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5月21日(水)

◎ゆうべは左上の歯が痛く、数年ぶりにバファリンを飲んだ。歯医者に電話をするため、今日はがんばって17時半前の起床。
◎裁判員制度のもと死刑判決にたずさわった一般人の、その後の苦悩というのを、ちらっとテレビで観た。・・・・・先進国でも珍しい死刑制度を保っている日本人はもっと「死刑」について勉強しなければいけないと、わたしは思っているが、現状は「死刑」を熟考するに至らぬままに、死刑を求刑する裁判に召集される人々もいるのだろうな。そもそも日本人の8割が死刑存置派であることに、わたしはおったまげているのであるが、これは「応酬感情」という魔物の仕業なのだろうと解釈している。よく言われていることであるが、理論的には、死刑というものにはなんの有効性もないのである。世界では圧倒的に死刑廃止の流れに向かっており、死刑制度においてまるで日本は鎖国をしているようなものだ。死刑を廃止したほうが、犯罪が減るという実証は海外でとっくになされている。(そもそも死刑制度には犯罪抑止効果はないのである。現代では「死刑になりたい」から犯罪を起こす者もいる)。冤罪の可能性。(最近の例でいえば、袴田さん)。「死刑」という裁きをしたからといって、何が報われるのか。(死刑を望まない被害者家族だっている)。法という盾のもと、国家による殺人はなぜ許されるの。そもそも、人が人を殺す権利などあるのか。わたしは日本人の大多数が「死刑、あって然り」ととらえていることが、やっぱり不思議でならない。思考停止のまま死刑を容認しているのではないか。

5月20日(火)

◎18時前の起床。一日、椅子に座ってぼけっ。夜は具なしの冷やし中華など。
◎連休中に読もうと思って読まなかった本は沢山あるが、その一冊に『[だてマスク]依存症』がある。だてマスクとは、風邪や花粉症でもないのにつけるマスクのことである。これ、わたしも短い期間の経験があるけれど、外の世界にいながら「外の世界と壁」ができるような錯覚を覚え、安心するんだよね。きのうの汽車のなかの女子高生も、かなりの割合でマスクをしていたな。日本中に蔓延しているんだ、だてマスクの依存って。
◎最近の衝撃、メモ。「ふなっしーの中に入っている人って、さかなくん?」「だって、声が似てるんだもん」と母。

5月19日(月)

朝9時半ころの起床。(夕方や夜じゃない起床なんて、ひと月ぶりだ!)。お目ざの習慣になっているアイスをたべて、ぼけっ。苺を食べて、ぼけっ。(昨日から洗面器一杯分くらいの苺を食べている)。シャーワーを浴びて、エンジンかける。洗濯、荷物パッキング。ゆで卵をゆでていたら、母帰宅。『花子とアン』を観ながら、ラーメン食べる。そして、3週間ぶりの金沢へ。夕方5時、歯医者。(数日前から調子のよくない歯のレントゲンと咬合調整。麻酔を打って右下歯周ポケット内の清掃)。晩御飯は、ほぼ、スーパーのお惣菜を並べる。ポテトサラダ(昨日食べたばかりなのに)、鶏の唐揚げ(一昨日食べたばかりなのに)、ホタルイカ茹でたの(今年最後かもな)、スナップエンドウ(レンジでチン)、たらこおにぎり。ぬるい発泡酒、ひと月ほど前に栓をあけた赤ワイン、ジン、と久々にちゃんぽん飲みをした。

5月18日(日)

ふーうっ。いつぶりか分からないくらい久しぶりに外の空気を吸う。夕方遅い時間にね。畑に行って、イチゴ摘み。スナップエンドウも。収穫したての新タマネギも毎日食べているが、今日はそれはお休み。そして庭のパトロール。植物の生命力が嬉々とあふれているなぁ。いろんな松(盆栽&地下植え)の新芽が伸び放題で(すごいところでは20センチ以上の新芽)、ハーブもふさふさ(去年のこぼれ種のカモミールに花がついた、冬のあいだ死んだようになっていたミントがもこもこ葉っぱを増やし、ローズマリーも益々ずんずん面積を増やしなど)、痛いのは、二十年前ほどに植えたらしい生け花用の竹が毎年のことながら地下で根っこを伸ばし(刈っても刈っても伸びてくる、いたちごっこ)今年もえ~っという場所でしゃき~んと背を伸ばしていたことだ。(目視パトロールだけじゃなく、そういう竹をぽきぽき折ったり、木瓜や金のなる木や春椿の花柄摘み、通りに面したスペースの落ち葉拾いなど、ちょっとした仕事もしたぞ)。縁側から眺めるだけでも、日に日に、目に見えるように緑が深まっていたが、直に見て回ると、むせるような生命力がせまってくる。

