ともみ@ピクニック

1月28日(火)

朝に目をさまし、『ごちそうさん』を見て、再び眠りのなかへ。それでも昼前には本格的に起きる。川向こうのスーパーへ買出しに行き、いったん帰宅してお弁当を食べたあと、久々のドトールへ。(年賀状などの返事を書くためである。楽しい時間であった)。だんだん天気が崩れてくるとの予報であったため、寄り道をせず、夕の4時前には帰宅する。韓国ドラマ『新貴公子』の続きを見終えたのが、夜の10時半過ぎか。そのまま床につき、すぐに眠りに落ちた。


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1月27日(月)

◆朝日を浴びるだけで、祝福されているような気持になるなぁ。(今年初めて「世間さまでいう、朝」の時間に起きた)。南東の窓辺にすわって日向ぼっこしたり、鏡に映る朝の光を隣の部屋から眩しく眺めたり。朝に起きるって、こんなにすばらしいのね! 
◆本日やった主なこと。→ 朝一番でクリニックへ電話。午前中は半年ぶりの献血をする。午後からはクリニックへ。最近の状況を紙に書いて伝えると、「典型的な冬季ウツですね」と先生。ずっと迷っていた障害者手帳をとることにする。小さな一歩である。いったん帰宅後、兼六園の周りと金沢城の敷地内を散歩して日が暮れた。
◆まるで「もぐら生活」何日分もの仕事をやり終えたような日であった。夜は自然と眠くなり24時過ぎには夢のなかであった。

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1月26日(日)

▼きのうは朝の3時半に起きて以来、日中ずっと起きていた。そして夜に2時間半ほど仮眠をとったら、その後眠れなくなってしまい、本日の午前中はお蒲団の上で「うぅうぅ、眠らせてくれ」と唸なる始末。結局、眠りに入ったのは昼の1時前。(ついでに書いておくと、次に起きたのは翌日(月曜)の朝であり、二十時間ほど、トイレにも行かずに眠むり続けていたのであった。……わぉ、土曜の夜から月曜の朝まで、ずうっとお蒲団にいたわけだ)。まったく人間というスケールを離れた覚醒&睡眠サイクルだなあ。普通の人の3日が、わたしにとっての1日という感じになっている。
▼希望の大切さ。を思う。なにも人生の一大イベントのような希望でなくてもいい。今日も生きてみようと思えるくらいの光のことだ。「希望があるから、体が動くし、心は明日を見る」のだろうな。

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1月25日(土)

青空広がり、おまけに暖かい。(3月下旬の気温だったそうな)。えいやぁーと、シャワーを浴びて、気分一新。午前中はDVD屋さん(50円セールの日)と8号線近くのスーパー(かなり遠い)までサイクリング。外出は三日ぶりだが、明るい時間の外出なんていつぶりだろう。実家の辺りでは、誰も彼もが家の敷地から車で外出するために、人の姿をめったに見かけない「ゴーストビレッジ」みたいになっているのだけど、ここ(金沢)では、いったん外に出ると、歩いている人、自転車に乗っている人をちゃんと見かけることができ、それだけで(なんの触れ合いはなくとも)心強くなる。人の気配の、ありがたさよ! いったん家に戻ったのち、午後は玉川図書館にて週刊誌をぱらぱらめくる。あー、本日はだいぶ人間らしくなりました。

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1月24日(金)

なにがどうなってんだか自分でもよくわからない、自分の生活。思い出しながら、書いてみよう。えっと、昨日の起床が夜の9時半で、ホットミルクティーをおめざにしたんだったな。深夜映画『私の頭の中の消しゴム』を観終わったら、なんだか眠れそうな気がして、(わたしだって、夜のうちに眠り、太陽ののぼっているうちに起床したいと、思ってはいるのだ)、これはチャンスと、そのまま目を閉じて睡眠界に行ったのが、朝の3時前。(ここからが特に記憶あやふやなんだけど、たしか朝方に目が覚めてしまい、数時間はお蒲団でうだうだしていたような。そして午前中に再び睡眠界へ)。嗚呼、前日に引き続き、めずらしくお外は晴れて、しかも3月上旬の陽気だそうなのに、ぐう、ぐう、ぐう、ずっとずっと寝てしまいました。起きたら、27時半。つまりは(朝の覚醒をないものとすると)24時間半寝てしまったのであった。



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1月23日(木)

朝方になり、内澤旬子さんの『飼い喰い 三匹の豚とわたし』を読み始めたら、ぐいぐいぐいっと引き込まれ、とまらない、とまらない。豚小屋を建設し、受精にも分娩にも立会い、三匹の豚とともに暮らし育て、屠畜して、「食べる会」を開くまで…。ひさーしぶりの晴れ日だそうだが、お蒲団にもぐり、頁をめくる手がとまらない。だって豚の個性おもしろいんだもん。だって内澤さんの奮闘から目がはなせないんだもん。そんなわけで、三匹の豚を余すところなく食べ終えて、本も残り数頁となったところで、やっと一休み。そして就寝(おそらく午後の3時頃だったと思う)。起床は夜9時半であった。


