ともみ@ピクニック

遼ちゃん(テラスハウス)

普段は「あることをないことにしている」デビルな感情を、昨晩、「あるね、あるね」と表に出して、遊んでしまった。→ → → 夜中、ふと思いつき、テレビ「テラスハウス」のネット検索をしたの。そしたら、わたしがテレビを観ていたときに感じた、「あの人、苦手」とか、「あれって、どうなの?」という、いわばネガティブな感情が、他人の言葉でネット上にあふれていたんだ。日常生活では「共感」というカタルシスがほぼゼロなわたしは、思わず、くいくいと、それらのネット上の言葉に己をのっとられ、次々と読みあさってしまった。・・・・・・こういう遊びに完全にフタをしろ、とは、わたしは自分に言わないが、こういうことに溺れてしまってはイカンよね。と、やりながら、そして、やってしまったあとも思うのだった。

ちなみに、テラスハウスのネット検索では、ネガティブな内容だけを覗き見していたわけじゃない。遼ちゃん(テレビを見ている人にしか分かりませんな)の、同居人との恋愛に破れ、気の合わない人々から(言葉の暴力のような)説教をされ、~もう、わたしだったら、閉じちゃうか、逃げ出しちゃうだろう環境のなか~、それでも、色んなことを許し、勇気をもって、皆のなかに入っていこうとする、その姿を応援する言葉も、いっぱい拾い、わたしはカタルシスを得たのである。うん、うん、今週(8/25)放送の遼ちゃんは、涙が出るほど頑張っていたよねー。



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チューハイブーム

8月29日(金)

17時半頃、やっとこさ、起床。軽食をとり、外出。▼歩きながら、「この世が一日36時間制なら、この私も、社会生活にすんなり馴染むのじゃないかなぁ。今みたいに日に十数時間寝て、夕方起きてだと、この24時間リズム社会で生きるのは、ホント、むずかしい」などと、過去に何度も空想したようなことをまた考える。▼そして本日まで取り置き期限の本を借りに、図書館へ。閉館後、このまま帰宅するのも寂しい気がして、散歩をかね、てくてくと、犀川の向こうのスーパーへ。(日の暮れるのが早くなったねー。図書館を出た19時は、もうほとんど夜だ)。▼今日はしみじみ、「散歩のできる幸せ」をかみしめた。(実家にいると、歩けど、歩けど、民家と畑ばかり、あるいは海で行き止まり、の散歩環境なのだ。仙人にまだなれない私にとって、田園風景を愛しむだけでは、満たされないのだよ。町にいると、人々の息づきのようなものを感じられ、それだけで嬉しくなる)。▼夜ごはんは、ツナサラダ巻、焼き餃子。キリンの本絞りレモン、発泡酒。(ちっとも自炊していない、スーパーの惣菜ばかり食べている)。

チューハイブームは私のなかでときどき訪れるのだが、(普段はワインかスピリッツが多い)、思い返せば、今回のチューハイブームは、平松洋子さんの「レモンチューハイ」に関するエッセイを週刊誌で読んだ辺りから始まっているので、すでに一ヶ月ほど続いているのだなぁ。残念ながら、私の場合は資金面の事情により、生レモンを絞ってなどという、平松さんのエッセイに登場するような本格派からはほど遠く、缶チューハイなんだけどさ。それでもこのひと月ほど、ほぼ毎日のように飲んでいる。・・・・・で、上記にも記した、キリンの本絞りシリーズは、私の好きな缶チューハイ。あと、キリンのビターシリーズのチューハイもけっこういい。



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散歩の彼女

8月28日(木)

およよのよ。本日は16時半の起床。「日曜の夜から入浴してない」と思い立ち、シャワーを浴びる。のち、外出。不動産屋の奥さんとのおしゃべりで、アパートの住人が亡くなっていたことを知る。合掌。自転車の空気を入れようと、自転車屋に行くものの、定休日であった。残念。雑貨屋をちらりとのぞいた後、図書館でぼぉっと時間をつぶす。はたから見たら、「濡れ落ち葉」のような暮らしかもしれないが、本人には、それなりの一日だった。

