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勤労感謝の祈り

ああ、この数日、同じようなテーマをうろうろしてしまった。

(phaさんのテレビの話から、どんどん自分の過去に思考のスポットがあたって。
しまいには内省ゲームのようになってしまったが、これはこれで
わたしにとっての必要な時間だったのだろうなと思う)。

しかし、もう、いい加減、このテーマを離れよう。

本来の「日記」は、「先週の月曜日」で止まっている状態なのだが
これを書いている今は、実は勤労感謝の日であり・・・。
(ああ、時制がややこしや・・・。普段のわたしは「日記」の日付けに
あわせて話をつづっているので)。

ふ~う。

勤労感謝の日は、法律のうえで

「勤労をたつとび、生産を祝い、国民たがいに感謝しあう」ことを
趣旨としているそうな。

さらにウィキペディアさんが教えてくれるところでは

「農業国家である日本は、古くから神々に五穀の収穫を祝う風習があった。また、その年の収穫物は国家としてもそれからの一年を養う大切な蓄えとなることから、収穫物に感謝する大事な行事として飛鳥時代の皇極天皇の時代に始まった新嘗祭(にいなめさい、しんじょうさい)の日が第二次世界大戦後のGHQの占領政策によって天皇行事・国事行為から切り離される形で改められたもの」

それが「勤労感謝の日」なのですと。

昔は、「祝日なんて、時給労働者には、意味ないわい」とか
「勤労なんて、遠い世界じゃ」「すまんのぉ、非勤労者で」など
ややひねくれたふうにとらえていたけれど

そうか、そうか。そももそもが
<恵みにより、命がいかされる。それに感謝しよう>
という祈りのような日だったのだと思うと

そっと、この祝日に感謝したくなる。


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ごめんね、労働。

現代は「人間性」を失わせる労働が多すぎる。
(わたしが手に職がなくてもよい、単純労働ばかりを
選んで働いてきたから、よけいにそう思うのだろう)

世の中には、トイレさえ、自由にいけない労働という
ものがあるのですよ!!

ま、そんな愚痴を書き始めたらキリがないので
やめておくが、ひとことで「仕事」といっても

時間をあげるから、自分の頭で考えてごらん
目標地点に向けて、あなたなりに行動してごらん
とある程度の裁量を本人に任せるものから

一切の人間性を奪い、ロボットのようにノルマをこなす
のを良しとする、そんな環境もあるわけで。

(人間はロボットじゃないから、ロボットみたいに仕事するのは
キツイよ・・・・と、わたしは逃げ出した口だけど、まわりを見渡せば
それをさほど苦として感じていない人もいるようで
まあ、人間といっても、いろいろなんだよなぁ)


長いあいだ、わたしは、自分の欠点をタナにあげて
(やる気のなさ。能力のなさ。ときたら、超一流だった)
仕事の単調さ、おもしろみのなさ、ばかりを呪ってきた。

「時間を売るのだから、お金をもらうのだ」という
労働者のおごりがあったのだと、今になって思う。

もっと違う自分だったら、同じ仕事から始まって
「ぜんぜん違う世界」を知ることが出来ただろう。

「労働」はわたしを苦しめるものだったけれど
ホントは、わたしこそが、労働にあやまらなければいけないのかも。
(いっぱいチャンスをくれたのに、わたしは自分の都合のいいように
しか考えられなくて、あなたをずっと嫌っていました。ごめんなさい、と)。


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労働・わたし・課題

数年前、アルバイトの履歴書にわたしはこう書いた。

「楽しい仕事なんてものはない。いかに、楽しく仕事をするか。
それが大事なのだと思います」

全くの未経験でありながら、その仕事に採用され
上司にも過分な評価をいただいたけれど
結局は、体力が続かなかったのと、プライドの高さなどが
あだとなり、たった3ケ月で(わたしには十分な3ケ月)
辞めてしまった。

(人から褒められたり、責任をもたされるのって、
励みになるのだなー、と、このとき、深く実感。
サービス残業なんて大嫌いだったのに
このアルバイトで責任をもたされたわたしは
毎日、就業時間よりも早く、誰もいない職場に行っていた)。

