ともみ@ピクニック

7月19日(月)

●肩に湿布薬を貼っても、ちっともスーッとしない。同じものを使用する家人は「効果ある」というのに。わたしは全くその効果を感じられない。「それだけ筋肉が疲労している」というのは、自分をかわいがりすぎる発言か? ところで、右足のふくらはぎには、ほどほどの筋肉痛があるのに、左足のふくらはぎには、ほとんど筋肉痛がない。左右同じように動かしているつもりでも、実は違うのだろうか。 
●こうちゃんと、けいちゃんに、夏休み子ども臨時ボーナスを支給。中味は同じで、でも「おおきい」包みと「ちいさい」包みを用意して、「喧嘩しないように選んでね」と渡したら、二人して「ボク、ちいさいのがいい」という。彼らは昔話の教訓にとらわれているのである。
●祝日「海の日」。アルバイトは初めてのニ連休。久しぶりにカレーうどんを食べる。前夜から納屋の冷凍庫で作っていた(一時間ごとに混ぜ混ぜ)ヨーグルトアイスも食べる。ふうっ。

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7月18日(日)

しいの木の新芽が銀色に揺れている。真夏のような太陽にさされ、ぎんぎらと。その隣には真昼の白い半月が沈座。ああ、夏が始まった。

おばあちゃんの誕生日会を欠席。ゆうべはお楽しみにしているテレビも見ずに就寝し、夜中に一瞬起きた時には「なんとか生き返った」と、身体でわかった。午前中は暑さのためにしばしば覚めるが、とにかく休まねばの思いから就寝に尽くす。昼に起床。疲れはのこっているにしても、それは並の疲労であって、「このまま死んじゃうんでは?」レベルのものではない。「眠る」ことの大切さを身をもって実感。

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7月17日(土)

◎きのう、お給料をもらったハレの気分と、「あと一日働いたら休日だ」の解放感から赤ワインを飲み過ぎてしまったようで、まあそのほかにも蓄積された疲れがあるのだろうが、今朝は「休んでしまおう」と思うほどの体調不良。起きてすぐに「あ、ダメだ」(←体の信号)、でも、着替えをして、迷いながらも食事をとって、どうしようどうしようと洗面所に立って、出かける10分前には「休むぞ」と決意をし、でもでも結局、出勤してしまった。
◎遮るもののない日ざし。砂丘のような浜を重い荷を持ち行ったり来たり。休憩時間には「虫がこようが、アリが這おうが、蚊に食われようが」そんなのたいしたことない、それより「日陰が欲しい」「横になりたい」の一心で、松のある雑草地を見つければ、ピクニックシートを広げて身体を休ませる。
◎「労働を終えた午後には疲れて何もやる気力がない」なんてのはどうやらわたしだけ?とほかのメンバーと話して思った。頭痛や吐き気や強力な疲労感を抱えているなんて、ほかのメンバーはないのかぁ。これは男性と女性の本来的な肉体の違いでもあるんだろうな。(わたしのほかは、みな、男性)。「同じお給料もらっているのだから、女性だからと甘えてはいけない」と思ってやってきたが、基礎体力がやっぱり男女では違うんだなー。
◎梅雨明けの本日、海水浴客が何組も。海岸道路沿いの夏季営業のお店もオープン。このごろは労働帰りに海を見るのもイヤなので、わざわざ遠回りして町や畑のなかの道を選んで帰る。本日も、ゆらゆらと陽炎を追いながら自転車のペダルをこぐ田舎道であった。

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7月16日(金)

昭和20年の空襲でここの海岸には多数の無縁仏が漂着したと、大人になってから知ったのだが、それを弔うために作られた碑を今朝見つけ(実家とは目と鼻の先の距離なのに)初めて手を合わす。また偶然、その碑のまわりを一人しずかに掃除する老人を見かける。そして朝7時の休憩時間には、公園のなかの猿の檻にブラシをかける音を聞く。地元なのに知らないことだらけだなぁ。この労働に従事したおかげで知ったことである。

砂のまじった海藻を運こぶ。ひたすらに、もくもくと。砂浜の上を行ったり来たりして。そんな労働のなか、ふと、「けっこう、いいかも」と思う。静かな修行をしている心持ち。なんだか今日は調子がいいらしい。

午後、庭の一角に目をやると、雌鹿の足が骨折したようになっている。「えっ、骨折?」であるが、どう見ても、足がおかしい。よくよく近づいて見てみると、片足が数センチ、地面に埋まっているのであった。(鹿は銅製)。こんな悪戯を誰かがしたとは思えない。先日からの雨で、足の片ほうだけが地面に陥没したらしい。

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7月15日(木)

