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こんな一日

今日も東から太陽がのぼった。

ひじょーに体調の悪い朝。
(気持ちは元気なのに)。

最近、重い便秘、眠れない病、22年目の花粉症をかかえ
加えてきのうの晩にはキンピラゴボウを食べすぎて
歯槽膿漏が重症化したようだ。

さて、これからが本題であるが
排便関係が苦手な人はくれぐれも読まないことを
おススメする。   

      ・ ・  ・  ・   ・      ・   ・  ・  ・ ・ ・ 



あまりに便秘がひどいので、朝7時前から朝食を食べる。

望むは、腸内「トコロテン」方式である。

バナナとリンゴとカスピ海ヨーグルトに、手作りブルーベリージャムをのっけ
はちみつパン(菓子パン)を半個
そしてホット牛乳を何杯も飲む。

これだけ朝から腸を刺激すれば、トコロテンのごとく大便が押し出されるだろう。

が、・・・。

腸はその働きを見せてくれるどころか、ますます体の具合が悪くなってきた。

猛烈な大便の詰まり感が、下腹部をただよう。

「痛くて畳の上を転げまわる」というのではちっともないのだが
もっともっと鈍く、その代わり、不快度の層が厚いというか。

猛烈な大便の詰まり感は、
「このままいけば、口から大便が出てしまうのではないか!」と思うほど。

ガスの溜まっている感も絶えず押し寄せる。

放屁をしたくても、出ないのである。
やっと出ても、それは小指の先ほどのガスなので
ちっともすっきりしない。

もともと「毎日快腸!」体ではないけれど
こんな便秘は生まれて初めてである。

              *                 *  

一昨年の夏の終わりくらいに処方されたものだろう
父が病院からもらってきた
「便秘時、さしてください」の但し書きある
座薬が冷蔵庫のなかで眠っておった。

やっと発見した救世主。

迷うことなく、使用を決断。

(そうでもしないと、この先、体内の便がどんな一揆を起こすかわからん)。

座薬なんて、子供のころ、高熱を出したときに挿されて以来である。

ためらうことなく、下着をおろし、

目指す穴に、小さなロケット形の薬を注入。

やや手こずったものの、無事、ロケットは発射された。

              *                 *  

おお、わたくしの大腸という宇宙を旅するロケットよ、

花粉症の大きなクシャミの反動で、ぽろっと
肛門銀河の入口に戻ってこぬか心配しつつ

体を横たえ、安静にする。

じわじわ、じわじわ

錯覚かなんなのか、じわじわ、じわじわ
ロケットがどんどん腸内を旅しているのを感じる。

10分経過。

20分経過。

強烈な排便欲がわきあがってくるのかと思ったが
それはやってこない。

じわじわ、じわじわ感はやがて下腹部全体の中に落ち着いて
「排便しようと思えば、できそうだ」の域には達している。

あと1~2時間待ってみたって
宇宙ステーションに辿りついたロケットから特別の報告が
なされるとも思えず

えいやっと

30分ほど経過したのち、トイレへ出陣。

              *                 * 

想像以上の少なさに、がっくり。

巷で聞く「滞留便」のような大量放出がなされるのかと期待を寄せていたのに。

ま、それでも、体はだいぶ楽になった。

だがだがだが、

時間が経つにつれ

体がまた、逆戻りし始める。

猛烈な大便の詰まり感の、再来の予感も。

              *                 *  

そんなながらも戦い疲れたのだろう、横たえた体は眠りに入る。

目覚めたら、まあまあの体調だったので
カレーうどんをほんの少し食す。

それから、祖母のところに行き、
法事のときに穿くという新しいズボンのすそ上げなどをして
たぶんそれで気がまぎれていたのだと思うけれど

わりと安定した下腹部の午後。

しかーし、
家に戻ったら、また本格的な大便の詰まり感の到来。

せめてガスが出てくれたら、だいぶ楽になると思うのだけど
今朝と同じく、小指の先ほどのガスが申し訳なさそうに
時々でるだけ。

はぁ。

意を決し、二度目の座薬をいたす。

               *                *  

朝の座薬は待ち時間が短か過ぎたのかもしれないと考え
今度は朝よりも長めの待ち時間をとる。

腸が緩んでくる感じは若干あるけれど
じわじわは、ほとんど感じない。

スペースシャトルの発射も二度目となると
感激が薄いのであろうか?