それは新規オープンの事業だったのだけど
わたしが辞めたあとも、続々とスタッフが辞め
あまり時を経たずに、その事業はつぶれてしまったようだ。

ああ、寄り道(思い出話)が長くなってしまった。

「楽しい仕事なんてものはない。いかに、楽しく仕事をするか。
それが大事なのだ」という話をしたかったのに・・・。

結論だけ書けば
「楽しい仕事なんてものはない。いかに楽しく仕事をするかが大事」は
疑いようのないことであるが
まだまだおのれの身体を使っての証明にはほど遠いのであった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

誰がやっても同じ仕事なんて
実は、ないのだ。

単純な、知識のいらない、ロボットみたいな仕事でも
「かかわり方」次第で、仕事は見違えるように顔つきを変える。

その仕組みに一番気付いていないのは
わたしのような「時間を売って、お金をもらう」という感覚の労働者。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

仕事に貴賎はない。

というのも、頭では理解しても、まだホントウには
わたしのなかにしみこんでいない。

これも、わたしの課題だ。



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「消耗されない仕事」

「消耗されない仕事」とキーボードで打ちながら
「いやいや、あらゆる仕事は消耗するでしょう」と
自分につっこみを入れる、ひとりの夜。
(昨日のブログを書いているとき ↑)

要は、消耗の仕方、補給の具合、なんだろう。

単に時間と体力を奪うような消耗もあれば
人としての尊厳までをも脅かす消耗もあるし
消耗しつつも、感謝や名声を受け取ったり
消耗しつつも、充実感や達成感で満たされたり
あるいはマイナスのエネルギーしか残さない消耗もある。

どんなに辛く消耗しても、それを上回る精神的な対価が
あれは、人は喜んで、その仕事をする。
のではないだろうか?

消耗しても、たいてい人はそれを何かで補い、明日を迎える。
だけど、とことん消耗しきってしまったとき、人は
補給を受けいれる力すら失くしているのかもしれない。
(最悪の場合、過労死が待っている。わたしは思うよ。
「鬱で退職した人は、過労死の前にそこを抜け出て良かった」と)。


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「働かなければ」という洗脳は

どうして、わたしは「働く」ということを
実践するのではなく、頭のなかであれこれ考えてしまう
クセがあるのか、わからない。

いや、常日頃、24時間考えているわけじゃなくて
今回のphaさんのテレビを観たりなど、「なにか」のきっかけで
「働くについて考える」が吹き出してしまうのだ。

日本で生まれ育ったわたしには
「主婦でも主夫でもない、勉学にも励んでいない
介護もしていない、旅もしていない、健康肉体の持ち主は、働くべし」
という洗脳が、ほどほどにこびりついている。
だけど、いい加減、この洗脳からは解き放れたいよ。

もう一生涯、労働というものをしないのじゃないか
と思い始めて、いくらかの月日が経ったものの
いまだに「働く」「無職」というストーリーから
無関心ではいられない自分がいる。

そういえば、自分のクセは、過去何十回いやそれ以上
ブログの上でもさらしてきたな。

労働に関するおのれの内面を延々と探ってみたり

ときには

生きていたいから働くのさ
金のためじゃない


耳にした、BEGINの『パナマ帽をかぶって』の歌詞をメモしたり
(2013年9月のブログ)

仕事の本質は己以外のもののために全力をつくすことにある

週刊誌で拾った、伊集院静先生の言葉をメモしたり
(2013年10月のブログ)

近くから、遠くから、「仕事と自分」を考えてきた。



わたしは環境に恵まれて、今
「仕事をしない」という日々をおくっているけれど
ほんとうは「仕事をする」「消耗されない仕事をする」
「仕事で自分を活かす」ということに、強い憧れがあるのかもしれないな。

