されるものなのか?
(いや、違うだろう)

ちょっとトンチンカンな喩えかもしれないが
「いい子は養ってあげるけど、悪い子は育児放棄してかまわん」
といっているようなもの。

命は平等とするならば
ゴタゴタと文句をいわずに
あらゆる命を守るべきである。


こんなことを書くと、わたしはガチガチの
人道主義かと誤解されそうだが、そうではない。

普段はなーんも考えていないのだ。

ただ、「人間の命は平等」といいながら
そこに条件を持ちだして
「救わなくてもいい命」と人間を選別するのは
おかしいでしょ!!と、ふと思ったのさ。

仮に今回のケースを「救わなくていい」のなら
観光地で不慮の事件に遭遇した人命も
救う必要がないのでは?? なのだ。

究極の本音を言ってしまえば
わたしはわたし自身のこと、身近な人間のこと
にしか、身を切るほどの関心をもてないので

同じ国籍の人のこととはいえ
所詮「他人事」としか思っていない。

もちろん、無事に解放されるに越したことはないが
何があろうと、わたしは自分自身のことのようには
喜びも悲しみもできない。

ただ、ふと思いついた
「人の命は平等といわれながら、ちっとも平等に扱われて
いないじゃん」という疑問から

あれこれ考えてみたのさ。

文章を書いていると、自分のなかの自分が勝手に動き出す
・・・・ということが、ちょくちょく起こる。
(そのまま意味をとれば、精神的に危ない人と思われそうだが
こういうことは誰にでも起こっていると思う。
普段は隠れている本音が、ぽんぽんぽんっと文章になって
出てくるんだな)。

「条件付きで、命は保障されるものなのか?
(いや、違うだろう)」

と、先に書いたのも、その一例だ。

ふ~ん、わたしの本音はここにあったのか。


果たして、今回の事件の人命尊重をどこまでしなくてはならないのか
(何が何でも・・相手の要求を丸呑みしても・・命を救うべきなのか
それとも、テロリストのためになることは一ミリもすべきでないのか、など)
ベストの解決策というのが、わたしには分からないけれど

「命は平等」の世の中を、わたしたちが作りたいならば
自己責任節を唱えている場合じゃないだろーとは思う。


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今月始まりのドラマ

1月23日(金)

今シーズン始まったテレビドラマの(自分のなかの)
だいたいの見通しがついてきた・・・。

始まる前は「いっぱい観るのありそう」と期待したけれど
フタを開けてみれば、そうでもなさそうである。

「これは観よう」と思ったのは、次の2つ。

『デート』(杏ちゃんの)
・・・コメディ恋愛らしい。
人が人と出会って(このドラマでは
お堅い女性と引きこもり男性の組み合わせ)
どんな化学反応が起こるのか!楽しみ。
心のうるおい要素はあるかな?

『美しき罠』(田中麗奈ちゃんの)
・・・ところどころにギャグ漫画のような画もあり
けっこうハマった。
もろもろ一筋縄ではいかなさそうな今後の展開を期待。

他にも、いくつか1話目を観てみたが
んー、『流星ワゴン』と『銭の戦争』は、まだ五分五分。
(どうするかなー、と迷っている)。

あと、別格ものであるけれど、これは観てみようと
始まる前から思っていたのは、大河ドラマの
『花燃ゆ』である。

わたし、大河ドラマを全回観たという経験が
まだ一度もないんだよね。

どういう心境の変化か自分でも分からないし
登場人物や役者になんの思いいれもないのだけれど
今年は、頑張って大河ドラマを追いかけよう
と思っているのだ。


☆本日の晩ご飯☆

今晩は「鶏手羽と卵と大根」のシンプル煮をしようと思っていたのだが
テレビのおでん映像を見ていた家人の「おいしそう」との呟きを聞いて
練り物抜きの「おでん」っぽい煮物に変更。しかーし、大鍋をぐつぐつと
煮込めば煮込むほど、「物足りなさ」を感じてしまい、結局は、仕上げ直前に
冷凍庫にあった練り物をほうりこみ、正真正銘の、おでんになった。
(鶏手羽、大根、人参、里芋、コンニャク、油揚げ、ゆで卵、エリンギ
ごぼう天、ひら天。毎度の、昆布、煮干。いたずら心で、生姜も)。

