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9月14日

夕べ「あした戻ってきてね」の連絡を受けた。

日の傾き始めた電車の窓に、黄金色の稲、桃色の秋桜が映る。

ふうぅぅ。

夕方、山荘に到着。

元気そうな面々。

お夕飯を頂きながら、留守中の山の出来事いろいろに耳を傾ける。

一日3回一緒におまんま食べて、おやつも毎日顔を合わせて食べる。お風呂だって共同だ。同じ事に笑い、同じ事に驚く。ここだけで通じるオリジナル単語の数々。夜はひとつ所で消灯までを過ごす。いとおしい…とまではとてもいかないけれど、ここの面々に、いくらかの親しみも生まれてはいる。

わたしは休みの間じゅう、ネガティブな渦にいたというのに、皆、暖かく迎えてくれる。

あとひと月、初心にかえってがんばろう。

山に戻る道中に思ったこと

この十日ほどの休みの間、セイシン酸欠のまま「なにか」を考えようとしていたような。

「なにか」とはたぶん感情をかみしめることもままならなかった日々を補うための「なにか」で、わたしはそれによって自分を慰めたかったのだ。でもそれは正直、失敗したと思う。「なにか」は触れようとしたとたん、わたしの頭の中からするすると遠ざかり、一度もちゃんと向き合うことができなかったのではないか。

(超自分にひたっている日記だなあ~)。

右を見ても左を見ても変なヒト…自分の心の調子によって遠慮なく他人にあたるおヒトたち。

しかし、しかし。

それはだれも、他人(相手)を傷つけようとか苦しめようとのぞんでの言動ではあるまい。

と考えると、「おかしな言動」を恨みこそすれ、その行為者に無類のストレスを感じる必要はないのではないか。

(一歩下がって、いや下がらずとも、わたしだって自分の機嫌によって相手に対する態度が変わることはある。)

ともかく今はストレスを追いかけたって、自分の慰めにはならず、ますます日々を息苦しくするだけ~のゾーンにいると思う。

この十日ほどの「自分をラクにしてあげなきゃ」という焦りのようなものは、行動面においても心理面においても、逆に自分を卑しめる。

ネガティブな思考回路の彷徨は、一見、蜜であり、結局のところ、ココロを蝕むのだろう。

(甘味は危険!)

書けば書くほど、空回りするような~。

ところで、

●を「嫌悪」
○を「普通や好意」
として


ある他者に対して
●●○○○
だった意識が

積もり積もった出来事や、何か強烈な出来事をきっかけに

●●●●●
という意識に転がることがあるだろう。

わたしの場合も、きっと、ひと夏の間に、そういうことがあのヒトともこのヒトともそのヒトともetcあって、自分の精神&肉体の余裕ないなか、おまけにわたしはたぶんどんな状況でもプライドを捨てられないタイプの人間で、そのことも後押し、!!!!!!!!!!!となったのだろう。

一度●●●●●と見えてしまったそれは、なかなかお面がはずれないけれど、冷静に考えれば、実態●●○○○のままなのかもね。わたしの意識のなかだけで●が増えただけで。

そもそも「こんなことを思っていること」自体…いや思うのは仕方ないとして…ブログにその断片を綴っていること自体が、わたしの周りへの裏切りではないのか。と、ちょっと反省も。