いや、「平和が自分を蝕んでいる」のではない。

平和は、平和。

よけいな意味づけはよそう。

わたしは物理的には平和でも、心は非常に不自由なのだ。

(田舎で人目を避けていることへの、多大なプレッシャー。人付き合いの壁)。

「心が不自由」であることが、自分を蝕んでいるのだ。

さいきん、心が鬼畜になりまくっている。

屋根のあるところで寝て
あたたかいご飯を食べて
労働のストレスなく
人づきあいのストレスなく

ある意味でこの上ない平和な日々なのだが

その平和が、自分を蝕んでいる。

そして心が鬼畜になっている。


わたしが一番迷惑をかけているのは母である。

半同居している人間(わたし)が、毎日日の暮れだす頃まで眠っていて
やっと起きたと思っても、なーんも喋らず(これが彼女には一番辛いだろう)
たまに口を開いたら、文句を言うばかり。
(捨てるほど…実際捨てている…野菜があるのに、野菜を買ってきたり
魚屋に行けば、食べきれない量の生鮮品を買ってきて
しかもそれが連日のように続いたり
と、母もお金を使う場所が食糧品店しかないのだから
多少の浪費は目をつぶらなくてはと思っても、
ケチんぼのわたしはイライラしてしまう。
トイレを汚く使うなど、本人は年のせいで気付かないことも多いようで
しょうがないと頭で分かっていても、度重なるとやはりイライラ。
前に客人に欠けた湯飲みを出していたのを注意したのに
また先日も大きくヒビのはいった欠けた湯飲みを坊さんに出していて
これも年のせいで仕方ないと思いつつも、イラッとなる。
などなどなどなど。家族の恥部でもあるのでこれ以上は控える)。

このままでは、わたしは将来、母を言葉で虐待しかねん。

まったくもって静かな“亡霊生活”だが、心の奥はまったく平和じゃないらしい。

歯医者には「かなり強いストレスがかかっていたんでしょう」と言われたが、

これ、「物理的に」という意味だよね。

しかし何もないのに「物理的なストレス」がかかるとは思えない。

やはり、日々の“亡霊生活”ゆえの精神的なストレスが半端ないようだ。

この生活も限界かも。

5月中旬の近況など ・・・亡霊のような日々

連休が終わって以来、息を潜めるように、生きている。(これで「生きている」といえるのか?)。だいたい17時過ぎくらいに起きて、ぶっちょう面でご飯を食べて、コタツでうとうと夜寝して、深夜になると録画してあったテレビをだらだら観て、夜が明け始めるころにお蒲団に入って、早朝のラジオを聞きながら、なんとか入眠。それがすべて。顔は洗わず、歯磨きは日に一度。これは、いわゆるウツ病のせいなんかじゃない。もしかしたらウツ病よりコワイかもしれないぞ。

「ウツがウツを呼ぶ」なんて体験型発見をしていたころが、もう大昔のように思える。

北陸に戻り、この夏でまる8年だ。あのときは、とにかく家族の生き死にがかかっており、父が昇天してからも数年間は「また東京に戻る」選択肢が当たり前のように自分のなかにあった。

ところが、3年ほど前の夏に、ぽややんと「このまま北陸で過していくことになるかもなぁ」の思いを抱いて・・・。

今じゃあ、早く、ホンモノの老婆になることを心から望んでいるのみで、この幼稚園児以下の生活(幼稚園児は朝起きて、顔を洗って、子供ながらの社会に立ち向かい、帰宅して、お風呂にはいる。今のわたしにはこんな大仕事は夢のようだ)から抜け出すのは途方もない試練に思える。

昔、ベトナムの占い師に、「あなたは、実家から遠く離れた土地で暮らしていたほうがいい」と言われたことがある。その根拠がどこにあるのか、わたしの語学力では質問すらできなかったけれど、ときどきこの言葉を思いだす。そしてそれはとても腑に落ちるのだ。