箸休めには、漬物4種。
(カブラ寿司、白菜浅漬け、大根漬け、市販のキムチ)。

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「あの捜査がなければ、脅迫に発展しなかった」説

イスラム国に日本人2名が人質にとられ
日本が脅迫を受けている件だけど・・・・

ゆるーい感想を述べさせてもらえば
政府の「本気」姿勢がぜんぜん見えてこない。

(もちろん、交渉事は水面下で進められるのだろうから
誰もに分かるような真剣さをあえて見せていないだけ
なのかもしれないが)

今の政府の服を脱がせたら
「国民のための純奉仕なんてとんでもない!」
「一部の既得権益仲間のために、ガッツは使おうぜ」
という本音がポロっと出てきそうだ。

どうして、脅迫映像が出てくるまで
人質になっている日本人を放っておいたの・・・

ましてや、人質がいるのを知りながら
イスラム国(便宜上、この名称を使っている)を刺激するような
ええ格好アピールで、お金をバラ撒く約束までして・・・
(いや、あれは、日本のゼネコンのためのパフォーマンスだったのか)

というのは、ぐっと飲み込んでおいたとして

なぜ、今、ジャーナリストの常岡浩介さんや
イスラム世界に詳しい中田考先生に
協力を求めないのか、不思議でならない。

◎もともと、人質になっている日本人を救う気がない
(仮に人質が、大企業の駐在員だったり、外務省の職員だったり
したら、政府の本気度はがぜん違ってくるだろう)

◎アメリカの顔色をうかがって「テロには屈しない」節が止まらない。
人命よりも、「テロに屈しない」アピールが大事。

◎見栄である。警察も、外務省も、常岡さんや中田先生には
頭を下げたくないのだろう。(去年の捜査があるからね)。
政府と、警察・外務省はイコールではないけれど
ここには「お上の見栄」という共通項が働いている。

◎中田先生は現在も、「私戦予備・陰謀罪」の被疑者らしい。
お墨付きのない者、ましてや被疑者を頼るなんて
日本政府としてはメンツが立たないのだな。

◎ついでをいえば、一部の世論で「自己責任」なんて言い分がある
ものだから、ここで見殺しにしても、総国民に政府が責められるなんて
事態にはならないだろうという読み。

などなどが、あるのでは??? と邪推してしまう。

そんな、もやもやをもっていた折に

「警察の捜査が、湯川さん後藤さんの危機的状況を引き起こした」
という、ジャーナリストの常岡さんの会見全文を読み
http://blogos.com/article/104020/

普段は政治的な感想をブログには書かないオイラまでも
一言、言いたくなったのであった。

わたしの情報が一面的であるという弱さはあるけれど
常岡さんはすごく真っ当なことを言っていると感じるのだ。

また
「日本人を釈放することがイスラム及びイスラム国のイメージをよくする」という
中田先生のメッセージは
http://blogos.com/article/104005/
両者の道を開く、すばらしいヒントだよなぁ。
(中田先生は、会見のなかで、どちらの顔も立てる妙案を提案してもいる)。

2億ドルを払うのは、もちろん悩ましいところであり
(金額の大小ではなく、その使途を配慮する意味で ↑)
そうすべきかどうか、わたしには絶対の答えがないけれど
少なくとも、相手と交渉する道を自ら捨てるべきではない。
(無条件解放がベストなのは当然であるが、それがムリなら
互いに譲歩した人質解放の道を探るしかない)。

日本政府が常岡さんや中田先生の言葉に
どうして耳を傾けないのかなぁと、もう一度
一国民のわたしは言っておきたい。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
余談だが、人質の後藤さんのお母様の会見も
ネットで読んだ。
http://blogos.com/article/104041/?p=2
これは、「あちゃ~」という内容であった。
(周りが会見を止めるわけである)。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


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「妬み」の人も救われる

わたしも、かつては
「あの人が△△なのは、◇◇という恵まれた環境にいるからだ」
と、まぶしく見える人々を心の中でジャッジして
妬ましく思う気持ちをごまかすクセがあったっけ。
(今でもゼロではないと思う)。