それでも期待をもってトイレに行くと

・・・・・・・・。

語るもミジメなほど極少量の宇宙土産が
地球の便器に浮いたのでした。

               *                * 

母の作った夕食を食べる。

自分の茶碗には一口程度のご飯しか盛っていないことを母に見つからぬよう
祈りながら

おかずと味噌汁も
(幸い、今夜の夕飯はボリュームが少なく
銘々皿に盛られたおかずは、フクラギとネギの煮物、長イモの酢の物)
残さず食べる。 

こちらは四十の体というのに、母は赤ん坊に対するように心配するので
(座薬の使用がばれたら、「挿してあげようか」と間違いなく言うだろう。
 そして心配のあまりあちこちに電話するだろう)
体調が悪いのは単なる花粉症というフリをしなくてはならない。


              *                 * 

夕食後、すぐに体調悪化。

朝の再来か、あるいはそれ以上の具合である。

朝もそうであったが、

深く息ができない。
息をしても酸素が体じゅうに届かない感じなのだ。

そんな時をすごしていると

お腹の調子が悪いのか
はたまた、それより増して
お腹以外の体の調子が悪いのか、わからなくなる。

              *                 * 

「一日に3回も座薬」というわけにはいかんだろう。

おまけに夕食前の投薬からあまりにも時間が短い。

(なぜ、夕食前の座薬効果が薄かったのか? たぶん
 下からの下剤効果が効く部分はすでに先の座薬で発揮されているのである。
 あとこれからいくら座薬をしても、もう「届かない」のである。
 便秘をしている日々の長さと、これまでの大便の量を比較検討してみても
 体内にはまだまだ放出されていない大便があると思われるのだが
 それを薬の力で押し出そうとするならば、「上から」の薬しか効果がないのでは?
 あとでそう考えもした)。

妊婦という方たちも、こんなふうに下腹部の違和を感じながら
いるのだろうか。十月十日も。
しかしなぁ、妊婦だったら、お腹のなかに希望を抱えているかもしれんが
わたしの場合は、それとはまったく違うし。

時間だけが進む。

お風呂に入って、お尻もしっかり洗う。

これまでこんなにも内臓の強固なる主張を受け入れたことはないかもしれない。

わたしは、わたしであるが、体はわたしのものであって、わたしのものでない。

ふうっ。

              *                 * 

お風呂のあと、そのままお布団に入り、入眠を試みたのだが、叶わず。

猛烈な大便の詰まり感、そして腸内のガスの充満。

座薬はできない。

そこで、アルコール治療をほどこすことに。

足をしのばせ、台所にたどりつき、

泡盛の古酒を、一合ほど、コップにつぎ

またしのび足でお布団に戻る。

ゴクゴクゴク。

これで少しは腸が緩んでくれるかも。

(お酒を飲み過ぎた翌日は、便がやわらかくなるので)。

それにしても、わたしの体を襲っているのは便秘だけではない。

今日は午前中やっと3時間ほど寝たけれど・・・。

この様子では、また眠れないまま朝を迎えそうである。

              *                 * 

普段、わたしは、できるだけ薬を飲まないようにしている。

ここ1年余り、何回か、睡眠薬にお世話になったけれど
「睡眠薬は飲まないに越したことはない」と思ってはいる。

おまけに本日の新聞で
「薬の併用の怖さ! アルコールと睡眠薬を一緒にとると
 睡眠薬の作用が高まり
 呼吸が止まったり、死亡することがあります」
記事を見かけたばかり。