何年か前に、とても傷ついたと一方的に感じてしまう一連のことがあり、その相手に計り知れないストレスを覚えた。深いストレス。そして粘着のストレス。

(今にして思うと、脳の中までおかしくなっていたのだろう)。

自分をコントロールできないまでに追い詰めた、あの年月を思うと、今でも苦しくなる。

わたしはもう如何なる関係の相手であろうと、自分を見失うほどのストレスを抱えたくない。


初心に戻ろう。

山で働こうと思った頃に。

タイトルなし

夕べは慌てて数日分の日記を書いた。

ほんと、自分ひたり日記だ。

ねちねちした自分の弱点を露出しすぎ。

さっぱり上手のヒトなら「腹立った~×百万回~」と叫び、こんな日記を書かんわよなぁ。と思う。

読んで下さっている方、この「ねちねち」にうんざりでしょう。精神潔癖系の方なら、嫌悪感を感じるかもしれません。

心配くださる方も、もしかしたらいるかもしれません。

「ときに遠回りのこともあるだろうけど、わたしがブログに何かを書いている限り、それはわたしにとって元気になるための一歩なのだと、思って下さい」。

9月13日

●朝早く、「今日は待機で。最悪、火曜までかも」という電話を山荘のヒトからもらい、浮かれまくる。(というのは半分嘘で、浮かれまくる気力もなく、そのまま再び睡眠に突入)。
●お昼よりもうんと前には起き、先週は迷って行かなかったD寺へ、今日は迷った末、行く。久しぶりの日曜参禅。どうも、しっくりこない。無理な感がある。基本的な姿勢すら、歪んでいる気がする。頭のなかは山でのことを色々追いかけまくっている。調身、調息、調心、まったくならず。???とはいえ、行かなかったほうが良かったか?とはならず、あの参道を歩いているだけで、心落ち着くところはあった。
●いい季節だなと、思う。(例年この時期にそんなこと思ったことないのでは?)。日差しはほどよい暑さをもって、空気はからっとして。秋の雲は見ていて飽きないし。黒い渦は我の心にある(と思っている)だけで、世界はきらきらと輝いている。

9月12日

●ここ数日の日記から、「いかに、わたしが弱っているか」があらわであろう。「弱っている」のは、書いた内容そのもののことではなく、(←他人が読めば、単なる変形ナルシストの日記に過ぎん)、手のつけられないほどに「自分憐み病」におちいっている(だるいといいながらも綴る)奇怪な情熱からわかるだろう。ほんと、ストレスの公言もほどほどなら、ストレスの解消になろうが、それが過ぎると、自分の首をしめるヨ。(愚痴っていれば、そんな自分に腹が立ち、かといって、まったく愚痴らずにもいられないという、だらしなさ)。
●午後、山荘のヒトから電話があった。「停電で、あす戻ってくるという予定、いったん棚上げにして欲しい」というもの。うれしい電話である。登校拒否児のように山に戻る日が憂鬱だった身には、朗報。(しかしな、停電直ったよ。あすじゅうに来てね。ということになる可能性もあるのだから、まだ、浮かれぬように・・・)。
●それにしても、だるい。ここ数日、うつ病の波をかぶっているのではないか?と思わぬでもない日々である。せめて日記を書かねば・・・と、PCの前に座ってみるが、なんども座ってみるが、だるくてすぐに横になってしまう。夜更かしも楽しくない、日記を書く気もおきん、お酒もおいしくない(けど毎日飲んでいる)なんてー。