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1月22日(水)

●おそらく昼前には眠りに入ったのだろう。17時半の起床。(おー、早起き!)。歯を磨いて、顔を洗って、三日ぶりの外出。図書館でゆうべネット予約したばかりの本を受け取り、週刊誌の「小泉さんと細川さんの記事」と益田ミリさんの連載漫画を読む。その後、川向こうのスーパーへ出向き、食料品を買い込む。その間、雪が降ったり、止んだり。いい運動になった。
●雪道で難儀することは多々あれど、今日は初めての体験をした。融雪装置といって、雪を溶かすための水がしょぼしょぼと出る仕組みがあちこちの道に備えつけられているのだけれど、今までわたしの知ってるそれは、あくまで「しょぼしょぼ」の勢いだったのね。それが、今日はションベン小僧よろしくの勢いというか、シャワー並みの弧を描いて「ジャージャー」と水が飛ばされていた。車道のそれも怖いが(車に当たって、歩行者に跳ね返るから)、なんと歩道上でも「ジャージャー」しているところがあったのよ。もう、避けずに歩いたら、膝から下はびちょびちょだよ。これまでこんな体験したことないので、驚いた。
●夜中じゅう、カサッ、カサササッ、という音が聞こえる。ベランダすぐ横の隣家の大木から雪がすべり落ちているのだろう。今が冬のふんばりどころ。そう遠からず春がやってくるねぇ。

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1月21日(火)

■たぶん13時半頃の入眠、起床は23時半頃。よくやるよ、自分。こんな生活していて、よく生きてるね。感心、感心。夜中は(わたしにとっての朝兼昼なのだけど)ネットであちこちのブログを読んだりして過す。朝になり、またお蒲団に潜りこみ、ケイタイの小っちゃいテレビを見たあと、読書。ちっとも熱心にじゃなく、『もっと あの世に聞いた、この世の仕組み』(雲黒斉・著)を読み終える。
■なぜ「存在の根源(全体意識)」が分離して、個々のわたし(分離意識)を生じさせたのか?という問いに対し、昔読んだ本のなかでは「(存在の根源なるものが)退屈だったから」と答えていたけれど、先の雲黒斉さんの本では「意識が意識であることを、より深く意識することを望んだ」(68頁)からと書かれていた。うむ、どちらも、同じことをいっているな、と思った。

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1月20日(月) 大寒

▲入眠は朝5時前、起床は夜10時半過ぎ。ふぁぁぁ、久しぶりにじっくり眠った感あり(ざっと17時間半!)。冷凍ごはん(自分で炊いたものではなく、去年、実家からもらってきたもの)とレトルトカレーとゆで卵(これも昨日実家からもらってきた)で朝食というか夕食とする。他人から見たらぐちゃぐちゃな生活だろうか、自分ではぐちゃぐちゃが、ぐちゃぐちゃになりすぎて、もはや自然な営みになっている。(小さな宇宙のフシギ)。
▲内澤旬子さんのエッセイ『捨てる女』を読み終える。もうっ、面白いったらない! 彼女の生き方がたまらん魅力的なのである。誰がいったい、取材のためといえ、廃屋に豚を飼って暮らしましょうか。誰がいったい、震災を機に、紙を使わないトイレライフを始めたでありましょうか。これを読まぬは損である。

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1月19日(日)

朝11時過ぎの起床。雪が少し積もっている。お風呂に入って、お昼を食べて、電車を乗り継ぎ金沢へ。(毎日、お蒲団の上かコタツの中で横になってばかり…。体を起こしている時間は一日一食の食事のとき+α 程度だったのに、なんとか移動する体力は温存されていた。感謝である)。今年初めてのアパートは、当然ながら、しーんとしていた。玄関には数枚の年賀状が届いていた。インスタントの抹茶ラテを飲んで、ひとなごみしてから、図書館へ予約図書をとりに行く。夜は、オリゴ糖入りのポップコーンを大量に食べて、お腹を膨らます。涙。

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しばらく日記を休んだ。あいかわらずの生産性のない日々を情けなく思うゆえである。しかし、「何もしていない(顔すら洗えない)」「寝てばかり」「だめだめ」な要素も自分の人生なのだから、メモ的な日記は残しておこう。


1月14日(火)17時の起床。ドラマ『glee3』が最終回になってしまった。(テレビでは年々海外ドラマが減っているような気がする。寂しい限りだ)。このドラマはシーズン4や5があるそうだけど、主役級の人々が高校を卒業したあと、どうやって話が展開するんだろな。いずれの日か放送される新シリーズが楽しみだ。

