ともみ@ピクニック

オウムの特別手配犯に関連した最近のテレビ番組を目にすると、とっても気持ちが重くなる。(ただし、逃亡生活の様子とか逃亡犯の心理状況など、そういった覗き見趣味は、わたしにも大いにある)。まるで金太郎飴のごとくオウム関連の報道には「思考停止の正義感」がただよい、それを報じるマスコミ自身はそのヘンさをまったく気にしていないようにも感じられ・・・。「凶悪」以外のフレーズを、マスコミはオウムに対して見つけられないのだろうか。そしてそれを鵜呑みにしたわたしたちは「オウムはこわい」感覚を代々もちつづけるのだろうか。そうそう、先日テレビの街角インタビューで十代くらいの女の子が高橋逮捕に関してこんなコメントをしているのを見たときには、全身脱力してしまった。「久しぶりにニッポン一致団結! (ひゃっほーって感じ)」だいたいこんなニュアンスだったと思うが、なにか、なにか、わたしたちは病に冒されているのではないかと思わずにはいられない。

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そもそも、オウムやオウム事件というものに、わたしはこれまで全く興味をもっていなかった。今現在も「もっていない」というのが正解だろう。わたしはわたしの身に直接降りかからない事故事件災難災害というものに、びっくりするくらい無関心なのだな。おそらく「社会の一員」との意識が薄いのだろう。とはいうものの、元社会的エリートの信者(彼らが何もかも捨ててどっぷりとカルト集団にのめりこんでしまった個人史)に対しては、「知りたい」欲がかつては少しはあったような気もする。社会生活のなかでは満たされない真理への欲求、その欲求の裏の苦悩、それがどのように新興宗教への帰依につながったのか、などの点に関心があったのだ。

というのは前置きである。

しばらく前に、ひょんなことから『A』(森達也著)という本を読んだ。

先に記したようなわたしの関心を直接テーマにしたものではなかったが、とっても面白かった。

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以下、『A』について。

もともとはテレビ番組の素材として撮り始めたテーマらしいが、結局は自主映画となり、このような書籍としてもかたちを得た。角川文庫になった裏表紙の言葉をここに写しておこう。――オウムの中から見ると、外の世界はどう映るのだろう? 一九九五年。熱狂的なオウム報道に感じる欠落感の由来を求めて、森達也はオウム真理教のドキュメンタリーを撮り始める。オウムと世間という二つの乖離した社会の狭間であがく広報担当の荒木浩。彼をピンホールとして照射した世界は、かつて見たことのない、生々しい敵意と偏見を剥き出しにしていた――

本書を読むと、オウムと社会が相似形であることがよくわかる。ときに「オウム信者はこっけいなほど善良な市民」であり、「社会というものは思考を失ったバケモノ」のようにも思えてくるが、これはまた「オウム=悪、社会(一般市民やマスコミ)=善」という従来思考の単なる反転にすぎないのだとも、わたしはわたしを戒めておこう。

サリン事件等々のゆるぎない犯罪は確かにあったのだろうし、それを弁護する必要は一ミリもないのは当然のことであるが、それにしても、これまでオウムという団体や信者に対してマスコミがいかに虚像を作り上げてきた面が大きいか、よくわかる本である。

森さんは『A』を発表したことで、オウム寄りの人間とみなされたこともあるのかもしれないが、ドキュメンタリーや本『A』の実態を知った上で、そんな判断をする人がもしもいるとすれば、「ちょっと、どうかしてるんじゃない?」と、わたしなら思う。

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作品『A』の重要人物、当時のオウム広報担当であった荒木さんの、「論理に整合性がないと、だからオウムは怖いで終わってしまう(以下略)」という言葉をのせた数行後、森さんは次のように書いている。

<「宗教」という現世側の欠落は、どうしても埋まらない。埋まらない空白には、稀代の詐欺師や殺人マシーンという語彙を当てはめ、とにかくそれで納得する。納得したんだと思い込もうとする>

また、本書のなかには

<「オウムの中から外を見る」(中略)慣れ親しんでいたはずの社会の、かつて一度も目にしたことのない、剥きだしの表情がそこにひしめきあっていた>
(←編集者が作ったと思われる裏表紙の宣伝文と重複。結局はこれが主題なのだ)

