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11月8日(月)

しゃっきりしない心身に引きずられぬよう、外出を試みる。デパートの地下うろうろ。目を楽しませ、でも何も買わず。近江町市場へ移り、無添加のパン屋でワッフル一つとラスク一袋を購入。夕方、帰宅。本日の帰省は中止にして、DVDをみることに。▼北欧の年配独身男の友情を描いた『キッチンストーリー』。ひとによっては「寂しい。暗い」と映るだろうが、わたしには男たちの孤独感を心地よいものと感じられた。▼この映画、キッチンのはじっこが多くの時間をとっている。たぶん木造の、落ち着いた色に塗られた壁と、壁と空気の作る雰囲気がいい。ひと昔前の北欧のデザイン、好きだ。▼中年男性がトレーラーでひとり食すニシンの酢漬けやソーセージやチーズやパン、どれも冷たく硬そうなんだけど、この映画のなかではそれがとても美味しそうに見える。ときには孤独感すらも御馳走の要素なんだなあ。

11月7日(日)

●前より気になっていたDVDを観る。『生きてこそ』。身じろぎ出来ぬほど、すごかった。人間ってあんな力をもっているのか?という驚きも。ウルグアイの若者、かっこいい。ウルグアイってどんな国なんだ。そして特典の映像はもう一本の本作になるほどの濃さ。遺族と生存者が狭い町で一緒に暮らし続けるという、これだけで哲学だ。カトリックの神父の「罪なんてありませんよ。死体を食べてはいけないとは、聖書のどこにも書いてありません」と云った勇気。臨死体験を語るシーンはとても印象的。生きているうちにまた観たい作品だ。
●久しぶりに夜更かしをしてしまった。

11月6日(土)

本日も平和な幸福感。たまった日記を書き始める。夕方、歯医者。「はい、お口、ああぁ~んしてっ」という先生の言葉も、顔じゅうタオルをかけられることも、もはや、わたしには違和感なく、「一生お世話になろう。先生には長生きして貰わなければ」と、治療椅子に座りながら思う。数回に渡って根っこの治療をしてもらった患部の薬詰め&芯型どり、薬がちゃんと入ったかを確かめるために撮ったレントゲンの副産で分かったらしい「噛み合わせのおかしな」部分の調整、いっぱい麻酔をかけて右下の歯周ポケットの掃除、以上が本日の治療内容であった。ふうっ、歯医者通いは、レントゲン(一種の被爆であろう)と麻酔注射が多くて、それは愚痴りたくなる。

メモ きのうのクリニックでは「喉のしめつけ感が強くなると、セットのように、大腸のあたりもぐうぅぅっと絞られるような感じになる」というわたしの話に、「その二つには繋がりがある。どちらも自律神経が・・・」という回答をもらったが、(回答をもらうことが症状の軽減をもたらすわけではないけれど、気持ちは少し軽くなる!)、本日の歯医者での「根っこを治療してもらったというのに、いまだ、疲れがひどくなると、うっすら頭が痛く、リンパも腫れる。(根っこを治療したのは、右上の歯。頭痛は右のこめかみ辺りで、リンパの腫れも右だけ)」訴えには、「治療中の歯とは関係ないでしょう」の答えが。ううむ。不調の温床を(次から次へと)作っているわたしよ、何が望みだ。

11月5日(金)

ああ、もう労働に行かなくてもいい。この実感は、天にも昇る嬉しさだ。(個人的には盆も正月も苦手だが、世間的な表現にならうなら「盆と正月が一気に訪れたような嬉しさ」となるかな)。幸せ過ぎて、思考がぐるりと回転し、フルタイムでないならば、また何か労働してもいいかもと思うほど。▼ゆうべの白ワインが夜中体を攻撃していたようだが、そんなことにメゲないほど、気持ちは元気。銀行でいくつか用事をすませ、たまたまやっていた地元高校生のイベントに参加して、あとは近江町市場内で買い物…2階のパン屋で「チョコリング」ハーフサイズ、果物屋で「シナノゴールド」、輸入もの扱うスーパーで「ミックスベリーチョコ」「プレッツ」「ハーブ塩」…思いがけず長時間の楽しい外出となったのち、家に戻って荷物を置いて、汁素麺を食べ、クリニックへ。これまで「薬を貰うためだけ」なんて思ったこともある場所だけれど、ほんの数分であろうと自分の日常を、抱えている精神状態を素直に話すことのできる、今のわたしの唯一の人なのだなと(初めて?)先生に感謝の気持ちがわいた。▼ところで、階下の薬局では「人と会うのが辛くてずっと家にいるのですが、この薬、ほにゃららら~」と薬剤師と会話する女性の声が聞こえ、ああ、わたしだけじゃないと、思った。(わたし自身、いまだ鬱への偏見が強いのだろう。だって「こんな明るく元気に人と話をできる人が鬱なんて」と、わたしは感じたりもしたもの。その女性とは先に少しの時間同じソファーに腰かけもしたが、そのときは抗精神薬を処方される人だとは思いもしなかった。この辺のギャップと偏見は、わたし自身のもんだいにも繋がる)。帰り道、少し雨に濡れたけれど、気持ちはやっぱり元気。