けれどなぁ、
実は
「今度の日曜は金沢に戻りたい。そのためには前の晩、眠っておかねば」と
睡眠薬をわざわざ確保していたのだ。

これまでアルコールと睡眠薬を一緒にとったことは何度もあり、
わたしの体質では睡眠薬の作用が特に高まることはないらしいとの経験をもっていたが
なにせ、ほら、
腸が大変なことになっている上、座薬を2度も挿し、という諸条件が加わるのだから
「もしかしたら、もしかしたら・・・」の心配も頭をかすめたが

それ以上に

眠りたい、楽になりたい、の思いが勝ってしまった。

ハルラック(睡眠薬)0.25グラムを2錠、舌の上で溶かす。
(水をとりに行くのが面倒だったので。はい、ホントは水で飲まなきゃいけない)

それから30分ほどのち、まだ眠れない。

トイレで小水をしたあと、もう1錠を舌にのせる。

ゆっくりと溶かす。

それから、ほどなく眠れた。

              *                 * 

翌日、起きた時には、体が軽くなったような

便秘の重苦しさはどこかに消えていた。

おじさん発見

「かーねるおじさん発見されたって、知っている?」と姉がわたしに話しかけた隣で、「胴とか足とか・・・テレビでやってたね。どうして骨のかたちで出てこないんやろ」と母。彼女は、かーねるおじさんを生身の人間と思っていたのである。ふふふ、こういうやりとりは日常茶飯事である。

母がチンゲンサイとシュウカの菜の花を摘んできた。さっと塩ゆでして、お昼に食べる。黄と緑のおひたしは、それだけで目が楽しい。もちろん、美味(うま)美味の再会をお口も喜んでいた。(←そんなことを言っているのも今のうちだ。毎日まいにち食べるようになれば、そんな気持ちも消えてしまう。とにかく、ま、これが春到来の喜びのひとつなのさ)。

前月「母の調子は父のいなくなった昨冬よりも良くないみたい」とブログに書いた数日後、母は自分でも「去年よりツライ・・・」とため息交じりに呟いていた。が、やっと、また元気を少し取り戻しつつあるように見受けられる。たぶん畑仕事の季節がやってきたからである。最近は草むしりなど、ちょっとずつ畑に出ている。本日は「掘ってあげるよ」という親切な若い村人の言葉に甘え、長イモの収穫を全部終えたようだ。(長イモは、何十センチも、途中で折らすことなく掘り出さなければならず、収穫がムズカシイ)。ちなみに若い村人とは、60代半ばである。

金のなる木

昨晩、家の階段の踊り場の窓から見える外がひたすら白い。えっ? 雪であった。庭を確かめると、うっすらながら、一面の雪景色。◆腹の中の大便のせいだろう、また変な夢を見た。先週も、「ウンコをしても、しても、おわりがなくて、遂にはお尻にくっつきそうなほど、(便器の底はたいそう深い)、ウンコが渦巻き状に積もる」、そんな夢を見たように、ずううぅっと、長らく便秘をしているのだ。(まったく出ていないわけではない)。◆この便秘は抗ウツ剤の副作用なのである。わたしはてっきり「便秘になっても薬は飲まなきゃいかん」と思っていたのだけれど、<便秘になる=薬が効いている→本来の治療効果を感じない>はこの薬が合わん!ということらしいな。先日までそれを知らず、重い便秘に耐えながら、ずううぅっと薬を飲んでいたのがアホみたい。そして現在も、今週初に処方してもらった新しい薬を、<便秘。でも治療効果を感じない>の状態ながらも、「効き目が出るには数日かかるから。もう少し、もう少し、様子を見て」と自分に言い聞かせて服用しておる。しかし、しかし。うーん。◆親の家には、大きな「金のなる木」と、まあまあ大きな「金のなる木」がある。どちらも鉢植えで、一年の3分の1ほどは家のなかの日当たりのいい場所に置いている。毎冬、大きなほうの木には花が咲き(花が咲くのは珍しいと聞く)、今冬もわんさかピンクの花をつけているのだけれど、あれれ、もうひとつの木も、ここわたしが留守をしているあいだ、見事、花を咲かせ始めたではないか。確かこの木は例年は葉っぱだけだったのに。小さな驚きであった。