9月11日

「歯医者の予約がある」と母にウソをつき、昼、金沢に戻る。ほんとうは診療内科の予約だ。■医師は(わたしが診察の会話すら億劫そうなそぶりだったのを)申し訳なさそうに、形式どおりの質問をして、(でもわたしが早く帰りたがっているのを見てとって下さり・・・「薬だけ下さい」な患者は少なからずいるだろう)、短く診察を終わってくれた。これでひと月分の睡眠薬をもらう。■福井県のG寺さんが送ってくださった、I禅師の文章のなかに、「ストレス一歩手前の心地よい緊張状態」の効能という話があった。うーん。たしかに。わたしがこんなにだるいのは、気持ちが緩んでいるから、という理由もあろう。I禅師の別の文章には「非思量」について書かれていた。わたしもそこそこ調子のいいときは「うんうん」と納得したつもりで頭に入れている、このとらえ方。今は・・・。ホントはこういうときこそ、なのだろうけれど。■この休暇がはじまって数日は、「この仕事が終わったら、どうしようかな」「海外旅行・・・積極的な気分じゃないな」「四国お遍路? うーん、違う」「山を歩きたいけれど、これからの季節はどうなのよ」、未来をきめる面倒さに、自由という魅力はたじろぎ、ひと月十数万円の労働賃を手にしてもやがて消えるのだという不安もやってくる。「今わたしに残されている一番大切な仕事は、母と祖母との時間をもつこと」への疑いはないが、それを想うと、気が重くなることもある。■山にいるときのブログにはいくつも体の不調を綴っていたが、便秘はね、即、解消しました。(下山後、一日に2~3回の便通が!)。一週間前まではビー玉入ってるの?な歯槽膿漏の腫れが、今ではパチンコ玉の大きさに。薬(睡眠薬)も飲まず、眠っています。■しかし、調子が悪い。これは、急に「自分を甘やかせ」過ぎている、という一因もあるのでは。なんだかんだいって、山での生活にはいいこともある。早寝早起きの、規則正しい生活。肉体の労働は、心身によい。(過度であると問題だが)。■5月頃に買って、そのままにしていた本を、先日からぱらぱらと拾い読みしていた。野口さんという僧侶の、坐禅断食のすすめの本なのだが、わたしは納得だ。人間、食べすぎて不健康になっていることが多すぎるのではないか。「朝昼晩せっせと栄養取らねば」というのは現代的な精神の病なのではないか。人間はいわれているよりもずっとずっと小エネルギーの摂取でやっていけるのではないか。■わたしはストレス喰い・ストレス飲みしたくなる、だらしない人間であるが、こういう喰い飲みが、ますます体を不調にさせている実感がある。■『樹木たちはこう語る』という本を、先週図書館で借りたが、とてもとても、読めない。(←へんな日本語)。人類にとってとても大事なことが書かれている予感はあるが、今の自分は心が醜すぎて、そこに触れられないのだ。■親の家では、庭草がこれまでに見たことないほど伸びていた。庭木もおよよなほど伸び放題。わたしはただそれを見ただけで帰ってきてしまった。■親の家を発つ前、「(わずか数泊しただけというのに)一緒にいてくれて、ありがとう。たのしかったわ」と、母は手をあわせんばかりの様子で言った。そばにヒトがいてくれる~というだけで、母には何物にも代えがたいようだ。母のさみしさを知りながら、わたしはいつも、知らんぷりしている。

どうしちゃったんだろうというくらい、下山後、体がだるい。ひとつは、約2月分の肉体的な疲労の蓄積が考えられるが、もうそろそろ緩和してもいいでしょう? なのに、ますますだるくなる一方。軽いウツに踏み込みそう。いや、すでに踏みこんでいるのかも。山を下りた翌日はまだ気力があったけれど、翌々日からはほとんど「這う」ような心持ちだ。(寝込むのはもったいないと滴のような思いをふりしぼりアガくように外出したり、また最低限のシャバの付き合いを守らねばとからかろうじて行動)。

これまで山にいるあいだ、封じ込めるようにしていたストレスが、今週になり、扉を開いたつもりはないのに、じわじわとにじみ出ているような気もする。考えたらやっていけないと、本能的に目をつむっていた数々の記憶が、わたしの中にへどろのようにまとわりついているのか。

山にいるあいだ、いくつもの気持ちの揺れがあったと思う。最初のうちは「なにがなんだかわからない」けれど(以下すべて人間関係の話)、わからないからこそ「前向き」に心を立てていた。だが、やがて、これは自分ではどうにもならない前代未聞の状況だぞと気づくに至り、「いやだいやだと考えても仕方ないし、もう、こういう状況になったら、これを自分のなかで<成長>の機会だととらえるしかない。と、強く意識にのぼらせたわけではなかったが、心の底ではそういうことだったんだろう。しかし、我慢ならんことを、我慢し過ぎたのだろうか? 先月下旬からは、「いくら流そうとしても、ストレスという形で積もる一方」の有り様に、ほとほと嫌気がさして、「これも人生勉強のひとつだ」と前向き思考するには無理があるのでは。自分がボロボロになるだけのストレスなんて・・・やっぱり無しがいいんじゃない? ほら、敬愛する作家のおヒトだって、「おかしな人とはかかわらないほうがいい。そんなところにエネルギーを使わなくていい」と度々おっしゃっていたではないか。の思いが押し寄せている。そう、はっきりいって、いつプッツンきてもおかしくないほど、ストレスが溜まっているのだ。