わはーっ。

しかし、このように自分の中のネガティブ感情を慰めるため
「金に困れば(=弱った環境になれば。恵まれた環境がなくなれば)
本性が見える」と、他人を見つめるのと

ドラマの主人公のように、自分自身が落ちぶれた環境になり
「今までの自分は、恵まれた環境にいたからこその自分だったんだ」
と気付くのでは

雲泥の差だと思う。

雲泥の差? いや、違う。

ま~ったく別の話なのだ。

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

◇◇という恵まれた環境と、上記に書いたけれど

出生、遺伝、容姿、家柄、知能、学力、教育、躾、
親子関係、その他の人間関係、時代、国、地域、性別
就職、結婚、子孫、健康、えとせとら、えとせとら

ありとあらゆるものが◇◇に当てはまるよな。

こうもあると、運なのか努力なのかは置いといて
環境が人間を作っているともいいたくなる。

しかし、同じ環境だからといって
まったく同じ人間が出来上がるとも思えなく
結局、本性と環境の絡み合いなのかなー、人間は。

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

本性&環境ゆえに身についているもの
で、人間ができているのだとしたら
やっぱり

本性の救済のようなこと
(まだまだわたしには未知数の世界。
これは、宗教的な大修行を積むよりも、灯台下暗し的な
日常にヒントが転がっているのかもしれない)と

その時々に置かれている環境のなかで
いじけず、調子に乗りすぎず
自分を育てていくしかない。

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

本性というものが、変化しうるものなのか、どうか
わたしにはまだ分かっていないけれど

(変わらないから「本性」というんだろ、という意見があるとすれば
「人は瞬間瞬間を生きている。本性は毎瞬生まれるのだから
いくらでも変化しうるどょぉぉ」と、スピ的な話をしたくなる)

ちょっとでも好ましい本性に変化してゆく自分を
信じたいという思いはある。

だってそのためにこの世に生まれてきたんでしょ。

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

はふーう。

今日も、ぬくぬくした部屋で
ふわふわしたコトを書いてしまった。

(飢えも、銃撃も、寒さもない、幸せな環境にいる自分が書いたことなので
一歩違う世界に入ったら同じことを思えるかどうかは分かりません。
でも、できるだけ変わらないものを、芯の部分で保てる自分になりたいと
願います。そのときこそ、ふわふわした文章にも魂が入るのだろーな)。



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「金に困って本性が分かる」と

1月22日(木)

録画してあった、ドラマ『銭の戦争』の一話目を観ていたら

「その優しさは、金をもっているからこその余裕だ。
(中略)
俺も自分のことを、割りといい奴だと思っていた。でも違う。
金に心底困って、初めて人の本性というのが、分かる」と

主人公(草薙くん)が云っていたどぉぉぉ。

うう、真理なり。


ま、与えられた場所で、「仮に別の場所にシフトしても
この状態を維持したい」と思えるような自分(の内面)をやっていく
・・・・・・のが大事なのだろうなぁ。

例(健康な人生地点にいるとき、「健康じゃなくなっても、こういう自分でありたい」と
思えるような自分をやっていく、そしてまた、健康じゃない人生地点でも
「健康を快復した自分が、こういう自分でありたい」と思える自分をやっていく)
      ↓ 同じことなのだが
例(お金のある暮らしで、「お金に余裕がなくなっても、こういう自分でありたい」
と思える自分をやっていく、そしてまた、お金に余裕のない暮らしでも
お金持ちになった自分が「こういう自分でありたい」と思える自分をやっていく)

おごらず、いじけず、である。

うーっ。

外は、ただの現象。
(この世のものはすべて、健康も、経済力も、人との関係も、たえず変化している)。

「金に困って初めて人の本性が分かる」というのなら
金に困っても、金に困っていないときにできるだけ近い
振る舞い、心もちの自分でいられるようにすればいい。
(こ、これ、さらっと書いてしまったが、超々々々難関な話だ。
まあ、千里の道も一歩からなので、小さな歩を日々踏み続けたい)

「環境が変わっても大事にしたいと思える自分」を、いずれのときも
育てていくのが大切なのだろう。


☆今日の晩ご飯☆

和風パスタ
(えりんぎ、椎茸、玉葱、えび、ゆず)
カチョカバロチーズを焼いたの
(火の通し加減がむずかしい!)
サラダ
(きゅうり、深層水トマト、ハム、ジャガイモ、水菜)

いつも同じ野菜ばかりなので、たまには目先を変えたものを
食べようと、先日、夏野菜を買ってきたのだが
(きゅうりを切ったら、あの独特の匂いがして、懐かしかった)
どーも、やっぱ、この寒い季節の食べ物ではないなーとも
思ったり。


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初ふきのとう

1月21日(水)