朝方まで、あるブログを一気読みしていた。「失恋し、会社も辞め、まったく知り合いのいない土地に引っ越して、生き直している」方の日々の記録だ。一見ネガティブ山盛りのタイトルなのだけど、その内容は静かに前向きで、好感をもった。(静かに前向きなのがイイ。うるさく前向きなのは苦手…)。で、その方はよく散歩をするようなのだけど、ときに往復5時間くらい歩いちゃうのだから、すごい。普段から最寄の図書館まで歩いて40分というのも、苦なく、出かけているようだし。そして彼女はこの土地が好きだと言っている。・・・・・まったく知り合いのいない、不慣れな土地にアパートを借り、わたしはこの夏で9年生になった。思えば、新しい土地への好奇心薄いまま、過してきちゃったなぁ。わたしの行動範囲は、徒歩であれ、自転車であれ、とても狭い。「土地を愛す」ということを、あまりしてこなかったなぁ。と反省。・・・・・いくらでも卑下して、ふてくされた毎日を送ってしまいそうな条件の揃ったなか、散歩の彼女は、それをぐっと乗り越え生きている。応援していきたいな。


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Do じゃなく、Be

祝福しよう、というのは ・・・

「目に見えることを重視するのではなく
(環境、立場、行動、成果 etc が
どうなっている、どうする、どうしない ではなく )

心がどうあるかを一番大切にする」

に通じるのだと思う。

Do じゃなく、Be だよね、という話。

条件のない、そのままのBe。


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祝福しよう、この人生を

8月27日(水)

好きなことしか、やっていない。「無職の罪悪感」や、「社会参加していない不安感」や、「田舎暮らしの息苦しさ」などに押され、わたしは全くナイスじゃない日々に埋もれていると思い込んでいるけれど、本当は、ナイスじゃ、なくない! だって、わたし、好きなことしかやっていないもん! 閉塞的な条件に(無職、社会参加していない、田舎の目に)おのれ自信が洗脳されて、ぜんぜん明るい方向を見れていないけれど、実は、実は、実は、わたしは、とても自由なんだ。と、ブログ(8/25付)を書き終えて、気付いた。

祝福しよう、この人生を。

祝福しよう、目の前にある、わたしの生活を。


本日の行動 Memo :15時前の起床。夕方、自転車押して図書館へ。週刊誌の「スケート界のチュウ事件」などを読む。(高橋選手の大人すぎる対応に対して、渦中の人のコメントは、あまりにお粗末だ…)。閉館後、自転車のタイヤの空気を入れに近江町市場の駐輪場に行くが、どうも無料空気入れが壊れている様子。(ところで、先月末に空気を入れてから1、2回しか乗っていないのに、もう空気が抜けているとは。とほっ)。明日、有料の空気入れ所に出直そう。とぼとぼと自転車をひっぱって近所のミニスーパーへ行くと、ちょうど、お弁当類が半額になっている時間帯だった。お寿司セットと、のり弁当などを買う。(いちどに食べるのではない。明日の分も買ったのだ。ざ・ビンボウ業(わざ))。夜は、ネットサーフィンをしているうちに更けていった。


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人 過敏症

8月26日(火)

むむむ、目を覚ましたら、20時過ぎであった。
(昼に一度トイレに起きて、あとちょっと…と横になったら、この時間)。

虫の音も心地よく、お久しぶりにホット珈琲を。
いただきものの、ドトールのコナ珈琲
まぼろしハワイの香りにしばし、うっとり。

ところで

ときどき読んでいるブログで
「人がこわいのは、人の気に過剰反応してしまうから」
と自己分析している記事があった。

あっ、これ

これ、わたし、分かるかも

と思った。

わたしが人といて疲れるのは
無意識に、そこに漂う「気」を感じとってしまうから
・・・・・・ではないのか?

