ともみ@ピクニック

もうすぐ李登輝さんの来日だ

そういえば、台湾の李登輝さんが5月に北陸にいらっしゃるのであった!
と忘れそうになっていたことを思いだし、
急きょ、自転車を走らせて、李登輝さんのスケジュールを御存じだろう
とある方と繋がりのある某所へ向かう。

前回の来日では李登輝さんの「講演」があったらしいので
もしも今回も講演があり、スケジュールが合えば・・・
あわよくばわたしも会場に潜り込んで李登輝さんの生のお声を拝聴したい!! 

某所では、まず受付のお姉さんにお願いをして
とある方の連絡先を教えてもらえたらいいなー、と考えていたのだが
(以前一度、とある方と接する機会があったのに、わたしの性格上、
名刺交換などしなかったのである。つくづく自分の性格が悔やまれる)

思いがけず、とある方とはまた別の
李登輝さんのスケジュールを把握されているお方がいらっしゃり、
この一見の来訪者(=わたし)に、
「たしかに講演はあるけれど・・・・」と誠意をもって対応下さった。

今回はこれで十分。
李登輝さんが健康で長生きしてくれて
また度々来日して下されば、いつか、どこかで、お会いする機会もあろう。

こうなったら、来月の来日も
李登輝さんにとって幸多い旅になりますように!!!
と、一人の日本人として祈るばかりだ。

うまく言えないが、李登輝さんのようなお方と同時代に生きているだけで
色々と前向きな未来を考える材料になりうる。
(政治関係は薄い。もっと人間対人間の思いであったり、
 時間軸のはずれた歴史であったり(=哲学にもなりうる)、
 etc 幅の限定できないレベルの話だ)
つまりは彼の存在だけで、わたしは感謝なのである。

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ひまわりのめでたよ

M(小1)より手紙が届いた。

本人の了承なしに、載せちゃおう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ともみんへ

ともみんとまたプリン 〔プリンの絵〕

つくりたいなぁ。。。

げんき? 〔M〕はげんきだよ!

ひまわりのめでたよ 〔ハート〕

えはうらだよ 〔にっこり顔〕

                  〔M〕より

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

〔 〕は、パソコン変換できないなどの理由で、わたしによる書き換え。

手紙の裏には、日に日に成長しているのだろうと思わされる
色彩豊かな彼女の絵があった。

なお、先にわたしがMに出した手紙はコレ ↓
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

このまえは

でんわ ありがとう。

しまじろうの
ひまわり

めがでるの
たのしみです。

はなが さくのも
たのしみです。

これは きいた はなし なので ほんとうか どうか 
ともみんも わからない のだけど・・・・・・

しょうぶつは にんげんの きもちが わかる
ことが ある らしいよー。

はなし かけたら しょくぶつは しゃべらない けど 
それを きいている らしいよー。

ほんとうかなぁ?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

わたしの学生時代の友人である、Mの母親によると、以来

Mは毎朝、ひまわりの種をまいた鉢におしゃべりしながら水をやっていたそうな。

そして芽が出たら、「ともみんの、おかげ~♪」と言って

すぐに手紙を書いてくれたらしい。

ううう(嬉し涙)。

子供を産まず、育てず、この先もおそらく
このまま、世間でいう「我が子」をもたぬだろう、わたし。
Mのような存在は、わたしの人生をとても豊かにしてくれる。
これは揺るぎのない、わたしの自信である。

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そろそろ夏の準備を開始

午前中、母と姉と三人で夏野菜を植える。

長ナス、トマト、ミニトマト、ピーマン、坊ちゃんカボチャ。

あと水ナスやキュウリや黒ウリなども予定していたが
いい苗が売っていなかったそうで、また後日ということに。

午後より金沢に戻る。

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お坊さんらしいお坊さん

久しぶりに20時間くらい寝る。
うー。

先月発行されたD寺の定期的な印刷物を読んでいると、修行僧による「寒行托鉢」の感想が寄せられていた。反省しましたヨ、わたし。数日前のD寺への愚痴ブログ、ありゃ、書いたはいいものの、掲載するのにしばらく迷い、でも結局は「腹の中にあるものを隠して、しらっとしているのは、そりゃある意味で下品だろう」との自身への言い訳もあり(ほんと言い訳だ)、ほぼ全文を掲載したのだな。んで、んで、本日反省したというのは~、ある修行僧の文章のなかにあった「我を捨てる」という言葉。わたしがブログ日記という世界で(読んでいる人がいるか否かは関係なく)こういう愚痴を連ねるのは、まさに「我」への執着なのである。

