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ウツウツの雲も蒸発

●おととい、尼さんのヒステリーに遭遇してから、薄いウツウツの雲が浮かんでいたのだけれど、ほおっておいたら、それは霧状の粒のごとく蒸発しつつある。
●おとといは、「(先月PHSの契約を変更したら)プロバイダー契約まで解約扱いになっていたことが分かり・・・お店で事務手続きをしてくれた女性もそんな事態になっているとは知らず、お店の人二人がかりで何所ぞに電話しながら我の持ち込んだパソコンとまる一時間も格闘したあげく、そのことが発覚・・・わたしは軽い衝撃ののち、素直に納得」とか、ほかにもショックなことがあり、何だか久しぶりの不運の日であったなぁ。
●不運も、数日経つと、「それを呼び寄せる源がおのれの中に存在しているのではないだろうか?」と、まるで「反省大好き」教団の信者のような内面の動きが、自分のなかに起こりそうになる。(わたしの場合、反省までには至らない。単に「不幸は向こうからやってくるのではなく、自分が呼んでいるんでは?」と思えそうになるときがある程度)。

***この勘は、案外当たっていたかもしれん。(最近は一週間あるいはそれ以上の日記を溜め書きしており、この執筆も遅れ遅れの日記である)。あのね、「反省」をそのまま投げておいたら、この週の木曜は続々と不運に襲われた。どこかしら(全体的に?)傲慢になっている自分がいるのかもしれないなぁ。だから「ぎょえっ」ということが続けて起こる。

トンビとパン

あたらしいパン屋さんで買ったパンを、川原で食べていたら
ドンっと、左手に衝撃が。
同時にぎゃあああと悲鳴をあげていたわたし。

なにがなんだかわからない。

次の瞬間には
左手から紅茶シフォンパンが消えていることを発見。

目の前には上昇飛行中の、鳥。

目撃者によると、
「トンビがパンをとっていった」らしい。

ぐふんっ。

まだ二口ほどしか食していない、美味なパンだったのに・・・・。

仏教を演ずる

はじめて坐禅をして一年ほどが経つ。その間、師を求める日帰りの旅、泊まりがけの旅を、何度かした。(日記には書いてこなかったけれど)。ふふ~ん、「おもいっきり自分に酔っている」発言をすれば、結果、わたしは失望という影を見ているのである。(坊さんの世界をのぞいてみれば、シャバの人間界よりも俗臭いものを感じてしまう・・・)。

ただ心の底の底ではまだまだ完全に失望してはいないのだろうと
わたしはわたしをとらえてもいる。

「求めて、得られず」ならば
そこになにかしら「得られず」の原因を、自分自身が作っているのだろう
自分でも見てないところで
とは思うのだ。

ここら辺のことは書きたいことが山済み・・・。

本来大切にすべきこととは違う、脇道(伝統宗教への愚痴など)ばかりで道草を喰っている日々の自分。

つまりは、ポーズとしての精進を少しはしてみたが、心のなかでは新たな垢が積もっているのである。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
参考 先月読んだミトワさんと水木さんの対談本より引用。

私が如幻さんに一番惹かれるのは、在俗で、飄々として、仏教を演ずるのに、故郷、つまり寺を持たなかった点です。やはり、如幻禅師ですよ。禅の伝統は、ここにしかないんですよ。(24~25頁 水上)

私が寺にいた当時は、偉い管長もおいででしたけど、その実生活は見てないですよ。私はそういうことが災いした弟子ですよ。本心から師事できる師匠に逢うてないというか、師匠を裏切ったというか、師匠を求めて得られなかったというか。あえて言えば、裏切りでしょうね。そういう気持ちはもっていますね。(63頁 水上)

エゴ × エゴ

下の日記とはまったく関係ない話です・・・・・・。

今年になってから、ものすごくものすごくものすごく疲れることがあった。
あんまりにもそれが理不尽に思え
(お金を使って、時間を使って、なぜにこんな目にあわなければならんのだ、と)
相手のエゴを四六時中浴びさせられている思いにとらわれた。