カマキリの卵

▲庭の春支度を始める。トタンの雪囲いをはずしたら、紅と白、それぞれの梅の盆栽が、見事なまでに満開だった。                      
▲「ばあちゃん、○○、おいし~かった」と、手作り総菜(母が姉に持たせる)の感想を告げる孫からの電話を、母はちょくちょく受けているが、先日は、「昼に給食でも煮豆を食べたけど、ばあちゃんのほうがずうっとおいしかった!」との、白いんげんの煮物の感想電話があったそうだ。そして、続いて孫が言ったのは、「あれって、カマキリの卵に似てるねぇ~」。ううう・・・・。今後、白いんげんを見るたびに、この話を思い出しそうだ。
▲日本全国(の民家?)で、9軒に1軒が空き家らしい。そんな風には思えんが、思えんだけで、実際にはそうなのだろう。ときどき考えるのだけど、土地というのは個人資産にしないほうがいいのでは? たとえ資産にしたとしても、それは100年限定であるとか、一代限りの、相続は禁止とか、そういうふうにしないと、このご時世であろうとも、「先祖の土地をよその者に渡したくない」などのエゴはやはり健在な面があり、土地や家屋は眠ってしまうのではないか。(←都会ではそういう仕組みは大方すでに崩れているみたいだのぉ)。まあ、空き屋が増えている理由は、単に「壊す」のに金がかかるというのも絡んでいるみたいだけど。これからは、住めば住むほど味がでるような骨董民家の創造の時代になればいいと思うし、また、住む側も「処女好き」の嗜好にしばられない心の持ちよう(日本人は新築「命」の面が強いよな。かくいうわたしも同属であり、自分の耳に痛い)の浸透がもっと必要な気がする。

長い一夜

初めて、用もないのに父の月命日の法事出席をさぼる。夕方になり親の家へ到着。今夜は、Mちゃん(母の従姉)を一泊だけお泊めすることになっているとか。Mちゃんはいく分の痴呆症。母がおでんやら魚の煮付けやら酢の物やらの夕食を用意しているあいだ、わたしがMちゃんのお相手をしていたわけだが、「×××」「×××」と質問攻めで、ああ、疲れた。聞かれて、答えて、その30秒後には同じような質問が投げられるのである。ずっとこれの繰り返し。ふううううぅ。疲れたというのは「同じ問いが繰り返される」ことよりも、わたしが話題にされたくないことばかりの問いが続くことに疲れたのだけど。(Mちゃんは典型的な田舎人間。ゴテゴテの話ばかりをふってくるのだ)。まあ、色んな人間がいるから仕方ない。足腰丈夫で、食欲はがっしりあって、頭の中だけが遠い所に行っている。痴呆症とは不思議な病気だ。こりゃ、本人も家族も、一種の人生修行であるわな。寿命が延びたゆえに痴呆症にかかる人も多いわけで(体がくたばってくれんから、先に脳がくたばってしまう)、医療の発達も人類にとって罪ではあるなぁと、しみじみ思う。夜は母が隣に寝たのだけれど、30分おきに目を覚ますMちゃんに、トイレを案内し、帰りは毎回迷子になって・・・の繰り返しだったらしい。普段、老々介護をしているおじさんはどんな思いで毎日を過ごしているんだろうなぁ。また、今夜のMちゃんは、きっと正気ならば出さないだろうものまでも大放出で、(たとえば、Mちゃん夫が今夜は同窓会のお泊りで迎えには来れないのだと伝えても、浮気を心配するようなことを口にしたり(もしかしてMちゃんは何十年もそういう心をもって生きてきたのだろうかと推測してしまいそうになる)、自分に黙って出かけた(実際はそうではない)と夫を軽く非難するようなことを口にしたり・・・)、この病のこわさを感じた。いわば、痴呆症は心を裸にして世間を歩くようなものである。