肉体的な疲労は、ひと晩ちゃんと寝れば、おおかた消えるものだろう。けれど、右を見ても!! 左を見ても!! という、気持ちの疲労は、わたしの思っている以上に大きいのかも。

これが誰か一人でも、尊敬できる、心を許せる人がおれば、状況は大きく違うのだろうが・・・。

この休みが終われば、また山での仕事に戻る。明るく頑張ることは止め、ただひたすら業務だけをこなし、ヒトとのコミュニケーションというものから遠ざかっていたい心境だ。(なにかひとつの言動が、思いもかけぬ、ずたずた心を切り裂くブーメランとなって返ってくることが、時々あるからな)。なにも言わず、必要なこと以外はなにもせず、ただ日にちが経ってくれることだけを待つ、とっても暗い存在になりたい。

あー、どうしましょう。

以上のように、ひじょうにネガティブな渦のなかにおりまする。

世の中の常識を考えると、誰かが一方的に文句をいっている事々は、公平な立場から見て「そのまんま」なんてことはたいがいありえず、(文句どおりの事実が起こっているとしても、そこまで文句をいわんでもいいだろうという、客観的な視点は成立するだろう)、わたしのストレスがストレスゆえに一人歩きしている面があるかもしれんことを、書き手のわたしはうっすら感じている。

あー、それにしても、どんどんストレスが増幅するような。

過ぎた日々にストレスを抱くとは、これ、いかに。

わたしは昨年来、なにを学んできたのか。

過去や未来に惑わされるのはおろかしいと、禅宗に限らず、あちらこちらの先達たちがおっしゃっているではないか・・・。

▽過去▽「書いて」ストレス発散するタイプのわたしにとって、ストレスの源を具体的な文章にせぬというのは、人間界のマナーというか、そういう発散をして自分まで下品にしたくないという思い、いくぶんもの自分の心を制してのことであった。が、今では、書くことすら苦痛だぜ。というところが大きい。

▽未来▽また山の仕事に戻るのかぁ~想像するだけで、うー。

積もったイライラやストレスをまったく発散できていないのに、今もイライラ、ストレスだらけの同時進行で、「(ストレスを抱えている猛烈な自覚=被害者意識の満載)=こんな愚痴る自分」に、疲れてきた。

9月10日

おとといの夕方、親の家に戻ってすぐに母に聞かれたことは、「10日は、居られるの?」。同じ晩、電話の向こうの姉が母にたずねてきたのは「ともちゃん、10日は居るの?」。はー。わかってます。毎月10日がなんの日かは・・・。■そして迎えた本日。お坊さんのほか、「こちらに伺うの、楽しみなんですぅ」という奥さん、(はいはい、関東から嫁いできた奥さんには、我が家での語らいが日常のリフレッシュになるらしい。また、我が家とお寺さんとのお付き合いは年月浅く、我が一家はな~んも煩いことを言わない、大変付き合いやすい檀家なのだろう)、仏間や座敷や廊下を駆けずり飛び跳ねまわるご子息がやってきて、命日のお経を唱えたあと、にこやかに茶飲み団欒ののち、帰って行かれた。ふーっ。■姉の車で畑へ肥料を運ぶというので、便乗。(毎日、「畑を見に行かない?」と母に誘われるからだ。めちゃめちゃだるいが、ここで一度行っておけば、一応、面目が立つと思い・・・)。昼食後はもう電池切れ~と、二階で横になったら、夕方まで目が覚めなかった。