んで、途中で気がついたのは

相手のエゴをこんなに感受してしまうのは

自分にもエゴがあるからなんだなー。ということ。

しかし、しかし、気づいたからといって、自分のなかにあるネガティブな感情はどうにもならんのだった。

ふうっ。

いつかゆっくり「このあたりのこと」を書こうと思いつつ、どんどん時間が経ってしまう。要は、相手というのは禅宗の坊さんで、わたしは彼と知り合ったことで得た失望やもろもろを、「こりごり」の思いを、愚痴りたかったのだな。

ま、さらに時間が経てば、あの方(坊さん)のなかにみた執着も人間として「かわいらしい」程度のものであるなーと、とらえられる日がやってくるだろう。

尼さんのヒステリー

わー。

びっくりした。

某県の某寺に参禅の問い合わせ電話をしたら
対応がヘンで
(こちらのことを根ほり葉ほり聞いてくる!)
「行けそうだったら、また電話します」と言って
なんとか電話をおえたら、

その3分くらいのちに
ケイタイ電話が鳴った。

着信は知らない番号。

出てみたら、さきほどの電話の相手だった。

で、いきなり
「なんでうちの電話番号を知っているのだ!」と
こちらを不審者扱い。
(今はインターネットに寺の名前も電話番号ものってますヨと伝えると)
「うちはインターネットなど出していない!!」と
こちらを犯罪予備軍とするかのような尋問が始まる。

極めつけは、コレ。
「あなたどこの寺に行ってるの?」
(ま、わたしの参禅希望をハナから疑っていたのだろう)。
とりあえず、「金沢のD寺です」と答えておく。

すると相手は
「うんまぁ、立派なお寺ですことぉぉぉ」。

わたしは本音で応じましたぞ。
「立派も、立派でないも、大きいも、小さいも、寺には関係ないと思います」

そしたら
相手は頭の血管がぷっつん切れたらしい
(ここに至るまでも、何本か小さな血管が切れていたかもな)

「あ、あなた、お坊さんに向かって説教するのーーー☆♯×・・▽ きぃ!!
 きぃ!! きぃ!! きぃ!!!!!!」

はっきりいって、ヒリテリーですな。

しばらく、わたしへの強烈な悪口が電話の向こうで続いていたようだが

うんざりしたわたしは途中からケイタイを耳から離したところに置いた。

ちなみに、某寺は、尼寺である。

緑のうねり

つい数週間前、山茶花の剪定をしたとき、まだ椿には花があったので、そのまま手を入れずにいたら、「え?」。気づいたら、椿も他の庭樹同様、ぐーんと新芽が伸びている。職人さんに言わせれば「時期が遅い」となるかもしれんが、ええいっと、ハシゴをかけて、椿の剪定を。ほんと、植物の目覚めはうねりのようにあらわれて、松の新芽も摘まなきゃならんし、生垣の手入れもしなきゃならんし、庭の仕事は終わりがない。(盆栽に肥しもやらればならず、本日は、母がその準備をしていた。肥やしは長年熟成の天然もの。準備というのは、盆栽鉢のなかの環境を整えることである)。

夜ご飯をすませてから、金沢のアパートに戻る。

いちごの季節は、すぐそこに

ここ数日、暑さがぐんぐん増して、夏野菜の苗も元気に育っている。母はジャガイモの芽をそろえたり、葉っぱものを色々植えたり。あ、トウモロコシの種も蒔いたようだな。本日は村人Kさんに手伝ってもらって、夏野菜の棒を立てる。そのあとは昨日の続き、イチゴ畑に糸と網を張る。(イチゴはもう赤くなりはじめ、昨日、今年初をつまみ食いした)。母は電線の上のカラスに「あんたらっちゃおるから、こんな糸をはらんなんがいよ~ぉ」と文句を云いながら作業を進めるのであった。

それにしても、植物の繁殖力はすごい。長芋、蕎麦、ハブ茶…、いずれも昨年の種がこぼれ、風に乗り、畑のほうぼうで芽を出している。いわゆる雑草と同じように、せっせ、せっせと、その芽を摘み歩くわたしであった。

