ともみ@ピクニック

あたまが貴族だなぁ。と自分のことを思う。

暮らしは庶民そのものだけど
(庶民のなかでも貧乏グループ)

あたまのなかは貴族なのである。

↑ 色々と他人から見たら問題はあろうが
わたし自身はそれでいいと思っている。

そうでもないと、お金とか病気とか
余計なことに押しつぶされちゃうよ。

よかったな自分、こんな自分で。

わたしはわたしを愛そう。




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ほんまにね、おんなじことばっかり、繰り返している。

パターン① 働かなきゃと思いつつ、アクションを起こせない。
パターン② ハローワークやアルバイト雑誌の情報を得るだけで満足してしまう。
パターン③ 「気になる」仕事を見つけても、そのまま放っておいてしまう。
パターン④ 応募には至る。が、面接をキャンセルしてしまう。
パターン⑤ 面接を受ける。が、落ちる。
パターン⑥ 面接を受けて採用になる。が、辞退する。

何年もほとんど、このいずれかの繰り返しだ。

もちろん「こんな自分」は嬉しくない。

問題点のひとつを挙げるとすれば、
「昔のように働ける」と想ってしまう自分がいる点かもね。
(自分のなかに幻想を見ている?)

たまにね、一般人として働くのは無理なのだと腹をくくり
「わたしは(世間用語でいう)病を患っているの」と
カミングアウトして、アウト後の世界でやっていけばいいじゃない?
とも思うのだけど。

(先日、精神科医の先生から、その手のお墨つきをもらったし)。

特にパターン④と⑥が何度もあるというのは
就業云々以前の問題というか
おのれのなかに深い原因があるわけで・・・。

ふうっ。


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2月27日(木)

△朝の起床。アパートに戻る予定だったので、ふんばって昼寝せず。
△午後、母に枕を作ってもらう。(数年前に買ったイ草もどきの枕に穴が開いたので、中の詰物…ストローの輪切りのようなの…を使った新しい枕に変身。高さも好みになった)。お礼にバナナパンケーキもどきを作る。
△今期は観賞ドラマが多い。そうそう、「はらちゃん」の挿入歌(「私の世界」)が好きで、流れると一緒に「でしょ、でしょ、でしょ~」と歌ってしまう。

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2006年、こちらに住居を移したあとの労働といえば・・・

2009年 山小屋バイト(五ヶ月弱)
2010年 夏の海岸清掃(一ヶ月)、データー入力(一ヶ月強)
2011年 社会保険のデータ確認(二ヶ月強)
2012年 飲食店(三ヶ月)、コールセンター(一月ヶ半)


もっともっと未経験のことをしてみたい!!

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(上の続き。単なる思い出話 ↓ )

ふりかえってみると、楽しかったベスト2に入選するのは飲食店かな。
(新規オープンの地元発のお店。しかし今はもうないお店だ~)。
週に4日の(日に5時間半)勤務であったが、結局は体力的にきついと感じ
(特別なハードワークじゃない。が、わたしの体には
だんだん疲労がたまっていったようだ。最後のころは
「帰宅して仮眠して夕飯食べて眠って、そして勤務」…だったと記憶)
などの理由で辞めたのだけど。

上記のお店で働き始めて驚いたのは
「うっひゃ~ぁぁ、わたしってまだまだ、人から褒められる、
評価してもらうのが、嬉しいニンゲンなんだ」と発見したこと。

年の功もあり、勤務数日のうちに“評価”を受け
半月ほど後には、朝の仕込みの責任者になり
すぐに時給もアップの契約になり、鍵まで預けられるように。
(正直いって、嬉しかったよ)。
しかしねえ、わたしはそんな器じゃないんだよ。
一人早めに職場に行って、お米を研いだり、カレーを温めたり
ラーメンの準備をしたり、バーガーの準備をしたり
たんたんと仕事をすすめるのは楽しくもあったけれど
開店時間に間に合うかしらと一人ひやひやしながら
まわりの仲間たちにああしてこうしてと指示して
仕事をするのはプレッシャーでもあった。

いざ、営業時間となると、
失敗しないよう、調理するのも、たいへんだった。
パスタはまだしも、売りのひとつにもしている
オムライスを作るのは(卵を焼いてチキンライスをキレイに包む)
いつも、冷や汗ものだった。

