ともみ@ピクニック

8月21日

だいぶ打たれ強くなった気のする、わたしである。と、いえど、体は正直。疲労がたまっているのは、重々承知。気力でカバーである。睡眠も十分とはいえないだろうけれど、「最低、倒れる」よりはいく分かの余裕をもった睡眠を(薬の力も借りて)とっているつもりである。自覚がはっきりしているのは、歯茎と大腸。もともと歯槽膿漏の進行していた右下歯茎は、やわらかいものを噛んだだけでも、痛~い。そのときだけじゃなく、あとからも、痛~い。そんなわけで、味覚のよくわからない左側で(そうなのです。わたしはこれまでの40年、右側でばかりモノを噛んでいたようで、左側の舌の感度が低いのであります!)噛んでいるのだが、(慣れないと噛みにくいという理由と、食事時間が短いということもあり、さらにはやはりお腹を満足させたいという卑しさも手伝って、よく噛まず…どころか、おおざっぱに噛んだあと、ごっくん飲み込む方式をとっている)、これがなかなか胃腸に(&喉に)負担をかけるようである。そしてまた、これは山荘暮らしだからではなく、よその家に泊まりに行くとほぼ間違いなくそうなのだが、便秘の症状。慢性の慣れっことはいえ、辛いものは、辛い。がんばって、カボチャやサツマイモを大量に食べたあとは、「出て」くれればいいのだが、たいがいは、そんな上手くコトは運ばず、いわゆる「糞詰まり」(ほほほっ。わたしも、ずいぶん、普段使わぬ言葉をはけるようになりました)状態に。6月頃にも同様の話を書いた記憶があるが、「のどの元から、肛門の入口まで、くっくっくっ、苦しい~。どっさり詰まってる~」。大きな声ではいえないが、あんまり辛いので、お風呂にはいったとき、肛門のなかに人指し指を入れてみると、1センチほどでウンコに接触。「消化ができていない」わけではないのである。小腸さんも自らの仕事をまっとうし、大腸さんもするべき仕事はしてくれているのである。あとは、ただ、わたしの「排便」を掌る、精神的なものなのだろう。うう、うっ。もちろん、夏前からの、そして夏季の疲れを引きづっているのは、わたしだけじゃなく、寒い外にいても「寒さ」を感じず、暖かい室内で「寒いわぁ」といっている、おそらく、疲れが過ぎて自律神経を崩しているおヒトも、まわりにはいる。みんな、ファイトだ~。

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8月20日

ここには、下界と同じように郵便物が届く。雨の日も、暴風の日も、雪の日も、変わることなく、顔に深い皺のある、通称“おっちゃん”がやってくる。背には、郵便物や雨具の入ったカーキ色のリュックサック。紺色のシャツとズボン、帽子姿の、背の低い、80に手の届こうとしている、おっちゃん。彼は何十年この仕事を続けているのだろう。一度、おっちゃんが体を壊したとき、おっちゃんの奥さんがピンチヒッターとして「山の郵便配達」をしたと聞く。(そんなタイトルの中国映画がありましたな)。「おっちゃんの体が動かなくなったら、誰がこの仕事をするんだろう」と、心配の声もある。ところで、本日は初めてわたしあての郵便を受け取った。その手紙によると、山形のMちゃんは夏休みも終わり、(この地方は積雪の関係で冬休みが長く、夏休みが短い)、本日から二学期が始まったらしい。ここの山も、あとひと月ほどで初雪が見られるという。

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8月19日

「ヒト(相手)を許す」ということは自分を認めることなんだ。目には見えないけれど、相手を受け入れることは、つまり自分を救う方法。まわりまわっているようで、実は隣合わせのこと。ただそれを証明するのは、実践しかないんだろうなぁ。ふっと思っただけだけど、でも、それは確かな自信をともなった、巨大な課題だ。

朝陽が山を登っている。そのうち、日の出の時間がもっと早くなるそうだ。それは、太陽がえっちらえっちらと、毎日、山を登っているから。やがて太陽はえっちらえっちらと、山をくだる。

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8月18日

今年は、もくもくの入道雲を見なかったなぁ。いわゆる真夏といわれる頃は、毎日まいにち、雨が降っていた。そして、お盆を過ぎてから、とたんに、天気がいい。こんな晴れた日が続いているのは、5月下旬に山に来てから数えるほどしかない。しかし、空にはうろこ雲が浮かんでいる。吹く風も肌寒い。今年は夏知らずの、梅雨からいっきに秋になったような印象だ。