今や母も満八十歳、母の「一人暮らし」にも、ゆるいカウントダウンが始まっている。つまりは、わたしの今のような自由生活にもカウントダウンがはじまっているのだ。

わたしはとても恵まれた人生のなかにいる。しかし、その恵みをダメにしているのは、わたし自身である。


*この文章を書いて、自分のクセがあらわになった。まるで「家族のせい」(父の病気、母の老い)で自分の人生が縛られている・縛られる可能性がある、ような書き方だ。しかしね、それは違う。すべては自業自得、自分のせいなんだよ。「父の晩年に寄り添いたい」から、わたしは北陸に戻ったのだし(後悔はない)、「母のますますの老い」はそれによって(今の宙ぶらりんなわたしが消失し)おのれの生きる意味を見つけられるんじゃないかという隠れた願望があるんだ。




毎日、おだやかに引きこもっている。

今日も夕方に起きて、

もなかアイスを2つ食べ、緑茶を飲んで

十日ぶり(!)くらいに入浴。

久しぶりにさっぱりした体になって

縁側からまだ明るい外を見ると、

満月間近のお月さんが

白く堂々と浮かんでいた。

   *

最近の唯一の仕事は、晩ご飯の準備&片付けだ。

今日は、ほとんどお皿に並べただけ・・・・

蕪と胡瓜の塩漬け(母作る)
ウドの酢漬け(母作る)
ウドのキンピラ(母作る)
チンジャオロース(昨日の残り、暖めただけ)
コロッケ(市販品、暖めただけ)
サラダ(レタス・トマト・スナップエンドウ)
カレー饂飩(残りものカレーを活用)
白菜の古漬け(冷蔵庫から出しただけ)
ごはん(暖めただけ)。
デザートは、今年初の苺とはっさく。

   *

もう初夏ですな。

わたしの小さな、小さな世界よ、

大輪のボタンもあっという間に花びらを落とし、

今頃は庭の片隅でシランの群生が咲き誇っているだろう。


ふうっ。

連休が終わりました。

わたしは毎日が日曜日の生活だけど、

「世間も休み」と思うと呼吸がしやすいのです。

田舎で平日にぶらぶらしているのは

精神的にとてもプレッシャーがかかるので
(庭に出るのもコワイ)

連休はだれの目もはばかることなく

家の外に出られて、とても助かりました。

 * * *

連休中にしようと思っていた仕事はほとんどできませんでした。

毎年とっくに済ませている生垣のマサキの剪定は

「やろうと思った日には風が強い」という条件続きで、結局手付かず。

ギンモクセイは(連休前は若葉が出てきた程度だったのに

連休終わり頃には花芽らしきものがついてきて)

今年は剪定をあきらめました。

そうそう、

母ちゃんが放ったらかしにしていた漬物樽関係を
(樽が3つ。漬物石が4つ)

洗ったのが、一番の仕事だったでしょうか。

もうね、何ケ月も見て見ぬふりしていた

アオカビがもくもく生え、麹が硬い粘土みたいになっている

相当なモノだったからね……。

 * * *

今日も掘ったばかりの長芋をすりおろし

庭から摘んだばかりのパセリを刻み

マグロとろろ丼を作りました。

最近「ちょっと、これは」と思ったのは

ホタルイカの揚げ焼き。

味はまあまあなのだけど、見た目が大変なグロテスク。

やはりあれは内臓の扱いが難しいのですね。

 * * *

以上、近況のようなものでした。

5月4日(日)

◎日が昇ってからも眠れかったので(よくあること)、思い切って、えいっと、蒲団をぬけだす。いいお天気。居間と玄関の戸を網戸にして、(でも寒いからコタツをつけて)横になったり、洗濯したり。朝ごはんを食べたあと、9時頃に再就寝したら、比較的早めに入眠できた。17時の起床。せっかくの庭仕事日和だというのに「寝つぶした」のは残念であるが、まあまあ眠れたし(眠りの深さの話)、昨日ずっと付きまとっていた「調子の悪い」波動のようなものが解けたので、よかった。
◎毎日曜と木曜はアイスの半額Dayなので、田んぼの向こうのスーパーに買い物に行く。夕飯は、鶏手羽の塩焼き、野草炒め(といっても、野菜とキノコの炒めものにヨモギを加えただけ)、豆腐となめこの味噌汁など。

