ともみ@ピクニック

戸越銀座

7月28日(月)

何をしていたのか、さっぱり記憶がない。

(たぶん、日の暮れたあとに起きて
テキトウなものを食べ、だらだらしていたら
日付が変わっていたのだ)。

そうそう、昨夜から読み始めた
『戸越銀座でつかまえて』
(星野博美さん著)の続きを

深夜の布団の上に寝転がって広げたら
ついつい最後まで読んでしまったのだった。
(ぐすん、ゆっくり味わって読みたかったのに)。

ああ、商店街のある生活がなつかしい。

戸越銀座ほどの大商店街でなくて
いいから、わたしの近くにも
商店街があったら、どんなにいいだろう(夢)。


追記 梅雨がようやく明けました。


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水まんじゅう

7月27日(日)

日曜なので、D寺へ。

スリランカ人らしき修行僧から
「二度目ですね」と声をかけられるが
今はあんまりこういうの(親切心からの声かけ)
得意じゃないかも。
(ひとり粛々通いたいんだよ)。

(第一、お久しぶりなだけであって
二度目ってわけじゃないし・・・)。

ま、いいかっ。

水まんじゅうを、つるんとごちそうになり
坐禅&従溶録の勉強会をしめくくる。



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pick oneself up (元気をだそう)

7月26日(土)

だいたい33時間近く寝たわけだが
「夜の涼しい時間帯にゆぅっくぅぅり眠る」
というのを、昨夜は久々に堪能したわけで
(いつもは暑い日中に寝ている時間が長い)
ある意味で、カラダの休養になったかも。

    *     *     *

落ち込むと眠りに逃げるという癖は
きっと生涯治らないのだろう。

「タバコを吸う人の自殺率は(吸わない人に比べ)低い」
と聞いたことがあるけれど、
人間、ほんとーに弱ったときは
「逃げる」「何かでごまかす」などの手で
自分を守ることも大切なのかもしれない。

なーんて、わたしが言っても
甘々人間の言い訳になってしまうが。

    *     *     *

夜、金沢へ戻る。
(高速バスがおわっていたので、久しぶりに
T駅から電車に乗った)。

花火大会の日だったのだろう
金沢の駅には、村で10年かかっても見られない
ほどの多勢の人々がいた。

くすぶっているうちに
本格的な夏が始まっているのだなー。


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30時間以上寝た

7月25日(金)

夕に起きて、ミニのアイスを4本食べて、また寝っころがって
いるうちに、眠りの世界に行って、そのまま夕飯を食べずに
お蒲団へ。

そして、起きたのが、土曜日の昼だったので
(ざっと計算したら、30時間以上の睡眠でした)

今日の日記はありません。



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続々

母は自分というものに忠実で
人の目なんて気にしないで
自分のエゴにまっしぐら・・・
なだけなのかもしれない。

「自分のエゴ」にまっしぐら・・・
なのは、
わたしも、そうだ。
誰だってそうだ。

違いは「自分というもの」なんだろう。

「自分というもの」の中身が違いすぎる
から、他者との葛藤が生まれる。
(葛藤=絶望感、痛み、苦しみ)。




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下の話、
読んでいる人には「なんのこっちゃ?」な
意味不明な文章になってしまった・・・。


まあ、長年積もりつもって
それが爆発するような
一連の出来事があって

それを、とうとう
ブログに書いてしまった
というわけだが。


母と娘の葛藤は、母娘の数ほどあると思う。

そのなかでも近年流行の「母が重くて」と
いうのとは、わたしの場合は少し違う。

いや、そういう面ももちろんあるのだろうけれど
だいぶ、そういうのは卒業できたというか

他の問題のほうが、比較のしようもなく
でっかくて、もはや、目に入りにくくなっているのだ。

母のことを想うとき、わたしは餓鬼の心をもつ。


書いたことにより
自分の気持ちが楽になったか?
といえば

そんなことはないような気がする。

でも
意味不明な、もじゃもじゃの文章であっても
きっと何らかの書く意味はあったのだろう。

同時に、書いたことにより
魂の汚点が増えたような気もする。



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母を煩う(大いに)

