ともみ@ピクニック

2月7日

連日、「しきたり」に追い立てられるように過ごしていたが、そのため<感情>とは距離を持ちえていたのだと思う。

ようやく波押すような来客は減り、新しい時間がH家で始まった。
今日は親しい身内ばかり集まる。

                     *

従兄のKちゃんがT子さんに渡したという手紙を読ませてもらった。A4の紙に3~4枚ほど「僕とHあきおじさん」の思い出をつづったもの。幼少期から最近に至るまでの、情景の浮かぶものもあれば、へえぇと初めて知るエピソードも多くあった。

「海に行った時、おじさんはスイカを海水につけて食べていました。どうしてそんなことするの?と尋ねたら、こうすると西瓜が甘くなるんだよと教えてくれました。僕も真似しましたが甘くなったのかどうかわかりませんでした。あとで母にこのことを話したら、海にはバイ菌がうようよしているし、おしっこをする人もいるのよと教えられ、僕はお腹が痛くならないかと、とても心配しました」という話など、過ぎ去った日常のひだが丁寧に書かれ、わたしも繰り返し想像のなかで「僕とHあきおじさん」のエピソードに寄り添いたくなるほどであった。(ちなみに従兄のKちゃんは今年45歳になる)。

Hあきさんは、3人娘の続いたあとに生まれた長男かつ末っ子で、わたしたち姪甥が幼少のころには「お兄さん」のような存在であった。あきらかに母や叔母とは違う空気をもっており、ある意味、理想的な年長者であり、その影響はわたしたち姪や甥が大人になった今まで続いていたと思う。

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2月6日

わたしは死の正体を、生きているうちにもいくぶんかは知り得るんじゃないかの心持ちで、五日前までいたけれど、わたしは「死」のことを本当はなにも分かっていなかった。書物からの知識や、わたしの想像などは、実に無力だ。

庭では、くるみちゃんとともくん(どちらも叔父にとっての「姪の子供」)が雪とたわむれている。愛知県に暮らす彼らは「こんなにたくさんの雪、見たことない!」と興奮ぎみだ。さっきは「かまくら作りた~い」と言っていたが、かしこまった服を着た彼らに、大人は「汗かくからダメ」と止めたので、「なら、裸で遊べばいい。汗かいても、雪に埋もれても、下着も服も濡れないよ」と、わたしはからかった。「え~☆!!」と体をよじっていた彼らだが、結局は部屋のなかでおとなしくしていることができず、庭に飛び出した。もちろん、服は着たままで。

生死を正面から考えるなんて、愚かなことなのかもしれない。

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2月5日

お骨になって、叔父は自宅に戻った。

この現実のなかに身をおいているのに、いまだわたしは叔父が逝ってしまったことを
不思議な思いでとらえるしかない。

嘘じゃないの? と。

「死ぬことに失敗する人はいない」という。これは誰もが通る途であり
今、目の前にいる人々も、時期が来れば逝ってしまう。
もちろん、わたしも例外なく。

これだけ死というものは確実なのに、

わたしにとって、叔父の不在は、まぼろしの現実なのだ。

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2月4日

こんなに雪の降る年は、近年ではめずらしい。本日もいっそう白いものが積もる。もう目をあけることのないHあきが、お棺のなかに横たわり、自宅をでてゆく。「この春からは勤めを完全に辞めて、半世紀ぶりに田舎で暮らす」ばかりとなっていたHあきが、白い景色のなか無言で運ばれていく。

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2月3日

雪の積もる一日。なにが起こったのか、みな、知っているはずなのに、誰もそれを実感できていない。Hあきが、いなくなったなんて。なぜ、どうして。あまりに早過ぎやしないか。今、これを書いていても(3月27日未明)、ふわふわと夢のなかの出来事のようである。この日は、内輪夜伽の日であった。

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2月2日

T子さんから電話があった。「Hあきさんが入院しました。一応、お知らせします」。声の調子は低かったけれど、まったくもって普段からT子さんは落ち着いた調子で話す人なので、わたしはただただ言葉通り受け取り、「わかりました」と一言返事して電話を切った。・・・100パーセント、この時、わたしは、「今日は(2週間ごとの)検診日だもん。数値がかんばしくないから、入院しなさい、と医師から言われたのだろう」としか思わなかった。・・・でも、Hが入院したからには、のんびり金沢にはいられない。どうせ今日中に帰省するなら、早めにしよう。と、荷物を数分でまとめ、すぐにアパートを出た。・・・バスはすぐに来て、タイミングよく金沢駅へ。鈍行列車のない時間帯なので、普段は乗らない特急電車にのることに。T駅からはタクシーを利用。病室どこかはわからないけれど、とりあえず、フロアーはここだよね~。病室はこっち方面だろうな~と歩いていたら、親戚の姿を発見。Tのおじちゃんは廊下で電話をかけており、個室の入り口にはSちゃんたちの姿が。「あっ、ここだ」と入っていくと、「ちょっこ、おそかったー」と、Sちゃん。え、えええっ、何言ってんの?。はぁ? はぁ? けれど、わたしは半呼吸もおかないうちに、Hがもう返事をしない存在になったことを、知らざるを得なかった。