お金を稼ぐ、という魔の魅力とはまったく違う次元での
仕事をすることへの思い。

それは、「生きていたいから働くのさ 金のためじゃない」だったり
「仕事の本質は己以外のもののために全力をつくすことにある」に
通じる、もっと本能的なもの。

これまで
金銭報酬のために時間を切り売りするような仕事を多々経験したり
腰掛の職場では、「立場を守る」ために人としての大切なものを失っている
人たちを見てきたりして
わたしは、仕事というものの本質を見失ってしまったのかも。

仕事って、本当は、自分を活かす場なんだよね。
(副次的にお金がもらえる)。

そうか、そうか、趣味もなく、ごろごろするばかりの毎日で
自分を活かす場を見つけられていないから
「仕事をしていない自分へのコンプレックス」が払拭できないのか。

(たしかに、庭仕事を頑張ったり、ご飯作りに充実を感じる日々の
渦中にいるときは、無職のコンプレックスは吹き飛んでいるのだよ。

他人には「それだけの人生?」と驚かれるかもしれないが、わたしは
それが一日のほんの短い時間であっても、庭仕事や家事をこなせている
ときは、ただただそれだけで満ち足りた幸福感を覚えるのだ)。

「働かなければ」という洗脳がある、というのは、実は
わたしのなかの言い訳、逃げ道でもあるのだろう。
この洗脳を悪者に仕立て
わたしは自分の人生を創ることから逃げているのだ。

どこかにお勤めするのは完全にあきらめて
もっと生活を充実させるとか、農業をするとか(土地はある)、旅に出るとか
なにかなにか、自分を活かす時間を作りたいと
いつも心の底で思っていながら。
(潜在意識の自分が思っていると、顕在意識のわたしが感じる)。


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非正規だっていいじゃない

「人が自己紹介のとき自分の職業を相手に伝えるのは、長くつづけた職業は、その人自身であるからだ。だとすれば、収入のないことだけでなく、安定しない、パートなどの非正規雇用が増えるのは悪いこと。非情な社会に、人間のパーソナリティーを奪われてしまう。奪われた人は生きづらいに決まっている」とは、室井佑月さんが、最近、週刊誌の連載エッセイに書かれていたこと。

まず、わたしは、非正規雇用を悪とはとらえていない。人生をがんじがらめにする終身雇用よりも、流動性があるという点では、はるかに評価している。そもそも、一つの職業をまっとうすることが美徳、という風潮は、いかがなものか? たしかに人生で一つの職を極めることは、すばらしいと思うし、尊敬する。だけど、「ころころと、職業を変えるのも、また良いではないか」とも思う。誰もが天職に出会えるわけではないのだから、より楽しいことを目指し、より生き生きできる場所を目指し、あるいは、より高い報酬を目指し、あるいは、ライフワークバランスを考えて、職を変えるのはちっとも悪いことじゃない。(離婚経験は少ないほうがいい、転職歴は少ないほうがいい、なんて、ほんと、日本は純粋培養が好きなのだなぁ)。

ということを、踏まえて言うが、わたしは室井さんの言いたいことも、分からぬではない。「長くつづけた職業は、その人自身である」のは否定できないし、また、属性でその人を推し量るような社会では、無職や職業を確立できない者は、人として低い評価を与えられがちだからね。

でもさあ、「人間のパーソナリティーを奪われてしまう」ってのは、いまいち、意味が分からんなー。(正規雇用の席に座っている者こそが、がちがちに人生を固定され、パーソナリティーを奪われがち、と、わたしは思うのだが。「非正規→名乗る身分がない→社会のなかで自分を喪失」というふうに解釈すればいいのかな?)

わたしは、非正規だって、立派な労働人だと思う。だから、ちゃんと働いているのに、「バイトだから」「派遣だから」と、自分のやっていることをランク落ちのようにとらえたり、「正社員よりも劣る立場だ」と卑下している人を見かけると、違うよー、と声をあげたくなる。(大昔、サラリーマンを辞めて年数の浅い頃のわたしは、バイトや派遣を「2軍」のようにとらえていたが、それは今から思えば「正社員視線」が残っていたんだね。バイトや派遣どころか、働くことからずいぶんと遠ざかった今のわたしは、バイトだろうが、たった一日の派遣だろうが、「それも、立派な仕事だよ」と思うようになった)。

望むは、同じ仕事をしていながら、正社員、非正規社員で、福利厚生や賃金で大きな差がつく今の制度をあらためて、どちらが損でも得でもなく、立場が上でも下でもなく、両者の流動を可能にして、それぞれの労働者が自分の好む働き方をする、そんな世の中だ。(理想が過ぎる?)