7月24日(木)

昨日は暦でいうところの大暑だったらしく
今日もカラダがとろとろ溶けるように暑い。


夕方、縁側の定位置に座り
ブログを書いていたら

底なしの沼に落ちたような
周りを悪魔に囲まれているような
突拍子もない不安定な感情におそわれてしまった。

おおざっぱに言ってしまえば
母に関する、我のネガティブな感情に
収拾つかなくなってしまった

ということなんだけど、

今まであきれるほど
この手の問題には出会ってきた
はずなんだけどなぁ。

もう散々、イライラし、傷ついてきたのに

今更、どうしたっていうんだ。

彼女の人格的なことは、もうどうしようもないこと
(それがわたしにとってどんなに不快であっても)
なのに・・・。

そっか、

ここ数週間、ずっと溜め込んでいたコトが
自分の思っている以上に
心の負担になっていたのかなぁ。

(今までもいっぱい母に関する問題はあったけれど
それらの集大成のような出来事だったから)。

祖母(母にとっての実の母)に対する
母の振る舞いへの、わたしのショックは
少しずつ薄れてきたかのように見えていたが

<彼女の姉妹たちの人間性と比較して
「本当に恥ずかしくなる」存在なんだ、我が母は>
と、再自覚させられたことが発端となって

負の感情が、無限大に
むくむくと脹れあがってきたのかなぁ。

(今となってみれば、祖母の死よりも、祖母についての
母の振る舞いのほうが、わたしの生涯消えない傷となったかも)。


敬愛するレーネンさんはいつも言っているよね
「相手を変えようとしないこと。
あなたから見たら、どんなにとんでもないことであっても
その人がそうしたいなら、その自由を奪おうとはしないこと」。

母は、わたしが母への絶望感を抱いていることを
みじんも知らないだろう。
(そもそも、そういう鈍感さが彼女の振る舞いを成り立たせている)。

どんなに、わたしから見たら反吐のでる人間性であっても
その人間性と一体である彼女の自由を
わたしは奪ってはいけないのだろうな・・・。

何様じゃ、な話になってしまうが
(反吐のでるような人間性であっても)
そういう人生を送ることで
彼女は彼女なりの学びを得ているのだろうし。

母に関する問題は
実のところ、わたしが作りあげているんだよね。

恥ずかしい。低い人間性。自覚の乏しいエゴ。
みっともない。etcと、勝手にイライラし、傷ついているという。

「母にこそ問題があり、
それにより、わたしは傷ついている」
との思いこみは

わたしのエゴから見たら正論だけど

もっと全体の大きな世界から見たら
違った見立てになるのかもしれないな。

具体的な答えがどこにあるのか
ちっとも分からないけれど
「母への絶望感は、わたしの学び」であろうとの
理論上の想像はつく。


母なんて手放してしまえばいいのに
どうしてそれができないのだろう。

手放す代わりに、自分の感情をなだめようと
「この世でこんなに酷い言葉はないだろう」
言葉を、呪文のようにとなえてしまう。

今はまだ、そういう段階。

いつかはココから這い上がれたらいいな。
(母が死ぬまで続く精神バトルなのだろうか?)






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ぐだぐだDay

7月23日(水)

ぐだぐだDay。

午後に起き、ぐだぐだ。

夕寝をし、ぐだぐだ。

テレビを見て、ぐだぐだ夜が過ぎていく。

この無限のループのような問題
(無職を発端とする処々問題)は

ごちゃごちゃ言い訳をせず
なんらかの労働に従事するか

開き直って、堂々と無職を生きるか

このどちらかで解決するはずなのに

……、

いまだ、どちらを選ぶ勇気ももてず

精神を不健康にし、結果
ぐだぐだと肉体をも腐らせている。

ワタシの無意識はなにを望んでいるのだろう。

とても、まわり道な人生を
生きているような気がする。

(ほんとうは知っているんだ、
条件付きでないと自分を愛せない自分が一番の問題だと。
無職のプレッシャー、自己否定感、そんなものなく
自分を愛せたら、どんなにすばらしいだろう)。