<オウムの施設の中に視座を置いて外を見たとき、自分が今まで知らなかった光景が眼前に広がるのではないかという予感はあった。そして今、こうして実際に撮影を続けながら、その予測は少しずつ確信に変わりつつある>

<「洗脳」という言葉の定義が、情緒を停止させ一方向にしか物事を考えない心理状況を示すのであれば、それは境界線の向こう側だけでなく、こちら側にも同量にある>

<その意味で、オウムは普遍性を模索する僕らの習性を、嘲笑するかのように屹立している。(中略)彼らが今もオウムに留まり続ける理由、そのメカニズムは、オウムの内ではなく、オウムの外、すなわち僕らの社会の中にある>

などなどの言葉が繰り返し登場するのだが、これはまさに著者の葛藤であり、わたしたち受け取り手の課題でもあるのだろ。

これらの引用だけでは、はなはだ抽象的で、なんのこっちゃ?だな。「オウムの中から具体的にはなにが見えたのか」、ご興味ある方は、ぜひ本書をお読みいただきたい。


註(社会と書くとまるで自分とは一歩離れた存在のように錯覚するが、わたし自身がまた社会であることを忘れてはいけない。わたしだって社会に加担している! ←社会と自分は違う存在。社会の責任は自分の責任じゃない。そういう発想は間違っているという意味)。

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(『A』の続々編である『A3』に書いてあったのだったかな)、居場所を求めるオウム信者と住民の話し合いの過程では、両者が和んじゃう、って場面が多々見られたらしい。「オウムは危険」の一念で臨んだ住民が、実際に信者と会っってみると、その人柄に「危険」感が薄れてしまうらしいのだ。なかには「脱退したら、ウチの婿に来い」なんて話も出るほどらしい。実際のオウム信者の素顔を知れば、のほほ~んとしていて、誠実で、正直で、という人が多いのだろう。「信者一人ひとりはそうでも、団体となったら、怖いでしょ」という意見(意見というより、これは感情論だ)はあるだろうし、わたしのなかにもそういった意見(感情)はありそうな気もする。けれど、そんなことをいったらどこの組織もどこの世界も同じだよねー。

『A』のなかでは、まるで漫画のようなやりとり(オウムの日常)が所々見られるのだが、一例を写しておこう。

刑事と女性信者との応酬はしばらく続いたが、どこか憎めない刑事のキャラクターに、当初は目を吊り上げていた女性信者はいつのまにか笑いだしてしまい、勢いづいた刑事は、陳列棚に展示されている他の商品にも手を伸ばす。「もう、駄目だって言ってるのに」刑事が手にしたのはセットとして売られている上祐のプロマイドだった。「こんなの買うやつ本当にいるのかよ」「いますよ。ヒット商品なんですよ」「なあ、あんたどう思う?」横でカメラを回す僕に刑事が振り向いてそう訊ねる。(中略)ファインダーを覗きながら、僕は刑事に答える。「それは買わないけど、こちらのメモ帳なんか確かに安いですね」女性信者が嬉しそうに声をあげる。「そうですよねえ」「このトレーナーも、これでニ九○○円なら良心的ですよね」「お目が高いですね」「だってあんた、いくらモノは良くても、オウムのマークがプリントされたトレーナーは着れないよ」「いやあ、考え方でしょう」「だってさあ、子供の運動会にあんた着てゆけるかい?」『A』98~99頁

外部の者が想像する以上に、のほほ~んと、自由な空気が、オウム信者の生活にはあったようだ。

と、こんなことを書くと、「いやいや教団にはこれこれこんな規則があったんだ」という緩い話から、「教団内の殺害だって起こったじゃないか」とのシビアな話も(反動として)出てきそうだが、それはもちろんそうだよねー。わたしがいいたいのは、決して彼らの生活が人としての喜怒哀楽を忘れてしまったイカレタもの一辺倒であったのではなく、わたしたちの日常となんら変わらない「のほほ~ん」とした雰囲気ももっていたらしいということ。そして、随所に見られる彼らの誠実さ。無防備なほどの率直さ。ときに、社会という厳しさのなかにいる者たちからみたら(誤魔化したり取り繕ったりがややもすると普通となっている社会の一員からみたら)、彼ら信者は一見「?」とも思えるほどの無防備さらしい。