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8月17日

似たような話は前にも書いたけれど、ここにきて、すぐに思ったのは、「二つの意味で修行だなぁ」ということ。日々労働に従事することで、精神も身体も鍛えられる。もうひとつは、これまでには経験したことのない人間関係を知る。「知る」というのは、これまでどちらかというと「耐える。我慢する。その時間を通過する」的にとらえていたけれど、最近は、思うのさ。それではあまり意味がないよと。よほどのことがない限り、大方、顔はにこにこしているつもりのわたしだが、腹の底から許し合わなきゃ、だめなんだ。面白くないことを言われることもある、道理に叶わぬことを言われることもある、下品な言動に遭遇することもある。そういうときに、腹のなかでは違うことを思い、顔だけ平静をよそおっているようでは、だめなのだ。そりゃ、人間だもの、腹が立つのはしょうがない。ただ、そのとき、腹が立ったらたったで、そういう自分を認め、同時に、自分の尺度でモノゴトを正当化させぬ、相手の存在も、ともかく受け入れる、心の姿勢が必要。柔軟な心ね。難しいなぁぁぁ。

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8月16日

初めて休憩時間に外を歩いた。木道てくてく、続いて石道てくてく。山はすっかり雪のなくなった肌、空は夏というよりはもしかしたら秋に近いそれのようであり、ともかく晴れてて気持ちいい。バスがアルペンルートを続々と走りゆくあいまに、ぽつんぽつんとランニング中の人の姿が、山道からも見える。あとで聞いたところによると、標高ゼロメートルから3015メートルまでを走るマラソン「マラニック」という競技の大会がもうすぐあって、その練習らしい。うひゃ。お疲れさま。わたしは30分近く歩いた、Mターミナルの手前で折り返したのであったが、夕方、山荘の仕事に戻ったら、目が痛い。おかしな痛み。うぅ。サングラスをしていなかったから、(毎度の学習不足。基本的にサングラスが嫌いというのもあるが)、目が焼けてしまったのである。翌朝まで目の痛みは続いた。とほっ。(写真は道中の風景)。
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8月15日

麓のA村はとても面白い。知れば知るほど、「現代のニッポン?」と、驚いてしまう。文化、風習、味覚まで、聞けば聞くほど、違う!と思わされる。古くから、山の仕事に従事して生計を成り立たせてきた、DNDのレベルから、知る人ぞ知る「山のプロ」たちが住む村なのだ。第一次南極越冬観測隊にも、わざわざこの村から隊員が選ばれたほど。T県は日本初の山岳警備隊ができたところだが、その警備隊を訓練指導したのは、A村の人。今でこそ、公には警備隊が主導で山の遭難事故の救助を行っているが、発足時から何年間かは、なにかあると、A村の人々が駆り出されたという。山の懐の閉ざされた村かといえば、まあ、遺伝子的には近年までその傾向が濃厚だったらしい(村のなかの婚姻が進み過ぎ、ちょっとおかしな子の生まれる率が高いと、ある人は云っていた)が、山に登る、色々な背景をもった人々との交流が昔からあったためだろう、意外と、スケールの大きな面もある。(井の中の蛙傾向が強いかと思えば、中間を飛び越えて、急に規模の大きな話になる。あいだが、ないのである)。・・・・・話はそれてしまったが、A村では、今でも、お盆になると、たいまつを手に河原までご先祖様をお迎えにゆく風習が残っている。ふー。なんだか一昔前の話のようだなぁ。一度、オーナーの自宅におじゃましたが、リビングの神棚がたいそう立派で驚いた。山岳宗教とそれは無関係ではないような気もするなぁ。何はともあれ、お盆なのである。