売れゆきを見て、チキンライスをまた作ったりもしてね。

たまにバーガーの手伝い(ひとつひとつ注文を受けてから
バンズを暖め、具を調理して・・・)もした。

あと、洗いものもした。

ふふふ、こう書くと、楽しかったなー。

けれど気持ちのよくない部分もあったんだよ。
“中間的な役職”ある方々”の足のひっぱり合い(←超々低レベルの)
そこから発するドス黒黒黒~い空気にも耐えられなかったんだよねー。

ま、持ち場の近くには相当イカレた人が多かったけれど
ホールには同年代のまともな人もいたからね。


ふふっ、思い出話に浸ってしまった。


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2月26日(火)

◎久々に青空広がる一日であった。(朝8時まだ氷点下。日中は4度まで上がる)。屋根の雪はどかどか落ちて、積雪もだいぶ溶ける。本日は朝食後の仮眠だけで済む。がんばったぞー。心身の消毒をしようと、庭で日光浴。(特に頭部が喜んでいた)。昼風呂に入って、アイスを食べる。極楽だ。
◎例の件、採用の電話を貰ったが、結局は断ることにした。決め手は勤務日数の多さである。また一から出直しだ。

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その場しのぎの労働ばかりして
あげく行き着いたのは
「売りになるような特技がなーんもない」
「身についたといえるほどの経験がない」
ということ。

ときどき、この現実を暗くとらえそうになる
自分がいるけれど、

顔をあげて考えてみると、
それがどうした、わっ、はっ、はっ、はっ
なのである。

(それは「労働市場のなかに惹かれるものをいまだ我が見出していない」
ことと関係があるのだろうなあ)。

*資格とか安定とかをまったく望んでこなかった我が人生だが
今もってそのことを後悔していないし、今後もそういうものには
興味がないだろうなーと思う。

*勤労の義務というスリコミのない世の中に生まれていたら
こんなこと(労働あれこれ)に無頓着でいられるのかな、わたし。
「貨幣社会の平民」に生まれたのも、それなりの訳があるの?
だんだんと世の中は、こんな囚われとサヨナラする人々が増えている
みたいだけれど、・・・わたしはまだまだ囚われているね。

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2月25日(月)

本日もまた平和であった。朝はパン食、昼はきしめん、夜は和食。そして仮眠2回の、こたつむり。雪が一日中降ってるし、つららもぶら下がっている。でも降り方は冬本番のそれじゃない。夜、外は墨絵のようだった。空に一面の雲がかかっていたけれど、満月の光が雪の下界までしみこんで。春が近いなあ。

*満月は26日の早い時間だそうで、ま、25日の深夜といっていいみたい。
*こたつむり=こたつ+かたつむり


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仕事とは、
誰かの喜ぶことをする。
誰かの為になることをする。
もちろん、
おのれの心身も嬉しくなることをする。

それに尽きるのだと思う。

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これまでわたしは百には満たないかもしれないが、細かなものをいれて何十という労働をしてきた。(お色気を求められるものと販売以外のほとんどの労働をやってみた。ヤクザのような仕事で魂を汚したことも)。新卒で働いたとき以外はすべて、その場しのぎ、なんだよね。「旅の合間に、生活&旅資金を貯める」という建前を最初のころはもっていたが、結局、わたしは、人に雇われるのが好きじゃないんだろな。毎日同じ時間に同じ場所に行くのも苦痛。社会のなかで居場所を見つけるには、多少なりとも「意にそぐわない」ことにも目をつぶる能力が必要だけど、年を取るごとにわたしからその能力が欠如してゆく。(2~3年前かな、国内旅行の添乗員の研修を受け、あとは採用&実践という段階になって、例えば「味も分からない弁当を、これ、おいしいですよ」とオプション営業することもある、と知り、はぁぁ(これってウソつくってこと?)と思い、断ってしまった。というケースもあった。)。・・・昔の自分だったら、「勤労は美徳」とまではいかないが、それに近い感覚はあっただろうね。そして今の自分のような人間が目の前にあらわれたら、「わがまま」「甘えている」「世間知らず」「そんなんじゃ社会に通用しない」などなどブラックな感情で相手を見るだろうな。・・・今のわたしは、わがままを肯定するし、人間はもっと自分に甘えていいと思うし、世間に通用しなくて大いに結構、そんな思いも生まれている。



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最近のブログの合言葉は<ブログを書くヒマあれば鼻くそでもほじろう ♪>。しかし、それがかなっているのかというと、ビミョー。ま、精神の安定剤の代わりに書いているのだから、いいんだもーん。まるまる副作用も受け止めて、精神の健康向上に役立てよう。