な~んて書いていると、いろいろ誤解も生まれそうなので、この辺にしておこう。

(寄り道話。それにしても、犬に修行テープを聞かせる…という発想が「ちょっとやっぱりとんでもない」とわたしなら思うし、けれど、実際にそんな“修行犬”がいて、そのことを苦笑して説明するオウム信者という存在も、なんだかすべてがコントのようにも思えてくる!)

そうそう、このブログの最初に「居場所を求めるオウム信者と住民」のことに少し触れたけれど、今このブログを書くために本をめくり返していたら、こんな話があったことも思い出したので写しておこう。

京都のあるマンションの住民の起した「オウム信者たちの退去」を求める訴訟。傍聴席がいつもは住民たちで埋め尽くされるために、ある日、オウム信者でいっぱいにしようと裁判所前に信者を招集した際の様子。(池田さんはオウム信者。会話の相手は傍聴に来た主婦。1997年のこと)。

「池田さんずっこいわあ。こんなんありやの?」
「いやあ、偶然増えちゃったんすよ」
「嘘言いな。あそこにいはるの荒木さんやん。計画的やわあ」
「本当っすよ、偶然なんすよ。でもいつもは皆さんでいっぱいなんだから、たまにはいいじゃないすか?」
「何言うてん。スーパーでも、特売の卵は一人一ケースまでゆうて決まりやん。こんなんずっこいわあ」
この軽妙なやりとりには信者と住人たちが大爆笑。出てゆけ、出てゆかないと、訴訟まで起している当事者同士の裁判所前でのそんな光景を、僕は奇妙な居心地の悪さを感じなら、カメラを片手に眺めている。
(中略)
公判の開始時間が迫り、結局はオウム側が折れ、住民たちも何人かは傍聴に加わる。
『A』203~204頁

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洗脳ってなんなのだろ。誰しもが自我の獲得とともにある種の洗脳を受けているわけで。社会に迷惑な洗脳がNGで、そうじゃないのはまあOKとなっているのが現状だよね。

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詳しくはわからないのだが、どうも、一連の事件発覚後も、教団に残り続けたオウム信者には、次のような思いがあったらしい。

「とんでもなく大変な事件を起したのは、尊師の、さらにこの先、よりよき未来を作るための策なのだ」。

常識からいったら、とんでもないアホであるが、洗脳にかかっている身ならば、さもありなん。

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このごろ逮捕された二人のオウム(元かどうか?)信者が、教団の教えに関するメモや本を持ち続けていたという話だが、今また『A』をめくり返していたら、ある信者と森さんのこんな会話が目に付いたので写しておく。

「すべてはマハームドラーですよ」尊師への帰依は、何が起きても絶対に変わらないと断言した後に、彼はぼそりとつぶやいた。オウムの信者から頻繁に飛び出すこのサンスクリット語の意味を、正確に翻訳することは難しい。無理に僕らの語彙で訳せば「試練」という単語になる。要するに何が起きても、試されていると考えれば疑惑や迷いは生まれない。「……ということは、一連の事件は麻原が信者を試しているということ?」「信者だけでなく、日本人全体かもしれないですよ」「試すために毒ガスを撒いたということですか?」「何が起きても不思議はないんです。でも心を動かさずにいれば、きっとすべてがわかる日が来ると思います」
『A』79~80頁

そっかー。このトリックのなかに入りこんでしまえば、「なんでもあり」になってしまうのだな。これを信じてしまえば、地球がひっくり返ったって、太陽が西から東に昇ったって、オッケ~、OK、モンダイナシ、となってしまう。

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(事件発覚逮捕後も、なぜ彼らは教団に残っていたのか)

わたしの意見 → 麻原はツールに過ぎず、彼らは「信じられるもの」を求めていたから。「麻原」そのものを信仰の対象と自覚している信者がいたとしても、その自覚は錯覚で、結局は「真理」への希求に「麻原」を被せてしまっただけなのだろう。