グニャグニャ

もっと軟体動物になりたい。心の軟体。四角い箱にも、三角の箱にも、八角の箱にも、どこにでもグニャグニャと入りこめる心になりたい。ふーうっ。わたしのは「あっ、ここが凹んでいる」とか「ここにイボがある」とか、すぐに心が文句を言って、どこの箱にも入れない。入ってるふりすることは時々あるけど、それは「入っている」のとは違う。目の前に三角とか五角とか十二角などの箱があって、偶に「入っちゃおうかな~」と思うことがあっても、すぐに、入ったら窒息するんじゃないか?の想像がわいたり、したくもないのにアラ(のようなもの)を探し出してしまう。くーうっ。まん丸の箱なんて、死なない限りないのにね、たぶん。ひたすら固いかたい石のような自分だけがある。

あさん

日曜なのでD寺へ。N後堂の法話&提唱。文殊様が「諦觀法王法、法王法如是」と云った「世尊陞座」の話(従容録)は十分な理解が追い付かなかったが、金剛王と呼ばれた周さんが、峠の茶屋のお婆に「どの心で餅を食うのかい? 過去心不可得、現在心不可得、未来心不可得。さあ、どの心で餅を食う?」と問われ、頭を丸める(=出家する)ことになった話は、むむむ、と思った。文字(経典)にとらわれた実践のない知識は役立たずなのだ。(と、いうのが標準的な解釈で、ぶひっ、以下はわたしのねじれ解釈なのだけど、宗教は「いくらかの遊び心」がないと、やっていけないのではないか。全身全霊で立ち向かったら、身が滅びてしまうのではないか)。■どうでもいい話のようだが、メモ。「下山(げざん)」というのは「修行半ばで寺を下る」場合であり、「修行をちゃんと終えた」人の場合は、「あさん」というのだな。知らんかった。■啓蟄を過ぎたD寺の庭は、光の加減もあろうが、ま新しい色に見えた。帰り道の犀川ほとりも、福寿草が賑やかで、やっと暖かくなりつつある休日の午後、大勢の人が思い思いに過ごしていた。

墓守娘の嘆き

先日、『母が重くてたまらない 墓守娘の嘆き』(信田さよ子・著)を読み終える。正直、わたしの期待にはそぐわぬ内容であった。「墓守娘」とは実にいいネーミングだが、実際に墓守娘なる人生を歩んでいる者は登場しない。せいぜいが「墓守娘」予備の予備の予備群なのである。■著者は原宿でカウンセラーをしている1946年生まれの臨床心理士の女性。「鋭い批判」も所々あるにはあるが、わたしは何よりも、この著者の、ときにこのままつき進めば「ヒステーリー的な分析」に至ってしまうのでは?と心配したくなるほどの、ものの見方に驚いた。特に団塊世代女性に対する視線の厳しさよ。こうも、斬って、斬って、斬られたら、どんな生き方をしたって「母」という存在はダメダメの烙印を押されてしまうのではないか~。■まあ、母性愛にまつわる様々なとらわれや幻想を打ち砕く希少本という点では価値あると思うけれど。■ひとつ、これはイイと思ったのは、次のような教え。――母に対する罪悪感は墓守娘に生涯ついてまわる。だからその罪悪感は人生の「必要経費」なのだと割り切るべし。(←しかしなー。読書時は同感したが、今、あらためて考えてみたら、これは「何とか生き延びるためのやっつけ」に過ぎず、究極の解決ではないよなぁ。わたしとしては、当面、どうしても耐え忍び難いときはこの策を利用しても、目指すところは、まったく別の地でありたい)。

どんびき

ひく。どんびき。・・・。気持ちがおののいてしまうの意味で使うこれらの用語が国語辞典にのっているかどうかは知らないが、とにかく、ひく、どんびき。人生40年もやっていると、自分の行いにひいてしまうことは、殆んどなくなる。「一般社会の目で見ればひいてしまうだろう」程度の視力は残しているつもりでも、自分で自分を見るときは、付き合いの年月の賜物として、ひいてしまうことは、ちょっとやそっとで起きないのだな。

