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7月4日(日)

▲Hの学生時代の友人たちが遠方よりお墓参りに来て下さり、ちょうど祖父の月命日でもあったので、みんなで、なんまんだぶつ(←毎月の命日には坊さんがやってきてお経をあげる)。これは「ある程度、Hのいなくなったことを距離をおいてみる」ことが今となってはできるようになったわたしだから言えるのかもしれないが、Hのこの世でつくった縁を、こうやって(お墓参りにいらした方を出迎えて、一緒に食事をしたり、わきあいあいとお喋りしたり)噛みしめる時間があるというのは、残された者にとって幸せなことだなぁ。祖母やT子さんがどう感じているかは知らないが、少なくともわたしには故人の置き土産のような時間だ。もちろんわたしの不在のときにもHの友人知人がいらっしゃる機会はときどきあるわけで、できればそういうひとときが、T子さんたちにとっても恵みの時間であればいいなぁと思う。
▲それにしても、親族の青春時代の写真を見るのは、おもしろい。写真そのものもおもしろいし、「こんな一面があったのか!」と驚き&笑いを誘うキャプションも多々あり・・・ぬいぐるみを抱っこしている(←二十歳前後の叔父!)セルフポートらしきものとか、明治の文豪気取りの(?)添え書きなど・・・本人がこの場にいれば、赤面ものだろう。ところどころにある花や風景写真、そして写真の貼り方ひとつとっても、彼のロマンチックな一面がにじみでて。わたしが生まれるより前の、叔父の青春をのぞき見たような気持ちになった。

7月3日(土)

◎「感じる」ということの周りにある現実を、理性で「あーだ」「こーだ」と言い述べることはできても、いったん「感じる」にとらわれてしまった人間は、それをなかなか上手く折りたたむことができなくて、たいへんな苦しみに襲そわれるときがある。あたまで分かっても、こころが追いつかない、というやつである。薄幸感、恨み、羨み、疎外感などなどなど、人間にとって「とらわれの感情」は何にもまして厄介であるよなあ、と、糸のような雨の降る午後、思った。今現在のわたしは、おのれをがんじがらめに縛るほどに「感じる」こともなく、ほどほど小康(ぼんやりしたうつ感情と、ぼんやりした体の不調でおさまっている)である。
◎山形より、赤い恋人(さくらんぼ)が届く。「今年はいつもの年ほど色がつかなくて、甘さもちょっと…」と、かの地の友は言っていたが、いやいや、わたしの目にはじゅうぶん艶々と熟れた、甘いさくらんぼである。

7月2日(金)

Hの月命日の法事。なんまんだぶつ、なんまんだぶつ。昼ごはん、前日に「うどんか、サンドイッチがいいなあ」とT子さんにリクエストしていたのだが、ふふふ、サンドイッチ、あさりのトマトスープ、マンゴープリン&ヨーグルトをいただく。こういう何気ない日常の時間が「人の幸せ」なんだろう。(Hの亡くなった衝撃は完全に消えないけれど、やがてはそれも「わたしの」日常だ)。おばあちゃんもスープをずずずいっと飲んでいた。アルバイトの通勤に向け、雨具が必要だなあと話していたら、「いっぱいあるからあげるわよ」とT子さん。ポンチョ(紺色ベースのチェック柄。とてもかわいい)と、真新しいクリーム色のカッパ上下を、いっぱい雨具のはいった段ボールのなかから選び貰った。

7月1日(木)

午前中、アルバイトの面接。思ったよりも(?)多くのヒトが応募しているようである。行きは(20年ほど前に買った)市内地図を確認しながら、帰りもすいすい迷子にならず。暑い、暑い。太陽、じりじり。実家の近くまで戻ってから、ジャガイモ掘りをしている母の様子を見、久々にお墓の様子を見(竹がぐぃぃんと伸びていた)、自宅に戻っているお祖母ちゃんの顔を見など、寄り道する。午後、採用の連絡あり。夏のあいだの労働だ。

6月30日(水)

◎久しぶりに自分のブログをあけてみたら、「不眠解消マッサージ」「東大前こころのクリニック」「精神障害かなと思ったら」の広告が冒頭にどーんと載せられていた。ひと月以上更新がないと自動的に広告が載るのは知っていたが、なんだかな、コンピューターが読みとった「ここにふさわしい広告」とは、このような類であったか。ある意味、かしこい。
◎そろそろホタルの季節だわいと思っていたが、昨夜、アパートの部屋をあけていると、すうっと空を舞う白い光が目にはいる。ベランダに出て隣家の庭をみてみると、あちらこちらでホタルが飛び交っている。今年はやや数が少ない気もするが、それは単なるタイミングのもんだいか。例年ならば歩いて数秒の裏の用水路まで行けば、水の流れに沿って無数のホタルが見られるのだけれど、昨夜は出歩く気分になれず。今晩は実家に帰ることになったので、今年のホタルはこれで見納めだろう。
◎ちっとも珍しいことではないのだが、朝になっても眠られず、心のなかで悲鳴をあげ布団の上でのたうち回る(そうやって10時間くらいジタバタし昼をまわってやっと入眠という日も)。ようやく眠りの波にのってからも、暑さのあまりしばしば目が覚めて、また色んな不安を半覚半睡のなか味わい、ううーっ。