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8月14日

昼も夜も、今夏最高の賑わいか?の山である。そろそろ夏山のピークも過ぎようとしておりまする。先日の昼、一番若いスタッフの女の子が、約60人分のカレーをよそっていて、貧血らしき症状になり、倒れた。(貧血でこんなに顔が白くなる人を初めて見た、と、オーナー夫人)。わたしも倒れはしないが、昨日の朝、腰がギクッとし(軽症で済んだ)、まだ腰に鈍い痛みが。たぶん、ここでアルバイトを始めた頃よりはずっとずっと体が慣れ、多少の疲労がたまっても、気力で流しているのだと思う。が、体は正直で、歯槽膿漏が確実に悪化しているのを感じる。う、ううう。今宵は、消灯時間を過ぎ、近場の散歩へ。金星が輝き、天の川もくっきりわかる。そして星がいくつも流れる。ペルセウス流星群の時期だろうか。
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8月13日

残暑お見舞い申し上げます。今年は冷夏と聞きますが、それでも下界は30度を超える蒸し暑い日もあるのでしょう。ここ山はまるで梅雨のさなかにいるようなお天気が続いています。たまに客室や台所の、ちらりとのぞいた窓から見える青空に、(一日中青空ということはまずありません。午前だけ晴れだったり、夕方から晴れたり)、束の間、生き返ったような気がいたします。日の出の時間には、ご飯の支度をしておりますので、朝日を見たことはまだありませんが、山の朝やけはそれはそれはきれいなそうです。晴れた日中には吹く風もさわやかで(気温は昼でも十度台)、高原の風にのって鳥のさえずりも届きます。(中略)。では、またそのうちお目にかかる日を楽しみにしています。――誰に宛てたものでもない、架空の手紙。

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8月12日

不思議な感覚だ。異性への興味など今生では尽きたような年月をおくっていたのに、お客さまのJさん(アジア系と思われるパートナーと娘さんと一緒のアメリカ人)に、DNA的な(←まったくもって説明不能)好意を感じる。これは印象話なのだけれど、知的で、温情あり、そしてなにかしら哀しみの素を知っているような・・・(繰り返すが、まったくもっての印象話)、体格もほどよく男性らしい。目が合ったときのスマイルが、わたしには幸せな一瞬だった。今夏一番の、はなやかな出来事かも。ぐふ~。

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8月11日

(のりのりで書いた日記を、うっかり消してしまった。うぅぅ。最近は昼の休憩時間などに日記を書いて(日記を書いたあとは、睡眠補給)、夜にさっと読みなおして、ブログにアップしているのだが、アップの前に消してしまったのだ。涙涙。のりのり度が高かった分、再び書きなおす気力減退。そんなわけで・・・数日間ほおっておいたのだが、はぁ、テンション低低のまま再び書こう。現在8月19日である)。←前置きが長い。

先日の束の間の休暇中、青年がわたしを訪ねてきたという。しかも、二度も。えっ、ええ? だあれ? わかった話を総合すると、約10年ほど前に「那覇~高雄」の船のなかで一緒になった人ではあるまいか・・・。また訪問下さるということなので、そのうち会えるだろうと思っていたら、本日、二階の掃除中、「ともみさ~ん、お客さま」の呼び声が。どどどどどっ、と階段を下り、玄関に行くと、日に焼けた懐かしい顔が。やはり高雄までの船上でお喋りしたお人だった。なんでも、7月より、彼もこのアルプスで働いているのだという。(ちなみに、わたしがここにいることは、当ブログで知ったらしい。ああ、びっくり)。お土産に、淡いピンク色のmont  bellのTシャツを頂戴し、ありがとうございました。(素材にこだわったTシャツのようだ)。今日は短い立ち話しか出来なかったけれど、そのうち、ゆっくりと山を眺めながら、コーヒーでも飲んでお喋りしたいものであります。