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2月1日

現代人は、体をゆるませることが下手だという。それは身体的なことを意味するだけでなく、精神面での不健康化にもつながる話らしい。心のかたさが体に行くのか、体のかたさが心に行くのか。その両方か。わたしにわかるのは、心も体も「かたくするのは簡単。でも、ゆるませるのは難しい」ということだ。▲「体がかたい」という傾向は、今どきの生まれたての赤ちゃんにもあるのだと、深夜のラジオが伝えていた。赤ちゃんの心の面はどうか?といえば、これもやはり「かたい」そうだ。感情の表わし方が弱く、喜ぶときにすら、昔の赤ちゃんに比べ表情に欠けるのだという。▲そういえば、今朝読んでいた米原万里さんのエッセイには、「最近は犬を散歩させていても、すれ違う犬に無表情なのが多い。犬が犬を無視するのである」という話があったなあ。人間だけでなく、犬までも「心のかたい」時代なのか。

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1月31日

しがみつき。時間に対しても、人との関係に対しても、モノに対しても、環境に対しても、しがみつきというのはよろしくない。過去を大切にするのはいいけれど、そこにしがみついてはいけない。人を大切にするのはいいけれど、その関係にしがみつくのはまずい。と、思うのです。常に今を生きていれば、なにものにもしがみつかず生きていけるのではないだろうか。
(2010年冬の理想論)

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1月30日

ガスの開栓をした。今まで自分のなかで色んな言い訳をしていたけれど、あーこれで、いくつもの不自由が解消した。嬉しい。(そもそも言い訳なんて本質を突いていることはめったになく、自分で自分を縛る言い訳に苦しめられるのがオチだ!)。ところで、ガス屋さんが来ていたときに外からお経を読む声が聞こえてきたが、あれは托鉢なのだろう、D寺の寒修行が始まっているのか。

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1月29日

お風呂に行った。今回は一週間ぶりの入浴じゃない。5日ぶりである。清潔度が高まったわけじゃない。体が芯から冷え冷えで、温まりたかったのだ。▲アパートから歩いて1~2分のところにも昔ながらの銭湯があるのだけれど、お湯がわたしには熱すぎるというのと、長居をする雰囲気ではない ~さっと体を洗って、さっと湯につかり、さっと暇する。無言のしきたりを感じる~ という理由から、今のわたしにはあまり足が向かないのだ。昨秋から何度となく行っているのは、いわゆるスーパー銭湯というやつである。▲これが温泉水ならいいのになぁと思う。(普通の銭湯も同様だが、お湯が薬品臭いのである)。音があり過ぎだよなぁとも思う。(露天にもサウナにも休憩所にもテレビがあり、うるさい)。スーパー銭湯は身にも心にも「たいへん、よろし」というわけでは全くないけれど、長居できる点だけは、魅力なのである。

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1月28日

先日、19時半のNHK総合で『「助けて」と言えない30代』(というような)タイトルの番組をみた。これは同番組枠で昨年放送されたものの第二弾らしい。よほど第一弾が評判になったのだ。(わたしは昨年放送時も偶然みていた)。「助けて」と言えないのはよくわかる。年齢こそ30代を卒業しているけれど、わたしも「自立」という概念を誰に言われたわけでなく社会のムードとともに思春期に受け取った一人だし、人との関係は芯の繋がり以前のところで過剰に意識してしまう、コマ合わせのような使い捨ての労働もいっぱいしたし、「がんばれない」のは自分が悪いという発想が自然と身についている、子どもの頃からのすりこみ価値観(≒まわりの期待)から大きくかけはなれてしまった今の自分を病的にもてあましている、などなどなど。そして、どんなに親しい相手であっても他者にめいわくをかけてしまうくらいなら、自分一人で問題を抱え込めばいい。そんな安易な考えに、ついはまってしまうのだ。