ところで、みな似たりよったりの「寒行托鉢」感想はおもしろくなかったなー。なかには「お坊さんらしいお坊さんになりたい」と書かれる修行僧もおり、わたしはあんぐり口を開けながら読んだのであった。

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アンコウの豆乳スープ

久しぶりに夕食の支度をする。「タケノコと豚肉とブロッコリーの中華風炒め」と、「豆乳スープ(アンコウと昆布とキノコ類でいい出汁が)」。あとは昼に母が炊いた筍ご飯と、残りもの色々。歯槽膿漏を忘れたふりして固いものを食べると、あとで患部が腫れたり痛くなったりすることがあるので、タケノコも要注意なのである。

わたしは日頃、狭い狭い世界のなかで嘆息をついているが、たとえ同時代でなくともこういう方がいたと知るだけで、「信じられるものがこの世に存在するのでは?」と思えそうになる。ありふれた言葉でいえば、勇気とか、励ましとか、癒しとか・・・、そういったところに心が立ち寄るのである。えっと、昨日のブログに書いた『辞世の辞』にある千崎如幻さんの話でありますぞ~。

(転載してばかりで、これじゃあ、著作権ちゅうものに頭を下げるしかないなぁ。
 以下も、同書からの転載である)。

ふつうは坐禅をし、法話を聞いた後は、みんな「有り難うございます」と言って、勉強したつもりで帰りますでしょ。だけど千崎先生は正反対。「今日ここで聞いたことは、みんな置いていきなさい。捨てていきなさい」って、よく言っていましたね。(33頁 ミトワ)

こんなこと、言える人はなかなかいない。タイムマシーンがあるならば、如幻さんに逢いに行きたいぞ。(わたしは「お経を聞いて、ありがたい」とか「法話を聞いて、ありがたい」と思えんのだ。・・・世間一般でいわれる信心というものの欠如・・・・むしろそういう作られたもの(=宗教)にうんざりしてもいるのである)。

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わらびの昆布じめ

●来月、東京から旧友が遊びに来ることになっており、母が張り切っておる。「山に行こう!」とわたしが言いだして、母は、あっちの山、こっちの山を下見に行き、でも何年も手入れをしていない山ばかりなので、結局は手入れの行き届いている親戚の山に入らせてもらうことにした。
●今週は、近所のヒトから筍をもらい、そのあと、母が下見に行った親戚の山からたんまりと筍をもらってきて、おまけに本日はまた別の親戚から筍をもらう。有り余る筍に困った母は、あっちこっちに配っているが、皆さん、この季節は「貰いもの」の筍が沢山あって、(母も日を待たずして筍を配っているせいもあり)、断られることも多い。本日は、筍の貰い手探しに困っていた母であった。
●子供のころから近年に至るまで、しばしば山に行っていた母は、「山に行くの大好き。収穫したものを食べるよりも、山の幸を探して歩くのが楽しい」と言い、昨日も今日も<翌日の天気予報は雨>なのに、「あす晴れたら、一緒に山に行かない?」と寝る前に誘ってくるのであった。
●「わらびの昆布じめ」を生まれて初めて食べる。ことさら「美味!」と叫ぶほどではないが、箸もよろこぶ季節のお菜であった。

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だるまさんの縄跳び

『辞世の辞』の読後話の続き

水上勉さんは御自分で骨壺も作られていたという。多様な才能のこの作家は、
<だるまさんが縄跳びしている> 絵も描いたらしい。(柳田聖山の『禅の山河』の表紙になった)。

わたしのこころに残った水上さんの言葉 ↓

俗にいて寺にいるという人もいますけど、寺にいて、不純な人になりすますよりも、在俗の人でいいんですよ(27頁)

自殺は人間の最後の抵抗ですね(50頁)