が、本日、わたくしは自分にひきました。どんびきました。2007年夏の賞味期限のヨーグルトをぺろっと食べてしまう自分に、どんびきました。 

愛は液体のようなもの

きのう、『魂の伴侶』を読み終える。(ブライアン・L・ワイス=著、山川紘矢/亜希子=訳)。わたしは所謂ソウルメイトというものに関心を寄せたことがないし、今現在も特別の関心はない。けれど、ワイス博士の退行治療にはすこぶる関心をもっている。なぜなら、わたし自身のそもそもの生き苦しさは「目に見えてコレ」と差し出せる場所にあるのではなく、それは明確な意識にはのぼらない世界のなかに隠れているのではないか、きっとそうに違いない、と、マジで思いこんでいるからである。よって、ワイス博士の退行治療を受けて癒されていく人々に彼の作品を通し寄り添っていると、わたしのなかの目には見えない部分が励まされるのである。そして狭い世界でなんとかしようともがいている自身を、おおらかな視線でとらえ、「もっともっと広い魂の目をもてば道は開ける」と自身を勇気づけることができるのである。

本書は、アメリカの精神科医であるワイス博士の治療によって、患いが肉体的にも精神的にも治癒してゆく、二人の男女の物語が軸となって進む。ある意味で、「大人のおとぎ話」としても読めるだろう。はらはら、どきどき、同時に読み手の気持ちも癒されるのだ。なにより、わたしがこの手の本を読んで興味深いのは、展開される患者の学びや、ワイス博士が高次の意識から受け取るメッセージである。その真偽の置き方は読者それぞれであろうが、わたしは「わざわざ否定する必要はないだろう」あるいは「そのまま信じてみたい」ととらえている。

うほっと思った話の一つ → 「魂がいつ肉体に入るか」として、ある患者が深い催眠状態で語った情報を、ワイス博士が別の患者に話すくだりがある。――「受胎した頃、特定の魂が、その体を予約します。他の魂はその体に入ることはできなくなります。特定の赤ちゃんの体を予約した魂は、自分の思う通りに、その体の中に入ることも、そこから出てゆくこともできます。体の中にとじこめられているわけではないのです」(56頁)。つまりは何らかの事情でその肉体に宿ることを止めた魂は中絶や流産というかたちで、その体から離れてゆくのだ。「魂を傷つけたり、殺したりすることはできません。魂は死ぬことはなく、滅亡することもありません」(57頁)。

わたしがとても身近に感じたメッセージおよび学び → 「愛は液体のようなものです」 「愛は裂け目を埋めます。そして、自然に空っぽの空間を満たします。間違った障害物を作り出して、それを止めているのは、私たち人間です。そして、愛が心と意識を満たすことができない時、愛から成っている魂と切り離されているとき、私たちはおかしくなります」 「私は怒りをためこまないで、解放することを学ばなければなりません。怒りを認め、その原因を知り、手放すのです。そして、内にひきこもらずに、自由に愛していいのだと感じる必要があります」 (217~218頁)

うぃぃぃん

雨である。夕方、歯医者へ。上の歯の表面の歯石をとって貰う。そして。昨日の噛み合わせ調整の感想を聞かれ、(昨日は左の奥歯を調整のため削った)「どうも右のほうが上の歯と下の歯、左に比べ、早くぶつかる」と返事をしたら、今度は右の奥歯をうぃぃぃんと削られた。うほっ。ここの歯科医は噛み合わせを大事にしており、彼によれば「歯と歯の間にモノが詰まる」のは噛み合わせが良くないから、らしい。歯槽膿漏も、定期的に、噛み合わせの調整と、歯石とりをしていれば、ひどくはならない、と。うーん。うーん。噛み合わせは随時変化するらしく、通院ごとにほぼ毎回、うぃぃぃん、うぃぃぃんと調整してもらうのだけど、そのうち、歯がなくなってしまわぬか、心配だ。おまけに、表面の歯石とりも、仕上げにうぃぃぃんと表面を電動器具で磨いてもらう。短く、薄く、我が歯はなってゆく。雨は夜遅くまで降っていた。

