ともみ@ピクニック

12月30日(月)

13時をまわっての起床。お節料理を作っている母を尻目に、コタツでだらだら。夕方、祖母の顔を見に行く。ちょっとボケたことを云っておったが、来年は数え99歳、ま、ご愛嬌だな。持っていった菓子を見て、「うわぁ、ウエハース、懐かしい」と喜んでくれて良かった。帰宅して、日の出の掛け軸を飾り、馬の置物を出す。晩御飯は、二段のお節(頂き物)とフグのお味噌汁を。本日は一日じゅう雨が降っており、雪もほとんど解けたようだ。

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たまたま辿りついた賢者テラさんのブログで、下記の文章を発見。


発達障害など、存在しない。

存在するように見えるのは、人々の信念のせいである。

意識のありようさえ変われば、発達障害など問題ともしない世界が開ける。



「発達障害」という言葉、ほかの病にも言い換えられる!!と思った。

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12月29日(日)

早めの午後の起床。ぴしゃぴしゃっと雪の滴が落ちる音がする。外を見れば少し青空が。お昼を食べて、15時頃から買い物へ。(先日、母と姉がお正月の買出しに行ったそうだが、おそばとかまぼこを買い忘れたそうで)。帰り、雪と小雨に遭ってしまったけれど、今年最後の買い物ができて良かった。夜は、お好み焼きとホットワイン。今年もあと二日か。

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12月28日(土)

窓を開けたら、いつのまにか雪が積もっていた。

お買い物。おばあちゃんのお土産
(バター飴と、やわらかい菓子)や
母に頼まれた食材や
お正月に飲むスパークリングワイン。

えっちらおっちら荷物を下げ、帰省。

途中の海は「けあらし」のようだった。
(海から湯気がたっているように見える)。

連続30時間くらい起きていた日であった。

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はたから見たら、「なんでそんな苦しむの?」

「世の中にはもっともっと大変なことがあるのよ」

「おまえさんは贅沢じゃ。恵まれていることを分かっていない」

といわれるのだろうなー。

ええ、ええ、客観的に見れば

わたしはピエロなのでしょう。

「苦しい」ということに酔ったピエロじゃ。

  *  *  *

いやいや

誰かや何かと比べて自分の幸・不幸福度をはかったりする

のは意味ないな。

  *  *  *

自分の心の世界に閉じこもって

ピエロを演じ続けることを止めない限り

いつまでたっても地獄は続く。

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あまりにネガティブをぶつけてしまったな。

すまん、すまん、宇宙よ

すまん、すまん、読んでくれている人よ

すまん、すまん、自分自身よ。

とにかく、今のあたしゃあ

ストレス耐性が虚弱になっているんだな。

大きな原因として、普段があまりに

自分の都合のいいように暮らしている

点が挙げられよう。だから

ちょっとしたことで

「病的に」崩れてしまうのだ。

無理をし過ぎる必要はないけれど

ストレスがかかったとき

もうちょっと上手に

心の湿布を貼れるようになりたい。

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12月26日(木)と27日(金)の日記

ふー。

25日の夜に目を覚ましてから
24時間をゆうに超える連続覚醒のあと
24時間をゆうに超えるほぼ連続睡眠をとった。



すっかり精神面がおかしくなっている。

今までの不調とは一線を画している感じ。

「もう働けないかもしれない」との不安は
前々からあったけれど、
今回は現実というカタチになって
それがあらわれたみたいだ。

また「書類審査で落ちた」や「面接に落ちた」なんて話は
「相手あってのこと」とも思えるが
今回は100%自分に責任のあること。

しかも、働く直前になっての、・・・辞退。

当分はこの痛手から立ち直れないかもしれないが
「現在の精神状態が一生続くわけではない」
と自分で自分を励まそう。

せめて今できること

そうだな、家族の前で暗い顔をしない
(普段から明るくしているわけではないけれど。
殊更深刻な顔は見せない)ように
心がけよう。



生きている証拠 ↓

◇心療内科に当日キャンセルの電話をいれる。
(しかし、わたしにとって、心療内科は意味があるのだろうか。
 まったく意味ないとも思えるなー)

◇phaさんの『ニートの歩き方』を4分の3くらい読む。
(人との繋がりをすごく大切にしている方なんだと
 驚いた。そして人間力の長けた方!)