11月4日(木)

これはもう、わくわくを通り越した、幸せ感。本日で労働はおしまいだぁ。おまけに出勤は午後からでよいとのこと。ああ、ああ。ゆっくりと起床して、シャワーして、ブランチを食べて、いつもよりもちょっと割増で身だしなみに注意をはらい、出勤。平生の業務は短時間で終わり、あとは撤退作業であった。ふふふ。その後は、プロジェクト開始時から一緒だったメンバーたちと暮れゆく紅葉の町を眺めながら、ひたすら解散のときを待つ。そして、るんるんの帰宅。寒くても、るんるん。暗くても、るんるん。夕飯はがつんとお肉を食べたい気分になって、能登豚を炒める(冷蔵庫にはモヤシなどもあったが、がつん!のために野菜はいれず)。あとは蓮根の海鮮挟み揚げ(スーパーの出来合い総菜)、キムチ、蒟蒻とさつま芋の炒め煮(昨夜の残り)など。あのね、指折り数えるとはこのことかぁ~というほど、この日が来るのを待っていたのさ。(例えば、「あと三週間」と思うのもツライころは、「あと二週間。プラス最後の一週間だ」というふうに、あの手この手で自分を励まして)。なのに、あれだけ数えていたはずなのに、突如として「この日」がわたしの前に現れたような気もする。降ってきたような開放感。夢のなかにいるみたい。幸せ過ぎてこわい?


*この「あふれんばかりの開放感」は、見方をかえたら、「これまたひとつの異常」なのだろう。しかし、ほんと、噛みしめても噛みしめても消えない開放感に圧倒されていたのは事実だ。

11月3日(水)

●祝日で労働はお休み。一週間以上、雨降りもしくはどよんとした曇りが続いていたので、本日の陽射しはありがたい。9時半頃一度起き、「もうちょっと」と睡眠界で再び遊んだあと、「だいぶ時間もたったろうなあ。午後かなぁ」と思ったら、まだ11時半であった。この労働を始めてから整ったことは「覚醒」である。注意を払って生活している(&睡眠の薬を使用している)ということもあるが、休みの日といえど、むさぼるような鬼畜の睡眠欲(=夕方まで眠ってしまうような)はない。日の高いうちに起きるという、普通の人が当たり前にしていることができて、嬉しい。ちなみに労働の日は8時間、休みの日は12時間くらいが、だいたいの睡眠時間かなあ。
●もうそろそろ、環境(と思ってしまう、実は自分が作っているものらしい)にまどわされず、いきいきとした感情、気力、のびのびとした行動力を得たいものだ。贅沢はいらぬ、健やかなあたまの回路が欲しい。おーい、自分よ。もはやわたしは「ふっきれない。ふっきれないから次にはいけない」という考えはさほど持っていないつもりだが、(ふっきれない=たとえば、社会のうとましさ、慢性のうつ、経済力、先の不安などなどの、自己をとりまく諸所要因。 → つまりは、ふっきれなさを抱えながら生きるのだなという思い)、まだなにか要領の悪い足かせがつきまとっている。

11月2日(火)

はたから見たら「なんで?」なことなのだろう。ことさらイヤなことがあったわけでも、ことさらツライことがあったわけでもない。なのに、ずどんと落ち込む帰り道。誠実ではなかった自分に落ち込んでいるのだ。いや、誠実な道をないがしろにしたわけではないのだろう。「それでいい」と思いとった態度が、結果としては誠実なかたちに反するものと自身が感じた・・・ということだろう。

11月1日(月)

このごろ、しみじみ体が喜ぶのは、さ湯と、お粥。どちらもこれまでにはなかった体験だ。(風邪をひいたって酒は飲めるし、肉を食べられる、反デリケートな体質なのだ、わたしはもともと。しかし、今は)どんな飲み物よりも、さ湯が美味しい。お粥は、冷凍の五穀米に生姜を加え土鍋で短く煮込んだもので、優しい滋味を感じる。ううむ、体は変化しておる。

10月31日(日)