表面麻酔

未明、「舌の上に無数の短い針が刺さってる」夢を見た。夢のなかで「針をとろう」としたけれど、無数の針は、舌の上に刺さったまま。なぜこんな夢を。
                        ▼
今日の目玉イベントは歯医者である。約半年ぶりかのぉ。本当は「11月頃、定期健診にいらっしゃい」と言われていたのだが、歯医者への散財が惜しいやらで、足を遠ざけていた。けれど、歯槽膿漏が心配だし、そろそろ歯石とって貰ったほうが良かろうと重い腰を上げたのだ。
                        ▼
いつもの手順で診察は進む。「レントゲン」撮影(最近は「パノラマ」と呼ぶらしい)、歯の状態のチェック、歯周ポケットの深さの測定、歯のぐらつき度の検査。そのあとは、噛み合わせの調整と、下の歯の表面についている歯石とり。ふぁぁぁ。お疲れ様だ。ところで、毎回思うのだけど、歯医者のレントンで被爆はしないのだろうか?(一回ごとの被爆は大したことなくとも、ちりも積もれば山となる。心配だ)。
                        ▼
今日は、歯石とりの前、歯茎への表面麻酔を断った。衛生士は「そんなの信じられない」という様子であったが、おらからしたら、たかが歯の表面をいじるだけで(神経を触るわけでも、歯周ポケットをいじるわけでもない。時々歯茎に治療器具が触ることがあるかも程度だ)、表面麻酔とは・・・。実際、そんな麻酔しなくとも、痛くもかゆくもなかったのだけど、たまたま治療が終わったあと、おらが手で顔を掻いていたら、「痛くて泣いてるんですかー?」と衛生士が驚いた声を出した。(ああん、もう)。
                        ▼
表面麻酔は過去何度も受けたことがある。それは本来の麻酔注射をする前に、歯茎に塗って、注射自体の刺激を麻痺させる目的で―。まったく、「そんなもの、いらん」だよな。よし、今後は、ことごとく表面麻酔を断ろう。(歯医者の人は言うだろう。「そんな大した麻酔じゃないですよ」と。そしてそれでも断るおらを変な人と思うだろう。しかし、おらからしたら、「大した麻酔じゃなけりゃ、最初からしなくてもいいだろう」なのだ)。まったく世の中、過保護だらけ。痛み恐怖症のヒトには宜しかろうが、おらのような一般人から痛みの感覚を奪うな~!!
                        ▼
定期健診という名の歯医者通い、あと少なくとも6回は通わなくてはならない。今どきの歯医者は丁寧に過ぎるわい。ま、歯槽膿漏が心配なおらは、ちゃんと通うつもりだ。

おひきこもり

先週後半より、何かしら用事を作り、一日一回は外に出ておった。
こんな「連日の外出」なんて、近年では珍しい。このまま続けば
体内地軸が動いたごとくの感動がもたらされたであろうが
そうは簡単に地軸は動かんのだヨ。
今日は、もとのもくあみ、一歩も外に出ず。

前日分の日記を書いたあと、つくづく
「わたしは何さまのつもりじゃ」と思う。
労働に関してあれこれ条件をつけ・ ・ ・ ・
こんなことじゃ、愚痴たれ子のまま、野垂れ死んじゃうゼ。

しかーし、なぁ。
他人にはどうしてそんな所でつまづくのだ?という所で
わたしは立ち止まり、つまづいてしまうのだ。

困ったなぁ。
(この困ったポーズも、他人には「ポーズをとって楽しんでいる」と映ることがある
らしいが、ほんとうに、わたしは困っているのだヨ)。

どうしてこう、自分の人生を歩んでゆくだけで
あっちこっちでいちいちつまづかなきゃいかんのだ。

       09早春        09早春2
          梅と雪吊り            早春の空と用水路            

(写真はもちろん本文と関係なくて、先週の近所の風景)








小雨の帰宅

今日も元気に(といっても2日目だが)研修参加。

初日は7人いたのに、本日は6人なり。
「これまで年間300日は海外出張する仕事をしてました」と
自己紹介していた男性(40歳)が消えている。
オレの来る場所じゃないと思ったのだろうか?