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働く(phaさんのテレビの話の続き)

「働くのが怖いみたいなところ。
バイトでも組織の下に入ったりするじゃないですか。
その建物の中にいるだけで息詰まってくる」

phaさんの著書をweb漫画化されたという
漫画家の小林銅蟲さんは、phaさんの
どこに同意する? と問われ、上記のように答えていた。
(ひとつ下の日記に書いた、テレビ『ザ・ノンフィクション』
「お金がなくても楽しく暮らす方法」のなかの話)。

誰にとっても、働くことは大変だ。
「仕事が好き」と公言している人にだって、当然、辛いことはある。
だから
ついつい、働くのが怖いといっている人に対して
「お前だけが大変なんじゃない。誰だって辛い思いをして働いているんだ」
という圧力がかかりがちだけど
ふーむ、世の中には、小林銅蟲さんのように
就業先の建物のなかにいるだけで息が詰まるような苦しさに
襲われる人が、わたしの他にもいるんだな。

いつの間にか宿った、わたしの労働に対する恐怖感。

20代、30代の頃はそうでもなかったが
北陸に戻ってから、ごくごく短い期間働いた、いくつかの仕事は
いずれも、わたしのなかに「働く=恐怖」の感覚を残した。
(勤務時間以外のアフターファイブも、休日も、心休まらず
雇用期間中はずっと緊張状態が続くといった有様で)。

誰だって、仕事をするのはリスクを負う。
そのリスクを超えて、働ける人もいれば
(そういう人たちが世の経済活動を支えてくれている)
一方で、phaさんや銅蟲さんやわたしのように
そのリスクが人間尊厳に関わるほどの負担になる人もいる。
この違いは、何なんだろうなー。

同じ環境で働いても
心を病むほどの消耗を感じずにいられる人もいれば
「このままでは死んでしまう」と真剣に追いつめられる人もいる
この違いは「甘え」なんて単純なものではないと思う。



同テレビ番組では
12年前に熊野に移り住んだ
NPO法人共育学舎の三枝孝之さんも登場されていた。
わたしは、勝ちゃん(『安心ひきこもりライフ』などの著書のある
ひきこもり名人)のブログで彼のお名前をしばしば
お見かけしていたので、ちょっと感激だった。

「ひきこもりたいときにひきこもって
出たくなったら出て行って
それを繰り返せばいいよ

今は、ひきこもったら許さんぞ
一度ひきこもったら社会に出て行けない
ぼーんと線引きをしてしまうでしょ

俺の言うことをきけってことでしょう
企業に就職するとは
俺の言うことをきけってことでしょう

本能的におかしいな
このままいたら自分がダメになるな
働くことによって自分の心と肉体が壊れてしまう

それに気づいた人が
ニートやひきこもりになったと思う
自己防衛でひきこもっている」

ひきこもりなどの悩みをもつ若者の居場所づくりをされている
三枝さんは、そう仰っていた。



ただ、忘れないでおこう。

“働くことは、悪”で、“働かないのは、まともな証拠”

働かない者が、自分をごまかすための
武装思考をもってしまうのは、とても危険だよと。

(こんな世の中で、ウツにならないほうがおかしい。
繊細で優しい人間はこんな社会に耐えられない。
と、ウツ当事者が、自分を励ますためにそう考えるのは
まあ、自分を責めるよりははるかにいい、と思うのだが
働かない者が、この手の思考回路をするのは、よろしくない)