誰だって生きるのは苦しい。ただそれをどれだけ自覚するか、どのように処理してしまうかは人によって違う。彼らはたまたま「マハームドラー」という概念にゆだねてしまったのだ。という見方もできる。

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最近のオウム関連のテレビでは「事件を知らない若者が増えている。とにかくオウムは危険なんです。これを教えていかないといけませんね」としたり顔でのたまう人をよく見る。なんかしっくりこない。わたしたちが絶対の正義をもっているという錯覚に「あれっ」と踏みとどまることは、なんちゅうかニンゲンとしてのセンスであるとも思うのだけど。なんて書くのは傲慢か。

オウムへの入信理由は人それぞれだし、麻原のこころのなかは誰もわからないし、教団が暴走した概要はぼんやり描くことができるかもしれないけれど、それが暴走の真相をすべて説明できるわけでもない。結局、わたしたちは「わかんない」だらけのまま。

そして九十年代も、今現在も、なにか条件がそろってしまえば“宗教”に助けを求める人は無数にいるだろう。そうした現実に目をつぶり、「ただオウムは(新興宗教は)危ないんですよ」とだけ、したり顔で言い続けたって、あまり意味はないように思う。

わたしたちは、オウム事件後、「宗教」=→「危ない」の方程式を打ち立ててしまい、それから逃れられなくなっている。実際に危ない宗教もあるのだろうが、こと新興宗教に関しては、この方程式が揺るぎない。(わたし自身もこの方程式をもっている)。はじめから「結果ありき」で対象を見ているのねー。これも一種の思考停止状態なんだろうなー。

結局、オウムのような組織を失くしたいならば、組織にメスを入れるのではなく、社会にメスを入れなければならない。(オウムにメスを入れたって、次のオウムを誕生させるだけ。異質を排除しても、次の異質が台頭する)。(『A』のテーマでもあり、繰り返しの発言になってしまうが)オウムと社会は相似形なのだから。

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それにしても伝統仏教界の人々が、口をつぐんでいるのは情けない。オウムの怪しさを掘れば、伝統仏教のなかにある怪しさにも通じたりするからだろうね。そこを突っ込まれるのはこわいし、また「社会に同調せねば」伝統仏教界の人々といえどたたかれる仕組みを知っていて、「自分かわいさ」のあまり、社会に同調しちゃうんだろうな。オウム事件に話を限定しなくても、わたしは、ある意味で、伝統仏教界の人々はとっくに思考停止に陥っていると思っているので、もしも「新興に比べ、わしら伝統の仏教はエライ」的な単純発想をしている坊さんがいるとしたら、あーあ、やっぱりと思いながら、毒づいちゃうだろうな。

しかし、しかし、こんなことを書いちゃうわたしも、イカレ気味なんだろう。「伝統仏教もいいよね~。ガハハ~」と受け入れるくらいの鷹揚さがなくっちゃね。

宗教で人を救えない。けれど、宗教で人は助けられることもある。これが今のわたしの知っていること。

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未明より、数日前に書いた『A』『A3』の感想文のようなものを、手直ししつつブログアップしていた。う~、まだもうちょっと続きがあるのだけれど、すでに朝だ。パソコンに向き合う体力も限界気味。いったんお休みしまーす。

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まだ途中であるが・・・

なんだか、長い感想文になってしまった挙句にいうのもなんなのだが、結局のところ、最近のオウム関連でわたしが興味をそそられた一番は、「年月って、人の容姿をあそこまで変えるんだー」かもしれない。

もしもこの一連の感想文につきあってやろうという奇特な方がいらっしゃれば、だいたいどのファイルから読んでも、オッケーイ(つまりは順番はあまり気にしなくてもいい)と思います。また、飛ばし読みでも、オッケーイです。

この手のことを書いたり言ったりするときのしきたりといいますか、「オウムの味方をしてるんじゃないよ」「だからといって彼らが許されるとは思っていませんからね」と、わざわざ付け加えておくという作業は面倒くさいので省いたことを(やっぱり少し気になるので)お知らせしておきますわい。