ま、そんなことはどうでもいい。
残り5人プラスわたしは研修を受ける。

正直、この研修、楽しかったりする。
ときどき「やってみるのも~」という気持ちがのぞいたりする。

しかし、しかし。

研修を受けながら、また研修の合間、一人会議を続けた結果、
心の声に従うことにする。

たとえていうならば、120%の自信をもった商品でなければ
モノを売りたくないな。ということ。
(モノを売る仕事ではなく、サービスを提供する仕事だが)。
「これは仕方ない」とか「これくらい」など、仕事をこなすための妥協を
良心にさせたくないのだ。

また、この仕事に携わった際のメリットが、目の前をちらちらと横切るが、
「ただで受ける恩恵ほど、高つくものはない」との考えがそれを覆う。

よって、よって。

本日の研修終了後、担当の方に時間をとってもらい、話し合い。

担当の方は、過去色んな人を見てきた経験上、わたしの「ためらい」を
未経験ゆえの不安と受け取ったようだが、
ま、それがゼロなわけではないが、究極のところではそうじゃないのだ。
わたしが、ためらい、ひっかかっているのは
一言でいうと、この職に対する見くびりなのだ。

さらに言葉を重ねて、わたしが説明すると、担当の方には
「正直なんですね」とあきれられたが、
(わたしは思ったことの一部しか話していない。全部を話したら、相手に失礼だろうから)
こんなわたしを「正直だ」の言葉で括るとは、ほんと、世の中、うわっつらな交換だけで成り立っている場所がおおすぎるよなぁ。

結局、最終的な返事を伝えるのは持ち越しとなったが、

小雨にぬれる帰り道、「この仕事、わたしはしないな」と、一層の予感をもった。

研修の内容はとても楽しかったし、たった二日間とはいえ、
一緒に机をならべた人たちと僅かながらの同志意識も芽生えた。
なにより
約3年近くも社会に出ていないわたしにとって
「一人前」の気分を味わえる、この2日間は充実した時間であった。

しかし、もう、振り向くまい。

アパートに戻ったあとも小雨は降り続き、夕方早々に就寝。

何様じゃ、自分。

<「これは仕方ない」とか「これくらい」など仕事をこなすための妥協を良心にさせたくない>なんて言っていては、近い将来、わたしは空気を食べてゆくしかない。

<世の中、うわっつらな交換だけで成り立っている場所がおおすぎるよなぁ>はわたしの本音であるが、「うわっつらな交換」により収入を得るのが凡人の生きていく一番の近道なのだろう。

当初、求人誌でこの仕事を見つけたとき、それはぴかぴか光って見えた。それはわたしの中のホスピタリピィ欲を満たしてくれる、同時にこれまで見下していたものに評価を与える、つまりは自分の価値観を矯正できる仕事に思え、魅力的に映ったのだ。おまけに色んなところに行けて、なにより勤務日数を随時自分で決められる点が、他にはない大きな魅力だったのだけど。まあ、わたしの読みが浅かったのだ。

これまで短期契約のアルバイトや派遣を繰り返してきて、(肉体労働あり、頭脳労働あり、口だけ労働ありetc)、ときには魂削るような労働もあったが、今、3年近く社会人生活を離れ思うのは、「お給料が少なくてもいいから、納得のできる仕事をしたい」ということ。

はぁ。溜息がでるので(&無限の不安感)、この話はこれでおしまい。
背伸びせず、ゆるゆると日常生活などをつづります

はえともみ

Author:はえともみ
 
万の風になって、生きる。

ちちんぷいぷい~。
(HSPの自覚あり)
「うつと仲良く! ひきこもりだっていいじゃない」と
開き直って生きてたら
元気になってきました。

→ 近年は、老母の観察メモの
(&それに伴う自身の変化など)
色合いが濃くなっております。
・・・ま、長い人生の一コマですな。

徒然な日々も、留まることはない。
すべてがいとおしい。だから書く?

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