と、前々から、密かに思っていたのだ。

霊能力とか、そういう話じゃ、ぜんぜんないよ。

そばに人がいるだけで疲れるって
これって、なんなのよ!!!
(人の気を拾っているからじゃ、ないの?)

エレベーターなどでも
わざと他者と相乗りにならないよう
タイミングをずらしたりするくらいなんだもん。
(これは多くの人にありがち? 単に
現代人の距離をとりたい病にすぎない?)

人との集まりは、すぐに色んなことを感じちゃって
(これはわたしの悪い癖なのかも)
疲れちゃうもんなー。

ただの「人、嫌い(不得意)」なのか
それとも
人の発する気を感じとりやすい特性が本当にあるのか

誰にも分からないのだけどね。

ま、<人 過敏症>であることには間違いないな。



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隠れ共依存

8月25日(月)

うむむ、もう3週間半も実家に滞在している。そろそろアパートに戻らねば。えいやっと頑張って昼に起床し、みかんアイスキャンデーでエンジンをかけ、「花子とアン」を観終わってから、チャーハンと、じゃがいものおつゆと、グレープフルーツで昼食を摂り、とろとろと荷造りをし、「ああ、忘れそうになっていた」と、まる二日冷蔵庫で眠っていた「まるごとバナナ」をおやつにし、早めの夕方、雨のなか、実家を辞す。汽車におよそ30分、高速バスにおよそ1時間半乗り、金沢へ。心配していた雨は止んでおり、キャリーバック(中には洗濯した毛布などが入っている)をごろごろ引いて、アパートへ。お久しぶりでございます、お部屋さま。天気予報によると、明日も雨空のよう。散歩がてら、川向こうのお店へ食料品の買出しに行く。ポテトサラダ、はんぺん(長崎からトロ箱でやってきた!のPOPに惹かれた)、カップうどん、発泡酒で、しみじみ独居者らしいお夕飯。

ときどき、(人間だもの、自然な感情)、母のことや、実家のことで、イラっとなってしまうが、それはそれ、基本的には精神面でも経済面でも、わたしは母や実家に感謝している。たとえば、「フミちゃん(母)たら、また菓子パンを食事代わりにして」とガミガミ文句を言うのは心配からであるけれど、それは同時に「わたしが居るときは、ちゃんとした食事をするのだから、わたしは居るだけで、彼女の役に立てているのだわ」と、母により、わたしは自己肯定ができるという、仕組みにも繋がる。(隠れた共依存といえようか。母がわたしに依存しているのは明らかであるが、隠れたところで、わたしも母に依存しているのである)。実家とアパートの往復暮らしは、心の安定感が低いし(どちらにいても仮暮らしの、腰かけ気分)、経済的な負担も(ほとんど住んでいない部屋の賃貸代、公共料金)大きいのに、いまだ、わたしが手放せないでいるスタイルだ。これを維持させてもらっているのは、母と実家のおかげ。卑屈にならず、大らかに恩返しをしていけたら、いいのだが。


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ブルーベリーを摘む

8月24日(日)

8月も、あと一週間か。今年は盆前から秋の気配が忍び寄っていたし、広島の土石流を代表とするような異常気象があったりして、しんみりと夏の終わりに浸る気分じゃないなぁ。

15時から仕事を頑張った。→ お風呂の灯油タンクに、ストーブ用の灯油を入れる。(母の依頼で。しかし、こんな難儀なこと、もう二度としたくない)。ずっと気になっていた、洗面所の網戸を、水洗い。トイレの網戸も洗いたかったが、はずせなかった。ブルーベリー摘み。去年植え替えをして、一本だけ、たわわに実をつけている木があるのだ。(父の植えていったブルーベリー、こんなに収穫したのは初めてだ)。昨日の続きで、庭の草むしり。など。

夜は、久々の握り寿司。ごちそうさまでした。

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さんま250円

8月23日(土)