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『A3』も、ぱらぱら読んだ。これはオウムの教祖である麻原をテーマにした本。

わたしは(「これは本能的な感覚なのでどうしようもない)、麻原を、最初っから「生理的に受け付けない」というか、イメージが加って余計そう思うのか、容姿を見るだけで「きもちわるい」と嫌悪してしまい、彼に関してはあれこれ考えるのもはばかられる。かの教義というものを目で追うことすら拒絶反応があるし(おまけに外国語まじりだと尚更)、裁判というものにそもそも興味がない。そんなわけではあるが(つまりは全部をがっちり読んでいない)、ぱらぱら読みした感想を少し書いておこう。

へぇ~と思ったことなど、いくつか印象に残ることを挙げてみる。
(頁数のあるものは『A3』からの引用)

◎彼と接触したい(電話で話す、会う口実が欲しい)がために、幹部信者たちは「オウムが追い詰められている」話をでっちあげていった。(そこまで他人を魅了するとは「洗脳」の二文字ではあらわせない魅力もたしかに彼にはあったのかもしれない)。

→465~466頁
結果的に弟子の暴走が容認された背景には、弟子たちから報告された情報で麻原の危機意識が刺激されていたからだ。(略)萌芽した危機意識に、弟子たちによってたっぷりと水や養分が与えられたとの見方もできる。(略)。多くの幹部信者たちが競いながら、危機意識を煽るような報告を麻原に伝えていた。その多くは虚偽であり、不確かであり、被害妄想的な情報だった。

→466~467頁
実現不可能な世迷いごとに思えても、あるいは現世の法を犯す指示ではあっても、これはマハームドラーなのだと整合化してしまう弟子たちの心理メカニズム(これは洗脳とは違う)。そして最終解脱者であると宣言したゆえに、弟子たちから報告された情報の判断や確認ができなくなるという自己呪縛。錯綜するこれらの要素を背景にしながら、麻原の内面を慮る側近たちの「過剰な忖度」が発動する。こうして麻原が喜びそうな報告を無自覚に捏造してしまうという意識状態に、多くの側近たちがいつのまにか嵌っていった。

麻原の情報は幹部信者のもたらすものが全てだった。

そして最終解脱者という立場の自己呪縛。

彼と幹部信者は、互いに操り操られ、であったのか。

わたしにとっては目からうろこである。てっきり「麻原が幹部信者たちを手玉にとっていた」と思いこんでいた。この構図しかないものと思っていた。

◎神秘現象の体験者で彼があることはホントかもしれない。(だからといってもちろん彼の責任が軽減されるものではない)。

◎ある時点から、彼は完全に壊れてしまった。すでにオウム時代に壊れ始めていた可能性もあるわけだが、本書を読むかぎり、拘置所のなかで彼は、人間としての一線を超えて(良心的な一線はとうに超えているとして、ここでは動物としての人間の一線をも超えて)しまったというか、完全にがっつり壊れてしまったようだ。重度の拘禁精神病にかかったともとれるが、ともすれば拘留中に薬物などにより「壊されてしまった」との見方も大いにありうる。

この「完全に壊れてしまった」具体的な内容を書くのも気がめいるので止めておく。本書全般にその壊れっぷりというか異常さが示唆されているが、特に彼の身の回りの世話をしていたという衛生夫(受刑者)のインタビュー記事の引用は、この世のものとも思えないくらいおぞましい。ひとことでいえば、彼が動物以下の存在になっていることがありありと分かるのだ。(ちなみに、この引用記事によると、衛生夫は刑務官に、麻原に出すお茶のなかに白い粉をまぜるよう指示されたこともあるそうだ。「睡眠薬だとか言っていたように思います」とのことだが、真相は分からない。また衛生夫の語る“噂”をもとにすれば、麻原は拘置所内で意図的に壊されたという推測だって、容易にできる。←ははっ、上記と重複だな)。

但し、「人の意識の内側は覗けない」として、著者の森さんは、麻原が詐病ではないと100%言い切ることはできないと書いてはいる。その論でいけば、「完全に壊れている」発言は、本を読んだ限りのわたしの主観で、大胆な憶測にすぎないことを、念のために記しておこう。