また、水上さんは、一休の『骸骨』を噛み砕き、「骸骨はこういうことを言ったのだよ」と説明してくれる・・・・・

昔は無常を感じれば寺に入って僧になったけれども、最近は逆に寺を出る僧が多い。いまの僧は本当の修行を忘れて、道具に眼をとられ、衣を着た在家人というのに等しい。袈裟や衣を着ていても、袈裟は黒金の撞木、衣は身を縛る縄に等しい(102頁)

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千崎如幻さん

水上勉とヘンリミトワの対談本『辞世の辞』を読み、はじめて千崎如幻という方を知る。鈴木大拙よりも前の時代に、米国に禅を広めていた方がおられたとは(*)。今でこそ、欧米における禅は日本国内よりもある意味純粋に存在しているのでは?の想像もおよぶが、あの時代、黄色人が米国に暮らすだけでも大変だったろうにぃぃぃ~との感嘆は、本書を読む限り、あまり感じない。人種とか言葉の違いとか、そんな人間の本質とは関係ないものの執着を飛び越えて(つまりはレベルが違うのである!)、彼はかの地に生きたのであろう。

千崎先生は、自分は坊主じゃないと言っていましたね。それでは、なぜ禅を教えているのかって言ったら、この人間社会にはいろんな宗教があるけれども、それを全部合わせていったら、残るものは坐禅しかないと言うのですよ。(10頁 ミトワ)

仏教というもの、禅というものの本質は、宗派だとか、宗教というものじゃないでしょう。人間いかに生きるとか、いかに死ぬとか、人間そのものを考えるものですからね。(中略)だから、どんな宗教に入っていても構わんと。(26頁 ミトワ)

参考  千崎如幻(せんざきにょげん)  
1876年、青森県生まれ。若くして禅宗の僧となり、寺小屋「仏苗学園」を開いたが、赤字解消のため二十九歳で渡米。1936年、サンフランシスコに東洋思想研究会設立、45年にはロサンゼルスに坐禅道場「東漸禅窟」を構え坐禅会を再開。米国に仏教と坐禅を普及させたことで知られている。説教は仏教に限らず、東洋の芸術や文化全般に及んだ。1958年、82歳の生涯を閉じた。釈宗演は「無派であって財は持たず、僧職の地位も断り、やかましい名声や栄光から隠れた僧だが、世俗のいかなる野心よりも大きな仏法の宝、いかなる立派な寺宝よりも高価な慈悲をもって四弘誓願を堅くいだいている」と評した。(『辞世の辞』9~10頁より抜粋)

(*)メモ 千崎と親交があり、米国での禅の布教にも務めた人物に、中川宋淵がいる。「中川宋淵さんの孤独は本物でしたね。寡黙なインテリでした。アメリカでの禅の布教については、鈴木大拙以前に力のあった人です」(24頁 水上)

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下記の追記

下記、

やることをやらないと落ち込みがひどくなり、やることをやると気持ちが上向く

なんて、だーれでも似たり寄ったりの傾向はあろう。

わたくしの場合のモンダイは、この度合がヒドイということと

(落ち込みは、途方もない無気力につながる)

「やること」といったって、基本的日常生活すらムズカシイという話なのである。

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センベイ

お祖母ちゃん、「このセンベイ、おいしいから、食べられ」と、何度も勧める。「これ、センベイじゃなくて、ラスクっていうの」と、わたし。「ラックスね」と、お祖母ちゃん。しばらく経って、また「このセンベイ・・・」と、お祖母ちゃん。ガトーフェスタ・ハラダのラスクは、わたしの好物である。

手のつけようのない迷いと不安と不満、しばしばの鬱の中波、(最近大波はやってこない)、ごく稀にだが高揚した気分の瞬発…に、わたしの日常は成り立っているようなものであるが、(やることをやらないと落ち込みがひどくなり、やることをやると気持ちが上向く)、いずれの精神状態に見舞われようとも、歩いてゆくしかないのだ。

