ともみ@ピクニック

no title

もうじき実家の最寄り駅に到着。

行ったり来たり、それがこの数年のわたしの大事な仕事。
(エネルギー交換?)
(どこか一ヵ所に滞在しているとココロが潰れちゃいそう)

とても恵まれた環境にいると思う。

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車中より5

インスピレーションはある。

(わたしにだって時々は降ってきてくれる、という意味)

しばらく前に気付いたんだけど、
そのインスピレーションをあーだこーだと左脳で点検しちゃうクセがあるんだなあ。

そしてしまいにはインスピレーションで得たヒントが信じられなくなっちゃうんだ。

と、いうか、思考が思考を呼び、右を向いても左を向いても「違う、違う。もっと他に道はあるんじゃないか」の渦に入っちゃって、どこにも抜けだせない状況を自分で作っている。

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車中より4


先ほど乗り変え駅に到着。
(写真は先週のもの)

時刻表をみたら、ローカル列車の発車まで1時間近くある。

(このごろは予め時刻表を調べてから家を出ているのでここまでの待ち時間はなかったな)

まあ、これもよし!

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車中より3

毎日の大半を労働に費やす人生を疑問なく過ごしている人が仮にいるとしたら、それはわたしとは別の人種だと思うが

はてはてはて、労働に時間を拘束されることへの(異常なまでの!)恐怖心をもっているわたしって!自分でもこりゃ病気の域だと思う。

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車中より2

昨日も今日も早起きではないが午後に体を起こすことができ、(しみったれた精神状態にならないためにもヨカッタぞ→)秋晴れの外出をできました。

(新しいお薬が効いているのかいないのかわかりませんが)。


すべては自分のなかにある。

現実は中立で(=「無」)感じているのは自分のなかだけ。

これらの言葉を唱えながら。

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車中から1

20時前、金沢駅を発。

のり巻き2切れ食べ、グレープフルーツ本搾りを飲んだところ。

鈍行列車は東へ向かっている。
(真ん丸に近いお月さんも付いてきてるよ~)。

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よく
「年間の自殺者3万人を超える」
これはとんでもないことだ!と
いう意見を見聞きするが

わたしは、正直
「たった3万人かあ」
の感想をもっている。

これだけ精神疾患の多い世の中で
3万人という数字は、驚きにあたらない。
(もちろん当然ながら、自殺をする人が
みな精神疾患をもっているわけではない)

(交通事故死より自殺で命を落とす人が多いとか
はたまた日本の自殺率はアメリカの倍だとか
そういう比較に何の意味があるのだろう?)

しかーし、
過日のテレビで
<過去一年、自殺したいと思った人は、20人に1人>
という調査結果があることを知り

こ、これは、多いのでは
焦るくらい驚いた。

「20人に1人」って、あーた、

そのー、

どういうことよ。

「特定の状況にある人のうち、20人に1人」なら
なんとなく「そうかぁ・・・」と
気持ちの行き場もありそうな気もするが

このニッポンで
20人に1人がそんな気持ちになっていたなんて

自分がいかに思慮狭く生きているか
・・・ついつい
他の人は「生きるのに難儀する」ほど
苦しい日々を生きていないんでしょ。
おいら、つらいよぉ。(←文字にするとギャグ。でも本人は真剣
と、よがりな発想をしがち。
・・・ウツや引きこもりのしんどさは
手にとるようにわかっても
社会で上手く生きている(ように見える)人
の内面までは想像しようともしない。
なのである。



ふーむ。

「条件付で生きる」価値を(自分のなかに)求めちゃうから
色んなことがしんどくなっちゃうんだろう、ニッポン人は。
わたし自身がそうだから、よーく、わかるよ。
(条件なんて付けているつもりはなくても、実は幅広く
あんなことからこんなことまで生きることに上乗せしてる!)