◇台湾のYさんの過去記事を読む。
(台湾の食品、そんなに危ないの?とびっくり。
またこの十年余りで、わたしの大好きな小さな食堂が
台北から激減していると知り、残念)

◇うどんを食べた。もやしと卵入り。
バナナも食べた。ロールケーキも食べた。
だいじょうぶ、胃は動いている。



この三日(25日~27日)、
連続寝→連続起床→連続寝していたわけだが
わたしのなかでは
「たった一日」くらいの出来事に思えてならない。
なんなんだかな。

今のわたしの問題は「うつ」なんかじゃない。
(仮に「うつ」であったとしても、それは
「ひきこもり」の二次障害の要素が大きい)。

一番の問題は、
趣味ももたず、閉じこもって、人とも接さず
エネルギーが曇っているということなのだろう。



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クリスマスが終わった。

近年はたんたんとしたクリスマスだったのに
今年は思いもかけず苦しいクリスマスになってしまった。

ところで
きのうは美容院もスーパーもあまりに
クリスマスイブらしくなくて、ちょっと驚いてしまった。

もはや
クリスマスの華やぎの空気は
小さな子のいる家庭や一部の恋人同志くらいにしか
残っていないのではないか、なんて思わされた。

それよりもむしろ
日常の延長の孤独をもってクリスマスを迎える人のほうが
あっとうてきに多くって

商人なんかもその辺のことをちゃんと気付いて
「そういう人たちのことを配慮した
(皆がみな、クリスマスパーティーをするわけではない)」
商いをするようになったのだと思う。

それでも
やっぱり
メリークリスマス(過去形)。

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12月25日(水)

◎小さなビジネスホテルのフロント係。あこがれの職業である。この年齢で未経験の業種に採用されるなんて、とても有り難い。こんな話は、人生で最後のチャンスかも。・・・昨夜は沢木耕太郎のラジオが終わっても眠りに入れず、規定量を超える睡眠の薬を飲み、やっと就寝。そして、今朝、お断りの電話を入れる。(実は今日から研修の予定だった)。20分近く先方と話をする。「あなたの経歴なら十分にやっていける」「電話の対応もこんなにちゃんとしていて、だいじょうぶよ」と散々励まされるものの、結局、辞退ということに。
◎客観的にみれば、先方に迷惑をかけただけの、とんでもない非常識人となるのだろうな。
◎「なぜ断るのか、わからない」と心底云われた。(前にもこんなことあったな)。どうやら、こんなわたしでも、一見は普通の人に見えるらしい。それなりの常識をそなえた、年相応の女性と思われるのだろうか。(そのギャップが苦しい)。今回、辞退の話をまとめるために、初めて「ひきこもり」であることを他人に伝えた。(先方はそれでも「そんなふうには見えない。大丈夫」と云ってくれたっけ)。
◎わたしはわたしのこの精神構造にほとほと困っている。なぜ、わたしは労働ができないのだろうか。「労働」をすることがこの世の終わりのように怖くなるのだろうか。ここ数日、起きているあいだじゅう、労働への恐怖感が常にしのびより、頭のなかでは「やってみなければ分からない」「まずは経験」と、労働につなげる励まし言葉を懸命に自分にかけていた。しまいには余計な思考を取り払うために「なむあみだぶつ」と念仏まで唱えて。どうしてどうしてこんな恐怖感にわたしは縛られるのだろうか?(答え:ひきこもりの垢)。
◎人生最後(かもしれない)チャンスを逃したのも、無念だが、昨日も今日も、身に余るお褒めの言葉や励ましの言葉をいただき、それをちゃんと受け取ることができなかったのが、なによりも残念なことだった。

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12月24日(火)

午前の起床。接骨院に行っていた母と入れ替わり、昼から金沢に戻る。いったんアパートに戻って荷物を置いてから、→市場で自転車の空気を入れる →美容院で香草トリートメントとカット →労働の話があるところに「仕事の資料」をとりにいく&お喋り →スーパーで買い物。・・・労働の件、ほんとうにどうすればいいのかわからない。(本日はクリスマスイブ。今年こそ母と楽しく過そうと思っていたけれど、結局は(根がまじめ)労働の話を優先し、一度お断りした「あらかじめ仕事の資料をとりに行く」ことを選んだのだ)。・・・・どんな頭の中になっているのだ、と他人は訝るだろううが、スーパーで買い物中、「この労働の話は断ろう」と決心をし、スーパーを出たところでその旨の電話をしようとしたら、逆に労働先からの着信履歴があった。かけ直してみると、職場における服装やお化粧のことの補足話&色々と励ましのお言葉の嵐であった。「断ろう」としていたわたしだが、先に指摘された化粧のこと(もっとしっかり化粧して)などが緩い条件になった(薄化粧でもよい)ことなどで、ついつい、「辞退したい」とは言い出せず。・・・帰宅して、「仕事の資料」を読む。やってみようと思ったり、辞めようと思ったり、気持ちは病的なジェットコースーター。喉に栓がつまったような感覚で、食欲はまったくなかったが、味噌煮込み饂飩(具はもやしのみ)をお腹にいれる。深夜はクリスマス恒例の沢木耕太郎『ミッドナイトエクスプレス』を部屋に流してみるものの、精神状態が不安と恐怖に支配されたようになり~、はぁ。