同番組のなかでは、ナリワイの伊藤さんも登場しており
次のように語っていた。

「同じ働くでも、戦争的なやり方で経済活動している人と
田んぼを耕している感覚の人と全然違う。
働くことの質と内容を考えないといけない」



労働がすべて人を蝕むわけではない。
人に活力を与え、人を育て
お金という報酬以外の宝を与える「仕事」だって
この世にはあるのだろう。

ブラック企業という言葉が流行って以来
クリエイティブな仕事をしている人や芸術的な仕事をしている人たちが
「自分たちは、ブラックもブラック、どブラックだっ!」というようなことを
嬉しそうに言っているのを何度も耳にした。
(狭い、わたしの世界。ラジオやテレビのなかの話である)
こういう話、わたしには「自慢げ」に聞こえてしまうなぁ。

本当のブラックとは、心身ともに衰弱するばかりの労働環境なのだよ。
睡眠がほとんどとれなくても、ものすごく心を使っても
そこにいくばくかの楽しさや、やりがいがあり
自分の感性を試せるようなわくわく感のある仕事は
ブラックといわないのだよ。と、わたしは思う。

働かない人(働けない人)
奴隷的な働き方をせざる負えない人
労働しても消耗をさほど感じずにいられる人
仕事を生きがいのようにしている人
仕事がそのまま人生になっている人
他人を働かせるという働き方をする人(資本家)
色々あって、その選択がそれぞれの手のなかにある。


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phaさん

11月17日(月)

夏ごろだったか、phaさんの登場するTVドキュメンタリーが
関東のみで放送されると知って、残念に思っていたのだが
今夜、その番組が、わが田舎でも放送された。

ザ・ノンフィクション
「お金がなくても楽しく暮らす方法」

京大を出て、サラリーマン生活をおくったあと
日本一のニートをめざしたphaさんは、いまや
業界(ニート業界)を超えた有名人である。

働かず、そして楽しく暮らしている
phaさんと仲間たちの日々を追った番組であった。


phaさんの印象は・・・

・シェアハウスで楽しく暮らすなど、仲間も多く、「開いた」生活をしている
・「待ちの人生」「与えられる」人生ではなく、自分で自分の人生をクリエイトしている
・田舎にシェア別荘を作るなど、価値観のバランスとりも上手い
・還元する心をもっている(恵んでもらうばかりでなく、彼もまた支援する立場をとる)

今回のテレビではその色は濃く出ていなかったが、ご著書やネット上の文章を通して
わたしが感じていたphaさんの特長を追加すると・・・

・ネットをコミュニケーションツールとして上手に使っている。
(ネットの繁栄でリアルな人間関係が薄くなるなんてのは、phaさんの場合
当てはまらないようだ)
・phaさんは「居場所」をつくるという大きな社会貢献をしている。
そしてまた彼の思想に救われている人間も少なからずいるだろう。
彼は、お勤めしたり、起業しなくても、その「存在」だけで十分なんだ。


―― ニートが増えると日本はダメになる?
という番組側の質問の、phaさんの答えは次のとおり。

「なんとかなるんじゃないですか。
ダメになってもいいんじゃないですか。
みんなが選択した結果なら。
国を支えるために国民がいるわけじゃない。
人間がどう生きていきたいかに合わせて国のかたちはあるべきだと思う」

ふふふっ、旧価値観の人間はこんな答えを聞かされて
「カチン」とくるんだろうなー。
(社会の歯車となっている自分が否定されたように思えて)。

―― ニートはモテないのでは?
というバカげた質問にも、phaさんはしごく尤もな
素直な答えをのべていた。

「働いたらモテるという感じもしない。
誰か好きになったら変わる可能性はあるかもしれない。
すごい好きになった女の子が働いてほしいと言ったら
働くかもしれないです」。

番組は、それを受けて
「やっぱり、人を好きになりたいんだねえ」と
トンチンカンなナレーションを流していた。

なんなんだろね。

理解できないもの(働かない者)、許せないもの(苦労しない者)を前にして
少しでも自分(phaさんのようには生きられない自分)の
正当性を見出したいという、番組の制作者の心のあらわれなのかなー。


