ともみ@ピクニック

松本東洋さんの2006年12月26日のブログから抜粋。
http://plaza.rakuten.co.jp/harudesu/diary/200612260018/


 松本くらさんと egoのことを話していたら

 「 苦労して身につけたものなのだから

   苦労してハズさなくっちゃね 」と

 くらさんが 言いました



なお、松本くらさんのHPはこちら
http://www.lierahouse.jp/index.html


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11月29日(木)

今日も通勤。とにかくやっとここまできました。まだまだ緊張状態で「終わる日の近い」喜びをじんわり噛みしめるほどの余裕はあまりませんが、それでも、やっぱり嬉しい。今回の労働では“今までごまかしながらなんとかやっていたこと”があらわになったようにも思う。(自分の得意ではないことがあらわになった)。で、ならば、それがわかったら、自分はどうすればいいのか?といえば、まっ白しろ。なにもない。ともすれば、「自分の無力さ(能力のなさ。できることの少なさ。やりたいことの少なさ)」に幻滅されて生きていくことすら厭になるほどでしょうが、どっこい! 明かりが見えなければ、明かりは自分で灯す、くらいの気力でまいりましょう。大丈夫、だいじょうぶ。自分を信じて、まだ生きてみます。そう、大丈夫、だいじょうぶ。ほんとうに大丈夫なんだよ。


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このサイクル(今のありよう。人生)から抜け出すためには

ポジティブなエネルギーを生み出すこと
(そのためには行動すること)

なのだ 


夜の自転車をこぎながらあらためて自分に話しかける。


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「おりゃ!?」という人や出来事に日々出会うのは、生きているならではのこと。

そして、その「おりゃ!?」に対して不快感や嫌悪感を抱いてしまい
うーうーうー、苦しいよぉ、イヤだよぉ、の感情で自分を苦しめてしまいがち。

今日も、「プチ」そういうことがあった。

でもすぐに、あっ、これも(この人も・この出来事も)
わたし自身が創作しているエネルギーなのだった!
ホログラムのようなものね

と思考を転換させました。

これで不の感情がゼロになるわけではないけれど
(まだまだ勉強~♪)
まずは、「気づいた」「思い出した」ことを自分に褒めてあげようと思います。


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数日前から
「労働の期間もあと少し」と喜びの事実に意識が行くと、同時に

時間は連続でないんだよな
瞬間瞬間が「ある」ように感じるだけだよね
だから実際は「あと何日」というのは観念のなかにしか存在しない
(そしてその観念もまたまぼろし)

なんてことを思う。

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11月28日(水)

仕事の帰り道、自転車をこぎながら「月光浴をしたい!」気持ちがむくむく生じる。夕飯はレトルトカレーなどで早めに済ませ、大きなお風呂屋さんへ。本日は思っていた場所と違っていたけれど(男女の湯が日替わりなのだ)、露天風呂からお月さまを拝むことができました。ありがとう。塩サウナもできました。よい一日でした。

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ゆうべの話。

真夜中に目が覚め、なにかに導かれるように隣の部屋の窓を開けたら

まるで夜の太陽と呼びたくなるような、神々しいお月さんがいらっしゃった。

放つ力はとても深く強く、そのまわりには輪になった虹のような色味のある

明るい「宝石」みたいなものまでできていた。

おまけに、背景には横々縞々の雲が一面にお行儀よく並んでいて。

今思い出してもたいへん不思議な光景であった。



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たまたま朝の出勤直前に手にとった『黎明』〈上巻〉に
こんなことが書かれていた。
・・・正確な表現は忘れた。意訳です・・・
あなたは自分ではない。全体の意識の側面にすぎない
とても救われる言葉だ。感謝。



参考まで
『黎明』のアマゾンサイト

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11月27日(火)

朝とても冷え込んだ。通勤Day。夜、銭湯へ。テレビのコマーシャルを見て「おっ、これ、いいな」と思っていた<めぐリ~ズム>の温湿布(体に直接貼れる。蒸気で温まるらしい)を先日購入し、使用している。今夜は両肩に貼ってみたが、はたして効果はどうだろう。満月まであと一日だ~。わっほ~。