ただ「生きている」本来はそれがすべてだっただろうに
今はそれがとっても難しいことに感じられる世の中だ。

条件なんていらない
ただ、あなたがあなたで生きている
ただ、わたしがわたしで生きている
これを肯定できる世の中になりますよう




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あるラジオ番組に先日おくったメール


「6月下旬ころから9月16日深夜までの間、田原本町内において、働く能力がありながら収入もないのに仕事もせず一定の住居を持たないでうろついていた男(54歳)を、軽犯罪法違反で現行犯逮捕しました。」

たまたまこの記事を
http://www.police.pref.nara.jp/weeklynews/news-.htm
読み、

どういうことなのだろう。

言葉どおりだとしたら
とんでもないことだし

さらに意味のある記事だとしたら
どんな真意があるのだろう。

それを掘り下げていただきたく
メールいたしました。

(以下略)

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あったかいお茶がしみるー。
(飲みながら書いている
秋の深まるのはちょっと切ないが
これはこれでいい季節。

今日は
(駅に預けてある自転車を取りに行きがてら)
午後からとことこ散歩。

ヘアピンとポストカードを買ったり
唐揚げとくるみパンを食べたり
郵便局に新しい国保証をとりに行ったり

ま、そんな日であった。



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ああ、神様、自分様。

どうしたら「働かなければ」の思いから
解放されますか?

→ 働けばいいのじゃよ。
そうすれば
「働かなければ」の社会規範から
解き放たれるじゃろう。

ぶひっ。

きのうは相当ストレスパンチを受けたのを自覚していたが
その後の自己管理に色々あって体調までおかしくなってしまった。
そんななか、叫びのように浮かんだ言葉。↑


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きのう目に止まったネット上の文章をメモ。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

★横尾忠則さん(今月24日と20日のツイッター)

「特に雑縁を生む義理と利害に関わる人間関係を断つことだ」

わたしは現在、必要な人間関係まで断ってしまっているので、「人間関係を絶つ」というところに惹かれたのではない。「雑縁を生む義理」という着想に注目したのだ。

「規則を破った絵を描きたいと思ったら生活を規則正しくすべきだと考えている」

そう、そう、そう。行き着くところは、たぶん、そう。絵以外にも通じる。

★勝山実さん(今月23日のツイッター)

天気がいいので、布団と枕を干す。洗濯をする。クオリティ・オブ・ライフ。これさえやっておけば、ひきこもりはこじれない。

わたしにとって陽だまりのような言葉だ。わたしもわたしなりの「こじれない」を模索している。



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朝の起床。

佐野元春のラジオなどを聞きながら
手書き履歴書とPC職務経歴書を作成。

はぁぁぁ。
お昼には仕上がったが
この時点ですでに
「たいへん、おつかれ」モード。

カップスープとホットケーキを食べ
初めての派遣会社に登録に向かう。

おめでとう、遅刻せず、到着。
(こんな遠いところ、初めて来たぞ!)

書類にあれこれ書いて
(他にもこういう派遣会社あるけれど
職務経歴書を提出させて、さらに手書きで
自社雛形の書類に職経を記入させるって
どういう感覚なんだ!)

次いで
パソコンで5種類くらいの適正検査を受けて
いたら、もうホントウニ、ドウニモコウニモ
よくなって、いや、嫌になって
(検査を受けながら。世の中を呪いたい気分に)
それでもなんとか最後の項目まで終え
(結果はたぶん、おそまつな・・・)

そして面接を受けながら
「ここに受かって、なんとか生活を変えなくちゃ」
と自身に言い聞かせる半面
「あー。やっぱり、嫌。この仕事、落ちたい」
と感じる自分もいて、
もぞ、もぞ、もぞ。

すべてを終えて外に出たら、雨が降ってきた。

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木曜の昼、帰省して、

先ほど月曜の夜、アパートに戻る。

この間、百十数年ぶりの秋分の日があり
(無職だと祝日に配慮がいかないなー)

稲刈りのほぼ終わった田んぼ道をサイクリングしながら
食料の買出しにいって

ラーメン食べたり、サンマ食べたり、おでん食べたり
豚とさつま芋のカレーライスを食べたり

庭木の剪定したりして

穏やかに過ごしましたとさ。


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元気かい?自分。

うー、どうでしょう。

今も、やや疲れている。ただ、どうしたわけか
「しんどい」ならしんどい、「不快」なら不快
など、素直に、かつ過剰にならず、
自分のなかに湧き上がるものをそおっと認めたら
まずはそれでいいんじゃないかな
と、大人な心境になっている、今宵である。




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今、わたしのなかにある、ブラック&ブラック。

            

まず、ひとつめ。

「うつは、規則正しい生活して、
食生活をよくしたら治るんだってよ」

と、疑いのない親切な真顔で言われた。

ぎょおーーーーーーーー。

「あのねー、『1+1=2』なんだって~」と
告げられるのと同じくらいの衝撃。

想像力のない人生、幸せなんだろうなー。

どれくらい黒いものがわたしのなかに渦巻いたか
わたし自身も忘れるとしよう。

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