新しい年になった折に

下着を新調したものの、歯ブラシはそのまま

新しくまな板をおろしたものの、台所スポンジはそのまま

であった。

歯ブラシも台所スポンジも新しいのにしてから
まだ日が浅い・・・ように思っていたのだが

年が明けて、それらを使っていると

お疲れ度が高いように感じられて・・・ならず

では、せっかくなので、旧正月に新しくしようと
そのままお疲れさんを使っていたのだが

んー、旧正月って、今年は遅めなのね。
(2月19日だって)。

それまで待ちきれなーい。

なので本日、歯ブラシと、台所スポンジを
新調しましたとさ。

以上、それだけの話であった。

(余談ながら、新しいまな板って、気持ちいい~。
今のはヒノキなので、乾いたまな板の前に立つと
ふわっと、心地よいヒノキの香りが鼻に届く)。


☆本日の晩ご飯☆

フグと葱の甘辛煮
(当地のフグは、小ぶりで無毒なのだ。シロサバフグ?)
焼きトマト
(深層水トマト&ハム&チーズを重ねて蒸し焼き)
ふきのとうのお汁
(母がふきのとうを探しに行って、唯一収穫してきた蕾。
もちろん今シーズン初である)


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「無理に笑うことはありません」

1月20日(火)

保守的というか、ネットのなかで
新しくファンになるサイトというのは
わたしには稀なのだけど・・・
こちらのブログ
『旅するように暮らしたい』
は去年知り、ときどき拝見している。

今日、久しぶりに覗いたら
ぜひメモしたいと思わされる
叶恭子さまの言葉が紹介されていたので
さっそく、ここにも載せておこう。

「たとえ、
100万人の人が
どんなに楽しそうにしていても、
そこに真から楽しめるものがなければ、
『この世にたった一人のあなた』は
無理に笑うことはありません。」

叶姉妹オフィシャルブログより

そうか、そうかっ、
わたしはずっと100万人の人の顔を見て
生きてきたんだな。

そして、どうして自分は笑いたくならないのかと
悩んでいたんだ。

いや、ウソウソ、無理して笑おうとして
ずっと苦しかったんだ。

「この世にたった一人のわたし」は
真から楽しめるものでなければ
無理して笑わなくていいんだな。

ありがとう、恭子お姉さま。
大切なことを教えて下さって。


☆本日の晩ご飯☆
お芋ごはん
スペアリブとジャガイモの煮物
カブの豆乳味噌汁
(カブ、玉葱、人参、油揚げ、茶えのき)
サラダ
(蒸したキャベツと水菜&もずく酢)

煮物、ちょっと失敗した。
まず「フライパンで全面を焼いてスペアリブの脂を落とした」のに
その脂を残したまま、同じフライパンで煮込んでしまった。
なので、ケモノ臭さの残った、仕上がりに。
(ちゃんと脂を捨てるべきだった。それとも茹でこぼしが必要?)。
あと、スペアリブを煮こむ日のために、クリスマスの赤ワインを
わざわざ取っておいたのに、それをすっかり忘れ
日本酒ちゃぷちゃぷ入れて、醤油ベースの味付けにしてしまった。
ふうっ。
でも母ちゃんは、「このお肉美味しいね。ジャガイモも、すごく
上手に煮えている」と喜んでくれたので、よかった。
毎日が、精進である。

今日は、カブラ寿司、第二段の準備にかかった。
ひたすら、カブラの皮むきを。
傷んでいるものも少なくなく、皮をむき終わり
塩漬け用の樽に残ったのは、8キロであった。


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I am not 「長生き」至上主義

誤解を招きそうな話を、ひとつ下に書いてしまった。

まず、「長生き」至上主義では、わたしはありましぇん。

人には、それぞれの寿命がある
のだから、「長生き」だけがイイとは
当然思っていないわけで・・・。

言いたかったのは
生への執着を一時的に忘れているだけなのに
自分には生への執着がないと思い込むのは
ちょっとゴーマンじゃないかなぁ、ということ。

わたし自身のことをいえば
特別の長生きを望んでいるわけでもないが
今すぐ死にたいと思っているわけでもない
のが現状。

(ノーマルタイプだな。いつか「その日」がやってくる
と口では言いながら、まだまだ想像がつかない・・・という。
「○○歳くらいまで生きられればいい」なんて言いながら
いざ○○歳になったら、「あと五年」とか「あと十年」とか
言い続け、結局、長生きしたがるのだろうなー)。