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その通り!←「裸になって何が悪い」

◆豚ウイルスとは何ぞや。よう知らんが、「鳥の反乱、牛の反乱に継ぐ、家畜の反乱であろう」とは思う。そういえば何年か前は「鯉ヘルペス」という名前の魚の反乱も、耳によく届いたな。人間が自然を支配しようとしてきたことの緩やかな帰結が起こっているのであろう。
◆酔っ払った草薙さん、「裸になって、何が悪い」と云ったそうだが、まったくだ。裸になって、何が悪い? 「まじめな人だと思ったのに」とか「自覚が足りない」と批判する人の気がしれん。公然猥褻なんて、おどろおどろな言葉だけが一人歩きだよな。わたしなら、一緒に裸になって、その場で踊りまくるんだけれどなー。
◆午後、ミスドへ一人会議をしに行く。色々考え・決めたいことがあったはずなのだけど、昨晩作った「一ヶ月の予定表」(金沢と実家にいる配分表)を見直しているだけで、会議はタイムオーバー。なんなのだ、わたしは。夕方、アパートの備え付けクローゼットの天井板を直しに来てもらい、そのあと、親の家に向かう。車中もずっと「予定表」をにらみ直し、それだけで時間が経った。

後日談  今これを書いているのは28日の早朝である。予定を立てるなんて、クソくらえ!なんだね(わたしにとって)。うんうん唸りながら予定を立てて、何時間も費やし、でも結局、立てた予定なんて守れやしない。

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D寺の花びら舞う

うっかり、今朝もD寺へ行ってしまった。「参禅すると、それだけでイイ気になってしまう」ことをおそれ、今日は行かんぞ!と思っていたのに。参禅で「心身がよろしくなる」のはいいが、それで「満足してしまう」自分がいたり、場合によっては「気持ちが調子こいてしまう」自分もひょっこりあらわれそうになったりで、それは困るのだがなー。▼鐘や太鼓の音って、鳴らす人によって、まったく違うんだね。この数日、新入り雲水さんの鐘や太鼓の音を聞きながら思った。また、足音ってのも、自信のあるないによって、ぜんぜん違う音がするんだね。それも新入り雲水さんの足音を聞いて、初めて知った。▼さすがの穀雨。雨が多いぞ。D寺の枝垂れ桜も花びらが舞うにまっている。

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愚痴なのだ

「いつでも、誰でも、来られるようにしておきたい。自分がこの寺を去ったあとも、いつ、誰が来てもいいように、寺の門を開いておきたい」と、かつてこの寺の住職をされていた I 禅師の文章をときおり思い出す。そしてその通り、現在も365日、一般の者に参禅の機会を与えてくれるD寺の存在を、心の底から感謝している。

ただねー、今のD寺のありようは、I禅師のいらした頃と大きく違うんだろうなーと、残念の溜息も漏れる。ふ~ぅ。「坐る」場所があるという以上の魅力を、わたしは今のD寺に感じられないのだ。

直接お話ししたことがないのだから、これは外部者の勝手な印象に過ぎぬのだけど、現在の住職に惹きつけられるものを、わたしはまだ探し出せない。むしろ好意とは反対の所にあるものがわたしの印象を作る。(そもそも現住職はほとんどD寺におらぬのではないかー? そういうものなの?)

D寺は、全国から雲水を集めた修行寺であり、寒の期間には、接心や托鉢もある。それ以外の季節には、日々の決められた行があるのだろう。型どおりの日常を過ごす、・・・それはそれで立派なことだが、それで修行が満たされるのだろうか。(以下千文字ほど略)。もちろん禅は、食べるのも、歩くのも、体のお世話をするのも、生きてることそのものを修行ととらえるから、一定期間をそこで過ごすだけでもよろしいとの見方もできるのだけれど―。

この数日、新入りの雲水さん(数名)と、1~2年ほど先輩かと思われる雲水さんしか、暁天坐禅でお見かけしない。(わざとなのか、なんなのか、わからんが、先輩雲水は坐禅中、これみよがしな声であくびをしたりするんだよねー。もっと上の人がいるときはしないだろうに・・・・)。

気のせいかもしれんが、先輩雲水が新入り雲水に対して「ちっ」と舌打ちするような空気を匂わす瞬間(実際に舌打ちしたのではない)に、この数日は遭遇もした。「後輩を育てよう」から出ているのではない、未熟さゆえに出る空気。わかるよ、わかる。わたしも色んな職場にいたから、時に、先輩が後輩にこういう接し方をしたくなる気持ち。しかしなー、いかんだろ、これは。本来、後輩を指導することだって、先輩雲水にとっての修行であるのだろうし。