5月3日(土)

◎15時頃の起床。(いつも以上に眠りが浅く、変な夢もみたようで、眠れた感覚がぜんぜんない)。
◎冷やしていない、冷やし中華を食べる。(一日を暗示するような、まずい中華だった。「冷やし中華を食べたい」でも「作るのめんどくさい」という訳で、麺をゆで、冷水でしめずに、暖かい麺のままタレをかけた。具もなし)。
◎祖母のところで、スイカをごちそうになる。
◎夕方、最近オープンした食糧品も充実しているドラッグストアで買い物をしたあと、大阪屋(という名前のスーパー)へ。買い物を済ませて、自転車置き場に戻ると、信じられない光景が……。ドラッグストアで買い、自転車の前カゴにいれておいた品々が、荒らされていたのだ。肉もチーズも、中身だけ「すっからかん」に。粉洗剤は箱に穴を開けられて。(お店の人よ、ごめんなさい。駐輪場の片隅に、洗剤の箱をそのまま置いてきました)。カラスめ。
◎餅屋でオーダーした柏餅、家に帰って開封すると数が違っていたと、餅屋に電話をかけていた、昨日の母。その後「実は数が合っていた」ことが分かり、今朝はそれを謝りついでに、また餅屋に行ったらしい。たんまり柏餅が残っているのに、またたんまり草餅を買って帰ってくるなんて。ああ。
◎夕飯は、ウドとホタルイカ、紅鮭の南蛮漬(既成品)、キノコと菜っぱとハムの卵とじなど。

5月2日(金)

◎13時半前の起床。久々に姉と一緒に昼ご飯を食べる。早めの夕方、祖母のところに行ったのち(きのう祖母が「アイスを食べたい」と云っていたので、ピノを持参した。おいしい、と喜んでくれて、よかった)、久々に畠へ。帰宅後、庭の水やりをして、夕飯の支度。(鶏つくねバーグ、粉ふき芋、このしろと胡瓜の酢の物、おひたし。昼の残りの味噌汁もあったが、やっぱり瓶ビールも食卓にのせて)。なんとなく充実した日であった。
◎数ケ月前に「高齢エッセイの書籍になってもおかしくない」と感想をのべていたブログ(こちら)、この春、本当に書籍になったらしい。ゆうべは86歳の著者がラジオ深夜便に登場していた。好奇心、趣味を楽しむ力が、はんぱなく高い、魅力的な女性である。








 ← 根っこから引き抜いた白菜の花


5月1日(木)

■14時半頃の起床。シャワーを浴びて、祖母の顔を見に行く。
■お夕飯は、このしろのお刺身(昨日母が魚屋にこのしろを買いにいったらなくて、代わりに蟹を買って帰ってきたのだが、本日午後、魚屋から「このしろ有るよ」とわざわざ電話がかかってきたので、母が買いに行った。この魚、慣れるとけっこう旨いのだ)、ピリ辛炒め(鶏肉・厚揚げ・竹の子・エリンギ・ピーマン・葱。味付けは、酒と甘い味噌と豆板醤)、ご飯、副菜。おつゆを作らなかったので、代わりに瓶ビール。
■どうでもいい話だが、上記の炒めものに使った味噌は「ゴマ豆腐」用の甘い味噌。我が家ではときどき既製品のゴマ豆腐を食べているのだが、付属している味噌は使わないんだよね。この甘い味噌がたまってしょうがない。だからこうやって、ときどき調味料として利用しているのだ。同様に、納豆のタレもそうで、これは卵焼きに入れたりとか、ダシの代わりに利用している。

背伸びせず、ゆるゆると日常生活などをつづります

はえともみ

Author:はえともみ
 
万の風になって、生きる。

ちちんぷいぷい~。
(HSPの自覚あり)
「うつと仲良く! ひきこもりだっていいじゃない」と
開き直って生きてたら
元気になってきました。

→ 近年は、老母の観察メモの
(&それに伴う自身の変化など)
色合いが濃くなっております。
・・・ま、長い人生の一コマですな。

徒然な日々も、留まることはない。
すべてがいとおしい。だから書く?

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