1997年から本書の書かれている2004年時まで、麻原は誰とも口をきいていない(家族とも弁護士とも)という。きっと、今、この2012年に至るまで、その状況は変わっていないのだろう。「もしもこれが演技でできるのなら、その精神力の強靭さは並ではない。まさしく怪物としか思えない」と森さんも書いているが、同感である。

◎と、素人のわたしですら判断できる彼の異常事態を、「詐病」である、と判断する権威者の方々は、まったくもってイカレているとしか言いようがない。ここに腐った検察サイドおよびそれに絡む社会の素顔をどうして見ないでいられよう。ともかく社会は彼を一刻も早く葬りたいのだな。

→407頁
この記事の中で岩上は、九六年の三月までに警視庁は捜査を打ち切る方針であるとの情報を前提に、「オウムのやろうとしていたことの全容を解明しようとすると、政界や、他の宗教団体や、闇社会や、第三国との関わりにまで踏み込まざるをえなくなる。現場の捜査にたずさわる者とすれば、そうしたタブーには触れたくない。できるならば、見なかった、聞かなかった、知らなかったことにしてしまいたい」と捜査関係者が語ったと記述している。

この記事とは『宝島30』(1995年12月号)のなかで岩上安身さんの書いた記事である。

地下鉄サリン事件が起きたのは1995年だから、上の情報が確かならば、わずか1年で警視庁は事件の捜査を終えてしまおうとしていたわけである。

そして、話は飛ぶけれど、麻原に対しては、2004年に東京地裁で死刑判決が下され、2010年には最高裁が特別抗告を棄却。本来ならばもっと時間をかけて進められるべきらしい麻原の死刑確定。

この幕引きの早さには、捜査と同様、もろもろのタブーを隠すためという面もあったようだ。

(タブーの一例 → 警察がサリン事件を「見逃した」だけでなく「誘発した」という見方)

オウム捜査で、おのず出てくる数々のタブー。そして裁判で真相を探ろうとすれば、探る側も深みにはまるという仕組み。警察、検察、司法、その他もろもろの組織にとって「迷惑」な話なのだろう。

そしてまた「あんなやつは早く死刑にしろ」「とっととケリをつけろ」そんな社会の引力によっても、“後始末”は早められた。

(話はずれる。本事件に限らず、そもそも被害者側の感情を配慮して早々に結審するという最近の裁判の仕方ははたしていかがなものか?という思いはある。もちろん事務手続きをスピーディーにして「結果、そうなった」のならいいのだが、すべきことをせず、明らかにすべきことをふせ、結果ありきで早々に裁判を終わらせようということがもしも行われているのなら、???だな)。

◎まずは「彼の治療」を施すべし、という正論は却下された。この事実は日本の汚点になると、わたしは思う。

◎たいそう意外だったのは、信者でなくとも、彼の笑顔に魅了された人は多いらしいということ。


他にも「へぇ~」と思ったことはあるような気もするが、そろそろ書くのも疲れてきたので、この辺で止めておこう。


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先のブログで、一連の事件発覚後もなぜ教団に残り続けたオウム信者たちがいたのかに対するわたしなりの考えを書いたけれど、

「彼らの『マインドコントロール』とは、決して他人に操作されたのではなく、そのようにして自分を『教祖』に付き従う『修行者』として位置づけ、そのイメージに合うように、自分の意思で自分の心と行動を束縛していたことを言うのだ」(『A3』のなかで引用されている、降幡賢一著『オウム裁判と日本人』(平凡社親書)より)

を読むと、なるほどなー。と思う。

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自らの息子がオウムに入信し、脱会活動を開始。息子は願いどおりオウムを脱会するのだが、その後も精力的に活動を継続。そして地下鉄サリン事件後は、幹部信者に会うため拘置所に足を運んだり、オウム犯罪に加わった信者の親と一緒に裁判を傍聴している。でも、他の多くの信者の親たちと決定的に違うのは、自らもオウムによって命を狙われた経験があるということ(息子の脱会後もオウム信者の脱会活動を行っていた彼は…坂本弁護士が殺害されたのと同様の理由で、麻原にとって邪魔な存在だったのだろう…、ある日背後から注射器で毒ガスをかけられた。その毒性はサリンよりも強いもので、病院では99%助からないあるいは残りの1%は植物人間になると診断。それが、製造不良の毒ガスであったのか、かけられた場所が致命傷になるのを救ったのか、彼は奇跡的に助かった)。