そうそう、先日の日曜坐禅会では、東京から来ているN後堂老師を紹介するのに、新入り雲水さんが「後堂は、会社でいうと、ま、課長とか係長とかの役職です。老師は、管理職ということですっ」と述べていた。思わず、すっ転ころびそうになったぞ。わたしも十分な理解をしていないが、「後堂は雲水の教育をされる方で、老師は先生ほどの意をもつ尊称です」くらい言うと思うが。

たまたま「こういう時期」なんだろうか。修行僧の入れ替えがあったり、休みをもらったり、出張している人がいたり・・・・。経験浅い者たちだけで切磋琢磨して共同生活するのだって、修行といえば修行である。ただ、なんか、文珍のない半紙が、ゆらゆらゆらゆらしているようにも、この数日のD寺は見えるのだけど。(って、朝のほんのいっとき、それもごく一部分しか、わたしは見ていないのだけど)。こういうもの?

ううーん。わたしが生来の癖、勝手にあれこれ考えているだけで、実際はすっごく上手くいっているのかもしれない、D寺の修行生活。そうそう、わたしが知らないだけでね。

たださー、思うよ。職業的僧侶なんて、要らない。(これもわたしの勝手な印象なのだけど、今は、求道心も、菩提心も、慈悲の深さも関係ない、企画やパフォーマンスの上手い、上役と上手く付き合える、そんなことで、宗門的には出世する時代なのかなー)。わたしは職業的僧侶じゃない坊さんと出会いたい。きっと、雲水さんのなかにも、職業的ではない修行をし、いい師と巡り合いたいと思っている人もいるのだろうなぁ。

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「常識は、こころに悪い」

『息の発見』(五木寛之=著者、玄侑宗久=対話者)を読む。

メモ
◎密教の呼吸法は、「邪を吸い、宇宙を清める」の発想
  (「内が正。自分が満月」と密教は教えるらしい)
◎「風(ふう)、喘(ぜん)、気(き)、息(そく)」、天台大師智による呼吸の段階。
  音もしない、滞りもないけれど、<呼吸をしている>という意識がある状態=気。
◎瞑想とは、「意識的な無意識のコントロール」
◎揺り念仏と、船居(せんご)禅
◎南宗禅(おおらか。型にはまらぬ、南国的)
     ・・・日本の禅(儒教・武士道の影響か、凛とした)
◎頓悟(とんご)と漸悟(ぜんご)
◎久留米の梅林寺=臨済宗の三大鬼僧堂のひとつ
◎老眼…中国語で「花眼」と書く

ちなみに、わたしはこの本で、五木さんをちょっと見なおした。

「常識は、こころに悪い(笑)」との玄侑さんのセリフにパチパチと手をたたいた。

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『息の発見』150頁~

五木さんを見なおした、というのは

親鸞の「五逆を省く」という発想に彼が異論を立てているからである。

わたしはこのたび、悪人正機の下には、五逆(父母を殺す。阿羅漢(聖人)を殺す。仏身を出血させる。僧団の和を乱すなど)を犯せば、無間地獄に堕ちて、浄土に行けないという例外が作られていたことを、初めて知った。

そっか、そっか、親鸞のことをよく知らぬくせに、「21世紀に通用する思想家だ」とか「しかし浄土真宗は時代遅れの宗教だ」と日頃思っているわたしは、「偉大な思想家も、現実との接点をもたねばやっていけなかったのかなー。それがこの五逆なのかなぁ」と、よがり親鸞論をあらたに自分のなかに芽生えさせてしまったぞ。

五木さんは、「無差別殺人者をも無差別救済しないと、凄味がない」といい
宗教はそこを飛び越えなければいけないと
<五逆の悪人なおもて往生す>を提起する。

ふむ。
宗教のなかに道徳を見ようとする人がいるけれど、わたしは「本来の宗教は、道徳ではない」と考える。やはり宗教は「そこ」を超えなければ、本来の意味が薄まってしまうのではないかとも思う。五木さんに賛同したい。

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