1月15日(水)15時の起床。世間では佐義長(どんど焼き)があちこちで行われているらしい。新年がどんどん進んでいるなか、わたしは灰色のため息をつくばかり。(きのうは金沢の図書館で予約図書の取り置きの期限日だったのに、動くことができず。あしたも同図書館の別の予約図書の取り置き期限日なのだけど、どうなることやら)。最近、正月に会った、女子大生となった親戚の子たちの、あの年頃特有の華やかさというか、ふわふわ甘い空気を思い出し、つうんっと胸いっぱいになっている。

1月16日(木)たしか15時半の起床。夕方、一週間ぶりのお風呂。『テルマエ・ロマエ』の作者ヤマザキマリさんの人生の歩みを二夜連続ラジオで聴く。すんごい濃い人生。彼女の半生だけで映画を何本も作れるのでは!

1月17日(金)朝ゴハンを食べ、お昼前の就寝、たしか15時半頃の起床。甥っこの通っている高校の生徒が自殺したと早朝のニュースで聞き、いくぶんかのショックをわたしも受ける。わたしが年をとっただけなのかもしれないが、近年、自殺というニュースが昔よりははるかに身近になっている。先ごろいじめが原因で新幹線に飛び込んだという山形の女子中学生のこともふくめ、「逃げる」という選択肢がおそらく彼らには思いもつかなかったことが残念である。

1月18日(土)昨晩早めに床に入ったら、夜中に目が覚めてしまい、結局朝方まで録画したテレビなどを見て過す。そして朝方の再就寝、15時半頃の起床であった。ま、起床といっても、顔も洗わず、コタツでだらだら横になり、夕飯まで寝たり起きたりし、夕飯をはさみ、またつまらぬテレビを眺めたり眠ったりとコタツでだらだらするだけ…の、いつもの一日。普通の精神じゃ、こんな堕落した生活に発狂するわな。(わたし自身、発狂寸前だ)。


この間、雪は積もったり、溶けたりであったが、例年よりはうんと少ない雪の印象。
そういえば、もう八日間、家の外の空気を吸ってないな。







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1月13日(月) 成人の日

◎15時には起きました。顔も洗いました。世間は三連休のおしまいでした。豚ステーキを焼きましたが、付け合せの野菜などを調理しているあいだにお肉がさめてしまい、残念なことになってしまいました。鉄板焼きにすれば良かったです。
◎村上春樹のオウム信者・元信者へのインタビューをまとめた『約束された場所で underground 2』を読み終える。(インタビュー部分は過日引き込まれるようにほぼ一気読みし、本日は河合隼雄先生との対談の箇所などを読んだ。色んな意味で興味深い本だったなぁ)。現実のあれこれにさほど疑問をもたず、まわりと同化したふりをして生きることのできる、そんな「多数派」からこぼれ落ちる人々をすくいとるような視線が、村上春樹と河合先生の言葉のなかに感じられ、ぐっときた。ところで、河合先生は麻原のことを「自分が作った物語の犠牲に自分がなって」しまったと語っているが、その通りなのだと思う。単純な悪なんてこの世には存在しない。

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1月12日(日)

◎13時過ぎの起床。一日雨が降っていて、雪もかなり溶けたようだ。
◎ロサンゼルス土産にいただいた、板チョコレートセットがおもしろい&おいしい。今のところの一番のお気に入りは「チリ&シナモン」味だ。明日は「ソルト&ペッパー・ポテトチップ」味か「オレンジハイビスカス」味を食べてみよう。
◎『トンイ』がいよいよ最終章に入った。クム王子、かわいい。

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1月11日(土)

◎午後2時半過ぎの起床。小豆が煮てあったので、ざらめを入れて味を調え、餅を煮て、ぜんざいに。ぼけぼけしているうちに夕飯の時間になり、烏賊カレーを作る。そうそう、昨日も今日も、顔を洗えたぞ。いまだ「閉じた人」のままだけど、心は不調の波から少し浮き上がった感じだ。
◎昨日テレビで見た「幸福」になるためのお金の使い方 → → ①物を買うより経験を買う ②ご褒美化 ③他者のために使う。

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1月10日(金)

8時の起床。パンの朝食。七回忌のお経をあげに坊さんが来る日なので、必要な箇所をざっくりと掃除。(法事には参加せず)。昼は、母と姉と三人で饂飩屋にて会食。その後、今年初めての食糧品の買出しを。しばらく本を開くこともできなかったのだが、夕方、『約束された場所で』を手にとってみたら、おもしろい、おもしろい。活字に触れることのできる体に戻ってよかった。夜は鶏料理など。今日は起きたときから雪景色だったのだが、最高気温も氷点下だったそうな。やっと本格的な冬の到来だ。

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