トビウオがぴちゃぴちゃ跳ねる。そんな光景を目にした日。こんな波打ち際に近い場所にもいるのかと驚いたけど、あれはもしかしたら群れをはずれた迷子魚だったのかもな。トビウオといえば、ここら辺りでは「刺身」や「フライ」にしていただく、初夏の食材だ。もうそろそろトビウオのシーズンもお終いだなぁ。

どしゃ降りのなか、自転車こぎこぎして、帰宅。家に戻って長靴をひっくり返したら、じゃぁぁぁぁっと驚くほどの雨水が出てきた。

疲れ過ぎて眠れない。というのは去年のバイト中も経験したが、この海のアルバイトを始めてからも、薬を飲まないと中途覚醒をしたり、眠りの性質(眠りが浅いのだろうとは医師からも指摘されている)のため、ぐっすり眠った気になれない。■一日のパターン→朝4時50分に起き、5時20分には家を出る。片道30分の自転車通勤。(そこから車で現場へ行く。労働現場は実家のすぐ近所であっても、いったんは雇用先の会社まで行かねばならん)。労働のち、寄り道せずに帰宅したとして、午後1時。水洗いした軍手や帽子を干したりなどの「労働の終い」をしてから家に入り、すぐにシャワーをあびる。洗濯機をまわしながら昼食をとっていたら、午後も2時をまわる。昼寝のち、ちょっとでもできることをする。仏壇の花の水をとり変えたり、庭の水やりをしたり。たまに食事の支度も。夕餉のち、ぼー。日によって10時前に床に入る日もあれば、12時近くなりあわてて床に入る日も。だいたいそんな感じ。■で、先週の一週間は、昼寝を(だいたい2~3時間)すれば、体がだいぶ楽になったのだけれど、今週に入ってからは、昼寝の効果が薄いといおうか、「ずいぶん長い時間横になっていた」ように思って起きても、実際は1時間も眠れておらず、体の疲れもとれていない。そして半死人のようなまま夜をおくらねばならなくなる。う~ん、つらい。なので本日は睡眠の薬を一粒だけ飲んで昼寝してみたが、薬が効いた実感はない。やっぱり1時間ほどで目覚めてしまった。

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7月14日(水)

太陽の下の浜辺労働も大変だけど、雨に打たれながらの休憩時間もつらい。うううむ、わたしは何かに耐えるために夏の労働を始めたわけではないけれど、実際は、労働=ただ「耐える」の時間になっている。そして、何よりも、まわりの人間の個性が強烈で、念仏をとなえたい気分だ。(冗談ではなく、ほんとうに唱えている!)。「何故にこんな体験をせんにゃならんのだろう?」「どんな意味があるのだ」を自問したくなる、とにかく、かいつまんで述べてみれば、そんな毎日だ。

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7月13日(火)

「めずらしく地ものがあったから」と母がサザエを買ってきたけれど、わたしの老化した歯ではおいしく堪能できませんの。う~っ。あとね、このごろ身体が肉食派になってきたよう。できれば「海のものは見たくもない」のだな。う~っ、う~っ。晩のお菜のメインは餃子であったけれど、きゅうりの糠漬けが一番うれしかった。

くちなしの花がぷうんっといい香りをはなっている。ほどよく濃厚に、ほどよく甘く。

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7月12日(月)

自転車旅行中らしき西洋人が海岸沿いのゆるい上り坂を半裸の姿でやってくるのに遭遇。たまたまそばにいた我が視線をおくると、西洋人は自転車こぎこぎしながらも会釈をしてくれ(あれは登り坂を走行中ゆえの身体反応ではなく、ちゃんとした会釈だった。それにしても「西洋人が会釈?」とは思うけれど)、こちらも嬉しく会釈を返す。たったこれだけのことなのに、懐かしい「旅」の時間を思い出した。

アメリカや日本で坐禅の指導をしている藤田一照さんという方が、「為」と「行」の話をされていた。わたしがインターネットで見つけた「海岸清掃」というアルバイトに飛びついた大元のひとつは、どこか「行」の匂いをかぎとったからだろう。でも、実際、今やっているのは「為」である。と思った。

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7月11日(日)

午前に起きたときは「まだ体がちゃんと起きてないからだろう」程度の自覚であったが、時間の経つにつれ、尋常ではない体調を自覚。頭痛、軽い吐き気、猛烈な疲労感。先週の6日連日の労働の疲れがどっと吹きだした感じ。「こういうのが続いたら、過労死しちゃうんだろうな」と、大げさではなく、自然な感覚として、思った。なんとかならんかと一日悶えてみたが、まったく無理であった。無理なまま一日をおわる。

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7月10日(土)