もし、緊迫した命の限りを知ったらば
「この世もあの世も、ひと続きだ」なんて
悟ったふうなこととは矛盾した
あたふたした自分に変化するのかも
という予想はある。

また同時に、初めは動揺しても
ちょっとずつ寿命に同意する気持ちが芽生え
最期は静かな心の自分になれればいいなー
という願いもある。

あるいは、もしかしたら
「自分が死ぬ」なんて知る時間もなく
昇天しちゃう可能性だってある。

ま、ぼちぼち、やっていこう。

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生への執着

1月19日(火)

寂聴さんが
「生きているのが、嫌になった」と
現在も続く療養生活のなかで
仰ったこともあると知り

ふーん。

と思った。

文字にすると、ふーん。は、冷たい響きもあるが
決して、冷ややかな意味をこめたのでは、ない。

人は「生かされる」環境により、いくらでも変化する生き物なのだなぁ
ということを、再確認するような気持ちの、ふーん。なのだ。

そして、寂聴さんとは関係ないのだが
それに連れてわたしの頭のなかにやってきたのは

日ごろ「長生きしたくない」と思っている人も
“いざ(死が迫っている)”となったら、ああ、もうちょっと生きたい
生きさせて、生きさせてくれよー、お願ーい、死にたくなーい(切実)

となるのだろうな。ということ。

みんながみんな、そうとは限らないけれど
少なからずの人が、そういう変化を体験するのではないかしら。

長生きしたくない、なんてのは、まだ長生きをしていない人間の
甘ったれた思いなのかもしれない。

人生をとりまく環境が変われば、つまり、「いつかやってくる死」ではなく
現実に目の前に迫る死と対峙すればば、そんな甘ったれた思いも吹き飛ぶ
可能性が大きい。

(この先いつ亡くなっても大往生といわれるほどの長老が
「もう十分生きた」との感情を心の底で自然とはぐくみ
生への欲を手放すのは、また別の話だ)。

(生への執着がホントウにない、のと、ただ執着を自覚できていないだけ
なのとは、まったく異なる。
「生きるのが楽しくない・辛い」渦中にいるから、「長生きしたくない」と思うのと
「生まれてきた仕事をやり終えて、体験し尽した、感情を味わい尽した」ゆえの
もう長生きの必要はないと悟るのとでは、まっっったく異なる)。

若さ、健康(死に直結はしない程度の病をもっている場合も)のなかに
いるから、生への執着を忘れていられるんだよな。

長生きしたくない、とは、長生きできる可能性に満ちている人間の
おごりでもある。

かくいう、わたし自身も、積極的な死の準備をしたことはないけれど
「あー、早く、この人生が終ってくれたら、いいのに」と
本気で思っていた日々から、まだそう長い年月は経っていない。



☆今日の晩ご飯☆
イカの炒め物
(ニンニク、玉ネギ、キャベツ、ブロッコリー)
コロッケ(お店の)
しゃぶ野菜の残りなどを使ったスープ

今日は、クロッカスを植えた。
(ちょっと芽の出ている苗を、昨日買ったので)。
春の開花が楽しみー。

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しゃぶしゃぶ曜日

1月18日(日)

本日は、お天気もよく、買い物へ。
ホームセンターで掃除用品などを買い
その後、スーパーへ。(前日もダンボール箱いっぱいに買いこんだが
お菓子の在庫が潤沢ではなかったし、そろそろアパートに戻りたいなぁ
と思っているので、本日も食糧品の買い物を)。

それにしても、きれいだったな、遠くの雪山が。

帰宅後、ちょっと休んでから、母が大量に収穫してきたカブラを
せっせと外の水で洗い、葉っぱを落とす作業をする。
途中で夕5時のチャイムが鳴ったけど、あー、まだ陽が残っている。
冬は本番だが、しっかりと春に向かっているのを体感し、嬉しくなった。

お夕飯は、しゃぶしゃぶ。
(水菜、白菜、長葱、茶えのき、しいたけ
人参、大根 ←めずらしくピーラーそぎ
牛肉、春雨、豆腐)
タレは、即席で作った、ゆずポン酢。

しゃぶしゃぶのお世話で
(野菜を入れたり、アクをとったり)
『鉄腕!DASH』を見るのがやや疎かになったけど
本日も晩酌して平和な日曜を終えました。

ありがとー。


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爪楊枝事件の顛末に思う

ひとつ下の話の続きになるが

彼は「悪い人」じゃなく、
自分を表現するのが極めて下手な人なんだね。

(彼を「かわいそうな人」と、見下し口調で括るのは
お前何様じゃ!!なので、控えます)