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これも夕べのメモ

そう、そう、日記に書きそびれていたが

恐れのエネルギー
(不安、心配など)がどか~んとやってきている気配も先週末あたりからある。

わたしは恐怖のエネルギーを手離す準備ができています。手離します。

よろしくお願いします。

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夕べ、携帯に残したメモ

“その他大勢”からモレないよう(無意識のレベルで懸命に)やってきたのが30歳くらいまでなのだろう。その後の十数年もその名残を存分に受け、立場的には不安定でも、その気になればまだまだ“その他大勢”をやれると思っていた。(つまりはその他大勢に精神的にしがみついていた)。

“その他大勢”でいる必要はないのだよ。

(自分の創っている現実からすれば「落ちこぼれ」でも、それは創作の価値観。ううん、百歩譲って、現実というものがあるとしても、落ちこぼれもOKさ。落ちこぼれの自分を認めよう、歓迎しよう)。

そろそろ本当に自分で自分を認める時期。“その他大勢”にしがみつかない(←しがみつこうとするから苦しくなるわけで)。そのためには、人をジャッジしない(どんな人をも認める)、自分を許す、などなどがますます大切になるな。

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本日の野口晴哉botのなかに
https://twitter.com/nharuchikabot
このような文章があった。

しかし、体は影、実在してはいない。 無いものが病んでいる訳が無い。 体にこだわっていてはいのちは見えない。



大丈夫、大丈夫。
つらいと感じてごめんね。
自分さん、大丈夫だよ。

たましいさん、いつもありがとう。
がんばって下さり感謝しています。

ほんとうに、すべてのもの
ごめんなさい、ゆるしてください
あいしています、ありがとう。

わたしに向けられたすべてのエネルギーは祝福されみなもとに帰ります。

ありがとう、感謝します。




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最近のこと

◎22日は通勤Day、23日から三連休で帰省、本日26日は通勤Day。
◎先週あたりから、不意の感情といおうか、「ずっとさみしかったんだ」という自分でもびっくりする感情がぽっと胸に浮かぶようになった。なぜか新宿区の車の多く人の少ない大通りを歩いてたり、東京駅を通勤で使っている自分という過去の風景とともに。
◎身体の具合ますますよろしくなく、自分でも忘れていた過去の罪までが思い出される。
◎しかし、食べられないと思った食事がとれてよかった。夜もうどんを少し食べる。
◎大丈夫、きっと、大丈夫。

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11月21日(水)

△通勤Day。
△気持ちのいいお天気でした。昼間の白い半月さんも見つけたよ~。
△労働先での話。「あ~、右側にもうちょっとスペースがあれば助かるのになぁ」と、何週間も意識を右のほうに持っていたのだが、本日、ふと、「左の人の二台目のパソコンを少し左にずらしてもって、そうしたら、わたしの電話を少し前にずらせて、そしたら、ノートや資料などを置くスペースが広がる!」と気づき、左隣の人に頼んでみたら、「実は自分もマウスが遠くて不便だったのだ」と快く二台目のパソコンを動かしてくれた。これを「な~んだ」という人もいるかもしれないが、わたしにはいい学びだった。(すぐ我慢するクセがあるんだよ、わたしは。人生には工夫が大切よね。「耐える」より「工夫」である。言い換えれば意識を向ける場所を固定しない重要性なのさ!)。

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11月21日(火)

△通勤Day。
△前にも少し書いたけれど、冷え対策のために毎日着ぶくれしているわたし。本日も銭湯の脱衣所で「ズボンぬいで、ハラマキぬいで、カイロはずして(前と後ろ)、あったかパンツぬいで、スパッツぬいで、それからようやく下着のパンツぬいで」の作業に我ながら感心してしまった。
△エノキって、冷蔵庫のなかでも伸びるのね。びょーんと。初めて知った。

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