取材中に、35歳の誕生日を迎え、ニート年齢を過ぎてしまったphaさんは
こんなことを言っていた。

「ネットばかりやっていないで、ちゃんとまわりの人を大事にして生きていかないと」。

うんうん、いいね、phaさん。

「そろそろ定職につくことを考えて」とか「老後を見据えて、お金を貯めなきゃ」とか
そんな保身に走る言葉じゃなくて、「まわりの人を大事にして」というあたり
phaさんらしいなぁ、と、ますます好感をもった。



本日の夕飯は、おでん。

(大根、里芋、まるごと玉葱、玉子、板コンニャク、厚揚げ、エリンギ、
油揚げの詰め物…鶏挽肉&みじん切りした生姜とチンゲン菜&塩コショウを
少し手で練ったものを、油揚げのなかに詰めた…、あとは
市販の太ごぼう巻き、加賀揚げ、ひら天を)

箸休めに、蕪の塩麹和え。


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ゴボウとカブのいい仕事

11日16日(日)

久しぶりに外にでた。
おおっ、季節がまた進んでいたのね。
庭の山茶花や椿がぽつぽつと咲きはじめ
よそではすでに雪吊りをしているお宅も。

「自分が眠っているうちに、世界は動いている」
そんな当たり前のことを肌で感じられる
ひきこもりを小休止する日であった。
(スーパーに買い物に行っただけだが)。


本日の夕餉は・・・

・ゴボウあっさりご飯
(炒めたニンニク・玉ネギ・人参・ゴボウを、お米と混ぜ、
ウインナー・ピーマンと一緒に炊いた。バターなしの和風味)
・温サラダ
(ブロッコリー、秋ジャガイモ、しゃぶしゃぶ豚。
普段は調味なしに温野菜を味わうが、今日はお肉があったので
お肉だけ市販のゴマドレッシングをかける)
・カブのミルク煮
(温サラダの野菜の茹汁を利用。カブ、玉ネギをじっくり煮込み、頃合いを見て
カニカマ、舞茸、チンゲン菜、そして牛乳を足し、あとは乳製品と相性のいい
お味噌と、コショウで味をととのえてから、とろみをつけて出来上がり)

普段、ご飯を炊くのは母の担当なのだが、今日はピラフっっぽいものを
食べたくなって、自分で炊いてみた。ゴボウは大量に入れずとも
ぽわんっと香る、おいしいご飯になった。

ゴボウもカブも、その他のお野菜も
今日もいい仕事をしてくれましたなー。
ありがとう。


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ふなっしー哲学

ふなっしーと、阿川佐和子さんの対談
(テレビの『SWITCHインタビュー達人達』
が、おもしろかった。

5万円で家を建てて暮らしていた、ふなっしー。
自由と孤独を堪能している、ふなっしー。
夢を語る、ふなっしー。

これまで声の印象が好みじゃなく
どことなく冷めた目で見ていた
ふなっしーであるが、阿川マジックにつられて
どんどんでてくる、ふなっしーの生き方というか
ふなっしー哲学に、おのずと魅せられてしまったぞ。
この梨の妖精を応援したくなったなっしー。

なんであんなに人気者なんだ?と不思議だったけど
そうか、そうか、神様も、ふなっしーのことが
好きなんだろうな。きっと。


余談。ふなっしーにここまで語らせるなんて
阿川さんはさすがだなーと感心しきり。
この番組、前回の、バカリズムと森山直太朗も
(ちなみに我はどちらも好きなのだ)よかったな。
12月には塩沼亮潤さん(千日回峰のお方)も
登場されるようで、楽しみにしている。
http://www4.nhk.or.jp/switch-int/


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塩分もんだい

11月15日(土)

今夜のおかずは、次の二皿であった。

◎白菜のとろとろ重ね蒸し
・・・お鍋に、白菜と、薄切り玉葱・人参・ベーコン・青いトマトを
交互に重ね敷いて蒸したもの。水分は一切加えなかったけれど
野菜からの水分だけで、ちゃんとスープっぽくなった。
味付けはほんのほんの少しのお塩のみ。
でも、ベーコンの塩分だけで十分だったかも。
・・・とろとろ野菜に頬がゆるむ、初冬の一品となった。