確かにわたしも社会の一員なので
彼のような行動に不快を覚えるし
懲罰感情が全く湧かないわけじゃない。

でも、一定の冷めた目線なんだ、あの少年に対して、わたしは。
(それはたぶん、ひとつ下に書いたように、彼の一連の行動が
さみしさから生じていると感じているから)。

今回の騒動で一番すっきりしなかったのは
マスコミの有り方だ。

逮捕前、逃走ゲームのようになっている少年の行動を
延々とニュース番組で流し続けるテレビの有り方に
(しかも、ユーチューブの映像を、モザイク入りとはいえ
紹介しまくって)
「?」と思った視聴者は多かったろう。

(不快なのでチャンネルを変えても、また別の番組でこれを
やっているという・・・)。

(しかし、全力で不快を避けたいなら、テレビの電源を入れなければ
いい話なので、「不快、不快」と文句を言い続けるのは、おかしい話)。

逮捕から一夜明けた今日、テレビをつけたら
またこれをやっていたので、つい(!) ←言い訳の王道
見ていたら、あんまりにも見苦しい言い訳が、番組内で展開されていた。

「ちょうど食品異物混入の騒動があった時期なので
我々も(この少年の事件を)報道せざるをえなかったのです」

テレビの中にいる人は、何度か、こんな趣旨のことを言っていた。

以下はわたしの心の声

◎これまでの扱い方、とても使命感からの報道とは思えなかったけど。
◎少年の投稿した映像を、検証もなく、テレビで垂れ流しにした反省はないの。
◎(爪楊枝事件を起こした店で、渦中の菓子が発見されなかったという情報は
とっくに警察から報道陣にも回っているはずなのに、その情報は、視聴者に
・・・少なくともわたしは、少年の逮捕前にこの情報に触れていない・・・
知らされず)、不要な心配を、世の中に撒き散らし続けたのではないか。
◎渦中のお菓子、モザイクがかかっていたとはいえ、銘柄を特定するのは
難しくないよね。何度も何度も、お菓子のパッケージに爪楊枝を刺す映像を
テレビで流したのは、菓子メーカーにとって大迷惑だろう。
◎どう考えたって、模倣犯を生む、リスクがあるのに、そんな社会的リスクより
視聴率という甘い汁を舐め続ける報道姿勢は、ずっとキモチワルかったぞ。

挙句、万引きは「実はしておらず」、爪楊枝を刺したのは「店の商品でなかった」
ことが発覚したあとは、「我々も報道せざる終えなかった。使命があった」の弁を
のたまい続ける姿勢には、あ~~~~~~~~、びっくり。

(しかも、上にもちょっと書いたが
この少年の偽装の疑いについては、マスコミもとっくに知っていたのでしょ?
万引きの罪でも、食品への異物混入の罪でもなく
「建造物侵入の疑いで指名手配」されている情報は当然伝わっていたはずで
・・・・だとしたら、やっぱり、 「偽装(の疑い)」を知りつつ、「偽装(の疑い)」を伏せて
ずっと報道し続けていたといえるのでは)

(ここには、「へへっ、ホントは万引きも異物混入もしてないもんね。
つかまったあと、警察の鼻をあかしてやれるぞ」という少年の計算の
裏をかいてやろうという、これまた警察の計算があったろうから
それに、真実を伏せるという行為でマスコミが協力した面もある)

素直に、「おもしろ、おかしい」画が欲しくて、社会的影響なんてみじんも考えず
少年の作ったゲームに乗っかっちゃいました、ごめんなさい。とは、謝らないのね。

事件を生んだのは、もちろん少年だが、事件を大きくしたのは
まちがいなくマスコミである。
(報道が、少年の自己顕示欲のエサになっているのは、みえみえ
だったのに、それには目をつぶって、報道し続けた)。

ある意味で、マスコミは、今回の事件の協力者だ。
(少年にとっては、功労者となろう)。


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さみしいピース

お菓子のパッケージに爪楊枝を刺したり、万引きしたりの映像を
ユーチューブに流していた19歳の少年の一件を、ある方が
「少年の作り上げた逃走劇に、警察がまんまと乗っかった」
というような表現をされていたけれど、確かになぁ。

