ともみ@ピクニック

4月22日(月)

 午後、金沢に戻る。

 あたたかい気持ちの伝わる
 お土産が届き、素直に喜ぶ。
 
 ありがとう。

 


 21世紀美術館に行く。

 休館日でも、中には入れるんだね。
 (くつろぎスペースを開放している)。

 ほんといい所だ。 





 敷地内の芝生にすわって、休憩。

 遅咲きの桜がまだ咲いていた。





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4月21日(日) 

お昼のテレビに『ちゅらさん』が映っていた。2001年の放送だってー。たしかこのドラマが放映されていたころのわたしは、沖縄通いを止め、台湾に通っていたのだったな。ひゃー、あれから12年も経ったのか。そういえば、先日は、真矢みきサンの「17年ぶりにベトナムを再訪」という番組を途中から見た。わたしがベトナムにはまったのも、指折り数えてみれば17年ほど前。あああ、そんなに時が経っていたのか! これは「幼児が大学生になる」に足る年月だべ。(老人が何十年も前のことを「この前」の出来事のように話す、あの時間感覚が自分にもしのび寄っているのを自覚せざるをえない)。わたしのなかでは「(旅に生きていたころは)もう前世のような思い出」でもあるが、ちょっと前まではどちらかというと、自分のなかに「まだ旅人の延長」である自分を見ていたんだっけなぁ。・・・とほほ、一人思い出めくりな日記になった。

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4月19日(金) 寒い日であったが、一日おこもり(こたつで横になり、テレビを見る。まるで老人の生活である)しているのがつらく、午後、母を誘い、自転車で植物園へ行く。が、普段は無料なのに、なんじゃら展を開催中らしく200円の入園料が必要とのこと、財布をもたぬ我々は入園できず、道を挟んだ松林の中の小道を散歩することに。そのあと、植物園の敷地のベンチで日向ぼっこして、家に戻る。一時間近くの外出となった。

4月20日(土) 今日も寒い。風もぴゅ~。雨もざぁ~。ほとんどコタツで一日を過ごす。夜、華原朋美のテレビをやっていた。歌番組なのに、ほとんど彼女の半生の紹介に時間を割いていた。「薬漬けになっていた頃、(彼女の部屋に行ったら)ゴミ屋敷みたいになっていて、食事もずっととっていない、お風呂も何日もはいっていない様子だった」と長兄が話していたが、今はそんなトンネルから抜け出した彼女がいる。わたしは今の彼女の顔を見て「決して悪い人生をおくっていないな」と思った。

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4月18日(木)
◎母を車で送ってきた姉とお昼を食べた。(短い時間だったけれど)。半年以上ぶりにちゃんと顔を合わせた。合わせられて良かった。(わたしの事情で、長いあいだ顔を合わせることができなかった)。夕方、おばあちゃんの顔を見に行く。あいかわらずの接待攻めに遭い、バナナ一本とヤクルト2本をごちそうになる。まっすぐ帰らず、ぐるっと駅のところをまわってきたので10分程度の散歩になった。夜は母とテレビを見る。
◎いまおかしんじ監督のブログが現在も続いていると知り、嬉しい。(昔読んでいたwebの多くが今は消えている。「時代にとり残された」自分、ぽつん)。

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きのうは恥ずかしい話を書いてしまった。ようは、急に自分の置かれている状況がコワくなり、あたふたしている、と大枠で括れる話なのだろう。それを本人が「食欲も落ち、不安で気が狂いそう」と深刻に思いこんでいるだけで。

結局ここから抜け出すには、動くしかない。

自分から動くしか。


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「ウツの穴」にはまることでウツをやり過ごしていた頃はもう戻ってこないのかな。(ほんのしばらく前までの自分なんだけど)。

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糸井重里さんが「今日のダーリン」(4月18日)で仰っていた。

ぼくらは、いつでも「希望」を手放しやすいものだ。
その「希望」の手を放してしまうことの快感さえも、
ぼくらは経験してもいる。
(略)
ああすればいいこうすればいいは言えなくても、
未来から見て「あきらめなかった」人間に、
こころからなりたいと思う。

http://www.1101.com/home.html

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テレビのなかの立川談志さんが喋っていた。

「人生ってね、みんなつもりみたい。ちょっとね推測だけど、全部つもりみたい。上手くなったつもり。総理大臣になったつもり。不景気のつもり。全部つもりみたい気がする。

現実をよく見ると全部つもり。話すと長くなるからよすけど、人間が生きていくのは全部つもりみたい。

つもりじゃないと生きられないくらい劣等な生物です。文明はつもりじゃないですか。文明はつもりです。」

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4月16日(火) お昼前、祖母の施設にいってみる。(たぶん去年の2月以来。すぐ近くなんだけどね)。90台後半としては確実に元気な年寄りなんだろうけれど、ほんと、歳をとったな、お祖母ちゃん。「家に帰りたい。けど甲斐性がないから……」と、じっと見つめられても、わたしも困るよ。そして、ごめんね、お祖母ちゃん。午後、畑の手伝い。藁をもらいに行き、苺の畝に敷く。夕方は山茶花の剪定を仕上げる。心が「恐怖」に引っ張られないよう、がんばって動いた日。

4月17日(月) 昨夜は睡眠の薬を飲まず。(頭の薬は先週の金曜日より止めている)。お昼近くまで寝たり起きたり。夜、3分散歩をしたほかは、ずっとお籠り。何をするでない、横になったり、トイレに行ったり、本を読む欲求はなく、時間つぶしにテレビをながめ、・・・。腹も空かぬのにご飯を食べ、ただ息をしている。一週間前のことがひと月以上前のように、ひと月前のことが何年も前のように、何年か前のことが何十年も前のように感じてしまう。