◎鶏手羽じっくり焼き
・・・付け合せは、「きのこソテー(エリンギと椎茸とサツマ芋)」と
「焼きチーズ(この前、マツコのテレビでやっていたのを参考に。
プロセスチーズの両面をフライパンでこんがりと焼いただけ)」と
あとは「レンジでチンしたブロッコリー」。
・・・カロリーほどほどの満足プレートとなった。

食卓に漬物がないと気のすまない母なので
(ブログの献立メモには漬物などの副菜は省略すること多)
ほぼ毎食のように、実家の食事には漬物が登場している。
なんたって、ラーメンのときにも「漬物(樽から)あげて来ようか?」と
聞いてくる人なのだから。ふーむ、本人が作る料理は超薄味だし
わたしも塩分に気をつけていないわけではないけれど
・・・今日の、マツコの焼きチーズ、テレビでは仕上げに醤油をたらしていたが
塩分過多にならぬよう、香ばしさを演じるであろう醤油をあえて控えた・・・・
こうも母ちゃんが漬物好きじゃあねぇ。

まあ、健康志向が過ぎて、食べたいものを食べられないのは
たのしい人生じゃないと思うから、大目をつぶりたい気持ちもあるのだが~。
「味がしないほどの薄味の料理を厭わず、でも漬物をよく食べる」母
(自分で作る漬物は塩分が薄いからたくさん食べても大丈夫
というのが彼女の持論である) vs
「漬物は一日に一回程度にしてほしい」娘。

今夜も「漬物(樽から)あげて来ようか?」の声をわたしに却下され
それじゃあ、と云って、冷蔵庫からキムチを出してきていた母である。


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規則正しい生活

11月14日(金) その二

この頃は、12時40分前には起きて
『マッサン』をコタツで横になって観て
数分だらだら余韻にひたったあと
ほーっと、気合を入れて
(着替えたり、着替えなかったり)エプロンつけて
お昼ごはんの支度をして、食べ
食後のデザートも食べてから、また
テレビの録画番組などを観ながら、いつしか午睡・・・
目が覚めたら、珈琲おやつタイムにして
夕方のまどろみタイムを経たのち、夕飯の支度をする
という、たいへん規則正しい生活をしている。

心がおどろくほど平和である。

ひきこもっていることや、無職であること
に対する罪悪感のようなものは、いったいどこへ?

自分で自分を責めない、という甘やかし施策は
案外成功しているようである。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

本日の晩ご飯は

・鮭のムニエル
(つけあわせは、マッシュポテト、焼きピーマンと焼きトマト、ゆでブロッコリー)
・納豆のミックスめかぶ和え
・おつゆ
(大根、油揚げ、椎茸、チンゲン菜)
・白菜の漬物

最近、地元でとれた秋鮭が出回っており、しかも安い。
(小切り身なんてみみっちい売り方ではなく、どんと下敷き大のサイズ)。
ジューシーで、お口が興奮するほどの肉厚であった。

マッシュポテトに使ったのは、秋どれのじゃが芋。
うちでは初夏に一年分のじゃが芋を収穫するので
秋どれのものは珍しかった。


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サンドイッチ

11月14日(金)  その一

めずらしく、お昼にサンドイッチを作った。
「レタスとハム」「タマゴ」「梅ジャム」のサンド。

「タマゴ」の具は、ゆで卵をつぶしたものに
マヨネーズとお酢を混ぜ合わせた
おそらくごく標準的なもの。

で、思ったのだ。

「タマゴ」サンドは、卵焼き方式のほうが美味いよ。と。

思い返せば、かつてベトナムに遊学していたとき
毎日のようにお昼に、サンドイッチを食べていたなぁ。

当地のパンの主流は、フランスパンで、
サンドイッチもフランスパンで作られる。

わたしがよく食べていたのは卵焼きを挟んだもの。

40度はあろう炎天下のもと、寮を出て、屋台の
サンドイッチ売りまで買いに出かけ
よくまあ、飽きずに、食べていたものよのぉ。

この「卵焼き」を挟むというのは、食パンでやっても
間違いなく美味しいので、しかも、ゆで卵方式よりも
簡単にできてしまうので、日本に帰ってからもときどき作っていたが
この頃はごぶさたしていたなー。