わたしも、ここ数日
テレビで取りあげられているのを目にするたび
「なんでこんなに放送するんだろ。これ
少年の思惑のままじゃん。マスコミは静観できんのか。
逮捕をしたいのなら、警察も粛々と進めればいいのに」
と、もんもんとした違和を感じていたのだった。

想像するに、たぶん、大人の側の
「許せん」とか「不快だ」とか「懲らしめなければ」という
感情が先に立った報道であり、捜査だったんじゃないかなー。
もっと冷静になろうよ、大人たち。

(少年に対しての一番の罰は、社会全体で無視すること
だと思う。今回、少年の思うツボにはまったとはいえ
少年を無視することにはならずに、良かったともいえるのか?)


それにしても、濃い人間関係がイヤで
わたしたちはどんどんと関係の希薄化を進めてきたのに
その結果、生み出されたのが、さみしい人々。

今の世は、さみしい人を探すほうが、さみしくない人を探すより
ずっと簡単なのだろう。

少年のやり方がおかしいのは明らかだけど
彼はあんな方法でしか、さみいし、かまってほしい、ボクを見て
のSOSを出せなかったのだろうなー。
と、ありきたりな「上から目線」をしてしまう、わたし。


ようやく、わたしも気づき始めたのだけど
(昔の自分なら、今から書くことの意味が分からなかったろう)
さみしさを埋めるものを、外に求めたって、上手くいかない。
いや、上手くいったように見えるときもあるが、それは一時的なものだ。

身分や所属、家族関係や友人関係、趣味や熱中するもの・・・
もちろん、それらは自分の心を守ってくれる役割もあるのだが
さみしさを埋める究極のピースは、自分のなかから探すしかない。



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ほうぼう

1月17日(土)

雪ニモマケズ、風ニモマケズ
10日ぶりに家の外にでて
田んぼの向こうへ買出しに。

よしっ、魚さばくどぉ~と、楽しみにしていた鮮魚店
お目当ての魚は一尾も売り場に並んでおらず
あんこう、ひらめ、つかいたい(全身真っ黒)・・・
と、魚初心者には難易度が高く感じられる
お魚ばかりが売られていた。

そうかいな、今朝は地元の漁は不漁だったのね。
しばし鮮魚の前でカタマッったあと、勇気を出して
ほうぼうを2尾チョイス。
(ずいぶんと、ふてぶてしい顔をしている魚だが
背びれの青いラインがとても綺麗)。

本日の夕飯は
・巻き寿司、稲荷寿司(お店の)
・ほうぼうの煮付け
・ほうぼうの味噌汁(白菜、ネギも)
・昨日の煮物   と、あいなった。


☆今日のよかったこと☆

上にも書いたが、10日ぶりに外出できた。
(雪のため、どうしようかなーと、出発が遅くなり
必然帰り道はまっくらであったけれど)。
(コートの下はぼろぼろ服で、髪の寝癖は帽子で
ごまかして・・・という有様で、外出のなかでも
とてもハードルの低い「お出かけ」であったが
それでも家の外に出られた自分を褒めようぞ)。

自閉的な生活を送っている、わたくしが
久々に家人ではないお人と言葉を交わした。
(Hちゃんが九州のお蜜柑を持ってきてくれた際
そのまま母と一緒に散歩に行こうということになり
母の支度を玄関で待ってもらう短い間
わたしはHちゃんに顔だけ(!)出して
・・・・人様の前に出られる格好でなかったので
体は居間で、顔だけ廊下に出して・・・ 
挨拶がてらの短いお喋りをしたのであった)。

あと、これは「よかったこと」なんて次元を
はるかに越えることなのだけど

心のなかで大切に大切に思っている人から
季節の挨拶の連絡をもらった。
ああっ。
(あまりに大切すぎて、すぐにはお返事できません・・・)。

この人生のなかで出会え、いっときでも言葉を交わす
時間をもてたことはもちろん、この方がこの世のなかで
生きておられる、それだけで、わたしは幸せなのだ。


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20年前

1月16日(金)