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12月23日(月) 陛下八十歳、おめでとうございます

◎お昼をまわっての起床。午後、庭の冬支度の続き。松の盆栽を縁の下に運ぶ作業など。今日はわりと暖かく、少し青い空も見られてよかった。夜は、バブ(入浴剤)と、本物の、ダブル柚子湯にはいる。ほんわか香り、あったかい。
◎思考はエゴを作る。そうだ、そう。思考はエゴを作るのだった。(すぐ忘れる)。

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12月22日(日) 冬至(かぼちゃは食べた) 

◎午後の起床。雨が落ち着いたすきに、食糧品の買出し。お肉いっぱい、パン、みかん、アイスなど。夕方、祖母のところへ。「みんなでそうめん食べたいと思っていたの」「あったかいの? つめたいの?」「つめたいの」(祖母の部屋は年間通して快適な気温になっている)「今、冬だよ」「ふふふふ」静かに笑いあった。
◎う~。今年の労働日数は(今のところ)9日弱である。毎日夜中まで起きていて、昼とか夜に起きる生活なんだぜ。顔を洗うのが一番の仕事のような日常なんだぜ。(お風呂にすらなかなか入らない)。そんなわたしが社会人の顔をして労働だって! のどが締め付けられるような感覚。内臓、特に胃が硬くなっているのを感じる。がくんと食欲なくなる。わかりやすいぜ~。

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12月21日(土)

◎お昼の起床。ご飯食べて、昼寝して、カブラ寿し作りの手伝いをして、(「塩漬けしたカブラに、ひと月半ほど塩漬けしてハムのようになったフクラギ(ブリ)を酢で洗ったものを挟む」わたし。「それを出来立ての麹で漬けてゆく」母。最後は重しをして終了)、おやつを食べて、夕寝して、目が覚めたらご飯ができていて、それを食べ、また夜寝。はぁ。
◎労働が決まり、かなりナイーブになっている。今日は電話で、「覚えること、いっぱいあるから、就労の初日より前に資料をとりに来て」なんて言われるも、頑なにお断り。あー、それはそれとして、「労働の日々」を想像して、今から暗くなっているのは、わたしの良くない癖だ。(「労働」を思うと、自然と体と心が硬直する)。深呼吸、しんこきゅう。

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12月20日(金)

朝の就寝。夕方どっぷり日が暮れてからの起床。夜9時をまわってから、電話の着信が何件もあったことに気づく。「前に面接を落ちた某所から、働いて欲しい」の連絡であった。・・・・断る気持ち満々であったのに、なぜか、本当になぜか、yesの返答をしてしまった。せっかく固めた「障がい者手帳を取得する」決意は、この一件で延期になってしまった。

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だいぶ前から、障がい者手帳を取得して、自立支援の就労組織(*)に「居場所」を求めることを考えている。

某月某日 ネットで某自立支援の就労組織を調べてみる。→色んなことを感じてしまい、具合悪くなる。こういう組織を作っている人は補助金目当てなのかな、と考えてしまったり(**)。わたしがココで働くとしたら、それは結局、税金からお金をもらうことになるのかー、と考えてしまったり。→それは人生としてダサいことじゃないのか?→「ダサいくらい、なんだよ。がまんしろよ」(ドラマ「あまちゃん」の名セリフ)。

某月某日 わたしは本当に障がい者手帳をもらうに値する病であるのか? これは詐欺ではないのか? 

某月某日 「障がい」への、偏見と、葛藤。 

つ、つ、つまり

     自らのアイデンティティーを「障がい」に置くことの是非にゆれる。 

ぐるぐるぐる。ぐるぐるぐる。

某月某日 このままでは身動きがとれない。やっぱり障がい者手帳を取得しよう。

ぐるぐるぐる。ぐるぐるぐる。

思考はめぐり、日が過ぎていった。

そして、やっと決心が固まりかけ、手続きの相談もするべく、来週の心療内科の予約をとったのだが……。



*週5日、日に4時間ほどの勤務。ちゃんとお給料がでる。
**こんなこと考え出したら、社会ではやっていけないね。だからわたしの人生、立ち往生だらけ。
 

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