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この日記にも書いている「不安」について・・・

◇当初は漠然としたものだったように思う。

◇いつの間にか、単なる「不安」というより、「恐怖」に近いものになっていた。

◇わたしがこの状態を話すと、心療内科の先生は「(過日から飲んでいる)薬で、多大な不安感が出ることもある」というようなことを云われた。(その不安感をさらに消す薬もあると教えられたが、わたしはその処方を断った)、ふーむ、やっぱり、これは薬の副作用だったのだな。

◇先生の云い方に「(不安感が出るのは)たいしたことない」ニュアンスを感じ、ショックであった。わたしは生に対してずうずうしいから踏ん張っていられるが、下手したら「生きることを止めてしまおう」という魔の手がさすほどの不安感なのだよ。

◇最近の不安をちょっと具体的に書くと、将来のこと(どうやって食べていけばいいのか。実家の維持。母が居なくなったら、一人ぼっちだ)、今に至った自分(様々な人との縁を薄くしてしまった。ほとんど(思い出以外)何も持っていない自分)、・・・書くとあっさりだが、中味は細部に亘りどろどろの思考・・・、まるでパンドラの箱を開けてしまったみたい。

◇ようやく薬も抜け始めてきた実感はある。が、開いた箱は、もとに戻らない。

◇「今までのわたしが呑気すぎで、多くの人は二十代や三十代のときから、わたしのような不安を少しでも回避するよう、現実の努力をしてきたんだよねー」。「わたしもやっと、人並みの感覚をもったのかな」。「家族がいても、収入があっても、不安な人は不安なんだろうね。これは比べっこする話じゃない」。

◇もちろん今までこの手の不安がゼロだったわけじゃない。ただ今回のは、ものすごく、ぐわっと迫ってきているんだよね。心臓が飛び出そうなほどの恐怖というか。四捨五入で50歳になったことも関係あるのかな。

◇平均年齢まで生きるとして、「これだけしかない」と焦るのでなく、「こんなにも生きなくちゃいけないのか」と困ってしまう自分。

◇人間には「慣れ」という素晴らしい能力があるから、この開いてしまった「不安」も、なんとかなるさ!!


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アリとキリギリスでいえば、完全にキリギリスのわたし。

将来を考えて、仕事のキャリアを積もうとしたこともないし、家族をもつことを考えたこともない。その結果、ないないづくしのわたし。

「ほれ、見たことか」の声も聞こえてきそうだが、こういう生き方しかできなかったんだ、というのが素直なわたしの声。

「ほとんど住んでもいないアパート代、無収入の今。田舎に引き上げたほうがいいのではないか」。そうすると、ますますの引きこもりになるだろうな。(今は月に数日、金沢で過ごすことで、なんとか外の空気を吸っている)。村の住人になる自分を想像すると窒息しそう。そしてなにより、今田舎に住まうと、二度と外の世界に出られない自分になるのではないか?という不安がある。

身分不相応な、贅沢な主張だと、他人は思うだろうな。

(今、アパートを借りているお金があれば、将来、浮浪者になったり餓死したりするのを防げるかもしれない)。



*「ないないづくし」で一番、こわいのは、自分の気力だ。旅に出たいと思わない。書きたいものがあるわけでない。生きたい気力よ、お~い。




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野口晴哉bot‏より

活動せよ 歩けなくなったらはってでも良い
活動の心をもちつづけることは人間を活発にする

https://twitter.com/nharuchikabot

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4月13日(土) ひとりでいることに耐えられなくて午後また帰省。ちょうど村の春祭りだった。木村屋の草もち食べる。獅子舞、うちの近くには夜中3時半ころやってきて、太鼓の音で目が覚める。真っ暗な2階から、ぞろぞろ歩く青年団の人をちょとだけ眺める。

4月14日(日) 同級生がこの春、通信制の学校を卒業し、ある資格をとって病院で働き始めたそうだ。「この歳で新しい仕事に飛び込んだ」彼女に尊敬のまなざし。(へへっ、ちょっと前のわたしなら『この歳で』なんて絶対に言わなかったんだけどね。最近みょーうに、世間の感覚に歩みよっているの!)。

4月15日(月) 「寝ることに逃げたい」の欲望はきっぱりきれいに消え、逆に「じっとしているのがつらい」ので、庭に出て草むしりなど。(そうそう、久しぶりに10時半ころ起きる。寝坊できたぞ~。「薬の抜けてる証拠」と思うと嬉しい)。夜、3分ほど散歩。三日月がきれい。

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4月12日(金)

午前中、クリニック。「朝、起きられるようになったのは、物心ついて初めてかも」と述べたためか、先生は今の薬が効いていると判断したようだ。しかし、わたし、もとの状態に戻ってもいいから、この薬から離脱したいと思っている。(一週間ほどの断薬ののち、おととい・きのうと薬を服用してしまったのだけど)。それほどまでに不安感のようなものが強いのだ。(こんな体験、人生初めて)。あっという間に診察が終わってしまい、同じビルの薬局でまた薬を受け取ってしまった(ただし一錠から半錠に軽減)、とほっ。このただならぬ不安感のようなものがあるから見えてくるものもあるんだけど(自分の傲慢さ、まわりの人の愛情を切り捨ててきたこと、などなど)、やっぱ、しんどすぎるぜ~。

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 どんなにしんどい時間も、必ず過去になる。

 それは救い。

 
4月4日18時過ぎ

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