ベイベー

数日前、忌野清志郎さんの訃報を知る。不謹慎なことを承知で申し上げるが、「生きる勇気をもらった」と思った。悲しみの涙にくれるファンの方は「生前の彼の歌に勇気をもらった」のだろうが、わたしは「彼の死、そのものから、勇気をもらった」のだ。うまくいえないが、清志郎さんのような方でも、「死」というベールのもとに、どこかへ逝ってしまうのだ・・・と思うと、それが逆に生への励みになるのである。少なくとも、わたしにとっては。

余談だが、清志郎さんの懐かしい曲が頭のなかで流れると、大昔お付き合いしていたヒトのことを思い出す。「あいつ、転勤で東京にいるよ」と共通の友人から聞いたのは、3年近く前のことである。(十年近く前に「結婚したよ」と噂で聞き、その数年後には「離婚した」と噂で聞き・・・)。あの人は今、どこで、どんな毎日をおくっているのだろう。

時間

先週あたりから、たびたび、わたしの中に訪れること。「時間って、伸び縮み、するんだなー」の実感。これを他人の頭でも理解してもらえるよう説明するのは難しいが、「時間」って、均一には流れていないんだね。アインシュタインというおじさんの言ったような相対性なんとかという話じゃなくて、日々の手にとるような体験のなかの話である。特にわたしの場合、観念だけで時間を過ごしていることが多くって、下手したら、それだけで何日も過ぎてしまう。だけど、そういうときって・・・・。(むにゃ、むにゃ。言葉にならない)。片や、「ああ、あれもやろう。これもやろう」と、想像上では膨大な時間が必要なことって、案外、ぴゅっと、少しの時間で出来てしまったりする。(むにゃ、むにゃ。その先の説明が見つからない)。うぇ~ん、伝えようとすると、「あったりまえ~」な例えになっちゃうよぉ。まだまだ他人に説明するレベルではないのである。えっと、えっと、これだけは言っちゃおう。時間とはある意味、ばけものみたいなもの。

2泊3日

Mっちの申し出で
おさむさん(=わたしの父)の墓参りに行ったり、
お祖母ちゃんのところに遊びに行ったり。

(十数年前、Mっちは他の同僚交え、わたしの実家に遊びに来てくれたことがあるのだ。そのとき、Mっちは、おさむさんの「客が来たからと格好つけぬ、マイペースぶり」が印象に残っていると、後年になり話してくれた)。

Mっち&タカ爺が
「十歳は若く見えるよ。かわいいおばあちゃん」と
祖母を褒めてくれたのが、わたしはとても嬉しいぞ。
(たまにお祖母ちゃんの写真を見せると、
「こんなかわいいおばあちゃんになりたい」と言ってくれる人がいて
わたしの自慢なのである)。

また、おさむさんの仏壇にも手を合わせてくれて
ホント、Mっち夫妻の心遣いに、わたしはもう感謝なのである。

帰り、予定していた時刻になっても別れ難く
「ねー、ねー、まだいいでしょうー」と、引き伸ばし作戦に出る、わたし。

夕刻、お酒がちょうどまわってきたタカ爺とわたし、ナビゲーターの母を乗せ、
Mっちの運転で、T市の親戚宅まで。
車を返したのち、SさんにT駅に送ってもらい、
そこで、Mっち&タカ爺とは、お別れ。

このあと、Mっち夫妻は、翌早朝の「ほたるいか漁」を見に行くのである。


               後日談・・・ほたるいか漁は天候のため中止となったそうな。

歳月

午前中、姉家族といっしょにタケノコ掘りへ。
午後、「道の駅」ならぬ「海の駅」のようなスポットなどへ。
夕方、日本海の見える温泉へ行く。

今回のMっち夫妻の来訪は、わたしのみならず
母もすんごく楽しみにしていた。
ほぼ一日、母も一緒に行動。

それにしても、歳月というのは確実にヒトを成長させるのだなー。

OL時代は飲んだくれ仲間であったMっちが、
今や、まぶしいほどの大人である。

新しい家族をもち、居酒屋のおかみとして
十年を優に超え過ごした歳月は、確実に彼女を成長させた
・・・っと、ふとした場面で、たびたび感じた。

まあ、Mっちの「(病気で倒れ昏睡状態にあった一時)子供を3人産んだ夢を見た」
というのには驚いたが。そしてそんなMっちはいっとき夢と現実があいまいになって
伴侶のタカ爺は、「ぼけたのか? ならばこいつの体を縄で柱に括り付けでも、
オレはずうっとこいつの傍にいて生涯面倒を見て行くぞ」と決意したというのには