●お目ざは、スイカと、茹でたてのピーナッツ。(母の友人から生ピーナッツが送られてきたので。たいへん美味)。
●「だるい。だるい」と叫んでいても、なんも変わりゃせん。休養は十分にとった、という自覚があるので、あとは「元気スイッチ」を入れるのみ。このスイッチはなかなか自動で入らないのよねー。ときに、えいやっと踏ん張って、意識的に入れなければならん。まずは、カラダを動かすこと。・・・というわけで、5日ぶりに外に出る。食料品の買い物へ。
●田んぼ道、稲穂の頭が少し、垂れ始めている。黄金色じゃなく、まだ青い稲穂なんだけどね。先のニュースでは「てんたかく」が収穫されたといっていたが、ここら辺りはみな「こしひかり」なのだろう。稲刈りはもう数週間あとだね。
●スーパは、初秋の模様だった。「てんたかく」が新米として並び、さんまも遠くはるばるやってきて、ビール業界も秋商品を展開して。しかし、さんま、一尾250円とは、なぁ。我が家の食卓の秋はもう少し先になりそうだ。

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だらだら熱意

下の日記に<休養日モード、完全だらだらで過ごす>と書きながら、けっ、けっ、けっ、おいら、普段から、ほぼAll Day 休養日でだらだらしてるじゃん! と、自分つっこみをしてしまったが、いやいや、ここには確かな一線があるのだったよな。

「こんな無為の毎日じゃ、だめだわ」「あれをしなくては、これもしなくては」と、やりもしないのに、頭のなかだけ反省モード・忙しい状態にしているのと、はなから腹をくくり、「今日はなんもしないのじゃ」「懸命に静養するのじゃ」と決めてかかって、だらだらするのでは、まったく、だらだらに対する熱意が違うのだ。

やるときは、やる。

プー太郎生活も長くなると、「だらだら」をまるで空気のように消費してしまうが、それじゃあ、いかんよな。ときに、真剣に、熱意をもって、だらだらしなくては。いわば、だらだら熱意の on と off である。


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今宵もドラマ

8月22日(金)

▲ふんがぁ、ふんがぁ。午前11時には起きた。こんな早起きいつぶりだ? シャワーを浴びて(3日ぶりの洗顔)、休養日モード、完全だらだらで過ごす。
▲今宵の『家族狩り』は、ええっ!な展開。(あの人は登場したときから、怪しかったけど、もう一人のあの人がああだとは…)。おいらはこのドラマで、初めて、伊藤淳史さん(美術の先生役)に目がとまったぞ。
▲ちなみに今期観ているドラマは、上のほか、『HERO』(安心して楽しめる。これぞ、エンターテイメントという感じ)と、『若者たち2014』(最初は暗く重い印象だったが、だんだん、それも薄れ(慣れた?)、ラクに楽しめるようになってきた。役者がみんな、いい)。3本も観るものがあるのは、近年としてはイイほうだろう。


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睡眠界の人(20時間)

8月21日(木)

◆ゆうべ、寝そびれてしまい、午前は居間でうとうと、そして昼2時台にお蒲団へ。翌日(22日)の昼11時頃まで睡眠界の人。うむ、20時間の睡眠か。
◆先週は自分でもびっくりするくらい活動的だったが、今週はその反動がきたかのようなエネルギー具合だ。ほんとうは「もっと均した」按配にもっていければいいんだがな。じわじわ、じわじわ、やっていこう。
◆そうそう、ちきりんの『未来の働き方を考えよう』を読み終えたのだった。感想は、んー。この本を「勝ち組の正論だ」とか「能力ある人には通じる話だ」なんて、イジけた見方をするのは簡単だが、そういう読み方をしてしまっては、もったいない。ちきりんは、「(旧)成功」とか「能力」とか、そういう角度の視線を飛び越えた話をしているんだと思う。

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つづき

●ちなみにわたしは、子を望む気持ちがどこに由来するにせよ、神さまの領域を犯してまで子宝を授かろうとする行為に、どうしてもタブーを感じてしまう。

●そもそも、人間は、純粋に子どもが欲しいという気持ちだけから、反自然な行為にまで及ぼうとするものだろうか? 配偶者の父親から精子をもらったり、母親から子宮を移植したり・・・、そんなことまでして、子を授かろうとするのが、人間の本能(生殖本能)なのだろうか? 社会が形成され、価値観が根づいた。科学が発達し、人間が傲慢になった。人間は知らず知らずのうちに、本能とは違ったものに操られてはいないか?