まあ、今日はなんとなく
王道っぽいサンドイッチを食べたかったので
ゆで卵方式も、残さずいただきました。

ところで、昨日の日記に「昔、自転車の野宿旅をしていた」
と書いたが、(昔も昔、今から四半世紀前のこと)
当時、わたしが発見した
開眼のサンドイッチは、「鯖苺ごジャム」である。
文字どおり、食パンに苺ジャムを塗って、缶詰の鯖の味噌煮を
挟むというもの。

ヒトに話すと、「え~」と不気味がられるが
これは本当に美味なのである。

最近では「ベリー類のソースを作り、お肉料理に合わせる」
なんて西洋料理が日本でもよく紹介されているので
かつてほどは「鯖苺ジャム」の組み合わせも
味覚変人の後ろ指をさされにくくなっているのでは?


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旅人よ

11月13日(木)

日本全国、あちこちで頼まれた手紙を
手渡し配達しながら、自転車で旅している
ぱんぬさんという方をテレビで知った。

ほほぉ~、おもしろい。

そういえば、今年の6月上旬、金沢にて
「お城めぐり」の旗をかかげて
リヤカーを引く青年とすれ違ったっけ。

そのとき、わたしは本当にホントにめずらしく
急いでいたため、無言で通り過ぎてしまったのだけど
ああ~、声をかければよかったな
と、今でも、ときどき思い出す。

ぱんぬさんも、リヤカー君も、そして
日本、世界で旅している人々よ
ボンボヤージュなのである。

(旅人を見て応援したくなるのは、その昔、わたしも
<自転車、野宿の旅>をしていたから? 血が騒ぐ?)


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今まで何度も聞いているはずなのに、やっと頭の中でつながった。
祖父の祖母は「○○どん」(屋号)からお嫁に来ているのか!

母の実家の法事には、未だに
祖父のイトコや、祖母のイトコなんて人たちも参加しており
(もしかしたら、もっと遠い親戚もいるかも)
わたしなどはその関係をちゃんと理解しきれていないのだが
母の頭には膨大な情報がつまっているのだ。

さらに、母は自分の祖先だけじゃなく、よその家の祖先情報も
よく覚えていて、(母の頭にある、姻戚関係を図に描き起こしたら
あっちとこっちがつながって、そっちとこっちもつながって
・・・・やがて、つながりだらけ、線だらけの図になろう)
わたしは、彼女のあたまはブラックホールなのではないかと
思うことがある。


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本日の晩ご飯は、すき焼き。

夏のあいだも、ちょくちょく「すき焼きもどき」をしていたけれど
本日は、茄子じゃなくて、白菜を、絹じゃなくて、焼き豆腐を用いた
「もどき」じゃない、すき焼きだった。

最初に父が名古屋に転勤になったとき、部長さんがもってきてくれたという
我が家の冬の食卓で40年以上も活躍している、鉄鍋を使って。



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セミリタイアとお金


「お金のために、あくせく働くのは止そう」と

世間で云うところのセミリタイア暮らしをしていても

その実は、貯金が減ることに日夜、気をもんで
あるいは、年金や投資のお金をいつも計算して
心を休ませるひまがない、という暮らしは

セミリタイアの仮面をかぶった、お金の奴隷だよね。

競争社会を降りたからといって、お金の奴隷から解放されたわけじゃない。

いや、むしろ、よりシビアな奴隷になっているのかも。




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背伸びせず、ゆるゆると日常生活などをつづります

はえともみ

Author:はえともみ
 
万の風になって、生きる。

ちちんぷいぷい~。
(HSPの自覚あり)
「うつと仲良く! ひきこもりだっていいじゃない」と
開き直って生きてたら
元気になってきました。

→ 近年は、老母の観察メモの
(&それに伴う自身の変化など)
色合いが濃くなっております。
・・・ま、長い人生の一コマですな。

徒然な日々も、留まることはない。
すべてがいとおしい。だから書く?

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