9月9日

先月、94歳で亡くなられたMさんのお母さんのお焼香に行く。寝たきりになり、やがて口からは何も食べられなくなり、・・・と聞いて久しい。最後の月日はお喋りもできない様態だったらしい。毎日、通って世話をしていたSちゃんには、まったく頭がさがる。実の親でもここまで面倒を見るのはむずかしいだろう。そして大往生とはいえ、これでご両親を見送ったことになった、Mさんの痩せ方が少し気にかかったけれど、今はまだ色んなところに心忙しいときでもあると思う。わたしは遠くから時間が流れゆくのを見守るしかない。

9月8日

親の家の仏間、写真立てのなかでニコニコ笑う、老紳士。「だあれ?」と一瞬思う。忘れているわけじゃない。だけど、「ああ、お父さんだよね」と答えを見つけるまでに、きっと0.0何秒かの間があった。▼肉体をもった父へのリアリティが、どんどんと薄れている。それを後ろめたいとは思わないし、寂しいことだとの明確な自覚もない。▼父の魂のようなものは、父の死を受け入れるに比例して、わたしの精神に宿りはじめたように思う。同時に、「肉体をもった父」は、わたしにとって思い出の存在になりはじめた。▼写真のなかに父の震えるようなリアリィティを求め感じた冬は、今となっては遠い日々だ。

9月7日

「百万石うどん」を食べに行く。海老天と茄子天と唐辛子天はよかった。お出汁も、無難においしい。なのに肝心のうどんが期待はずれ。製麺所のうどんは、なぜに時々、がくっとくるのだろう?◆兼六園の向こう側に足を伸ばし、「みろく温泉」を初体験。いわゆる銭湯なのだけど、お湯がウーロン茶色の温泉。浸かっているうちから、お肌すべすべ。温度が高すぎないのが嬉しい。サウナがあるのも喜ばしいが、水風呂があれば、わたしはもっとファンになるだろう。◆午前中、半月ほど前から止まっていた日記をまとめ書く。夜も、残りの分の日記をほとんど一気に書いて、どんどんアップ。気づいたら夜中の3時を過ぎていた。

9月6日

わたしのなかの引っ越し具体化熱が舞い上がり、物件をひとつ見に行く。場所はD寺に近く、いいじゃないか。家賃はなんと今の3分の2。しかし、しかし、近隣との距離があまりに狭く、すぐに「ここじゃない」の答えを出す。わたしのなかで引っ越の決断はインスピレーションに追うところが大なのだ。そんなこんなの帰り道、犀川のほとりの建物が気になって、一度通り過ぎたそこを自転車でUターン。賃貸の集合住宅・・・? こじんまりとして、ちゃらちゃらした安っぽさのない佇まい。ふっ。(以下妄想?)通俗的な価値観よりも、おのれの人生観に忠実で、住まいを「単に寝る場所」なんて粗末に考えず、暮らしの快適さを求めてる、そんな人々こそを吸い寄せる雰囲気だよぉ。たしかに、ベランダや開いた窓の様子から、住民の好ましい生活感もうかがえたのです。惚れました(*)。今宵はパソコン開き、インターネットで物件探し。これはもう、遊びだなぁー。大人をとりこにする遊び(**)。何時間もパソコン見過ぎて、気持ち悪くなるほど。ぐー。

* 翌日、ここを管理する不動産屋に電話したら、「現在は空き部屋なし」とのこと。  
** こんな面白い不動産屋 http://www.realkanazawaestate.jp/ もある。