6月29日(火)

◎クリニックの待合室にて、考えごとをしながら窓の向こうの空と街路樹をみていたら、ふっと、小鳥の飛び立つイメージが浮かんだ。診察室では、わたしとしては少々長めのお喋り。「薬をあれこれ処方しても、10人に1人は効きにくい(効かない)患者がいる」という話を、事前にちょこっと考えたイジワルな質問の答えとしてではなく、自然な話の流れとして聞く。(世の中「お薬は効く」と唱える人が多いため、この率は意外であった。効きにくい(効かない)は100人に1人くらいかとわたしは思っていた)。経済的なこともあり、予定どおり、抗うつ薬はもらわず。
◎まっすぐ帰るのがもったいなくて、ぶらぶら寄り道をしながら家路につく。途中、ホームセンターの入り口に並んでいた「おじぎそう」で遊んでいたら、(ちょっと触ると、しゅ~ぅっと葉っぱを閉じてしまう。おもしろさの余り、鉢を次から次へと触り、あたり一面のおじぎそうの鉢をしゅ~ぅっ状態にしてしまった)、別れがたくなってしまい、ひと鉢だけ購入。

6月28日(月)

◎はじめてハローワークへ行った。地図を見ながら、迷子にならず、よかった、よかった。インターネットで見つけた求人に、「紹介状」の交付が必要とあり、それをもらいに行ったのだ。(ハローワークに地域限定性はないのですね、全国どこの仕事でもあっせんしてもらえるのですね)。にわかな求職活動である。どうなることやら。
◎お金がないのは(よほどの強靭な精神をもたぬかぎり)人の気持ちを不安定にし、ときに人格をもねじまねかねないオソロシサがある。ということを、今ではだいたいわかる。「愛があれば貧乏でも」節は、凡人には通用し難い。なお、毎月ぎりぎり食べていけるだけの収入の目安がある、とか、数年分の生活費の貯蓄がある、そういうのは、ここでいう「お金がない」の類ではない。
◎わたし自身、意識しているよりもずっと、「お金がない」の恐怖にひたひた蝕まれているような気もする。

6月27日(日)

家賃を払いにいったら、「今、なにやってんの?」というようなことを、根ほり葉ほり(←そんなつもりは相手にはないのだろうが、わたしにはそう聞こえる)不動産屋のおじさんに尋ねられ、とてもとても気持が委縮した。こういうときの常で、顔も態度も明るく応じるクセがわたしにはついているが、実はとてつもないプレッシャーを感じ、その場を離れたあとも「ものすごく責め立てられたような」「世の中から非難されているような」思いが離れず、まったく居場所のない精神状態になる。「しかし、今、自分よ、くじけるな」。ぐるりと自転車こいで、さまようヒトになる。まるで熱風が町じゅうに吹き出したような暑さである。えんえん市内を走った帰り道、ゆるやかなカーブを描く用水路沿い、背丈の低い色とりどりのアジサイを横目で見ていたら、気持が少しなぐさめられた。

6月26日(土)

電気を消した部屋で寝っ転がりながらラジオドラマを聞いていたら、久しぶりに「幸せ」と思える瞬間を思い出した。わたしはただ静かに、わたしのなかのわたしを労わりながら暮らしていきたいだけなのに、それがなかなかどうしてムズカシイ。ところで、この晩、ベランダの手に届かないところに落ちてしまった、お香。その後、うっすらうっすらと、焚いてもいないのに、たいそうか弱い香りが梅雨の空気に混じりふうっと部屋に迷い込む日が続いた。

6月25日(金)

ギリギリアウトで成分献血が間に合わず、400mlとってもらう。毎回反省するのだが、献血前後の飲みもの、お菓子のおかげで、献血ルームを出るときには「ああ、お腹がいっぱい」。本日も、カルピス、コーンスープ、烏賊せんべい、カステラをもらってしまい、その後に予定していた喫茶店を中止にせざるをえず。ところで、血圧。上は100ちょっと、下は50いくつ。平常に戻っていた。喫茶店の代わりの時間つぶしに、柿の木畠の本屋に行く。『安閑園の食卓 私の台南物語』(辛永清さん著)、エッセイを数年ぶりに買う。

6月24日(木)

スーパーで『金麦』6缶パックが安売りされており、お酒のまとめ買いはしないようにしている(あるとあるだけ飲んでしまうから)のに、うっかり購入。案の定、「1本だけ」のつもりが、2本、3本と進み、しかし、なけなしの理性を働かせ、なんとか5本目でストップ。(翌日、開缶されていない1本が残されているのを見て、感激であった)。急な一人酒宴のため、つぶ貝の醤油煮、紫玉ねぎのマリネ、アボガドのワサビ醤油、プロセスチーズと、ありあわせのつまみで済ます。アボガドはまだ若過ぎたので、「レンジでチンしたら、どうだ?」と実験したら、これが、まずかった…。若いまま、かたいまま食したほうが、ましである。