阪神大震災や、オウム事件から、まもなく20年。
当時は「今」にわをかけて社会に関心のない生活
(ひたすらサラリーマン生活を維持するだけの日々)を
おくっており
今、ニュース番組などで当時の映像が流れても
震災や事件の被害者に思いをはせるよりも
「あの頃の自分」を思いだしてしまう・・・。

震災の日は、転勤先の名古屋でなく
ちょうど出張で東京に用があり
谷中の友人宅に前泊していたのだっけ。

いやいや待てよ、メーカーの役割というか
大きな災害があったときは無償の商品提供をする
勤め先だったので、そのあれこれの記憶・・・
本社の総務部の後輩がそれ関連の仕事をして
いたというかすかな記憶は・・・何か他のことと
混乱しているのかもな。

そうそう、あの晩、元職場の仲間と飲んでいて
遅れてきたKちゃんが、スポーツ新聞を買って
持ってきたのだっけ。
副社長秘書のKちゃんが「気になってたまらなく」と
言ったのと、スポーツ新聞の組み合わせ
彼女の意外な一面を知った気分になったものだった。

オウムの事件の日は、たしか
おじさまたちと、近所のなじみの中華屋さんに
お昼ごはんを食べに行ったのだったな。
(当時の我は、半チャ&ラーメンを平気で平らげていた。余談)。
おじさまTさんが「あれはオウムの仕業では」と
帰りの道だったか、歩きながら口にしたのを覚えている。

・・・・・というように、20年前の
日本を大きく揺らした出来事は、わたしのなかで
自分史の小さな思い出の影に隠れてしまっている。

わたしは、悼むということが、上手にできません。
あのこともそのことも、どうしても他人事です。
せめて黙祷をできれば、と思っています。


本日の夕飯
・ギョウザ(合挽き肉、きゃべつ、椎茸)
・煮物(かぶら、人参、玉葱、厚揚げ、丸揚げ大・小)
・昨日の味噌汁にお餅を入れたもの

お野菜以外、すべて冷凍してあった食材だ。
ギョウザの皮は「冷凍大丈夫?」と、やや案じていたが
なーんも困ったことなく使えた。(自然解凍)。


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ダブル免罪符

1月15日(木)

むむー、一日じゅう雨。
(ま、雪じゃないのは、暖かい証拠だね)。

ゆうべは寝床で、室井滋さんのエッセイ
『ドレスよりハウス 家を建てて一人前!』
を読み終える。

「三角形の土地は、縁起がよくない。
お地蔵さんを建てたら~」とまで言われた、室井さん。
悩まれた末、その案は却下にし、長い道のりを経て
見事、満足のいくマイホームを建てたのだねぇ。

結局、あー、だ。こー、だ。という
ネガティブ知識や価値観に、自分がのっとられない
(この場合は、「三角の土地はダメ」と自縛されず)
人の意見を聞きつつも、できることを、自分の好みでやっていく
ゆるく、明るく、未来を見つめることが大切なんだなー
と、学ばせてもらった読書だった。

夕飯は、おとといのカレーを温めて・・・
と思っていたら、案外残りの量が少なくて
(きのうの昼も食べている。わたしは人様が驚くほど
「ご飯、ほどほど。カレーは、何度もおかわり」する
カレー人種なので、今宵も2皿分ほどのカレーはあったのだが
「それでは足りん」と思ったのさ)
付け合せの温野菜は止めて、あわてて一品おかずをこしらえた。

で、本日のメニューは
・カレー&ライス
・お味噌汁(なめこ、豆腐)
・炒め物(冷凍エビ、ちくわ、玉葱、ピーマン、白菜を炒め
ケチャップと豆板醤と塩と酒で味付けをした。ああ、
何年ぶりだろう、ケチャップの封を開けたのは!)

そして、もちろん、漬物も。
なんでも「漬物を噛むのは認知症予防によい」そうで
わが家の漬物は薄味という、ダブル免罪符を手に
今夜もポリポリと大根漬を噛じったのだった。


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背伸びせず、ゆるゆると日常生活などをつづります

はえともみ

Author:はえともみ
 
万の風になって、生きる。

ちちんぷいぷい~。
(HSPの自覚あり)
「うつと仲良く! ひきこもりだっていいじゃない」と
開き直って生きてたら
元気になってきました。

→ 近年は、老母の観察メモの
(&それに伴う自身の変化など)
色合いが濃くなっております。
・・・ま、長い人生の一コマですな。

徒然な日々も、留まることはない。
すべてがいとおしい。だから書く?

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