9月5日

この数ヶ月、西瓜も素麺も夏野菜も、いっぱい食べたけれど、Tシャツと肌が汗でべとべととまとわりつく感覚や、蒸し暑さに眠りを妨害されるような晩は、一度もなかったなぁ。「夏らしさを体験しなかった」という体験が、この夏一番の体験であるかも。■8月後半から9月にかけて、9月もそうね、季節の移りをしんみり納得する頃まで、毎年、独特の寂しさにからみからまれいたけれど、今年はそんなこともすっかり忘れている。(ということを今、思いだす)。夏を知らなければ、夏とサヨナラする感覚もない。井上陽水の「少年時代」、今年は遠い星だ。■アパートの窓を開ければ、隣家の曲水の流れとともに、昼は蝉、夜は虫の音が届く。

9月4日

朝、G土山に登る。Iの越、M堂(紅葉の盛り間近!)、G獄谷経由で、あわてて山荘に戻る。バスはなんとか間に合った。◆一足早くきのう山を下りたKさんに、T駅に迎えにきていただき、遅めのランチ。お寿司屋さんのカウンターに座るなんて何年ぶりだろう・・・。なんだかずっと昔から知っているような安心感でお喋りしてしまった。同じアルプスで働いていた~という気やすさは、やはり、ある。加えて、Kさんの誠実で人懐っこい雰囲気が、場を和ませたのだろう。◆なお、Kさんとは昔(ご本人の日記によると、来月2日で、出逢ってまる十周年になるらしい!)船の上で知り合い、その後は年に一回程度のお葉書ご挨拶しかしていなかったのだが、先月、まさかの再会。そして本日にいたったのである。これからも、ゆるゆるとお付き合いできれば嬉しゅうございます。◆関西に帰るKさんのバスを見送ったあと、わたしはJRの北陸本線のホームに向かったのだが、大雨のため、ダイヤが乱れているらしい。ラッシュ前とはいえ、ホームには人があふれている。そこで、わたしがとった行動は~。改札の近くまで戻り、立ち食いのうどん屋さんに飛び込む。ふー。お腹はすでに満足状態だったのだけど、「あたたかい素うどん」「下界のうどん」「立ち食い屋さん」というものに、懐かしいふるさとを見たのだった。◆日がどっぷり暮れたあと、金沢駅に到着。本日から一週間余り、お休みである。

9月4日おまけ

浄土山、神仏混合の山岳宗教が息づいていたこの一帯には、なじみやすい名前の山ともいえる。わたしが登ったときは、霧が立ち込め、ごつごつした岩の連続、あたり真白いなか目の前の岩だけを確かめながら頂上に向かう・・・という感じだった。そこはもしかしたら、浄土というよりは地獄がこの先に待っているんじゃない?の想像も浮かぶ場所。ところで、近日中にこの山を、日本仏教の有数な宗派の面々が登る~という情報を耳にしている。ふ~ん。浄土山には日露戦争の戦没者の墓(近年再建された)があるのだけれど、それと関係しているのだろうか。研修登山だったか、法要登山だったか、いやいや両方兼ねた名目だったか。しかしわたしは、その宗派の教えを思うと、いかにもな名前の山を選ぶ下世話な感覚が気になるし(教えの根本にあるものと反するのではないか)、わたしの知らない登山の理由があるとして、それが生の人間のとってつけたような理由だとしたら、現代日本仏教の行き詰まりを見るようだし、・・・とにかく、・・・とにかく、ここには書きにくいこともあるのだけれど、その宗派の公の行動のひとつとしてこの登山が計画されていることに、第三者のわたしは疑問を感じないでもないのである。山はもっと粛々と登るものだと、思う。特に信仰の山ならば、なおさら。
背伸びせず、ゆるゆると日常生活などをつづります

はえともみ

Author:はえともみ
 
万の風になって、生きる。

ちちんぷいぷい~。
(HSPの自覚あり)
「うつと仲良く! ひきこもりだっていいじゃない」と
開き直って生きてたら
元気になってきました。

→ 近年は、老母の観察メモの
(&それに伴う自身の変化など)
色合いが濃くなっております。
・・・ま、長い人生の一コマですな。

徒然な日々も、留まることはない。
すべてがいとおしい。だから書く?

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