まこと聞いていて(本人たちはもう過ぎた話で、しらっとしていたが)
わたしはおのれの触れることのないだろう
惚れた腫れたの季節を過ぎた男と女の、濃い人間の蜜をなめさせて貰ったようで
ただただ感激したのであった。

本日も、あっという間に一日が終わってしまった。

みねちゃん

Mっち&タカ爺が遊びに来てくれた。

ほぼ三年ぶりの再会であるな。

その間、わたしの生活環境は大きく変わり、

Mっちの身辺にもドラマがあったような。

  *      *      *

タカ爺とは、初めて飲んだが
(↑ ウソ。あとで考えたら、大昔、一緒に飲んだことがあったな)
おもしろいので、次回はもっともっと「飲ませよう!」と思うのであった。

MっちとはOL時代からの付き合いであるが
「みねちゃんがさー」と
超懐かしいヒトの近況などを聞き、
時間という壁紙がびりびりびりびり
(わたしが酔っ払っていたせいもあり)
破れていくのであった。

ま、みねちゃんも、もうじき定年というのだから
不思議といえば不思議である。
(わたしがみねちゃんを知ったころ、
みねちゃんは今のわたしの年頃だったのね)。

是非とも、定年前のみねちゃんに逢いたい!!という
新しい目標ができたゾ。

  *      *      *

楽しすぎて、あっという間に過ぎた、再会一日目であった。

新しいパン屋に寄った

朝、R宗のK寺へ。

日頃、心のなかで文句を云っていたり
(どちらも禅宗であるのだが、S宗はどうだとか、R宗はどうだとか・・・)
するわたしであるが、身体の奥の奥では知っているのだ。
「そ~んな~の、勝手にわたしが色をつけているだけだぁぁぁ」と。

たしかに事象としては(寺の有り方とか、僧侶や修行僧の様子とか)
個性はあるのだろうけれど、それにレッテルを張ってしまっているのは
わたし自身なのだなー。

自身に向かって普段無意識な場所からささやいている自分の声が
あらためて聞こえた。

       *     *     *

帰り、今春オープンした国道添いのパン屋に寄ってみた。

おいしそう。
狭いながらも、種類はまあまあで。
値段も、お手頃だ。

んだが、んだが。

親の家に持ち帰り、一口食べたところで、「ガクッ」と悲しい衝撃が走った。

近くにはパン屋さんがないし(というか商店自体が乏しい)
また、パンのサイズのバリエーションが年寄り向けで
(小型のパンが豊富)
なんといっても
朝の6時半からの営業というのが
この地域には喜ばれるだろう。

わたしはその食感に「ガクッ」ときたが
(どうも粉がわたしの好みに合わない。トウモロコシの粉が混じってる?の印象)。

田舎でははてはて繁盛するかもしれん。
(ま、わからんなー)。

こんな一時もあるから生きているのだ

きのう夜10時前には寝入ったと思うのだけど、きょう起きたら、昼の2時だった。
まったく不思議だなー。「寝ため」したいほど疲れていないのに・・・。

ベランダでお目ざのコーヒーを飲む。

隣家の曲水がきらきら輝き、つつじも色鮮やかだ。

ふーむ。

なぜかきょうは時間の粒が輝いて見える。

「生きてる」ことそのものを、心の奥が喜んでいるような。

夜、親の家へ戻る。
背伸びせず、ゆるゆると日常生活などをつづります

はえともみ

Author:はえともみ
 
万の風になって、生きる。

ちちんぷいぷい~。
(HSPの自覚あり)
「うつと仲良く! ひきこもりだっていいじゃない」と
開き直って生きてたら
元気になってきました。

→ 近年は、老母の観察メモの
(&それに伴う自身の変化など)
色合いが濃くなっております。
・・・ま、長い人生の一コマですな。

徒然な日々も、留まることはない。
すべてがいとおしい。だから書く?

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