その男性は89年に、「オウム真理教被害者の会」を結成している。サリン事件後に「オウム真理教家族の会」と名称変更をしたが、(『A3』の取材時も)会長としての務めを果たしている。

男性は、麻原のことを「かわいそうだなという思いはある」と、その妻は「哀れ」と言い表わしている。(これだけでは全部の意味が伝ないな。『A3』のなかではもっと長い文脈のなかで使われている。が、これだけでも意味を要約できてはいるだろう)。

普通なら「息子がオウム信者であった」事実は隠したいだろう。ましてや、息子はすでに教団を脱して、職を得、結婚、子供ももうけている。この平穏な生活をそっとしておきたいとの思いから、とっくに会から離れていてもおかしくないのに、いまだ活動を続け、信者の親たちの支援もしている。そして繰り返し言うが、彼は個人的にオウムから命を狙われた被害者だ。

彼や妻の行動の背景には、「一歩事情が違えばわが息子も犯罪者となる可能性があった」という思いがあるのだろう。

彼は獄中にいる幹部信者(自分を殺そうとした信者たち)をも、被害者であると認識するにいたり、彼らの死刑判決に異議を唱えているという。そのことを承知のうえで、森さんは、この夫妻と会う前、夫妻にとっても麻原だけは「絶対的な加害者」という座標軸の原点はゆるぎないだろうと想像していた。しかし、その想像は裏切られる。

「確かに何年か前までは、麻原ぶっ殺してやるって、頭の中はそればっかりでした。でも最近は、麻原さんだけを悪い奴にしてそれでよいのだろうかと思うようになってきて。例えば事件前の警察の動き、行政の対応、メディアの報道、これら全部ね、今は知らない顔をしているけれど、むしろそちらのほうに腹立たしさを感じるんです。私はもう今の段階では、麻原さんよりもっと罪深いのは行政だという思いがありますよ」『A3』379頁

わたしは、この彼、そして妻に、とても興味がある。(そのことに触れたら、まだまだ長くなるので止める。ただ彼らの生き方や発言は人としてとても大切なものをみせてくれるとメモしておこう)。

罪を憎んで人を憎まず。という言い回しがある。「でも、オウムは特別だろ。麻原には当てはまらないよ」これが人情なのだろうとわたしにもわかる。けれど、これは、やっぱり違うんだよなー。第一これは正義じゃない(正義が大切なものかどうかは知らんが)。単なるエゴだ。犯罪者に憎しみのエネルギーを向けてもなんらいいことはない。社会的憎悪をもつことは社会自身をむしばむ。そして、ここで「社会」を「個人」に換えても同じことがいえる。

このファイルで書きたかったこと。

悪とはなにか。

怨むこと。裁くこと。

死刑制度のこと。

もしかしたら怨みの感情は許しのために存在するのかも。

その辺のわたしが思うことを

(わたしは死刑制度がなぜあるのかわからない。死刑で人を裁くことなどできないからだ)

う~ん、書こうと思っていたのだけれど、ちょっと今は力尽きてしまった。またいずれだな。

(というか、一生かかっても書ききれないテーマではあるが。ま、そのさわりとして)

ちなみに、『A3』などの著者である森達也さんが寄稿している

ダイヤモンド社のサイトにある
「自分の子どもが殺されても同じことが言えるのか」と書いた人に訊きたい
http://diamond.jp/articles/-/16819

“殺された被害者の人権はどうなる?”このフレーズには決定的な錯誤がある
http://diamond.jp/articles/-/15954

を読みたい、読もうと、思っているのだ。



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2017年8月某日、この記事が
なぜかは分からぬが
1970年1月1日付でアップされて
いることに気づいた。

更新日時を(当初予定していただろう辺りに)
変更します。


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