6月23日(水)

精神科医なんて、と私は思った。駅へつづく並木道は緑が濡れたように美しく、心地いい風がふいている。精神科医なんて、所詮あんなものなのだ。あの医者が悪いわけじゃない。誰にもどうしようもないということなのだ。私は改札口で切符を買った。第一、精神というものは一体どこにあるのだろう。自分でもみたことがないのだから、医者だって治療の仕様がないのだろう。 ← 江國香織さんの『きらきらひかる』(82頁~83頁)より

小説を読み返すことをめったにしないわたしであるが、なぜか、この夜は、かつて読了した小説をぱらぱらと拾い読み。ホモの夫と、夫の恋人、そして主人公の女性の、とてもきれいなものを見たような、胸の中でぎゅうっと小説世界を抱きしめたくなるストーリーだと感慨あらたに。

6月22日(火)

ダライ・ラマ14世さまの講演を聞きに行く。申し込んだとき、すでにホールは満席で、やっと確保したモニター席。それでも十分であった。通訳の人がしゃべっている合間など、くっくっくっと、なにやら「こらえ切れません」の面持ちでひとり笑いしているお姿などが、とても愛らしく、印象的であった。講演のテーマは『般若心経の解説』であったが、その内容に負けないくらい、ダライ・マラ14世さまの存在自体が、会場をなごませ、癒していたように思う。

6月21日(月)

●おばあちゃん、昨日、ひとりでいるときに「すてんっ、と転んでしまった」そうだ。ちょうど夕飯をとりに廊下に出ようとしたときで、「ヒトに見られたら恥ずかしい」の思いがまっさきに浮かび、誰の手も借りずにちゃんと起き上がったそう。日頃は弱気なそぶりもある彼女であるが、「やれば、できる」のだ、まだまだ、と、自分で実感したことだろう。それにしても、この年になれば、いやもっと若くても、「転んで、骨折」が珍しくないなか、おばあちゃんは無傷どころか、どっこも痛みはないらしい。本人や周りが思っているよりもずっと、元気な体らしい。
●うーん。うーん。ローカル列車に乗ること自体が近頃のわたしには大きな仕事である。やっとやっと腰をあげ、最終列車を乗り継ぎ金沢へ。タクシー代を浮かすため、重い荷物をかかえ、とぼとぼと夜道を歩く。25時をまわり、アパート到着。ラジヲをつけると、澤地久枝さんの語りが。よく冷えた白ワインをお供に、数週間ぶりの金沢の夜を味わう。

5月25日(火)

『台湾人生』(酒井充子・著)を読み終える。ざらざらとしたなつかしさに気持ちが焼かれそうになった。昭和40年代生まれのわたしが、台湾のおじいさん、おばあさんにここまで感情をひっぱられるとはどういうことか。台湾を日本が去って65年。それからもずっと心に「日本」を抱いている、最後の日本語世代。彼らは「日本時代」に思いをはせていても、わたし自身は決して「日本時代」そのものに心をおいているのでははない。わたしは、「日本時代」からこんにちに至るまで、さまざまな環境、さまざまな感情に身を置きながらも、あふれるほどの心で「日本」「日本人」を思って生きてきた、彼らの存在に、惹かれるのだ。あの時代を生きた人間というフィルターを通してはじめて、わたしのなかの「日本時代」は存在する。そしてわたし自身もさぐりきれない、どこか深い深い場所が揺さぶられるのだ。本書のなかの、おじいさん、おばあさん、ひとりひとりが、わたしも台湾で出会った、おじいさん、おばあさんに重なる。たとえ、内に日本に対する恨みはあったとしても(統治時代の差別、その後の見捨てられた歴史)、決してそれを「日本を思う」心と相殺させることのない、一途過ぎるほどの彼ら。本のなかの出会いであっても、またそういう人たちと出会えたことに、わたしは少々胸が高なった。(正直、今になりこのような本が出版されたことに驚いた。そしてとても貴重に思った。日本語世代の語りは、ローソクのさいごの灯火が燃えているようなものである。彼らの無念さを伝えるという役目も担っているとは思うが、それよりなにより、こんなにも日本を大切に思ってくれる、台湾のおじいさん、おばさんのパワフルで、前向きな気持ち、彼らの歩んできた道のりを、そして日本と台湾の歴史のかけらを、若い日本人に知ってもらう、絶好の本である。著者の監督された映画『台湾人生』も、機会があれば観てみたい)。
背伸びせず、ゆるゆると日常生活などをつづります

はえともみ

Author:はえともみ
 
万の風になって、生きる。

ちちんぷいぷい~。
(HSPの自覚あり)
「うつと仲良く! ひきこもりだっていいじゃない」と
開き直って生きてたら
元気になってきました。

→ 近年は、老母の観察メモの
(&それに伴う自身の変化など)
色合いが濃くなっております。
・・・ま、長い人生の一コマですな。

徒然な日々も、留まることはない。
すべてがいとおしい。だから書く?

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