* 合言葉=タイトル下の短い文章


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勤労生活のほうが、哲学を実践する生き方に近づき
やすくなる。そのことを体験的に知っている。
という話をもう少し詳しく書いてみる(心の整理)。

なにも勤労でなくてもいいんだよ。
ボランティアでも、趣味でも
(ま、ボランティアも趣味の一環だと思うが)
いいの。

風がとおるような生き方であれば
なんでもいいの。

(ひとりぼっちでも、それができれば、ひとりぼっちでもいいの)。

ここでいう風とは
閉塞の殻にこもっているおのれを揺らす風のこと。

同じ場所にぐるぐる居留まっているおのれの
ぐるぐる回路に変化をあたえる風のこと。

誰かとかかわるのは、社会とかかわるのは
(特にわたしの場合)とっても大変だけど
そこから小さくても気づきが生まれやすい。

また勤労生活を維持するために頼るのは
睡眠であり、食であり、休息であり
(活力を生むための遊びも加えたいところだが~涙)
わたしの場合はそれらに加えて
普段はさぼりがちな「哲学」の実践なのだよね。

(但し、前回の勤労生活では、あまりに毎日がしんどかったので
少しでも好転するようにと「哲学」に頼ったあまり
アファメーション病…朝から晩まで唱えている…を患い
それはそれで疲れた。ま、
否定的な感情を意識する隙をできる限り取りのぞくことに
「哲学」の実践は大きく貢献してくれたのだから
「アファメ病」をもっても得るものは大きいとなろう)


*「哲学」・・・スピリチュアルと言い換えられるな。
最近のはやりの言葉で「禅的生活」とあるでしょ。ああいう感じ。
哲学はしっくりこない、スピリチュアルはなじみ薄ければ
禅的と言い換えても、大きくははずれないと思う。

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「引っ越ししたい!」はブログには殆ど書いてこなかったが
もうね、何年来もの、ほんとに本当に~、わたしの願望なの。
(半分ノイローゼになるほど引っ越ししたい熱に堕ちた時期も)。

そのために行動もした(ちょっとは)。

でも、なぜかうまくいかない。

△実際に内見に行ったのは数回。
 (ネットでの部屋探しはこの数年で何百回も)
△「勤務先がないと部屋を借りるのは難しい」と
 不動産屋さんに言われたことがあるので
 「ここに住みたい」物件の契約のために
 あわてて(?)職についたこと、一昨年と去年の各2回。
 → しかし、実際に部屋を見てみると、
  間取りはいいんだけど、その他の事が引っかかったり
 「大家の知り合いが借りることになった」とか言われたり。
△就労中にほかの部屋を探せばいいのだろうけれど
 一度仕事を始めると「部屋探し」をする元気がなくなっちゃう
 というのが過去のパターン。

結局は、なにか、今のアパートに留まる理由がまだあるから
引っ越しがうまくいかないのかなあ?

う~ん、この春には新居の話を進めたいぞ。
(気になっている間取りの部屋がある)

そのためにも勤務先を見つけたい!!!


 

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最近はだいぶシンプルになったとはいえ、わたしは
もともと「ねっとり思考」タイプの人間なので
あー、労働について(わたしと労働と訂正)
もうちょっと書いちゃうぞ。
・・・きのうの段階で百分の一くらいかな?
きょうで百分の二くらいになればいい。
「心の整理したい」ことの吐き出し文・・・

△現在は「賃金労働をしたい」気持ちがある。
△ハードワークでなければ体調的に大丈夫そう。
△精神的にも無理の少ないものを選ぼう。
△引っ越ししたい。(勤務先が必要)
△ある程度の労働時間があるほうが、哲学的生活の実践をしやすい
 と体験的に知っている。

以上、現状。

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追記

わたしがレーネンさんの教えのなかで特に大切にしたいのは

「できごとに良いも悪いもない。すべてはただの経験にすぎない」

ということ。

おぎゃーと生まれて、ふうっと息が止まるまで、そこにあるのは
すべて(必要だからやってくる)ただの経験なんだよね。


☆わたしの思うpoint☆
できごとを選んで、じゃない。
「すべて」という点がミソ。
たとえ愛する者が殺人事件の被害者になったとしても
そこにGoodBadの判断をしない。
嬉しい悲しいの感情は伴うだろうが
それも「体験」のひとつにすぎない。
すべてのことに良いも悪いもないのである。

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