●我が子が欲しい。たしかにこれは多くの人に湧いてくる、純粋な感情(欲望)なのだろう。でも、本当に、そこに社会的な洗脳(子のいる人生こそ価値がある。子は血を分けた子がベスト)がないといえるだろうか。(・・・社会的な洗脳=浸透しすぎて、もはや洗脳との認識は薄れ、人としての当たり前の価値観とさえ、思われているふしも)。 

●「子を産めない人が子をもちたいと思うのは、100%自然の欲求だ」が前提の不妊治療・代理出産と、そこに社会的な圧力も影響していると捉えた不妊治療・代理出産では、倫理観も違ってくると思うのだが・・・。(倫理観が違えば、この手の法整備も異なってくるだろう)。

●先のラジオでは、「代理出産を頼んだ女性は、いざ、代理人の妊娠が分かると、喜びに満たされるだけではなく、嫉妬してしまうケースも多いのです。産めない女性が、産める女性に嫉妬してしまうわけ」とも話されていた。そうだろうなー。ただ「子ども」が欲しいという単純な問題じゃないもんな。女のアイデンティティ、人によっては、女としての欠落にまで、繋げてしまう話だ。

●昔の女性は、産めないことをあきらめるしかなかった。不妊治療や代理出産という選択肢が広がった現代の女性は、はたして、昔よりも幸せなのだろうか。

以上、DNAを残したいとはみじんも思わないワタシの、当事者の気持ちをまったく忖度しない、冷血なつれづれ話。


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産めない人生も肯定しよう

8月20日(水)

●18時半の起床。あー、なんかね、もう、気力の低迷層にシフトしちゃったぞ。

●代理出産について語られているラジオをちょこっとだけ聴いた。「子のいる人生を求める、社会的プレッシャーも、その背景にあるのではないか。価値観の多様化が叫ばれるようになったけれど、それは本当の意味で浸透していない。生まれつき子宮がない人、病気で子宮をとった人、世の中には子を産めない人がいる。産めない人生も肯定しようよ。子のいない人生も、すばらしい。色んな人生があっていいんです」というゲストの話が印象に残った。そうだよね、産めない人生も肯定しよう。子のない人生だって、価値はある。うぉぉん。これまで「子を産めない人が子をもちたいと思うのは、人間の自然の欲求だ」という前提で代理出産が語られてきたと思うのだけれど、本当にそうなのかね? 一種の性善説的な思考じゃないのかね? 代理出産を望む根っこにあるのは100%の自然の欲求だとは限らないよね。ラジオのゲストが言っていたように、社会的プレッシャー、つまり代々継がれてきた価値観「子のある人生への評価(裏返せば、子のない人生への否定)」に、洗脳されている面もあるんじゃないの?(もちろん、代理出産に限らず、不妊治療にもいえる話)。


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低気圧の模様

8月19日(火)

●晴れの日があれば、雨の日もある。心身調子も同じだ。昨日は連休明け当日にしては活力あったが、本日は、一転、低気圧の心身調子に。お昼の起床までは良かったけれど、ささいなことが募って、元気エネルギー枯渇に近いラインになってしまう。うー。
●派遣会社から電話あり。「先月は着信を目にしただけで、留守電を聞くこともできなかった」点を考慮すれば、本日は「留守電を聞く」という行為ができただけで進歩なのだが、それでも「折り返しの電話をする」という社会人としての基本ルールを守れなかった。用件は「仕事の紹介」だと思うだけで、心がどっと重くなる。・・・「働かなければ」という、染みこんだ思考。働く自分を想像すると、息苦しくなる。・・・おいらはこの先、どうするんだ??


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