この労働をはじめるにあたり、生きる気力を上げるというか、暮らしの立て直しをする期待が自分のなかにわいていることを、この日記にも書いたけれど、ものの一週間もしないうちに萎んでしまっていた。精神的な危なさと体のどえらい不調におのれの気持ちのほとんどをとられてしまい、それどころではなかったからだ。(これ以上の谷に落ちるなよ!と、常に緊張感があり)。事務系の労働は4年半ぶり。かつては「うつ」が労働の妨げにはほとんどならなかった。が、今回は、がつんと、うつにやられている。日記を書くなど、立ち止まって部分的に心のなかを見ることも出来ないほどだった。「最悪の状態にならない」よう、ただただ自分のケアをすることに(これ以上に弱らぬよう、心と体に負担をかけぬよう)注意を払うだけの日々。いつでも「その気になれば」社会に戻れると思っていた4年半であるが、自分がこんなにも変化しているとは・・・。もう社会に出て労働するのは無理なのかもしれない。

抜け出せない袋のなかで、ごちゃごちゃドラマを繰り広げているような一月余りであった。≪朝から晩までひたすらPC入力した労働の翌日、起きるとぽろぽろ涙がでて(=ドライアイというやつらしい)、かなわんな~、入力とは違う作業を数時間でいいからしたいなぁと考えて通勤したら、朝のうちに『業務の段取りの関係で今日はPCから離れた作業して下さい』とのお達しが。やほほぃと喜んだのも束の間、そこはぴーちくぱーちく女の念の熱いお喋りサロンのような場で、わたしはすぐに根をあげる(*)。おーい、自分よ、ついさきほどまで「PCから離れた作業がしたい」と思っていたくせに、それが叶ったら、今度は「ひとり淡々とできる作業」を望むのか≫。というようなことは時々あり、実は、Aが嫌だなぁと心底思っていたら、状況はBになり、そのBもなんらかの事情ですぐ苦手意識に覆われるようになり、すると状況はCに移り、それもまたいやいやえんの対象で、状況はDになり、Eになり、Fになり……、その連続だった。衣を変えてやってくる、しんどい状況。まわり(仕事内容と人間関係)は常に変化して、でも、そこに変わらずいるのは、ポジティブに身をおけない、常に精神的にわたしを追いこんでいる「わたし」だった。抜け出せない袋は、わたしが創造しているのか。ごちゃごちゃドラマは、わたしが演出しているのか。もう嫌だ嫌だと思うわたしは、わたしが作りあげているのか。

(*)楽しくないことを無理して笑うことはない、人の噂話やプライベートの披露などに無理して参加する必要もない、というのはある種の理想であって、投げられた会話を無視することもできず、お喋りを強要された雰囲気(と書くのは被害者モードだな。「お喋りにわいた雰囲気」としよう)のなかで、ひとりたんたんとしたふるまいを続けるのは相当精神が疲れる。拷問のようだ。
(* 補足)以前のわたしは「こういうことも、すいすい渡っていける」精神構造だったんだな。
(* おまけ)すべての女性がそうとはいわないが、世の中には「たえずお喋りしていない」と気の済まないかのように口を動かし続ける女がいるのだな。(黙っていると不安になるのかな)。とにかくあれもこれもそれも公の意識もプライベートの意識も隔てなく話題にして。よくよく思い返すと、これまでの人生でもわたしはそういったさがの女性と出会っていたな。
(* おまけのおまけ)社会的な付き合いから遠ざかっていた期間が長いために、またうつ的要素も絡まって、わたしは対人という世界に「ちょっとやそっとでは想像がおよばない」ほどの心的負担をかかえるのだろう。

もうひとつ、この一月余り、わたしが苦しんだのは、「能力の低さ」という劣等感。ほぼ毎日、「自分の仕事のスピードの遅さ。ミスの多さ」を感じ、顔では平静をよそおい、心のなかでは異常なまでに落ち込み続けた。(異常な…と分かるだけマシか)。そうだ、わたしは昔から事務能力が高くないのだ。かといって「あんた、首」といわれるほど低くもないらしいが、わたしには自己の存在価値を疑うほどの劣等感が募る。劣等感とそれを左右する緊張感がわたしのなかに常に在り続けているのだ。

スタッフの出入りの多い(納期に合わせて人数を増減)職場であったが、このプロジェクトの最初から最後まで同じ立場で仕事をする人が、わたしのほかにもう一人いた。いつも穏やかで仕事のミスは少なく相手を分け隔てしない誠実なふるまい。彼女にお世話になること随分あった。感謝とともに、うーん、仕事をこなす上だけでなく、人としても彼女は先生であるなぁと、わたしは自然思うようになった。そして、やがては、信じがたきことにわたしは人間関係のストレスの渦中の人たちにも(顔も会わせたくないほどの相手であっても)「わたしの先生なんだな」とふわっと思ったりするようにもなった。実際そういう思考をせねば「やっていかれん」という事情もあっただろうが、苦手な相手でも「苦手」の要素の外にはその人なりの長所が見えるわけであり……。(とはいえ、それが苦手意識の克服に繋がったわけではなく、ストレスは存在し続けた)。