話は飛ぶようだが――。過日のミスドで「変な女」をみた。(東京では一歩外へ出れば「変な人」に合うのがお約束であったが、田舎ではさほど「変な人」をみかけない。久々の「変な人」遭遇であった)。がらんとした3階の店内で、わたしの隣に迷うことなく座ったその女性。わたしの席と彼女の席はあまりに至近距離で、わたしは心のなかで「ちっ」と舌打ちしたが、その後展開された出来事は「ちっ」どころじゃなかった。▼1階で買ったコーヒーとドーナツをテーブルに置いたその女性は、鞄から白い紙コップを取り出し、店内の手洗い場にそのコップを洗いにいったあと、これまた鞄から取り出した固形スープの素をいれ、持参の水筒からお湯を注ぎ、ミスドのスプーンでまぜまぜ。そしてまたまた鞄から手づくりらしいお握りを取り出し、食事をはじめた。ここまでは、「ま、いろんな事情があろう。この大雪では、屋外で食べるわけにいかんもんね。会社の昼休みを抜け出してきたのかな。(ちょっと派手だけれど、OLかな。30代半ば?)。お弁当を食べる場所に困っていたのかも」と、たいした非難をせずに、わたしはとらえていた。しかし、しかし、彼女のあまりに堂々とした、くつろぎムードに、次第にわたしはイライラ。(最初は遠慮がちに様子を窺っていたわたしだが、それを止め)あからさまに「じぃ」と睨んでも、彼女はまったく動じない。それどころか、お握りを食べ終わった彼女は、持参のおやつをこれまた堂々と広げているではないか! わたしは鞄のなかにミニチョコをしのばせている己の行いを忘れ、不愉快になってきた。(直接の害を被っているわけでないのにこんな気持ちになるなんて、わたしがおかしいの?)。▼ちなみに彼女は、店員がたまにフロアーに姿を現すと、持参の品々をすっと隠していたのだよ。(そんなのを盗みみているわたしも卑しいが!)。そういう点は抜かりないのに、配慮があってしかりの隣席のわたしのことは、まったの無視。「隣を向いて大きくはーっと息をすれば、その息がかかる」くらいに近いのにだよ。(彼女があの席を選んだのは、時々巡回にくる店員の一番の死角だと彼女が判断したからなのだろう)。彼女にとって、わたしは空気も同然、いや、空気以下だったのかもしれない。▼あとになり気付いたのだが、わたしが不愉快だったのは彼女の非常識な行動(持ち込み禁止のファーストフードの店で、持参の昼食をとる)に違いないけれど、もうひとつ、いや何よりも、「隣の客を、空気以下としている彼女の内面」が不愉快であったのだ。

こじつけの連想ゲームのような話・・・。「助けて」と言えない若い世代は、他者との心的壁が厚い分、ななしのごんべいでいられる場面では「まわりを空気以下」として扱ってしまう面が濃いのではないか? (知人友人の前では配慮ある振舞いが容易にできても、いったん見知らぬ他人のなかにいると思うと、気が緩むというか、素があらわれやすい。あの彼女だって、隣の席に知り合いが座っていたら、あんな非常識なことはしなかっただろう)。先のテレビを見終わったあと、ふと「ミスドの女」を思い出し、そんなことを考えた。それは、「ミスドの女」が、いつかの、そして今もときどき現れるわたし自身でもあるからだ。(念のための注:わたしがファーストフード店で持参の弁当を食べるという意味ではない。あしからず)。

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1月27日

夜更かしの晩、電子レンジで温めた肉まんを食べた。あ、甘いっ。これ「餡まん」ではないのに。皮がとても甘いのだ。スーパーマーケットで購入した「3つ入って一梱包」になっている肉まんを、家で温めて食べるときは、これまでいつも「酢醤油」をつけて食べていたのだけれど、「あれは甘さをごまかすためでもあったのだな」と今さらながらのわたし流を思い出す。▼ときどきテレビの料理番組を見ていると「おっそろしい量の砂糖が投入」される場面に出くわすが、国民的スローガンのごとく「成人病に気をつけましょう」といわれる現代ニッポンにおいても、ヘルシー料理とでも謳わない限り、砂糖は無法地帯を歩き続けるのか。▼アパートの食事ではしばしばスーパーの総菜コーナーにもお世話になっている、わたし。しかし、そういう総菜には、本来甘くあってほしくない類のもの…揚げ物とかサラダとか…にまで舌にまとわり残る甘さがあることも。正直いって、気持ちわるい。「甘いものはおいしい」という甘味神話が、不気味な甘みを野放しにしているのだろう。


*日記メモ* 今月24日か25日ころ、金沢へ戻っている。

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