やった! 今週分の労働が終わったぞ。体は疲れているものの、解放感で満たされた昼下がり、町の魚屋さんで焼きたての鰻を買い、炎天下を帰宅。昼食後、じゃが芋をとりにきたHちゃん(父の従妹)に「たまにはお茶でも飲んでいって」と誘ったら、それが思わぬ長丁場となってしまい(およそ4時間のお喋り)、昼寝をする時間がなくなってしまったよ。Hちゃんが帰る頃には打っ倒れそうな心身状態になっていたが、「一緒にお夕飯を食べよう」と先にT子さん&祖母に鰻を届けてあったため、あわてて出かける。母が来るまでの間、台所のT子さんの音を聞きながら、リビングでごろごろ。ついでにお小遣いを渡そうとするおばあちゃんから逃げ回る。夏の食卓を四人で囲む、幸せな夜であった。

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7月9日(金)

テレビ『金スマ』で、パクヨンハさんの追悼ドキュメンタリーを見る。◆その内容とは直接関係ないのだが、わたしがこれまでに好きになった韓国ドラマの底にあるのは「きれいなものを見たい」という気持ちだったのだなぁ、そう思った。韓国の特定の俳優に惹かれる理由を探すとしたら、それはやっぱり「きれいなもの、うつくしいものを見たい」という気持ちなのだろうとも。なかなか日本のドラマのなかでは感じにくいのだが、道徳的な美というか、人の世を肯定するための絶対的な力、穢れの対極の姿勢が、しばしば韓国のドラマにはあるのだ。◆ところで、パクヨンハさん、「死をもって、止まってしまった人生の魅力が増す」という加算はあるにせよ、とてもすてきな人だったのだなぁと、今になり知る。◆生まれてきてしまったからには「自死はいかんよ」、その多数意見にじゅうぶん太刀打ちできる考えをわたしは持ち得ないけれど、わたしは彼の行為に昇華の花束をそなえたい。もちろんそれは自死への称賛でなく、ほんとうにほんとうに彼の生きた人生をなぐさめたいからだ。そうせざるを得ない理由があったのだろう。彼にしか分からない、あるいは彼にすら分からない。仮に残されたご両親を考えよという人がいるならば、そういうときは、そういう思考を飛び越えちゃっているから、そういう結果に至るのだ。とわたしは言いたい。人の世の常識というものをすこんと飛び越えてしまっているんだ。瞬間的に。あるいは自死に至る前のいく度も。◆「明るいというよりも、おだやかな人だった」と、ある人がパクさんについて語っているのが印象的だった。

今週の月曜から、海岸の清掃のアルバイトをしております。初給料が出たので、お花とロールケーキを買って帰宅。

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7月8日(木)

こうちゃんはこの一週間、『14歳の挑戦』のため、老人ホームに行っているという。「ボク、はじめて(人の)着替えを手伝った」そうだ。この『14歳の挑戦』というのは10年ほど前から始まった、今では富山県下の中学2年生が全員参加する、職場体験学習。パン屋、保育所、文化施設、牧場、消防署、郵便局、ガソリンスタンド、えとせとらえとせとら、職場は色々で、生徒の希望もある程度出せるらしい。この体験を終えたあとのこうちゃんから話を聞くのが楽しみだ。

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7月7日(水)

この世は条件付きの夢を見ているようなもの。
条件とはもちろん自分でつくり出したものであり。

なあんてことを、七夕のほとんど雲の空、わずかな星をみて思った。

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7月6日(火)

*先週思ったことのメモ*

故郷を「好きになれない」その事実を、ただ自分のなかで認めていればいいい。「キライなんだ、キライなんだ」「あ~、イヤだ」、そんな感情の鬼ごっこを止めるだけで、変わるものがあるかもしれない。わたしが故郷を好きだと思ったことは、生れてからただの一度もないことを、故郷の誰一人も知らなくても。

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7月5日(月)

ぎりぎりのところで欲が出て、「死にとうない」という気持ちがでてくるのも、御仏のご意思。たとえ憎い相手から出てくるものも、御仏のご意思と思えば・・・。泥棒だって、そう。御仏のご意思があってこそ。(今は)自分がたまたま「泥棒するご縁をもらっていないだけ」のことなんですよ。うーむ、テレビの向こうの人はそんなようなお話をされていた。そしてつまりは煩悩即涅槃であると。

言い方を変えてみれば、それは、過去世からの宿題だの、カルマだの、また、前に拾い読みした本によれば(難病におかされるのも、事故にあうのも、身体に障害をもつのも、また罪人となるのも、誰と知りあい誰と家族になるのも)生まれる前にすでに自ら選んで計画したことなんだという、話なんだろう。ココまではわたしにも理解できる(できそうな気がする)。

だが、わたしには、煩悩即涅槃がわからない。

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