こうやってざっとふり返っただけでも、病的な自分(おなじ環境であっても、精神的に健やかな人であれば、こんなに落ち込んだり劣等感をもったり苦しんだりしないだろう。わたしは状況に対する内面の反応が過度なのである)が見えるな。

10月30日(土)

●ハガキ一通と、手紙一通書く。ようやく気持ちに余裕がでてきたな。
●シリーズものとしてNHKがとり組んでいる「無縁社会」、今夜は討論形式の生放送らしい。しかし、無縁をみずから望む感覚は人としてあり得ず、まわりとの縁を、特に血縁や地縁を絶対の「正」とする、超あからさまな番組の姿勢に疲れそうだったので、ほんのちょっとしか観ず。そのほんのちょっとの間にへぇ~っと思ったのは、「高齢者の自殺の7割は同居者あり」というはなしである。

10月29日(金)

おおうっ。「あと、労働は3日間」と、帰宅後思ったら、「なんだ、なんとかなりそう」と、少し気持ちに光がさした。今週前半の寒さもゆるみ、着膨れ&カイロをはった体も「もうちょっと緩んでいいよ」と言ってる気がする。晩ご飯は、からだの要求に応じ、土鍋で醤油ラーメン。(ラーメンに「豆腐」を入れると、豆腐のあたらしい世界が広がった。はまりそうな予感だ)。

着膨れ・・・上半身の重ね着もすごいが、ここでは下半身の話を。「下着のパンツ&タイツ&スパッツ&毛糸っぽいパンツ&スカート」に、お腹と腰下部と腰上部の三か所にカイロを貼る徹底ぶり

10月28日(木)

この労働がはじまってから、気がつくと折にふれて心のなかで唱えていたけれど、誠実に、誠実に。自分に今できるのは、心がけたいのは、誠実に、ということ、それだけ。と、あらためて、自分のなかの自分が云っている。そしてそれを示せるのは、ふるまいと、心の姿勢。

10月27日(水)

■比べない…ということを、はっと思い出す(意識する)ことがしばらく前に続いたが、比べない…は、「他人と」だけじゃなく、過去の自分自身とも(あのときよりマシだなど)比べないのが大事なのだなあ。・・・両者まったく出来ていないけれど。
■体を冷やさないようにと、トマトジュースをお湯割りにして昨夜飲んだが、そのせいだろうか、いや、そのせいではないだろう、またもや手にとるように体調の崩れを感じる。気持ちわるいし、頭いたいし、以下略で。ふうっ。体がコルほどの重ね着をし、カイロを貼り(←労働先には暖房がない)、食事はなるベく体をあたためるものを摂り(←気を遣っているというよりは、胃袋の要求により)、常に首もとを保護し(家のなかではタオルまいて)、わたしなりに労わっているつもりでも、身体は季節の変化に追いつけないのだろうか。

10月26日(火)

夜中、つんとした空気に目が覚めた。◆はっきりわかる冬の訪れ。きょうは一日、空気がりんとはりつめていた。◆カイロを3つ貼って労働にのぞみましたぞ。(お尻と腰とお腹)。◆東京のラジオの人は「きょうの最低気温は14度。あすは11度までさがるかも~」といっていたが、こちらは最高気温が11度だぞぉぉ。

10月25日(月)

●金沢は戦争で焼けなかった町なので、くねくね曲がった路地や、いったん入ったらあんな所まで抜け道もなく続いている~など、不思議な道が少なくない。最近知ったのだけれど、土地の表記のなかにも面白いものが残っているんだよね。住所に動物がはいっているとか。寅、丑、卯、子・・・・・・。(でたらめ住所で説明してみると「六本木 卯 1800」という感じ。番地代わりといいましょうか)。一方で全国の流れにもれず郊外のベッドタウン化が進められてきた現代史はもちろん当地にもあり、「第□土地区画整理~」なんて味気ない住所も~。
●住民票を移し4年余り、いまだ折に触れきれいだなぁと思う町。(商業的魅力では都会の足もとにもおよばないけれど、これまで住んだどんな土地よりも美しいとわたしは思う)。屋敷林に街路樹、歴史的建造物、そして何よりもあちらこちらで流れる水の姿。それが「わざわざの、遠く」ではなく、日常の暮らしのなかにある心地よさ。日々の通勤で目に映す「21世紀美術館の芝生と建物と空」の調和も惚れ惚れだ。
背伸びせず、ゆるゆると日常生活などをつづります

はえともみ

Author:はえともみ
 
万の風になって、生きる。

ちちんぷいぷい~。
(HSPの自覚あり)
「うつと仲良く! ひきこもりだっていいじゃない」と
開き直って生きてたら
元気になってきました。

→ 近年は、老母の観察メモの
(&それに伴う自身の変化など)
色合いが濃くなっております。
・・・ま、長い人生の一コマですな。

徒然な日々も、留まることはない。
すべてがいとおしい。だから書く?

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