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くちなしの季節

7月22日(火)

いつもなら、世間さまの始動する
連休明けは、

無言の圧力がかかるというか
(自分で自分にかける)

気持ちがずど~んと重くなるのだけれども

なぜか、今日は、比較的平坦な気持で
いられる。

暑いあつい日であったが

午後、田んぼの向こうまで自転車をこぎ
ホームセンターでホウキを買ったり
スーパーで牛乳やバナナを買ったり
と、頑張って活動したことと

カラダにしっかりと残る連休中の充実感が

精神の安定に役立ったのだろう。



先日から、くちなしの花が次々と咲き
甘い香りをあたりに漂わせている。

8年前、わたしがもってきたくちなしと
もともと実家にあったくちなし
どちらも鉢植えになった小さなもので
「ひとつは盆栽用、ひとつは庭木用の木だな」
と、たしか父が言っていたのだけれど
どうしたことか、いつのまにか
くちなしの鉢がひとつだけになってしまった。
(もうひとつはどこに行ったのだろう?
まったく記憶がないのだが。枯れた?)

いつまでも明るい夏の夕方

力つきた風情の黄色く変色した
くちなしの花を指先で摘みとり、

まだ咲いて日の浅い白い花を
そっと愛で、鼻先を近づける。

年間の350日くらいは忘れている
くちなしとわたしの穏やかな時間。



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ザ・夏時間

7月21日(月)

16時頃から19時半頃まで
ずっと畑の草むしり。

ぼーぼーになっていた一角を
なんとかキレイにできて良かった。

畑から戻り、軍手やカマを洗ったり
庭の水やりをしていたら
家のなかに入るのが20時頃になってしまった。

ザ・夏時間である。

瓶(大瓶)ビールを冷やしておいて
よかったな。

T田さんの採れたての枝豆は
興奮するくらいのおいしさで
ビールのいい相棒となる。
(毎度ありがとうございます)。

連休の最終日、気持のいい疲労感に包まれた。


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修行です

7月20日(日)

昨夜はピカピカとひっきりなしに雷が。
おまけに雨も相当降ったようだし
当地の梅雨にしては珍しい空模様だった。

そして、本日は一転
真夏のような空が広がっている。

祖母の七日ごとの法要に参加し
いったん帰宅後

(ちょっとメンタルで凹むことがあり)
がんがん日の照るなか、夢遊病者のように
近所をぐるぐる歩き回り

その後、休む間もなく
外仕事を開始。

畑に、先月から溜っていた葉っぱを
何往復も運搬し、燃やす作業、
それから少し草むしり。

メンタル面では凹みを維持しつつ
(母が元気なうちは生涯いく度も遭遇してしまう
だろう問題。凹みというよりは、苛立ちか。
いやいや、苛立ち高じて、凹むんだな)。

体を動かし続けることで
増幅した負の感情がのしかかるのを、回避。

(あー、この日記を書くのに当日を思い出していたら
それだけで心の具合があやしくなってきた・・・)

じー、ほー、さん、しー、いーしーふー、
しー、そん、ぶー、さー、もーこーさー、
もー、こー、ほーじゃ、ほー、ろー、みー。

まこと、「生きることは修行」じゃのぉ。




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すき焼き風

7月19日(土)

暑い日であったが
西側のマサキの剪定をした。

案の定、虫が葉っぱを食べまくって
おったが、それはもうお約束事、

めげずに、ノコギリや鋏を使い
さっぱりスタイルに仕上げる。


夜は
母がテレビCMを見て
「おいしそう。飲みたい」と云っていた
金麦を飲みながら

すき焼き風なお菜を食べる。
(白菜の代わりに、玉ねぎ。
牛肉の代わりに、油揚げ)。


充実感に満ちた
連休の初日であった。



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たとえば、「子育てをしない」という経験

7月18日(金)