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8月10日

消費・消耗生活からはどんなに閉ざされた生活なのかしらと、ここに来る前は思っていたけれど、前も書いたとおり、舗装道路が整備されていて(ただし、一般車両は入れない)、物質的にはとてもとても恵まれている。食べモノなんてありすぎて、ぼんぼん、毎日捨てている。お客様にいただく全国の銘菓なども充実し、ほんと、食べ物に困ったことがない。(むしろボリュームがありすぎて、贅沢な悲鳴をあげている)。生活物質に関しても、この程度では不自由だとはわたしはまったく感じない。むしろ、モノのない生活に憧れてきたのに、ここは近代的な生活がまかりとおっていて、がっかりである。うーん。もっと原始的な生活をおくりたい気持ちもあるけれど、郷に入れば郷に従え。ここの生活リズムで日々を繰っている。お酒も、わたしは食材を運んでくれている業者さんに、個人注文。(最初はここで夕食時にでる小コップのビール程度しかとっていなかったけれど、初めてのお休みから戻ってからは、myお酒を確保。夜の待機時や消灯時間後に、ちびちび飲んでいる。ぐふー。酒断ちだわい! こんな機会もイイわい! と当初は思っていたが、一回はずした「アルコールを欲する」栓は、なかなか再びはまらないのであった。(たぶん、この調子では、今のアルバイト中、酒断ちは無理であろう)。myお酒を飲みだした頃は、「うまい。うまい。お酒を飲むと、一日の疲れが軽くなるね」と思っていたが、毎日まいにち飲んでいると、美味さ、半減、いや、ときに10分の1以下に目減り。それでも気分的に飲んでしまう。今あるmyお酒は、山から注文した、ゴードンのジンと、キリンのストロングセブン(ケース買いした)、それから先日のお休み時に買ってきた、ホワイトラムと、グラッパ。(度数の高いお酒をわざわざ選んでいるのだ)。これはトホホなこと?

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8月9日

就寝前、玄侑さんの本をめくっていて、ふと、思ったのだ。<エゴを喜ばせない>生き方、これはとても難しいけれど、大切なことだ。今更であるが、はじめて意識したようにも思う。あの人はああだとか、この人はこうだとか、ココロの審判を下してみたり、自分の軸を「正」としてものごとに価値をつけてみたり、それはとても楽チンな人生の歩き方ではあるけれど、きっと、たぶん、そういうエゴとの共同体から抜け出したときにこそ、はじめて、ほんとうの意味で、生きるのが楽になるのだろう。

そういう意識は芽生えても、自然なこととして身につけるのはむずかしいなぁ。

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8月8日

のりぴーの覚醒剤事件の報道に触れ、「悪いこととわかっているのになんでやるの?」と不思議がっている人がいたけれど、その「なんで?」がわたしにはなんで?だ。どんな美女だっておならをするし、げっぷのあがるときだってあるだろう。そして人間だもの、煩悩に理性が負けることがあっても、なんら不思議ではないよねぇ。のりぴーはあしたのわたしだし、きのうのあなたなのだ。(もちろん、あしたのあなただし、きのうのわたしでもある)。

下界におりたときには全くしなかった入浴を、ここでは、する。(山では毎日、お風呂)。
洗濯モノだって、実は下界のよごれものをもってきて、ここの全自動洗濯機で洗った。
いいのだ、いいのだ。
これでいいのだ。(???)

梅雨が明けたらしいのに、梅雨のような空である。
「紅葉」とまではいかないが、山荘近くの山はあおあおではなく、ややすすけ気味である。
今年は冷夏といっていいのかな。

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8月7日

また梅雨に戻ったような天気。先月の休暇の終了にともない、ガスと水道を止めてあった。(電気はすぐに使える状態)。ガスがなくともなんとかなるが、生活用水がないのは、つらい。(単に基本料金を払うのがもったいないので・・金沢市は水道代が高いような気がする・・止めているという、自業自得の結果なのだが)。近所の公衆トイレ(←けっこうきれいなのだ。念のために書いておく)から夕べ頂いてきたお水で本日の生活用水はまかなえるだろうと思ったが、大便を思いがけずもよおす。ふっ。山では慢性便秘がちなので「こういう」機会は嬉しいわい。いたしましたよ、素直に。体のおもむくままに。そうしたら、大便が流れませーん。(先日も似たような出来事に遭遇したような。ま、本日の場合は、水量不足が原因である)。大雨のなか、2リットルペットボトル1本と500ミリペットボトル2本分の水を公衆トイレまで補給にゆく。「これでOK」とトイレタンクに全量を注ぎ、便器内の流水を試みるが、ぎゃお~、まだ水量が足りないようで、便器内の鎮座様は、まったく動ぜず。飲料用に買ってあったお水の残りを(500ミリほどか)タンクに足すが、ダメ。いっそう激しく降る雨のなか、今度は、2リットル2本、500ミリリットル2本、ワインフルボトル2本分の水を補給。ふー。おかげさまで、鎮座様はお隠れになられました。

お昼にはアパートを出て、山に戻る。

眠り薬を数えたら、44粒しかない。今度のお休みまで足りさせねば。

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