なにをしていたのか
すっかり忘れてしまったが

お昼に、思いがけず
評判のパン屋さんのパンを
食べたことだけ覚えている日。



ところで、前日の日記に

「ただの経験だ。
(すべてのことにイイもワルイもない)」

と書いた。

その補足をちょっとしておこう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
たとえば、わたしは生涯
「子どもを育てる」ことはないだろう。

これはコンプレックスだ。
(わたしの場合は本能的なものではなく
社会的な視線により生まれたコンプレックス
といえるだろうな)。

しかし、このコンプレックスは
わたしが勝手に感情という色づけを
しているだけで、
本来、それに、イイもワルイもないのだ。

(わたしは「子育てをしない」
という経験をしているだけなんだよ。
そこに、イイもワルイもないんだよ)。

「子育てをしない」人生は、わたしに
「劣等感」や「欠けている」感覚を味わせたり
「愛情という名のエゴ」を客観的に見やすくする
などなどの経験をもたらすのだ。

すべては、ただの経験。

「もつ」者は、「もつ」なりの経験をするだけであり
「もたない」者は、「もたない」なりの経験をするだけなのだ。

大多数が望む経験をできるのはイイことで
それを経験できないのは残念なこと

とか

困った・悲しい経験をするのはワルイことで
そういう経験を避けられるのはイイこと

なんてのは、人間という身勝手な生き物の
思考上の産物だ。

すべての経験は、ただの経験。

そこに、イイもワルイもない。



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心身の解放

7月17日(木)

ゆうべ
「もうすぐ世間様では連休かぁ」
(家の外に出る精神負担が減る)
と気づいてから

ちょっと心がらくになった。
(単純!)。

そんなわけで
午後は田んぼの向こうのスーパーに
買い物にも行けた。

根本的な問題は何一つ解決してないけど

普段はぎゅうぎゅうに凝り固まった
ネガティブな感情も
ややゆるめになって
自転車のペダルをこいだぞー。

しみついたコンプレックスも
「ただの経験だ。
(すべてのことにイイもワルイもない)」
と自分に語りかけることができた。

帰宅後は

日ごろ目にしない家の西側が
草むら状態になっていたので

がしがしと草むしりにはげむ。

夜は湯船につかったあと
本物のビールを飲んで

ああ、外の空気を吸ったり
体を動かすのって
「おのれを解放する」一歩だなぁ
(その一歩は大きい)と

あらためて思った。



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人目を避ける病

7月16日(水)

人目を避ける病がおおきくなって
いるので、今日もひきこもり。

いやいや、正確にいえば
(母が留守なので、盆栽に水をやらねば)
昼や夕は外に出られなくて
19時になってから、やっと
こっそり庭に出て
水やり仕事を始めたのである。

(ド田舎とはいえ
たまに村のジジババなどが
家のそばを通るので
それすらも怖く
気配を消したいワタシなのだった)。

だから
完全なひきこもり
というわけでもないか。


  *  *  *  *  *  *  *  *


一昨日、肉屋のBさんの訃報がはいり
昨日も今日も、隣県までお別れに行っていた母。

Bさんは、母の女学校時代からの友人で
いつも高級肉を送ってくれたり
ちょくちょく旅行に連れていってくれたり
母とずいぶん仲良くして下さった。

わたしも幼少のころからお世話になり
近年では、(通称)木の葉焼きのカップを
プレゼントしてもらったのが思い出だ。
(今も愛用しているよー)。

村の付き合いの葬儀など
しょっちゅうお参りの席に行っている母だが
同級生の、しかもほんの数年前まで
頻繁にお泊りして集っていたほどの
友人が亡くなるのも、こたえるものがあるだろうなー
と思い
やたら優しくは出来ないが
ほんのほんのちょっとだけ
母を煙たがらないで接した本日であった。



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